ではどうぞ!
神羅達がおばちゃん製の地図を片手にたどり着いたのはマサカの宿という宿だった。地図の紹介文によると料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。少し割高になるのだが、そこは問題にはならない。
4人が中に入ると、一回は食堂になっているようで、そこで食事をとっていた者達が一斉に神羅達に視線を向けてくる。その中をカウンターに向かって歩いていくと、15歳ぐらいの女の子が元気よく挨拶してくる。
「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」
「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」
「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」
(……キャサリンって……)
(名前ごときで狼狽えるな。ほれ、さっさとしろ)
「ああ、一泊でいい。食事付きで、あと風呂も頼む」
「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」
「男女で分けるとしても………2時間は欲しいな」
その言葉に女の子は驚いていたが、ハジメとしてはそこは譲れない。神羅も異存はないようだ。
「それでお部屋はどうされますか?一応4人部屋も空いてますが……」
「まあ、普通に2人部屋で……」
「……ん。私とハジメで一部屋。神羅とシアで一部屋」
その言葉に周囲が一気にざわつき、女の子が頬を赤らめる。それを見た神羅ははあ、と小さくため息を吐き、
「いいや。男女別だ。我とハジメ。ユエとシアで分ける」
「むぅ……なぜ……」
「なぜって………どう考えてもそうしたほうが面倒が少ないからだ。シアがお前たちの部屋に突撃しかねん」
もしも仮にだ。その通りの部屋割りにしたとしよう。そうすると、二人が防音も兼ねた部屋で二人きりになったら何をするのか分かり切っている。そしてシアもバカではないのだ。それに気づいていないわけではないだろう。現に今、シアが決意を新たに何かを言おうとしていた。それで騒ぎになったら宿に迷惑がかかる。それは避けたいところだ。
「……問題ない。神羅がシアを抑えていてくれれば」
「いや、別に我にはシアを抑える理由がないのだが……」
「……あ~~、ユエ。今日は男女別に分かれよう」
その言葉にユエが愕然とした表情を向けてくる。
「……なんで?どうして?」
「いや、兄貴の言う事ももっともだし、出来れば早めに迷宮に挑みたいしな。体力は温存したくて……」
「……ハジメは、私の事が嫌い?」
「いや、なんでそうなるんだよ……そんなわけないだろう?」
「……だったら、今夜、私を愛して……」
宿屋のど真ん中だと言うのに突如として二人きりの空間を作り出すハジメとユエ。その光景を見て食堂の客(独り身の野郎連中)は血涙を流し程に悔しがり、女の子は「こ、こんなところでいきなり……!はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんだわ! それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」とトリップして、何ともカオスな空間となってきている。
「………なんなんですかあの二人。何をナチュラルにこんな衆目でど真ん中で二人だけの世界に……」
「何も言うな、シア。あの二人にはあとでしっかりお灸をすえておくから。ユエには念入りにな」
さめざめと泣くシアの肩を神羅はポンポンと叩く。
その後、二人を神羅の拳骨で引き戻し、半ば強制的に男女別の部屋に決めた後、4人はそれぞれ行動を起こす。
ハジメは何やら作りたいものがあるとのことでそれの製作。神羅は食材の調達。シアは服を。ユエはシアに付き合うそうだ。
一緒に外に出ることから神羅は道中店まで二人に付き合う事にした。
で、3人はキャサリンの地図を頼りにとある冒険者向きの店に足を運んだ。ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だ。
その店は、キャサリンがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。
ただ、そこには……
「あら~ん、いらっしゃい♡可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♡」
化け物がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。更にその動きはくねくねと動き回り、そのたびにどう考えても露出過多な服装はぎしぎしと悲鳴を上げる。
ユエとシアは硬直する。シアは既に意識が飛びかけていて、ユエはキングコングに通ずるが、それ以上の化け物の出現に覚悟を決めた目をしている。
だが、そんな中でも全く動じない男が一人。
「ああ、こっちの兎人族の少女に服を見繕ってくれ。デザインは彼女自身に聞くことで頼む」
その堂々たる様にユエとシアは驚愕に目を見開いてばっ!と神羅に視線を向ける。
「あら~~ん、恋人へのプレゼントかしらぁん?それなら任せてぇ~~ん。ピッタリなのを見繕うわ~~ん」
「いや、彼女が好いているのは弟のほうだが……うむ、頼む。我は他に買い出しがあるから……ユエ、後は頼むぞ」
そう言って神羅は店を後にしようとするが、その両腕をユエとシアが泣き出しそうな顔で同時に掴む。
「む?なんだ?」
「神羅さん……お願いです。買い物に付き合ってください……!後生です!」
「いきなり何を言っている……服飾関係は二人だけだろう。それに女の買い物は長いと相場が決まっている。時間をかけていては手に入らない食材が出てくるかもしれんし……」
「……そこを何とか……お願いだから……いくらでも荷物持ちするから………!」
「まあ、確かに店長の外見は中々特徴的だが……ああいうのは個性のようなものだ。シアのうさ耳と同じものと考えれば問題あるまい」
「ちょ!?撤回してください!違いますからね!?断じて違いますからね!?あれと私のうさ耳を同列に扱わないでください!」
シアが思わず叫んだ瞬間、
「だぁ~れの外見が、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」
聞こえていたようで店長が咆哮を上げ、ユエはふるふると震え涙目になりながら後退り、シアは、へたり込み、少し下半身が冷たくなってしまった。だが神羅は全く動じない。
「すまなかった。シアの代わりに謝罪する。詫びと言っては何だが、資金は多めに渡しておく。折角だからいい奴を見繕ってくれ」
すると店長はすぐさま笑顔を取り戻し、
「いいのよ~ん。気遣いのできる男じゃなぁ~~い♡。任せなさ~~い」
そう言って店長はシアを抱えると店の奥に入って行ってしまう。その際のシアは食肉用に売られていく豚さんの目だったが、神羅は大げさだろう、と肩をすくめながら店を後にする。その背中にユエは戦慄したような視線を向けていた。
町中の雑多を神羅は買った果物をかじりながら歩いていた。
神羅が直々に目利きし、軽く口にしたりして厳選した食材や調味料の類が宝物庫の中にいっぱい入っている。更に、今回は調達できなかったが、欲しいと思った食材の情報もしっかり把握している。
戦果は上々。一応ユエ達と合流しようと思って連絡したが、彼女たちの買い物も終わっており、戻るところだから宿屋で合流しよう、という話になったので神羅は宿屋に向かって歩いている。
何だか道中でえらく町の一角が騒がしかったが………一応見に行ってみれば何やら一部の男たちが股間を抑えていたが、どうしたんだろうか。
聞こうかとも考えたが別にいいかと自分の都合を優先し、宿屋に戻る。
宿屋につくと、そこでシアとユエと合流する。
「お、それが新しい衣服か」
「あ、はい。そうなんですよ。どうですか?」
そう言ってシアはくるりと体を一回転させる。シアの服は以前のハウリア族の物とほとんど露出度は同じだが、その上に長袖のコートを着て、下はスカートとスパッツになっている。
「ふむ、いいのではないか?というか、最初が我でいいのか?そう言うのは好きな男に感想を求めるものと聞くが……」
「あ~~~、そうかもしれませんが、神羅さんも仲間ですし、でしたら感想を求めるのは当然ですよ」
その言葉に神羅は穏やかに目を細める。
「そうか……では、ハジメの元に行くか。あっちももうある程度完成しただろう」
「……ん」
3人が部屋に戻ると、ハジメが首を軽く揉んでいた。
「お、お疲れさん。何か、町中が騒がしそうだったが、何かあったか?」
「ああ、何やら市街地の一角で大勢の男が股間を抑えていたのだが……何かあったのか?」
「……問題ない」
「あ~、うん、そうですね。問題ないですよ」
二人の言葉に南雲兄弟は顔を見合わせる。間違いなく何かあったのだろう。だが……二人はスルーした。
「必要なものは全部揃ったか?」
「……ん、大丈夫」
「こちらも問題ない。内容は限られるが洋食や和食を作れるようになった。あともう一つ、米に関する情報も手に入れたぞ」
「え、マジで!?」
その言葉にハジメは思いっきり食いつく。
「ああ。ウルの町と言う所で作っているようだ。ただ、今はちょうど切らしているようでな。入荷は待たないといけないようだ」
「そうか……でもま、あるって分かっただけでも十分だ」
ハジメは嬉しそうに頷きながら手元の物をシアに差し出す。それは銀色の巨大な戦槌だった。
「シア、こいつはお前用の新しい武器、ドリュッケンだ」
「これが私の……って重っ!?」
シアはそれを受取ろうとするが、あまりの重さにバランスを崩し、慌てて身体強化で支える。
「今の俺にはこれくらいが限界だが、腕が上がれば随時改良していくつもりだ。怪獣との遭遇を考えると、用心しすぎてすぎることはないだろうしな。ユエと兄貴のしごきを受けたとはいえ、まだ十日。まだまだ、危なっかしいからな。言っておくが、仲間になった以上勝手に死んだらぶっ殺すからな?」
「ハジメさん……大丈夫です。まだまだ、強くなって、どこまでも付いて行きますからね!」
シアはドリュッケンを嬉しそうに胸に抱く。その様を見て神羅達は小さく苦笑を浮かべる。
その日はそのまま宿屋に一泊する流れになった。その際、ハジメが風呂に入っていたらユエ達が突入しようと狙っていたので神羅が一緒に入ってそれを防ぎ、その様を宿屋の少女が覗いて顔を赤らめていた。
そして寝る際にも二人そろって寝室に突入しようとしたので二人まとめてオスカー・オルクス謹製のアーティファクト、練鎖でぐるぐる巻きにして彼女達の部屋に放り込んでおいた。
そして翌日の早朝、不機嫌そうなユエとシアをハジメに任せて神羅達は宿のチェックアウトを済まし、旅を再開させる。
連鎖
オスカー・オルクス作の鎖型アーティファクト。様々な用途に使える万能鎖。材料にアザンチウムが使われてるのでシアでも力づくでの突破は至難の業。