ではどうぞ!
「一撃必殺ですぅ!」
ズガンッ!!
シアがドリュッケンを力の限り振るい、魔物を一撃で粉砕する。その死角から別の魔物が襲い掛かるが、神羅がシアのドリュッケンを握り、固定すると、シアはドリュッケンを支点に宙を舞い、回し蹴りで魔物を粉砕する。そのまま空中で身を捻って神羅の魔力駆動二輪に着地する。
ブルックの町を出た4人はそのままライセン大峡谷にたどり着き、そのまま迷宮の入り口の捜索を行っているのだ。それももう二日目。すでにオルクス大迷宮の出口も通り過ぎている。
その間、魔物が襲い掛かってくるのだが、その対応は戦闘経験を積ませるためにシアにほとんど任せていた。そしてシアが戦うときはそれなりの反動が襲うので、彼女はその間、それに耐えられる神羅の二輪に乗っていた。これもまあ、体幹の訓練にもなるので、シアもどこか不満げながらも素直に乗っていた。
「はぁ~、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよなぁ」
「まあ、見つかれば儲けものと考えておけ。他の大迷宮で詳しい場所が分かるやもしれんしな」
「……でも、魔物が鬱陶しい」
「あはは……すいません。私が未熟なせいで……」
「……自惚れない。そのために任せているから。」
そんな風に愚痴をこぼしながら更に走り続ける事三日目。その日も収穫はなく、夜中に神羅達は野営の準備を始めていた。
ユエとハジメが準備しているテントは生成魔法で生み出した暖房石と冷房石によって常に快適な温度を保ってくれ、冷房石を利用した冷蔵庫や冷凍庫も完備されている。さらに、金属製の骨組みには気配遮断が付加された気断石を組み込んであるので敵に見つかりにくいという優れ物だ。
そして神羅とシアが使う調理器具は魔力を流して熱を発するフライパン、風爪を付与した包丁、スチームクリーナモドキなど、神羅とハジメの二人によって作られた品物ばかりだ。しかもちゃっかり神羅が使いやすい様に持ち手なども調整が施されている。
その日の夕食は神羅謹製肉じゃがモドキだった。流石にこんにゃくは入っていないし、しょうゆも使っていないから肉じゃがとは呼べないかもしれない。だが、様々な調味料を吟味した神羅の手によって可能な限り肉じゃがに近い味わいの再現に成功していた。シアはその調理工程を熱心に見ていた。最近の調理風景は神羅がメインで料理を作り、それをシアがサポートしながら勉強している、といった具合だ。
夕食を終えた4人はそのまま雑談をしながら過ごす。魔物はあまり寄ってこないし、寄ってきても神羅が殺気を少し出せばすぐさま逃げるので問題ない。
そしてそろそろ就寝の時間という所で、シアがテントから出ていこうとする。
ハジメが訝し気に首を傾げると、シアがすまし顔で言う。
「ちょっとお花を摘みに」
「ああ、なるほど。分かった。気をつけろよ」
シアは軽く頭を下げてテントを出ていく。それからしばらくして、
「ハ、ハジメさ~ん! ユエさ~ん!神羅さ~ん!大変ですぅ!こっちに来てくださぁ~い!」
突然シアが大声で叫び、3人は顔を見合わせて即座に外に飛び出す。シアの声が聞こえた方向に向かっていけば、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れており、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている。シアは、その隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。
「こっち、こっちですぅ!見つけたんですよぉ!」
「分かった分かった。とりあえず落ち着けって」
「見つけたと言うが、何を見つけたのだ……」
「うるさい……」
はしゃぎながらハジメとユエの手を身体強化全開で引っ張るシアに3人は呆れを滲ませていると、シアはそのまま壁の隙間に3人を導いていく。隙間の中は壁側が窪んでおり、意外と広い。そしてシアが得意げに壁の一角を指さす。そこには……
〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟
と、長方形の看板にえらく丸っこい女の子っぽい文字でそう彫られていた。!や♪が妙に強調されている。
「……何じゃこれ」
「……なにこれ」
「…………迷宮の入り口……なのだろうか………」
ハジメとユエと神羅は茫然としながらもあり得ないものを見たと言う表情を浮かべている。
「何って、入口ですよ!大迷宮の!おトイ……ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」
「……二人とも、これ、どう思う?本物だと思うか?」
「まあ……恐ろしく気の抜けるふざけきった看板だが………」
「……解放者のミレディの名前が彫られてるから……多分本物……」
そう言われても、オルクスの事を考えると本当なのかどうしても疑ってしまう。
「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」
ハジメ達の心情など気づいていないようにシアが壁に近づこうとするが、それを神羅が頭を後ろから鷲掴みにして制する。
「ふにゃが!?し、神羅さん!?」
「愚か者。大迷宮ならば入り口であろうとどこに罠があるかもわからん。安易に触れようとするな」
「あ、はい……」
「とりあえず我が調べよう」
そう言って神羅が前に出て、壁を調べ始める。確かに、神羅ならば半端な罠など全く意に介さないだろう。
ペタペタと壁を壊さないように叩いていると、
ガコンッ!
「む?」
突如として奥の壁が忍者屋敷の仕掛け扉のようにぐるりと回転。それに巻き込まれた神羅はそのまま壁の向こうに消えて行ってしまう。
「「………」」
奇しくも隠し扉を見つけたおかげでここが大迷宮であると言う可能性が一気に増した。一気に増したのだが……やはり看板が何というか……緊張感を著しく無くす。ハジメとユエは頬を引くつかせるが、シアは無邪気に喜んでいる。
「やっぱりここが迷宮の入り口ですよ!さっそく私たちも行きましょう!」
まあ、シアの言う事ももっともだし、いつまでも神羅を一人にするわけにもいかない。3人は隠し扉に手をかける。扉がぐるりと回転して迷宮の中にいざなう。
その瞬間、ヒュヒュヒュ!という無数の風切り音が響いたかと思うと暗闇の中をハジメ達目掛けて何かが飛来した。
「にゃっ!?」
突然の事にシアは驚いたように声を出すが、ハジメ至って冷静にそれをドンナーですべて叩き落す。それは黒塗りの艶のない矢だった。それが20本襲い掛かってくるが、ハジメはそれを全て夜目で見切っていた。
「いきなりだな……しかしシア、しっかりしろよ。この程度で驚いてたら身がもたないぞ」
「あうぅ……すいません……」
ハジメが呆れながら言うと、シアは申し訳なさそうに呟くが、次の瞬間、
シャァァァァァァァァ……
「へ?あ、いや、ちょ、ちょっと待……!?」
へたり込んだシアの股間が盛大に濡れ始めたのだ。その理由は……お察しである。
「そう言えば花を摘みに行っている途中だったな……まぁ、何だ。ドンマイだ……」
「うわぁ~~ん!どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」
女として絶対に見られたくない姿を、よりにもよって惚れた男の前で晒してしまったことに滂沱の涙を流すシア。流石に同じ女として不憫に思ったのかすぐに着替えを取り出して差し出す。
素早く着替えたシアだが、即座に意識を切り替えて歩き出そうと顔を上げてぴたりと止まる。不審に思い、二人がシアの視線を追うと、3人がいる部屋のど真ん中に、石板が設置されており、また丸っこい文字でこう書かれていた。
〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟
〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟
それを見たハジメとユエの心情は一致した。すなわち、うぜぇ~~、である。
シアは無言で石板に近づくと、ドリュッケンを取り出し、渾身の力で石板に叩きつけて粉々に粉砕する。更にその状態で何度も何度もドリュッケンを叩きつけていく。
すると、砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……
〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!〟
「ムキィーー!!」
シアがマジギレして更に激しくドリュッケンを振い始めた。部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡る。
その光景にハジメが呻いた瞬間、
「む、シアはどうしたのだ?」
後ろから声をかけられて振り返れば、そこにはきょとん、とした表情の神羅が立っていた。
「あれ?兄貴。今までどこに……」
「どこにって……ここに入ったら何かが飛んできたんだが、何のダメージもなく、他に何かあるのかと思ったら扉が回転してまた外に出てしまってな。その時お前たちがいなかったら一応警戒していたんだが、特に何もなかったので戻ってきたところだ」
「……そっか」
どうやら矢は神羅にかすり傷も与えられず、その場で待機していたらこちらが入ったのと入れ替えに外に出てしまっていたらしい。
「……で、シアはどうしたのだ?それに、なんかさっきまで無かった妙なにおいが……」
「……何でもない。きっと迷宮のトラップ。神羅は気にしないでいい」
ひくひくと鼻を引くつかせる神羅にユエは慌ててそう言い、意識を逸らす。流石に彼にまで知らせる必要はないだろう。
「まあ……そうだな……一応俺から言える事は……ミレディ・ライセンだけは解放者云々関係なく、人類の敵って事かな……」
ハジメの言葉に神羅はん?と小さく首を傾げていた。
光など届かない闇の奥深く。そこにその部屋はあった。真っ白な部屋で、一見すると無機質に見えるが、その中には明らかに誰かの私物が置かれており、誰かが住んでいることは間違いない。
その部屋の一角で、一つの人影が迷宮に突入したハジメたちを壁に埋め込まれたアーティファクト越しに見ていた。
いいや、それは人影と言えないだろう。何せそれの乳白色のローブから覗く手足は金属の光沢で構成されており、ニコちゃんマークの仮面を被っているからだ。
「……そうか……本当に……あの子の言う通り………ついに……ついに来たんだ……挑戦者が……」
その人影……ゴーレムから発せられたは若い女の声。彼女はどこか感慨深げに呟いていた。それはそうだ。ずっと、ずっと彼女は、彼女たちはその時を待ち続けていたのだ。長い時を気が遠くなるほど長い時を。
だが、次の瞬間、彼女はそれこそニマニマと言う擬音がつきそうなぐらい楽しそうな声を漏らす。
「いや~~、しかしいい反応してくれるね。これは頑張って仕掛けた甲斐があったってもんだよ♪」
ニマニマと言う擬音が聞こえてきそうなぐらい楽しそうな声はむしろうざいとさえ言われそうだが、次の瞬間、その気配を消す。そして彼女は静かに視線を動かし、神羅を目にすると、一転、優し気な雰囲気を醸し出す。
「そして彼が………………良かったね……モスモス……信じて待ち続けて良かったね……でも、彼が来たと言うのなら………私も準備をしないとダメかな………」
そう呟くと、ゴーレムは部屋の一角に向かって歩いていき、そっと壁に触れる。すると、壁の一角が音もなく開き、ゴーレムがはその中に入っていく。
そこは四方200mはありそうな広大な部屋だった。だが、その部屋の中には物は置かれておらず、代わりに床のほとんどを埋め尽くすほど巨大な魔法陣が描かれていた。
直径にして100mは超えており、更に描かれた術式は複雑極まりない。恐らく、ユエでさえ見た瞬間理解を放棄するほどに緻密で、精密で、濃密な、およそ人間業とは思えないような魔法陣。その魔法陣の一角には青白い光をたたえる鉱石が設置されている。
その魔法陣の真ん中にゴーレムは歩いていき、立ち止まると、
「………始めよっか」
その呟きと共に、魔法陣が凄まじい光を発し、部屋の全てが純白に染め上げられる。
さてはて、ライセン大迷宮はどうなるのか……