ではどうぞ!
時間を少し巻き戻し、神羅達がライセン大迷宮に突入したのと同じころ。
ハイリヒ王国の王宮の一角の召喚された生徒たちに与えられた部屋がある区画。その部屋の一室で、一人の女子生徒が机に向かって座り、うんうんとうなっていた。
その机の上には山のように本が重ねられ、その本に埋もれるように彼女は頭を抱えている。その前には開かれた本と、幾度も書き直した後のあるメモ帳が広げられていた。
「………やっぱり本じゃ、これ以上は無理か……」
そう呟いて園部優花は座りながら思いっきり体を伸ばす。ぽきぽきと固まった体から音が鳴り、コリがほぐれる。
そのままトントンと肩を叩くと、一息つこうと立ち上がり、部屋から出ていく。
優花が向かったのは王宮の一角に備えられた生徒たちのための食堂兼サロンだ。生徒一人一人に従者が付けられ、生徒が欲すれば、すぐに彼らが飲み物でも食べ物でも用意してくれる至れり尽くせりの場所だ。
(まあ、最近は従者さん達の視線もちょっと痛いんだけどね……)
何せ今そのサロンを使っているのはあの迷宮の一件で心が折れ、戦えなくなった者達が大半だからだ。
自分たちはこの世界を救うために喚ばれたのだ。それをせずに王宮に引きこもり、さらに一部の生徒たちは今も戦っているとなれば、面白くないと思われても仕方ない。と言っても、それだけという訳ではなく、中には素直にこちらに同情を向けてくれているものもいる。
先生が動いてくれなかったら今頃自分たちはどうなってたか、優花は思わずため息を吐く。
そんな中、優花は心が折れたとは違っていた。彼女の心は未だ折れていない。時折王都の外に出て魔物とも戦っているのがその証拠だ。あの時の、仲間殺しの衝撃で、皮肉にも彼女の心は仲間の死による衝撃を軽減していたのだ。
ではなぜここにいるのか、と問われると………勇者たちを信用できないからだ。
あの時、確かに優花は見た。檜山が神羅とハジメに魔法を放つのを。そして本人もそれを認めた。仲間殺しがいる時点でもアウトなのに、リーダーである光輝はその当人に何の罰も与えず許して仲間として連れている。もう優花の光輝に対する信頼はゼロだ。その中で次は我が身、と思うと一緒に戦う事はできず、結果として迷宮には同行していないのだ。
だからといって何もしないなど、優花にはできなかった。いざと言うときのために自分を鍛えているだけでなく、迷宮に挑んでいるメンバーに檜山と光輝に対し注意するように言いつけもした。
だが、今優花が力を入れているのは情報収集だ。思えば、自分たちはこの世界の地理、文化といった事を全くと言っていいほど知らない。これがどれほど役に立つか分からないが、それでも知ってるのと知らないのとでは大きく違うはずだ。だからこそ、優花は図書館から本を借りてきて情報を精査し、まとめ上げていた。
この時、大きく役に立ったのが神羅とハジメが事前にまとめ上げていた情報だ。これのおかげで個人で調べるよりもずっと調べやすく、情報も分かりやすくまとめられたと言っていいだろう。
しかし、それも限界が近い。いかに資料を読み漁ろうと、それはしょせん紙の上の知識だ。これ以上となるとやはり現地に行くしかない。特に優花はある伝承に強く興味をひかれていた。
一応相談してみよう、と考えながら優花がサロンに入ると、
「あれ?みんなどうしたの?」
そこには居残り組のクラスメイト達がいたのだが、その中で、玉井淳史、相川昇、二村明人、菅原妙子、宮崎奈々が特に鬱屈した表情を見せている。
困惑気味の表情を優花が浮かべていると、彼女に気づいたのか雫の付き人のニアが頭を下げながら
「優花様……いえ、私の失言が原因でして……」
「どう言う事?」
「えっとね、優花っち。実は……」
奈々が語るところによると、彼らがいつも通りこのサロンに集まり、迷宮攻略組の事を話し、特別だなんだと言っていると、ニアがポツリと「雫様とて女の子に変わりないでしょうに」、と漏らし、それに対し彼らが反応して、今のような事態になったらしい。
優花は思わず目頭を指で押さえる。
「……まったくもう……何やってるのよ……」
優花の言葉に玉井達は気まずげに視線を逸らす。それを見て優花は小さくため息を漏らし、
「ニアさんはみんなをバカにしたわけじゃなくて、八重樫さんも普通の女の子。強いだけじゃなく、弱いところもあるって言いたかったんでしょう?」
「え、ええ……その通りです」
その場に来ただけなのに、聞いただけで自分の言いたいことを言い当てた優花にニアは軽く目を丸くしている。
「……でも、優花っち。雫っちってば超強いし、いつだって頼りになるし……正直弱っちい雫っちなんて想像できないんだけど……」
「そうだよね……」
「……でも、人間なんてそんなものよ。白崎さんだって比べ物にならないぐらい豹変したし………南雲たちもそうだったんだから、八重樫さんだってそうでしょ」
その言葉に居残り組は目を点にする。なんでそこで彼らが出てくるのだろうか……
「まあ、とりあえずその事は置いといて、ちょうどよかった、ニアさん。一つ頼みたいことがあるんだけど」
「頼み?なんでございましょうか」
「ウルの町に行きたいんだけど、護衛を頼んでもいいかしら?」
「ウル……ですか?」
優花の言葉にニアは首を傾げる。
ウルの町はウルディア湖と言う巨大な湖のそばにある町で、この人間領において有数の食料生産地だ。広大な農地のほか、隣接する北の山脈地帯はその環境が地域によってバラバラだが豊富な食料が沢山実る。だが、それ以上に不可思議なところがある。それは植物の生育が他よりも早いのだ。通常であれば半年かかる収穫が、なぜかこの地域ではそれよりも一か月ほど早く収穫ができる。また、その実りは普通よりも美味しく、栄養価も高いなど、まさに至れり尽くせりで、人類にとっては生命線と言っていい場所だ。
「それでしたら、明日の朝、愛子様が視察と言う形で向かうと聞いておりますので、共に向かえばいいと思いますが……なぜ急に?」
「ええ、ちょっと……神獣伝説について調べたくて」
神獣伝説。それはこのトータスに伝わるエヒトに伝わる神話の中で、比較的マイナーなものだ。
神代の時代。神エヒトは反逆者を討伐するために自分の力を分け与えた神獣達を遣わし、人類を守ったと伝えられている。
反逆者を討伐した後、神獣達はエヒトの元には戻らず、地上に残り、世界各地で眠りについたとか。いつの日か、再び人類に危機が迫った時に彼らを守るために。
確かにウルの町にはその神獣が眠っているという伝説がある。植物の生育が早いのも、神獣の加護と伝えられているほどだ。
「やっぱり現地に行って色々調べたほうが分かることも多いかなって……でも、そっか……だったら、ついでにお願いっしちゃおっかな」
うん、と頷いている優花を居残り組の全員がポカンと間抜け面をさらす。さて、それじゃあ行こうと優香が軽く伸びをして歩き出そうとすると、その背に淳史が慌てて声をかける。
「お、おい園部。お前まさか……外に出るのか?」
「当たり前でしょ。大丈夫よ。結構頻繁に外に出てるし、愛ちゃんの護衛の騎士だっているしさ」
「で、でもお前……王都から離れることになるんだぞ?聞かなかったのかよ。外で天ノ河たちでさえ苦戦した怪物がいるって」
「ああ、確かにいたわね……でも、だからって何もしないって理由にはならないわ。二人が死んで、怖いと思うのは普通の事よ。私だって、本当はまだ怖い……でも、それでも何かしたいのよ。それはみんなも本当は同じなんじゃない?」
その問いに居残り組は何も言えなくなる。優花はそんな彼らに何も言わず、そのまま歩き出す。
「ま、待てよ園部!本当に行く気か!?今度こそ、死ぬかもしれないんだぞ!ここは漫画の世界でも、映画の世界でもないんだ。ご都合主義なんて起こらないんだぞ!だから……だからあいつらは死んじまったんじゃねえか!無能のくせに、ちょっと力がある程度で調子に乗って……俺は、俺はあいつ等みたいな馬鹿にはなりたくない……園部も考え直せ……」
「……でも、そんな馬鹿二人のおかげで私たちは助かった。そして……その恩人達を殺した奴を許してしまった……」
「それは……」
「私たちはそれこそ、彼らに祟り殺されても文句は言えないかもね。でも、彼らが救ってくれた命、そして残してくれたものを無駄にはしたくない。それだけよ」
そう言って優花はサロンから出ていく。
頭の中で何を持っていくか考えながら廊下を歩いていると、後を追ってきたのか妙子と奈々が駆け寄ってくる。
「ねえ、優花。本当に、愛ちゃん先生について行くの?今度こそ、本当に死んじゃうかもしれないんだよ?」
「分かってるって。それでも、何かしないと」
「……ねえ、もしかして優花って……二人の事……」
「あはは、それはまず絶対にないわよ」
妙子と奈々はきっぱりと否定した優花に顔を見合わせる。
「ハジメ君はそういう対象じゃなかったし、南雲の方は……少し見てすぐに、あいつには好きな奴がいるって分かったし……」
「え、それってまさか……香織ちゃん……」
「いいえ、違うわ。私も最初はそうかと思ったけど……違う。香織ちゃんに向ける目にそう言ったのはなかった。彼はいつも、ここにはいない、誰かの事を想ってる感じだった……なんていうか……遠距離恋愛系?ああいうのを見たらとてもとても…」
「……じゃあ……どうして……」
「……なんてことはない。ニアさんが言っていた面を私は見ていたって事よ」
入学当初、神羅は中学時代に起こした喧嘩騒ぎの結果、不良と言うレッテルを張られ、周りは神羅を不快に思っていた。香織がよく神羅に構っていたのもあって、つまはじきにされていた。ハジメもオタクが関係あるかはさておき、巻き込まれる形でクラスメイトからはよく思われてなかった。
最初は神羅も彼らに歩み寄ろうとしていたが、ほぼ全員が拒絶した。すると、神羅は少しして彼らを置物として認識するようになり、それがさらに皆の悪感情を加速させた。
最初は優花もそうだった。二人を勝手に判断して、避けていた。
しかし、しばらくして、優花は違和感を覚え始めた。神羅は不良と言われる割には周囲に危害を加えないし、ハジメも授業態度は褒められないが、言うほど酷いとは思えなかった。元々優花の実家が飲食店で、そこの手伝いでそれなりに人を見る目が養われたからか、そう思えた。
そして決定的になったのはある時、帰ろうとしていたハジメを檜山たち小悪党組が人目のつかないところに連れていくのを偶然見てしまった。
念のために様子を見に行けば、案の定と言うべきか、彼らはハジメに暴力をふるおうとした。
止めるべきか否か、優花が迷っていると、そこに神羅が現れる。彼はいじめの現場を目にした瞬間、その表情を歪ませ、ハジメを守る様に割って入った。
最初は小悪党も神羅の乱入に動揺していたが、神羅が手を出そうとしないとみるや、調子に乗って罵り、そして神羅を殴った。
その瞬間神羅は彼らにやりかえした。それも全員、一発でのしてしまった。だが、それ以上の事はせず、小悪党組が撤退した後、神羅はハジメの無事を確認し、ハジメも神羅の事を案じ、その後は二人そろってその場を去って行った。
その仲がいい、普通の兄弟としての姿を見て、優花はようやく、気づいたのだ。自分は、ちゃんとあの二人を見ていなかったと。
それから少し調べてみれば、中学時代の神羅の喧嘩事は基本吹っ掛けられたものに対処していただけで、自分から仕掛けたことはなかった。ハジメも偶に居眠りをしてしまうがそれだけで成績は悪くなく、そして起きているときの勉強態度も悪くない。言ってしまえば、香織が構っても別に問題ない人柄なのだ。
その事に気づいた優花は神羅とハジメに謝罪をしたのだが、ハジメは素直にそれを受け入れるも、神羅は完全に優花を見誤り、無視した。
その時はさすがにむっとしたのだが、それでも自分にはそんな資格はない。無視を始めたのは自分の方なのにそれを急に掌返しで許してなんて虫のいい話だろう。
ハジメからは根気強く話しかければ許してくれると言われたので、諦めずに話しかけ続けた結果、最近は反応を示すようになったのはよかった。その矢先にこのような事態になったのだが……
優花の言葉に二人は何も言えずに口を閉じてしまう。
「あの二人も普通のありふれた人だった。少し対応を変えてれば、普通に友人になれた人たちだった……そんな人たちが残してくれたものを無駄にしたくない。ただそれだけ」
そう言って優花は歩き出す。
その背中を見ていた妙子と奈々だったが、少しして互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべると、その後を追いかける。
その後、妙子と奈々も優花と一緒について行くと決め、3人は渋られながらも無事愛子への同行の許可をもらい、更にそれに淳史、昇、明人、そしてもう一人が加わり、彼らはウルの町に出発することとなった。
次回で2巻は終わり、3巻に突入します。
そして3巻なのだが……、みなさんが楽しみにしているであろうシーンの一つが出ます。
そして彼女なんですが………詳しくは次回にでも。