ではどうぞ!
ドット秘書長と呼ばれた男は、ひとしきり職員や周囲の冒険者から話を聞き終わると、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音でハジメに話しかけた。
「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。やり過ぎな気もしますが……まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう。取り敢えず、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……」
「ああ、もちろん構わない。だが、連絡先は………まだ滞在先が決まってないんだよな……そっちで融通してくれるならお互いに手間が省けるんじゃないか?」
そう言いながらハジメはステータスプレートを差し出す。
「抜け目ないですね……ふむ、青ですか。向こうで伸びている彼は黒なんですがね……そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」
そう言いながらドットは神羅達に視線を向ける。
「いや、こっちの3人はステータスプレートは紛失してな、再発行はまだしていない。ほら、高いだろ?」
「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね。よければギルドで立て替えますが?」
どうやらどうあってもステータスプレートは必要になってくるらしい。そうなると、いっそのこと、神羅は見せたほうがいいかもしれない。しかし、ユエとシアの場合、ステータスプレートを作成されれば、隠蔽前の技能欄の固有魔法が表示され、見られてしまう。それに今なら神代魔法もおまけされる。大騒ぎになることは間違いない。
あまり騒ぎは起こしたくない。どうするべきか、とハジメが悩み、神羅に相談しようとすると、
「……ハジメ、手紙」
「? ああ。あの手紙か……」
ユエの言葉に、ハジメはブルックの町でキャサリンから渡された手紙の事を思い出す。どういったものか分からないが、だめで元々。提出してみようとハジメは懐から手紙を取り出す。
「身分証明の代わりになるかわからないが、知り合いのギルド職員に、困ったらギルドのお偉いさんに渡せと言われてたものがある」
「?知り合いのギルド職員ですか?……拝見します」
最初は訝し気な様子だったドットだったが、渡された手紙を開いて内容を流し読みする内にギョッとした表情を浮かべた。
そして、ハジメ達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、ハジメ達に視線を戻した。
「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」
マジで何者だキャサリン、とハジメたちが戦慄する。
「まぁ、それくらいなら構わないが……」
「職員に案内させます。では、後ほど」
「む?終わったか?」
そこに今まで顔を出さなかった神羅が現れる。
「ああ、一応な。少し別室で話すことになったけど……何やってたんだ?」
「ちゃんと対応してたようでな、リシーから宿の話を聞いておいた。あいつはもう去っているがよかったか?」
「ああ、まあ、大丈夫だけど……いつの間に……」
その言葉に神羅はただ肩をすくめ、ハジメもまあ、兄貴だしなぁ、等と軽く考え、ハジメ達は職員の案内に従って移動する。
ハジメ達が応接室に案内されてから十分後、扉がノックされる。ハジメの返事から一拍置いて扉が開かれ、現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。
「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、神羅君、ユエ君、シア君……でいいかな?」
握手を求めるイルワにハジメも握手を返しながら返事をする。
「ああ、構わない。名前は、手紙に?」
「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」
「将来有望なんて書かれてたのかよ……それにトラブル体質って……いやまあ、確かにトラブル続きだったが………いや、今はそこは置いとこう。それで、肝心の身分証明の方はどうなんだ? それで問題ないのか?」
「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」
「……あの女は本当に何者なのだ………」
神羅でさえ思わず引きつった声を漏らすと、イルワが答える。
「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」
「只者じゃないとは思っていたが……思いっきり中枢の人間だったとはな。ていうか、そんなにモテたのに……今は……いや、止めておこう」
「そうか?確かに見てくれは変わったかもしれんが、俺はああいうやつを本当のいい女と呼ぶのだと思うぞ?」
「……そういうものかねぇ……まあ、それはいいか。身分証明に関してはもういいか?いいなら早く残りも済ませたいんだが……」
ハジメがそう言うと、イルワは瞳の奥を光らせる。それを見てなんとなく嫌な予感がしてハジメは思わず神羅に視線を向ける。神羅はむう、とうめき声を漏らす。
そんな彼らを後目にイルワはドットから一枚の依頼書をハジメ達の前に出させる。
「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
「………断るって言ったら?」
「話を聞いてくれるなら今回の件は不問にするよ?」
「つまり、話を聞かなければ正規の手続きを行う。聞いてくれるなら即座に開放か……言ってくれる」
ハジメは唸り声をあげる。別に手続きに関してはそういうものだと納得しているからいいのだが、面倒、と思う所はある。それを合法的に回避できる、と言われると心の天秤は傾いてしまう。
ハジメはううむ、唸りながらどうする?と神羅に視線を向ける。
神羅もまたどうするべきか、と考え込むように顔をしかめている。
そのまま少し二人で考え込み、
「はぁ……分かったよ。一応話だけは聞いてやる。いいよな?」
ハジメは話を聞くことを選択する。話を聞くだけで解放されるのだ。依頼を受ければ、ではないだけマシと考えよう。
神羅達も異存はないのか頷き、4人は座りなおす。
「聞いてくれるようだね。ありがとう。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」
そもそもの発端は最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた事だ。
北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。だが、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタがいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。どうやら彼は冒険者にあこがれを抱いており、これ幸いと参加したようだ。
しかし、結果は戻ってこず、更には家の意向を受けてウィルの動向を監視していた監視員すら連絡がつかなくなり、クデタ伯爵家は捜索依頼を出したと言う事だ。
「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出したのが昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。それに、最近じゃあ王都の一流冒険者が未知の魔物にやられたと言う報告も上がっている。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」
「だったら俺たちは当てはまらないんじゃ?俺のランクは青だし、その取り巻きだぞ?」
言い方は悪いが間違ってもいない。3人も特に気分を害したと言うのもなく頷いている。
「さっき〝黒〟のレガニドを瞬殺したばかりだろう? それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」
「ほう……手紙に書いてあったか……む?しかし彼女にその話は……樹海の魔物の素材は出したが……」
神羅が胡乱気に首を傾げ、ハジメも同様に首を傾げていると、シアがおずおずと手を上げる。
「何だ、シア?」
「え~と、つい話が弾みまして……てへ?」
「お前等………せめてその事は我らに伝えろ……これは諸々込みでしばらく飯抜きだな」
神羅のお達しにユエとシアはしょんぼりと肩を落としてしまう。その様子をイルワは苦笑しながら見ている。
「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」
「とはいうが、北の山脈は俺たちの行き先とは関係がない。急いでるわけじゃないが、それでもわざわざ……」
「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」
「いや、別に金が欲しいわけでもないし、ランクもどうでもいいから……」
「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな?フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ?君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」
「……分からぬ。なぜそこまでする。幾ら友人の息子でも、強引に割って入ったそいつの自己責任だと思うが?」
「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、優れた冒険者と一緒に、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」
イルワの言葉には後悔が滲んでいる。恐らく裏はなく、ただ自分の不始末の片をつけたい、と言ったところか。
神羅はハジメに視線を向ける。ハジメは何かを考えるように顎に手を当てて目を閉じている。神羅達は焦らず、ハジメを見守る。
「………幾つか条件がある」
やがて、ハジメが考えがついたと言うように目を開けて口を開く。
「条件?」
「ユエとシアのステータスプレートを作ってほしい。ただし、そこに表記された内容について他言無用を確約すること。ああ、代わりに報酬金はたっぷりと色を付けてくれよ?ランクは……まあ、黒ぐらいでいいが、後ろ盾は………まだ無理になろうとしてもらわなくていい」
「それは………いいのかい?それで、本当に?」
イルワが困惑するのも無理はない。何せハジメが掲示した条件はイルワが差し出した条件のほとんどを蹴る物だったからだ。
神羅が目を細め、念話で問いかける。
(………どう言う考えだ?ハジメ)
(大都市のギルドの後ろ盾って言うのは魅力的だ。でも、ミレディが行ってた神の使徒、ってのを思い出してな。あいつら、洗脳ができるって言ってたろ?)
(……なるほど。後ろ盾になってくれればいささか派手に暴れても問題はない。だが、そうなればイルワを通じて奴らが我らにたどり着く可能性が上がる。そしてそれは、イルワを通じて我らに働きかけることができると言う事)
(ああ。勿論、使徒が来る程度なら問題はない。返り討ちにしてやればいい………だけど、あっちには偽王がいる。兄貴がいると知られれば間違いなく奴をけしかけられる。そうなったら一発アウトだ。兄貴なら勝てるかもしれないが、それでもリスクがでかすぎる)
(……巻き込まない、と言う自信はないな。奴と戦うなら、奴にだけ集中せねばならない……パイプを作るチャンスだが、そのパイプから猛毒を流し込まれるリスクが上、か)
(そう言う事。だから今回はステータスプレートだけで。パイプは………せめて
(………悪くはないだろう。リスクを回避できるのならばそれに越したことはない)
(それに……リスク回避、と言う点ではもう一つ気になってる事もある。ま、それは後にして、今は目の前の交渉だ)
そう言い、ハジメは宝物庫を撫でる。
一方イルワはハジメの条件に即座にとびつかず、考え込んでいる。
「……どうしてそんな条件を?君たちのうまみがあまりないように思えるが?」
「俺たちの一番の目的はユエ達のステータスプレートを手に入れる事。それも、技能とかは見られないように。兄貴はもう持ってるから問題ない。俺たちはちょいと特異だからな、情報はできる限り規制したいんだよ」
「ふむ、個人的に君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……その辺りが君達の秘密か…だが、そうなると協会が目をつけるのは確実。後ろ盾も欲しいのでは?」
「別に後ろ盾も絶対要らない、とは言っていない。こちらの準備が整ったらこっちから接触して、後ろ盾になってもらうって感じだ」
ハジメの言葉にイルワは再び思考を巡らす。そしてしばらくして、
「……分かった。そちらがそれでいいのなら、それで頼む」
「よし、それじゃあそれでやるか。報酬は依頼が達成されてからでいい。パーティーメンバーの誰か自身か遺品を持って帰ればいいだろう?」
「ああ。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、神羅君、ユエ君、シア君……宜しく頼む」
そう言ってイルワは頭を下げる。 そんなイルワの様子を見て、ハジメ達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。
「あいよ」
「……ん」
「はいっ」
「やるからには最善を尽くそう」
ここのハジメは色々と知っているので、安全策を取る傾向にあります。いざとなったら徹底的にやりますが。