平原のど真ん中を北に向かって伸びる街道を爆走する影が二つ。
魔力駆動二輪に乗ったハジメ達がフルスロットルで走っていた。内訳はいつも通り神羅一人、ハジメ、ユエ、シアとなっている。
風にさらわれてシアのウサミミがパタパタとなびいている。
天気は快晴で暖かな日差しが降り注ぎ、ユエの魔法で風圧も調整されているので絶好のツーリング日和と言える。実際、ユエもシアも、ポカポカの日差しと心地よい風を全身に感じて、実に気持ちよさそうに目を細めていた。
「それで、ハジメ。もう一つ気になっている事、と言うのはなんだ?」
隣を走っている神羅からの問いにハジメはう~~ん、と声を漏らし、
「いや、イルワが言ってただろ?魔物の群れを見かけたって言うのが発端だろ?いきなりそう言うのが見られるようになったって言うのは……もしかしたら、怪獣か、その子供が活動して、それで魔物の生息域が変わったのかもしれないじゃんか?」
「なるほど。それで念のために調査しよう、と言う事か。だが、言っておくが、北の方角ではそれらしい気配はないぞ。まあ………そいつが休眠していたら分からんが、それだったら刺激しなければいいのだが」
「だがまあ、見ておいたほうがいいと思ってな」
「なるほどな……‥しかし、それを抜きにしても随分と急いでいるように思えるが?もう目的地は目前だぞ?」
神羅の言う通り、ハジメ達は、ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後一日ほどの場所まで来ていた。このまま休憩を挟まず一気に進み、おそらく日が沈む頃に到着するだろうから、町で一泊して明朝から捜索を始めるつもりだ。急ぐ理由はもちろん、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がっていくからだ。
「そりゃ、生きているのに越したことはないし…………死んだと諦めていた奴が生きていたって言うのは………素直に嬉しいしさ」
ハジメの最後の言葉は強い実感がこもっている。思い返しているのは恐らく、あの奈落で神羅と再会した時の事だろう。
それが分かっているのか神羅は何も言わず、小さく頷いて視線を前に向け、それを聞いていたユエは優し気に頷いている。
「そ、それにだ……ほら、兄貴……湖畔の町のウルはほら………大陸有数の稲作地帯だろ?」
「そうだな。以前我が聞いた米の生産地域だ。それに、香辛料も取れるらしいからな。となれば………初めてだが、チャレンジしてみる価値はある」
「カレーモドキがあるって話だが、それでも楽しみにしてるよ」
兄弟二人他愛無い会話を交わしながら走り続ける。
「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」
悄然と肩を落とし、ウルの町の通りをトボトボと歩くのは召喚組の唯一の大人であり、教師、畑山愛子だ。普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。
「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」
そう声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドで、更に周囲にいる他の護衛騎士や彼女の護衛を買って出た生徒たち、通称愛ちゃん親衛隊が声をかける。
事の発端は2週間と少し前。このウルの町に到着して少しの頃、愛ちゃん親衛隊の一人、清水幸利が忽然とその姿を消したのだ。
愛子達は、八方手を尽くして清水を探したが、町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、全て空振りに終わり、その行方はようとして知れずだった。
当初は事件に巻き込まれたのではと騒然となったのだが、清水の部屋が荒らされていなかったこと、清水自身が闇術師という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていたことから、そうそう、その辺のゴロツキにやられるとは思えず、今では自発的な失踪と考える者が多かった。その結果、愛子以外の全員が、日々元気をなくしていく愛子の心配に注力している。
生徒と騎士からの励ましに、愛子は自分の情けなさを恥じ、パチンと頬を叩くと、気合を入れるように声を上げ、それに生徒たちも答えると、彼らは自分たちが使っている宿、水妖精の宿に向かう。
中に入れば、一階のレストラン部分の一角で、多数の書物とにらめっこをしている優香がいた。彼女は当初の予定通り神獣について調べていた。最初の頃は清水の捜索にも加わっていたが、愛子の方から清水の件も含めて情報収集を任せられ、今ではそちらに注力しているのが現状だ。
愛子たちは優香と合流すると、そのまま本を片付け、食事をとることする。
当初は懐かしの米料理に舌鼓をうっていた愛子たちだったが、そこに水妖精の宿のオーナーであるフォス・セルオがやってくる。
「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」
「あ、オーナーさん。はい、今日もとてもおいしいです」
「それはようございました……実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」
「えっ!? それって、もうこのニルシッシル食べれないってことですか?」
カレー大好きな優香がショックを受けたように声を出す。
「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行く者が激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」
「……不穏っていうのは具体的には?」
「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」
「それは、心配ですね……」
「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」
その言葉に騎士たちが興味を持ったように声を漏らす。なにせ、支部長からの使命依頼となればそれは相当な実力と言う事だ。彼らはすでに頭の中で冒険者のトップである金ランクの冒険者の名前が幾つか上がっている。すると、二階に繋がる階段の方から誰かの話し声が聞こえてくる。
「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」
「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。金に、こんな若い者がいたか?」
デビット達が首を傾げていると、次第に会話の内容が聞き取れるようになってくる。
「で、兄貴。飛ばした鳥たちはいつ頃戻ってくる?」
「明朝だ。と言っても、流石に山全体はカバーできんから、離れた場所を重点的に見させるつもりだ」
「………本当に便利………でもそれは今は置いておいて、今はご飯、ご飯にしよう……!」
「そうですね。迅速に、最速、最短でご飯にしましょう!流石に丸一日ご飯抜きは辛いですぅ」
「自業自得だ……」
その会話の内容に、声に愛子の心臓が跳びはねる。更に他の生徒たちも同様だった。騎士たちが声をかけるが、彼らは微動だにしていない。
「………南雲君……?」
愛子は、椅子を蹴倒しながら立ち上がり、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。
シャァァァ!!と響くカーテンの引かれる音に、ギョッとして思わず立ち止まる四人の少年少女。
「ハジメ君!神羅君!」
「な、なんだ………!?って、先生?」
「おっとこいつは………少々予想外だな………」
愛子の前に現れたのは眼帯をした白髪の少年、そして膝裏まで伸びた黒髪に頭にバンダナを巻いた似た顔立ちの少年。ハジメは大きく外見と雰囲気が変わっているが、神羅はバンダナ以外何も変わっていない。
「ハジメ君……神羅君……二人なんですね……?生きて……本当に生きて……」
瞬間、ハジメと神羅はくるりと背を向けて顔を突き合わせ、まるで無視されたかのような動きに愛子は思わずへっ?と声を漏らす。
「なあ、兄貴。この場合どうすればいいと思う?」
「人違いで済ませるのは……無理だな。お前は先生と言ってしまったし、我は外見変わってないし」
「だよなぁ……町中でのすれ違いならまだしもこうやって同じ宿を取ってるからなぁ……逃げ場がどこにもないっす」
「いずれは白崎たちには報告を、と思っていたが………」
「流石にここでこれは予想外すぎるぜ……」
ひそひそと二人でどうするか話し合っていると、正気に戻った愛子が慌ててハジメの腕をつかみ、声をかける。
「ま、待ってください二人とも。どうして無視してるんですか?ちゃんと先生のほうを向いて話してください。それにその格好……何があったんですか? こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか?二人とも答えなさい!」
愛子の怒声に周囲の客が目を向け護衛騎士に愛ちゃん親衛隊が奥からやってくる。
それを見て、神羅とハジメは諦めたように息を吐く。
「こうなってはどうしようもない。さて、とりあえず落ち着け、畑山教諭。そんなに慌てていては話もくそもない」
「落ち着けって……」
神羅の言葉に愛子は自分が暴走しかかっていたことを自覚し、顔を赤くしながらハジメから手を放す。
「すいません、取り乱しました。改めて、ハジメ君に神羅君ですよね?」
「ああ。久しぶりだな、先生」
「やっぱり、やっぱり二人なんですね……生きていたんですね……」
「一応はまあ、二人とも生きているぞ」
「よかった。本当によかったです」
それ以上言葉が出てこない様子の愛子を見て、神羅は小さく頷き、そこからユエとシアに視線を向ける。
二人そろって顔を歪めているが、視線は待ちますよ?私たちはいつまでも待ちますよ?と言っている。
ふう、と神羅は一度息を吐き、
「とりあえず積もる話はあるだろうが、それは折を見てまた今度にしよう。今は飯にするぞ」
神羅の言葉にハジメはそうだな、と頷いて席に着き、ユエとシアもそれに続く。その行動に愛子はポカンとしてしまう。
「えっと、良いんですか?元の世界のお知り合いでは?」
「確かにそうだが、今ここで話を急ぐ道理もない。結局何日か滞在するのだ。こちらとしても聞きたいことはあるしな……すまんが、このシルニッシルを」
「そうだな……焦る必要もないし、そうするほうがいいだろう。あちらにとっても……あ、俺も同じで」
「そう言うんだったら……私も同じで」
「私もお願いしま~~す」
時間を置けば未だ興奮状態と思われる愛子も落ち着き、ちゃんと話ができるだろう。
だが、そうは愛子が卸さない。彼女ははっ、とするとツカツカと神羅達のテーブルに近寄ると「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩いた。
「二人とも、まだ話は終わっていませんよ。何を物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」
「それはまた時間を見て、って兄貴が言ってただろ。それまで待ってくれよ。ああ、それと彼女たちは……」
「……ユエ」
「シアです」
「ハジメの彼女」「ハジメさんの彼女ですぅ!」
「か、彼女?」
愛子は「えっ? えっ?」とハジメと二人の美少女を交互に見やり、後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながら。
一方、ユエは憮然とした表情を浮かべると、座りながらシアのすねを蹴り上げる。
「あいたぁ!?何をするんですかユエさん!」
「それはこっちのセリフ。何を勝手にのたまっている。ハジメの彼女は私だけ」
「いいじゃないですかぁ!頑張ってるんですからちょっとぐらいは!」
ユエとシアの二人が言い合いを始めると同時に、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた愛子は次の瞬間、先生の怒りと言う雷を落とす。
「ふ、二股なんて! 直ぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! もしそうなら……許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ! お説教です! そこに直りなさ「おい……」なんですか神羅く」
瞬間、その場限定で静かな、しかし凄まじい雷が叩き落される。
「ここは食事処。他にも客がいるのだ……静かにして、迷惑をかけるな………話は食事が終わった後で。異論はないな?」
瞬間、その場の全員が顔を引きつらせながら頷き、押し黙る。
さて、今後の展開は……そうですね。一言で言わせてもらうと……逆転、といいましょうか。