ただ、今回はもしかしたらどこかに話の辻褄が合わない場所が出てくるかもしれません。なんとか頑張って帳尻を合わせましたが、それでもこれが限界でした。
ウルの町と山脈って意外と距離離れてるのね……少なくとも百キロは離れてるよね、あれ………
それでは、どうぞ!
ウルの町。北に山脈地帯、西にウルディア湖を持つ資源豊富なこの町は、現在、ちょっと前まで存在しなかった外壁に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。
この外壁はハジメが即行で作ったものだ。魔力駆動二輪で、整地ではなく〝外壁〟を錬成しながら町の外周を走行して作成したのである。
もっとも、壁の高さはそれほど高くはない。大型の魔物なら、よじ登るか破壊することは容易だろう。
その外壁の上で、ハジメは油断なく周囲に視線を向けている。もっとも、その意識の多くはオルキスから届けられている映像に向けられている。その剣呑な表情からはほんのわずかな兆候も見逃さないという気迫が漂っている。
その横顔を眺めていたユエはふと視線を町の方に向ける。
そこは異様な雰囲気を醸し出していた。建物の明かりはすべて消えており、人の気配が全くと言っていいほどなく、文字通りゴーストタウンと化した町を見て、ユエはふう、と嘆息する。
町の住人達に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられたのはあの後、すぐだった。すでに移動を始めていた魔物の群れは、翌日の夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと予想された。
当然、住人はパニックになった。町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。明日には、故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられるものなどそうはいない。彼等の行動も仕方のないことだ。
そんな彼等に心を取り戻させた者がいた。愛子だ。ようやく町に戻り、事情説明を受けた護衛騎士達を従えて、高台から声を張り上げる〝豊穣の女神〟。恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。
冷静さを取り戻した人々は、当初、二つに分かれた。すなわち、故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組だ。
だが、ハジメはいささか強引だが、その居残り組をドンナーの発砲をもって脅した。褒められた手段じゃないのは分かっているが、半端に残られては愛子が残ると言い出しかねない。そうなれば当然騎士も残ると言い、結果として避難民の護衛が足りなくなる。それに、撤退の事を考えれば人数は少ないほうがいい。
これが功を奏し、住民は全員が町から避難している。
だが、それでもそこそこ時間がかかり、完全に避難民が町からいなくなったのは一時間ほど前だった。これだったら本当に着の身着のままで避難させたほうが良かったかもしれない。
「……ハジメ。魔物の群れは?」
「いや、まだオルキスの索敵範囲には来ていないな。怪獣も起きてないようだ。起きてたらいやでも気付くだろうしな」
「ふむ………ところでハジメ殿、シアはその清水、という妾に暗示をかけたものを探しておると言う話だったが、連絡は取れるのか?」
「ああ、それなら……」
ハジメが口を開こうとした瞬間、朝焼けに染まり始めた山から一つの煌々とした光が空に向かって放たれる。
それを見た瞬間、ハジメとユエはすぐさま反応する。
「どうやらシアは清水を確保したらしい」
「あそこだと………二輪でとばせば、私達の時よりも早くたどり着くかな?」
「あれは……」
光を見てポカンとした様子で口を開いたティオにハジメが説明する。
「あれは照明弾っていう連絡用のアーティファクトだ。シアには清水を捕まえたら合図としてそれを空に上げるように言っておいたんだ。この距離じゃ念話も届きにくいからな。知らせた後は全力で山を下ってきて、合流する手筈にしている」
勿論ただの照明弾ではない。ハジメが作成したそれは地球のそれよりもずっと高く上がり、そして明るく周囲を照らし出す。
照明弾が上がったのは麓のあたりだ。その事にハジメとユエは首を傾げる。いつの間にそんなところに清水は来ていたのか。遠目だが、魔物らしき姿もない。魔物の群れを従えているなら、自衛もかねて一緒に行動すると思うのだが……どう言う事だろうか……しかし、シアが虚偽の報告をするとは思えないし、清水ごときに後れを取るとも思えない。実はすでに移動していて、報告のために上げた可能性もある。とにもかくにも、恐らく清水は確保され、シアはこちらに向かってきているのだろう。シアには魔力駆動二輪を渡してあるので、それをフルスピードで飛ばせば1時間ほどで合流できるだろう。
「いつの間に……いやはや、何とも見事な手際じゃな」
感心したようなそぶりのティオにハジメはなんてことはない、と軽く手を振りながら軽く息を吐く。
ひとまず、これで懸念事項が一つ消えた。後は素早くシアと合流し、そのまま撤退するだけだ。
「早く来てくれよ、シア………」
ウルの町からの避難民の一軍は未だ町から数キロの所を移動していた。避難の開始がいささか遅れていたと言うのもあるが、なにせ一つの町の住民全員だ。その数は数千。どうしたってその移動は遅々として進まないものだ。
そんな中、殿を歩いている愛子はしきりに後ろを振り返り、ウルの町を見つめる。
「愛ちゃん先生。このままじゃ遅れちゃうよ」
「園部さん……ですが………」
その愛子を優花が急がせようとするが、彼女はそれでもしきりに不安そうに町を振り返る。その理由は間違いなく、残っているハジメ達だろう。
その愛子を安心させようと周囲の生徒たちは口を開く。
「南雲達なら大丈夫ですって。だってあのティオさんに圧勝してたんですよ?その怪獣、って言うのがどんなのか分からないけど楽勝ですって」
「魔物の群れだって意外と5人で何とかしちまうかもしれないし、ここは信じて逃げましょう?」
そう言われても納得ができず、再び振り返る。
実のところ、愛子は最初、ハジメと共に残ろうとしたのだ。生徒を残していくことは先生としてできず、また清水の事も気になったからだ。
だが、それはハジメが断固拒否した。理路整然と並べられた拒否の言葉に愛子は反論を封じられ、そのまま他のクラスメイトの安全の事も考えてこうして避難している。だが、どうしても気になるのか愛子は何度も町を振り返る。その様子を見て、優花もまた町を振り返り、
「大丈夫なんでしょうね………」
ハジメは城壁の上で真っ直ぐに山脈に続く街道を見つめていた。
その城壁の内側にはすでに魔力駆動四輪が待機しており、ユエと正気に戻ったティオは車内にいる。シアが合流したら即座に乗り込み、出発する準備はできている。
照明弾が上がってからすでに数十分が経過していた。到着するのはもう少し後だろうが、それでもタイムリミットもはっきりと分からない以上、どうしたって気が急いてしまう。
まだか、とハジメが考えていると、凄まじい爆音を上げながらこちらに一つの影が猛スピードで近づいてくる。
ハジメが来たか、と思っていると、影は尋常ではないスピードであっという間に距離を詰め、城壁にたどり着くと急停止し、二輪を置いてけぼりにして素早く跳び上がり、城壁の上に着地する。
「ハジメさん!ただいま合流しました!」
合流したシアは魔力を大幅に消耗したからかかなり疲弊した様子を見せているが、そんなのどうでもいいと言わんばかりに焦燥に満ちた表情で声を張り上げる。
「落ち着けシア。よく頑張った。清水は……と、いるな」
ハジメはシアの背中に乱雑にくくり付けられ、猿轡をされながら気絶している清水を見てハジメは息を吐く。
「もちろんいますよ!それよりもハジメさん!早く離脱しましょう!」
「落ち着けシア。勿論そのつもりだ。すでに下には4輪を待機させて「だったら早く乗り込みましょう!」どうした?」
明らかに尋常ではないぐらいに焦り、余裕がないシアの様子を訝しみ、ハジメが問うとシアは矢継ぎ早に口を開く。
「怪獣が眠っているのは山ではありません!町と山の間です!しかももう目覚める寸前です!」
その言葉にハジメは表情を青ざめさせると、躊躇なく城壁から飛び降り、そのまま4輪の上に着地すると運転席に乗り込み、シアも続けて後部座席に飛び込む。
「早くシートベルトを付けろ!すぐに出るぞ!」
「了解じゃ!」
シアは素早く清水を体から外し、急いでシートベルトを着け、しっかりと体を固定させる。清水もティオが素早くシートベルトを着ける。
「いくぞ!」
その言葉にハジメが頷き、四輪を走らせた瞬間、突如として山の至る所から無数の鳥たちが叫びながら飛び立つ。
突然響き渡るやかましいほどの鳴き声に一瞬ハジメたちの意識がそれる。その群れの規模は桁外れだった。恐らく、山脈地帯一帯に隠れ潜んでいたであろう鳥全てが飛び立ったかのような大群で、城壁越しでも空は一瞬、まばらに黒く染まり、やかましいほどの鳴き声が響き渡る。そのまま鳥たちは一斉にどこかへと飛び立っていってしまう。
「な、なんじゃ………これは……」
その時、ティオが愕然とした声色で呟いた。思わず振り返れば、彼女は顔を蒼白にし、歯の根がガチガチとなり、そこには誇り高い竜人族の面影などこれっぽっちもない。見えない何かに怯える矮小な生物がいた。
「ありえぬ……そんな事は………なんなんじゃ、これは………生物……なのか……?」
竜としての本能が何かを感じ取ったのか仕舞いにはその場で頭を抱えてしまう。瞬間、カタリ、と地面が揺れる。そしてその揺れは瞬く間に大きくなっていく。
「………まさか……」
ユエは最悪の予想に顔を青くし、ハジメも顔を引きつらせる。
その瞬間、揺れはすさまじい規模になり、4輪を激しく揺さぶる。その揺れにハジメたちが慌てて4輪の各所にしがみつき、耐え抜こうとしたと同時に、ズゴガガガガガガガガガガガッ!!!と文字通り大地を引き裂くような凄まじい轟音が鳴り響き、それに比例するすさまじい揺れが辺り一帯を襲う。その規模はすさまじく、周囲の家屋の窓が砕け、中には倒壊する物もあり、凄まじい土煙が立ち上る。そしてハジメが築いた城壁がガラガラと崩壊を起こす。
慌ててハジメは4輪を発進させて崩壊から距離を取るが、凄まじい揺れにハンドルを取られ、大きくスピンしてしまう。激しい揺れに吐き気がこみ上げるがどうにか車体を操作して転倒を防ぐ。何とか止まり、ハジメは安堵の息を吐くが、それもそこそこに4輪から顔を出し、周囲を確認しようとして、言葉を失った。それは同様に顔を出したユエ達も同じだった。
城壁が崩壊した先には北の山脈に続く街道と田畑が広がる平野部が見えるはずだ。そこに、盛大な土ぼこりを上げながら巨大な山が聳えていた。間違いなく、それはほんの数分、いや、数秒前まで存在していなかった。無数の瓦礫を巻き上げながらその山はゆっくりと起き上がる。見る見るうちに山は標高を数十メートルにまで持ち上げる。土煙を引き裂くように何かが現れるとそれは周囲の崩壊を免れた地面を吹き飛ばしながら叩きつけられる。それによって土煙が吹き飛び、遂に山の全貌が露になった。
まず見えたのは地面を抉り飛ばした何かだが、それは巨大な手だ。十メートルはありそうな巨大な爪を携えた鱗に覆われたそれだけで城をなぎ倒せそうな腕。それが地面を捉えていた。それが生えている胴体はさらに巨大だ。数百メートルはありそうな胴体の背には無数の樹木が生えそろっている。恐らくだが、あれは山があった場所にあった森だ。森がそのまま背中に乗っかっているのだ。そして頭部。それはワニガメの顔を更に凶悪にしたような作りで、二本の湾曲した牙のような物が喉元から前方に向かって生えている。
そして遂にそれは自らが起きたことで出来上がったクレーターからはい出し、太く短い後ろ脚と腕をナックルウォークにしての疑似四足で立ち上がる。ブルりと体を振るえば、その巨体から無数の瓦礫が散弾のように四方八方にまき散らされ、地面を抉る。
そしてその全貌をあらわにした怪獣はぐるりと周囲を見渡し、
ガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ………
天地を揺るがすような咆哮が轟く。それは恐らく、怪獣からしてみれば寝起きに漏れた欠伸のような物だったのだろう。だが、その咆哮が響いた瞬間、空気が文字通りビリビリと震え、かなり距離が離れているはずなのにハジメたちは思わず耳を塞ぎ、うずくまってしまう。
そして咆哮の余波が終わり、ようやく動けるようになるが、全員が動けなかった。ティオは完全に委縮し、怯え、恥も外聞もなく頭を抱え、「ありえぬ、ありえぬ、ありえぬ、ありえぬ………」と呟きながら泣き出してしまう。
そしてハジメも、ユエもシアも、呑まれてはいなかった。だが、どう行動するのが正しいのか分からなかった。今すぐ逃げる?逃げるなら怪獣の移動速度は?逃げ切れるのか?どこに逃げれば?そもそも見つかっているのか?このまま動かないほうが安全では?だがそれでは死ぬのでは?頭の中を一切整理されていない思考が滅茶苦茶に暴れまわり、指一つ動かせない。
そして怪獣の白い眼がゆっくりと4輪へと向けられた瞬間、怪獣は低いうなり声を漏らしながらふいに視線を山の方角に向ける。それがきっかけでハジメたちはようやく思考がまとまり、思わず怪獣の視線の先に目を向ける。
その瞬間、再び地面が凄まじい轟音と共に吹き飛び、凄まじい土煙が立ち上る。その中から新たな黒い影が現れる。それは、単純な高さで言えば怪獣を超えているほど巨大だが、全体的な質量では怪獣に軍配が上がる。
そしてゆっくりと煙を引き裂きながら彼の者は現れる。
余さず漆黒の巨体を支えるのはまるで岩その物と言ってもいい鋭い爪を携えた二本の足と長く、強靭な尾。体つきは筋肉質でその身体が動くたびに凄まじい力が蠢いている事が皮膚越しでもはっきりと認識できる。両腕もたくましく、鋭い爪を有している。太くがっちりとした首の先には意外と小さめな頭部がある。だが、その視線は猛禽類のように鋭く、その口からは人ひとり分はありそうな巨大な牙が覗いている。だが、最も特徴的なのはその背中だ。そこにはヒイラギの葉のような形状の背びれが大小合わせてずらりと並んでおり、尾の先端まで続いている。それはまるでその者を王者と知らしめるための王冠のような威圧感を放つ。
彼の者がその姿を現した瞬間、周囲に絶対的な
そして彼の者はゆっくりと怪獣を睨みつけるその相貌を凶悪に歪めながら唸る。それに対し、怪獣は敵意を滾らせながら逆に睨み返す。それだけで物理的衝撃波が放たれたと錯覚するほどのプレッシャーを周囲が襲い、ハジメ達は言葉を失う。
しばし睨み合い、唸りながら威嚇をしあう二匹。その場の空気が尋常ではなく張り詰められ、僅かな呼吸音すら許されないという錯覚に陥る。
それがどれほど続いた?数分?数十分?いや、実際にはあって十数秒だろう。
ガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!
ゴガアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!
数百年ぶりに目覚めた聖書において千年近く生きた者の名を冠する怪獣、メトシェラと、唯一無二の王として地球の頂点に君臨してきた怪獣王、ゴジラは互いに全力の咆哮を上げると同時に地面を激しく揺るがしながら駆け出し、その巨体が激突した瞬間、
空間が破裂した。
怪獣の説明は次回にでも。後、清水確保の状況も今後に。
次回はできる限り早めに上げようと思っています。