賛否両論あると思いますが、よろしくお願いします。
夜間の街道の端に巨大な黒塗りの四輪が止めてある。
ホルアドの町を出発してから数日。神羅達は目的地であるグリューエン大砂漠まであと一歩のところまで来ており、砂漠に入る前に一泊して英気を養おうとしていた。
すでに食事を終え、焚火を囲みながら各々思い思いに過ごしている中、ユエはブリーゼにもたれかかりながら空を見上げていた。空には見事な満月が浮かんでおり、周囲を明るく照らしている。
ぼんやりとその月を見上げていたユエだが、そっと右手を空にかざし、ゆっくりと指を動かす。
少しの間そうしていると、不意に太ももにホルスターでしまってあるナイフを取り出すと、ためらいなくそれで右手を切り裂く。
痛みは………無い。そして流れでた血はすぐに逆再生のように傷口に戻っていき、傷口はすぐに塞がってしまう。自動再生は問題なく機能している。
いつも通りと言えばいつも通りの光景に、ユエは小さく自嘲するような笑みを浮かべる。
「……まさに化け物……か……」
そう呟くとユエはナイフをホルスターにしまい、ゆっくりと立ち上がると、そのまま焚火に向かって歩き出す。
そこでは、神羅とハジメがボードゲームで対戦をしており、シアと香織が談笑し、お眠状態のミュウをティオがあやしている。
「ん?ユエか………どうした?」
いち早くユエに気づいたハジメが顔を上げて声をかけるが、すぐに訝しげな表情を浮かべる。彼から見て、今までのユエとは何かが違う気がしたのだ。その言葉に全員がユエに顔を向ける。
ユエは小さく息を吐くと、
「うん。ちょっと、神羅に相談したいことがあって……」
「我にか?別に構わんが……」
そう言って神羅は体をユエに向ける。ユエもまた神羅の前にすとん、と座る。
「しかし、改まって相談とはどうした?何かあったのか?」
神羅の問いかけに柄にもなく緊張が襲ってくる。唇が渇いて、思わず舌で舐めてしまった。それでも、聞かなければならない。自分の為にも。
「うん、あのね、神羅…………神羅の魔懐で…………私の自動再生を破壊する事って………できる?」
その瞬間、その場のほとんどの人間が驚愕したように目を見開くが、神羅は小さく目を細めると、居住まいを正し、真っ直ぐにユエを見つめる。
「ユエ……一応確認しておくが、それがどういう意味か……分かって言ってるか?」
「……うん」
自動再生は神羅でさえ持っていないユエだけのアドバンテージだ。
だが、ユエは違う。どんな傷を負ってもすぐに再生し、欠損すら瞬く間に治り、たとえ脳と心臓を破壊されようと彼女は死なない。魔力がある限り、彼女は死なず、永遠に生きていられると言っても過言ではないだろう。彼女は自分からそれを捨てると言ったのだ。
そうなれば、彼女の戦闘力は大きく変動する。ユエは魔法による遠距離戦が主体で、黒盾や結界による防御もこなすが、その反面肉体は脆弱だ。それを自動再生が補っていたが、それを捨てれば、彼女の危険度は一気に増す。
神羅はじっとユエを見つめていたが、彼女の様子から、その事は織り込み済みのようだ。ユエは自分が今まで以上に危険にさらされることを承知で言ってきたのだ。
「………そうか。では、理由を聞いてもいいか?どうして急にそんな事を……」
「そ、そうだユエ。どうして急にそんな……」
ハジメ達も同意するように頷きながら前のめりにユエを見つめると、彼女はう~~ん、とポリポリと頬を掻き、
「別に……急ってわけじゃない……清水の一件の時にもしかして、とは思った。その時は可能性として考えてただけで、実際にやろうとまでは思わなかったけど」
ハジメははっとした。あの時、ユエは何かに気づいたような様子だったが、その理由がこれだったのだ。
「きっかけはホルアドの町での戦い」
その戦いの話は神羅も聞いている。魔力が使えなくなったらしいが、間違いなく奴の能力によるものだろう。まさか魔力にまで干渉するようになったとは神羅にも予想外の事だった。だからこそ少なからず自分に影響を与えられたのかもしれない。
「……あの戦いで私は自動再生を一時期失った。その時に、私はたぶん初めて……死を実感した。今までは自動再生があるから大丈夫って思ってたし、封印されてる間も、なんだかんだで死を感じた事はあまりなかった……でも、あの時ほど、死を感じたことはなかった。全身が冷たくなって、怖くて怖くてたまらなかった。全部が恐ろしかった……」
自分の身を抱きしめながら震えるユエをハジメは抱きしめる。すると、ユエは小さく息を吐き、ハジメに向かって頷いて見せると、そっとハジメの抱擁をほどき、神羅を見つめる。
「でも………魔力が使えるようになって、自動再生が復活したことを実感した時、私が感じたのは安堵じゃなくて、呆れだった。また死ねなくなったって……」
「そう言えば、あの時ユエちゃんそんな感じの事………」
「うん。自分でも驚いた。死が遠のいた。喜ぶべきことなのに、心のどこかで、私はそれを嘲った。そこで気付いたんだ。今まで私は自動再生の事を真剣に考えた事がなかった……向き合ってこなかったって。それで、ここ数日自動再生の事を考えてた………魔力がある限り、私は死なない。魔力が尽きれば死ぬけど、今の私のステータスならほとんどそんな事は起こらない。起こったとしても、回復する手段もある。脅威が無くなれば、私は永遠に生き続けると言っても過言じゃない。そこまで考えた時、前に神羅が言ってたことを思い出した。残された者は、寂しいって」
それはオルクス大迷宮で神羅とハジメが再会した時、前世の話をした際に口にした言葉だ。
「そこで気付いたんだ………私は、永遠に残され続ける者だって」
その言葉にハジメ達は目を見開きながら息を呑み、神羅は小さく眉を寄せる。
「永遠に生き続けるって事は、どれ程親しい人を、愛する人を作っても、その人の死を見届けるって事。シアや香織、ミュウ。ティオだって私より先に死ぬし……多分、神羅も。そして………ハジメも」
ユエが寂し気にハジメに視線を向ければ、彼は胸を締め付けられたように顔を歪ませる。
「それだけじゃない。これから、私がどれほど多くの人と出会おうと、友達になろうと、みんなみんな死んでいく。これから先ずっと………私は死を見続ける」
「ユエ、それは……」
「でも、何よりもショックだったのは………ハジメとの間に生まれた子供も、私より先に死ぬことが決まっているって事に気付いた事」
ハジメは愕然としたように引きつった声を漏らし、シアたちも泣きだしそうに顔を歪める。ユエも涙をこらえるように唇を引き結び、
「大好きな人との間に生まれた子供が、大切な家族が自分よりも先に死ぬことが決まっている。その死を見ることは避けられない……そんなの、あんまりでしょ?そんなの……呪いでしかない」
そこでユエは私は大きく息を吐き、宝物庫から水筒を取り出して一息に煽る。それで落ち着いたのかユエは再び息をつき、恋人と仲間たちを見据える。神羅が続きを促すように頷いたのを見て、口を開く。
「きっと、あの時の神羅の顔を見た時から、私は無意識にその事に気付いてたんだと思う。だから自動再生が復活した時、私は嬉しくなかった。解けたと思った呪いが、復活したんだからそうなるのも当然。自動再生は確かに便利だけど……今の私にとっては呪いでしかない。だから、もしも完全に解くことができるのなら、そうしたい」
そこで話が終わったのか、ユエは小さく息をつく。
神羅は小さく息を吐きながら腕を組み、ハジメ達は何も言えずに黙って事の成り行きを見守っている。
「なるほど……確かに、俺から見ても永遠に生き続けるなんてのはくだらない事だ。そんな事よりも路傍の石ころのほうが遥かに価値がある。だが……本当にいいのか?」
神羅は端的にそう言い、ユエを正面から睨みつける。その瞬間、絶大な圧に襲われユエは息を呑む。その目はかつてティオに向けた物と同じ物だ。
圧にさらされながらユエは小さく息を吐いて神羅を見つめ返すと、
「………うん」
「これから先、何があるか分からん。自動再生があればよかった、と思う事が幾度も来るかもしれんぞ?」
「……そうだね」
「それでも、本当にいいのか………?」
「………正直に言えば……本当に怖い。死ぬのが怖い……でも……それでも……いいんだ……」
ユエは大きく息を吐いて真っ直ぐに神羅を見据えながら自分の胸に手を当て、
「私は………ハジメや、神羅、シアにティオにミュウ、そして香織やこの先出会ういろんな人たちと同じ時間を生きたい。限りがあるとしてもこの命を、たった一つの私の命を………全力で生き抜きたい。それが私の………ユエの……アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタールの願い……!」
そう言いきったユエの姿に、ハジメ達は息を呑んだまま見入っていた。その姿は、あまりにも気高く、美しかった。ユエのビスクドールの如き美貌もあるのだろうが、その目にはかつてないほどの強い輝きが宿っている。まるで力強く燃え盛る焔のような鮮烈な輝き、彼女自身が放つ命の輝きだ。
その様子を見つめ、神羅は小さく笑みを浮かべる。
(……いい顔をしている……)
最初の頃のユエは、まさに
だが、今の彼女の目には命の熱が灯っている。灯ったばかりの鮮やかな熱が。
あの少女が随分と変わったものだ、と神羅は感慨深くなり息を吐く。
「そうか………お前の覚悟は分かった。そう言う事であれば、我の方に異存はない。協力しよう」
「うん………ごめん。嫌なこと頼んで」
「気にするな。この程度なんてことはない」
「みんなも………相談とかしないでごめん」
ユエがハジメ達に頭を下げると彼らはようやく再起動したしたのか小さく声を漏らす。だが、そこまでで、彼らは表情を目まぐるしく変え、何か言おうとするが口をもごもごさせるだけで言葉にならない。
その中でハジメははあ、と深いため息をつきながら額に顔を手で覆い、
「どうして俺の周りの奴らは大事なことを相談してくれないのかなぁ………」
「す、すまん……」
「ごめんなさい……」
神羅とユエがそろって肩を縮こませるのを見て、ハジメはもう一度深いため息を吐く。
「でも……そうだな。俺も……その方がいい。ユエには死んでほしくないけど……永遠に生きててほしいとも思わない。置いていくのも、置いて行かれるのもごめんだ。一緒に老いて……同じ墓に入りたい」
ハジメの言葉にユエは嬉しそうに微笑む。そこで香織が困惑した表情で口を開く。
「あ、えっと……私……いまいちついて行けてないんだけど……ユエちゃんは自分を変えたい……って事でいいのかな?」
「……ん、その通り」
「だったら……私は応援するよ。その、出会ったばかりの私が言うのもなんだけど……」
気まずげな表情の香織にユエはそんな事はない、と首を横に振る。
「……そうじゃな。お主が自分で選んだ選択じゃ。それはきっと……間違いではないじゃろうよ」
ティオは小さく頷きながら目を細めている。そしてシアはあ、えっと、と口をもごもごさせるが、小さく息を吐くと、
「ユエさん……私にはユエさんの苦しみがほとんど分かりません。相談してほしかったとも思います。ですが……個人的な事を言うのであれば……嬉しいです。一緒に生きたいって言ってもらえて。だから……えっと……つまりですね……」
あわあわとするシアを見て、ユエは大丈夫、分かってると言うように頷く。
「………さて、では、ここからはできるかどうかの話に移るとしよう」
神羅の言葉に全員が軽く身構えるように体を固くする。
「まずできるかできないかで言えば………恐らくできる。清水の時と同じように魔懐を全力でお前に撃ち込めばお前の魔力をすべて破壊し、自動再生を無効化できるだろう」
「それじゃあ………」
「ただし、そうすればどうなるか、分かっているだろう?」
その問いにユエは顔を固くしながら頷く。魔力を破壊し尽くせば、清水のように天職は無くなり、ステータスも0となり、技能もすべて失われ、文字通り無能となる。この世界でそれはあまりにも危険すぎる。とりわけ自分達の旅は危険だ。自動再生が無くなるだけであればまだ戦いようはあるが、そうなってはユエは完全に足手まといだ。連れて行くことは到底できないだろう。
「それが分かっているならいい。では聞こう………今すぐやるか?」
すると、ユエは小さくため息をつき、
「流石にまだやらない。こんな状況でそうしたってみんなの迷惑になるだけ。今日は自分の選択の宣言と、出来るかどうかの確認だけ。実際にやるのは………全部終わってから。その後に、お願い」
「うむ、分かった」
神羅が頷いたのを見て、ユエは目を閉じながら顔を上げ、ようやく終わったと言わんばかりに大きく息を吐く。
「しかし、本当に驚いたぞ……どうして一言も相談してくれなかったんだ」
ハジメが非難の眼差しをユエに向けると、彼女は気まずげに目をそらし、
「……本当にごめんなさい。でも、これは私の問題だし……それに、自分で答えを出さなきゃいけないと思って……」
「我が言えた義理ではないが、そう自分で背負い込むな」
「マジで兄貴が言ってもあんまり説得力がねえよ」
ハジメが心底呆れたと言うようにため息を吐いていると、香織はユエに気になっていたことを聞く。
「そう言えばユエちゃん。さっき、すごく長い名前を言ってたような……」
「ああ、あれは私の本名。ユエは私が名前を捨てた時、ハジメがつけてくれた名前」
「そうだったんですね。あ、でも、それを名乗ったって事は………」
「………神羅のように、過去の全てを背負えるとは思ってないけど、名前ぐらいは拾い上げてもいいかな、ぐらいには思ってる。あ、呼び方は別にユエのままでいい」
その言葉に全員が頷いたのを見て、ユエは大きく息を吐きながら後ろに手をついて空を仰ぎ見る。
そこで不意にキョトンとした表情を浮かべ、眼前の星が彩る夜空を食い入るように見つめながらぽつりと呟く。
「空って………こんなに広かったっけ?」
という訳で、今すぐではありませんが、今作のユエは自動再生を捨てます。
なんだかんだ言って、不老不死って惹かれないんですよね。多くの作品で不老不死を手に入れた人が嬉しそうにしていないのが原因かな。
あ、もしも自動再生のところで間違いがあったらご指摘をお願いします。