赤銅色の世界。グリューエン大砂漠を一言で表すならばこの一言だろう。
きめ細かい赤銅色の砂が風で巻き上げられ、見渡す限りを一色に染め上げる。
大小さまざまな砂丘は常に形を変え、砂と相まって容易く方向感覚を狂わせ、照り付ける太陽が容赦なく体力を奪っていく過酷な環境。
もっとも、そんな環境、ハジメ謹製のブリーゼの前には何の問題にもならない。
「外……すごいですね。普通の馬車とかじゃなくて本当に良かったです」
「全くじゃ。この環境でどうこうなるほど柔い心身ではないが……積極的に進みたい場所ではないのう」
「……トータスには、こんな場所もあったんだね……」
後部座席で窓から外の様子を眺めていたシアとティオと前部の席の香織がしみじみとした様子で呟いていた。
「前に来た時と全然違うの!とっても涼しいし目も痛くないの!ハジメお兄ちゃんはすごいの!」
「……うん、ハジメは凄い。ミュウ、お水飲む?」
「のむぅ~」
そして香織と同じ前部の窓際の席ではユエと一緒に座ったミュウが興奮したようにはしゃいでいた。
海人族のミュウにとっては砂漠の横断はかなり過酷だっただろう。衰弱死しなかったことが不思議なほどだ。
「ハジメ。アンカジ公国まではどのくらいだ?」
「向きは合ってるし、もうそろそろだと思うけど……砂嵐がひどくていまいち外が見えないな……」
そんな光景を背後に助手席の神羅と運転しているハジメは目を細めながら外を見渡している。アンカジ公国を目指しているのは大迷宮に挑むにあたってそこのギルドにミュウを預ける必要があるからだ。
しかし、外は相変わらず赤銅の砂嵐が吹き荒れ、視界を埋め尽くしており、近場ならまだしも遠くははっきりとしない。
鬱陶しいと言わんばかりに神羅が窓の外の砂嵐を睨んでいると、
「ん?なんじゃあれは。ハジメ殿。三時の方向で何やら騒ぎじゃ」
ティオの言葉にハジメがそちらを見ると、右手の大きな砂丘の向こう側にサンドワームと言うミミズ型の魔物が相当数集まっているようで、砂丘の頂から無数の頭が見える。
サンドワームは、グリューエン大砂漠にのみ生息する、平均二十メートル、大きいものでは百メートルにもなる大型の魔物だ。普段は地中を潜行していて、獲物が近くを通ると真下から三重構造のずらりと牙が並んだ大口を開けて襲いかかる。察知が難しく奇襲に優れているので、大砂漠を横断する者には死神のごとく恐れられている。
「何だあいつら……なんであんなところでグルグル回ってんだ?」
別にサンドワームが現れることは問題ではない。ハジメ達ならば何の問題もなく対処できるからだ。問題は何故かサンドワームの群れが様子を伺うように周囲を旋回しているからだ。
「……まるで食べようかどうか迷ってるみたい」
「奴らは悪食で獲物を前にして躊躇うと言う事はないはずじゃが………」
「………気になるな。シア、ちょっと見てみてくれ」
「はいはいですぅ」
神羅の言葉にシアは頷くとブリーゼの一角をスライドさせ、何かを引っ張り出す。
それは円状の台座のような物だ。表面には格子状の模様、その中心には赤い光点が表示されている。
シアがそれに手を当て、魔力を流すと台座の一角、サンドワームの群れがたむろしている場所に複数の影が浮かび上がる。
「え~~と、この動いているのがサンドワームですから………うん、やっぱり中心に何かいますね。奴らはそれをどうしようか迷ってるんじゃないでしょうか」
シアが使ったのはブリーゼに新しく搭載されたソナーだ。これはブリーゼを中心に周囲一帯に魔力が放ち、それを利用して周囲の生物の位置を特定するアーティファクトだ。ハジメも索敵系技能を持っているが、これはハジメの技能よりもより広範囲を捜索できる。
もっとも、ハジメの索敵系技能で十分安全は確保できるのだが、ブリーゼに搭載されているのはハジメが作ろうとしている物に必要なパーツの試作品であり、試運転もかねている。
そんなアーティファクトだが、現状一つ欠点を抱えている。それは………
「っと、これは………ハジメさん。来ますよ!」
「分かってる!掴まってろ!」
そう言うと同時にハジメはブリーゼを加速させる。それと同時にブリーゼの後方の地面が吹き飛び、そこからサンドワームが飛び出してくる。
更にそれだけで終わらず、周囲から新たなサンドワームが飛び出し、その襲撃を避けるためにブリーゼは激しく駆け抜けていく。ちなみに彼らはきちんとシートベルトを着用している。
ソナーの欠点は魔力を周囲に放つことによる周囲の魔物を刺激することだ。改良すればそれもなくなるだろうが、現状はどうしても魔物を刺激してしまう。見れば、丘の向こうにいたサンドワームたちもこちらに向かってきている。
「こうも刺激するんじゃ、まだまだ実用段階とは言えない。要改良だな………ユエ、頼む!」
「分かった!香織、ミュウの目を!」
「う、うん!」
ハジメがハンドルを切ってブリーゼをドリフトさせて反転すると、自身はバック走行に集中。その間に香織はミュウの目を塞ぐように抱きしめ、ユエは即座にブリーゼの車内の一角をスライドさせる。
展開されたのは透明な板と操縦桿のようなレバーが二つ。ユエがレバーを握り、魔力を流せばボンネットの中央が展開されそこから長方形型の機械がせり出してくる。そしてそれは内蔵された銃身を展開、シュラーゲンのような対物ライフルに変わる。
それと同時にユエの前の板に外の光景が映し出され、その中央に赤い円と十字を組み合わせたレティクルが表示される。ユエが桿を動かせばレティクルもまた動き、それに連動するようにシュラーゲンの銃身もまた動いていた。
ユエは迫りくるサンドワームに照準を合わせると銃身が赤い雷で覆われ、引き金を引けばレールガンが放たれ、狙いたがわずサンドワームを撃ち抜き、吹き飛ばし、周囲に血肉が飛び散る。
「う~~ん、酷い光景……」
顔をしかめながらもユエはそのまま次々とサンドワームを狙撃していき、ブリーゼを狙ったサンドワームを全滅させてしまう。
全滅を確認したユエが手を離せばシュラーゲンはそのまま車内に格納され、照準機器も格納される。
「ふう………照準装置はいい感じだと思う」
「そうか。なら「ハジメ君、あれ!」な、なんだ?白崎」
ユエの感想を聞いていたハジメだが、突如として香織が驚いたように前方を指さし、目を丸くする。
「……誰か倒れているぞ」
神羅が香織が指さす先に目を向ければ、そこには白い服を着た人が倒れていた。恐らく、サンドワームが狙っていたのはあの人物だろう。
「ハジメ君。あの場所に……」
「分かってるって」
香織が懇願せずともこの状況ではハジメも見捨てるつもりはない。ブリーゼを白い人物の傍まで近づける。
その人物はガラベーヤ(エジプト民族衣装)に酷似した衣装と大きなフードのついた街灯を羽織っている。フードを外せば、その下からは二十代半ばぐらいの青年だったが、香織はその青年の様子に驚いたように目を丸くした。
苦しそうに歪められた顔に大量の汗、呼吸は荒く脈も速い。服越しでも分かるほどの高熱を発し、更には血管もくっきりと浮き出て、目や鼻からは出血もしている。どう見ても熱射病の類ではない。
香織は浸透看破を使って青年の状態を診察する。これは魔力を相手に浸透させることで対象の状態を診察し、その結果を自らのステータスプレートに表示する技能だ。
「……魔力暴走?摂取した毒物で体内の魔力が暴走しているの?」
「何か分かったのか?」
「あ、うん。恐らくだけど、何か良くないものを摂取して、それが原因で魔力暴走状態になっているんだと思う。しかも外に排出できないから内側から強制的に圧迫されて肉体がついてこれない。このままじゃ、内臓や血管が破裂しちゃう……万天」
結論を下した香織は
「ほとんど効果がない。浄化しきれないほど肉体に溶け込んでいるの?なら……廻聖」
次に香織が使用したのは光の上級回復魔法、廻聖。これは一定範囲内の人々の魔力を他者に譲渡する魔法で、基本的には自分の魔力を他者に譲渡することを目的にしている。もっとも、譲渡する魔力は術者の魔力に限らず、範囲内の物から魔力を奪い取るドレイン系の効果も持っている。もっとも、他者から抜き取る場合それなりに時間がかかるのであまり実戦向きとは言えない……通常は。
香織がこの魔法を使用したのは体内の狂った魔力を体外に排出するためだが、その効果は劇的だった。奪われた魔力は神結晶の腕輪に蓄えられていくのだが、見る見るうちに青年の状態は改善していく。
「とりあえず、今すぐどうこうなることはないと思うけど、根本的な解決は何もできてない。魔力を抜きすぎると、今度は衰弱死してしまうかもしれないから、圧力を減らす程度にしか抜き取ってないの。このままだとまた魔力暴走で内から圧迫されるか、そのまま衰弱死する可能性が高い」
「そうなんですか……あれ?確か神羅さんが清水さんの魔力を破壊し尽くした時、清水さん平気そうでしたけど……」
ふと、シアが首を傾げ、ユエ達もあ、と声を上げる。確かにウルの町で、神羅は清水に魔力を大量に流し込み、魔壊で彼に魔力を破壊し尽くした。だが、それから彼は肉体的な衰弱は見られなかった。優花からもそう言った報告は今のところない。
そうなの?と香織が神羅を見やる。神羅は小さく唸りながら腕を組み、
「………想像でしかないが、元々魔力を持っていなかったのが要因かもしれん。元々お前たちは魔力を持たずに生きていた。それは魔力がなくても問題ない肉体だったと言う事だ。亜人のようにな。それ故に、魔力を失っても大丈夫だったのだろう」
「そうなると……元々魔力を持っていた者は魔力を破壊し尽くされると命を落としてしまう事になるのう」
ティオの言葉に香織は小さく頷く。青年を治せると思ったが、そう簡単にはいかないようだ。
そして、ユエは落胆したように小さく目を伏せていた。その頭を神羅は軽く撫で、彼女は顔を上げ、神羅を見上げる。
「こうなっては、お前の自動再生を破壊することはできんな。他の方法を探そう」
「……うん」
「よし……とりあえず香織、俺達も診察してくれないか?未知の病なら空気感染の可能性もあるし……」
「分かった」
香織はすぐに全員を調べたが、結果は異状なし。どうやら空気感染の類ではないらしい。その事にハジメ達が胸を撫で下ろしていると、青年が意識を取り戻したのか呻き声を上げ、目蓋が震える。
ゆっくりと目を開け、周囲を見渡す青年は心配そうに自分を間近で見ている香織を見て、
「女神?そうか、私は召し上げられて……」
などと言い、香織に向かって手を伸ばす。が、それはむう、と口をへの字に曲げた香織の手ではたき落される。
「え?」
「ここはあの世ではないですよ。貴方はちゃんと生きています。しっかりしてください」
「とりあえず水だな……」
ため息をつきながらハジメは宝物庫から水の入った水筒を取り出していた。
香織の事は近々種明かしをします。