エリセンの町は文字通り海上に浮かぶ大きな町だ。行き来は当然ながら船で行われており、その為か町には多くの桟橋が突き出した港が存在している。ハジメ達はその港に潜水艇を接岸させ、そこでハイリヒ王国が保護の名目で送り込んだ駐在部隊の隊長のサルゼに自分たちの身分や潜水艇の説明、そして依頼の報告を行っていた。
「……なるほど、事情は分かった。依頼の完了を承認する、南雲殿」
依頼書にサインを終えたサルゼはハジメに向かって敬礼する。
「ああ。それで、ミュウを母親の元に送ってやりたいんだが……」
「ああ、分かった。部下に案内させよう……その子は母親の状態は?」
「詳しくは聞いてないが、かなり悪いみたいなことは聞いたな……でも、多分大丈夫だ。こっちには最高峰の治癒師にいい薬もあるからな」
「そうか、分かった。では、私はこれで」
サルゼはそう言うと野次馬を散らして騒ぎの収拾に入った。
ミュウを知る者達が声をかけたそうにしていたが、そうしてはいつまでたっても母親の所に辿り着けそうにないので神羅が抑えるよう声掛けをしていた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。お家に帰るの。ママが待ってるの!ママに会いたいの!」
「そうだな。早く会いに行こう」
ハジメの手を引っ張りながら早く早くと急かすミュウ。彼女にとっては二か月ぶりの我が家と母親だ。無理もないだろう。道中も寂しさを感じる時があるようで甘えてくる時があった。
そうして町中を歩いていくこと少し、通りの先で騒ぎが聞こえだした。若い女の声と数人の男の声だ。
「レミア、落ち着くんだ!その足じゃ無理だ!」
「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならちゃんと連れてくるから!」
「嫌よ!ミュウが帰ってきたのでしょう!?なら私が行かないと!、迎えに行ってあげないと!」
見れば、通りの先の家から一人の女性が飛び出そうとしており、それを数人の男女が抑えていた。
その瞬間、ミュウの顔がぱぁ、と輝くと、玄関先で足を投げ出す形で倒れている20代中ほどの女性に向かって大きく呼びかけながら駆け出した。
「ママ――――ッ!!」
「ッ!?ミュウ!?ミュウ!」
ミュウは勢いよく走り出すと、その女性ー母親であるレミアの胸元に満面の笑みで飛び込んだ。
もう二度と離れないようにと固く抱きしめ合う母娘の姿に周囲の人々は暖かな笑顔を浮かべ、中には涙ぐんでいる者もいた。
レミアは何度も何度もミュウにごめんなさいと繰り返しながら涙を流していた。それはミュウが無事だった事への安堵か、娘を守れなかった己の不甲斐なさか、その両方か。
ミュウはそんなレミアを心配そうに見つめながらその頭を優しく撫でた。
「大丈夫なの、ママ。ミュウはここにいるの。だから大丈夫なの」
「ミュウ……」
攫われる前は人一倍甘えん坊でさみしがり屋だった娘が自分を案じているという事にレミアは涙に滲む目を丸くした。
ミュウは自分を見つめるレミアににっこりと笑いかけるとレミアを自分から抱きしめる。
レミアは驚いたように動きを止めていたが、すぐにその瞳に娘への愛しさを宿し、ミュウを抱きしめる。
どれほどそうしていたか、不意にミュウが悲鳴じみた声を上げる。
「ママ、あし!どうしたの!けがしたの!?いたいの!?」
レミアのロングスカートから覗いている足は包帯でグルグル巻きにされており、痛々しい有様だった。
道中で聞いた話によれば、レミアはミュウをさらった男たちに遭遇し、そのまま襲撃され、炎の魔法で足に重傷を負ったとの事。しかも自警団が漂流している彼女を見つけた時にはすでに神経がやられ、もう歩くことも今までのように泳ぐこともできない状態になってしまったらしい。
レミアはミュウに心配かけまいと笑顔で大丈夫と言おうとしたが、その前にミュウはお兄ちゃんに助けを求める。
「ハジメお兄ちゃん!しんらお兄ちゃん!ママを助けて!ママの足が痛いの!」
「えっ?お兄ちゃんって……」
レミアが目を丸くし、周囲の人々もなんだ何だとざわめきだす中、ハジメ達はレミア達へと歩み寄る。
「お兄ちゃん、ママが……」
「大丈夫だ、ミュウ。ちゃんと治る。兄ちゃんが約束する」
「はいなの……」
ハジメが泣きそうな表情でこちらを見上げるミュウの頭を撫でながら視線をレミアに向ける。
「俺は南雲ハジメ。ミュウをここまで連れてきた冒険者だ。早速で悪いが、あんたの足の状態を見たいが構わないか?こっちには腕のいい治癒師がいる。もしかしたら治せるかもしれない」
「あらまあ、それは……ミュウの母のレミアです。この度は娘を助けてくれて何とお礼を言えばいいか……はい、構いません」
「よし、それじゃあ……兄貴、頼む」
ハジメが頼むと、神羅はやれやれと言わんばかりに肩をすくめると、失礼すると一言断ってからレミアをヒョイとお姫様抱っこすると、ミュウに先導してもらう形で家の中に入る。後ろから悲鳴やら何やら聞こえてきた気がするが神羅は気にしない。レミアは驚いたように目を丸くしていた。
神羅はリビングのソファーにレミアを下ろすと香織を呼んで自分は隅による。
「どうだ?白崎」
「ちょっと見てみるね。レミアさん、足に触れますね。痛かったら言ってください」
「はい、分かりました」
レミアは事前説明もあったからか大人しく香織の診察を受け入れる。
診察の結果、レミアの足の神経は傷ついてはいるが、香織の治癒魔法できちんと治療できるらしい。
「ただ、デリケートな場所だから一気に治すことはできません。後遺症なく治療するには何日も時間をかけてゆっくりと治療する必要があります。それまで不便だと思いますけど、必ず治しますから安心してください」
「あらあら、まあまあ、もう歩けないと思っていましたのに……何とお礼を言えばいいのか……」
「いいんですよ。ミュウちゃんのお母さんなんですから」
「それで、皆さんはミュウとはどのような……」
そこでハジメたちは改めて事の経緯と自分達の事を説明する。香織に治療されながら話を聞いていたレミアは聞き終わるとその場に深々と頭を下げ、涙ながらに何度もお礼を繰り返した。
「本当に何とお礼を言えばいいか……娘とこうして再会できたのは全て皆さんのおかげです。このご恩は一生かけてもお返しします。私にできる事でしたら何でも……」
ハジメ達が気にするなと伝えようとした瞬間、
「……ならば、お前には一つやってもらいたいことがある。それをやってもらおう」
神羅が腕を組みながら口を開き、全員がえ、と目を丸くする。まさか神羅がそんな事を言うなんて完全に予想外だったのだ。
「はい、私にできる事でしたら……」
「と言っても、そんな難しい事ではない。ミュウに言うべきことを言うだけだ」
その内容にレミアもハジメ達も理解が追い付かず、目を点にし、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。それを見て、やれやれと神羅は軽く肩をすくめると、
「家に帰ってきた子供に親が言うべき言葉など、一つしかあるまい?」
そこでようやく全員があ、と小さく声を上げ、レミアもまた目を丸くした後、小さく「そうですね」、と頷いてミュウに視線を向け、
「ミュウ………おかえりなさい」
ミュウはキョトンとした後、花開くような満面の笑みを浮かべ、
「うん!ただいまなの!ママ!!」
その後、香織の治療がひと段落着いたところでハジメ達は宿を取ろうとしたが、レミアがせめてこれぐらいはと自分の家を使って欲しいと訴え、最初はどうするか決めかねたが、相談の結果世話になることを決め、その間ハジメ達は大迷宮攻略への下準備を行い、それと並行してレミアの治療を進めていった。
その間嫉妬に目を血走らせた男連中に南雲兄弟で説教したり何やら妙に盛り上がっていたおばちゃん連中をあしらい続ける事5日。
ハジメ達は大迷宮、メルジーネ海底遺跡の探索に乗り出した。
エリセンから西北西に3百キロメートル。
そこがミレディから聞いた7大迷宮の一つ、メルジーネ海底遺跡が存在する場所だ。もちろん、海底遺跡と呼ばれている為、それは海底にある。
ハジメ達からは周囲と特に変わらないように見える海底だったが、神羅は微妙な海流の流れや音の反響から岩壁にそれらしき空洞があることを発見した。そのままぶち抜いてもよかったのだが、流石にそれは無粋か、とハジメ達は海上で夜を待っていた。ミレディがここの事を話した時、月とグリューエンの証に従えばたどり着けると言っていたからだ。
海上に浮かぶ潜水艇の上で神羅が静かに赤く燃える水平線に沈もうとしている太陽を見つめていた。
こういう所は世界が変わろうと変わらないものだ、と神羅は思いながら、不意に両手を差し出すと両手の親指と人差し指で枠を作り、その中に太陽と水平線を収める。
そのまま両腕を伸ばしたりしながら構図を探っていると、
「なにしてるの?」
後ろから声をかけられ、振り返れば香織がいた。その後ろにはハジメにユエ、シアにティオもいる。
「いや。なかなかいい景色だったのでな。こういう所は前世とも地球とも違わないと思ってたところだ」
「……そっか。向こうの海だけじゃなくて、前世の地球も同じなんだ……」
「よほど環境が違わない限り、変わらんだろうよ」
「……神羅の故郷の地球ってどんなところだったの?」
ユエが首を傾げながら問うと、ハジメ達も興味を惹かれたように神羅に視線を向ける。
そう言えば怪獣の事は話したが、そこは話したことはなかったな、と思い至った神羅はそうさなぁ、と顎に手を当てる。まだまだ夜になるまで時間がある。話してもいいだろう。
「大部分は今の地球と変わらんよ。怪獣がいるぐらいで……ああ、いや。一つ決定的に違うところがあったな。地底世界が存在しているのだ」
「地底世界?それって………えっと、なんだったっけ………そうだ、地球空洞説とかそう言うやつか?」
「ああ、その通りだ。地底と言えど光に満ちており、生物が棲める環境が出来上がっていて、俺たちすべての怪獣の故郷でもある」
「それって………怪獣は全部地底世界で生まれたって事ですか!?あんなでかいのが!?」
「ああ、あんなでかいのが大量に、上にも下にも住み着いていたのが地底世界だ」
神羅が指を立てながら言うと、ハジメ達は圧倒されたように声を漏らす。
「上にも下にも住み着いていたとは?」
「ああ、そのまんまだ。地底世界には天井などない。自分が立っている場所が地であり、天井だ。どちらも水を湛え、植物が生え、火山があり、怪獣だけでなく大小さまざまな生命が暮らしていた」
「上も下もって……重力はどうなってたの?」
「ふむ………巡ってみた時の感覚から言うと………上も下も等しく重力が働いていたが、地底世界のちょうど中間に位置する空間に無重力の領域があったな。そこが上と下の重力の緩衝材となっていたのだろう」
あくまでも予想だがな、と肩をすくめる神羅だが、ハジメ達は全員が驚愕したように目を丸くする。
それはある意味ではライセン大迷宮と似た環境と言えるだろう。だが、両者にはある決定的な違いがある。ライセンはミレディが作り上げた、言ってしまえば人工の環境。それがどれほど人知を超えた環境であろうと、人の手が加わるのであれば
どれほど人知を超えた環境だろうと、そしてそれを作り上げたのが神の御業だろうと、そう言う環境が出来上がるのは必然だ。
だが、その世界は人の手など入っていない。自然にそんな環境が生まれ、そしてそこで生命は生まれ、進化していき、怪獣と言う存在が生まれた。それと並行するように地上でも生き物が生まれて進化していき、人間が生まれた。
何と壮大な話だろうか。あれほどの巨体が闊歩する地底世界と言うのは恐ろしく感じられると同時にすごく冒険心を擽られる。それは一体どう言った世界で、どんな景色が広がっているのだろうか………
(いや、それを言ったらこっちも同じか)
このトータスだって地球と違う世界だ。ここには地球にはない未知の景色がいくらでも広がっている。これまではそれをちゃんと見ようとしてこなかったが………これからはもうちょっといろんな物を見るようにした方がいいかもしれない。
「神羅殿はそのような世界すらも治めていたのか……本当に凄まじいのう……」
ティオがそう言った瞬間、神羅は珍しく口をへの字に曲げながらしかめっ面を浮かべ、
「………いいや。そこの王は俺ではなかった」
「え?神羅じゃなかった?じゃあ一体……」
「シアならよく知っている奴だ。樹海でさんざん世話になっただろう?」
その言葉にハジメ、ユエ、シアの脳裏に自分たちが初めて相対した怪獣の姿が浮かぶ。
「あのゴリラか!?」
「え!?あの怪獣が地底世界の王だったって事ですか!?」
その問いに神羅は小さく頷く。
「え、えっとハジメ君。ゴリラって……?」
「あ、ああ。ハルツィナ樹海って所にバカでかいゴリラ型の怪獣がいるんだ。俺たちはそいつと一度顔合わせをしててな………まさかあいつが………」
「ああ。そうだ。俺とあいつは王としての座をかけて戦い、そして俺が勝った。その後まあ、いろいろあって今度は俺が奴に助けられてな……」
そう言う神羅の顔は何と言うか、不思議な感じだった。認めているのに、認めたくないという、何と言うか……意地を張ってる子供っぽい表情を浮かべている。
「その後、奴は負けを認めて地底世界に戻っていった。俺はまあ………癪だが奴に借りができたからな。地底を奴に任せて地上に移り住んだんだ。たまに地底に顔を出したりはしていたがな」
そこまで言って神羅は夕日に視線を向けると胡坐をかいて頬杖を付く。
それを見て、ハジメ達は小さく苦笑を浮かべる。本音を言うならばもうちょっとあの怪獣との関係を聞いてみたい。話を聞くだけでも神羅と怪獣の間に他にはない何かがあるのは間違いない。その辺りを根掘り葉掘り聞いてみたいが、そんな事をしたら間違いなく神羅はへそを曲げる。流石に大迷宮前に不和を起こす理由もないのでここは引き下がる。
真っ赤に燃えるような夕陽を見て、神羅は小さく鼻を鳴らしていた。
バイオハザードre4、楽しんでますか?自分、基本ゲームは一度クリアしたらそこで終わりなんですが、今回は何回でも遊べちゃいます。楽しいです
ちなみに一番怖かったのは初めてリヘナラドールが出てくるところでした。本当に怖かった……