ではどうぞ!
1/1 追記
響き渡り消えてゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと轟音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。
そして……
瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆく神羅とハジメ。
その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織はどこか遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分のものだと気がついた瞬間、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。
「離して! 神羅くんの所に行かないと!約束したのに!いなくなる前に掴むって!離してぇ!」
飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。
「香織っ、ダメよ! 香織!」
雫は香織の気持ちが分かっていた。だからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしかできない。
「香織!君まで死ぬ気か!南雲達はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、体が壊れてしまう!」
それは光輝なりに精一杯
「無理って何!?二人は死んでない! 行かないと!」
しかしその現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかりだ。
その香織を何とかしようとメルド団長が歩み寄ろうとした瞬間、
「……して」
ふいに響いた声に全員が顔を向ける。そこにいたのは優香だ。優香は茫然とした様子でヒヒヒと笑みを浮かべている檜山を見つめながら口を開く。その様子に全員が檜山に視線を向け、それに気づいた檜山から笑みが消え、分かりやすくうろたえる。
「な、なんだよ……な、何を……」
「なんで……二人に魔法を放ったのよ……」
ビシリッ
その言葉にその場の全員が息をのみ、騒然となる。檜山は一瞬で顔を青を通り越して白くさせると優香に食って掛かる。
「な、何変な事言ってんだ!俺が魔法を?ちげぇよ!でたらめなこと言うな!」
「でたらめじゃないわよ!私見たのよ!最後のあんたの魔法が二人目掛けて軌道を曲げるのを!」
優香も激しく反論する。助けてくれて、自分たちのために両腕を使いつぶしてくれた少年。そんな彼を放るほど優香は彼を嫌っていない。だからいざと言う時手を伸ばせるように前にいた優香は見たのだ。火球が突如として軌道を曲げて二人に襲い掛かった時、慌ててそれを辿ればその先にいたのは檜山だった。
「それとアンタ、何で火の魔法を使ったのよ!あんたの適正は風の魔法でしょう!?なんでここでそんな事を……!」
「そ、そんなのどうでもいいだろうが!いい加減にしろよてめぇ!」
更に言えば、どうしてこのタイミングでこいつは火球を使ったのか。なぜ適性のある風を使わなかったのか。どう考えても不自然極まりない。
ビキビキ
一方生徒や騎士団の者たちはいまだ騒然となっている。それはそうだろう。クラスメイトの一人がクラスメイトを二人殺したのだ。生徒たちは混乱の極みのようでめちゃくちゃに言葉が飛び交う。その様子に、そして優香の言葉に光輝と雫も呆然としたようだ。
だからこそ気付かなかった。抑えていた香織が微動だにしなくなった事に。
香織は奈落に手を伸ばした状態で固まっていた。振り乱した髪のせいで表情はうかがい知れない。
彼が落ちた。居なくなってしまった。どうして?弟さんが必死に助けようとしていた。守ろうとしていた。マモレルはずだった。間に合うハズダッタ。デモだめダッタ。ドうシテ?ダレかが落とシた。誰が?だれが?ダレが?ダレガ?
そして香織の首はゆっくりとした動作で首を動かして視界に納めたのはいまだ優香に激しく反論している檜山。
オ マ エ カ
少しすると、復帰した光輝が口論に割って入る。
「ま、待ってくれ園部さん。檜山が彼らを攻撃したなんてありえない。だって俺たちは仲間だ。仲間を殺すなんてあり得ないじゃないか。南雲たちが死んだのがショックなのはわかるがあれは不幸な事故だ。仕方がなかったんだ」
その言葉に優香はなっ、と息を詰まらせる。
「で、でも私確かに見たのよ!?あれは絶対に誤爆じゃない!明らかに意図的に……」
「動転しているのは分かるが今はそんな事よりも脱出を優先しないと……」
「そんな事って……仲間が、クラスメート二人死んだことをそんな事って……」
優香が信じられないと言うように目を見開いた時、ゆらりと雫の拘束を脱して香織が動く。
だらりと力なく腕がたれ、その手に握られた杖が地面をガリガリと鳴らす。ふらふらとまるで酔っぱらっているかのような足取りで檜山に近づく。
それに気づいた光輝と雫が訝し気に首を傾げていると、
「……まえが……」
「え?な、なんだよ、白崎……」
檜山が聞いた瞬間、香織ががばりと顔を上げる。その顔は涙でくしゃくしゃになりながらもその目が憤怒と憎悪でどす黒く染まり、鬼を彷彿とさせる。
香織はそのまま杖の石突の部分を檜山の顔に向け、
「お前がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
喉が裂けんばかり絶叫を上げながら香織は石突で檜山を刺し貫こうとする。
その光景に生徒たちは驚愕し、悲鳴を上げ、檜山は顔を恐怖で引きつらせて動けず、そのまま貫かれると思われた瞬間、
キンッ、と言う音と共に香織の杖が弾き飛ばされる。そしてメルドはそのまま素早く香織の後ろに回り込み、首に手刀を落とす。一瞬痙攣すると香織はそのまま意識を落としてしまう。その身はメルドは優しく受け止める。それを見た光輝は目を見開き、思わずと言うようにメルド団長を睨むが、
「……お前たち!ぼさっとするな!早く撤退するぞ!これ以上犠牲を出すわけにはいかん!」
メルド団長の一喝に口を紡ぎ、その隙に雫がメルド団長から香織を受け取る。
「すいません……」
「いや、いい………」
力なく呟きながらメルド団長は雫に香織を手渡し、離れていくが、優香のそばによると、
「後で詳しく話を聞かせてくれ」
「っ!は、はい!」
その言葉に優香は小さく、だがはっきりと頷く。
そして雫は香織を抱えなおしながら憮然とした表情の光輝に告げる。
「私達が止められなかったから団長が止めてくれたのよ。わかるでしょ?今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまった。そして何より香織が完全に壊れる前に止める必要があった」
もしもメルド団長が止めていなかったら香織の心の箍は完全に破壊されていただろう。それを止めることを自分たちはできなかった。今、香織の心はギリギリのところで均衡を保っている状態なのだ
「ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで。……南雲君も言っていたでしょう?」
雫の言葉に、光輝は頷いた。
「そうだな、早く出よう」
目の前でクラスメイトが二人も死に、更にそれをやったのがクラスメイトの一人であるという証言が出て、クラスメイト達は混乱の極みにあった。めちゃくちゃに言葉が交わされ、戦闘どころではない。いまだ健在のトラウムソルジャーの相手をしているのは優香を含めた少数だ。
そのクラスメイト達に光輝が声を張り上げる。
「皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」
その言葉に、クラスメイト達はようやく動き出すが、その動きは緩慢だ。
光輝は必死に声を張り上げ、メルド団長や騎士団員達も生徒達を鼓舞する。
その甲斐あってから全員が階段への脱出を果たし、そのまま迷宮からの脱出を果たした。
冷たい微風が頬を撫で、頬に当たる硬い感触と腹を襲う鈍い痛みに「ぐうっ」と呻き声を上げて神羅は目を覚ました。
「っ……ここは……?」
目を覚ました神羅はどうやら壁にもたれかかった態勢で意識を失っていたようだ。神羅は緩慢な動きで頭を振り、意識をはっきりさせようとするが、どうにもはっきりしない。
「俺は確か……橋からハジメと共に撤退しようと……それで橋が……」
そこまで考えて神羅はハッ!と顔を上げる。
「そうだ、ハジメ……」
そこまで言った瞬間、神羅の口から大量の血が吐き出される。
「なっ………」
その様子に神羅は目を見開き、更に腹を襲う痛みに顔を向け、思わずくそっ、と顔をしかめる。
神羅の腹からはとがった岩の先端が飛び出していた。その周囲は赤黒く染まり、神羅が座り込んでいる真下には血だまりが出来上がっていた。
神羅は知らないことだが、神羅は落下途中の崖の壁に穴から鉄砲水の如く水が噴き出していた水に吹き飛ばされながら次第に壁際に押しやられ、最終的に壁からせり出ていた横穴から流されたのだが、その際にハジメとはぐれ、神羅はそのまま勢いのまま飛び出して壁に激突、更にせり出していた岩の棘に直撃してしまったのだ。
神羅はどうにか腹の棘を抜こうと腕を動かそうとするが帰ってくるのは鈍い痛みで腕は緩慢にしか動かない。その痛みにそう言えば両腕両足がつぶれているんだったと神羅は忌々しげに舌打ちをする。
普通なら即死、生きていたとしても絶望するところだが、神羅は絶望なぞしていなかった。必死に体を動かし、腹の棘を抜こうとする。当然身じろぎするたび神羅の体をすさまじい激痛が襲うのだが、神羅は知ったことではないと言うようにさらに激しく体を揺する。そのたび岩が傷口を、内臓をずたずたにし、全身を激痛が襲うが、神羅はうめき声を上げ、時には咆哮にも似た声を上げながらもほとんど機能しない両手両足を使って地面を引っ掻いていく。すると、少しずつだが彼の身体が岩から抜け始める。
そして痛みに耐えながらもがき続けて数分、ズボッと言う音と共に神羅の体が岩から引き抜かれ、その反動で神羅は地面に投げ出され、その痛みに小さくうめき声を漏らす。そして傷口から一気に血が流れだす。
「っ………早く……動かなければ……」
このままでは自分はもうじき
だから神羅はずたずたの手足を動かして移動しようとするが、突如として全身から力が抜け始め、猛烈な眠気が襲う。
「っ……不味い………早くしなければ……」
急いで神羅は移動しようとするが、全身の脱力感はさらに強くなり眠気も強烈でもう意識を保つのも難しい。
「くそ……ハジメ……無事……で……」
そこまで言って神羅の意識は眠りに落ちるように闇に包まれる。
「……さん……?」
その寸前、最後に聞こえてきたのは聞き馴染んだ声だった。
「………兄………さん………?」
呆然とした様子でハジメは地に倒れ伏す神羅を見ていた。それはまるで目の前の現実を認めることをハジメの全てが拒否しているかのようだった。
神羅とはぐれ、意識を失っていたハジメは意識を取り戻した後、休憩もそこそこに川に浸かって冷え切った体のまま神羅を探し始めた。ここがどこで、地上に戻るにしても兄を放っておけない。何とか兄の両腕両足を治療しなければ……その思いでハジメは動き出した。
だが、ハジメが出会ったのは一匹の兎だった。真っ白い毛の後ろ脚が異様に発達し、全身に赤黒い線が走った兎。その兎が二本の尾をもつ狼の群れを蹴りで薙ぎ倒したのを見て、ハジメはすぐに撤退したのだが気づかれ、兎の蹴りを受けて左腕を折られた。そこまではまだ良かったのかもしれない。
兎がハジメにとどめを刺そうとしたところでその蹴り兎ですら怯えてしまうほどの魔物……爪熊が現れたのだ。
その爪熊が蹴り兎を殺し、咀嚼を始めた瞬間、ハジメの耳に人間の物らしきうめき声が聞こえてきたのだ。その瞬間、ハジメは弾かれたようにその声が聞こえてくる方向に向かって走り出した。
ここで聞こえてくる人間の声。心当たりは一つしかなかった。兄だ。兄はまだ無事だ。急いで合流して逃げなければ。
爪熊がこちらに気づくかもと言う懸念も忘れてハジメは全力で走った。走って走って走って走って走って見つけたのは………血だまりに沈む兄だった。
兄はピクリとも動かない。わずかな呼吸音すら聞こえない。
「兄さん……何寝てるの?ここは危ないからさ……早く逃げないと……だからさ……起きてよ……」
ハジメはよろよろと現実感のない、まるで夢でも見ているかのように神羅に声をかけながら歩いていく。だが、神羅は何の反応も示さない。ただ、体の下の血だまりが広がっていくだけだ。
ハジメがふらふらとしながら更に神羅に近づこうとした瞬間、グルル、と後ろからうなり声が聞こえ、本能が凄まじい大音量で警鐘を鳴らす。
だが、ハジメが何かをする前にゴウッと風がうなる音が聞こえると同時に強烈な衝撃がハジメの左側面を襲った。そして、そのまま壁に叩きつけられる。
「がはっ!」
叩きつけられた衝撃で肺の空気が抜け、壁をズルズルと滑り崩れ落ちるハジメだが、すぐに衝撃でふらつく視界で爪熊の方を見ると、爪熊は何かを咀嚼していた。
ハジメは理解できない事態に混乱しながら、何故かスッと軽くなった左腕を見た。正確には左腕のあった場所を……
「あ、あれ?」
ハジメは顔を引き攣らせながら、何度も腕があった場所を手で触れようとする。脳が、心が、現実を理解することを拒んでいるのだろう。
しかし、腕を襲うすさまじい激痛がハジメを現実に引き戻す。
「あ、あ、あがぁぁぁあああーーー!!!」
ハジメの絶叫が迷宮内に木霊した。ハジメの左腕は肘から先がスッパリと切断されていたのだ。爪熊が放った風の刃で。
ハジメの腕を喰い終わった爪熊は顔を涙と鼻水とよだれでべたべたにして痛みにもがくハジメに視線を向けるが、次の瞬間には外す。
痛みで意識が定まらない中、ハジメは思わず爪熊の視線を追い、凍り付く。
爪熊が見ているのは動かない神羅だ。そのまま爪熊は神羅の元に歩いていく。恐らく、動き回る小さな獲物よりも、動かない、大きな獲物のほうがいいと判断したのだろう。
そして爪熊が神羅に手を伸ばす。神羅を喰おうとしている。兄を。自分と血を分けた家族が喰われようとしている。
そう理解した瞬間、ハジメの頭の中で何かが音を立てて切れ、全身を何かが満たし、一時的に痛みを封じ込めた。それは何だろうか。怒りか、守ろうとする意志か、失いたくないという決意か、はたまたその全てか。だが、その瞬間、それはハジメの体を突き動かした。
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
ハジメは残った右手でナイフを抜くと喉がつぶれるような絶叫を上げながら爪熊に向かって突貫する。
爪熊はこの階層において最強だ。何者も彼にはかなわず、逃げるしかなかった。だからこそ、ついさっきまで餌だったものが自分に突撃してくることに驚き、体が固まる。それは決定的な隙だった。その隙にハジメはそのまま爪の頭部に突進してナイフを構え、体ごとぶつかる。だが、ハジメ程度の身体がぶつかったところで爪熊は揺らぐ事はない。
「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
だが、ハジメのナイフは別だ。ナイフは爪熊の右目に突き刺さっていたのだ。
今まで感じた事のない激痛に視界が突如として半分奪われた衝撃に爪熊は絶叫を上げ、血をまき散らしながら暴れまわり、ハジメと神羅を吹き飛ばす。
ハジメは再び壁にたたきつけられ、呻くが、即座に周囲を見渡し、神羅を見つけると慌てて駆け寄る。
「兄さん!兄さん!兄さん!」
ハジメは必死に神羅の体揺すって起こそうとするが、神羅は以前ピクリともしない。
ハジメは更に呼びかけようとするが、殺気を感じて視線を向ければ、爪熊がこちらを凄絶な殺気を籠めた左目で睨みつけていた。右目にはナイフが刺さり、血が流れている。
「グァァァァァァァァァァァ!!」
直後、爪熊が咆哮を上げながら襲い掛かる。風の刃を使わないのは頭に血が上っているからか、それとも嬲り殺すためか。
「つぅ!練成!」
ハジメはすぐに動く。残った左腕の一部を使って神羅の腕を挟み込むと右手を後ろに当てて練成を行い、穴を作ると、そこに潜り込み、神羅も引っ張り込む。
それと同時に爪熊が穴に激突、怒りの咆哮と共に穴に手を伸ばし、二人を捕えようとする。
「練成!練成!練成!練成!」
ハジメは爪熊から少しでも逃れようと練成を連続で使い、神羅を引きずりながら必死になって奥に進んでいく。左腕の事もすでに頭からは抜けており、今は兄と共にここから逃げる。それに突き動かされていた。
どれぐらい進んだかハジメにはもう分からない。だが、いまだ遠くからは壁を引っ掻く音が聞こえるから止まるわけにはいかない。出血多量で意識を失いそうなるがそれでも必死に進もうとする。しかし、
「練成……練成……練成……れん……せぇ……」
その間に魔力が尽きたようで、もう壁は練成されない。そのままハジメはずるりと倒れ伏すが、必死に首を動かして神羅を見やる。
以前神羅はピクリともしない。それどころか、こうして触ってみて分かる。分かってしまった。神羅の全身が冷たくなっていると。
「にい………さん………」
ハジメはそう呟くと同時に意識を闇の中に落とす。その寸前、ハジメは頬に水滴を感じていた。
ここで一つ。彼女の出番なんですが……かなり終盤になってしまいます。だってプロットの時点で終盤で、早めに出そうとしてもそうしたらパワーバランスが崩れるし……
ただちょくちょく懐かしむ描写は挟もうと思います。
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