正直言ってこれまでに公開されている映像を見て、期待しかないのです。
俺はすでに前売り券を買って準備は万端。朝一で見に行きます。皆さんも映画、楽しんできてください。ではでは。
ユエとシアが宣戦布告ともとれる言葉を発した瞬間、二人を包囲していた魔人族と魔物が一斉に魔法を放つ。
大気すら焦がしかねない熱量の炎槍が乱れ飛び、水のレーザーが空間を縦横無尽に切り裂き、殺意の風が刃となって襲い掛かり、氷雪の砲撃が咆哮を上げ、石化の礫が永久牢獄という名の死を撒き散らし、蛇の如き雷の鞭が奇怪な動きで夜天を奔る。そして、駄目押しとばかりに極光が空を切り裂いた。
魔人族四十人以上、魔物の数は百体以上。四方上下全てが敵。視界は攻撃の嵐で埋め尽くされている。
対し、二人は逃げ場のない死に囲まれながら焦りは一切ない。ユエは静かに指を上げると軽く振るい、自分たちを覆うように炎の壁を立ち上がる。だが、そんなものでは魔法の嵐を防ぐことなどできない事など明らかだ。何人かの魔人族が「諦めたのか」と嘲る表情を浮かべるが、フリードだけは猛烈に湧き上がった嫌な予感に警戒心を一気に引き上げた時、
「ゼアっ!!」
炎の壁から裂帛の気合の声が上がった瞬間、炎の壁が吹き飛ばされ、それから少し遅れてすさまじい衝撃波が炸裂し、嵐を正面から打ち砕く。
魔人族たちが驚愕に目を見開いている間に嵐の隙間目掛けてシアが飛び出してくる。そして魔人族たちとの距離を一瞬で詰めるとドリュッケンを繰り出し、魔物ごと魔人族たちを粉砕する。
そのシア目掛けて極光が放たれるが、シアは宝物庫を光らせ、そこから黒盾を取り出すとそれをかざし、受け止める。
忌々し気にシアを睨みつけるフリードだが、ふとそこにユエがいない事に気付き、彼女を探すように視線を先ほど魔法が殺到した場所に向ける。
そこには何もなかった。ユエの死体はおろか、彼女がいたと言う痕跡すら残っていない。
その事に気付いたフリードがまさか、と思った瞬間、
「蒼龍」
不意に響いた声と同時に虚空から巨大な青白い炎の龍が8匹も出現し、猛烈な飢えを感じさせる勢いで魔人族と魔物に殺到し、食い散らかしていく。
魔人族と魔物は大いに混乱し、蒼龍から距離を取ろうとするが、逃がさないと言わんばかりに咆哮を上げながら縦横無尽に空をかける。
竜を回避しながらフリードが声が聞こえてきた方向を見れば、そこにはユエが立っていた。いつの間に、と思うがすぐに答えは判明する。あの炎の壁だ。あれは防御の為ではなく転移の瞬間を隠す事が目的だったのだ。
蒼龍が消えると同時にシアはドリュッケンのスラスターを起動。爆発的な推力で縦横無尽に空をかけながら次々と魔物と魔人族を葬っていく。
と、そこへ、白竜と灰竜から一斉に吐かれたブレスが殺到する。直撃すれば身体強化中のシアといえどもただでは済まない破壊の嵐。しかし、シアが慌てることはない。
「絶禍」
シアの眼下にユエの放った黒く渦巻く球体が出現する。超重力を内包する漆黒の球体は、ブラックホールのようにシアに迫っていた極光群を己へと引き寄せ、吞み込んでいった。
「くっ、あの時も使っていたな。……私の知らぬ神代魔法か。総員聞け! 私は金髪の術師を殺る! お前達は全員で兎人族を殺るのだ! 引き離して、連携を取らせるな!」
「「「「「了解!」」」」」」
どうやら、縦横無尽に飛び回りユエの前衛を務めるシアと、後衛のユエを引き離して各個撃破するつもりらしい。そうはさせじと、シアがユエの近くに退避しようとしたとき、特別大きな黒鷲に乗った魔人族が、巨大な竜巻を騎乗する黒鷲に纏わせて、砲弾の如く突撃してきた。
シアは迎撃しようとするが、それを妨害するように数人の魔人族が特攻を仕掛けてくる。
シアはドリュッケンの軌跡を調整して魔人族たちを撃破するが、その間に黒鷲が回避不能な距離にまで突っ込んでくる。シアは即座にドリュッケンを盾にするようにかざす。
「貴様等だけはぁ! 必ず殺すっ!」
そんな雄叫びを上げながら金髪を短く切り揃えた魔人族の男が、壮絶な憎悪を宿した眼でシアを射貫きながら、彼女の構えたドリュッケンに衝突した。
押されるままにユエから引き離されそうになったシアは、体重を一気に増加させて離脱を試みるが、それを実行する前に、背後で空間転移のゲートが展開されてしまう。チラリと視線を向けてみれば、ユエの方も、フリードが空間魔法を発動する時間を稼ぐために無謀とも言える特攻を受けているところだった。
『ユエさん、すみません!離されます!』
『分かった。気を付けて』
自分の身を案じる言葉に小さく頷きながらシアはそのままゲートに呑み込まれる。そして転移が完了すると同時に即座に離脱して空中に着地する。
「覚悟しろ。その四肢を引きちぎって、貴様の男達の前に引きずって行ってやろう」
自身に向けられる憎悪にシアは目を細め、ドリュッケンを握りなおしながら口を開く。
「……どこかでお会いしましたか?」
「赤髪魔人族の女を覚えているだろう?」
それだけで、シアには察しがついた。その女が誰なのかも、目の前の男が誰なのかも。
「……あの人と親しい人ですか」
「そうだ……カトレアは、お前らが殺した女は……俺の婚約者だ!」
吠える男を前に、シアはそうですか、と小さく頷く。神羅とハジメからあの女には婚約者がいたとは聞いていたが、まさか彼がそうだとは………
「よくも、カトレアを……優しく聡明で、いつも国を思っていたアイツを……」
血走った目で、恨みを吐くミハイルを前に、シアは小さく目を伏せるとすぐに目を開け、小さく息を吐きながらドリュッケンを構える。
「敵討ちがお望みですか………ですが、私もやられるわけにはいきませんので、来るなら叩き潰させてもらいます」
彼の怒りを、シアは否定するつもりはなかった。誰だって、大好きな人が殺されたら、怒り狂うに決まっている。そこに殺される覚悟だの戦士としての矜持だのが割って入る余地はない。理屈ではない。大切だから、怒るのだ。それを偉そうに理屈で切り捨てるようにはなりたくない。自分はだいぶ化け物じみてきているが……そこまで化け物に成り下がりたくない。
だから、否定しない。否定せずに受け止めて、自分の大切を守るために、叩き潰す。
「生意気な口を!苦痛に狂うまでいたぶってから殺してやる!」
ミハイルが叫ぶとそれが合図となったように大黒鷲が竜巻を纏いながら突っ込んでくる。それに合わせるように風の刃がシアの退路を塞ぐように放たれる。
シアはドリュッケンを振るって風の刃を蹴散らすと、そのまま体重を軽くして空力で大きく跳躍し、大黒鷲の突進を避ける。
しかし、避けた先には、ミハイルとシアが話している間に集まってきた魔人族と黒鷲の部隊がおり、彼らはシア目掛けて石の針を一斉に射出した。それはまさに篠突く雨のよう。シアは、ドリュッケンを勢いよく振り回し、衝撃波で針の雨を蹴散らす。
そして、空いた弾幕の隙間に飛び込んで上空の黒鷲の一体に肉薄した。ギョッとする魔人族を尻目に、ドリュッケンを容赦なく振り抜く。直撃を受けた魔人族は、斬り砕かれ、四散する。
シアは更に、勢いそのままに柄を伸長させて、離れた場所にいた黒鷲と魔人族も粉砕する。
「くっ、接近戦をするな! 空は我々の領域だ! 遠距離から魔法と石針で波状攻撃しろ!」
次々と砕かれていく仲間に、接近戦は無理だと判断したミハイルは、遠方からの攻撃を指示する。
再び、四方八方から飛んできた魔法と石の針を空力を利用した連続跳躍で避け続けるシア。
しかし魔人族たちは中距離以下には決して近づこうとして来ない。近づこうとすればすぐに全力で距離を取る。
「これは……いささか面倒ですね………なら……」
そう呟くとシアはおもむろに宝物庫にドリュッケンを仕舞う。
その行動に、魔人族たちは訝しげな表情を浮かべる。なぜこの状況で得物をしまうのか、シアの意図が理解できず、警戒したように動きを止める。
その間にシアはぐっとわずかに腰を落とし、両足でぐっと空力の足場を掴み、
ドパンッ!!と言う音が魔人族の部隊のど真ん中から響き渡る。
その音に彼らが驚いたように目を向ければ、上半身が消えた仲間とその前で蹴りを繰り出した態勢のシアがいた。
そこでようやく彼らはシアが一瞬で距離を詰め、攻撃を仕掛けてきたのだと理解し、激しく動揺した。
確かに今までのシアはすさまじい戦闘力を誇っていたが、それでも辛うじて動きを目で追う事は出来ていた。だが、先ほどの攻撃はまるで動きが見えず、反応もできなかった。
魔人族たちは慌てて距離を取り、魔法を一斉に放つが、シアは凄まじい速度で空中を縦横無尽に跳び回って回避しつつ、魔人族との距離を瞬時に詰め、拳と蹴りを繰り出す。それだけで魔人族と魔物は内臓を破壊されて絶命し、余波で吹き飛ばされていく。
元々、シアの身体強化をもってすれば空中を自在に跳び回る事は可能だった。だが、今のシアは重枷を外した状態だ。ハジメ同様、その身体能力は大きく強化されているが、それだけではない。シアは重力魔法を駆使した巧みな体重操作を会得していた。
体を軽くすればその分早く動ける。だが、重さがなければ自分の膂力を十分に活かし切れない。だからこそ、シアは踏み込む瞬間は体重をそのままに、踏み込んだ直後に体重を軽くする事で、力を余さず活かし、凄まじい機動性を手に入れていた。それは当然ながら打撃にも反映され、インパクトの瞬間に体重を増加させて威力を高めていた。
「おのれぇ!上だ! 範囲外の天頂から攻撃しろ!」
ミハイルが次々と殺られていく部下達の姿に唇を噛み締めながら指示を出し、自身は足止めのために旋回しながら牽制の魔法を連発する。シアは、それらの攻撃を驚異的な軌道ですべて回避する。
そうして、最後の一撃を避けた直後、頭上より範囲攻撃魔法が壁のごとく降り注いだ。
だが、シアは焦らずにふう、と息を吐きながら目の前の魔法群を睨みつける。そして右腕に魔力を纏わせると、腰を落とし、右拳を腰に引き付けるように構える。そして勢いよく跳躍すると真正面から魔法群に向かって突っ込み、
「はぁっ!!」
その一点に渾身の拳打を撃ち込む。
瞬間、空気が張り裂けるような音と共に魔法群の一角が吹き飛ばされ、そこからシアが飛び出してくる。
範囲魔法を正面からぶち抜くという暴挙に魔人族たちが愕然とする中、シアは再び宙を蹴って魔人族との距離を詰めるとドリュッケンを取り出し、柄を伸ばしながら横薙ぎに振るう。
白い膜と共に空気を爆ぜさせながら振るわれた戦斧が魔人族と魔物を鎧袖一触と言わんばかりに蹂躙する。
「もらったぞ!」
が、シアがドリュッケンを振り抜いたところで、ミハイルがシアに突撃する。大黒鷲の桁外れな量の石針を風系攻撃魔法〝砲皇〟に乗せて接近しながら放った。局所的な嵐が唸りを上げてシアに急迫する。
と、シアはそのままドリュッケンを宝物庫にしまうと振り抜いた勢いのまま体を回転させ、嵐目掛けて魔力を纏った足を振るう。
すると、その軌跡に沿って魔力の斬撃が放たれ、嵐を撃ち落とす。
だが、ミハイルは蹴りを繰り出した直後の隙を突こうとしているのか大鷲と共にそのまま減速せずに突進し、一気にシアとの距離を詰める。
今度こそ貰った、とミハイルが風の刃を繰り出すが、それに対し、シアは逆に前に出ると僅かに身を反らす。風の刃はシアの髪を少し切り墜とすが、逆に言えばそれだけ。そしてそこはシアの間合いだ。
ミハイルが愕然と顔を強張らせる前でシアは大黒鷲目掛けて拳を撃ち込む。
鈍い音と共に大黒鷲の内部は破壊し尽くされ、衝撃でミハイルは投げ出される。その彼との距離を瞬時に詰めながらシアは足を振り上げる。
「何なんだ、何なんだ貴様は!?」
「シア・ハウリア……ただの兎人族です」
その言葉と共にシアのかかと落としがミハイルの腹を捉える。
瞬間、ミハイルは隕石もかくやと言う勢いで墜落し、そのまま地面に叩きつけられ、小規模なクレーターが出来上がる。まず間違いなく即死だろう。
「……せめて、来世での再会をお祈りします」
そう言って祈りを捧ぐようにシアは目を閉じ、すぐさま他の魔人族に目を向ける。
部隊長をやられた彼らは目に見えて動揺しており、こちらに畏怖の眼差しを向けている。
シアはドリュッケンを取り出してそれを魔人族に突きつけ、告げる。
「貴方達の上官は倒しました。これ以上続けるのは無意味だと思いますが、まだ続けますか?」
天頂に輝く月が見えなくなるほどの灰竜の群れ。
優に百体は超えているだろう。そして、その中心には白竜と、背に騎乗するフリード・バグアーの姿。
「悪く思うな。敵戦力の分断は戦いの定石だ」
「………それを私に言うの?」
フリードの言葉にユエは思わず苦笑を浮かべて彼を見上げる。
その姿を眺めながらフリードが口を開く。
「惜しいな。……女、術師であるお前では、いくら無詠唱という驚愕すべき技を持っていたとしても、この状況を切り抜けるのは無謀というものだろう。どうだ? 私と共に来ないか? お前ほどの女なら悪いようにはしない」
「………本当にどうしたの?私、魔人族じゃないけど?」
「さっきも言ったが、貴様は殺すには惜しい。こんなくだらぬ国に忠誠をつくし、命を捧げるのか?愚かの極みだ。一度、我らの神、アルヴ様の教えを知るといい。ならば、その素晴らしさに、その閉じきった眼も「お生憎様。私はそんな理由では戦わない」……ならばなぜ戦う」
その言葉にユエは小さく、にやりと笑みを浮かべて断じる。
「神そのものが気に食わないだけ。私たちが勝ち取ってきた物を踏みにじるくそ野郎どもがね。だから奴らの企みは全部ぶっ潰してやろうってだけ」
自らが信ずる神を侮辱され、フリードが能面のような表情を浮かべると、今度はユエが問いを投げかける。
「そもそも私に勝つつもりらしいけど、こう見えても私、あの炎の鳥と多少はやり合ってる。この程度でどうとでもなると?」
「確かにそうかもしれない。だが、私をあの時と同じと思わない事だ。何よりもこれは我らが神、アルヴ様のお望み。我らには神の加護がついているのだ」
「神……ね。その神様はあの炎の鳥に勝てるぐらい強いの?」
「無論、そうだ」
その瞬間、ユエは目を細める。断言と呼ぶにはあまりにも僅かな間。それがフリードにはあった。それに、グリューエン火山で見た時にあったあの狂気的な目の光が少し弱まっている。
そもそも、あの時のフリードはゴジラと怪獣の戦いを多少とはいえ見ていたはずだ。ならば多少なりとも怪獣の強大さを理解したはず。にも拘らずここで神がついているから勝てると断言するのはいささか不自然だ。
何よりも……騎乗している白竜が心配そうに顔を歪めている。
その様子から見て、恐らく、何かされたのだろう。彼は、神に。
その境遇を哀れには思う。だが、ユエには手加減と言う選択肢はない。
「だったら見せて見て。神のご加護って奴を」
そう言った瞬間、ユエを中心に極寒の吹雪の竜巻が発生し、周囲の温度を一気に絶対零度にまで下げ、灰竜たちを多数氷漬けにする。
「いいだろう。掃討せよ!」
一気に二十体近くの灰竜を落とされたフリードは、ギリッと歯を食いしばりながら一斉攻撃の命令を下すと、頭上を旋回していた灰竜達が一斉に散開し、あらゆる方向から極光の乱れ撃ちを放つ。
流星雨のように迫る極光の嵐はユエを射殺さんと、吹き荒れるブリザードを剣山の如く貫いた。
無数の極光による衝撃で、氷雪の竜巻は宙に溶けるように霧散していく。散らされた氷雪が螺旋を描き、その中央から前後左右に黒く渦巻く星を従えた無傷のユエが現れる。
間髪入れず再び極光がユエ目掛けて殺到するが、ユエの周囲の黒星が極光を次々と飲み込んでいく。
「ブレスが効かぬなら、直接叩くまで! 行け!」
フリードの新たな命令に、灰竜達はタイムラグなど一切なく忠実に従う。咆哮を上げながら、その鋭い爪牙でユエを引き裂かんと襲いかかる。
が、ユエは静かにそれを見つめると、軽く指を鳴らす。
その瞬間、ユエの周囲を回っていた渦天が爆ぜ、周囲に呑み込んだ極光を無差別に解き放つ。
接近していたのが仇になり、灰竜たちは次々と極光をまともに喰らい、20匹以上が撃墜される。
「何という……だがまだだ!」
フリードは肩の小鳥が他の魔物に指示を出す。
すると、王都の結界を破ろうとしていた魔物の群れの一部が地上からユエの方へと押し寄せて来た。どうやら、地上からも攻撃をするつもりらしい。
ユエは、灰竜達の極光を重力球の守護衛星で防ぎながら、蒼龍を地上の魔物たち目掛けて放つ。
だが、蒼龍は5メートルほどの大きさの六足の亀形の魔物、アブソドの強化体によって、正面から逆に喰われていく。
それでも蒼龍はアブソドの巨体を浮かせていき、その身を焼いていくが、もう一匹のアブソドが現れた事によって完全に呑み込まれてしまった。
「……なるほど。確かに前とは違うみたい」
呑み込んだ魔力による砲撃と極光の嵐を避けながらユエは独り言ちる。
「ふっ、貴様がその奇怪な炎系魔法を使うことは承知している。アブソドがいる限り、お前の魔法は封じたも同然だ」
ニヤリと口元を歪めながら嗤うフリード。しかし、ユエは特に焦ることもなく、ジッとアブソドを観察すると、
「ならこれ」
そう呟くと、ユエは新たな魔法を繰り出す。
虚空に出現したのは数メートルほどの大きさの逆巻く風に覆われた炎の塊。荒々しく、渦を巻く風に対し、内部の炎は膨大な魔力を帯びながら酷く弱々しい。そのある種不気味な炎塊ははそのままゆっくりと地上の魔物たちの元へと降りていく。
「何をしようと同じことだ!」
それがどのような魔法であれ、無力化してしまえば関係ないとアブソドが炎塊を飲み込もうと口を開けると同時に、ユエは大きく息を吸い込むと両手で口と鼻を覆う。
瞬間、地上に業火が咲き乱れる。
数メートルほどの炎塊が突如として大きさ数十メートルにも及ぶ巨大な炎へと変貌、爆発的に燃え上がり、視界を朱く染め上げる。
「なん……!?」
フリードが驚愕に目を見開いた瞬間、彼の意識は一瞬で闇へと引きずり込まれるように暗くなっていく。
そのまま永劫の暗闇に沈むと思われた瞬間、ばさりという音と共に風が逆巻く。
瞬間、フリードの意識は強制的に今に引き戻され、それと同時に彼は激しく呼吸を行う。あまりにも不規則な呼吸にフリードは激しくせき込んでしまうがそれでも空気を求めるように激しく喘ぎ、ウラノスの背で膝をついてしまう。そこでフリードはウラノスもまた激しく呼吸を行うように激しくえづいており、巨体が激しく揺れている事に気付き、振り落とされまいと手綱を握りしめる。そして、フリードとウラノスが息を整えている間に炎は一瞬で消え去る。
何があったとのかとフリードが地上を見ると、そこには異様な光景が広がっていた。
あれだけの炎が上がったにもかかわらず、地上は焼け焦げておらず、地上の魔物たちも見た限りでは無傷で、炎による被害は全く見当たらない。だが、魔物の多くが白目を剝きながら倒れ伏し、ピクリとも動いていない。倒れた魔物全てが外傷もなく絶命しているのだ。
「こ、これは一体………!」
「逃げ延びたか……本当にいい竜だね」
その言葉に顔を向ければユエが静かにこちらを見つめていた。
「何を……何をしたと言うのだ……!?」
戦慄の表情を浮かべながらフリードは問いただすが、ユエは軽く肩をすくめるだけだ。
ユエオリジナル炎、風複合魔法、業炎。
先ほどの暴風の膜に覆われた炎塊だが、膜の内側は風魔法によって一種の真空状態となっていた。そして内部の炎塊はユエの調整によって現実の炎に限りなく近い性質を帯びている。つまり、魔力の他に酸素を燃料に燃焼するのだ。だが、真空状態では炎も燃え上がることができず、日は燻る様に弱々しくなってしまう。では、そこに風魔法で大量の酸素を流し込めばどうなるか。炎塊は先ほどのように魔力と酸素を貪欲に喰らい付くし、炎を一気に燃え上がるだろう。
だが、この魔法は炎や風で攻撃する物ではない。
爆発的に燃え上がった炎は風魔法の恩恵も受けて周辺一帯の空気を文字通り一気に喰らい尽くして燃え上がり、それでも貪欲に燃えようと空気を己に引き寄せ、焼き尽くす。それによって、一定の範囲内の空気を一気に奪い尽くすだけでなく、その範囲内の生物の肺の中の空気すら奪い尽くし、瞬間的な真空状態を作り出す。
魔物がどれほど強靭な生物であろうと特定の種族でない限り呼吸をしている。それが無くなれば待っている末路はただ一つ。窒息死だ。
空気を全て奪われた結果、魔物たちは何が起こったか理解する間もなく絶命した。フリードもそうなる運命だったが、ウラノスがとっさに距離を取ろうと翼を羽ばたかせて発動させた風魔法で空気の流れが発生し、両者は助かったのだ。
ユエに向かわせた地上の魔物は先ほどの一撃で半分近く削られており、しかも本能的に先ほどの一撃を恐れているのかユエに近づこうとしない。
その隙を、ユエは逃しはしない。事前に練り上げていた渾身の魔法を繰り出す。
「蒼王竜」
直後、夜空が蒼く染め上げられる。そう錯覚するほどに巨大な蒼い炎の塊が出現し、それはゆっくりと姿を変じていくと、全長数百メートルにも及びぶ巨大な炎の龍となる。
大気を震わせるような咆哮を上げる巨大な炎の龍に、灰竜達は、本能が己の上位者であるとでも悟ったのか、怯えたように小さく情けない鳴き声を上げた。その瞳には、既にユエに対する殺意の色はほとんどなく、代わりに戸惑いと畏怖が宿り、主たるフリードに助けを求めるような視線を寄せていた。だが、そのフリードもまた、非常識極まりない魔法の行使にウラノスの上でポカンと口を開けて呆然としており、その隙を逃さず、ユエは結界を破ろうとしていた魔物たち目掛けて龍を差し向ける。
巨大な炎の龍が顎を開ければ地上の魔物たちはなす術もなく浮かび上がり、呑み込まれていく。生き残ったアブソドが何とか呑み込もうとするが、背後から叩きつけられる炎尾で焼き尽くされていく。
蒼王龍の巨躯が躍るたびに地上の魔物は焼き尽くされ、食われていき、見る見るうちに王都周辺の魔物は削り取られていく。
ここにきて、フリードは、ようやく悟る。自分がとんでもない化け物を相手にしてしまったことを。戦う前に言った、自分の下に付けてやろうなどという傲慢な言葉を今更ながらに恥じた。
故に、フリードは己の全力をユエにぶつけると決め、詠唱を行う。
「揺れる揺れる世界の理 巨人の鉄槌 竜王の咆哮 万軍の足踏 いずれも世界を満たさ!?」
だが、詠唱が完了する前に蒼王龍の巨躯がフリード目掛けて襲い掛かる。ウラノスがとっさに身を捻って避けるが、それによって詠唱が中断されてしまい、フリードはギリっ、と奥歯を噛み締める。
いつぞやの再現みたいだ、と思いながらユエは疲れたように息を吐きながら蒼王龍を解除する。すでに地上、空中ともに壊滅状態と言っていい被害が出ている。
「もう勝敗は決したと思うけど……まだ続けるつもり?」
「無論だ………!」
「そう…………それじゃあ、続き……といこうと思ったけど、時間切れみたいだね」
フリードを見つめていたユエが不意にそう呟き、どう言う意味だと彼が訝しげな表情を浮かべた瞬間、王都が光り輝く結界に覆われていく。大結界が完全に修復されたのだ。
その光景をフリードは愕然とした表情で眺める。元々、大結界は内から手を加えられたことでフリード達の手で破ることができたのだ。だが、直されてしまった以上、もうフリード達には結界を正面から破る方法はない。それどころか手持ちの戦力もかなり減少してしまっている。それはつまり………
「…………指揮官なら分かるでしょ?この戦い、貴方達の負け」