ありふれた職業で世界最強 魔王の兄は怪獣王   作:夜叉竜

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 さぁ、伏して拝むがいい。黄金の絶望を


第90話 黄金の絶望

 緊急時の集合場所だった広間は凄惨たる有様になっていた。周囲を元が何だったのか分からないぐらいに破壊された肉塊に埋め尽くされ、文字通りの屍山血河を築いていた。その中で、唯一、死体に覆われていない場所にハジメたちは集まっていた。リリアーナたちの結界で覆われていた場所である。

 

 「悪いな、メルド。相手は死体兵で中々倒せないって聞いてたから完全にぶっ壊すのが確実だと思って……」

 「いや、気にしないでくれ、南雲。あいつらを眠らせてくれたこと、感謝する」

 

 頭を下げてくるメルドにハジメはそうかい、とだけ言って軽く手を振る。

 

 「さて、それで………」

 

 ハジメは視線を結界の一角に向ける。そこにはクラスメイト全員が途方に暮れたように円陣を組んで立っている。

 その視線が集中している中心にはレージングと縛廻鎖で拘束された恵理と檜山、そしてその前にリリアーナが立っている。

 リリアーナは何かを堪えるような視線を恵理と檜山に向けている。檜山は顔を死蝋のように真っ白にして口をパクパクとさせており、恵理はぎりっ、と歯を食いしばりながらリリアーナを睨み返している。その光景をクラスメイト達は何も言えずに眺めている事しかできない。光輝ですら何も言えない様子だ。

 

 「これ………どうすんのかねぇ」

 

 ハジメがその光景を眺めながら呟いていると、傍に立っていたティオが口を開く。

 

 「まあ、今回の件は妾はほぼ口出しはできんな。ハジメ殿はどうする?」

 「俺も似たようなもんだ。最後に割り込んだだけだし、そもそも同郷と言うだけで弁護を求められても迷惑だし、するつもりもねぇしな……ま、姫さんに任せるしかねぇだろ」

 

 肩をすくめながら成り行きを見守っていると、愛子がおぼつかない足取りで恵理と檜山に近づいていく。

 

 「な、中村さん……檜山君………あ、貴方達が……こんな事を………?う、嘘ですよね?そんな事……あるわけないですよね?皆さん、いい子なんですからこんな事するなんて……何かの間違いですよね?魔人族に脅されて、仕方なく………」

 

 彼女も二人が行った事は聞いているが、そのあまりの内容に信じることができていないようだ。その声にはどうか間違いであってほしいと懇願するような響きがある。

 その瞬間、檜山が突然激しく叫び出す。

 

 「お、俺は違う!俺はこいつに脅されたんだ!南雲たちにしたことをバラされたくなかったら協力しろって!!脅されて仕方なかったんだ!だから俺は被害者だ!そうだろ!?」

 「なっ!?ふ、ふざけんな!香織を自分の物にできるって協力することを選んだのは君だろ!?下劣な欲望剥き出しにして気持ち悪い笑みを浮かべてさぁ!」

 「うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!俺は悪くねぇ!俺は何にも悪くねぇ!全部こいつだ!こいつが悪いんだ!」

 

 支離滅裂かつ身勝手な言い訳を喚き散らす檜山に対し、恵理も声を荒げる。

 あまりにも醜くい光景にクラスメイト達は呆然とし、愛子はその言い争いで彼らの行いが脅されて仕方なく行ったものではなく、自分の意思で行ったものだと嫌でも思い知らされてしまい、愕然とした表情を浮かべる。

 その光景を痛ましい表情で見ていたメルドはリリアーナの傍に歩いていくと、

 

 「……姫様、これは騎士団長でありながら騎士達の異変を見抜くことのできなかった私の落ち度でもあります。申し訳ありません」

 

 そう言いながらメルドがリリアーナの傍で跪き、頭を下げる。それを見て、リリアーナは小さく頭を振り、

 

 「いえ、それを言えば私もです……一先ずその事は置いておきましょう。まずは………」

 

 リリアーナは大きく息を吐いてから静かに口を開く。

 

 「静かにしてください」

 

 その声は決して大きなものではなかった。だというのに二人の叫びが響く中でもよく通り、クラスメイト達の注目が一気にリリアーナに集まる。

 

 「な、なぁ姫さん!俺は何も悪くねぇえだろ!?俺は被害者だ!俺はただの被害者だよな!?」

 

 まるで縋りつくように騒ぐ檜山にリリアーナは静かに視線を向ける。その視線に檜山はひっ、と息を詰まらせる。

 彼女は激情を露わにしているわけではない。だが、何かを堪えているような目の凄みに完全に檜山は委縮してしまった。

 拳を固く握りしめながらリリアーナは大きく息を吐くと毅然とした表情と共に顔を上げる。

 

 「……魔人族との内通、大結界への破壊工作。更には騎士達の大量殺人………いかなる事情があろうと見過ごせるものではありません。メルド、彼らを魔力を封じたうえで牢へ。後に然るべき罰を与えます」

 「し、しかるべき罰って………」

 「これほどの事をしたのです。極刑は免れません」

 

 極刑と言う言葉にクラスメイト達は呆然とした表情を浮かべるが、その言葉の意味を理解し始めると、騒然とし始め、愛子が慌てたように口を開く。

 

 「ま、待ってくださいリリアーナ姫!確かに二人のしたことは許される事じゃありません!でも、彼らはまだ子供です!ちゃんと償いの機会を与えるべきです!そうすれば二人も反省してこんな事は……!」

 「もうそんな話では済まないのです。彼らが行ったことは国家転覆。子供だからと許すことなど絶対にできません」

 

 リリアーナの言葉に愛子は絶望したような表情を浮かべるが、それを振り払うように頭を振ると毅然とした表情を浮かべ、

 

 「でしたら……私が代わりとなります!」

 「……どう言う事ですか?」

 「二人を処刑するのなら、私を代わりに処刑してください!私は彼らの保護者です!だったら、彼等の責任は私が代わりに負います!ですから、二人の命だけは……!」

 

 決然とした表情で愛子は訴える。それに対し、リリアーナの瞳が揺れるが、彼女が微かに頭を振ると、それはすぐに消えてしまう。

 

 「申し訳ありませんが、その段階すら過ぎています。彼らのやったことは誰かが変わりに責任を取ればいいという物ではありません」

 「そ、そんな……」

 

 取り付く島もないリリアーナの態度に愛子は泣き出しそうな表情を浮かべるが、それでも何とか説得しようと口を開くが、その前に檜山が激しく騒ぎ出す。

 

 「ふ、ふざけるな!俺は違う!俺は何も悪くない!俺は被害者だ!被害者なんだよ!なのに、なのになんで殺されなきゃならないんだ!ふざけんじゃねぇ!」

 「……こう言ってはアレですが、南雲さん達の件はすでに終わっていました。貴方の犯行とここにいる皆が知っています。その件で貴方を脅す事は不可能です……つまり、脅されたというあなたの言い分は通用しません」

 

 静かに告げられた言葉に檜山は体をがたがたと震えさせると、リリアーナを忌々しげに睨みつけ、

 

 「そ、そもそもお前が俺たちにでかい事言える立場かよ!?いきなり俺たちを攫って、戦わせやがって!何が勇者だ!何が使徒だ!お前らのやった事なんてただの誘拐だろうが!?そうだ!そもそも、全部お前らが悪いんだろうが!」

 「……そうですね。確かに、私達は確かに貴方達を無理やりこの世界に呼び出した側です。生活を保障すると言いながら、それは裏を返せば戦わないなら追い出すと脅しているような物。私たちの行いは確かに非道です。ですが、だからと言って今回の件が許されるという訳ではありません。被害者だからと言って、何をしても許されるという訳ではありません」

 

 拳を握りながら告げられた言葉に檜山の顔色はもはや何色なのか分からないほどに目まぐるしく変わっていき、言葉にならない雄叫びをあげながら激しく暴れ始める。

 

 「ひ、檜山君……お、落ち着いて……」

 

 愛子が激しく暴れようとする檜山を宥めようとするが、檜山は愛子を睨みつけると、

 

 「黙れよ無能教師が!保護者だとか生徒を守るとか言っておきながらなんで俺が殺される事をやめさせられねぇんだよ!何が守るだ、無能野郎が!」

 

 その言葉に愛子の顔は目を見開き、顔色を真っ白にしながらその場にへたり込んでしまう。

 

 「っざけんじゃないわよ!!」

 

 檜山の身勝手な言い分に優花が激昂したように吠えながら掴みかかる。親衛隊の面子も檜山に怒りの表情を向けている。

 

 「……こ、光輝君……助けてくれるよね……?あの時みたいに、僕の事を見捨てないよね……?」

 「も、もちろんだ、恵理。リリィも今は気が動転して……ちゃんと話せば分かってくれるはずだ……償うのは辛いかもしれないが大丈夫だ。俺たちみんなが二人を支えるから……」

 

 恵理が媚びるような口調で光輝に懇願する。それに応えるように光輝は恵理に微笑むが、そこにいつものカリスマ性はなく、何とも弱々しく、頼りない物だ。そしてそれを向けられた恵理は愕然とした表情を浮かべる。

 周りの生徒たちに至ってはどうしていいのか分からず、口を挟むこともできずに狼狽えるばかりだ。

 その中で、見捨てられた子供のような表情の恵理を見つめ、香織は小さく唇を噛む。

 彼女たちと戦っているときは彼女たちを止める事だけに集中していたからか、迷う事なく戦う事が出来た。だが、戦いが終わり、冷静になった今、香織は迷ってしまった。恵理をどうするかを。

 恵理のしたことは絶対に許されない事だと思っている。然るべき罰を受けるべきだとも分かっている。だが、それと同時に心のどこかでこの可哀そうな友人を助けたいとも思ってしまっている。せめて、命だけは助けたいと。だが、王宮の知り合いを大勢殺されたリリアーナの気持ちも分かる。本当は泣き出したいだろうに、毅然と王女として振舞っているリリアーナに寄り添いたいと。

 どうすればいいのだろうか。どうするのが正解なのだろうか。分からない。何も分からない。

 纏まらない思考を示すような激しい雷鳴が頭上で激しく鳴り響き……

 

 「なんだ、あれ………?」

 

 不意に響いた困惑した声に香織が顔をあげれば、ハジメとティオが空を見上げていた。

 それに釣られるように顔を、香織は目を見開く。

 つい先ほどまで、まばらな雲こそあったが、星と月が美しく散りばめられた美しい夜空が広がっていた。だが、今はそれが見る影もないほどにどす黒い雷雲で覆い尽くされている。息苦しさすら感じるほどに重い黒雲の中を眩い雷光が迸るたびに雷鳴が轟き、どす黒い空が一瞬だけ白く染め上がる。

 

 「何じゃこの雲は……こんな雲が広がる予兆なんてなかった筈じゃ……」

 

 ティオですら困惑したように声を上げ、そこでようやくクラスメイト達も空の異変に気付いたように顔を上げ、困惑を露にする。

何かあったのだろうか、とハジメがユエと連絡を取ろうとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 空 が 落 ち る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少しさかのぼる。

 月明かりが照らす夜空を裂く様に極光のブレスが放たれる。ユエはそれを上に上昇して回避すると周囲に蒼い炎の刃を無数の展開し、

 

 「蒼刃!」

 

 一斉に眼下のフリードとウラノス目掛けて射出する。ウラノスは降り注ぐ刃目掛けてブレスを放ち、相殺し、その穴に飛び込むことで回避するが、残りはそのまま地上の魔物たちに降り注ぎ、焼き切っていく。

 

 「……もう趨勢は決した。なのにまだ戦うの?」

 

 顔をしかめながらユエが問いかけると、フリードはぎりっ、と奥歯を嚙みながらユエを睨みつけ、

 

 「多くの仲間が、同朋が殺されたのだ………このまま逃げ帰れるわけがないだろうが!」

 

 荒々しい口調で吠えるフリードにはもはや冷静な指揮官としての雰囲気はない。最後までやるしかないか、とユエが黒盾を構えた瞬間、

 

 「ユエさん盾を!」

 

 不意に響いた友人の声にユエは考えるよりも先に体が動く。自分を覆うように黒盾を展開すれば、そこに無数の風の刃が襲い掛かり、黒盾を衝撃が襲う。

 だが、ゲートを起動させれば風の刃は黒盾に吸い込まれると同時に放逐され、逆に風の刃を放った魔人族を切り刻む。

 攻撃がやむとユエは盾を下ろしながら視線を自分の隣に着地したシアに向ける。

 

 「ありがとう、シア」

 「いえ、ご無事で何よりです、ユエさん」

 

 挨拶もそこそこにユエとシアは背中合わせとなって構える。その二人を包囲するように魔人族と魔物が展開する。

 

 「おのれ……どこまでも………こうなれば!」

 

 そう言うと同時にフリードが手を大きく掲げる。

 何かするつもりか、とユエ達が警戒した瞬間、平原の一角が爆発を起こし、巨大な砂煙が立ち昇る。

 何事かとユエ達が視線を向けた先で砂煙の中から他の魔物と一線を画する巨体が現れる。

 大きく破損した細長い髑髏のような頭部に背中に抉られたような傷を持つ圧倒的な巨体とそれを支える二本の腕、鞭のようにしなる尾。

 

 「あれって……!」

 「ハジメとティオがホルアドで倒した……!」

 

 驚いたように目を見開くユエとシアをよそにスカル・デビルは耳を塞ぎたくなるようなおぞましい咆哮をあげる。

 

 「使徒の裏切り者が手にした物を幾らかの魔物と引き換えに手に入れ、私の魔法で改造し、従えたのだ。本当はあの男にぶつけるつもりだったが……構わん、奴らを殺せ!」

 

 フリードが指示を飛ばすと同時にスカル・デビルは虚ろな視線をユエとシアに向け、二人が迎え撃つように魔力を昂らせた瞬間、

 

 頭上から降り注いだ青白い熱線が地上を一閃。凄まじい爆発と熱波が吹き荒れ、魔物たちを瞬く間に焼き尽くし、スカル・デビルが真っ二つに焼き切られる。

 

 「「「は?」」」

 

 その光景にフリードや魔人族はおろかユエとシアですらポカンとした表情を浮かべる。

 荒れ狂う炎が生き残った魔物と死体に戻ったスカル・デビルを焼く地獄のような光景を後目にユエ達の眼前の空にダンっと音を立てながら人影が着地する。

 

 「「神羅(さん)!」」

 

 ユエとシアが同時に名前を呼ぶと、空力の足場の上で静かに体を起こし、ブルりと体を震わせた神羅はちらりと視線を二人に向ける。

 

 「二人か……どうやら無事のようだな」

 「ええ、まあ……神羅さんも、大丈夫みたいですね」

 

 傷どころか服の破損すらない神羅を見て、シアは小さく頷く。

 

 「神羅……中々派手な登場だね」

 

 ユエが大混乱に陥った下を見ながら言うと、神羅は忌々し気に鼻を鳴らしながら空を睨み上げる。

 

 「本命は仕留められてないがな」

 

 神羅につられてユエとシアが顔をあげると、こちらを見下ろすように銀と金の髪をした女が魔力の翼を広げていた。

 

 「あれが………」

 「ああ、そうだ。ノイントとか言う奴の力を植え付けられた神の手駒だ。さっさと殺すつもりだったが、殺しきれずにここまで来てしまった」

 「し、神羅さんが仕留めきれないって………!」

 

 シアが戦慄の表情を浮かべているが、それはユエも同じで大きく目を見開いている。

 本気で殺すつもりの神羅と戦って、生き延びるなんて尋常ではない。奴の力はそれほどまでに強大と言う事か。

 

 「神山で仕留めるつもりでしたが………邪魔が入りましたか。構いません。もろとも葬って差し上げましょう」

 

 ノイントは両手に双大剣を顕現させ、その切っ先を3人に向ける。

 それだけで絶大なプレッシャーが放たれ、その場を飲み込む。魔人族たちはフリード以外全員が耐えるように歯を食いしばり、フリードも大きく目を見開き、警戒するように距離を取る。

 だが、ユエとシアは即座に臨戦態勢に移り、来るなら来い、と戦意を滾らせながらノイントを睨み返す。

 その視線を受け、ノイントの目が細まり、魔力の翼が羽ばたいた瞬間、

 

 「ほざくな女………殺すつもりなんて更々ない癖に」

 

 吐き捨てるように言った神羅にユエとシアがえ?と目を丸くしながら視線を向ける。

 

 「殺すつもりがないって………どう言う事ですか?」

 「そのままだ。こいつは口では俺を排除するだのなんだのと言っているが、実際の所は殺すつもりなんてないんだよ。今まで生きて居られてるのがいい証拠だ。お前は決して俺と戦う事はせず、俺の注意を引くことだけに集中していた。俺を殺すつもりならもっといろんな攻撃をしてきているはずだ。その剣も使ってな」

 

 そう言えば、ノイントが剣を取り出したのはついさっきだ。神羅と戦っていたのなら、ここに来た時にはすでに持っていてもおかしくないのに。まるでこちらに戦意を見せつけるように剣を構えた。

 

 「だがお前は決して俺に近づこうとはしなかった。俺に近づかず、遠くからちまちまと攻撃を続けた。流石にずっとこの調子なら俺でも気付く。お前が俺を殺すつもりがない……神の命に従っていないってな」

 

 その瞬間、ノイントの目元がピクリと揺れ、神羅をじっと見据える。

 

 「お前には何か別の目的があるだろう?何を狙っている?」

 

 神羅が問うと、ノイントははぁ、と呆れたようにため息を吐くと、

 

 「何を言うかと思えば………勝てない相手に戦いを挑むなんて愚かな真似、するはずがないでしょう」

 

 その言葉にユエとシアは困惑を強くする。それに構わずノイントは続ける。

 

 「敵との実力差も分からぬほど私は愚かではありません。他の使徒は勝てるなどと宣うでしょうが、我々が何人束になろうとあなたには勝てないでしょう」

 

 淡々とした口調は彼女が事実だけを口にしているという証明だ。彼女は自分が神羅には勝てないと認識している。

 ならば、ノイントは今まで何のために神羅と戦っていたのだ?そんな疑問がユエ達の頭をよぎった瞬間それを見透かしているようなタイミングでノイントは視線を平原の一角に向けて手を差し出し、

 

 「私では貴方には勝てない…………ならば、勝てる相手を呼び出すだけです」

 

 そう告げた瞬間、突如として平原の一角に巨大な魔法陣が出現する。それはあまりにも、そう、あまりにも巨大な魔法陣だった。直径は一キロ近くはあり、びっしりと大量の構築式が書き込まれ、あまりの規模にもはやそれが何を目的に発動した物なのか一目で理解することは不可能だ。

 発動した魔法陣を見て即座にユエとシアは警戒するように身構え、神羅もまた魔法陣を睨みつける。

 そして魔法陣が光り輝き、周囲一帯が昼になったと錯覚するよう程の光に包まれた瞬間………魔法陣から黒い雷雲が噴き出す。

 まるで夜をそのまま溶かし込んだような黒い雲が火山の噴煙のように魔法陣から大量に吐き出され、激しい雷鳴と共に空に昇っていく。

 その光景をユエとシアは呆然と眺めていたが、神羅はその黒雲を見た瞬間、大きく目を見開く。それと同時に本能がけたたましい警鐘を鳴らす。

 神羅はその警鐘に突き動かされるように背びれを発光させると口から熱線が放たち、魔法陣の一角を吹き飛ばす。すると、吹き飛ばされた個所を起点に連鎖的に魔法陣全体に崩壊が広がっていき、最終的には陣そのものが砕け散り、無力化される。

 

 「ええ……貴方ならばそうすると思っていました」

 

 その光景を眺めながらノイントが無感情に呟くと同時に神羅の警鐘がさらに激しく鳴り響き、それに従って顔を上げ、神羅は絶句した。

 すでに雷雲は空を覆い尽くすほどに広がっていたが、そこから発生した雷が巨大な魔法陣を形作っていた。直径は一キロ近く、大量の構築式が刻み込まれた………先ほど破壊した魔法陣と同じものだ。

 そこから膨大な黒雲が一気に吐き出される。その量は先ほどの比ではなく、瞬く間に王都周辺の空を覆い尽くす。

 

 「い、一体何が……!?」

 

 状況について行けず、ユエが困惑していると、不意に頬に何かが当たる。

 

 「雨?」

 

 指で拭った雨粒を見てユエが首を傾げた瞬間、雨脚はみるみる強くなっていき、土砂降りの豪雨が降り注ぎ、その場にいた全員があっという間にずぶ濡れとなってしまう。

 

 「な、何で急に……あの雲は一体……」

 

 シアが上空の黒雲に怯えたような視線を向けていると、神羅が再び熱線を放とうと背びれと両眼を青く光らせ……

 

 「っ!くそがっ!」

 

 瞬間、叫ぶと同時に熱線のチャージをやめ、ユエとシアを担ぎ上げてその場から飛び出す。

 その直後、黒雲から轟音と共に巨大な雷が神羅達がいた場所に降り注ぐ。目標を失った雷はそのまま地面に着弾すると四方八方に拡散、地上を蹂躙する。着弾点の魔物は瞬く間に消し炭となり、周囲の魔物も拡散した雷に襲われ、瞬時に絶命する。

 もしも神羅が助けてくれなかったらあの魔物たちと同じよう末路を辿っていたという事実にユエとシアの顔が引きつる。

 ユエとシアが神羅に礼を言おうとするが、その直後に顔が恐怖で引きつる。神羅の身体から先ほど神山で放たれた物と同じ……いや、それ以上の怒気が放たれたのだ。まるでそれだけで地上を焼き尽くせそうなすさまじい敵意と怒りが場を飲み込み、その怒りを纏いながら空を睨みつける様は、天を地に引き摺り墜とそうとしているかのようだ。

 ユエとシアは愕然とした表情を浮かべながらも、ぎこちない動きながら視線を神羅が睨む空に向け、

 

 

 

 

 

 黒雲を切り裂きながら、悠然とそれは現れる。

 

 

 

 まず最初に現れたのは数十mはありそうな二本の黄金の鱗に覆われた尾だ。黒雲から生えるように現れた二本の尾は先端に大小無数の棘を生やしており、折りたたまれていたそれが開くと、棘と棘がこすれ合う音が響き渡る。

 次に現れたのは逆関節型の鋭い爪を備えた足、そして圧倒的な巨体だ。胴体だけでゴジラと同じぐらいありそうな巨体も、尾と同じように黄金の鱗に覆われ、迸る雷光に照らされて金色の光を放つ。

 そして、黒雲を引き裂くように現れたのは片側だけでその巨体を遥かに上回る巨大な一対の黄金の翼だ。悠然と羽ばたくそれは、あまりにも巨大で、まるで王都全域の空が翼で覆われているような錯覚に陥る。

 そして、最後に現れたのは身震いするように震える三つの黄金の首。そしてその先についた無数の角を有した三つの竜頭だ。3対、六つの竜眼は等しく地上に向けられているが、その様子は三つ首それぞれで違っているように見える。竜から見て左側の頭部はどこか興味深そうに地上をキョロキョロと見渡し、右側は苛立っているような唸り声をあげながら地上を睨みつける。。そして真ん中の頭部は周囲に見向きもせず、己を睨み付けている神羅を真っ直ぐに睨み返している。その中央の頭部が低く咆哮をあげると、左右の頭部の視線が一斉に神羅に向けられる。

 その瞬間、三つの頭部が一斉に敵意をむき出しにするように顔を歪ませ、同時に尋常ではない圧が空から降りかかる。それはかつてゴジラから感じたものと同じ、生きとし生ける者全てをひれ伏させる王者の圧だ。だが、それはゴジラの物とは似ているようで違う。

 ゴジラの物が大樹や霊峰、悠久の大地のような、見る者を否応なくひきつけ、自然と崇拝の念が湧き出るような絶対的な覇気だとすれば、目の前の怪獣が放つ圧は、あえて例えるならば隕石。

 空から慈悲無く降り注ぎ、絶対的な力ですべてを破壊、蹂躙し、それを見る者の心をへし折り、絶望させ、屈服させる傲慢な(プレッシャー)

 

 「まさか………あれって………!

 

 ユエは愕然とした表情を浮かべながら気圧されるように後ずさる。容赦なく降り注ぐ絶大なプレッシャーに押しつぶされそうになるが、奥歯が砕けそうになるほど噛み締めながら耐える。シアも過呼吸に陥ったように呼吸を乱しながらも崩れ落ちそうになるのを懸命に堪えている。だが、フリードをはじめとする魔人族達は無理だった。まるで心身喪失状態に陥ったように怪獣を見上げながら、全身が恐怖によるものか激しく震えてしまっている。魔物たちの方も、逃げ出していてもおかしくはないのにあまりの恐怖からか完全に身動きが取れなくなってしまっている。

 三つの頭部はそんな矮小な存在など見えていないと言わんばかりに視線を神羅に向け、激しく尾を鳴らしながら威嚇するように唸り、

 

 モンスターゼロとも呼ばれた偽の王、ギドラは天を揺るがすような甲高い咆哮を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天井に空いた大きな穴から差し込む月光に照らされながらその蛹は激しく光を発していた。

 蛹の状態でありながら彼女は察知した。あいつが現れたと。このまま放置すれば、再びこの世界は甚大な被害を被る事となる。

 それを防ぐために、彼女は幾度となく一人であいつに戦いを挑み、今生の命と引き換えに撃退してきた。

 だが今回はそうはならない。今は彼がいる。奴に打ち勝った彼女の王が。

 その事を心強く思う反面、申し訳なく感じる。本当は彼に頼らず、自分だけの力で奴を倒しておきたかった。だけど自分は弱いから、結局また彼に頼る事になってしまった。また彼に押し付けてしまった。

 だが、そこまで考えた所で、彼女はそれを自分の中に押し込める。彼の命に背くわけにはいかないのだから。

 あいつが現れたのなら、必ず彼はあいつと戦う。ならば自分がすべきことは決まっている。彼と共に戦う。これまでと同じように、彼の傍で。

 蛹が激しく蠢き、激しく明滅していくと、蛹の一角にぴッ、と切れ込みが入る。

 切れ込みが広がり、彼女はゆっくりと、成長しきった体を蛹の外に押し出す。肢に支えられて体が地面に降り立ち、それに続くように巨大な翅が外気にさらされる。

 降り注ぐ月光を浴びながら彼女は空を見上げ、歌うような鳴き声を上げると、ゆっくりと翅を羽ばたかせ、舞い上がる。そのまま天井から飛び出すと、夜空を切り裂く様に一直線に飛翔する。目指す場所はただ一つ、王の戦場である。

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