何処か遠くからやってきた子供達   作:賀楽多屋

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とうとう手を出してしまった劇物ですが、良ければご賞味ください。


始まりの朝

「ただいま」

 

 誰からの返事も期待していない挨拶を今日も懲りずに繰り返して、パンプスばかりが並んでいる玄関口の壁にもたれ掛かる。

 

 はァと吐息を漏らせば、自分でも分かるほどの酒精の匂いが鼻腔に立ち込めた。

 

 今日は、仕事先の歓迎会があった。

 

 三年前の自分によく似たやる気に満ちた顔つきの新しい先生達を見ていたら、普段は飲まない酒が進んでしまってこの通り千鳥足になってしまうくらいには酔っ払った。

 

 壁に持たれまま、ズルズルとその場に座り込んで両膝に顔を埋める。

 

 鼻を啜ったら、音がした。

 目元がじんわりと暑くなってきて、嗚呼これは駄目な奴だとまた鼻を啜る。

 

 こんな情けない大人になってしまった自分に、ほとほと嫌気が差してきた。

 

(お酒に逃げちゃうような大人にはならないって決めたのに……)

 

 遠くの部屋でポーンポーンと時刻を知らせる古時計の音が聞こえてきた。

 

 まだ、私が生まれていない頃からあるその古参が知らせる時間は何時だと、上着のポケットからスマホを取り出してみれば、午後十一時。

 

 歓迎会が終わったのが九時で、その後に一人で無性にムシャクシャしていたから行きつけの店にハシゴして、そこの店長にこれ以上飲んだら帰れないよと脅されるがままに支払いを終わらせ、無事帰宅したのがこの時間。

 

(あーあ、嫌になっちゃう)

 

 玄関口で寝るわけにもいかないからと、漸く履いているパンプスを脱ぐ。

 

 まだ背負ったままだった登山リュック並に大きなリュックをその場に下ろして、風呂を入れるのも面倒だからシャワーでいいやと、そのまま脱衣所へと移動する。

 

 その日はそう。

 

 シャワーを浴びて、少し血行が良くなってしまったせいか気分が悪くなったので台所で水を何杯か飲んでから、寝坊したこともあって敷きっぱなしになっていた布団に潜り込んだのだ。

 

 翌日は日曜日で休みだからと、スマホのアラームもセットせずに眠りについたのが日付の変わるか変わらないかの時間帯。

 

 そして───問題が起きたのは、翌日の朝であった。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 とんでもない暑さから逃れるようにして、私は起きた。

 

 まるで、温度設定をMAXにしたまんまの炬燵で寝てしまったような暑苦しさに身を襲われ、私は被っていた布団を蹴り上げるようにして起き上がる。

 

 もしや、昨日は寝惚けて寝室のエアコンでも入れてしまったのだろうかと思いそちらを怖々と確認するも、エアコンは起動してすらいなかった。

 

 ホッとそのことに胸を撫で下ろして、頭上に放り投げられているスマホで時間を確認すれば、まだ八時。

 

まだまだ眠れるともう一度布団に潜り込もうとしたら、妙に体全体に圧迫感があるような気がした。

 

 しかも、素足に何かぷにぷにとしたものを感じる。

 それは滑らかな人肌のようにも思えるほどの質感で、私はまだ自分が寝ぼけているのだろうと体を横にした。

 

 すると、目と鼻の先に輝かんばかりの金色の毛がふわふわと揺れているのを発見する。

 

 何、これと思いながら目線を下にしていくと、あらま吃驚。

 

 ふくふくとした頬を私の胸元に押し付けて、すやすやと眠り込んでいる幼い子供が一人そこにいるでは無いか。

 

 長い髪と同じ色の睫毛を伏せて、安眠を貪るその少年に首をかしげながら、もしや背中と足元にあるこの温もりの正体もと体をひっくり返せば、今度はうねるような黒髪を持った少年が仰向けになって寝ているのが見えた。

 

 鼻の頭と頬にそばかすを散らした少年の寝顔を、まだ寝起きで動いていない頭で見ながら、そろりともう一度身を起こして最後に足元に当たる温かいものを見てやろうと首を伸ばす。

 

 果たして、そこには先程見たそばかす少年と同じ色の髪をした少年が一人、両手を伸ばしたままそれはもう幸せそうな顔をして寝息を立てていた。

 

 起こすのが忍ばれるほどによく眠っている三人の少年に囲まれての起床に、そろそろ私の頭も覚醒しつつある。

 

(今日って、エイプリルフールか何かだったかしら)

 

 いや、エイプリルフールとは嘘をついても良い日であって、この様な摩訶不思議現象が起きる日ではなかったと記憶している。

 

 そうやって、これは一体全体どういうことなんだろうと首を頻りに捻っていると、キュルキュルキュルと可愛らしい音が寝室である畳の間全体に響き渡った。

 

 音の主らしき人物に目をやると、その子はまだ両腕をバンザイしたまま睡眠中だ。

 

(お腹、空いてるみたい。起きて、お腹を空かしたまま話を聞くのも可哀想だわ)

 

 私は、もう欠片にも残っていない睡眠欲のおかげで魔の布団から脱出することに成功した。

 

 いつもの休日であれば、ダラダラと布団の中に潜り込んでいる怠惰なこの体であるが、流石に非日常を目の当たりにすると早々に動くことができるようだ。

 

 そのまま台所に行って冷蔵庫の中を確認すると、今週はあまり炊事することが出来なかったため、先週に買い溜めした食材が軒並み揃って入っていた。

 

 取り敢えずは、卵でも焼こうかな。

 卵パックから三つほど卵を手に取って、焼くために必要な卵焼き器も棚から取り出す。

 

(誰かのために、朝ごはんを作ることがこの身空にも降ってくるなんて……)

 

 私は、頬笑みを浮かべていることも知らずに調理に取り掛かる。

 

 たとえ、作る相手が見知らぬ子供達であり、これから彼等とどう接するべきなのかも分からない状態であるが、今この時ばかりは誰かに朝食を振る舞える喜びを噛み締めようと思ったのであった。

 

 

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