ふんふふんと鼻歌混じりに朝食を作っていたら、「美味そうな匂いがするーッ」と背後から大きな子供の声が聞こえた。
もしかして起床? と菜箸を持ったまま背後を振り返ると、あの三人の子供達が三者三様の顔をして此方を伺い見ていた。
まず目に入ったそばかす少年は両手を伸ばして、残りの二人を守るように前に立ちはだかり、私を見定めるようにその鋭い眼差しで射抜いてくる。
そばかす少年の背後にいるあの金髪頭の少年も油断なく私を見てくるが、そんな二人の男の子達とは打って変わって残りのもう一人の子と言えば、目にキラキラと星屑を詰めて私───正確に言えば、私の向こう側にある朝食へと熱い視線を送っていた。
「コラ、ルフィ! あの女が気付くまで、黙ってろって言っただろ!!」
ルフィと呼ばれた食いしん坊な男の子は、目前で自分を守るように立っているそばかす少年に怒られてしまい、しまいにはポカンと頭を殴られていた。
「痛いよ、エース!」と叩かれた頭を守るようにして抗議するルフィくんにエースくんと言うらしいそばかす少年は、フン!とそっぽを向いて無視をしている。
残りの金髪頭の子がそんな二人をまあまあと宥めているが、彼は二人を仲裁しながらも私の動向に目を配っていた。
つくづく警戒心の強い子供達だなーと日頃相手にしている中学生達と見比べて、あの子達もこれぐらいの警戒心を持ち合わせていれば良いのだけどもと、別の方へと思考を飛ばしてまう私。
温かくなると、冬眠を止める動物達のように変質者の数も増えるのだ。
「本能的に生きていると、生活習慣もそうなるのでしょうか」と辛辣に言っていたのは、音楽を担当していたお嬢様先生だったか。
そんな風に、自分の生徒達に思いを馳せていると「おい、女!」と件のエース君がファイティングポーズを構えながら、私に声を掛けて来るのが聞こえる。
「うん、何かな?」
「お前、俺達をこんな所に連れ込んで、何が目的だ?」
「連れ込む……? 私が、君達を?」
「当たり前だろッ!? お前が此処に俺達を連れてこなきゃ、誰がこんな訳のわかんねェ所に連れてくるっていうんだよ!!?」
エースくんの言い分に、ふむと私は唇の下に折り曲げた指を当てる。
詰まるところ、彼は私が誘拐犯だと錯覚しているようなのだ。
私としては目覚めた瞬間に彼らが居たのだから、彼らこそがこの家に不法侵入してきたようなものなのだが、彼等としては寝ている間に誘拐されたようなものなのかもしれない。
そうなると、この状況を作りだしたのは私達以外の第三者になるという訳なのだが、そこまで思い至ると段々と頭が痛くなってきた。
事が予想以上に複雑そうで、既にキャパオーバーを迎えているこの小さな頭脳を内蔵している頭は、もう考えたくないと訴え始めている。
「取り敢えず、私の言い分も君達には聞いて欲しい。私も正直、今のこの状態が何なのかよく分かってないのよね」
私はそう言いながら、珍しく人に振る舞うのだからと腕によりをかけて作った朝食が乗ったお皿を両手にして、彼等に微笑みかける。
「あとの話はご飯を食べながらにしましょう? 私、もうお腹がペコペコなんだよね」
両手に持っているお皿の中身を見て、彼らも空腹を思い出したらしい。三人共が派手にお腹を鳴らしたのを見て、私は「異存はなさそうだね」と畳み掛けるように聞く。
エースくんは、尚も抵抗しようと歯を剥き出しにしてきたが、寝ている時から空腹を抱えているルフィ君に「ヤッター! 朝飯だー!」と先手を取られてしまい、やるせなく肩を落としていた。
そんなエースくんを励ますように、まだ名前の分からない金髪の子が肩を叩いている。
「飯を取りあげて、ルフィに暴れられるのも不味い。エース、此処は一先ずあの女の話に乗っておこうぜ」
「……とか言いつつ、お前も実は腹減って、飯が食べたいだけだろ」
「流石、エース。おれのことをよく分かってんな」
きゅぴんと音がつきそうな程に完璧なサムズアップをし、ダイニングテーブルに並べられていく朝食を金髪くんは嬉しそうに見ている。
「結構、いい匂いしてんだよなー。あれ絶対美味いぜ、エース」
「毒が入ってるかもしれないぞ」
「あの女に手をつけさせてから、食べればいい話だ」
「サボは、毒は入ってないと思ってるんだな」
「まあな。なんていうか、敵意をかんじねェし。ってか、どっちかって言うとおれたちを歓迎してるんじゃないか」
「フン。しらねェ餓鬼をもてなすってーのも意味わかんねェな」
なんだか、散々にあの二人には言われているような気がする。
警戒心が強いのは結構なことだが、相手が目の前にいるのだから少しくらい言葉を選んでくれてもいいと思うのだけども。
そんな失礼な二人と違って、ルフィくんは早々に席に着席をしていた。
しかも、毒を疑われているこの朝食達を待っていられないとつまみ食いすらし始めている始末。
そんなルフィくんにあの二人も気付いたようで、慌てて彼の食いしん坊行為を咎めていた。
「ルフィッ!? おま、飯に毒が入ってるかもしれねェんだぞ!?」
「美味ェー!! なーなー、このふわふわしてる黄色のなんて言うんだ?」
「あ、それ卵焼きだよ。私も好きな料理だから、そうやって褒めてもらえると嬉しいな」
「卵焼きかー。マキノに言ったら作ってくれねェかなー」
「人の話を聞け───ッ! この大食らい!!」
話をルフィくんに聞いてもらえないエースくんが地団駄を踏んで怒っている。
そんなエースくんよりも、やっぱり食い気が勝つらしいルフィくんはますます口を動かせて、つまみ食いというよりかは本格的に朝食を食べ始めていた。
この調子だと、この子に全部持っていかれると危惧した私は、二人に「席に掛けて掛けて」と椅子を引いて勧める。
「このままだとあの子に全部持ってかれちゃう気がするから、もう食べよう。この分だと、昼の分も炊いたご飯も空になっちゃいそうだなー」
炊飯器の中身を思い出して、いや、もしかしたら足りないかもしれないとつい冷や汗を垂らしてしまう。
育ち盛りを完全に舐めていた。
お昼の男子生徒達を見ていたのもあって、私なりにいつもよりも多く用意していたのだが、まだまだ読みは甘かった模様。
しかし、そんな私の落ち込みなど知らないエースくんと金髪───サボくんは席に腰掛けたとしても、まだ箸すら手に取っていなかった。
「あ、そうだ。毒を心配してたんだっけ」
警戒心の塊らしい彼等は、そんな私の言葉を聞いてビクリと両肩を揺らす。そんなに私如きでビビらなくてもいいのに……と思いつつ、彼等の前に置いてある皿に私は無造作に箸を突っ込んでいってサラダやらベーコンやらを口にする。
私のあんまりな行動に彼等は顎を落として驚いていたが、取り敢えずはこれで食べてくれるだろう。
「はい、毒味終了。飲み物は、テーブルの上に牛乳、野菜ジュース、麦茶、アイスコーヒーを用意してあります。コップがあるから、各自好きなものをその中に注いでください。じゃあ、いただきます」
実は、ルフィくんほどでは無いが、私だってそこそこお腹が空いているのだ。
これ以上は彼等の相手をしていられないと、空のコップの中に牛乳を注いで、そのままごくごくと飲み干す。
「はー! 生き返る!」
「アイツ……何なんだ?」
「エース、途方に暮れてないで飯、食べようぜ。このままだとマジで全部ルフィに食われちまう」
サボくんは、既に箸を手に取ってもぐもぐと口を動かしている。
ルフィくんと違って、綺麗な所作でご飯を食べる子だ。
サボくんにまでそちら側に行かれたら、エースくんも強情を張ってはいられないようであった。
まだ疑念の眼差しを私に向けたままだが、箸を取ってカリカリに焼いたベーコンをエースくんは口に入れる。
するとそこからは、誰も声を発さずにただただ朝食を貪る場と化した。
私が危惧していたとおりに、昼食用に炊いていたご飯はすっからかんになってしまい、冷蔵庫に密かに取っておいた三個入りのプリンまで彼らには持っていかれてしまった。
しかし、まあるい曲線を描くお腹を幸せそうに撫でる三人を見ていたら、文句も言えなくなってしまう。
(やっぱり、ご飯を食べたら気が解れたかなー)
起床したばかりの時は触れたら刺されそうな程に気が立っていた彼らだったけど、今じゃあ昼寝前の猫みたいに目を細めて椅子の上で寛いでいる。
(同じ釜の飯を食べたっていうのもあるのかも。こういう顔を見ちゃうと、駄目なんだよなー私)
シンクの中に皿を積み上げて、私は彼等をリビングの方で寛ぐように先導した。
私の見立通り、お腹いっぱいになった彼等は私の言うことも胸中はどうであれ聞いてくれるみたいで、リビングまでの道程は穏やかなものであった。
扉を開いて、ソファやテレビ、小さな本棚等が並ぶリビングでちょっと待っててと彼らにお願いすると、ルフィくんがソファへと一直線に走っていく。
「おー! これ、めちゃくちゃ柔らかいぞ」
「それ、外国産の良い奴だから。暇だったら、テレビでも見ていたらいいよ。本も自由に読んでくれたらいいから」
「「「てれび?」」」
「あれ、テレビ知らないの? 君達」
この情報社会において、テレビを知らない子供達がいるとは思わなくて、つい頓狂な声を上げてしまう。
あの物知りそうなエースくんやサボくんですらも、不思議そうな顔をしているので、私はテーブルの上に置いてあったリモコンでテレビの電源を点ける。
すると、たまたまついた番組がどうやら戦隊モノの再放送だったらしく、派手な爆発音が鳴り響いていた。
「な、なんだよこれ!?」
「すっげェ……昔見た、映像用電伝虫見てェだな」
「なんだ、コイツら? 戦ってるのかー?」
驚き顎を落とすエース少年の傍で、呆然とサボくんはテレビを見詰める。
そして、ここでもマイペースを貫くらしいルフィくんが敵と戦い始めた戦隊達を「そこだ! いけー!」と応援し始めた。
彼だけは本当に子供らしい子供だと、戦隊達を応援するルフィくんを見ているとエースくんはテレビの近くまで走り寄っていくや、テレビに怖々と触れては首を捻っている。
「後ろは線がいっぱい繋がっている。電気で動いてるのか、これ」
どうやら、テレビが何なのかを突き止めようとしているらしい。
ああいう子が、将来は学者とかになるんだろうなと思うと、少し胸が痛んできた。
「お皿、洗い終わったらまた来るね」
あとは、各自自由に行動してくれとリビングの扉を閉めて、私は洗い物が待つ台所へと足を進める。
(これから、どうしようか)
本当なら、警察に通報するべきなのだろう。
あの子達の親御さんだって、きっと探し回っているに違いない。
一刻も早く、親元に返してやるべきなのだ。
(でも、あともう少しだけ)
朝食を彼らに差し出した分くらいは、孤独を癒す手伝いをしてもらってもいいだろう。
もう十何年と一人で生きてきたのに、たった僅かな時間を人と過ごしただけで、いつもの生活に戻ることがとても怖くなってきた。
なんて浅ましくて、自分勝手な女なんだろう。
昨日の酔いは、一晩寝たおかげもあって抜けきっているのにも関わらず、鼻の奥がツンと痛んだ。
孤独は友達。
一人が日常。
そんな毎日に突如現れた、賑やかでちょっと理屈屋で、食いしん坊な三人の男の子。
(あとで、紅茶でも持って行ってあげようかな)
彼らの喜ぶ顔が見たくて、まだ貢ぐことをやめられない愚か者である私は、食器を全て洗った後にケトルを沸かしながら、紅茶のパックを選んでいた。