何処か遠くからやってきた子供達   作:賀楽多屋

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此処は日本の東京

 目が覚めたら、見知らぬ天井が視界に入った。

 

 いつも見ているダダンの家のシミだらけの天井でも無く、秘密基地の天然の木の天井でも無い。

 

 いつも使っている敷き布よりも上等な心地のする布団の上で寝っ転がっていたエースは、寝起きで更に悪くなっている目付きでその見慣れない部屋の中を見渡す。

 

 年季の入った振り子時計、艶のある飴色の箪笥の上にはレースの敷き布が敷かれていて、こけしやガラスケースに入れられている日本人形がエースを見下ろしている。

 

 窓に引かれている不透明なピンク色のカーテンが、陽光を受けて淡く光っていた。

 

「おはよう、エース」

 

「おい、サボ。ここは何処だ?」

 

「は?」

 

 ふわぁと欠伸を噛み締めて上体を起こした弟にエースは、起きてから胸中に渦巻いている疑問を口にする。

 

 要領を得ないエースの質問の意図が分からなくて、サボが開けきらない目を向けたまま首を傾げる。

 

 そして、顎をしゃくって辺りを見てみろと促してくるエースに言われるがままに、サボはまだ半分閉じてる目で見渡した。

 

 ───瞬間、眠気など吹っ飛んだとばかりにサボの両目がしっかりと見開く。

 

「し、知らねェ場所だ。エース、覚えは!?」

 

「ねェよ。俺も起きたばっかだ」

 

「どうなってやがんだ……まさか、ブルージャムの奴らが……!?」

 

「かもな」

 

 達観したようにエースが頷くのに対して、サボは乳歯が抜けて、まだ永久歯の生えてこない歯で歯軋りする。

 

 彼等がコツコツとブルージャムと呼ばれる海賊団から金品をかっぱらって貯めている海賊貯金の存在が奴等にバレているのは知っているが、今まで奴等の手中からのらりくらりと逃げてきた。

 

 しかし、とうとう秘密基地の在り処までバレてしまい、攫われてしまったのかと思えば冷静に居られるはずもない。

 

 サボは早く此処から抜け出さなくてはと、まだ呑気に鼻ちょうちんを膨らませている末っ子を叩き起す。

 

「おい! ルフィ! 起きろ!」

 

 しかし、この末っ子が普通の生温い起こし方で起きるはずもなく、サボに揺すられてなお、むにゃむにゃと嬉しそうに口を動かすのみだ。

 

 いつもだったら兄らしく和む光景であるのだが、残念ながら今は事が事なのだ。

 

 サボは、一個だけ存在していた人の脚ほどもある大きな枕を抱えるやルフィに思いっきり振り下ろした。

 

 そのまま、鼻ちょうちんを二度と生やすものかとルフィの顔に枕を押し付けていると、さすがに酸素が無くなって命の危機を感じたらしいルフィが顔を真っ赤にして飛び起きる。

 

「ぷっはー!! な、なんか、死にそうになったぞッ!?」

 

「やっと起きた」

 

 すーはーすーはーと酸素をかき集めているルフィに、サボが枕を両手で抱えながら溜息を吐く。

 

 それにしても、抱き心地が良い枕とサボがつい危機的状況下にあることを忘れてギュウギュウと夢中になって抱きしめていると、そんなサボを見て己が何で死にそうになったのかを瞬時に察したらしいルフィが声を荒らげてサボに迫る。

 

「サボ! もうちょっと普通に起こしてくれてもいいだろ!? おれ、死にそうになったぞ!!」

 

「仕方ねェだろ! お前、全然起きねェんだから!!」

 

「煩い、テメェら! アイツらに起きたことがバレんだろ!」

 

 状況を未だに分かってないらしい弟達に、エースの両拳が唸りを上げて振り落とされる。

 

 ついで、ポカンポカンと子気味の良い音を立てて、二人の頭頂に振り落とされたエースの拳骨によって、大きなたんこぶをサボとルフィはこさえることになった。

 

 二人はたんこぶが出来るほどの痛みを頭頂に感じて、「いってェ!」と頭を抑えてその場に蹲る。

 

 両者ともに涙目で、暴力的な兄を非難がましく見上げるが、当のエースと言えば、逆に二人をギロりと睨むように見下ろしている。

 

「お前らに付き合って、オレは早死するつもりはねェ。騒ぎてェンなら外に無事出られてからにするんだな」

 

 エースの尤もな発言に、サボはそう言えばそうだったと事の重大さを思い出し、ルフィはまだ起きてから説明を受けていないこともあって、ぽかんとした顔をしている。

 

 そんなルフィに二人の兄達は、この知らない場所は恐らくブルージャム海賊団の住処の一角で、自分達は誘拐されたのだろうと説明した。

 

 そして、部屋の襖に鍵が掛かってないことを良いことに、彼等はそろそろと監禁場所を飛び出していく。

 

 そのブルージャム海賊団の住処は、とても海賊の住処とは思えないほどに小綺麗な場所で、素足の裏側には砂利が付かない。

 

 三人が飛び出したその場所は直ぐに台所に繋がっていたらしくて、そこでは一人の女が呑気に鼻歌を歌いながら野菜を切っていた。

 

「あの女も、海賊団の一員か」

 

 無防備にエース達に背を向けて調理を続けているらしい女に、彼等も少し訝しがるような顔つきになる。

 

 確かにエースとサボは漸く齢二桁代に突入した子供だが、それにしてもこの待遇は彼らを舐めすぎては居ないだろうか。

 

 一応、彼等は札付きの不良として不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)やゴア王国の城下町で名を馳せている。

 

 しかし、そんな彼らをブルージャム海賊団は勿論知っており、かつ手痛い目に遭わされていにも関わらず、見張りは一人も立てていない。

 

 監禁場所の襖には鍵の一つも掛かっていなければ、そこをすぐ出ると台所に直通というのは不可思議過ぎる。

 

 ───もしや、あの女はとんでもない実力者なのかもしれないとまで思いを馳せたエースはサボとルフィに注意を促す。

 

「あの女に見つかるまでは、静かにしてろ」

 

「ああ、分かってる」

 

 囁き声と言うよりは、ほぼ息をするような声の小ささで、エースとサボが女への警戒心を瞳に込めて小さくやり取りする。

 

 だが、彼等の末っ子はそんな兄達のやり取りを尻目に見ていても、己の欲求を抑えられなかった。

 

 

 

「美味そうな匂いがするーッ」とルフィが大きな声で、目を煌めかせながら叫ぶ。

 

 ルフィの有り得ない行動にエースとサボも呆気に取られていたが、それも一秒にも満たないことだ。

 

 エースはサボとルフィの前に立ちはだかり、台所に立つ女から二人を守ろうと両腕を広げる。

 

 すると、流石にあのルフィの声の大きさで背後に何かがいると察したらしい女が、緩慢な動きで三人に振り返った。

 

 エースやルフィと同じ、黒髪黒目の美人とも凡人とも判別のつかない女が彼らを視界に入れて不思議な程に優しく微笑む。

 

 まるで、マキノがルフィ達を見るのと同じような眼差しで笑いかけられ、エースは一拍分、動作が遅れてしまったが、それでもキラキラと女の手元に星屑を散らしているルフィへの文句が止まらずに口をついて出た。

 

「コラ、ルフィ! あの女が気付くまで、黙ってろって言っただろ!!」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 その女は、大層変な奴であった。

 

 エースが見てきたどの女、否どの大人にも当てはまらない程に妙ちきりんな人物だと胸を張って言える。

 

 何が狙いなのか、エース達に朝食を振る舞い、泣く泣くおやつに取っていたらしいプリンまで差し出してくるその女は、食事をしながら己のことを話すと言った割には、自分で作った朝食に夢中になって結局話さず。

 

 毒を疑うエースとサボを目の前にして、嫌な顔も虚をつかれたような顔もせずに、無造作に目前に置かれた皿に箸を突っ込んだかと思えば、毒味だと言ってのけて菜っ葉やベーコンを掴んで口に入れる。

 

 あんまりな女の行動に顎を落としていたが、元々女の朝食には信を置いていたサボが「ほら、大丈夫っつったろ?」と目で告げてきて、美味そうに白ご飯を頬張り始めたので、何だか強情を張るのも馬鹿らしくなったエースも暴れたがる食欲に促されるままに箸を取った。

 

 そして、満腹になったお腹を敵陣地にいることも忘れて三人が撫でていると女が「ここじゃあ、寛げないから」と別の部屋へとエース達を案内する。

 

 率先として女について行くルフィは、完全に胃袋を掴まれたこともあって女に絆されていた。

 

 残る味方はサボだけだと彼にエースが顔を向けると、サボもサボでエースを見ている。

 

『とりあえずは、様子を見よう』

 

 目だけでそう告げてくるサボに、エースも同感だと頷く。

 女がたとえ、エース達に本当に味方してくれるとしても、他のブルージャムのクルー達がそうだとは限らない。

 

 今は、下手な行動を取るよりも、女の言う通りにしていた方が最善だろうと二人は判断を下して、女とルフィの後ろをついて行った。

 

 それからテレビとかいう不思議なものがある部屋に案内され、エース達は各々の興味ある物で時間を潰す。

 

 ルフィは気に入ったらしいソファの上で飛び跳ね、サボは読めない字で書かれた書物が気になるらしくそれを手に取り、エースはテレビの構造が気になるようで、コンセントに差されていたケーブルを引っ張った。

 

 そして、突如電源を落としたテレビにサボが、「不味いだろ!?」とエースを突っ込んだりしている内に、再び湯気を立てる四つのティーカップとティーポットをお盆に入れて持ってきた女がエースたちの前に現れた。

 

 画面から光を無くしたテレビの傍で、エースが気まずそうな顔をして立っているが女は気にしていないらしく、紅茶の載ったお盆をテーブルの上に置く。

 

 そして、「そろそろ、私の話をしようかな」と口火を切った。

 

 女の前口上にエースもサボも顔つきが変わる。

 漸く、この正体不明で不可思議な女が重たい口を開いたのだ。

 

 ただ、そんな緊張感迸る兄達と違って、ルフィだけはお腹を膨らませてなお食い意地が張っているようで、紅茶の登場を素直に喜んでいた。

 

 ルフィの隣に腰を下ろして、湯気を立てるティーカップを口元に運ぶ女はエースとサボ、それから隣でふーふーと紅茶を冷まそうと奮闘しているルフィを見渡してから己の名を告げた。

 

「私は、日比谷蓮。この地区の中学校の教師をしているわ。此処は、私の家であるのだけども、君達は自分の意思で入った訳じゃないのよね」

 

「ってことは、やっぱりお前ェはブルージャムの一員ってことか?」

 

 こんなにも色々と良くしてくれる女───蓮が奴等の仲間だとはエースとて思いたくはなかったが、それでも現実とはいつも無情なものであると彼は思い出して、唸るような声で蓮に問い質す。

 

「ブルージャム?」

 

 しかし、蓮は戸惑ったような声でその忌々しい連中の名を反芻する。

 エースにしてみれば白々しい蓮のその演技が腹立たしくて、紅茶の置かれたテーブルをダン!と両手で叩いた。

 

「しらばっくれんじゃねェぞ! オレらの海賊貯金の在処を懲りずに探してんだろ……!!」

 

 それでも、蓮の表情は変わらない。

 戸惑いに満ちた顔で片手で目を覆い、エースの言葉をどうにか噛み砕こうとしているその姿勢に、段々とエースの心にも迷いが生じてくる。

 

「ごめんなさい。本当に、エースくんが何を言いたのか分からないの」

 

 そして、トドメの一言が蓮から放たれた。

 エースにどう接すればいいのかと、途方に暮れかかっている指の隙間から見えた蓮の目に絡め取られる。

 

 エースよりもずっと大人のはずの蓮のその頼りない姿に、エースもそれ以上言葉を連ねることも出来ず。

 

「……エース、多分、この(ひと)は嘘を言ってねェ。オレたち、ブルージャム共に連れ去られたんじゃねェみたいだ」

 

 隣でサボが出した助け舟にすくい上げられるように、いつの間にか俯けていた顔を上げる。

 

「なァ、レン……さん? コルボ山が何処にあるか知ってるか?」

 

「コルボ山……? この辺に、そんな山なんて無い筈だわ」

 

「じゃあ、此処は何処なんだ? ゴア王国の中でも無いんだろ?」

 

「此処は東京。えっと、関東、日本って言えば通じるかな」

 

 東京と言ってもイマイチぴんと来てないらしい三人に、徐々に範囲を広げて言ってみるも全然分からないようで、子供達は皆、首をほぼ直角に曲げている。

 

「イーストブルーにそんな所はねェ筈だ。いや、そもそもそんなトーキョーとかニホンって地名、聞いたことがねェ。蓮、此処は、どこの海だ?」

 

 そして、今度は蓮が首を傾げる番であった。

 イーストブルー、恐らくは和訳して東の海とから辺の意味になるのだろうが、それにしてもアジア近辺の海をそんな名称で呼ぶだなんて聞いたことがない。

 

「えっと、海? 東京は太平洋に面してるわ。北陸とかなら日本海、オホーツク海とか……ああ、そうだ。世界地図があるわ」

 

 このまま、この子供たちとああだこうだと話していても、行き着く先が見えないからと蓮は、本棚から折り畳まれた世界地図を取り出した。

 

 それこそ、蓮が彼らぐらいの頃に、グローバルな出張が多い父親が何処に出張するのかと彼女に教えやすいように購入したそれをテーブルの上に広げて、蓮は「日本はここ、この赤の二重丸が首都東京よ」と三人に告げる。

 

 だが、なかなかその三人から返事が無く、蓮はそのただならぬ無言が気になって顔を上げた。

 

 そこには、顔から血の気を引かせたエースとサボがいた。

 目の下に隈が浮かびそうな程に顔を青ざめさせて、世界地図を凝視している二人の瞳孔は開いている。

 

「な、なんだ……この地図は」

 

「此処は、オレたちのいた世界じゃない……!」

 

 どうやら、遠い異世界に自分達は眠っている間に連れてこられたらしい。

 

「どういうことなんだ……!?」

 

 エースの覇気のない声がリビングに響き渡る瞬間、彼等の姿が光に包まれた。

 

 そして───次に、エース達が目を開いた時にはいつもの秘密基地の内装が彼等の視界を占めていたのである。

 

 

 

 

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