甘えてくるUMP45に人間と機械の壁をありありと感じながらも愛しく思いたいって願望を形にしました。

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pixivに投げたものをこちらにも。


痛みと人形偏愛

荒廃したビル群の向こうに夕陽が沈む。

赤々とした光は戦術人形達の昼の任務の終わりを意味し、またこれから始まる夜への警戒の色でもあった。

しかし、そんな太陽が差さない場所にも一つの戦場がある。

そこはグリフィンの基地奥深く──指揮管制室だ。

指揮官は今日の鎮圧作戦の事後報告書をデスクに広げ、読み込んでいた。

今日の案件は居住地近くで起こった為にかなり緊急性が高く、情報の不足したまま戦う事を強いられた。

対象の鉄血は全て排除したので一応は作戦成功となったが、代わりにこちらも数体が大破するなどの小さくは無い被害を被った。

ただ作戦立案するだけじゃなく、結果を踏まえてその作戦立案が正しかったかどうかを考える。

そして次に生かすことも、指揮官として忘れてはならない仕事の一つだった。

情報が来てから出動までの時間は?

情報から判断した編成はそれで良かったのか?

持たせた装備は現場に即したものだったのか?

覚える程に報告書を読み込んでは、ああでもないこうでもないとデスクの周りをうろつきながら思案する。

そうやって頭を捻っていたからだろうか、指揮官は彼女の近づいてくる足音に気づけなかった。

「しきかーん?」

甘い声音と、ツンと鼻を突く硝煙の匂い。

UMP45が後ろから腕を回して抱き着いてきた。

「おっとと…45か、おかえり」

「ただーいま、指揮官は寂しくしてなかった?」

「はは、大丈夫だよ。45こそ寂しかったんじゃないの」

「違いますよー」

45はたまにこうやって作戦終わりにじゃれつきに来ることがある。底の読めないところがある彼女の可愛らしい一面ではあるが、じゃあこちらから何かしてやろうとすると逃げるのでよくわからない。

とりあえず猫っぽいムーブには猫への対処で良いだろうと考え、最近はされるがままにしている。

「今日の作戦いきなりで悪かったな」

「いいの、指揮官がどうこう出来ることじゃないでしょ」

「そりゃあ確かに。そういえば45はもう修復終わっ…」

ここで、指揮官の頭に先ほど嫌という程読み込んだ報告書の一文がよぎる。

──『UMP45 大破』

「おい、45お前」

背中に頭をすりつけながら「うん?」と答える45。彼女が今ここにいることに一気に肝を冷やしながら聞く。

「修復まだ行ってないだろ」

「……いいから今は優しくしてよ」

ぎゅうっと、回された腕に力がこもった。

彼女の腕に触れてなぞっていくと、やがてごつごつとして冷たい部位に行き当たる。

人工皮膚が剥がれて金属部品がむき出しになっていた。

「早く治してこいって」

「ちょっとぐらい平気」

「それでもだ、だって45…」

『痛いだろ』──そんな言葉が出てきそうになり、飲み込んだ。

彼女は戦術人形。戦う為に生み出された兵器だ。

人間なら耐えられない環境、凄惨な業務、そして痛み。それらを代行するための存在に、『痛いだろ』と言い放つのは比喩表現だとしてもあまりに酷な気がした。

あまつさえ、そうさせているのは指揮官自身なのに。

口をつぐんでしまった指揮官に、「あのね」と前置きをして45が話し始める。

「指揮官に触れていると、痛い気がするの。もちろん私は痛みなんて感じない。身体を撃たれても、腕が吹き飛んでも、機能不全で動き辛いだけで苦しみなんてのはない」

穏やかな口調で語る一方、指揮官に言葉を挟む余地は無かった。

ただ黙って45の紡ぐ言葉に耳を傾けることしかできない。

「でもね、指揮官に触れてると……暖かい身体に触れてるとね、私の体も暖かくなった気がするの。触ってもらえたらくすぐったいような、心地いいような感覚が私に生まれるの。それで…壊れたところも、痛く感じられるんだ」

もう一度抱き締められる力が強くなる。

その動きで外れてしまったのか、カランカランと45のどこかの部品が床に落ちる音が響いた。

「感覚があると、人間になれた気がする。指揮官と、近い存在になれたんじゃないかなって思える」

ここで45は言葉を切る。

ぐいっと背伸びをする感覚が背中越しに伝わった後、耳元に口が寄せられた。

「だから指揮官。もう少し、このまま」

囁きは空気を揺らし、耳朶をくすぐり、脳髄を甘く痺れさせた。

たまらなく45が愛しかった。

今すぐ振り向いて、抱き締めてやりたかった。

でもそれはしなかった。いや、出来なかったと言う方が正しい。

指揮官である自分と戦術人形である彼女には深すぎる断絶があり、歪に絡まっていた。

45は人間ではない。血の代わりに油が巡り、筋骨の代わりに鋼が体躯を動かす紛れもない機械だ。

人間ではないからこそ、人間に近づこうと彼女は縋ったのだと思う。

──しかし縋ったのは機械である彼女に存在価値を見出している指揮官だったのだ。

機械が機械であることを良しとする人間と、人間であろうとする機械。

この関係を歪でないと誰が言えるのだろうか。

もちろん感情の話ならばまた話は変わってくる。しかし現状、実態はこの通りだ。

だから黙って、指揮官は回された彼女の腕に触れていた。

45も黙って、指揮官に抱き着いたままだった。

指揮官の呼吸音と、45の破断したチューブから漏れ出すオイルの滴る音だけが時の経過を形にしていた。

 

 

「しきかーん」

「……どした?」

「もうそろそろ…身長差が辛いかも」

半笑いで45が切り出した。思わず指揮官も笑ってしまい、少し張りつめていた空気がやわらぐ。

よいしょ、という掛け声とともに回していた腕を解かれたので、彼女の方に向き直った。

「なんとなく、指揮官の考えてることわかるよ」

「そりゃどうも」

「まー指揮官まじめちゃんですからねー。苦労しそうだなー」

後ろに手を組み、ジトっとした目で見上げてくる。

まるまる見透かされているようで、思わず苦笑してしまう。

「自覚してるよ…。でもいつかギャフンと言わせてやるからな」

「ギャフンって死語も良いとこじゃない…」

ジトっと度が上がる。45の鋭い目つきと相まって正直怖い。

ふふっと笑って45は視線ロックオンを解除してくれる。

「ギャフンと言わせたいなら覚悟してね?」

「…わかってる」

「ほんとに?」

「ほんとほんと」

そっか、と呟く45が少し嬉しそうに見えたのは気のせいじゃないはずだ。

「待ってるから」

笑顔でそう一言残し、45は修理に向かった。

指揮官は彼女のいなくなった背中をぐいっと伸ばす。

自分と彼女の間にぽっかりと空いてしまっている溝。これを埋められる日を、まだはっきりと想像することは出来ない。

きっと手間取って、時間がかかってしまうのだろう。

一方、埋めずに一息で飛び越えてしまうという選択肢も存在する。

どっちを取るにしろ、勇気と自分の中の納得が必要だ。

人はこれを『愛』と呼んだりするのかもしれない。言語化すると随分と陳腐なものだ。

待たせないようにしなきゃなあと思いつつ、指揮官はまた机の上の戦いへと戻っていった。



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