仕事の始まりはいつも突然だ。真夜中のバーに、今ボクは背筋を正して立っている。お客はボク含めてガードが4人、そして小原財団の社長であり、総責任者である小原信二が1人カウンターに座っている。
「ケンイチ、今日会う男は確かに危険だが優秀だ。それに、私の友人でもある・・・あまり緊張するな。」
社長はボクにそう言いウィンクしながら、グラスに入っているウイスキーを傾ける。カランッ・・・という氷の良い音が店内に響き渡り、静寂に包まれる。ボクの心臓はドクドクと強く脈打っている。緊張ではない、どちらかといえば恐怖に近い感情だろう。これから会う男は軍人だ。いや、今は元軍人と言った方が良いだろう。人を殺すことに慣れた男。【キル・マシーン】だ。どんな男だろうか?鞠莉ちゃん達が怖がらないだろうか?彼女達に会わせるのは危険だし、相応しくないのではないか?そんな思いばかりが膨らんでいく。社長いわく腕は確からしいのだが、なにぶん口が悪いらしい。下品な言葉など、ボクの幼馴染の前で使われた日には・・・ああ、憂鬱だな。
ボクがそんな風に心の中でモヤモヤと考えている時だ。ガチャリと扉の開く音がする。ガードの仲間達と一斉にその方向を向くと、そこには身長の高いスーツ姿の黒髪の男が立っていた。瞳は透き通るような青色、顎髭が伸びており、がっしりとした体格の男が目の前に立つ。ボクはゆっくりと唾を呑み込み質問する。
『アレックス・・・・・バーレンさん・・・・ですね?』
『ああ。・・・で、ルーキーお前は?』
『ボクは小原社長のボディーガードを務めている、ケンイチ・ジョンです。今日から一緒にお嬢様の警護をするので、よろしくお願いします。』
ボクが握手をしようと手を伸ばすと、アレックスさんはジっと顔を見つめながらゴツゴツした手を差し出し、軽く握ってきた。
『お互い仲良くってわけにはいかないだろうが、まあ楽しくやろう。』
握手をしていた手をアレックスさんが放すと、すぐに彼は社長のいる方に顔を向ける。
『さて社長、娘を警護して欲しいんだって?旧知の仲だからって随分急すぎる話だな?何かやらかしたのか?』
社長は溜め息を一つつくと、彼に隣に座るように促した。彼はそれに従うよに社長の隣に座り、バーボンを注文する。
『君も知っている通り、我々小原は随分と成長した。』
『そうだな。昔出会った頃が懐かしい。人道支援してた頃に比べて大違いだ、思わずお前の下に就きたくなっちまうくらいにな。』
彼はバカにするような言い方で・・・しかしどこか懐かしむような感じで社長と話す。彼と社長の間にどんな関係があって、過去に何があったのか・・・ボクには知る由もない。ボクと社長も他の社員やガードとは違った特殊な関係だが、それとはまた別の意味で、彼と社長は特別な関係なんだと理解できる。
『しっかしお前が娘を持つとはな。・・・妻は美人か?』
『ああ、妻も娘もとびっきりの美女だ。』
『ふ~ん・・・で、話を戻させて貰うが、正直俺・・・いや、俺達を雇うほどの問題なのか?』
さっきまでの柔らかい空気は一瞬で消え失せ、重たい空気がバーを支配する。
『あんたとは旧知の中だが、日本にいる娘を守れといきなり命令を上から貰ったとしてもだ・・・・・はいそうですか。と2つ返事するほど俺のケツは軽くない。それに、わざわざ俺達が日本に出向く理由が分からない。あんたんとこのガードを使えば良いだろ?確かにウチの企業は要人の警護も専門にしてる。「小原」なんてビッグネームのあんたが中東やらアフリカに行くって話ならまだしも、日本だ。意味が分からない。銃規制や武器の持ち込みだってほぼ不可能に近い国に、誰がわざわざあんたの娘を殺りにいくってんだ?』
彼が疑問に思うのも当然だろう。本来ならば数多くある企業や財団の中でウチだけをピンポイントに強く狙うメリットが無い。だが、ボクは知っている。既に鞠莉ちゃんの身に危険が迫っていることに。
『確かにな・・・さっきも言ったが小原グループは今や成長し、財団になるほどまで実力を伸ばした。しかし、大きくなればなるほど、光が強くなるほど、影も濃くなる。』
『そうだな。だがそれだけじゃ日本の娘を狙うまでいく理由としては弱すぎる。わざわざ行っても、せいぜい百貨店でナイフや包丁を買うのが武装するにしても限度、銃の免許申請もアメリカに比べ遥かに厳しい・・・殺る準備を整えるには時間がかかる。それに、いくら財団にまで成長したとはいえ、こう言っちゃなんだが、ただの会社だ。殺るメリットが無い。』
『今はイタリアに本社を置いてるのは知ってるだろ?』
『ああ・・・』
『実は最近我々小原グループは、麻薬や武器、人身売買をして設けているような組織がある。それを根絶させるための活動を始め、イタリアだけじゃない、世界にも広げていきたい。我が財団の力を使ってね。もうその活動は既に始まっている。』
それを聞いた時、彼は「フッ。」と鼻で笑い、バカにしたようにこう言った。
『そんな・・・間抜けか?お前イタリアで何年仕事をしてると思ってんだ?お前の目は節穴か?無理だね。仮にできても・・・やめておけ。ここは日本じゃない。昔より大人しいとは聞くが、今でもギャングやマフィアみたいな危険な連中もいる。それに麻薬で儲けてるのはそんなそんな連中だけじゃない、もっとデカい所だってやってることぐらいあんたも分かってるだろ?警官の汚職だって多い。・・・確かに、あんたの活動が大きくなれば離れてる娘を人質に取ろうなんて下らんことを考える連中も出て来そうだな。』
『その通り。そんな広報活動をしていて数日・・・我が社に脅迫文も送られて来た。最初はただのイタズラかと思ったんだが・・・』
『まさか、死んだか?』
『ああ、1人な。これは警告だと。そしてついこの間のことだ。これを。』
社長は彼に手紙を渡す。忌まわしいあの手紙だ。ボクは握っている拳に力を込める。鞠莉ちゃんは、何があろうとボクが絶対に守ってみせる。ボクは彼が手紙を読む様子を見ながら、そう強く再び心に誓った。
『・・・なるほど、次は娘をってことか。』
『犠牲者も出た今、私としては気が気でない。私の優秀なガードであるケンイチだけで当初は対応できるかと思ったが。社員は殺されていると明確なのに事故と判断された。私はその時点で確信したよ。もうすでに背後で大きな組織が動いていると。』
『よっぽどあんたの広報活動は邪魔なんだな。ま、確かに小原財団はかなりデカいグループだ。その社長が直々にそんな活動しだしたら、世間も放っておかないだろうな。特に、麻薬の根絶を願う連中も大勢いるだろうし、それだけじゃない。利益を独占したい奴らは、あんたの活動に便乗してライバルを潰し、最後に隠れて自分だけ甘い汁を啜ろうなんて腹の奴もいるだろう。広報活動と実働活動は自分の信用できる仲間だけを使うんだな。良い寄って来る奴は、表面上協力して疑え。・・・潰し合いを狙いあんたを利用するか、あんたが邪魔だから消すか・・・あんたの警護は固い、だが日本にいる小娘はほぼノーガード。あんたを傀儡にするにせよ、言う事を聞かせるにせよ娘は最高のカードってことか。』
『ああ、だから君にも頼らせてほしい。元デルタの君をね、アレックス少佐。』
『・・・元少佐・・・いや、階級で呼ばれるの勘弁だと言ったはずだぞ。』
社長が彼のかつての仕事での階級を出した途端、彼の顔を一瞬だが不快そうに軽く睨んだ。
『いや・・・すまない。君は変わったな。』
社長がそう語ると彼はこう答えた。
『俺は変わってない。目が覚めただけさ。・・・さて、依頼だが。良いだろう。昔のよしみで助けてやる。あんたの娘が高校を卒業するまで見守れば良いんだろ。ちょっとしたバカンスってことにしてやる。念のため俺も含めて部下を8人連れてく。どいつも精鋭ばかりだ。入って来い。』
彼がそう言うと、再びバーのドアがガチャリと開き、強面の男達7人が入って来た。
『紹介しよう、左から、元SAS ジョン・アーロン 元スペツナズ ユーリー・ザウル
元GSG-9 アルベルト・バシリウス 元アメリカ陸軍レンジャー ジョン・アンダーソン
元NAVY SEAL's チーム1 ロバート・モリス 元SS(シークレットサービス)マイケル・ロビンソン 元フォースリーコン ニック・フランク そして俺だ。』
紹介されると、全員が敬礼をした。
『多少違う国の奴もいるが、会社と俺の命令は絶対だ。信頼しろ。』
ここでいくつかの疑問が出て来る。というか、分からない事だらけなのだが・・・
『あの?』
『何だ、小僧?』
『アレックスさんて、何処所属だったんですか?』
そう言えば、元軍人ということと階級以外のことは聞いたことが無かった。社長と話しているときに「デルタ」という単語は聞こえたが、それの意味も正直分かっていない。というか全員がどれほど凄いのかも分からない。
彼は少し渋い顔をしながらこう答えた。
『俺は元デルタだと聞いたろ、社長との会話で。聞き取れなかったか?』
『いえ、その・・・その単語は聞き取れたのですが、正直皆さんの前の職業も分からなくて・・・あ、いえ軍人というのは分かるのですが・・・』
彼は溜め息をつくと
『分かった。説明してやるからよく聞いとけ、そんで腰を抜かすなよ?』
ボクはゆっくりとうなずいた。
『まず、ジョンはSAS・・・つまりイギリス陸軍の特殊部隊。空挺団だ。次にユーリー。スペツナズはロシアの特殊部隊で、こいつはロシア連邦保安庁に所属してた。アルベルトのGSG-9はドイツ連邦警察の特殊部隊 ジョンのアメリカ陸軍レンジャーはそのまま、戦闘に特化したエリート陸軍 ロバートのNAVY SEAL’sはアメリカ海軍の特殊部隊・・・だが、陸・海・空あらゆる場面で特殊作戦をこなすコマンド部隊、マイケルのSS(シークレットサービス)は基本アメリカ合衆国大統領の警護を行う執行機関 ニックのいたフォースリーコンはアメリカ海兵隊の武装偵察隊・・・そして俺がいたのは、アメリカ陸軍の対テロ用特殊部隊デルタフォースだ。以上、我が企業の警護部門を担当する選りすぐりのメンバー達だ。』
・・・・・ボクはついて行けるのだろうか?この超人たちに。
『質問は?』
『・・・・・あ、ありません。』
ボクがそう返答すると、彼は満足そうに頷き、社長と出発の日程を相談した。
『では明日、ローマ・フィウミチーノ空港から日本へと直接向かう。集合は1300までだな。』
『ああ、頼む。』
彼はニヤりと不敵に笑い『報酬はたんまりと貰う。』と宣言した後、飲みかけのグラスを煽り、部下を連れてバーを出て行った。
そんなわけで、プロローグは主人公でなくサブキャラ視点からでした!
アレックスの通って来た経路
アメリカ→イタリア(社長に会う)→→日本へ
って感じです。初めての小説なんで、感想とか色々頂けたらな!と思ってます。不定期なので、いつ投稿できるかわかりませんが、よろしくお願いします!