右手に『
──君は後悔していることはあるかい?
(……後悔?そんなもん、あるに決まってるだろ。救えなかった命が、戻せなかった世界が、悲しませちまったことが、数え切れねぇ程ある)
──では、やり直せるとしたらどうする?
(は…?そりゃ、やり直せるなら今度こそ救いたいけど……)
──なら、その機会を与えよう。見事やり通してみせてくれ、上条当麻。
(え…?ちょっ、待て!やり直すってどういう事だ!これって、もしかして夢じゃない?そもそもお前誰!)
──私は………だ。君…願……答え………力を与……。そう…相棒も一…だ。
(いやいやいや!?肝心な所が聞きとれねぇよ!おいっ!待ってく───)
「──待ってくれ!」
先程まで広がっていた真っ白な世界は消え去り、上条の視界には見慣れた部屋が映っている。
「……ゆめ…?それにしては妙にリアルだったけど…つうか、暑!?」
上条は思わず自分にかかっていた布団を放り投げる。そこで違和感に気付く。
「暑い?いやいや、今は冬でせうよ。そんなこと──」
あり得ない。きっとインデックスが勝手に暖房でもつけたんだろう。まったく電気代も馬鹿にならないんだぞ。そう納得した上条だが、さらなる違和感がおそう。今自分がいるのはどこだ?俺は風呂場で寝ていたはずだ。
「寒さに負けて無意識に出てきた?いやいや…あれっ?」
混乱していて気付かなかったが、寝ていた場所以上に大きな違和感にようやく意識が向く。
「インデックスはどこに行った!?オティヌスは!?スフィンクスもいねぇ!?」
本来リビングにいるはずの二人と一匹がいない。あいつらが黙っていなくなるはずがないし、出掛けるにしてもメモか何かを残すはずだ。上条は冷や水を浴びせられたような気分になる。つまり──
「まさか魔術師か!?でも土御門からは何も聞いてねぇし、オティヌスが気付かない訳がねぇ。いやでも──」
その時、上条の目の前に魔方陣が現れる。上条は長年の経験で瞬時にその場を離れると同時に、一つの可能性に気付く。
(まさか転移術式?この部屋を座標に展開したんだとすれば俺以外が突然消えても……)
そう考えながら上条は右手を握りしめ、魔方陣を睨み付ける。今浮かんだ仮説が正解なら敵である可能性が高い。上条は息を飲んで魔方陣から現れる人物を観察する。そして現れたのは──
「……え?」
上条はその人物を見て思考を止める。現れたのは、とんがり帽をかぶり露出度の高い衣服を纏った、隻眼の金髪の少女。
「……オティヌス?」
現れたのはオティヌスだ。上条にとってただ一人の理解者。先程まで探していた人物の一人。しかし、彼女は上条の記憶にある姿とは大きく異なっている。
「オティヌス、お前…もとの大きさに戻って……」
そう。オティヌスは妖精化によって15センチ程の可愛らしい姿になっていたはずだ。しかし今は戦った当時の姿で上条の目の前に立っている。
呆然としている上条をよそにオティヌスは部屋を見渡し、そして上条を見て、全てを察したかのように頷いてため息を吐いた。
「……その様子では現状を掴めていないようだな、人間」
「え、あ、いや、まぁ…絶賛混乱中ですけど……。つーかその口振りからするに、お前は今起きていることを理解してんのか?」
「詳しいことは分からんが…そうだな。人間、今日の日付を見てみろ」
上条はオティヌスに言われた通りに携帯を開き、日付を確認する。そして目を見開く。表示された日付は──
『7月14日』
この日が指し示す意味はおそらく──
「……過去に戻った?」
「おそらくな。そのおかげで私ももとの大きさに戻っている訳だが…どうやら過去に戻ったのは私たちだけのようだ」
「いやいやいや。そんなフィクションじゃあるまいし……オティヌス、魔術にタイムスリップみたいなのがあるのか?」
「いや、私の知識の中にはない。おそらく禁書目録でも知らないだろう」
魔術ではないとなると……上条は自分の右手を見る。魔術とも科学とも違う異質な力。こんな意味不明なことなんて起こせるのはそういったものしかないだろう。
「ま、起きちまったもんは仕方ねぇ。別に誰かが傷付いた訳でもねぇし、できることをやるしかねぇよ」
「……イレギュラーに対する反応に熟練度を感じるな。御愁傷様とだけ言っておこう」
「安心しろ自覚はある。それにお前がいるんだ。何とかなるさ」
そう言って上条はニカリと笑う。
「……そういうことを無自覚で言うから……」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何も言っていない。それよりも人間、この事態に何か心当たりはないのか?」
「心当たりなぁ……あっ!」
上条は夢の出来事をオティヌスに話す。オティヌスはその話を聞き考え込む。
「……おそらくそれは夢ではなく、精神世界での出来事だろうな」
「ああ。んで、そいつが最後にもらした相棒ってのがオティヌスだと思う」
「なるほどな。まあ、お前の願いを叶える形で過去に戻っている訳だし、敵ではない可能性があると分かっただけ良しとしよう」
「なんかごめんな。俺の事情に巻き込んじまったみたいで……」
「気にするな。それに今さらだろう?理解者として私はお前と共にあるさ」
「……そうか。ありがとな、オティヌス」
上条はオティヌスに礼を言う。誰かを巻き込むくらいなら一人で戦うと考えてきた上条にとって、オティヌスの言葉はとても嬉しいものだった。オティヌスも照れ隠しなのかそっぽを向く。
「それより、その例のヤツが言っていた『力』だが…私は魔神の力を取り戻していた。しかし、不思議なことにこの体は魔神ではない。人間は変わった点はないのか?」
「さらっと流したけど、オティちゃん今とんでもないこと言わなかった!?」
「オティちゃん言うな。いいじゃないか、力はあるんだから。今世の魔神はオッレルスあたりがやってくれるさ」
「ぶん投げにも程がある…!まぁいいや。俺は何も試してないから分かんねえけど……」
上条は何となく頭の中に意識を向ける。するといくつかの違和感を覚えた。
「……記憶がある」
「何?それは本当か?」
「あ、ああ。御坂やインデックスと出会った時の記憶がある。当然、それ以前の記憶もだ」
「過去に戻ったことで再生された?いや、それでは私の状態は説明できないし…人間、他にはないのか?」
「んーと、多分だけど能力が使える」
「……は?」
オティヌスが今度こそ固まる。それはそうだろう。幻想殺しのせいで上条は能力開発はおろか、初歩的な魔術すら使えなかったのだから。
「俺もよく分かんないけど、演算?みたいなのができてるんだ」
「そんなわけ…いや、あり得るのか?しかし魔術的観点から見れば……」
「何か心当たりがあるのか?」
「ああ。魔術において『殺す』とは他者を喰らうことを指す。そして他者を喰らうとはその力を糧とすることだ。つまり──」
「──俺が殺してきた幻想、つまりは打ち消してきた能力や魔術を使うことができる?」
「仮説だがな」
「マジかよ……」
上条は戦慄する。その仮説が本当なら化物とかいうレベルではない。なにしろ彼はこれまでに幾多の戦場を駆け巡り、それこそ化物と呼ばれる者たちの能力や魔術を打ち消してきたのだ。
「おめでとう、人間。晴れて人外の仲間入りだな」
「何も嬉しくねえよ!」
「まあ、そう悲観するな。魔神の力を取り戻した私も大概だし、お前の不幸も何とかなるんじゃないか?」
「!?」
上条はオティヌスの言葉にはっとする。空間転移を使えば遅刻はしないし、反射すればものが落ちてきても大丈夫。
「この力を使えば、前回よりも上手くできる。救いきれなかったやつらを救えるはずだ」
「ふっ。お前はそう言うと思っていたよ。私もいるんだ。好きにすればいい」
「ああ!よし、まずは──」
『7月20日』
上条が魔術と交わるきっかけ。上条にとってのターニングポイント。
──魔術と科学が交わる時、物語は動き出す──