神聖ミリシアル帝国 港町カルトアルパス 帝国文化館
「しかし、ここは本当にとんでもない世界だな」
近藤は心底呆れた口調で嘆息した。
「全くです」
井上が力なく返す。
神聖ミリシアル帝国の港町、カルトアルパスで開催中の先進11ヵ国会議。
近藤と井上はこの会議のために派遣された日本の外交官だった。
会議は冒頭から荒れ模様だった。
エモール王国の代表が「古の魔法帝国」復活を告げると、会場が凍り付いた。
彼らの反応からしてよほどの一大事ではあるのだろうが、その魔法帝国とやらが一体何なのか、
近藤達にはさっぱり見当がつかず、反応のしようがなかった。
ましてや、その根拠が占いとあっては・・・
そんな会議を炎上させたのが、グラ・バルカス帝国の外交官シエリア。
彼女は過去の遺物を恐れる列強を嘲笑し、レベルが低いと断定したのだ。
会議は大荒れとなり、罵詈雑言が飛び交った。
正直、近藤にはシエリアの言い分が理解できないこともなかった。この時までは。
仮にも世界の列強が集まる会議で、魔法だの占いだのを持ち出すことが適切とは思えなかったし、
それを指摘すること自体は正当であると思えた。そのやり方には大いに問題があったが・・・
だが、シエリアはさらなる暴挙に出た。
グラ・バルカス帝国の第二文明圏への度重なる侵攻を非難された彼女は突如として、
他の10ヵ国に対し自国への服従を要求したのだ。
もはや事態は収拾不能だった。
シエリアは自国の要求を一方的に伝えると会場から退席し、
軍艦に乗ってカルトアルパスを去った。
何のことはない、彼女は最初から会議に「参加」するつもりなどなかったのだ。
単に10ヵ国への要求を伝える場として利用しただけだった。
「グラ・バルカス帝国については、本国でも警戒はしていた」
近藤が続ける。
第二文明圏や中央世界の国々と交流を深めるにつれ、グラ・バルカス帝国の情報も集まってきた。
極度の秘密主義で自国に関する情報を秘匿する一方、
海を隔てた文明圏外や第二文明圏に侵攻を繰り返し、
自国の支配下に置いていたことが判明した。
この世界では列強と言われる国をもいとも簡単に打ち破ったことから、
その軍事力が突出していることは疑いようがなかった。
また偵察衛星の打ち上げにより、さらに詳細な状況が明らかになった。
国土はムー大陸の北西に位置し、島国ではあるが面積は日本の5倍以上、
小大陸と言っても差し支えない広さを持っている。
そして衛星写真に写る建物や乗り物、街並み等の風景から、
文明レベルは第二次大戦当時の日本とほぼ同等と判断された。
強大な軍事力(この世界基準ではあるが)を有する好戦的な侵略国家。
それが日本のグラ・パルカス帝国に対する評価だった。
とはいえ、列強が一堂に会する場でよもや「宣戦布告」とは。
あまりにも斜め上過ぎて予測不能だった。
「単なるブラフであればまだいいが、彼女は間違いなく本気だった。
宣言通り実力行使に出るだろうな」
「やれやれ、パーパルディア皇国戦がやっと終わったというのにまた戦争ですか。
本当に勘弁して欲しいですね」
「まあ、日本とは距離がありすぎるから、直ちにどうということはないだろうが」
近藤の予測は甘すぎた。
グラ・バルガス帝国は「直ちに」動いたのだ。
それも日本が直接関わる最悪の形で。
◆◆◆
護衛艦「推古」 甲板
(噂には聞いていたが、あれはまさしく『大和』だったな・・・)
「推古」艦長の小野寺は、今しがたカルトアルパスを出港したグラ・バルカス帝国の超弩級戦艦
「グレードアトラスター」の姿を思い浮かべながら呟いた。
(文明がWW2レベルならありえなくはないが、それにしてもコピーしたかのように瓜二つだ。
政府はカルトアルパスに海保の巡視船を派遣する予定だったらしいが、
あんな化け物が相手では、いざという時ひとたまりもないだろう。
本艦を派遣したのはファインプレーだったな)
推古は、海上自衛隊所属の最新型護衛艦である。
旧世代の護衛艦「あたご」や「こんごう」より一回り大きいサイズを持つその艦は、
グレードアトラスターよりはやや小さい程度の、堂々たる威容を誇っていた。
(ただ、この世界では軍艦らしく見えないのが辛いところだが・・・)
推古の武装は対空・対艦・対地の誘導ミサイルに近接防御用のCIWS。
この世界のいかなる敵も殲滅できる超強力な代物であったが、
戦艦の主砲のような「わかりやすさ」がなく、
一見するとただの大型輸送船に見えなくもなかった。
グレードアトラスターも「日本の軍艦恐るるに足らず」と侮ったかもしれない。
(グレードアトラスターの主砲は確かに脅威だが、こいつに命中させるのは無理だろう。
万一食らってもよほどの至近距離じゃなければダメージは軽微だ)
旧来のいわゆるイージス艦の装甲は「紙のように薄い」と揶揄されるように、
対艦ミサイル一発で致命的な被害を被ったが、
推古の装甲は大幅に強化され「撃たれ強い」艦になっていた。
これは、軍艦同士の撃ち合いが絶えて久しかった前世界においても、テロリストの自爆攻撃や、
物量を頼みとする近隣国の飽和攻撃に対応する必要があったためである。
その代償として艦の重量が大幅に増加し、速力や機動性の低下が懸念されたが、
これを解決したのが、原子力推進機関の搭載だった。
そう、推古は「原子力ミサイル護衛艦」なのだ。
核アレルギーが極めて強い日本において、原子力船の導入は不可能なはずだった。
それを可能にしたのは、極東アジアにおける情勢の変化である。
近隣諸国の核による日本への脅しがエスカレートする一方、
アメリカ軍のプレゼンスは低下しつつあり、日本としては独力でこれに対処する必要に迫られた。
当初、日本は迎撃ミサイルの性能向上に力を注いだが、
それだけではどうにもならない事に気が付いた。
目と鼻の先からロフテッド軌道で撃たれるミサイルを、
百発百中で撃墜することなどそもそも不可能だし、
仮に百発百中で撃墜できたとしても、敵にとってみればミサイルが失われただけで、
自国が被害を受けるわけではない。それでいて一発でも命中すれば戦果は莫大。
いわばノーリスクハイリターンの全く割に合わない取引を日本は強いられることになるのだ。
攻撃してきた敵を迎撃するだけでなく、敵に攻撃を思いとどまらせるだけの報復能力がなければ、
脅威に対する抑止力にはなり得ない。日本はようやくこのことを理解した。
とはいえ、核兵器の保有はまだ内外のハードルが高かったため、日本は通常兵器の強化を選択した。
従来の「専守防衛」の枠組ではとうてい保有不可能な
「敵国を攻撃する兵器」を大量に開発・配備した。
海上自衛隊の艦艇に平仮名の命名を止め、歴代の帝の名を付すようになったのもこの時からだ。
推古はこうして生まれた艦だった。
(欲を言えば、開発中のレーザー光線砲が間に合っていればなお良かったんだが・・・
事実上無限の電力による無限の弾を有する砲、まあこれは無い物ねだりか)
小野寺は一人苦笑した。
そこへ副長が駆け足で近寄ってきた。
「艦長、こちらにおられたのですか」
「いや、少し潮風に当たりたくてな」
「監視中のグラ・バルガス帝国艦隊に不穏な動きがありました。CICまでお越しください」
「わかった。すぐ行く」
小野寺は表情を引き締め、CICに向かった。