帝国の終焉   作:獲ぬ鷹

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カルトアルパス沖海戦(1)

日本が神聖ミリシアル帝国に伝えた敵編隊接近の情報は、魔信により直ちに列強艦隊に伝わった。

憎むべきグラ・バルカス帝国への一番槍を争うかの如く、艦隊は我先に港を出ていく。

その数約50隻。数だけを見れば堂々たる大連合艦隊と言えなくもなかった。

 

さらに、神聖ミリシアル帝国の航空基地やムーの空母から戦闘機が、

その他列強の竜母からはワイバーンが、迎撃のため次々と飛び立っていく。

 

(壮観だな・・・)甲板に出た小野寺は、その光景を見ながら独りごちた。

 

(文明も技術レベルも全く異なる国の艦隊が、共通の敵を倒すために出撃する。

 こんな景色は過去にも、おそらくは未来にもないだろう)

 

海戦史に造詣の深い小野寺は、中でも帆船の戦列艦に強く心を惹かれていた。

非情の決断を下したものの、彼らの運命を思うと胸が痛くなった。

 

(スペイン無敵艦隊が英国海軍に敗北したアルマダの海戦。

 名将ネルソンがナポレオンの野望を挫いたトラファルガーの海戦。

 あの時代の主役達がタイムスリップしたかのようだ・・転移したのは我々の方だが。

 しかし、彼らを待ち受けるのは栄光ではない。鉄と火の暴力だ。

 戦場のロマンなど欠片もない凄惨な暴力・・彼らは間もなくこの世界から消滅するだろう。

 その最期を見届けるのもまた、後に残る我々の責務なのだ・・・)

 

滅びゆく者たちへの惜別の想いを胸に、小野寺はCICへと向かった。

 

 

 

「微速前進、艦隊のしんがりにつけて十分な距離を取れ。

 港から離れすぎないように注意しろ」

 

小野寺は推古の進路を航海長に指示する。

戦局全体を視界に入れ、かつ日本人外交官のいるカルトアルパスを守る意図があった。

 

「敵編隊、25km前方まで接近!間もなく迎撃部隊と接触します!」

 

隊員がごくりと唾を飲み込み、CICは最高度の緊張に包まれる。

小野寺は平静を装っていたが、額にうっすらと汗をかいていた。

 

 

 

グラ・バルカス帝国の攻撃部隊は、アンタレス型戦闘機、シリウス型爆撃機、

及びリゲル型雷撃機の3機種によって編成されていた。

敵の航空勢力を排除し、艦爆を成功に導くのがアンタレス戦闘機隊の役目だ。

その外観は旧帝国海軍の零戦に酷似していた。

 

一方、迎撃部隊の先鋒は二グラート連合のワイバーン部隊が務めた。

一騎当千の強者たる竜騎士とワイバーンロードの最強の組み合わせ。

彼らは勝利を確信し、必殺の導力火炎弾を見舞うべく敵機に向かった。

 

しかし、その射程距離のはるか遠方で、アンタレスの7.7mm機銃が火を噴いた。

竜騎士は蜂の巣にされ、体中の穴から血を勢いよく噴出して息絶える。

相棒のワイバーンロードもまた同じ運命を辿り、断末魔の悲鳴を上げながら海に墜ちていった。

 

「ワイバーン部隊、全滅!」

監視員の悲痛な叫びがCICに響き、小野寺は唇を噛みしめる。

 

(やはりワイバーンではどうにもならなかったか・・・

 次はミリシアルとムーの戦闘機か・・・数は多いが所詮は寄せ集めの混成部隊。

 あの零戦もどきにどこまでやれるか・・・)

 

小野寺の悪い予感は的中した。

最初に会敵したのは神聖ミリシアル帝国の戦闘機エルペシオ3だったが、

ジェット戦闘機とは思えぬ鈍足と、世界最強国らしからぬ乗員の練度の低さが災いし、

アンタレスに一太刀浴びせることもできず、あっという間に全滅した。

 

次はムーの主力戦闘機マリンが挑む。

数の優位を生かし、敵を包囲殲滅しようとするが、

アンタレスの圧倒的な優速に物を言わせた一撃離脱戦法についていけず、

戦果らしい戦果を挙げられずいたずらに犠牲を増やすばかりだった。

 

絶望的な戦況の中、唯一善戦していたのがエモール王国の風竜だった。

彼らは速度ではアンタレスにかなわないものの、

戦闘機には不可能なトリッキーな機動により、アンタレスとほぼ互角に渡り合った。

しかし、いかんせん数が少なすぎた。キルレートは1:1程度だったが、

数に勝るアンタレス隊に次第に押し潰され、彼らもまた空で散華した。

 

200機以上いた迎撃部隊は、数機の敵機撃墜の戦果と引き換えに全滅した。

 

 

 

CICが重苦しい沈黙に包まれた。

誰もが頭では理解していたつもりだったが、グラ・バルガス帝国と列強の力の差を、

ここまで圧倒的な形で見せつけられると、なんともやりきれない気分になった。

 

「しかし、ミリシアルもムーも弱すぎますな」副長が言った。

「列強でも最上位の国があのざまでは、グラ・バルガスの暴挙を止められる国は、

 この世界にはいないということですな。

 特にミリシアルは酷い。魔法に力を入れているようだから、

 何か秘密兵器があるのではと期待していたが、あっさり全滅とは。

 あれで世界最強を名乗るなど、冗談にも程がある」

 

「まあ、そう言うな」小野寺がたしなめる。

「平和な時代で安穏と過ごしていたミリシアルやムーと、WW2レベルの技術を持ち、

 戦争に明け暮れていたグラ・バルカスが戦えば、こうなるのはやむを得ない」

 

「このままでは列強艦隊が全滅するのも時間の問題と思われます。

 やはりその前に攻撃するべきではないでしょうか?」

 

「まだ本艦の脅威にはなっていない以上、個別的自衛権の行使は認められん」

 小野寺は副長の進言を退けて、続けた。

「だが、グラ・バルカスは侮れない敵だ。武器もさることながら兵の練度が高い。

 甘く見てると我々も血を流すことになる。

 本艦の被弾とカルトアルパスへの攻撃は絶対に防がねばならん」

 

間もなく始まるであろう戦闘を見据え、小野寺は表情を引き締めた。

 

 

 

「やれやれ、それにしても歯ごたえの無い連中だな」

アンタレス戦闘機隊の隊長は嘲るように呟いた。

「7.7mmだけで片が付くとはな。マグドラにいた連中もだが、ここには弱っちい奴しかいないな。

 これじゃせっかくの20mmが宝の持ち腐れ・・・ん?」

 

彼の眼下には列強艦隊の姿があったが、その多くは木造帆船だった。

 

「トカゲと複葉機の次は帆船か・・・あんな骨董品に爆弾はもったいないな・・・よし」

 

獰猛な笑みを浮かべながら、アンタレスは海面に向けて高度を下げた。僚機がそれに続く。

 

 

 

列強の戦列艦は、実用一辺倒の近代以降の艦とは異なり、様々な意匠が凝らされていた。

船体やマストに美しい装飾がなされたそれらの船は、芸術品ともいうべき輝きと存在感を放っていた。

しかし、まもなく訪れる近代文明の暴力の前には何の意味も持ちえなかった。

 

殺気を放ちながら接近するアンタレスに向け、戦列艦の水兵たちは一斉に矢を放った。

それは唯一の対空兵器であったが、圧倒的な高速のアンタレスに命中するはずもなく、

逆に20mm砲が重々しい発射音を響かせて彼らを襲った。

 

生身の人間にとって、20mm砲による機銃掃射の威力はあまりにも過大だった。

頭は西瓜割りの西瓜の如く吹き飛び、胴体は真っ二つになり、内臓や手足が宙を舞った。

甲板は血と人体のパーツで溢れた。

20mm砲の弾丸は装甲などないに等しい木造の船体を易々と貫通し、艦内にいる兵士のほとんどを殺した。

 

執拗な機銃掃射によって舷側や船底に空いた大穴から海水が侵入し、戦列艦はことごとく沈没した。

海面は血で赤く染まり、その匂いに引き寄せられた鮫による饗宴が始まった。

鮫は大量に浮かぶ望外の御馳走を貪り食い、食欲を存分に満たした。

 

 

 

同じ頃、神聖ミリシアル帝国とムーの艦隊はシリウス爆撃隊の猛攻に晒されていた。

旧帝国海軍の彗星に酷似したシリウス爆撃隊の先鋒は、獰猛なエンジン音を響かせ、

艦隊への急降下爆撃を敢行した。

 

これに対し両国の艦隊は直ちに対空戦闘態勢に入ったが、いかんせん対空火器が貧弱過ぎた。

神聖ミリシアル帝国はルーンアロー、ムーは対空機銃を装備していたが、

それらはこの世界の航空戦力たるワイバーンに対峙するためのもので、

実際はワイバーンにすら滅多に命中しない代物であった。

そんな火器で、猛速で急降下するシリウスを撃墜するのは土台無理な話だった。

 

シリウスは急降下しながら12.7mm砲で機銃掃射を行った。

これにより対空戦闘員のほとんどが死亡し、対空火器は沈黙した。

シリウス隊はノーリスクで艦隊の直上に接近し、悠々と250kg爆弾を投下した。

 

急降下爆撃の威力は絶大で、被弾を免れた艦はただの1隻もなかった。

真っ二つになって轟沈する艦や、艦橋に爆弾が直撃し艦長以下の要員が全員肉片になる艦が続出した。

そんな中でムーの旗艦ラ・カサミは、必死の回避操艦が功を奏し急所への直撃こそ免れたが、

機関部にダメージを受けて速度が大幅に低下し、主砲他の主要火器が使用不能となり、

ただ浮いているだけの状態になっていた。

 

 

 

「よし、雑魚共の船はあらかた片付いたな」

 

上空で、戦闘とも言えない一方的な殺戮の様子を見ていたシリウス隊隊長スバウルは、

次の敵を探すべく港の方向に目を向け、そこに異形な巨大船の姿を認めた。

 

「でかいな・・グレード・アトラスターにも引けを取らん・・あれが日本の船か」

 

スバウルはさらに目を凝らす。

 

「あれは軍艦なのか?武装がないようだが・・いや、機銃座らしきものがあるな・・・

 だが主砲も副砲もない、奴らはあんな貧弱な武器で戦うつもりなのか?」

 

彼は少し考えたのち、すぐに結論を出した。

 

「あれは軍艦ではなく輸送船か商船だ。日本の外交官を乗せて来たのだろう。

 機銃は海賊対策で、本格的な戦闘に耐える代物ではない。

 商船を攻撃するのは少し気が引けるが、悪く思うなよ。

 戦場に居座ってるお前たちが悪いんだ」

 

彼は同じく上空待機していた僚機に指示を出す。

 

「これよりあの日本船を攻撃する、全機続け!」

 

 

 

「シリウス型爆撃機20機、本艦に接近中!」

 

監視員の叫びに、小野寺は皆が待ちに待った指令を出す。

 

「これより個別的自衛権を発動する。CIWS起動!」

 

計6基のCIWS-近接防御火器システム―が起動する。

艦に迫り来る脅威を瞬時に識別しレーダーで追尾、射程圏内に入った目標を攻撃する。

一連の動作はAIによる完全自動制御。

それはまさしく「システム」であり、スバウルが速断したような単なる機銃ではなかった。

 

(やっと来たな、彗星もどきが。今度はお前たちが地獄を見る番だ)

 

小野寺は内心でほくそ笑みながら、近づく敵機を示すディスプレイの輝点を眺めていた。

 

 

 

スバウルは急降下の強烈なGに耐えながら、爆撃の成功を確信していた。

 

「ふん、奴らこっちに気付いてないのか、それともビビッて動けないのか。

 弾幕も張らず回避運動もしないとはな。おまけに的は馬鹿でかいときてる。

 外す方が難しいってもんだ。こんな楽な仕事はないぜ」

 

だか彼は知らなかった。CIWSは隊長機を含むシリウス20機を既にロックオンしていた。

彼が250kg爆弾の投下レバーに手を掛けた時、6基のCIWSが一斉に火を噴いた。

 

毎分4,000発の高速で発射された30mmバルカンファランクスの弾丸は、スバウルの上半身を吹き飛ばした。

彼はコックピットの中で苦痛を感じる時間もなく瞬時に絶命した。

ほぼ同時に機体が爆散し、血と人体の切れ端が混ざった汚い花火となって海面に堕ちていった。

 

CIWSは互いに自動連携し、撃ち漏らしも無駄撃ちもなく、

自身に割り当てられたターゲットを次々と撃墜していく。

射撃開始から数秒で、20機のシリウスは全て海の藻屑となった。

パイロットに離脱や脱出の暇は与えられず、全員がスバウルと同じ運命を辿った。

 

 

 

シリウス隊の惨劇を目の当たりにしたリゲル雷撃隊隊長は、慌てて指示を出した。

 

「注意しろ!敵の機銃は異常に命中率が高い!不用意に近づくとやられるぞ!」

 

彼の常識では、対空機銃とは弾幕によって敵に恐怖心を与え戦意を挫くための武器であり、

目標を狙って撃つものではなく、命中してもそれは偶然に過ぎなかった。

しかし、彼は日本船の機銃が百発百中でシリウス隊を殲滅するのをその目で確かに見た。

 

(これは我々の手に負える相手ではない。攻撃を中止し帰投すべきだ)

 

彼の理性がそう呟く。しかし、

 

(帝国軍人が敵と一戦も交えずに帰れるか!シリウス隊の仇を討て!)

 

彼の感情は声高に叫ぶ。結局、彼には感情に従う道しかなかった。

 

「二手に分かれて両舷側から攻撃する。飛行高度はできるだけ下げろ。距離1000で投雷!」

 

40機のリゲル隊が20機の編隊に分かれ、推古の左右から接近する。

必殺の800kg魚雷を腹に抱え、隊長の指示通り海面すれすれまで高度を下げた。

 

魚雷の命中確率を極大化し、自身の被弾確率を極小化する。それは正しい戦法だった。

一歩間違えば海面に激突しかねない低高度を一糸乱れず飛行する姿は、練度の高さを伺わせた。

 

しかし彼らは気づいていなかった。剣の達人がどれほど技を磨いても銃には敵わないように、

超音速のミサイルの飽和攻撃に対処するためのCIWSに対して、

レシプロ機が束になってかかろうとも、勝利の可能性は皆無だった。

 

リゲル隊が投雷距離に達するはるか手前で、CIWSの射撃が始まった。

十数秒後、リゲル隊の全機がシリウス隊の後を追った。

あえて違いを挙げれば、編隊の密度の高さと800kg魚雷の猛烈な誘爆が相まって、

銃撃ではなく僚機の爆発に巻き込まれて散華する機が多かったことぐらいだった。

 

 

 

列強との交戦を終えて上空待機していた、アンタレス隊の大多数とシリウス隊の半数は、

推古の砲火に晒されることなく、結果的に無事だった。

しかし爆撃隊の4分の3が瞬時に失われた光景は、彼らの戦意を喪失させるに十分過ぎた。

 

アンタレス隊の隊長機が叫んだ。

 

「攻撃中止!全機帰還!」

 

生き残りの編隊はカルトアルパスに背を向け、一目散に戦場を離脱した。

 

「あの化け物が自分達を逃がしてくれるだろうか」

 

彼らは湧き上がる恐怖心を必死に抑えつつ、母艦に向かって先を急いだ。

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