帝国の終焉   作:獲ぬ鷹

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カルトアルパス沖海戦(2)

戦艦「グレードアトラスター」 第一艦橋

 

 

「艦長、攻撃隊からの無線を傍受しました。

 ”日本国軍艦の対空砲火により部隊は壊滅。戦闘継続不可能。これより帰投する”以上です」

 

「具体的な被害状況は・・・いや、いい。」

 

「グレードアトラスター」艦長ラクスタルは、自ら双眼鏡を上空に向けた。

 その先には、空母機動部隊を目指して帰投する攻撃隊の姿があった。

 

「生き残りは・・50機と少々か。損耗は5割以上・・確かに壊滅と言わざるを得んな」

 

ため息をつくラクスタルに副長が問いかける。

 

「艦長、攻撃隊の中でも戦闘機の損耗は軽微なのに、

 艦爆が全滅に近い状態なのはどういうことでしょうか?」

 

「日本は航空戦力をカルトアルパスに派遣していない。つまりアンタレスが相手にしたのは、

 列強のワイバーンや前世代の複葉機だ。よほどの事がない限りまず負けようがない。

 しかし艦爆隊は日本の軍艦を攻撃し返り討ちにあった・・・そんなところだろう」

 

「そこが解せないのですが、なぜ日本は列強の航空戦力を支援しなかったのでしょうか?

 連中は共同戦線を張っているはずです。味方が一方的にやられるのを黙って見過ごすはずがない。

 艦爆隊を殲滅できるほどの武装があるならなおさらです」

 

「確かに妙だな」ラクスタルは頷いた。

「何らかの事情があるんだろうが、それは俺にもわからん」

 

「連中の対空砲は近接信管でしょうか?」

 

「それなら本艦の高角砲と同じだが、ワイバーンならいざ知らず航空部隊を殲滅するなど不可能だ。

 となると、連中は全く未知の兵器を持っていると考えるしかない」

 

ラクスタルは、カルトアルパス停泊中に見た推古の艦影を思い浮かべた。

大きさこそグレードアトラスターに引けを取らないものの、数基の機銃以外の砲がなく、

彼の常識ではおよそ軍艦とは呼べぬ代物だった。

 

「シエリア殿、日本の軍艦について何か情報は?」

 

グレードアトラスターには、11ヵ国会議で列強に「宣戦布告」した、

外交官シエリアが乗船していた。

彼女は第一艦橋で戦況を見守っていた。

 

「詳しいことは私も知らない。だが情報局の分析では、貧弱な武装しか持っておらず、

 我が軍の脅威になるものではないとしている」

 

「その貧弱な武装で攻撃隊が壊滅したわけですが」ラクスタルの声に微かな非難のトーンが混ざった。

「敵の戦力を過小評価していたのではないですか?」

 

「情報局の分析は正確だ」シエリアは傲然と反論した。

「確かに、日本の技術は部分的には我々を上回っているところがあるのは事実だ。

 しかし技術力と軍事力は必ずしもイコールではない。

 日本はこの世界の取るに足らない弱小国に対しても、融和外交に徹している。

 本当に強い国なら、そんな面倒なことはせず植民地化するはずだ。

 我々は世界中の国を敵に回して戦い、支配できるが、日本にはそんな力はない」

 

シエリアは一旦言葉を切り、睨め付けるように一同を見渡した。

 

「なるほど、日本の対空砲は命中率が高く、航空機に対しては脅威かもしれない。

 だが、それは戦艦を沈めるほどの威力があるのか?そうではあるまい。

 ならば、このグレードアトラスターの敵ではない。違うかね?」

 

(知った風な口をききやがって、この素人が)

 

ラクスタルは湧き上がる不快感を必死で抑え込んで答えた。

 

「シエリア殿、誤解なきようお願いするが、我々は日本に臆しているわけではありません。

 戦う以上は、全身全霊で敵に挑み打ち負かすのが軍人の任務です。

 たとえ敵が想定外に手強かったとしても」

 

これ以上の口出しは許さないという意思を込めて議論を打ち切り、航海長に確認した。

 

「カルトアルパス港までの距離は?」

 

「40000です」航海長が即答する。

 

「敵艦の配置が見えるか?」

 

「敵艦は・・手前に1隻、奥に1隻の計2隻。手前の1隻はムーのラ・カサミ級ですが、

 上部構造物がほとんど破壊され、至る所から黒煙が上がっています。

 奥の1隻は日本の船です。カルトアルパス港の入り口を塞ぐ形で停船しています」

 

「残りの船は攻撃隊が沈めたということだな。ラ・カサミも長くは持たんだろう。

 日本さえいなければ予定通り作戦を遂行できたんだがな」

 

作戦とは、カルトアルパスへの艦砲射撃だった。

 

もともと、グレードアトラスターは敵艦と交戦するために出撃したのではなかった。

攻撃隊が敵の航空戦力と艦隊を全て排除した後に、単艦でカルトアルパス港に突入し、

艦砲射撃で街を蹂躙、神聖ミリシアル帝国とその他列強を恐怖に陥れ、

グラ・バルガス帝国への服従を強いるというシナリオだった。

 

だが、そのシナリオは日本というイレギュラーのために変更を余儀なくされた。

カルトアルパスの守護神の如く港口に鎮座する日本の船を沈めない限り、作戦は完遂できない。

ラクスタルは決断した。

 

「艦回頭、主砲全門発射用意!目標は日本軍艦!」

 

満載排水量72,800tの巨艦がゆっくりと回頭する。

三連装の主砲塔3基が推古に向かって旋回し、砲身に仰角がかけられる。

 

(日本よ、攻撃隊の仇を討たせてもらうぞ)

 

 

 

「グレードアトラスター、距離40000で回頭!」

 

CICのディスプレイには、攻撃態勢に入った戦艦の姿が映し出されていた。

その姿を見ながら小野寺が呟く。

 

「ついに来るか、しかし40000はちと遠すぎるんじゃないか?」

 

「グレードアトラスターは、レーダー照準射撃が可能との情報があります。

 レーダーの精度は不明ですが、高精度ならあながち無理とは言えないかと」

 

「まあ、じきにわかる」

 

そのとき、グレードアトラスターの甲板が一面の炎と煙に覆われた。

それはあたかも、グレードアトラスター自身が爆発炎上したかのように見えた。

 

「敵艦、主砲全門発射!」

 

転移前の世界では、戦艦はとうに過去の遺物となっていた。

彼らは主砲の斉射を初めて目の当たりにした。

 

(これが46cm砲の斉射か・・・見事なものだ)

 

小野寺は自艦が標的となっているにもかかわらず、その迫力に心を奪われていた。

 

砲弾は推古の前後100m程の海面に着弾し、水柱が高々と上がった。

命中弾はもちろん至近弾もなかったが、照準の正確さを伺わせた。

 

「初っ端から夾叉とは敵もやるな。レーダーの性能はかなりのものだ。

 攻撃力は大和を上回っているようだな」

 

「艦長、感心している場合ではありません」副長がたしなめる。

「砲撃を喰らうことはないでしょうが、このままでは一方的に撃たれっ放しです」

 

「わかっているさ」小野寺は微笑して、通信員に命じた。

 

「司令部にこう打電しろ。

 ”我、敵の大和級戦艦と交戦中。武器使用の緩和を求める”」

 

 

 

「第一斉射で敵艦を夾叉!」

 

「よし、いいぞ」ラクスタルは満足そうに頷いて確認した。

「敵艦の動きは?」

 

「ありません。静止したままです」

 

「何?回避運動をしていないだと?」

 

ラクスタルは困惑した。主砲で夾叉されればどんな艦でも必死で回避するのが常だ。

艦長以下乗員の練度が低く効果的な回避運動を行えなかったとしても、

主砲の射程圏外に逃れるため、敵から遠ざかるくらいの知恵はあるはずだ。

それすら行わずその場に停まったままとは、自殺行為としか思えなかった。

 

「奴ら、砲撃ですっかりビビッてしまったようですね」副長が笑いながら言う。

「足がすくんで動けないんでしょう」

 

ラクスタルは答えずにじっと考え込む。

 

(そんな臆病な相手ではないはずだ。それなら攻撃隊が壊滅する筈がない。

 まさか、あの艦は46cm砲を喰らっても平気なのか?

 いや、いくら何でもそんな筈はない。とすると・・・)

 

そこでラクスタルの思考を中断させるかのように主砲発射の警告ブザーが鳴り、

二度目の斉射が行われた。

敵は夾叉されたにもかかわらず動いていない。今度は間違いなく命中弾が出るはずだった。

しかし・・・

 

「敵艦手前、距離2000で閃光!砲弾が命中前に爆発した模様!」

 

「爆発したのは何個だ?」

 

「2個です」

 

「残りはどうなった?」

 

「全て外れました」

 

ラクスタルは一瞬絶句し、それから大声で怒鳴るように指示を出した。

 

「第三斉射用意!敵は動かん、確実に照準を合わせて全弾命中させろ!」

 

(まさか・・・そんなことが・・・)

 

冷静沈着を旨とする彼にしては珍しく狼狽しながら、双眼鏡を推古のいる方向に向けた。

程なく第三斉射が始まった。

今度は5個の砲弾が命中コースに入っていたが、前回同様敵艦に命中することなく爆発した。

ラクスタルはその一部始終をはっきりと見ていた。

 

「撃ち方止め!」

 

ラクスタルが叫んだ。彼の顔面は蒼白となり額には冷汗が噴き出ていた。

 

「艦長、どうなさったのですか?」

 

「あの船は、主砲弾を機銃で迎撃できる。それも百発百中でだ」

 

「!」全員が驚愕の表情を浮かべる

 

「しかし、艦長」副長が信じられぬという口調で問う。

「グレードアトラスターの主砲弾は、敵艦突入時には音速を軽く超えます。

 肉眼で視認することすらできないのに、迎撃など不可能ではありませんか?」

 

「機銃座には兵士がいない。つまり迎撃するのは人間ではない。

 自艦の脅威となる砲弾を自動的に識別して自動的に迎撃する。

 目標を破壊すると迎撃は自動的に止まる。すべての動作が自動で行われるんだ。

 原理はわからんが、現に奴は無傷で迎撃成功率は100%だ」

 

「まさか、そんな武器が・・・」副長も絶句した。

 

「我が国は、とんでもない相手を敵に回してしまったようだな」

 

「まだ、方法はあります」副長は声を振り絞って進言する。

「敵に接近し至近距離で砲撃するのです。これなら迎撃は物理的に不可能。

 あの機銃を何発喰らっても本艦にとってはかすり傷。接近を阻むものはありません。

 奴が逃走すればそれはそれで良し。心おきなくカルトアルパスを火の海にできます」

 

「・・・」ラクスタルは沈黙した。

 

副長の意見は一理ある。確かに至近距離で砲撃すれば、敵に深手を負わせられるだろう。

 

(しかし、奴はそこまで接近させてくれるだろうか)

 

彼は敵艦のサイズを思い浮かべた。グレードアトラスターに引けを取らぬ巨躯を持ちながら、

武装が機銃だけということがあるだろうか。

 

(なにか武器を隠し持っているのではないか?我々の知らない武器を。

 だとすればうかつな接近は命取りになる・・・)

 

決断力に富む彼にしては珍しく逡巡し、方針を決められなかった。

その時、シエリアの声が第一艦橋に響いた。

 

「艦長、ここは攻撃を中止し撤退すべきだ」

 

その場の全員が、狂人を見る目でシエリアを凝視した。

 

「いったい、何を言っているのですか?」副長が顔を紅潮させて噛みつく。

「何の被害もなく弾薬も燃料も十分あるのに、撤退する馬鹿がどこの世界にいるか!

 敵前逃亡以外の何物でもない!」

 

シエリアは激怒する副長を真正面から見据えて言い放った。

 

「貴官は、このグレードアトラスターの重要性を全く理解していない。

 グレードアトラスターは、グラ・バルガス帝国の象徴であり力の源泉とも言うべき存在だ。

 この艦が万が一にも日本に沈められるようなことがあれば、我が国の威信は根底から失墜する。

 日本以外の列強も、グラ・バルカス帝国恐れるに足りずと俄然勢いづくだろう。

 そうなれば我が国の世界征服は夢物語となる。

 これはたかだか一戦闘の勝ち負けとは次元の異なる話なのだ」

 

「日本軍艦はグレードアトラスターの敵ではないと、あなた自身が言ったではないか!」

 

「それは情報局の敵戦力評価が正しい場合の話だ。

 ここまでの戦闘を見るに、彼らの評価は間違っていたと言わざるを得ない。

 日本の戦力は想定よりはるかに強大で、あの軍艦も機銃以外の強力な武器があると考えるべきだ。

 そんな相手に正面から決戦を挑むなど、愚か者のすることだ」

 

「お言葉ですが、シエリア殿」ここまで沈黙していたラクスタルが重い口を開く。

 

「あの船がそれほどの武器を持つならば、我々が撤退するのを黙って見過ごすとは思えませんが。

 なぜ撤退が可能だとお考えなのですか?」

 

「簡単な話だ」シエリアはニヤリと笑った。

「彼らは撤退する相手を攻撃できない。憲法で禁じられているからだ」

 

「は?」理解不能な一言に、さしものラクスタルも口をぽかんと開けて固まった。

 

「諸君には理解しがたいだろうが、日本には専守防衛を定める平和憲法がある」

 

「センシュボウエイ?ヘイワケンポウ?」

 

「敵から攻撃を受けた時に、自分の身を守るための反撃のみが許されるということだ。

 先制攻撃や、逃げる敵を追撃することは専守防衛に該当せず許されない。

 日本はこの平和憲法を遵守しなければならない。従って我々は悠々と撤退できるのだ」

 

「あなたの言うことが正しいとすると、我々は日本を一方的に殴りつけて、

 殴り返される前に逃げれば無傷で済む、ということになりますが。

 そんな間抜けな国がこの世に存在するとは、私には到底信じられない」

 

「存在するのだ。強大な力を持っているのに、平和憲法で自らの手足を縛り、

 身動きできなくなっている愚かで間抜けな国、それが日本だ」

 

「それは情報局の分析ですか?」

 

「そうだが、この件については外務省が裏を取っている。間違いのない情報だ」

 

シエリアは自信満々に続けた。

 

「こういう歪な国に対して、まともに戦いを挑むのは得策ではない。

 奴らが力を出せない状況に追い込んだ上で、じっくりと料理すべきだ。

 そのためには対日戦略を根本から見直す必要がある。

 我々に求められているのは、今日の戦いで得た情報を確実に持ち帰り上層部に伝えることだ」

 

「あなたの言いたいことはよくわかりました」ラクスタルはうんざりした表情で話を遮った。

 

「我々軍人は、目の前の敵を叩く見敵必殺の精神を叩き込まれている。

 だがそんな精神は国家戦略上邪魔だというなら、これ以上何も言うことはありません。

 軍人は政治に従わねばならない。あなたの意見を容れましょう」

 

ラクスタルは命令を下した。

 

「攻撃は中止だ。これより機動部隊と合流の上、本国に帰投する」

 

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