ぐだぐだMoiraアカデミア 作:冥府さん@がんばらない(古)
走る。
学校なんて今は知ったことではない、命さえ惜しくはない。だから走る。走っている最中に、ある男が立っていた。
「誰だ」
「やぁ、エレフセウス───私はサヴァンと呼ばれている者だ」
「何の用だ」
「いや……今キミが向かっても何の意味もないのだと、教えに来たのだよ」
「どういう意味だ。場合によってはお前を殺す」
「落ち着きなさい。キミと敵対する気はない───けれどね」
もう手遅れだと言っているんだ、とサヴァンは言った。
それの意味がわからぬほど子供ではない。エレフは、わかっている───わかっているけれど、その言葉を無視しようと歩く。サヴァンの横をすり抜けて歩いていく。
けれど、サヴァンの声は嫌に耳元で響いた。抜け出せないか。エレフは判断する。
最悪な状況ではないか?
と思うも、しかし兄の無事を祈らなければならない───あの少女いわく、兄は今敵襲を受けているらしい。その敵に敗れることはないと思うが、万が一、だ。万が一───あいつが冥府の遣いであるのなら、エレフに嘘はつくまい。
それはなんとなくわかった。エレフは自分が冥府に連なる存在であることを理解している。しているからこそ、その言葉を疑えない。
サヴァンの声は嫌にうざったい。まとわりついてくる。それを無視しようにも、いつまでも耳元で告げられる声に苛立ちを隠せず、思わず立ち止まってしまった。
「……何を知っている?」
「いや、なにも。強いて言うとすれば───キミに一つ忠告しておこう」
サヴァンは言う。
「キミはこの先、残酷な現実と出会うだろう。その時に抱いた思いを捨てず、キミはキミの地平線を目指して行くべきだ」
「……………………」
エレフは、なにも言わずに駆け出した。
そのさきに救いがないことはなんとなく理解していた。走り去ったその少年の影には、暗黒の闇がまとわりついていた。
柱の影で、ある少年がじっとその姿を見ていたのだった。
告白しよう。実のところ、死にたがっていた。
父親は死に、母親も亡くなり、兄を討つべき定めであると知った時、自分は生きることを諦めたといってもよかった。復讐の為に始めたヒーロー活動。それも、実のところ、運命の前に死ぬことを望んでいた。
けれどそんな姿を弟達には見せたくはなかった。だからこそ、生きてもいたかった。
朝と夜の狭間で存在していたかった。
一閃一閃が人には見えざる領域。幾つもの剣閃を重ねたような、重厚な斬撃。それらを槍で正面から打ち破っていく。一合毎に相手は電撃を喰らい、こちらは剛力に腕が痺れる。
蠍の針はその側面まで鋭く、斬撃は容易にこちらの命を落とすだろう。
そして油断すればその常槍の刺突が的確に隙を穿ってくる。誘い込みすら全て読まれ、拮抗状態を崩すことはできない。
なるほど、技巧者だ。巧いし、卓越したセンス。そんなものをどこで身につけたのか───それは全くわからない。けれど、わかるのは、
このままであれば負けるのは自分だ。
どういうことか、相手の体力は無尽蔵にも思えるほどある。
だからこそ、精彩を欠かない。尋常ではない集中力でわずかな隙さえ穿ってくる。
一体どれだけの戦闘センス。
一体どれだけの戦闘経験を経たのか───まるでわからない。
「何故だ……! 何故貴方は……!」
「……貴様に」
彼は、ゆっくりと口を開いた。
「───貴様に、わかるまい」
その瞳はどこまでも昏く、闇そのものともいえるほどの残酷を背負っている。
「貴様は恵まれた。私は恵まれなかった。だから殺す。恨みを、呪いを、全て貴様ら一族を根絶やしにするまで持ち続ける」
「何故そんな哀しい生き方をする! 貴方なら、真っ当にその手で栄光を掴み取れたはずだ! なぁ、そうではないか!?」
レオンティウスは吼えた。
獅子のように。絶叫する。
「スコルピオス兄さん───!」
「私を兄と呼ぶな」
その叫びすら、彼は切り捨てる。
それはまるで自分の親を斬り殺した時のように、残酷なまでに声を聞き入れなかった。
「今は貴様の兄ではない。貴様の敵だ」
「………………………………」
槍を握りしめた。対応するように、スコルピオスもその手に持つ槍を強く握りしめる。
そしてレオンティウスは踏み込んだ───その踏み込みに合わせ、
スコルピオスが槍を捨てる。
(───!?)
一瞬、その意図を読み取れなかった。だがすぐに気づく。これは誘われた、と。
元々決めてあったのだろう。肉薄された時の対応として。
不味い、回避は間に合わない。その思考で、回避することを諦め、致命傷を避けることにする。
「レオンティウスさぁぁあああああああん───!!」
この声はオリオンのものか。
左肩をばっさりと斬られ、その刃が肋骨で止まっている刃。それが齎す痛みの中、酷く冷静にレオンティウスは考えた。
直後、スコルピオスとレオンティウスを引き剥がす矢が天より降り注いだ。
見事にスコルピオスに吸い込まれる矢。その全ては剣の一振りで払われ、彼の瞳はオリオンに定められる。
「小雨がちらちらと、煩わしい」
スコルピオスがレオンティウスに手を翳した───その瞬間、レオンティウスが呻く。
そしてその場に崩れ落ちた。
「───なぁ、貴様ァ!!」
「……なるほど、
スコルピオスはレオンティウスの槍を拾う。
漠然とした災厄の予感に駆られ、オリオンが星の息吹を纏った矢を放った。
スコルピオスは不敵に笑う。
「───ならば見せてやる。これが、貴様等が讃える雷神の力だ───!」
閃光が世界を満たした。
天へと立ち昇る雷はまさに雷神。
規模は増していき、スコルピオスの間近に倒れていたレオンティウスの姿を飲み込み、更にアルカディオスの本拠地である神殿が乖離する。
放たれれば街すら飲み込むであろう閃光。
オリオンはその頬に冷や汗を走らせる。
確実に死ぬ、という予感。レオンティウスの生死などこれでは明らかではないか。
此れが、雷神の本気。
味方であれば心強いが、敵が振るえば恐ろしい───
星の息吹など容易に飲み込まれ、霧散する。彼の最大威力の、一点バーストの奥義。
それで為す術もないのだから、どれだけ雷神という存在が驚異なのかが理解できる───
(って、まて)
待て。
あんまりに強大すぎる威力に掻き消されてしまったが、待て。
どういうことだ、それは。そんなことができる個性だとでもいうのか。それはまさにヒーローという存在の天敵ではないのか。
そんな思考を掻き消すように、
───その閃光が、
まず、その雷は遠くからでも目視できるほどの規模であったこと。
まず、その男が黒の予言書を盗んだ犯人を追ってこの街に来ていたこと。
まず、オリオンが死を覚悟しながら、その雷に対し真っ当から最終奥義を放つという奮闘によりわずかながら雷の威力が鈍ったこと。
それにより、『最強の』男が戦闘へと参入した。
雷が全て薙ぎ払い、砂埃が一面を占める中。
スコルピオスは生き物の気配に───濃密な強者の気配に、槍を握ったまま足を動かせないでいた。
「……貴様等。許さんぞ」
空間を揺るがすほどの声。
砂埃が爆発するように
そこには───
「私が来た」
気絶したオリオンと、全身が火傷し凄惨な姿となっているレオンティウスを抱えた『最強』、オールマイトが立っていた。
「…………………………」
「来いよ、ヴィラン君。宣言しておこうか」
指を立てる。筋肉の盛り上がりにより、それにすら耐えうるはずのヒーローコスチュームが悲鳴をあげる。
堂々と立つ最強は、その男に告げた。
「一撃で貴様を倒す」
「……おもしろい。やってみろ」
スコルピオスが雷を放った。
最速にして最大。
超速の必殺。
並の人間を、一撃で焦がして殺せる威力。
それをオールマイトは拳の一振りで受けた。
あっさりと霧散するその雷。それを見て、スコルピオスの全身が総毛立つ。
「行くぜ」
オールマイトが拳を握った。阻止しなければ! 衝動に駆られ、雷の砲撃を放つ。
「Smash」
───が、無意味。
ただの拳圧が多くの破壊を生みながら、道中にあった雷を消し飛ばしスコルピオスの身体を打ち付ける。
───まるで、生身で核を受けたかのような衝撃。
人間兵器とさえ言われるNO1ヒーロー・オールマイトの───これが、真の実力。
一撃もまともに拳を貰わぬまま、スコルピオスは膝をついた。
「…………なるほど。貴様にはどうやっても叶わぬようだ。───撤退する」
「待てよ、逃がすと思って───!?」
追従しようとしたオールマイトを、吹き飛ばした影。
その姿は見覚えのあるもの。
とても因縁深い相手の姿だった。
「───オール・フォー・ワン……!」
「……………………」
言葉にオール・フォー・ワンは無言で返す。
その姿がかき消えた───転移系の個性だろう。
これでは追えない。オールマイトは追撃を諦め、後ろを振り向いた。
「……レオンティウス君……死ぬんじゃないぞ……!」
とうに死に体。
あるいは、もはや死んでいるのではないかと思うほどの状態。
オールマイトはケータイで救急車を呼んだ。
応急処置に、安全な場所に匿われていた医療班が駆けつける。
完璧ともいえるほどの応急処置を施すことはできた───病院で受ける適切な治療と同じ程度に。
けれど、深刻すぎる怪我。
全身の火傷、皮はべろりと垂れ下がり、まるで羽ができたかのように見える。呼吸器も雷に焼かれ、今は息をすることすら辛いはずだ。無理やり肺に酸素を転送し、二酸化炭素を転移させ排出しているが、肺もかなり焼けている。肉は焼け、溶け、骨が見えるところまで存在する。油はぱちりと跳ねるほどまで熱されてしまっている。髪もやけ、ちりぢりだ。
一刻を争う事態。
───そこに、ある少年が駆け込んできた。
「──────」
「……君は───……エレフ君、だったか」
「───」
足取りはゆっくりと。
ゆっくり、ゆっくり、レオンティウスに近づいていく。
足元に落ちていた、彼の象徴の一つであるマントを拾い上げ、それが完全に兄の物であると理解して。
「……あ」
エレフは、吼えた。
「───ぁああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁあああああああぁぁあああァァああああああああああああああぁ───ッ!!」
───地に崩れ落ちる。
少年は無力を怨むまま、その手で神が生み出した大地を叩きつけた。
……しかしこのまま残酷に終わられても、誰も納得できないだろう。
ワタシは現在起こり行く出来事の、本来在るべき形を【否定】してみた。これが一番幸せな世界に辿り着ける路であるのかは定かではない。しかし、少なくとも『やらないよりはマシな結末になるだろう』と判断する。
……さて、箱の中の猫は、生きているのか? 死んでいるのか? 其れでは、檻の中を覗いてみよう───