ぐだぐだMoiraアカデミア   作:冥府さん@がんばらない(古)

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運命は残酷だロクなもんじゃねぇ by元軍人

 ギターを掻き鳴らす。彼にとって、音色こそが人生の全て。彼の一生は音楽とともにあると言っても過言ではなかった。だからこそ鳴らす。

 

 鳴らす。

 

 それが彼だから。音楽というものが、彼そのものだから。まるで傍迷惑も考えずに上を下へとしとど晴天大迷惑。

 

 ただ一時の感情を吐き出すように肥溜めで叫んだ。彼にとって、自分の身体は音を生み出すための装置にすぎないような気分が渦巻いていた。一種のトランス状態だろうか? 定かではない。しかし、彼にとってはその音色こそが今全てであることは確実にたしかだった。

 

「おい」

 

 だから、言葉は彼にとって目障りな音だった。演奏を中断し、彼は音を排除しようと動く。

 

「誰だテメェ」

 

「あ? なんだその言い草。嘗めてんのか混ざりもんが。殺すぞ」

 

 と、その言葉が聞こえた瞬間、彼は───ノエルは、手に持っていたギターで絡んできた男の頭を殴った。

 

 ふらりとし、そのまま誰も整理しようとしない荒れたゴミ山の中に男は倒れる。それを見て、しかしノエルは手を休めない。

 

 無言で彼は男を殴りつけた。男が意識を失っていると知り、それでも殴った。ただただ音が鳴らないようにしようと殴った。

 

 そも、こんなゴミ山にまで顔を出す人間がまともなやつなわけがない。ノエルは全く躊躇なく男を殴り続け、顔の形が変形するほど殴り、腕を上げるのに疲れたのかゆっくりと動きを止めた。

 

 満たされない。

 

 世の中に蔓延るゴミの一つだ。こいつにはそれがお似合いだろう。ノエルは男から視線を外す。ギターを手に取った。そして、もう二度と男のほうは見なかった。

 

 

 

 

 彼女はそれを見ている。

 

 ある女が赤子を捨てた。それを老婆が拾い、育てた。そして赤子は女になった。女は何れ子を為し、そして裏切りの代価に楽園と奈落を巡る物語は幕を開く。

 

 彼女はそれを見ている。

 

 遠い昔。思い出さないほうが幸せな記憶の流れこむ場所。

 

 彼女はそれを見ている。

 

 無限に押し寄せる記憶の濁流の中、一人だけ静かに佇む影はおぞましいまでの綺麗さを思い出させる。

 

 彼女がいつからここにいたのか。ずっとなにをしていたのか。それは定かではない。少なくとも、ここが記憶の水底であることは確実だった。

 

「───この記憶」

 

 少女は小さく口を開く。金の細やかな髪がゆらり舞った。流れはワンピースをべちゃり濡らして、彼女の小さな肢体にまとわりつく。肌色が透けていた。

 

「これも喪失のカタチなのかしら……?」

 

 彼女は見ている。

 

 彼女は見ている。

 

 見ている。

 

 

 

 

 遠く進んでいる船に、彼と彼女は乗っていた。

 

 杖をついてでなければ歩けない不自由な足だが、足は彼女が補ってくれている。だからこそ、彼は怖くはなかった。

 

「ウィリアム! 風が素敵よ!」

 

「おーう……船は、あんまり得意じゃねぇ」

 

「楽しまなきゃ損よ! ほら立って、一緒なら怖くないでしょ!」

 

「いや、いつこの船に病の魔の手がやってくるかわからんぞ。あんまりはしゃぎすぎるのはよくない」

 

 などと言っているが実は自分の愛する妻に誘われてとてもテンション上がってる。

 

 それを彼女も察しているのか、無理やり彼の手をとって引っ張り上げた。

 

「行きましょ!」

 

「……おう」

 

 ゆっくりと、ゆっくりと歩いていく。

 

 それが彼と彼女の距離感というものだった。

 

「ファーティ見て!星があんなに綺麗よ!」

 

「ははは娘よ。無理やり話を逸らそうとしても無駄だ。何故君の胸はそんなに貧相なのか、しっかり君の口から聞こうじゃないか。どれ。教え給え。腹よりも胸に栄養を回したほうが良かっただろう」

 

「それセクハラって言うのよ! 私知ってるから!」

 

「くそ……セクハラという概念は万国共通か……低能だと見くびっていた……」

 

「娘にまで低能だなんて! 酷いわよそれは」

 

「急にマジトーンになるな」

 

 やべー会話してるやつらがいる。

 

 なんてことを思いながら、実は既に慣れてきた甲板の上を歩く。

 

 揺れる波間を見ていると吸い込まれそうになる。焦がれるようにそこへと進みそうになる。そのたび、彼女───ディアナは、彼の身体を引き止めた。

 

「クソ……日本にはまだ着かねぇのか」

 

「そう焦ることでもないわ。逆に、この船の上でのんびりしているのもいいと思わない?」

 

「レニーだけ一人向こうだ」

 

「あら? なんだかんだ、あなたもあのこを心配しているんじゃない」

 

「心配しない親がいるのか?」

 

「すぐあそこに」

 

 そう言われて指された方向を見ると娘にセクハラを決行した父親の姿があった。見なかったことにした。

 

 船はゆっくりと進んでいく───。

 

 その異変に気づいたのは、すでに手遅れともとれる状況にあってだった。

 

 だん、と板を踏む音が聞こえる。彼がそれに反応し、顔を向けると二人の男がそこにはいた。男の片方は、顔の表面に当たる場所が存在しない。もう片方の男は、髭を蓄えている、荒んだ瞳の男だった。

 

「……なんだ、あれ」

 

 男はそれを、胡乱な目で見ていた。彼は何分クールを装う癖がある。そして過激派だ。頭の中での区別がはっきりしている。だから、二人の謎の男を興味のないものとして片付けてしまっている。

 

「どうでもいい。どうせロクなもんじゃねぇだろ」

 

 そう片付けて、彼はまた、波間を眺めることに移った。

 

 その瞬間、彼のいた場所が不自然に爆発する。

 

 煙が巻き起こり、割れた板の破片は飛び散り、近くにいた乗客に襲いかかった。悲鳴があがる。それは爆発地点に彼がいることを、周囲は理解していたからである。出来上がる凄惨な光景を想像し、人々は皆口を噤んだ。

 

 しかし、煙が晴れたとき、想像のように残酷な景色はそこにはなかった。

 

 多少煤けているが、それでもなお傷一つない男の姿がそこにはあった。

 

「痛えな」

 

 骨組みの上に直接立っているから、足場が不安定なことこのうえない。しかし、今まで生きてきていろいろあったのだ。この程度、全く問題もない。

 

 彼は基本、物事をきっちり仕分ける。それはどんな情事にあっても変わらない。彼は全ての区別をしっかりとつけている。

 

 だからこそ、当事者となったさいに、彼はどこまでも冷静に判断するのだ。

 

「くたばれクソが」

 

 彼はいつの間にか手にしていた()()の先を向けて、宣言した。

 

「こちとら戦争経験者だぞ。障害者と思って嘗めてんじゃねぇ」

 

 

 

 

「お客さん……お客さん!」

 

 と、呼ぶ声がして青年は目を覚ました。

 

 紫色の瞳が、呼びかけた男の姿を射止める。その視線にたじろぐ男だったが、しかしいざ意を決して言葉を続けた。

 

「そろそろ時間ですぜ。さっさ出てってもらわねぇと、こっちが困っちまう」

 

「……ああ、済まないな。すぐに出る。少し待ってくれ」

 

 男は、青年がごそごそと動き始めたのを見て、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

 冷や汗が止まらない。それだけ、この青年を相手するということはリスクを伴っている。単純に、怖いのだ。

 

 それは本能によるもの。単純に、死を恐れる生物として原始的な欲求。

 

「お客さん、ところで、これからどこに向かうので?」

 

「そうだな……あてはない」

 

「と、いいますと?」

 

「ただの旅人なんだ。その日暮らしも適当に決めている」

 

 大嘘を、と男は思った。

 

 この青年の意志一つで、男は死ぬ。だからこそ、どこまでもご機嫌を取りつつ、そして自分に有利な状況に誘導するのだ。

 

 逸るな。逸るな。そう言い聞かせ、自らの心臓の脈動すら完璧に制御して(主観)、彼は自らの役目を演じきった。

 

 青年が部屋から出ていく。それを見送って、役割は終わりだ。

 

「ああ、ところで」

 

 と、そこで青年は言った。

 

「私は殺意に関するものならば全て感知することができる。殺意に取り囲まれると、逆にやりやすい」

 

 男の背筋が凍る。

 

「……貴様、全く隠せていないぞ。何を企んでいたのかは知らないが───冥府で懺悔するといい」

 

 彼の言葉をきっかけに、男は死んだ。

 

 まるであっさり、それほどあっさり、簡潔に、一瞬で息絶えた。

 

「……………………」

 

 崩れ落ちた男の姿を一瞥し、彼は部屋の外へと出ていった。

 

 わずかに黒く染まった髪を、一撫でで白く戻し、彼は歩き出した。

 

 ただ殺意と憎悪に衝き動かされるままに。

 

 

 

 

 いつか死ぬのであれば早いほうがいい。きっとそれが一番いい。少女は、抱え込んだ兄をじっと見つめながらもそう思った。

 

 そう、これは救いなのだ。

 

 運命が生命を運んでゆくのならば、そんなものに生命が左右されてしまうのならば、せめて愛しいこの手でその生命を摘み取ってしまいたかった。それが少女にとっての救いだった。

 

 けれど。

 

『───……』

 

 彼女は小さく言葉を紡いだ。それがなんだったのか、男には理解できなかった。しかし特段意味のある言葉ではないだろうと思った。

 

 今でも言葉がちらついている。脳裏に焼き付いて離れない。それは呪いのようだった。耐えない頭痛の素になっている。

 

『箱庭を騙る檻の中で───』

 

「……余計な感傷だ」

 

 鮮烈に焼き付いた記憶を排除する。

 

 頭痛はわずかに収まった。

 

 ただ、代わりに喪ったはずの場所が虚しく疼く。

 

「……余計な感傷だ」

 

「そうか。君はそうやって、自らを騙しているんだね」

 

 ふと言葉が響いた。ありえない。彼はすぐに振り向いた。そこには───一人の男が立っている。

 

「……誰だ、お前」

 

「おや、こんな施設にいるくせに、僕のことは知らないのか。これはこれは……ふふふ。面白い。けれどその歪な在り方は好ましい。どうだい? 僕の下で動くつもりはないかい?」

 

「悪いが、使命があるからな」

 

「おや、断られてしまった」

 

 そう言って、男は彼に歩み寄る。彼は男を無視して檻の中に視線を定めた。

 

「君は何故こんなことをしているのかな」

 

「語る意味はない」

 

「この行為に意味はないのか。なるほど。ただ惰性で続けているだけなんだね」

 

「肯定はしない」

 

「ふむ? つまり間違いってことかい? ああ、じゃあこういうことか。意味はある、しかしそれも最早喪失した」

 

「否定しない」

 

「君の扱い方がわかってきたよ」

 

 そう言って、男はくくく、と笑った。

 

 しかしその通り。この行為に意味はあった。あったが、それも喪失してしまった。だから───今のこれは惰性で続けているだけなのだ。

 

「自らに似た境遇の人間を無為に作成。この箱庭に閉じ込め、自らと同じように洗脳し飼育する。そうして起こった出来事を君は症例に分けて管理する。今回のケースは十二番。過剰投影型依存に於ける袋小路の模型(モデル)。君は、君の起こり得た可能性を知りたいんだね。しかし無意味だと僕は思う」

 

「何故だ」

 

「いくら同じように育てたところで過去は戻らないんだからね」

 

「そのとおりだ」

 

「君はこの光景を見ているだけで満足かい?」

 

「不満だ。俺の喪った()は還ってこない」

 

「ならば何故まだここにいるのかな」

 

「意味などない。先に言ったろう。惰性だ」

 

「ふぅん───」

 

 彼は視線を監視鏡の向こうに戻した。そこにあったのは、仮面の男が少女の後ろに立っている光景。

 

 これは今までのどの症例とも違う、全く新しい結末だ。彼の視線は、自然に縫い留められる。

 

 男は亡霊のように突然現れ、突然去っていった。これは一体───()()()()()()()。未知に惹かれる感覚。道に轢かれる感覚。既知に狂えぬ感覚。未知に震える感覚。

 

 どれもが彼にとっては全く新しいものだった。

 

「あれは───」

 

 彼は、新しい可能性を見た。それが彼にとっての結末だった。実験に使った少女(ソロル)はもう不要だ。廃棄しよう、と彼はボタンに手を掛けた。

 

 しかし、思い留まる。あれは彼にあったかもしれない結末だ。ならば、あれは自分自身とも言えるのではないか?

 

 彼は彼女に自らを重ねた。これが一つの幸福の形であるというのは確実だった。しかし、監視の中、ゆっくりと起き上がる、死んだはずの青年(フラーテル)を見て、これがひょっとすると、自らに起こり得たハッピーエンドの形なのかもしれない、と思った。

 

「これは───!」

 

 結局、彼はボタンを押せなかった。彼は施設を飛び出した。追いかけたい。彼は行く。そこに楽園があったのだ、と一つの狂気に衝き動かされるように。

 

 ───嗚呼、そのパレードは何処までも続いてゆく───

 

 

 

 

「失敗、か」

 

 取り残された男───顔のない男は、ゆっくりと息を吐き出した。

 

「けれどまぁ、収穫はあった」

 

 彼は施設の奥、隠されていた場所へとたどり着く。

 

(フラーテル)(ソロル)。彼らは監視卿(Watcher)と、その相手の複製だ。ふふふ───ここを確保することで、僕は新しい境地にたどり着く」

 

 男は、自らの腕を引きちぎった。そして装置にそれをセットする。

 

「これでよし」

 

 千切れた腕から、新しい腕が生えてくる。それがどれだけ奇妙な光景か、わからない者はいないだろう。

 

 装置が動作する。

 

「これで僕は───永遠だ」

 

 瞬間的に製造されていく彼と全く同じ遺伝子、彼と全く同じ個性を持った怪物達。

 

「今までの脳無とは全くの別物だ。これが僕の代わりになる」

 

 彼のクローン達は生まれ落ちる。顔は彼とはまったく違う。人間の顔をした姿がある。

 

「おはよう、僕達」

 

 ───その数は、飛躍的に増えていく。

 

 

「僕達の名は、オール・フォー・ワン」

 

 

 ───それは、かつて世界を混沌に導いた、悪の帝王。

 

 故に、それはまるで悪夢のような光景だった。




 忙しい期間をようやっと抜けたのでようやっとの投稿です。8月くらいにまた忙しい時期に突入するので結構作品長くなりそうだなぁって。

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