ぐだぐだMoiraアカデミア 作:冥府さん@がんばらない(古)
負けられない、と思った。
ここで負けたら、今までの努力が水の泡だと思った。だから負けられなかった。しかしそれは相手も同じだろう。だから、そう、これは意地と意地のぶつかりあい。
自分の人生は嘘ばかりだ。それも当然だ。彼は思う。弟がいる、なんて言ったけれど、いや、それ自体は事実だが、弟は家出なんてしていない。
虐待に次ぐ虐待。それを見て見ぬ振りをした。だから、恨まれても仕方ないと思った。
盗賊のようにしかなれない生き様をしておいて、自分が今更誰かを助けられるはずがあるわけもない。だけど。
今も弟がどこかで生きていて、世界を呪っているのなら。
あるいは、誰も救えなかった自分が、弟に似た人間を救えるかもしれない。
だから。
───この勝負、相手には悪いが負けられない。
イヴェールはそう思った。
選手入場のコールに合わせ、二人が入ってくる。舞台の上に立ち、いざ勝負───合図があるまで待つ。
「……一つ聞かせてくれ」
「なんだ?」
「エレフ───お前は、この舞台にどんな思いを賭けている?」
「思い……思いかぁ……」
少し、考える。
ミーシャが応援したから、それだけの理由で最初は戦っていた。けれど、せっかくできた友人が踏み台になってまでお膳立てしてくれたのだ。
それを考えると、
「やっぱり……俺が兄さんの代わりになるヒーローになるためかな」
「……そういえば、レオンティウスはお前の兄か。……なるほど……なるほど。俺なんかよりよっぽどいい理由じゃねぇか。……でも、悪いな───この勝負、負けられねぇ」
どういう意味か。
それを問う前に、
『第一試合───エレフセウス対イヴェール・
合図がなった。
試合のルールは単純。
セットされた舞台の上から落ちる、もしくは戦闘不能と判断されたほうの負け。
それ以外、なんの禁止もないガチバトル。
「
イヴェールが唱えた。
直後、
「───よだかの星」
対するエレフは、その夜鷹を全て回避し、追尾してこようとするそれをすべて蹴りだけで叩き落とした。
「……ちっ、個性がわかんねぇ」
「逆にお前のほうは結構手が割れてるからな……わりぃが、全力で勝たせてもらう」
「ああ、こいよ。勝つのは俺だけどな!」
イヴェールは手をかざす。そして言葉を唱えた。
「
「───」
エレフは。
なんとなく、嫌な予感がした。
そのなんとなくに従い後ろに飛んだ。
「折り合わさって死んだ十三人の少年達。少女が描き続ける幻想。幻想はやがて現実を獲て、幻創となる。檻に囚われ続ける少年の、終わり続ける物語は───続く」
まずい、まずい、まずい、まずい。
まるでとんでもないものがあの場所に顕現するかのような直感。
失敗した。詠唱の間に多少無茶してでも仕留めにいくべきだった。
「
その詠唱、直後に、生と死を廻る物語の再始が始まった。
「うわぁぁぁぁあああ───! 僕のトラウマぁぁぁぁああああ───!」
「ムシュー、少し落ち着いてください」
「というかムシュー、実は盗賊ムシューお気に入りですか? よくテレビ見てますよね」
「あー、うん。
「……何を言っていますの?」
「ん? じゃあ説明しようか。この地平線で、物語の紹介ができるのは僕だけだろうしね」
イヴェールは続ける。
「第一の地平線、歴史を廻る物語。第二の地平線、死を廻る物語。第三の地平線、記憶を廻る物語。第四の地平線、楽園を廻る地平線。第五の地平線、僕達が繋がる物語。第六の地平線、神話を廻る物語。第七の地平線、童話にまつわる物語。第九の地平線、これ迄の地平線にまつわる物語」
「……ええ。それは知っていますの」
「でもムシュー、別の物語に閉じ込められるとは?」
「まま、そのとおりさ」
イヴェールは。
イヴェール・ローラン───生にも死にも傾かない、屋根裏にたどり着かないように物語を廻る少年は、だからこそわかる結論をゆっくりまとめていく。
彼は世界の円環が違っていることに気づいていたから。
「そもそも僕達は《地平線を駆け巡る移動王国》の陛下の身体を借りたときしか、互いの地平線同士で交流できない。だけどね、この世界ではそんなことが関係ないように、皆隣人のようだ……あそこのエレフ君も、そう。否定された歴史ではそんなこともなく、唯一交流が可能だったかな。けれど、それは通常の地平線ではありえないんだ」
「……………………」
「僕達が出会えないのは一重に時代の問題もあったんだけれど……それは重要ではない。問題は僕達がこの地平線で、出会うことができた事実だ」
「…………と、言いますと?」
「僕達は陛下を介して他の地平線にアクセスしてるんだよ。だけどそれがない……だからこそ、この地平は異端であり、決して出逢わざる物語同士が癒着してるからわけのわからないことになっている。だから───僕は、ここを便宜上、第nの地平線と呼ぶことにした」
「……………………」
「この第nの地平線は……どういうわけか、たくさんの厄介事を抱えてる。どうしようもない。考えてみてくれ。この世界が、いくつもの地平線の要素を引き込んで或るとするのなら」
「……はい」
「この地平には───少なくとも黒の予言書、死の根源、記憶の水底、楽園と奈落、呪われし宝石、冥府、黒き死、屋根裏堂───どれもがあるとするんだよ? 冗談じゃない。どう考えても地獄だ。ひょっとしたら聖戦すらあるかもしれないし、ハロウィンもあるかもしれない。……そう考えたら、この地平は大変だ。少なからず世界は滅びるだろう。そういう要素ばっかりだ。そもそも黒の予言書が存在してる時点でどうしようもない気もするけどね……二人とも。これを見終わったら出よう」
「……え……ムシュー、何故ですの?」
「僕達も動く必要があるってことさ───少なくとも、エレフセウスには気をつけないといけない。それはサヴァンに任せるから、ある程度安心はできるけれど。それでも」
イヴェールは、テレビに映るその景色を見ていた。
屋根裏によって死という概念そのものを流し込まれたエレフセウスが、その死を全て喰い殺している姿を。
……もう、勝者は決まっただろう。そして、かなり覚醒も進行しているようだ。
「───愛という咎に、囚われないように」
「───ち……ちくしょ……ッ……!」
イヴェールは地に伏して動かなくなった。
死という概念、それを見た。
そして気づけば、その死を乗り越えていた。
乗り越えた時、死が見えるようになっていた。それが自分の覚醒の一歩だと気づき、このまま進むと戻れなくなることを勘付いた。
「けれど……もう……どうでもいいか」
大丈夫。
もう、負けることはないだろう。
「───お前の後ろに死が見えるぞ」
エレフは宣言した。それは事実だった。
イヴェールの背後には、濃密な死がまとわりついていた。
エレフセウス。
一回戦突破。二回戦からも驚異的な実力を見せつけ、そして決勝戦まであっという間に駆け抜ける。
そして決勝───優勝。
雄英高校体育祭。
それは、エレフの優勝という結果で終わった。