SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第3節 正義と悪、英雄と魔(3)

「ルーン……ですか?」

 

 ブリュンヒルデの提案を聞き、響は首を傾げる。全く知らないことを如実に示すその態度に、ブリュンヒルデは若干嘆息する。

 大神宣言を担う響がまさかルーンを知らないとは露程も考えていなかったようだ。

 

「ええ、そうです。いいですか、槍乙女(ゲイロルル)。大神の宣を戴くというのなら、せめてルーンについては学んで……」

「待って頂きたい。この僅かな時間では立花に座学は無理です。まずどのような策を講じるつもりなのかを端的にお願いしたいのですが」

 

 戦闘中にもかかわらずにルーンの何たるかを教え込もうとしたブリュンヒルデの言葉を両断し、翼は提案の中身を催促する。

 見れば先の槍撃で吹き飛んだデモノイズが順次補完されており、現状にあまり余裕がないことは誰の目にも明らかだった。

 それをちらりとみたブリュンヒルデは今度こそ明らかにため息を吐き、仕様がないと作戦について改めて説明する。

 

「……分かりました、それでは……。原初のルーン、と呼ばれる刻印を私はお父様より直伝されています。これは強力な魔術であり、10と8(オホド・デウグ)のルーンを全て使用すれば、一度なら魔神の火炎を大きく減衰させられます。また、攻撃に転用すれば城塞すら吹き飛ばすだけの火力を得ることも可能でしょう。ですので、この術式を響さんに刻みます」

「刻むッ!?タトゥーは校則違反になっちゃいますよッ!?」

「落ち着け立花、刺青は彫るものだ」

 

 言葉の物騒さというか、地味な凶悪さに何を思ったのか響が思わず声を上げる。そしてボケを重ねる翼。彼女たちは至って真面目である。

 

「ああ、厳密には刻むのは貴女本体ではなくその身に纏う槍のその穂先、腕を覆う籠手に刻むということです」

「あ、なぁーんだあ。良かったあ、今後の人生お風呂お断りになるかと思いましたよ」

 

 ブリュンヒルデの言葉にホッとする響。論点はそこではない、とのツッコミが出来るのがベディヴィエールだけだが時間に余裕が無いのでぐっと飲み込む。

 

「ですがランサー。全てのルーンをというのは実質的には不可能ではありませんか?光の御子が言うには、ルーンを全て使用する術式には制限がかけられているとのことでしたが」

 

 ツッコミの代わりにとベディヴィエールがブリュンヒルデに確認する。同じ原初のルーン使いから聞き及ぶ限り、原初のルーンはそこまで便利ではない……というより、全てのルーンを相乗させることには危険性があるものだとベディヴィエールは認識していた。

 

「ええ、貴方の言う通りです、セイバー。ですけれど、お父様の槍は元来、その穂先に原初のルーンが刻印されているもの。彼女は見たところ、只人と異なる体のよう。大神の担う(みことのり)を相応しい姿に転じさせても、一度程度なら問題はありません」

「只人と異なる?ランサー、それはどういう──」

「というわけで、全てのルーンの相乗により相手の攻撃を防ぎ、相手の防壁を超え、全てを貫き目標に至る。一回限りの、しかし運命を確実とする槍を以て槍乙女(ゲイロルル)を魔神に向かわせる──と、いう手段です。そのために──」

 

 

 

「って言ってたけど、ほんとに凄いなあこのルーンって。身体がガタガタになっちゃってるけど……」

 

 魔神を殴り飛ばし、ビルに叩きつけた響はそう言葉を漏らす。見れば先程まで鮮烈に輝いていたルーンも役割を終えたことで消滅しており、その手にはいつもどおりの自分の籠手……ただし罅だらけのそれが残っていた。

 

「うへー、ガングニールも私もボロボロだ……。でも、今ならッ!」

「ええ、今の一撃を防ぎ、かつ再生しようとするならば。その間は、魔神は無防備です。話をしたいというのなら、今が好機でしょう」

 

 自分に活を入れる響を後押しするように、ブリュンヒルデが隣に立つ。露払いをしていた翼たちや後方援護に回っていたクリスたちも魔神へと駆け寄った。

 

 

 

「……忌々しい、ここまでの力とは──それで、貴様らは私に何を望むつもりだ?封印か、消滅か。──それともまさか、未だに対話を求めるつもりか?」

 

 本当に心底忌々しいと言わんばかりの魔神の声が、集まった彼女たちに向けて紡がれる。

 

「……私たちと話し合って、手を取り合うことって出来ないんですか?世界皆を巻き込んで、エルフナインちゃんの身体を使って。そこまでして貴方がやろうとしていることが何なのか。それ以外の選択が出来ないのか、やっぱり話し合いたいです」

『って立役者の響ちゃんが言っているからね。まずは対話かな……尤も、再度戦えるようになる前に会話が終わらないなら流石にこっちも手を変える必要があるだろうけどね』

 

 響の言葉に辟易したような感情を向けた魔神は、むしろ理を取っているダ・ヴィンチの言葉に若干安心したような表情を浮かべた。

 

「そうだろうとも、レオナルド・ダ・ヴィンチ。それでこそ理性あるものの行動だ。そうであればこそ読みやすい、聴きやすい。……まあいい、私の話すことは変わらない。貴様らが退去することこそを私は望む、ソレだけだ」

「……ッ。どうして、私たちを見逃そうとするの?必要もなく姿を晒してまでして……そこまでして私たちをこの亜種特異点から排除しようとする理由は何?」

 

 魔神の言葉に立香が問いを重ねる。立香はこの魔神の行動に理由が見いだせないでいた。対話に応じる素振りを見せたと思えば、それを求めた響に攻撃してくる。戦いでは殺そうとするが、そのくせ逃げることは止めないという。

 今まで遭遇し、その意思を聞いてきた魔神たちは何だかんだと行動に一定の指針があった。だが、この魔神アムドゥシアスは大きく異なる、いわば一貫性のない姿に立香は混乱していた。

 立香の問に、ふと考え込むような仕草をとる魔神。なにか理由を求めているようではあったが、やがて首を振り顔を上げた。

 

「……無用なリソースを消耗する理由はない。私の目的に貴様らというリソースは不要である以上、この世界にとどまられて下手に術式に混ざり込んでしまっては困る」

「…………」

 

 魔神の返答に立香は押し黙る。今の言葉、そこには確かに魔神の意志が込められていたと立香は感じていた。

 しかし同時に、彼女はその言葉に妙な違和感も受けていた──それこそ、先程響が言っていたような何某かの心根を隠しているのでは、と疑ってしまうくらいには。

 

「そもそも、貴様らはなぜこの世界に来た?貴様らが無理に観測しなければ、この世界は単独のまま完結したというのに」

 

 が、その違和感の理由を探ろうとする間もなく、魔神から逆に詰るような言葉が吐かれて眉をひそめる。

 確かに魔神の視点からすればその言は正しいのかもしれないが、それならそもそも特異点なんて作るんじゃないと口を開きかけ──動きを止めた。

 

『んん?おいおい私の聞き間違いかなぁ?アムドゥシアス、まさか特異点は私たちが解決しに行かなきゃいけない類のものだって知らないのかい?』

「……知っているが。だが、この領域は明確な座標も薄い、遠い異世界のようなものだろう。放っておいても貴様らに害はなく、手を掛けても貴様らに益はない。そもそも観測すら困難な領域のはずなのに、わざわざ探し出して暴き立てるとは余程暇と見えるが」

「そ、そりゃそうかもしれないけど……。でも、そこで人が死んでるかもしれないってなったら放置なんて出来るわけ無いじゃん……」

 

 合理的に考えればそうかもしれない、そんな言葉を魔神は連々と述べていく。そんな姿に脱力とも呆れとも言えない感情を言葉に乗せる立香。

 そもそも立香は何れ崩壊するであろう特異点を合理性の観点から放置できるような人間ではない。実際、かつて立香と戦った魔神バアルは、立香のその性格を利用した悪辣な亜種特異点を造り立香を殺そうとしたほどである。

 てっきり魔神にとっても周知のものであると立香は思っていたが、目の前の魔神アムドゥシアスはそういった立香の人間性を知らなかったようであった。

 

「っていうか、あたしらからすれば普通に迷惑なんだよッ!どんだけトンデモかは知らないけどな、お前のバカ騒ぎでギャラルホルンがアラート大安売りだッ!」

 

 魔神の責任転嫁じみた言葉にクリスが怒鳴る。

 カルデアの観測云々はまだしも魔神の言い分が通るかもしれないが、装者たちにとってギャラルホルンのアラートは放置できず、しかもゲートがどこにどう繋がるかは行ってみないとわからないものである。

 そしてそこの問題を解決しないとギャラルホルンのアラートは止まず、放置すれば並行世界の影響が自分たちの世界に現れるおまけ付きときている。

 ギャラルホルンのアラートが何を基準に鳴るのかは未だ詳細は不明なところではあるが、この魔神をほったらかして自分たちの世界にデモノイズが出現・固着なんてことになったら目も当てられない。

 つまるところ、装者たちはカルデアの人々より余程切羽詰まっているのである。

 

「──ギャラルホルン?」

 

 そして、魔神がそれを知っていれば先程のような言葉を吐くはずもない。その存在を知らなかったのか、魔神の口からは疑問符が出た。

 

「……この世界には存在しないのか。確かに今までもギャラルホルンがある世界に接続されたことはなかったが……」

 

 それでも知らないというのは本当だろうか、と翼が訝しむ。

 並行世界論というのは一般的ではないにせよ、この世界の裏、特にも錬金術について知っていれば並行世界論についても見識があるものと考えていた翼は、事情に詳しそうなキャロルに目を向けた。

 

「おかしなことでは有るまい。並行世界があることを知っていることと、並行世界に作用する聖遺物について知っているかは別だろう」

 

 翼に視線で問いかけられたキャロルは、何でもなさそうにそう答えた。事実、キャロルも並行世界論について知っていたが、ギャラルホルンについて知ったのは先程響たちに教えられたときが初めてである。

 

「それに千里眼で並行世界を観測できるということと、その全てを把握できているかも別問題ですよ」

 

 キャロルの言葉を子ギルが補足する。ほんとかなあ、と立香は何処か余裕を漂わせた笑みの子ギルを見て思う。

 

「……成程、ギャラルホルンという完全聖遺物がこの世界を観測していたということか。唄い手が私と戦う理由はそこにあると」

 

 得心がいったという表情を浮かべる魔神。腕まで組んでいるウンウンと頷いている姿は、見目の幼さも相まり奇妙なちぐはぐ感をその場に漂わせる。

 

「いいだろう、理解できた。では──」

「……いいえ、此処までです」

「ッ!」

 

 そして姿勢を解き更に話を続けようとしたところで、唐突にブリュンヒルデがルーン魔術を展開する。

 そして他の人が何事かと反応する前に、ルーンによって編まれたアムドゥシアスを拘束した。

 

「へっ!?ブ、ブリュンヒルデさんッ!?何を……」

「……先程、ダ・ヴィンチが言っていましたね?再度戦えるようになるのであれば、別な手段を講じると。……(スリサズ)欠乏(ナウシズ)(イス)による捕縛陣。逃げられると、思わないように」

 

 そういうブリュンヒルデの目は、組みを解いたその腕に焦点が当てられている。

 何があったのかと響たちも目をやると、解かれた小さな手の内には宝石、あるいは鉱石のような物が握られていた。

 それの正体に気づいたキャロルが目を細める。

 

「ッ、テレポートジェムか。今までのは時間稼ぎか?ここから更に逃げるつもりだったとはな……」

「ですが、ソレも抑え込めた。ランサーの原初のルーンなら、あそこまで弱体化した魔神であれば捉えられます」

 

 キャロルの悪態に、ベディヴィエールが応える。彼の言う通り、現状ブリュンヒルデのルーン陣は魔神をしっかりと抑え込んでいた。

 響は悲しそうな、むしろ悔しそうな顔で捕縛されたアムドゥシアスに歩み寄る。

 

「……どうして、話してくれないの?」

「なぜ話すと思う。私はお前に私の目的を話すほど親しく、あるいは優位に立った覚えがないが」

「それじゃあ、だって……最初の辛そうな表情を見て、それでも無視して戦うなんて、私には……」

 

 尚も言い募る響に、アムドゥシアスは心底信じられないものを見る目を向ける。

 見下しとも憧憬ともつかないその目線をまっすぐ見返した響に、アムドゥシアスは周囲を見回し、やがてため息とともに苦笑のような薄ら笑いを浮かべる。

 

「ああ、そうか。そういう人間だったな、立花響というヒトは」

「……そういえば、さっきから気になってたんですが……私のこと、知ってるの?」

 

 響が質問したときには、アムドゥシアスの表情は元に戻っていた。だが、響はその無表情の下を見せてほしいとばかりにじっと目を合わせ続ける。

 

「一方的にだが。このホムンクルスを通して、キャロル・マールス・ディーンハイムとの一連の戦いの全てを見させてもらったとも」

「……魔法少女事変(アルケミックカルト)

「そうだ、そちらでも発生していたか。では、聞きたがりな立花響のために1つだけ教えてやろう」

 

 アムドゥシアスの言葉、それも意外と真摯な響きをもつその発言に、聞いていた響ではなく立香が思わず目を剥く。

 その大げさな反応に気づいた響がどうしたのかと立香に目を向ければ、立香以外にもアマデウスを始めサーヴァント達も大なり小なり驚いており、泰然自若としていたダビデや子ギルすら思わず眉根を潜めていた。

 

「……なにか企んでいるのかな?」

「かもしれねえけど……。でもなにか話すってんだから取り敢えず聞いといた方が良くないか?全くのデタラメだってことも無いだろうし……ないよな?」

「いやあ、本当は魔神の言葉にも警戒すべきなんだろうけどね。ただ、まあ……そうだね、デタラメってことはないか。なら、聞くだけは聞いとこう、タダだしね?」

 

 クリスの突っ込みにダビデがそう零す。

 その台詞からしてダビデもクリスも怪しんでいるようだが、それでもこの状況で逆転ホームランは無いだろうと考えているのか警戒しながらも相手に言葉を促した。

 

「……さて、私が貴様らに望むことはこの領域からの退去だ」

「──ッ」

 

 アムドゥシアスの願うこと、何度も言っていたその言葉。だがこの状況で魔神から放たれる言葉の、そこに懸かる重みの違いに少女たちは思わず押し黙る。

 

「この世界の過去は消える。この惑星の未来は失せる。貴様らの観測が途絶えたその時、この宇宙は全ての懸架を放棄する」

「だからこそ──そうなる前に、この世界から退去することだ。それが合理であり、道理であると知るがいい」

 

 アムドゥシアスの語調は不遜なそれだがどこか穏やかさを感じさせるものであり、強力な結界に捕縛されているとはとても思えない。

 だからこそ、そこに抱かれる想いが、感情が本当のものであるとその場にいる誰もが感じていた。

 

「貴様、ふざけるなッ!」

 

 そして、そうであるが故に。それを認められない者──この世界で罪を背負い、終らぬ贖罪のためにと生存を許された人間。キャロル・マールス・ディーンハイムは激昂の声を上げる。

 思わずと言った叫びに、アムドゥシアスはキャロルに目を向ける

 

「ああ全くオレが言えた話ではない、ないが──この世界の装者共を、S.O.N.G.を消滅させたのは貴様以外にいないッ!だというのに臆面もなく、よくもまあそんなことが言えたものだなッ!どうせ先のパヴァリアの連中も同様に……」

「……そう言えば、貴様がいたな。キャロル・マールス・ディーンハイム。──なにか勘違いしているようだが、私は貴様にも、パヴァリア光明結社にも退去を勧めてなどいない」

 

 キャロルの激昂を聞き、鬱陶しいどころか嫌悪感を僅かに覗かせ、アムドゥシアスはキャロルを睨む。

 響たち装者に向ける目とも、立香たちカルデアの人間に向ける目とも違う、一種恨みとも殺意とも取れるそれを受け、キャロルは思わず言葉を止める。

 

「S.O.N.G.がこの世界から消失したのは、確かに私のやったことだ。それは奴らが私の行動を阻害するからでもあるが──本質的には、私の行動の対象ではないから除外したまでのこと。分かるか?貴様ら錬金術師共や、他の雑多な人間共を()()()()()()に支障がないということだ──だから」

 

 ふ、と一呼吸置く。己の臓腑にためた鬱憤を吐き出さんと溜めたその息のままに、アムドゥシアスは決定的な情報を口にした。

 

「──だから、貴様ら()隔離されたのだ。この崩壊しか無い世界にな」

「……何、それはどういう……?」

 

 

「おっとぉ?そろそろ彼?を離してもらいたいですねぇ?」

 

 

 キャロルがアムドゥシアスを問い詰めようとしたところで、慇懃無礼な言葉が辺りに響く。

 何処かで聞いたような気もするがよく考えればやっぱり聞き覚えのないその声に、何者かと立香たちは見回す。

 

「──この、声ッ!?まさか、ヤツが生きているはずは……」

「ッだがこいつを聞き間違えるものかよッ!忘れも出来ねえ、アホウの陀羅助かッ!」

 

 キャロルの慌てたような声に、声の正体に見当がついてしまっていたクリスは怒鳴りながら一気に警戒姿勢に移る。

 ほかの装者たちもその声の主を知っているのか、誰にともなく周囲を警戒し始めた。

 

「この声、響たちの関係者……っていうか、敵対関係にある人?」

 

 彼女たちの迅速な反応についていけなかった立香は、しかし彼女らの対応から警戒に値するのだろうと周囲に気を配りながら響に問いかける。

 聞かれた響は推定される相手のいろいろ複雑なポジションに、何と答えたものかしばし考え込んだ。

 

「えっと……前に敵対しちゃって、色々あって、なんやかんやあってちょっとだけキャロルちゃんとの戦いで一緒に戦ったりした人なんだけど……」

「取り敢えず波乱万丈な関係だってのはわかった。っていうかアホウの陀羅助って呼ぶほどってどんな……?」

 

「全く相変わらず失礼極まりますねえ、イチイバルの装者は。形容ですら的を外すようじゃ、おつむの出来も射撃の腕もたかが知れるッ!」

 

 再びの声。盛大に煽り立てるその声に思わずいきり立つクリスだったが、それでも武装をむやみに放つことなく感覚を研ぎ澄ませた──次の瞬間、動いたのはクリスではなく翼だった。

 

「……そこ、かッ!」

 

──影縫い──

 

 極めてなめらかな、熟練を感じさせる動きで翼が短刀を放る。その刃は何処に突き刺さるべきかを判っているかのように、岩陰に突き立った。

 

「おっとおっとぉ?ははぁん、そう言えば忍法を直伝してたんだっけか」

 

 全員が短刀の刺さった場所を見れば、そこに立つのは一人の人間。

 白衣を纏った、長身痩躯のメガネの男。いかにも研究者然としたその顔は、嫌らしいニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 

「でも無駄無駄。今の僕はこんなちゃっちいニンポーなんかで縛れるほど小さい男じゃあないってことを理解してないようですねぇ?」

 

 そう男が言った刹那。その肉体が劫火に覆われ、短刀の突き立つ影がその炎光によって掻き消える。

 影に突き立つことで相手を縛り上げる翼の『影縫い』の刃は、影がなければ意味がないとばかりに融解した岩から抜け落ち地面に転がった。

 

『今のは……、ッ!ブリュンヒルデ、来るぞ』

 

 モニタリングしていたダ・ヴィンチが何が起きたかを分析しようとするよりも早く、ルーン陣を堅持していたブリュンヒルデに炎が襲いかかる。

 それは先程までの魔神の炎とは違い、特殊な能力は何も無い純粋な高温・高輝度の燃焼反応。

 しかし、その豪炎は先の魔神の炎と比較しても尚も膨大な只の熱量のみによって、ブリュンヒルデが構築した防御陣ごと彼女を吹き飛ばした。

 

「ブリュンヒルデッ!?大丈夫!?」

「……ええ、マスター。大丈夫です、ルーンで軽減はしました……。ですが、お気をつけて。アレは只の高温の炎ですが、そのエネルギー量は桁外れです。まともに受ければ、サーヴァントであれ影も残りません」

 

 ブリュンヒルデはマスターにそう答え、炎を放った男を睨む。その身体も鎧もところどころ焼け焦げており、言葉とは裏腹に軽くないダメージを受けたことは明白な姿。

 魔力を炎と燃やすスキルを持ち、生前の逸話で燃え盛る館で眠り続けていたという伝承を持つブリュンヒルデに只の高熱の炎で此処までダメージを与えたという事実に、立香は相手の火力の高さとその危険度を改めて実感した。

 観測データを分析していたマシュが、慌てたように声を上げる。

 

『先輩、皆さん!気をつけて──霊基パターン確認、クラスは不明ですが彼はサーヴァント、ソレも特級の霊格の英霊ですッ!』

 

 マシュからの言葉を受け、立香が驚く。思わず相手をまじまじと見るものの、その姿は特に戦闘に優れているようには見えない。しかし同時に、外見で判断できないのも英霊の特徴であると立香は知っていたため、油断なく観察を続ける。

 何より相手が響たちの知己であるということを考えれば、彼は人間を依代とした存在……疑似サーヴァントの類であると推察していた。

 

「そろそろ"身"を結ぶ頃合いだろうとは考えていた、が。わざわざこちらに来るとはな」

 

 先程までと何ら声色を変えず、援軍が来たことに僅かな感慨すら抱いていないとわかるアムドゥシアス。

 謎の乱入に皆が気を取られていたその瞬間、ルーンで拘束されていたアムドゥシアスは、術者たるブリュンヒルデがダメージを受けたことで緩んだ術陣を解呪していた。

 

「いやね、僕もアナタが破れて消えてればそれはそれでとは思ったんですけどねぇ。ただほら、思ったより強情なんですよ、彼女。手が要るんですよ、手がね」

「……ふん、強情となると、アレか。己が神代と紛っているとは馬鹿らしい。が、だからと使わぬわけにもいかん。……いいだろう、どちらにせよ回復も必要か」

 

 アムドゥシアスは消耗した自身を鑑み、知己のように振る舞うその男に答えを返す。

 その懐から新たにテレポートジェムを取り出す魔神は、彼がいることも、来ることも把握していたようではあった。

 しかし、装者たち、そしてキャロルにとってはそうは行かない。

 

「って、ふっざけんなッ!」

 

 この場きっての大戦力たるブリュンヒルデの損傷、そして突然の敵増援の出現。何より、その増援の正体……そこにありえないものを見たとばかりにクリスが叫ぶ。

 

「てんめえ、なんで生きてやがるッ!そんでなんでそいつに手を貸すってんだよッ──ドクター・ウェルッ!!」

 

 クリスの言葉に、その男──ドクター・ウェルことジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは顔を向ける。

 その質問を的外れとでも言うかのように首をやれやれと首を振るウェルだが、その顔にはニヤリとした笑み、隠しきれない狂喜が浮かんでいる。

 

「生きている……?いいや、僕は死んでいたッ!かつてチフォージュ・シャトーで、人類を救う英雄として散ったッ!」

 

 喋っている内に気分が高揚してきたのか、徐々にピッチを上げて話し始めるウェル。

 

「そして──英雄として散ったからこそ、今、此処にいるッ!そうッ!死すれども尚、大切なものを守らんとする哀れな暫定少女の手助けをするッ!誰にも理解されず、それでも誰かを助けようとする影なる英雄ッ!ソレこそがこの僕というわけさッ!」

 

 この状況下、どう見ても悪役としか思えないような風体で堂々と宣言するウェル。自分の言葉で感極まったのか、余韻に浸るように目を閉じ震えていた。

 

「……なんというか、すごいね。色んな意味で」

「うーん、確かに。少なくともあのアムドゥシアスを暫定少女呼ばわりする精神は英雄級だね」

 

 自分というものを何処までも知り、信じ、自己陶酔していくその姿は、多くの人を見てきた立香たちからしても(英雄かはともかく)常人を超えた精神力を持っているなと思わせるだけの風格であった。ウェルを評するアマデウスの声も何処か面白がっているような、疲れているような感じになっている。

 しかし、である。おそらく彼は疑似サーヴァントだろうと思われるが、疑似サーヴァントは基本的に何らかの理由で顕現できない存在がサーヴァントとして召喚されるために依代を用いる。

 事情が特殊なために疑似サーヴァントとして呼び出されているならまだ良いが、単純に厄介なのはその力が膨大過ぎる・霊格が強大過ぎるために人を介する──すなわち、神霊がサーヴァントとなっている場合である。

 基本的には相性がいい依代を用いるものの、その強さは見た目では測れない。あの控えめに言ってぶっ飛んでる精神に見合うだけの強さである可能性も十分にある。

 

(というか、さっきの炎を考えれば弱いなんてことはないだろうけど……)

 

 先程の炎を考えれば所謂炎に纏わる神霊かも、と立香が考えたところで、アムドゥシアスが地面にテレポートジェムを叩きつけた音で我に返り相手を見る。

 

「さて、去る前に改めて確認だ。──貴様らは、この世界から撤退するつもりは無いだろう?」

「ありませんッ!あなたが私たちに何も伝えたくないってことは、なんとなくわかりました。でも、それじゃ何も変わらないじゃないですかッ!」

「……ないよ。アナタが何かをしたいってことはわかった。でも、そのために犠牲を出しているんじゃ、私はそれを見過ごせない!」

 

 ジェムから展開された赤光に包まれたアムドゥシアスの問いに、響と立香はそれぞれ答える。

 分かり合いたいのに分かり合おうとしない。願いのために別の何かの犠牲を許容する。魔神の言葉を受け入れるということは、彼女たちにそうしろと言っているに等しかった。

 今までの人生、そこから培ってきた矜持にかけて、彼女たちが魔神の提案を受け入れることは全くありえないものだった。

 

「そうか。では……そうだな。1つ、面白いことを教えてやろう」

「おやぁ?言ってもいいんですか?ま、あなたがいいってんなら僕は構いませんがねえ?」

 

 アムドゥシアスがふと思いついたかのように、人差し指を立ててみせる。

 中身が魔神でなければ様になってると思えるようなその行動に立香は訝しげな視線を向けるも、どこ吹く風とばかりにアムドゥシアスは説明し始めた。

 

「キャロル・マールス・ディーンハイムが『魔都』に放ったアルカ・ノイズは、私の行動を僅かにでも阻害するに足るものだった。

 同じ自動兵器であっても、歌をベースとし魔詠生産を主とするデモノイズと、錬金術師によってデモノイズを攻撃するよう指示されているアルカ・ノイズ。互いに位相差障壁を無効化出来る以上、分解機構を持ち能動的に攻撃するアルカ・ノイズが勝利することは必然と言えた」

 

 訥々と語りだすアムドゥシアス。立香たちはアルカ・ノイズが何かは知らないが、話からしてキャロルが使役するノイズの類であることは理解出来た。

 おそらくキャロルが状況の打開のために取った手であり、ソレが実際に効果があったということだろう……魔神の言葉を信じればだが。

 一方アルカ・ノイズについて知っている装者たちは、そんな手が取れるのか、と驚いていた。

 思い返してみれば、デモノイズは確かにノイズとして人間(といっても此処にいるメンバー以外への戦闘は見てないが)を攻撃するが、それ以外には歌い続けるくらいしかしていない。

 だからこそ、ノイズにノイズをぶつける。キャロルはアルカ・ノイズに対応できるデモノイズがいないということも理解していたのだろう故の行動は、確かに奇貨足り得る手段ではあった。

 

 そして、それは魔神にも理解できる手段であり、対策の取れる内容でもあった。であれば、魔神がそれを放置するわけもない。

 

「……デモノイズは幾らも増産が効くとは言え、システムは効率的に、安定的に、不変的に稼働するべきであり、無為な消費は避けるべきだ。故に、外敵より魔都を守るもの──即ち守護天(ガーディアン)、堕天の御遣いを呼び出した」

「守護──それって、もしかしてそこのウェルさん?みたいに……」

 

 曰く、英霊とは元来人類悪に対し遣わされる天の御遣いである。そう立香に語ったのは、目の前の魔神の総体たるモノだった。

 もし、目の前のウェルという男がマシュたちが言う通りサーヴァント、すなわち英霊であるとするならば。

 守護天、魔都の守護者たる御使いとはつまり──。

 

「それくらいは察せるか。そうだ、この新宿の魔都を除いた9の座標を守るモノ。御使い──すなわち、サーヴァント。それも貴様らのカルデアのソレを遥かに凌駕する器を用意した」

 

 立香の心中を看破したアムドゥシアスは、隠し立てする必要など何処にもないとばかりに語る。

 目前の男、ウェルは半ば不意打ち気味とはいえブリュンヒルデに一方的に大打撃を与え、また翼の拘束忍術たる影縫いに対し瞬時に適切な対処をしてみせた。

 その実力は見目に反して相当なものであり、同格のサーヴァントがあと8人、全世界の魔都を守るために散っているという事実は十分に酷な現実であったと言えるだろう。

 だが、そう言って変わるものでないことは重々承知なのだろう、魔神は未だ折れそうにない少女たちに目を向け、嘲笑するように1つの案を提示する。

 

「此処まで聞いても貴様らは引き下がらないだろう。故に、慈悲をくれてやる。その魔都の守護者を打倒し、魔都の柱をへし折ってみせるがいい。全てを折れたならその時、私が改めて相手をしてやろう」

「……別に方々に出向かなくても、此処の魔都とやらはおそらく君が守るんだろう?なら、他を無視してこの魔都だけに注力してしまえばいいんじゃないか?」

 

 魔神の提案に従う気は無いと暗に示すアマデウス。実際彼の言葉の通りであり、魔神が提示した9つの守護者に対し、魔都の数が10。となれば、何処か1都は魔神が直接陣取るということを示している。

 であれば、それは今いる新宿の魔都に陣取るだろうことアマデウスは己の知識から推断していた。

 案外そうすべきか、実はブラフみたいなもんじゃないかと立香が真面目に考えたところで、横合いから声が掛けられた。

 

「……ソレは危険です。先程のウェル博士も守護天であるという魔神の言が正しければ、わざわざ戦力を割いてまで魔都を守るだけの理由があるということ。そこを見極めずに敵地中枢に吶喊するのは危険かと」

「んでも、その上であたしはモーツァルトに賛成だけどな。結局そこの魔神がうまく動けてないのは今のうちだってなら、今やった方がちゃっちゃと片がつくってもんだろ?」

 

 アマデウスの言葉に待ったをかけた翼に、逆にアマデウスに賛成するクリス。

 どちらの言い分も正しいといえるため、どうすべきかと装者たち及び立香は悩み始めた。

 

『いや、この魔都の配置は厄介だ。あとで説明するけど、下手に放置すれば新宿より余程危険になる。癪だけど、此処で仕留める目処がない以上そいつの言葉に従ったほうが先が生まれる』

「……というより、攻撃はできまい。テレポートジェムを運用している時点で、あの魔神は位相差技術を獲得していると見ていい。となれば退避先はどこぞの亜空間だろうが、今のオレたちがその座標を特定する術はない。」

 

 だがそんな彼女たちに、万能の天才たるダ・ヴィンチとこの世界由来の技術に詳しいキャロルは現実を語る。即ち、魔神の言葉に従うべき……というより、従わざるを得ないという現実を。

 ダ・ヴィンチは立香にとっては正に万能と呼べるだけの知識・頭脳の持ち主であり、キャロルはこの場の誰よりもこの世界の法則に詳しい。

 そんな彼女たちが事実上の停止命令に近い指針を出すということは、それは現状どうにもならないと言っているのと等価でもあった。

 

「さて、それでは名残も全くないのでな、この場の幕は閉じさせてもらおう。そして──」

 

 立香たちの話し合いをよそに、魔神とウェルはテレポートジェムの輝きにその全身が包み込まれる。

 赤い輝きに覆われたその影から、最後の忠告が伝わってくる。

 

「──もし私に抗うと言うなら、命を捨てるというのなら。──無為に捨てるその命、我が資源と摘むのみだ。リソースの無駄こそ無為であると知るがいい」

「やれやれ、持って回って踊っちゃって。資源は大切にネ!っていうのも流行ってるんだかどうだか……っと、そんじゃ僕も、バッハハ~イ」

 

 魔神の忠告にやれやれと首を振るウェル。その身を覆う赤光がひときわ強く輝いた刹那。その場に影も形もなく、魔神もウェルもまるで最初からいなかったかのように姿が掻き消えていた。

 

 相手の残した言葉を受け、翼はおもむろに口を開いた。

 

「……ああ、確かに。最後の表情は"辛そう"だったな」

 

 魔神が最後に残した言葉。その言葉には何処までも相手が本気であることが判るだけの気迫が伝わってくるものであり、そこには響が何度も言うような"辛そう"な顔が浮かんでいた。

 クリスも同意なのだろう、難しい顔を見せている。

 

「はい。でも、私は……」

 

 その表情を浮かべた理由は、未だ分からない。……そして、だとしても。それを諦めることだけはしたくないと。そんな思いを胸に、響は小さく、だがしっかりと返事をする。

 

(……辛そう、かあ。よくわかんないけど、あの魔神はやっぱり何かあるのかな?……ううん、何かあったのだとしても、止めないとダメだよね)

 

 なぜ魔神が辛そうに思ったのか、そもそもそんなことを思う魔神がいるのか、立香にはイマイチ実感が持てていない。だが、どのような事情があれ、カルデアのマスターとして……1人の人間として、ここで引き下がれば未来がないということを経験から知っていた彼女は、決意を新たに小さく頷く。

 

 その場にいた彼女たちの全員がこれからの戦いが厳しくなるだろうことを感じ──それでも尚、止めてみせるとその眼で語っていた。

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