SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第4節 異世界防衛同盟(2)

「風鳴翼、只今戻りました」

「立花響も戻りましたッ!」

 

 S.O.N.G.本部たる潜水艦、そのなかでもある意味発令所より厳重に守られている場所──聖遺物格納庫。

 そこに開いているギャラルホルンゲートを通り、並行世界で行動していた翼と響の2人が戻ってきた。

 

「おかえりデース!」

「おかえりなさい……あれ、クリス先輩は?」

 

 待機していた切歌と調は戻ってきた彼女たちを出迎えたが、出立したときと比べ人数が少ないことに気付き首を傾げる。

 彼女らの質問を聞いた翼はどう答えようかと一瞬悩むも、答えるより先にやるべきことがあると判断し早足で歩を進める。

 

「すまない、暁、月読。現在急いでいてな、すぐに出戻る必要がある。司令に早急に確認と連絡を取りたいが、今何処に……」

 

 

「──俺は此処だぞ、翼」

 

「ッ司令!?──申し訳ありません、少々浮足立っていたようです」

 

 が、どうやら同じ室内に司令である風鳴弦十郎も待機していたらしく、声をかけられたことで翼は慌てて振り向き謝罪する。

 歴戦の戦士たる翼が気付かないということは本来ありえず、翼は自分が予想以上に焦っていたことを自覚した。

 

「らしくないな、その慌て様は。……並行世界でなにかあったか」

「何かどころじゃないんですよ師匠ッ!ちょっと今までに類を見ないビッグでビックリな状態でして……」

 

 響もまた翼同様に慌てているらしく、話題が振られるや否や止め処なく語りだそうとする。

 が、それを止めたのは翼だった。

 

「私が言うのもあれだが落ち着け、立花。……司令、我々があちらで経験したことの概略を説明させていただきます」

「……どうやら本当に深刻らしいな。ああ、頼む」

 

 

 どうせ説明するなら、とメインのオペレーター達が集っている発令所に場所を移し、翼は説明を始めた。

 といっても、魔神や魔術、英霊やカルデア等については大雑把な説明にのみとどめ、まずどういう状況にあるのかということを先に話すことになった。

 

「……というわけで、向こうの世界はキャロルが生存し、それに対しエルフナインが落命していました」

「成程、な。そして、そのエルフナインくんの遺体に取り憑いた『魔神』とやらが向こうの世界を滅ぼしにかかっている、と……」

 

 翼の語った内容に、どうとも言えない表情をするスタッフたち。

 さもありなん、今までギャラルホルンで移動した並行世界では、聖遺物やら哲学兵装やらといった敵対することも利用することも多々ある物が原因であることが基本だった。

 だが、それらとは全く違う異世界の住人が割り込んできていると言われても困るというのは当然の話である。それでも翼が言うことだから、と全員信じてはいるのだが。

 

「キャロルが生きていた……のは、ボクとしても気になりますが……。ボクが死んでいることと、キャロルが生きていることにはつながりがあるんでしょうか……」

 

 発令所で話を聞いていたエルフナインが、辛そうな気配を滲ませる。

 まるで自分とキャロルが同じ世界にいてはいけないとでも言われているんじゃないか、エルフナインはそう感じてしまっていた。

 

「ッ!あ、ああ。いや、代わりというわけではないのだろう。あちらの世界のキャロルが生きていた理由として、ヤツ自身が戦いの中で立花の言葉に感化されたと語っていた。それに現地協力者であるアマデウス氏によれば、あちらのエルフナインは魔神に取り憑かれた結果として自死を選んだということだ。そこに因果関係はない」

「そうそうッ!今回はほら、たまたま魔神さんがなんちゃらしちゃったからだからッ!」

 

 どんよりし始めたエルフナインを見てあわてて答える翼。響もフォローなのかよくわからないことを言ってエルフナインを元気づけようとする。

 急にわたわたしだした2人にクスリと笑い、エルフナインは首を振る。

 

「大丈夫ですよ、ふたりとも。それで、そのカルデアの人たちと通信が可能か、ということでしたが……」

「俺たちの現状の技術力では不可能だが、あてはあるのか?」

 

 エルフナインの言葉を引き継いだ弦十郎に、翼と響はどちらともなく顔を見合わせ、そして翼が答えることになったのか口を開いた。

 

「はい。それで、我々の使っている通信……その端子、端末、通信形態に関する情報が欲しいとのことでした」

「……成程、お前たちで判断する訳にはいかないな」

 

 弦十郎はカルデアの要求に唸る。別に通信端末や通信形態にそこまで頓着しているわけではない。というのも、回線こそバレないようにしているものの、それ以外はこの世界ではそこそこ知れている技術だからだ。

 が、それの相手が異世界である。翼たちが信用している以上、弦十郎たちにとっても信用がおける相手ではある。しかしあくまでそれは個人的なものであり、組織的な信用とは別物でもある。

 組織としての常識か個々人の鑑定眼、どちらを取るべきかを心中の秤にかけた弦十郎は、しかしそう悩まずに結論づけた。

 

「よし、わかった。教えてやってくれ、責任は俺が取ろう」

「!やった、ありがとうございます師匠ッ!」

 

 もしこの判断が裏目に出たら自分が責任を取ればいい。弦十郎は考えた末に彼女らにその意志を伝えた。弦十郎の決断に響が飛び跳ねて喜ぶ。

 

「司令?我々から依頼しておいてなんですが、本当に……?」

「ああ、構わんとも。……というかだな、話を聞く限り向こうにはキャロルがいて、その上キャロルは今の事変の前までは風鳴機関に所属していたんだろう?なら、俺たちが提供せずとも端末関係の情報を得るのは容易だろう。にも関わらずにこちらに了承を得ようとする律儀さを俺は尊重したい」

「あ……」

 

 弦十郎の言葉に翼と響が今気づいたとばかりに口をぽかんと開ける。

 こんなことにも気付かないとは、余程切羽詰まっているのかと弦十郎は苦笑した。

 

「やれやれ、焦るのは判るがな。だが焦るときこそ冷静さが肝要だぞ?」

「申し訳ありません……」

 

 軽い忠言に思わず縮こまる2人。

 

「いいさ、気負いすぎるなよ?戦うのをお前たちに任せはしているが、だからと俺たちを頼ってダメという道理はないからな。……というわけで、俺たちを頼れるように向こうに返事を頼めるか、2人とも?」

「……了解ッ!」

「りょ、了解ッ!」

 

 弦十郎の言葉に綺麗な敬礼で応える翼。響は若干もたついたが、皆響のキャラを判っているのでそこに注意は入らなかった。

 

「……待ってもらえるかしら?」

 

 いざ出発と諸物資を補充した2人に声がかかる。翼が機敏に振り返るよりも先に格納庫の扉が開き、逆光で人影がシルエットのように浮かび上がる。

 姿の詳細こそ見えなかったものの、翼は声と猫耳みたいなシルエットの髪型から、そこに誰がいるのかを直ぐに把握した。

 

「その声は……マリアッ!?イギリスにいたのでは無かったのかッ!?」

「ライブが終わって直ぐにチャーター機を出してもらったわ。流石にこの奇妙な一大事、表仕事にばかりにかまけていられないということよ」

 

 マリアが言うには、イギリスにいたS.O.N.G.職員たちと話して飛行機をチャーターしたという。

 通常なら此処まで急な行動は慎まれるべきだったが、この異変による奇妙な感覚……不明ながらも大きな喪失感の伝播現象はイギリスのS.O.N.G.職員たちも経験していたため、比較的スムーズにことが動いたとのことだった。

 

「先程までの貴女たちの話、1から10まできっかり聞かせてもらったわ。その上で提案なのだけれど──私も、そちらの世界に向かってもいいかしら?」

「何?だがギャラルホルンの移動は原則3人、そして残りの人員でこちらの防御を熟すのが定石だろう。私、雪音、立花の誰かと交代するということか?」

 

 勿論、通信が成立してからでいいけれど、というマリアの提案を訝しむ翼。別に交代すること自体は問題ではないが、その提案をした理由を翼は聞きたかった。

 本来、ポンポン人を交代するのは宜しくはない。相手方と交流を深めた人材を中心に行動したほうが連携が取りやすいのは当たり前で、派遣者が変更されればそれだけ関係を深めるのに時間がかかる。

 

「いいえ、そうではないわ。交代ではなく増員を願い出てるのよ」

「……?」

 

 マリアの言葉に、翼はますます疑問を深める。

 

 そもそも彼女らの半数が待機する理由は、装者不在の穴を他の組織等に突かれるから……だけではない。ギャラルホルンによる並行世界とのつながりはこちらの世界にも影響を及ぼすことが多々あるため、そちらの対処をする必要があるのだ。

 とはいえ、影響と言っても大抵は並行世界のノイズや聖遺物、あるいは哲学兵装やその複合的産物の影が出現するというもの。装者たちからすれば対処できないものではない……が、それでも通常戦力ではどうにもならない場合が多い以上残らざるを得ないのである。

 また、その影は最初は出現後に僅かな間をおいて消える程度のものだが、世界とのつながりが強まることでより強固な形を得て出現し、最悪の場合固着する危険もある。

 そのため、基本的にギャラルホルンの異変解決はスピード勝負かつ適度な戦力配分が大事であり、状況が確定していない現状での今のマリアの発言はそれを乱すものと取られても仕方ないものだった。

 

「ふふっ、安心して?別に考えなしに言っているわけじゃないわ」

 

 当然言ったマリアもそのことは理解している。その場の誰かが開く口に機先を制し、マリアが話し始めた。

 

「相手方の魔神……だったかしら、本来的にはこの世界との接続、ギャラルホルンによる橋頭堡を疎ましく思っている。そして……計測値が正しければ、かの並行世界は徐々にこちらから遠ざかっているとも言っていたわね、エルフナイン?」

「はい。ですが、その速度は微々たるものです。何れ接続が途絶えるにしても、時間はかかるものかと……」

 

 エルフナインは今までの計測結果から、ギャラルホルンが該当世界とのゲートを維持できなくなるまでの凡その時間を推測していた。

 結果、ゲートが自然消滅するのは短く見積もっても月単位の時間はかかるだろうと解析チームは判断しており、不介入による早期解決は見込めないと結論が出ていた。

 

「そう、そこよ。今までの並行世界は長時間の接続の結果として要素の固着する危険があった。だが、今回の世界ではソレを拒む魔神がいる」

 

 ギャラルホルンについて報告するエルフナインに、ピッと指を立てるマリア。

 その言葉にエルフナインは少しだけ考え込み、直ぐに理解したのかハッと顔をあげる。

 

「!成程、並行世界での相違点の増加、法則の歪曲等の手段を魔神が取っているというのは翼さんから伺いました。それらは全てギャラルホルンの影響から離れようとしているため、そうマリアさんは考えているんですね?」

 

「ギャラルホルンを知らなかったみたいだから別な理由かもしれないけど、少なくともギャラルホルンの影響に反する何かを行っていて、その結果としてギャラルホルンの接続が不安定になっていることは事実。なら、それを実施してる魔神をどうにかしない限りこの影響は止まらない……逆に言えば、こちらへの影響は増加どころか減少するのではないかしら」

「なるほど、確かに考える必要があるかも知れません。ギャラルホルンのゲートが開いてからこっち、並行世界からの影響は最初の1回のみ……もしかすれば、これ以上の直接的な影響が発生しないという可能性も十分にあります」

 

 マリアの言葉を聞き、その真実性について脳内で検討を始めるエルフナイン。

 

「……確かに増員は助かる。だがマリア、なぜそこまで?」

 

 むむむ、と唸るエルフナインを尻目に翼がマリアに問いかける。

 マリアが今まで話した内容は確かに真実ではあるが、そもそも翼が聞きたかったことはなぜ並行世界に行きたいのか、である。

 もちろん只の善意、あるいは互いの戦力比からの判断ならソレでもいいが、どうにもソレだけが理由ではないのではと思えてならなかった。

 

「……察しが良いわね、翼。勿論手伝いたいのはその通り、だけど……」

 

 そういってマリアは僅かに黙り込む。どう言葉にまとめようかと思案しているらしく、「……のためだから……いや違うわね……」などとぶつぶつとつぶやいている。

 やがて言葉がまとまったのか、マリアは改めて顔を上げた。

 

「そうね、私は問いたいのよ……ドクター・ウェルに。最低の……英雄として死に、そして蘇って。そんな彼が魔神と協力してまで、いったい何を望んでいるのか」

「……確か、マリアはウェル博士の死を見届けたのだったか。なるほど、であれば複雑な思いもあろうものか……」

 

 マリアの決意に満ちた瞳を受け、翼は呟く。

 

 ウェルのことは翼はあまり深くは知らない。直接話すこともごくごく少なく、他の装者に比べて関わった事自体が稀とも言える。

 そんな彼女からしても、ウェルという男は傍迷惑極まりない人間であり、それでも最後まで己が信念……もはや執念などと言い換えられそうなそれを貫き通さんとしていた人間という印象が強い。

 

(マリアが言うには、こちらの世界のウェル博士はその理想に殉じたとのことだった。そして向こうの世界の辿った道を考えれば、同様の末路を辿っている可能性は十分にある)

 

 翼は頭の中でマリアの目的を纏めていく。そしてそれがこの状況下に適うだけの理があるのかについて考慮し、やがて結論を出した。

 

「……そうだな、私は構わない。司令、マリアの同道に問題はありますか?」

「問題ない。が、そうだな……マリア君」

「?何かしら。……ああ、もしこちらに何かあれば私がいの一番に戻るわ」

 

 翼に許可を出した弦十郎は、マリアに一声をかける。

 なにか条件を出されるのだろうか、とマリアが疑問を浮かべる。いや、正確に言えば条件は出されて当然だがどんな条件が来るのだろうか、ということをマリアは考えていた。

 取り敢えず何かあればこちらを優先するという立場表明をしてみるものの、どうやらそういうことではないらしく、弦十郎は難しい表情を浮かべている。

 

「……あちらのウェル博士は、我々の世界のウェル博士と同じ末期を迎えた可能性は非常に高い。だが、だからといって同一人物であるわけではない。……もし期待するようなことがなくとも、気負わないようにするんだ」

「────」

 

 弦十郎の口から出たのは条件でも何でもなく、マリアが受けるかも知れない心傷へのフォローだった。そんな答えが来るとは思わず、思わずマリアは目を見開き、次いで俯いて身を震わせる。

 その様子に弦十郎は慌てたが、同じくその様子を見ていた翼は呆れ顔を浮かべる。

 見ればどうやら泣いているとかではなく、笑いを堪えるのに必死なようである。よく耳をすませば、吹き出すのを堪えているような吐息の音が聞こえてくる。

 

「ま、マリアが壊れたデース……ッ!」

「大丈夫、マリア?深呼吸、深呼吸……」

 

 思わず切歌と調が駆け寄ってマリアを宥める。一体どこが琴線に触れたのか……は、なんとなく2人にも判ってはいたが、ソレはソレとしてここで大爆笑すると色々台無しである。

 

「…………~~ッ!はぁ……ふぅ。いいえ、最初から気負うつもりはないわ。そもそもドクター、ええ、あのドクターよ?期待通りの答えが帰ってくるなんてはじめから思ってないわ」

 

 マリアにとって、ドクター・ウェルは掛け値なしに天才で狂人である。装者たちの中でも比較的真っ当な常識を持つマリアにしてみれば、その理念・思考回路の全てを理解なんてできようはずもない。

 それでも協力しているうちは(行動予測も兼ねて)どうにか理解していければと努力することもあったが、こと此処までくれば諦めの境地でもあった。

 

「そこまで言うんですか……」

 

 ウェルの考えてることがわからないと堂々と宣言するマリアに響は思わずぼやく。

 

 確かに響にとってもよくわからない人でありぶっちゃけ色んな意味で良い思い出がない相手ではあるが、それでもマリアたちは結構深い付き合いではなかったんだろうかと首を傾げた。

 響が呆れるのも無理はないが、それでもマリアは首を振る。

 

「ええ、言うわ。でも、ドクターは英雄に狂奔していたし、それを疑うことだけは絶対にない。……であれば、魔神に協力しているのはその意に沿うものか、あるいは無理やり従わされているのか。どちらにせよ、話を聞く価値はある」

「……たしか、『暫定少女を手伝い、理解されずとも戦う影の英雄』っていってましたよね?」

 

 ふと、響が思い出したことを話す。

 自分のことを堂々と宣言するあの姿は「この人なんも変わってないな」と思わせるには十分な勇姿だったが、そこに語られる内容は彼の現状を示すものであることには違いない。

 

「そうなの?なら……いえ、その『暫定少女』が取り憑いてる魔神のことか、はたまた依代のエルフナインのことなのかは不明ね」

 

 当人の弁から判ることは、と考えたものの、そこから先の類推にはやはり情報が足りない。

 やはり行く必要はありそうね、とマリアは首をすくめる。

 

(……それにしても。ドクター、一体何を考えているの……?)

 

 マリアの脳裏に飛来するのは、ドクター・ウェルの死に際の姿。

 キャロル・マールス・ディーンハイムが構築したワールド・デストラクターを破壊するために命を賭け、その果に人類を救ったと言えなくもない……彼女の知る限り最低の英雄。

 彼の死に至るまでの歴史とその結果は、彼にとって満足だったのだろうか。考えていること自体は分かりやすいが、天才と断言できる彼の思考の先にある行動と結果を予期できるだけの思考力はマリアにはない。

 それこそ英雄と呼ばれるような人智を超えた偉業を成すような人々なら、ウェルと同じ地平からモノを見ることが可能なのだろうか……と、そう考えたところで1つの考えが去来する。

 

(英雄……。そう言えばカルデア?から来ているという彼らはかつての英雄だったという話だったわね。……まさか、ドクター並みにオツムがねじ曲がってる人ばっかりだったりしないわよね……)

 

 英霊。サーヴァント。かつての神話や伝承に語られる英雄たち。彼らは果たして自分のように普通の価値観を持っているだろうか。

 地味に嫌な空想がマリアの脳裏に浮かぶ。今の所話を聞く限り善性のようだが、響や翼は自身に比べて常識が足りない……というより、常識外れに対する包容力に優れている気がする。有り体に言えば、マリアと比して天然度合いがだいぶ上である……とマリアは信じて疑わない。

 マリアにとってヤバイ手合に対しても十分に対処できるだけの非凡さを持つ彼女らが受け入れられても、マリアが受け入れられるのとは限らないのではないか……など、胸中に不安が渦巻き始める。

 

(……早まったかしら。いえ、大丈夫、大丈夫よッ!)

 

 表面上は不敵な笑みを浮かべたまま、その内面で自己暗示をし始めるマリア。

 

 ……尚、彼女は確かに相対的には翼や響に比べて常識的ではあるが、決して常識人と言えるような柔い人間ではない。人間、自分のことが見えないものである。

 

 

 

「皆さん。物資の準備が完了しましたので、ゲートによる移動者以外は離れてください。響さんと翼さんは準備の程を」

 

 マリアが煩悶としているところで、S.O.N.G.のエージェントである緒川慎次から声がかかる。彼の足元には結構な量の物資があり、装者たちの分以外にもカルデアから来たという人々の分まで用意されていた。 

 ちなみにこれは響が頼んだものである。追加物資はご飯アンドご飯アンド立香ちゃんたちのご飯で!と緒川に依頼しており、それを苦笑しながら了承した結果である。

 必然量もそれなりではあるが、ギアを展開すればこの程度の物資を運ぶくらいは容易……というか、翼も響もフィジカルに優れているので生身でも持ち運べなくはない、という程度でしかない。

 

「分かりましたッ!」

 

 そういってギアを展開し、荷物を一気に抱える響。翼も同じくらいの荷物を持ち、更に弦十郎から預かった通信許諾書を用意する。彼女らの世界で平時使われているホログラフ印ではなく、紙と印鑑というアナログ仕様である。

 

「それにしても、許諾書とかやっぱり必要なんですね」

 

 翼の手にあるソレを見ながら、響がポツリと零す。

 

「まあ、責任の所在は大切だからな。普段は職員に届けさせるが、並行世界相手になると君たちに持っていってもらうしかない。頼むぞ?」

「はっ、謹んで拝命致します」

「頑張りますッ!」

 

 緊急時、身内相手なら口約束とかで済ませることも無いわけではないが、その存在が不明瞭な組織相手に口約束、なんて手段をとって後で誰にどう文句が行くかがわかったものではない……ということで、弦十郎が用意したものである。

 これらもS.O.N.G.が現場で働く自分たちを守るための手段である、というのは響たちも判っている。自分達を守ってくれる、見ていてくれる人たちがいるというのはやはりやる気が出るものなのか、翼と響の返事もしっかりとしたものである。

 

「それでは、何れ通信越しにまた」

「立花響、いってきます!」

「ああ、行ってこいッ!無事に戻れよッ!」

 

 力強く出立する2人を激励する弦十郎。その激励に笑顔で応え、2人はゲートに消えた。

 

 

「それにしても、魔神、ですか……」

 

 2人がゲートを通るのを見届け、エルフナインが呟く。

 

 彼女らの今度の敵は聖遺物でも哲学兵装でも、まして錬金術師でもない。

 まったく異なる異世界の論理によって構築された異形のもの、魔神アムドゥシアス。

 どう対策をとるべきか、今から頭を悩ませるところである。

 

「ああ。アムドゥシアスはソロモン王の72柱の魔神だったか。……ソロモン、か。ノイズを依代としていることと何か関わりがあると見て間違いないのだろうが、判断が難しいな」

「はい……。魔神アムドゥシアスは67番目の魔神であり、人に音楽の才を与え、また音楽会を開く力を持っているとされています。出現時にはオーケストラによる演奏が流れるとも。これが"音楽"という概念を形とした哲学兵装に類するということなら、フォニックゲインを自在に扱えることにも一定の納得できます。ですが確証を、となると……」

 

 エルフナインが口ごもる。結局の所、相手の法則等を理解するにはそれ相応に調査する必要がある。

 だが、そもそも調査が出来ていない……否、並行世界の調査が出来ないのは今までも同様だった。従来までの並行世界と異なる点は1つ。

 

「現地にS.O.N.G.が無い……というより、無くなってしまっていたとは。俺たちの感じた喪失感とも関係はありそうだが、なにより必要なデータを収集できないというのは辛いものがあるな。」

 

 平行世界のS.O.N.G.は壊滅どころかいつの間にか完全な蛻の殻と化していた、とキャロルは語っていた。

 つまり、従来と異なり現地の組織と協調行動による調査をすることが不可能であり、聖遺物に詳しくないカルデアから派遣されたメンバー以外に現地でバックアップがないということになる。

 よってデータを採取するにもカルデアの機材ではデータを収集できないため、S.O.N.G.の機材を通してデータ化して貰う必要がある……が、そこで問題になるのは並行世界の緊急度合いである。

 

「やれやれ、あちらがどうにか俺たちと通信できるようにしてくれるというなら、むしろ感謝だな……」

 

 響たちの話を聞く限り、並行世界は極めて危機的状況であることは疑いようもない。そんな中で一々ゲートに戻って情報共有、対策を考える……なんてやってる暇はない。

 現地にS.O.N.G.がない以上、リアルタイムでデータ解析をすることが可能になるのであればそれに越したことはないのである。

 

(それにしても……カルデア……魔神……)

 

 感謝の言葉を漏らす弦十郎を見ながら、エルフナインはふと疑問に思う。

 カルデア、ギリシャ語の地名の1つであり、同時に占星術、天文学に優れたバビロニアの古民族国家を指す言葉でもある。が、それが体系化されている国連組織として存在しているということはない。

 あくまで別世界の組織であり、今まで彼女たちが蓄積してきた並行世界の記録の中ですら全く影も形もない存在……完全なる異世界に由来するもの。

 

(……そもそも、一体何があったら全く別の、法則すら違う世界の産物である魔神が並行世界に現出したのか……)

 

 彼らが魔神と戦っていたということは、魔神も同様に彼らの世界に根ざしたものに他ならない。であれば、魔神が並行世界に出現するにはそれ相応の理由がなければおかしい。

 そして、エルフナインは最も可能性の高い……しかし同時に極めてありえない予測だけはあった。

 

(いや、バビロニアの宝物庫が焼け落ちているという話があった以上、あるはずがない。だけど、もし残っていたとすれば、ボクが取り憑かれる可能性がある時期と合わなくもない)

 

 完全聖遺物の暴走により、ほぼ全てが焼却されたというバビロニアの宝物庫。

 その暴走の余波が現実世界に来ないようにと、内側から宝物庫を閉めるために使用された「鍵」。そして、他の宝物庫の中身同様に蒸発したと考えられる聖遺物。

 

(……ソロモンの杖が、残っている……?)

 

 バビロニアの宝物庫の鍵、72の命令権(コマンドワード)を以てノイズを支配する完全聖遺物「ソロモンの杖」。

 この世界で消滅したはずのそれが並行世界に残存している……エルフナインは、そのごく僅かな可能性を切り捨てることが出来なかった。

 

 

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