SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
『と、いうわけで。魔都については現在調査中……っていっても場所は割れてるし、そこまで時間はかからないんだけどね。取り敢えず調査してる間は少しだけど自由時間になるから、そこら辺を見て回ってきていいよ』
『ただ、通信を担うギルガメッシュ君がゲートに張り付いている以上、なるべく遠くには行かないように頼む。一応ゲート防衛の手伝いとしてこちらから装者を派遣する予定でいるが、追加の派遣となると多少手続きに時間がかかるからな。こちらの影響が無いなら尚の事だ。不自由を強いるが、よろしく頼む』
「って、弦十郎さんとダ・ヴィンチちゃんに言われたけど……」
立香の目に映るのは焼け落ちた都市。一応このゲートが開いているのは嘗て公園だった場所のようで、池もあるためか火の手は無い。
が、この状態で周囲を見に行っても彼女の常識ではスケルトンが湧き出すくらいである。こんな景色でテンションが上がるのは某第六天魔王くらいだろうなとひとりごちる。
「……そう言えば、この世界って私たち『は』いないんだよね」
響がふと思い出したようにポツリと呟く。何やら気になることがあるらしい響にどういうことかと顔を向けた立香。その向こうでは、響が何を言いたいのか気付いた翼がに痛ましげな表情で響を見る。
「立花……小日向のことか?」
「翼さん。……はい、私たちがこの世界からいなくなったのは魔神がやったってことはそうだとしても、もしそれが私達が向こうで感じたものの理由だとすると、それを感じなかった未来は……」
小日向未来。おそらく彼女たちの反応からして友人の名前だろうそれを聞き、立香は事情を察する。
この世界……特に魔都にはデモノイズが跋扈し、その凝視により都市を焼いている。魔神の言葉が正しければここは閉じた世界として構築されそうになっている場所であり、この世界の響たちS.O.N.G.はその閉鎖世界に存在していないということだった。
そして、それ以外……錬金術師たちを始めとしたこの世界の住人は、閉鎖世界に取り残されている。魔神がこの世界をどうするつもりかは不明だが、魔都を設置し辺りを焼却しようとしている時点でまずろくなものではないだろうと誰もが予想している。
なにせ魔神である。幾らかの例外こそあれど、およそ人間を資源か何かとしか見ていないような彼らが世界に閉じ込めた人類をどうするか──と言われれば、立香たちの常識で判断すれば十割アウトな行為に決まっていた。
(……ん?新しい世界が作られるときに残る人を選べる、って何処かで聞いたような、そうでもないような……?)
ふと、脳裏に何かがよぎる。結構知っているような事象とこれが似ているような、と思いつつもどうにも思い出せずにもどかしい思いを抱く立香。
うんうんと悩んでいる立香を横目に、キャロルは少し考え込んでから一つの可能性を口にした。
「……。小日向未来か、リディアンの寮住まいだったな。であれば、生きている可能性は存外あると思うが」
「ッ!キャロルちゃん、それ本当ッ!?」
「ああ。魔都それぞれの範囲は意外と狭いからな。リディアン音楽院学生寮は魔都の範囲外、旧リディアンもまた然り。魔都以外のデモノイズはフォニックゲインを発生させることを優先させているのか、通常のノイズと違いあまり積極的に人を探して狙うことをしない。ノイズについてそこそこ知っている奴らは逃れている可能性は十分にある」
勿論見つかれば遠慮なく殺しに来るが、というキャロルの言葉に、響が勢いよく食いつく。
その掴みかからんばかりの勢いに傍で考え込んでた立香は思わずびっくりして響をなだめる。
「お、落ち着いて響……。でも、そもそもこんな火事じゃ積極的に狙われないって言っても……」
「いや、そもそも特異災害に悩まされているのがこちらの日常だからな。直接狙われたならいざ知らず、対ノイズ用避難シェルターならば延焼被害は起きないだろう」
響の反応を予期していたのか立香より落ち着いていたキャロルは、この世界について詳しくない立香に事情を説明する。
特異災害ノイズは日常に唐突に現れる危険極まりない存在であると同時に、この世界では(公的にはともかく)はるか以前からその存在は認知されていた。
であれば当然その対策についても表裏で研究が進められており、シェルターや輸送システムなどでそれらが反映されていた。
余談ではあるが、響たちの世界が立香たちの世界に比べて発展しているのは、西暦のズレだけではなくこういった事情も込み入っているからでもあった。
「そっか、確かに寮の近くのシェルターに避難してるかも!」
「あくまで可能性だがな」
響はその事に気づいて目に見えてやる気を取り戻したその姿に、彼女をよく知る翼たちはほっと一安心する。
立花響は明るく強いようでいて、やはり普通の少女であるというのは彼女の友人たる翼たちはとても良く知っている。状況が状況なので、なるべくいいニュースが多いほうが気が楽になるというものだった。
「ま、あたしらだって知らねえ仲じゃねーからな。安全を確認できるならそうしときたいとこだな。それに……」
「ああ、小日向だけではない。仮にS.O.N.G.所属者がこの世界に囚われていないとしても、リディアンの生徒や教員等は巻き込まれて避難している可能性がある。自由が若干ながらも保証されている今のうちに、我々で可能な限り生存への支援をするべきだろう」
クリスと翼の言葉に、ちょっとテンションが上ってた響も冷静になる。彼女らの言葉は真実であり、もし避難者が生存していた場合に物資等が尽きている可能性も無いではない。
シェルターは確かに高性能ではあるし、予備の備蓄も十分である。だが、全世界規模でのこの事件において、通常対応すべきS.O.N.G.が不在というこの状況。誰かが支援しない限り早々に干上がる可能性がある。
(……でも、ゲートの周辺シェルターはともかく、遠い場所になると……)
この問題が世界規模であることを思い出し、響が暗い顔をする。事実上支援可能なシェルターは距離的にも限られている以上、依怙贔屓をしているというわけではない。が、それでも知人がいそうなシェルターだからと優先していることに感じるものがあるのは彼女の性分とも言えた。
ぶんぶんと響は首を振る。この問題は悩んでもどうにもならないことであり、今までも直面してきた問題でもある。だからこそ、少しでも多く助けようと気合を入れ直した。
「……よし、翼さん、クリスちゃんッ!」
「ああ。支援のための物資を忘れるな」
「取り敢えず吹っ切ったみてーだな。んじゃ行くぞ……って、そうだ。あんたらはどうする?」
ゲートが開通したことでピストン気味に輸送した大量の荷物を抱えながら、クリスが立香の方を向く。実際は立香以外にもカルデアの面々に向かって言ったことではあるが。
立香はあー、と悩み他のサーヴァントたちに目を向ける。
「私は響と一緒に行こうかなって思うけど……うーん。誰か……アマデウスとダビデ、はアレだね。響たちと同世代ってなると連れてくのは憚られるから……」
「ひどくない?主にかのダビデ王と一緒に扱うところが」
立香のあけすけな物言いにアマデウスが憮然とする。
実際変態じみた性格であり、シモネタを結構振るタイプの変人天才芸術家であるため強ち間違いではないのだが。
「というかデモノイズが来たときに僕がいなかったらどうするんだい?」
「あー、そっか。じゃあアマデウスは確定で後誰か戦える人ー……ベディ、いい?」
此処に召喚されているサーヴァントたちをぐるりと見回し、一番安牌そうなベディヴィエールをチョイスする立香。
ブリュンヒルデは(今の所兆候は落ち着いているにしても)若干精神面に不安があり、ダビデはアマデウスに輪をかけて女子の前には連れて行きたくない。子ギルが動けないとなれば、品行方正容姿端麗である(立香評)ベディヴィエールに白羽の矢が立つのは当然であった。
ベディヴィエールも他のサーヴァントのことを考え、苦笑しながら了承する。
「ええ、私で良ければ。それではツバサさん、クリスさん、ヒビキさん。マスター共々旅路の供をいたしますので、よろしくお願いします」
綺羅綺羅しいスマイルで笑いかけながら挨拶をするベディヴィエール。
その裏のなさそうなアルカイックスマイルに響が眩しそうに目を細める。
「あ、は、はい!……ねえクリスちゃん、ここまで正統派な人って初めて見たかも私」
「本音かもしれねーけど今もS.O.N.G.に通信つながってるの忘れんなよ」
思わずそう零した響に、クリスはジト目を向ける。
女子校であるリディアンに通う響たちは確かに男性に会う機会は少ないため、白皙の美青年と呼べそうな風貌・態度のベディヴィエールに高評価を下すのはある意味当然ではある。当然ではあるが、嘗ての英雄にして円卓の騎士と比較されたS.O.N.G.の職員(男性)は微妙に肩を落としていた。
「それではよろしく頼む、ベディヴィエール……殿、いや卿と呼んだほうがよろしいか?」
「貴女のお呼びしやすいよう、お好きな呼び名を選んでいただければ」
そんな2人と違い、丁寧に対応する翼。何だかんだ世界規模で活躍している彼女は男性と接する機会が少ないわけではないということもあり、それほど衝撃を受けていなかった。
……尤も彼女の場合、公私関わらず身近にいる緒川が整った容姿であることも多分に関係しているのだろうが。
彼女たち(主に響とクリス)の年頃女子トークを立香がしみじみしながら聞いていたところで、ふと何かに気付いたのか「あ」と声を上げる。
「ねえ、そう言えば私達全員で行っていいの?今こっちに襲撃きたら拙いんだよね?」
『今気づいたのかい?やばいよ、そりゃもうやばい。装者がいないとデモノイズを調律出来ないからね』
「……あっ、そういえばそうだった!」
今更感のある質問をした立香と今更感のある反応をする響の姿に、ダ・ヴィンチがニヤニヤ笑いを浮かべる。
いつ気づくかなーいつ気づくかなーと小声で呟いていたダ・ヴィンチの隣で作業していたマシュは、そんな彼女に呆れ顔を浮かべていた。
『ダ・ヴィンチちゃん、ちゃんと説明するべきかと。先輩、大丈夫です。S.O.N.G.の方から追加で派遣される方が此処を護衛してくれるとの通信を頂いていましたので』
『あ、マシュもうバラすんだ。そういうわけで、安心してシェルターに向かってくれたまえよ』
「ダ・ヴィンチちゃんはもう……。ところで、装者って誰が、というよりそもそもどんな人がいるの?」
大雑把に聞いた装者についての概要を想起しながら、立香は響に尋ねる。
「えっとね、マリアさんと調ちゃんと切歌ちゃんと……あとはまあ、場合によりけりというか。それでさっきマリアさんが来るって言ってて──」
「──来る、ではなく既に来ているわ」
響が誰が来るのかを説明しようとしたその瞬間、ゲートから人影が現れる。初めて聞くその静かでいて強さを感じさせる声に、立香はゲートの方を振り向いた。
そこに立つのは、白銀のギアを纏う女性。年の頃は20代前半といった風体であり、長身にメリハリの効いたボディラインは彼女のコーカソイド的な美人さを強調していた。
それでいて髪型はまるで獣の耳のような特徴的なものであり、花のような髪飾りを付けていることでギャップによる親しみやすさを感じさせるものだった。
「マリアさん!手続き終わったんですか?」
「マリア……この人が……」
響がパァッと顔をほころばせ駆け寄る。その人懐っこい動作にマリアは薄く微笑み、自身をぽけーっと見つめる立香に向けて歩を進める。
「ええ。私が銀腕アガートラームのシンフォギア装者、マリア・カデンツァヴナ・イヴよ。付き合いの長短がどうなるかは今後次第だけど、それに関わらず親しくしてくれると嬉しいわ」
「は、はい!よろしくお願いします、マリアさん!」
なんか如何にもカリスマ感溢れるその立ち振舞いに、立香は思わず敬語で答える。
『如何にもデキる女性という気風の方ですね。……もしかして、実は初めて接するタイプの方かも知れません』
「ねー、頼れそうというかなんというか。いや、マルタさんとかドレイクとかカッコイイ系は知ってるけどジャンル違いと言うか……でもこういう人もいいよね!」
などと思わずマシュと盛り上がる立香。
実の所。マリアのように所謂かっこいい大人の女性、という人間と立香は接触経験が少ない。というのも、彼女の知る限りでマリアのようなサーヴァントと会ったことがないのだ。
かっこいい女性、というなら意外といるのだが、そこは英霊。その格好良さは所謂英雄的な、あるいは女性的な格好良さであり、昨今のデキる女感満載のマリアとはベクトルが違うというのが立香の所感だった。
(……なんか、結構過大な評価を受けていないかしら。いえ、大丈夫よ。私は自然体、私は私らしくやっているだけだから問題ないッ!)
尚、そのマリアの内心はこんなものである。
別に意地を張っているわけではない(見栄を張っている部分はあるが)。彼女の自然な行動というのが得てしてカリスマ性がある様に見えるだけであり、彼女自身は装者としては比較的真っ当かつ謙虚な精神性である。
よってたまに他者との評価の差に悩んだり恥ずかしがったりもするが、それも彼女の美しい容貌と併せて仲間内では愛嬌として親しまれている。
「うーん、あの色々突っつけそうな気風は嫌いじゃないけど、ちょっと、いや、ギリギリアビシャグかな?」
「そうですか。まああの外面も彼女の本質だとは思いますよ?どちらかと言うと見目から勘違いされやすい感じでしょうか、取り繕っている部分もありそうですが」
そんな彼女を眺めていたダビデの言葉はあまりにもいつもどおりであり、それを聞いていた子ギルはダビデを見もせずに適当に流していた。
彼らは真にカリスマある王であり、人を見る力に長けている。故にこそマリアのイッパイイッパイな胸中を理解していたのだが、流石にそれを本人に言わないだけの分別はあった。
なおダビデのアビシャグ判定基準は色々あるが、そこには背丈も含まれている。クリスがアビシャグでマリアギリギリアビシャグというところで察したのか、傍で聞いていたキャロルはダビデに胡乱な目を向けていた。
「とにかく、このゲートの防衛は今は私がやっておくから。小日向未来やリディアンの人間とは貴女達が親しいのだから、行ってあげなさい」
「はい!……あれ?師匠、そういえばゲートの防衛って交代制になるんですか?それともマリアさんに居てもらう感じになるんでしょうか?」
マリアの言葉に勢いよく返事したあとで、ふと疑問に思ったことを弦十郎に聞いてみる響。
魔都は日本に(新宿を含めなければ)3箇所、というのは相手方の魔神の情報提供により確認できている。
ブラフの可能性も無いでもないが、キャロルが事前にこの世界で発生している魔都の個数とも一致することから疑いをかけるほどでもない、というのが現在の司令部の方針であった。
……というより、計測をうまく行えるのが錬金術及びこの世界の専門機材に詳しいキャロルと特異点観測に長けているカルデアであり、少なくともキャロルの調査の結果以上のものを直ぐに求めることが出来ないのが現状であるため方針に選択の余地は無いのだが。
とにかく、魔都の数に対して装者・英霊の数は明らかに少ない。攻略を手早くやるには少しでも人足を増やして手分けするべきでもあるが、そこで困るのがゲートの扱いである。
ギャラルホルンゲートはこの世界を閉じた世界にしないための唯一の観測孔であり、魔神側の唯一の攻略点でもある。つまり此処には魔神が能動的に戦力を向けてくることが容易に想像できるため、相応に戦力を振る必要があるのだが。
『ああ、基本的には装者とサーヴァントで組んだ上で、それぞれ別れて行動してもらうことを想定している。魔都攻略に出ない残りがゲート防衛だな。ただ、相手の戦力次第では追加で戦力を輸送することも考えねばならないから一概には言えん。魔都の攻略が終わった段階でゲートに戻り、ゲート防衛中の連中と交代するという形になるだろうが……』
『何分、どれだけ時間がかかるかって話だしねえ……。休息も挟みながらでないととても戦いどころじゃない、どころか過労死するよ』
どっかの王様みたいに、というダ・ヴィンチの言葉に子ギルが苦笑いを浮かべる。
過労死した自分を知っているということでは笑い事ではないのだろうが、その理由がある意味アホらしすぎて笑いが漏れるのも宜なるかなである。
「まあ、そういうことよ。どちらにせよ調と切歌もやる気だから、あとは向こうの書類作成が滞りなく進めばこっちに来られる。魔都の攻略はそこからになるわ」
「わかりました!それじゃ、行ってきます!」
「響!?ちょっと待って、私も行くからー!」
マリアの言葉に待ちきれないとばかりに駆け出す響に、慌てて追いかける立香。
その様子にやれやれと肩をすくめながら翼、クリスが続く。
「ってか、早っ!?」
「すまんな、立花をちょっと止めてこよう。……配分を考えずに急ぎすぎても無為に疲労するだけだと言うのに。このままでは雪音が戦場を待たずして落伍するぞ……」
嘗て旅路で特にも健脚ぷりに磨きがかかっているはずの立香だが、そんな彼女をしても目の前を響に追いつけない。それどころか、驚いている間に後ろから来る翼に追い越される始末。
別に立香の足が遅いわけではない。単純に生身で響・翼の脚力が勝っているだけである。特にも翼は後から来て響にすぐに追いつき、挙げ句息を乱しても居ないあたりそのポテンシャルが伺える。
「……ちょ、ちょっと……待て、お前ら……」
「……、あ……だ、大丈夫クリスちゃん!?」
「うわちゃー。速度落として落として!」
尚、早くもへばり始めているのはクリスである。常人より体力があることはそうなのだろうが、フィジカルに優れた装者の前衛組や、何だかんだ(主に逃走・移動が徒歩であったために)修羅場をくぐり抜けてきた立香に比べ、スタミナや脚力で大きく引き離されているようだった。
ぜーぜー言っている姿に流石にヤバそうだと思ったのか、響と翼、立香はペースを落としクリスに速度を合わせる。
「────」
「だ、大丈夫ですかアマデウス……?」
「あっはっは──音楽なら、何時間でもやってられる、んだけど──な──」
……どうにか少女4人が合流し、歩調を揃え始めたその大きく後方。
英霊化してマシになっているとはいえ、肺活量と聴力と音楽の才と若干の魔術技能以外は一般人としか言えないアマデウスが困憊し地に臥せっていた。その脇ではベディヴィエールが恐る恐る様子を伺いながら、ぐったりとした彼を抱えていくべきだろうかと逡巡していた。
響たち一行が出発した後のギャラルホルンゲート前。子ギルが陣を張ったその前で口火を切ったのはキャロルだった。
「さて、だ。オレはシャトーを確認し、資材を回収できるものは回収しておきたい。それらをこちらの世界に残されたS.O.N.G.本部に運び入れて拠点としたいのだが、何か問題はあるか?」
『シャトー……って、新宿のあのでっかいやつかい?あそこは魔都のど真ん中だろうに、行って戻ってこれるとは思えないけど?』
ダ・ヴィンチはキャロルの意見に苦言を呈する。
帰還する術はあるのか、と暗に尋ねる彼女に、キャロルはふむ、と顎に指を当ててどう説明すべきかを考える。
「戻ってこれるか否かで言えば、可能だ。……とはいっても、あくまで魔神の言葉が正しい前提──新宿の魔都に
『魔神の言葉を信じるのか?魔神との会話データはこちらでも把握しているが、敵対している事実に変わりはない。仮に嘘だった場合、守護天が陣取る場所は必然シャトーになる……戦いになれば、おそらく──』
「負けるだろうな、ソレぐらいは判っている。──ふん、そう気にすることじゃないだろうよ。魔神の言葉、新宿の守護天がいないというのは十中八九で事実だからな」
弦十郎の心配をどこ吹く風とばかりに、キャロルは出立準備を始める。
キャロルの言うように守護天がいない場合、アルカノイズを召喚・指揮できるキャロルにとってデモノイズは驚異たり得ない。新宿の指揮者はキャロル自身が撃破済みであり、それが再召喚される前……つまり今なら侵入が容易であるという理屈は正しい。
『なぜ事実だと判るんだ?もし相手のやり方が判るのであれば、可能な限り教えてくれないだろうか』
キャロルの言葉に弦十郎はもしや、と期待を込めて問いかける。
が、弦十郎の期待の答えを返したのはキャロルではなかった。
『……あー、そうだね。別にキャロルの説を補強しようというわけじゃないんだけどね。もしこの世界が私の想像どおりなら……魔神の言葉、少なくとも守護天がいないというのが事実であるというのは正しいというのがカルデアの見解だ。
詳細はまあ、追って説明するとしよう。これについては、今説明しても後で説明しても結果に変わりはない類の内容だからね。どうせ説明するなら出てっちゃった響ちゃんたちが戻った後、攻略時のブリーフィングでまとめて説明すべきだろう』
『……そうか、いや、2人がそこまで言うなら引き下がろう。だが、全員揃ったなら説明してくれるんだな?』
『時間があればね。何分今回は時間が大敵だから、悠長な説明をしているわけにもいかない。こっちでも端的に言葉をまとめて説明するつもりだけど、状況と制限時間によってはすごいざっくりしちゃうかもだ』
「……話は終わったな?では、オレは行くが……そうだな。ダビデ王、付き添いを頼めるか」
「え、僕かい?やっぱり女の子を引きつけるカリスマがあるのかな?いやあ参ったなー」
まあ当然だよね、と言わんばかりの態度で爽やかな笑みを見せるダビデだが、キャロルは鼻で笑う。
「ハッ。ブリュンヒルデとダビデのどちらを付き添いに、となったときの消去法だ。イザという時に、ゲート防衛に際して手数が効く方を残すのは当然だろう」
「そうかい?それは残念だね」
「ほざけ」
微塵も残念そうにしていないダビデにそう吐き捨て、ダビデと自分の足元にテレポートジェムを叩きつける。
物珍しそうに足元を眺めるダビデはそのままの表情で、キャロルはそんなダビデに呆れたような表情で。彼女たちは瞬時に姿を消した。
「時間があれば、か……」
僅かに遡りS.O.N.G.の発令所。モニターに映る、所謂『モナ・リザ』が喋っていると形容できそうなその人物──ダ・ヴィンチの言葉にひとまず納得したのか、弦十郎は憮然としながらも口を閉じる。
弦十郎もキャロルとダ・ヴィンチが共通して確信を持っているということは理解した。彼女たちが共通し深い物を持ち、弦十郎達が浅い知識分野……所謂「概念」「錬金術」「魔術」などが関わってくるだろうことも。
(だが、相手の説明を待つだけというのは良くはないな。彼女らの知識だけで補えない部分を見落としている、なんてことが万一にあっても困る)
別にキャロルやダ・ヴィンチを疑っているわけではない。だが諜報機関の系譜を継ぐ風鳴の一族に生を受けた弦十郎だからこそ、情報の確度を上げることが如何に重要かを理解していた。
と、そこで弦十郎はモニターから目を外し、別端末に取り付いて解析中のエルフナインをちらりと見やる。
「エルフナインくん。──彼女たちの言葉が真実であるとして、その場合、何が問題になると思う?」
「……はい。やはり時間と──最優先で攻略する魔都がどこなのか、だと思います。この十の魔都のうち、何処が起点で、何処が終点なのかが焦点になります」
「起点に終点……やはり、何らかの規則性が?」
弦十郎の言葉に、エルフナインがこくりとうなずく。現状の情報だけでは起点がどちらなのかまでは推測しきれていないにせよ、魔都の配置が何を示しているのか。それをエルフナインはしっかりと理解していた。
「魔都、という言葉はあちらの方々が造語したものと聞いていますが、実際は都市部以外にも魔都は存在します。
そして、その配置はバルベルデと新宿を極点とした配置であり、バルベルデが最も近い魔都は2つ、新宿が最も近い魔都は3つ建造されていました」
いいながら、エルフナインが空間モニターに光点を配置していく。
地球儀を簡素化したような立体図に次々と点が表示され、やがて10の光点が点灯した。
それを見て、弦十郎が唸る。
「……この国にあるのは、長野の皆神山、松代の風鳴邸、そして深淵の竜宮か。確かに重要拠点ではあるが……」
「はい。そのうち前の二箇所はまだしも深淵の竜宮は歴史的にもレイライン的にも重要ではありません。ですが、その3箇所が新宿からバルベルデを結ぶ線の中間点となるように線を引くと……」
「──ッ、これは……ッ!」
空間モニターに今度は光の線が引かれ、新宿とバルベルデ、地球の表裏を繋ぐ3本の線が表示される。モニターに映るその立体図に、弦十郎は思わず息を呑んだ。
発令所がわずかな沈黙に包まれる。やがて誰のかも判らぬ、息を吐き忘れていたかのような長い溜息にも似た吐息の音で静寂が破られた。
「……なるほど。新宿とバルベルデを繋ぐ3本の線、その上に全ての魔都が乗るという事か。であれば、確かに新宿とバルベルデのどちらかが起点ないし終点と言うことになるが……」
「はい。ですが、今のところはここまでです。守護天を置かない理由はいくらでもでっち上げられますから」
エルフナインの言葉に、弦十郎がモニターに映る図式を眺める。
映し出されている図は球形の立体図から、起点を上、終点を下とした平面図に置き換えられており、どの魔都がどう繋がっているかがひと目で理解できるようになっている。
そして、その図式は世間にあまり知られていない、しかしちょっとでもオカルトをかじったなら知っていそうな図式と酷似していた。
「しかし、こんな図を拝むことになるとはな……。だが、これを見れば彼女たちのような専門家が相手の手法をすぐに把握できたというのも頷ける」
「本来、映し出されているソレは錬金術とはあまり深い関わりではありません。これは一種の信仰形態、あるいは神秘思想の一派として見られたものです。ですが、同時に魔術的な概念としても確立しています」
平面化された10の魔都は、左に3つ、中央に起点・終点を合わせて4つ、右に3つで並んでいる。
左右対称となるように配置されたソレは、エルフナインの意向で新宿を終点としている。
最初は縦線しか無かった図も、エルフナインがどんどん書き足すことで網の目のようになっていた。
「10の
モニターに映し出されていたのは、神の力の流れを示すもの。同時に、逆を流れ高次の存在に至らんとする経路を示したもの。
魔神の計画の一端たるその図式は、暗い発令所の中で煌々と輝いていた。