SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第5節 魔神攻略に向けて(3)

「さて、ここがチフォージュ・シャトー……オレが居城としていたワールド・デストラクター内部だが……」

「いやあ、空間転移は初めての体験だったね。レイシフトとは違う感じで実に新鮮。……それにしても、遠くから眺めてた頃から思ってたけど随分と荒れ果ててるものだね」

 

 時は僅かに遡り、キャロルとダビデはテレポートジェムにより新宿都庁の真上、チフォージュ・シャトーへと転移を果たしていた。

 シャトーの内部は魔法少女事変以降から手を加えられていなかったため、一部が崩落していたり大きく崩れてはいるものの、凡その形状だけは保たれていた。

 パイプオルガンのような巨大な機構が盛大に破損している光景を眺めながら、ダビデが気安げに話す。

 

「今となっては夢の跡……いや、妄執の残骸だな。しかしまあ、オレが此処に来る前にこの国の政府やらに密かに持ってかれるものかと思っていたが……存外と残っているな」

 

 崩壊したかつての居城を見るキャロルは、その言葉に懐古の念を滲ませる。尤もそこまで衝撃を受けたわけではないらしく、辺りの機材の確認や城の遍歴を推測している辺り、彼女にとっては既に過去でしか無いことが見て取れた。

 

「あまり手を触れたくなかったんじゃない?君は腐っても優れた術師みたいだし、工房に何が仕込まれてるかと思えば、ねぇ」

 

 キャロルの心情を知ってか知らずか、ダビデは彼の常識に則った言葉を吐く。

 魔術師の工房は要塞であるというのはダビデに限らずカルデアの面々にとっては一種の常識であり、術者が優れているほどその工房は危険であるとなるのもまた然りである。

 そんな彼の言葉に、キャロルは嘲笑を漏らす。その嘲りはダビデにではなく、この国の政府機関等に向けられていた。

 

「確かに罠も用意していたがな。歌女共はおろか三枚目のイカレですら盛大に踏み砕いているというのに臆病な話だ。まあ、オレが子飼いになったからと言う可能性もあるが……と、こちらだ。着いてこい」

 

 そういって、キャロルは瓦礫をどけながら崩落した通路を歩いていく。ダビデもそれに付き従い、キャロルがどけるのに手間そうな瓦礫をヒョイと退けていく。

 細身な外見とは裏腹なその膂力に、キャロルは改めて目の前の男が人外であることに感心した。

 

「こういう時は男手を頼るものだよ?特にもそう、イケてて力持ち、カリスマ豊かな羊飼いとかね?」

「……騎士の方ならまだしも、貴様に頼る気力は湧かんな」

 

 キャロルの視線に気づいたのかダビデが笑顔で自己アピールするも、当のキャロルはスッパリと切って捨てる。

 無情なキャロルの言葉に、形だけ肩をすくめるダビデ。

 如何にも辛そうな動きと裏腹にその表情は笑ったままであり、一切ダメージがないことが誰にでも見て取れるその姿にキャロルはため息を吐く。

 

「……全く。よくまあこんなロクでなしを連れ歩けるものだな、貴様のマスターは」

「手厳しいなあ、別に僕は(相対的には)そこまでひどくないよ?……それで、こんなところまできて一体何を探してるんだい?」

 

 通路を進みながら、悪態をつくキャロルにダビデが問いかける。

 資材が欲しいという話で此処まで着いてきたダビデだが、辺りの設備は瓦礫に埋まったり内部がショートしたのか内側から破裂したりとどれも使えそうには見えなかった。

 何もデモノイズがここまで壊したというわけではなく、あくまで嘗てキャロルが起こしたという事件の中でここまで壊れたということであれば、この状況も想定できていたはずである。であれば、それでも尚必要な物品があり、それを求めてきた可能性が高いとダビデは踏んでいた。

 

「言外の意味が気になるところではあるがまあいい。探しているものか……なんのことはない、オレの想い出だ」

 

 キャロルの口から出た言葉に、ダビデが僅かに身体を硬直させる。

 想い出、想い出である。こんな危険地帯まで来て必要なものが想い出と言われ、ダビデは自分の理解が足りなかったことを思い知らされる。

 今まで彼女と対話してきて現在の彼女のパーソナルについてそこそこ理解できていたつもりだったが、どうやら女性の深淵はまだまだ奥深いのだとダビデは一人納得する。

 

「……えっと、うん。そうだね、想い出は大切だよね」

「何か勘違いしているだろう、貴様。……とは言え、説明もなしに連れてきたのは事実か」

 

 慈愛の笑みを浮かべていたダビデに呆れたような視線を向けたキャロルだったが、よく考えれば自分の説明不足もあるかと自省する。

 

「想い出という言葉だからこそ奇妙に聞こえるだろうが、これはこちらにおける錬金術用語と思ってもらって構わん。想い出とは記憶、直截的に言えば脳神経を通う電気信号に他ならん」

「……まあ、今の時代の技術で言うならそうなるのかな。しかしまあ、随分ファンシーなネーミングだ」

 

 記憶というのは脳細胞が刻む情報記録でしかないと宣うキャロルに、ダビデはやれやれとばかりに肩をすくめた。

 ダビデの生きていた時代であれば魂やらなんやらが関わってくるものだという認識が一般的であったが、それも昔の話である。

 魔術的にはそれ以外にも物体、あるいは世界そのものに刻まれる「記録」……生物的な記憶とは異なる一種の法則に近いものもあるが、少なくともこの世界における錬金術では意外と科学的なシステムが組み込まれているらしい、とダビデはキャロルの言葉から理解した。

 

「想い出というのは個人を構成する巨大なリソースであり、錬金術の原理たる等価交換の基本則に基づく錬成資源としては極めて有用だ。オレたち錬金術師……いや、語弊があるな。少なくともオレはソレを燃料源として強大な力を行使する。一部例外こそあれど、内在魔力だけでは大出力を生み出せないからな」

「ふぅん。僕は魔術師じゃないからなんとも言えないけど、まあ足りない分を他所から持ってくるのはよくある話だね」

 

 相槌を打ちつつ、先を語るように目線で促すダビデ。

 その視線を鬱陶しそうに感じたのか、キャロルは表情を歪めた。

 

「……そう急かすな。想い出を探すと言っても、何もそこかしこにオレの記憶が零れ落ちているわけではない。先程言ったが、オレの想い出は錬金術の燃料であり、錬金術の行使に際し焼失する。そんな技術体系を扱うオレが、対策も練らずに数百年も活動出来るわけがあるまい」

「そりゃそうだ。となると、何らかの手段で想い出を装填するシステムを持っているということかな?」

「そういうことだ。……まあ、装置がダメでも最悪中身があればどうにでもなる」

 

 キャロルのなんとも不明瞭な言い方にダビデは首をひねる。 

 

「ふうん。想い出……記憶を入れるってなると高速学習とかかな?……直接知識・智慧を頭に入れられる学習装置か、良いビジネスの匂いがするね」

「……その発想は無かったな。それもある意味錬金術だが」

 

 経済的に貪欲な姿勢を見せるダビデに、この英霊は過去の王ではなかったのだろうか、本当はウォール街の英霊とかではないのか……などと言う思いが脳内を駆け巡る。

 あんまりにも即物的なエコノミック発言に、ああそう言えばこいつもユダヤ人か、などという偏見に満ちた言葉を思わず飲み込んだキャロルだった。

 

「まあいい。そら、ここだ」

 

 盛大に破損した扉の残骸を無理やりこじ開け、その中へと歩を進めるキャロル。

 ダビデはソレの後を追うようにして、キャロルの想い出があるという部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

「……なるほどね。あ、僕を連れてきたのってここら辺も理由にあるのかな?」

「ないではないな。王である以上、現実的な判断でこの設備を許容する可能性もあるかと考えていた。そういう意味ではサー・ベディヴィエールなどが着いてこなくてよかったと言うべきか」

 

 自分の言葉を肯定するような言葉を返すキャロルに、肩をすくめ嘆息する。

 ダビデの視界に映るのは、壊れた金属製シリンダーや用途不明の錬金術の機材と思われるもの。そして──。

 

「それで、ここいらのシリンダーに残っているのは……エルフナインと一緒のホムンクルスかな?随分ぼろぼろだけど」

 

 ダビデの目線は破損した大きなシリンダーに向けられている。

 シリンダーに付いたガラスの窓から中を伺えば、そこにはキャロルやエルフナインと同様の姿をした少女──だっただろう、その身が崩れた遺骸が残されていた。顔周りの損傷が殆どないことから、ダビデはそのホムンクルスが誰を基にしているのかを即座に察していた。

 

「ああ。オレの予備機として使えるだけの精度は無いし、エルフナインのように錬金術を使わせられるだけの近似性も無い。どうにも使い途がなくて放置していたものだ」

「へえー。背格好は大体似たようだけど、そこまで近似性がないのかい?」

 

 キャロルの人道を盛大に無視した発言を軽く流し、シリンダーをまじまじと見つめ疑問を浮かべるダビデ。

 髪型といい顔といい、生前(?)はエルフナインやキャロルのそれと同じに見えただろうにというダビデの言葉だったが、キャロルはソレを鼻で笑う。

 

「当然。パっと見た外見すら違うような失敗作はその時点で廃棄するに決まっている。これは髪の色素が定めた閾値を超えているのと、本来のオレと違う所に黒子がある。あとは……」

「あとは?」

「身長が2cmばかりこちらのほうが小さい」

「……まあ作ってるのはキミだから、その基準等はキミの考えによるんだろうし僕がとやかくいうことではないけども……マスター達には言わない、見せない、聞かせないほうが良さそうだ」

 

 キャロルが連々と相違点を挙げていく。余人が聞けば何をその程度で、としか言えないような違いではあるが、キャロルにとってはその時点で作業要員としてすら使わないレベルの差異であるらしい。

 魔術師、あるいは錬金術師ではないダビデは、そんな理由で放置されているのかと憐憫の感傷を抱く。だが同時に、必要な基準を持たずに造られたものであれば廃棄もやむなしか、という冷徹な考えもその脳内に存在していた。

 とはいえ、サーヴァントであり常勝の王であるダビデにとって目前のホムンクルスへの感情はその程度ではあるものの、流石に年頃の少女であるマスター及びマシュ、正義感の強いベディヴィエールなんかには知られないほうが良いだろうと独りごちる。

 

(特にもマスターが知るのが問題だろうね。彼女は善人だから、キャロルのやり口をあまり良く思わない可能性は十分にある。……多少人道に悖るとしても、キャロルの行動が止められることで戦力外になるのは痛手だからね)

 

 人食いの怪物や殺人鬼なんかも含めてカルデアの仲間として認めているマスターである。今更、この事実が明るみになったところでキャロルを嫌うとはダビデは考えていない──が、それはソレとして非人道的手段はNGとするのもカルデア最後のマスターの特徴なのだ。

 勿論、装置を使わない場合についてもキャロルが織り込み済みの可能性は充分あるものの、なるべく戦力低下の愚を冒す可能性は減らすべきだと現実主義者のダビデは判断した。

 

「ところで、そのホムンクルスをどうするんだい?拠点にしたいっていうこちらの世界のS.O.N.G.の本部に彼女ごと運び入れたりなんかしたら、流石にマスターが黙ってないと思うけど」

「…………どうするか、か」

 

 ダビデの問いかけに徐に押し黙るキャロル。その顔にはどう説明すべきか、というよりどう言葉を選ぶべきかという苦悩が見て取れる。

 珍しいものを見たとその様子をダビデがしげしげと眺めていると、やがて言葉がまとまったのか、静かに口を開いた。

 

「……このホムンクルスは死んでいる。哲学的な意味ではない、生物として生存の状態にないという意味で間違いなく死んでいる。……そもそも起動させる前に施設が損壊してしまったのを死んでいると言って良いのかはともかくな」

「…………」

 

 キャロルの真摯な語り口に、ダビデは口を挟まず話を聞く姿勢を取る。

 

「この状況から、こいつを生の状態に……改めて生命として稼働させるのは不可能だ。ワールド・デストラクターは崩壊し、ガワはともかくシャトーとしての機能も半壊状態だからな。その設備を修繕する資材を集め終わる頃には魔神の野望が成就しているだろうよ」

 

「────だが、こいつが入っているシリンダーはまだ使えるかもしれん。調べてみないことにはわからんが、記憶をインストールするための設備──オレが錬金術を使う過程で失った想い出を補填することも可能かもしれない」

 

 キャロルの言葉は醒めたモノ。目の前のホムンクルスをもはや一顧だにせず。だが、ダビデはそれに苦言を呈する気はなかった。

 彼女がホムンクルスの死を語るとき、その顔には一種の使命感、罪悪感、後悔のようなものがないまぜになった表情が浮かんでいた。その顔を見て、ダビデは彼女を糾弾することが……出来ないわけではないが、糾弾しようとは思わなかったのだ。

 

「……うん、わかった。土台僕が何かを言うような立場じゃないし、さっぱりやると良いんじゃないかな」

 

 結局、ダビデはホムンクルスにもキャロルの事情にも深入りしないと決めた。彼の仕える先はカルデアのマスターであり、キャロルと今後深い付き合いがあるわけではない。わざわざ胸中にいらない心配や不要な悪意を抱える義理は無いとダビデは切って捨てた。

 ……自分が何をしなくとも、お人好しな己のマスターがキャロルと親しい間柄を築くだろうという確信があったのも理由だが。

 

「ところで、僕は何か手伝ったほうが……」

「いや!……周りの瓦礫を退けるだけでいい。その後は事が済むまでどこぞで待っててくれればいい。どうせ想い出のインストールは少し掛かるしな」

「……?」

 

 ダビデの言葉に、やけに食い気味に遠慮するキャロル。彼女の様子を不審に思いながらも、ダビデは瓦礫を退ける作業に取り掛かった。

 その様子を見ながら、キャロルは今更ながらに思案する。

 

(……問題は、既に意識を持つオレに新たに想い出を上からインストール出来るかどうか、という話だ。やもすれば無様を晒すかもしれんし、そもそも出来るかも怪しいものだ)

 

 なるべくなら見られたくない、というのがキャロルの正直な感想である。

 そもそもこの設備は造られたばかりのホムンクルスに錬金術などの知識を埋め込むためのもの。所々欠けているとは言え既に記憶を持っているキャロルに対して使えるような設計ではなかった。

 が、このままではキャロルの戦力的な限界は決戦前に訪れる可能性が高いということは彼女自身が把握していたため、出来ることはなんでもやり通す必要があった。

 

(ダメだった場合……)

 

 と、キャロルはちらりとホムンクルスを見る。余り気が進まないことではあったが、それでもやらなければいけないことだと彼女は決意を呑み込んだ。

 

「……ところで、僕は何処らへんで待っていればいいかな?こういう言い方はどうかと思うけど、ここは敵地のど真ん中で、記憶のインストールともなれば結構な隙を晒すだろう?となればほら、なるべくならお互い離れないほうが安全だとは思わないかい?」

 

 瓦礫を退け終わったところでキャロルに声をかけるダビデ。

 さっきの不審な様子にすごく興味をいだいていたダビデだったが、そんな好奇心をおくびにも出さずに安全性を重視した(という体の)方針を提案する。器用に本音と建前をきっちりと融合させた上で本音を隠した提案を出来るというところからも、彼の王としての道を選び生き抜いただけの才覚を感じさせた……この場では無駄もいいところだが。

 

「あ、ああそうか。あー、いや。そうだな、それならば外を見張っていてくれ。そこの扉の外でな」

「うーん?うん、判ったよ」

 

 キャロルの態度はどうにも怪しい。露骨に疑ってくれと言わんばかりのその態度にダビデの好奇心は大いに刺激される。

 勿論、好奇心が刺激されたからといって無理に覗くつもりはダビデにはなかった。英霊でありながら出歯亀に終始するというのは如何なものだろうと自問するだけの真摯さは確かにダビデも持ち合わせていたのである。

 

(……要件が終わったって勘違いして覗き込んでしまうことは……うん、十分可能性アリだ)

 

 無駄に言い訳を考えながら、ダビデは一旦部屋の外で辺りを見張ろうと扉へと向かう。電源が通ってないためか自動で開かない扉に指をかけ、持ち前の膂力でこじ開けてそのまま部屋の外へと消えた。

 

 

(……よし、視線は感じんな。……少々不審過ぎる態度だった、とは思うがどうにもな)

 

 ダビデが部屋から出て数十秒。足音も聞こえず、覗き見ている様子もない。

 視線が通ってないことを確認したキャロルは、ホムンクルスの入っているシリンダーの扉を開き内部を見回す。

 

(システムは──やはりだめか。稼働自体はしているが、既に覚醒しているオレにインストールできるようなものではない。他の機材が壊れてることを鑑みれば、今から改修するには時間が足りないな)

 

 現状をその目で確りと確認し、ため息を吐いて目線を落とす。その先には起動すらされないまま、只保存され放置され続けたホムンクルスが眠るような姿で停止していた。

 その姿に、キャロルはなんとも言えない表情を浮かべる。

 

(……仕方ない。許せ、とは言うまい。こいつと同型機を散々と使い潰してシャトーを造り、錬金術を磨き上げたオレが──今更こいつにだけ許しを請うことこそ馬鹿げている)

 

 内心の思いとは裏腹に、キャロルの身体は僅かに震えている。

 力の入っていない、崩れた矮躯。自身とほぼ同じ姿をしたそのホムンクルスは、己の復讐心によって生み出された咎の象徴である。

 復讐の狂気によって只々に邁進していた数百年の罪過は数え切れず、今に至るまでに奪った命もまた然り。ホムンクルスであれ人間であれ命を奪ってきておいて、いまさら罪悪感もあったものではないと己を嘲笑する。

 

 やがて意を決したのかキャロルはホムンクルスへと近づき、その頭部を両手で支える。

 

 そしてそのまま顔を近づけ……その唇をホムンクルスの唇へと押し当てた。

 

(……ああ、そうだ、そうだった。オレの、オレの想いは……パパの願いは……)

 

 想い出が互いの唇を通してキャロルへと流れ込んでくる。最低限以外全てを焼き捨て、失っていたキャロル・マールス・ディーンハイムの今までの記録が彼女に再び刻まれていく。

 キスの姿勢を10秒ほど維持した後、事が済んだキャロルはホムンクルスから口を離し、元のシリンダーへと戻す。

 

 

「……まさかそう来るとは、流石に急すぎてびっくりしたね!」

「!……ちっ、やはり見ていたか」

 

 虚空から声が聞こえたことで驚くも、すぐに調子を戻し悪態をつく。

 なんとなく声の聞こえたほうを向けば、扉は閉まったままであり……そこに青い燐光が集まっていき、やがて一人の人間の形を作った。

 

「いやあ、無音だったから終わったかなーって」

「……臆面もなくそう言える度胸と面の皮だけはさすがだなと褒めてやる。……サーヴァントというのは随分多彩だな。いっそそれで魔都に侵入して、守護天を無視して敵指揮者デモノイズを駆逐してほしいものだ」

 

 先程の粒子が結集したかのような出現はサーヴァントとしての力だろうとキャロルは当たりをつける。

 ダビデに量子転移のような逸話があるとは聞いたことがないのもそうだが、何よりサーヴァントが霊体であると言うなら、この世界の物理干渉に依らない状態への遷移が出来るかもしれないと思い至ったためである。

 

「できれば良いんだけどねえ。まあ霊体化は実体化状態と違って物理的な干渉が出来ない・されない・検知されないって利点はあるけど、魔術的には感知され得るからなあ。アサシン、特にも専門家のハサン・サッバーハとかなら霊体化せずに感知網をくぐり抜けられるのかな?」

「……そこは確りと検討するのか。真面目だか不真面目だかわからんやつだな」

 

 盛大に皮肉をぶつけたら意外と真面目に返され、キャロルは諦めたようにため息を吐いた。

 

「いやいや、僕は真面目だよ、すごく真面目だ。キミの想い出の供給を覗き見ていたのも、周りを監視するのも己の役割と欲望に忠実だからこそさ」

「ふん、どうだかな。……まあいい、取り敢えず今般の戦いに使えるだけの想い出は補充できた。ホムンクルスが残っていたのは僥倖だった。もし全損してたらこの機材を持ち帰って、S.O.N.G.の規格に合わせて調節して……なんて、とてもじゃないが不可能だったからな」

 

 もしそうなったら戦線に参加できなかっただろうよ、などと嘯きつつテキパキと帰り支度を始めるキャロル。

 

 

 

 

「……ところで。オレからこう聞くのもあれだが、何も言わんのだな」

 

 作業の途中、先程のダビデの反応がふと気になったのかなんとはなしに口を開くキャロル。

 サーヴァントたちは意外と柔軟な考えを持っているようだが、それでも先程の行為はダビデの信奉する神にとっては禁忌ではないだろうかと首を傾げる。

 

「そりゃあ、見た目こそあれだけど必要な行為だったわけだし、見慣れてると言えば見慣れてるし」

「────」

 

 ダビデの返答に、思わず作業の手を止め真顔でその顔を見つめるキャロル。

 教義的に同性愛は禁忌だろうに見慣れているというダビデに、やっぱりこいつじゃないやつを連れてくるべきだったか、と何度目かも分からない考えが頭をよぎる。

 その沈黙、そして変態を見る目を向けられていたことで流石に自分の評価が落ちそうだと思ったのかは不明だが、ダビデは言葉を続ける。然程動じた様子でもない辺り、変態と疑われるのは慣れているのかも知れない。

 

「いやいや、そんな目で見ないでくれよ。カルデアの面々は見慣れてるから、僕だけじゃないから」

 

 ダビデの脳裏に浮かぶのは2人の少女。どちらもホムンクルス(及びそれに纏わる生まれ)であり、片方が魔力を供給するために同じ顔のもう片方の少女にキスをしているのは意外と日常茶飯事である。

 そう考えればキャロルの行為も(その行為の不可逆性等の問題はともかく)見慣れているというダビデの言は強ち間違いではない。

 

「……存外爛れているな、カルデア」

 

 ダビデの言葉に、カルデアをどんなものかと想像したのか身を震わせるキャロル。

 なにか勘違いされている気もするけど訂正する気もなかったため、ダビデはその言葉に黙って肩をすくめた。

 

 

 

 

 

「さて、取り敢えず使えそうな機材は凡そ纏めたが……」

 

 そう言ったキャロルの周りには、電子機器らしきものや機械制御駆動であろうそこそこ大型の機械。錬金術で造られたであろう金管やらが接続された用途不明の機材などが纏められている。

 その手には複数のジェムが握られており、まとめてテレポートジェムで運ぶつもりであることが見て取れた。

 

「うーん、魔術とかに疎い僕にはよくわからないけど、まあ重要そうだね」

「ま、そうだな。恐らくS.O.N.G.本部にも最低限の機材はあるだろうが、出来てせいぜいギアの調整や改造程度だろう。まして今は親組織たる国連の支援も受けられんとなれば、設備やらは自前で揃えられるだけは揃える必要がある」

 

 キャロルの戦闘手段は、主に錬金術によるものが大きい。所謂ゲーム的な魔法攻撃のような手段は当然持ち合わせているが、その本質は物質の変遷・流動にある。

 例えばアルカ・ノイズの製造・改造やテレポートジェムの作成などはそれ用の設備があってこそ。手持ちには限りがある以上、設備を確保しておきたいという切実な思いをキャロルは抱いていた。

 

「事前準備が必要なのは錬金術も魔術も一緒ってことだね。それじゃあ、此処にあるもの以外にもなにかないか一通り他の場所も見てくるよ」

「うん?ああ、やってくれるのであれば頼もう」

 

 親切心からの申し出をキャロルが了承したことで、ダビデはそのままシャトー内部へと姿を消す。

 その様子をみたキャロルは、ダビデに1つ事実を伝えそこねていたことに気づく。

 

「……主要な資材庫である此処にある機材がこの程度では、他の場所もたかが知れているだろうが……」

 

 まあ、何かあるかも知れないのは事実であり、何かが見つかれば儲けもの。そう考えたキャロルはダビデに探索を任せ、機材の整理を再開した。

 

 

「さて、と。うん、どれが価値ありそうかなんてさっぱり判んないね!」

 

 一方のダビデはと言えば、当たり前だが周りの機材がどれが重要なものなのか等については全く理解できていなかった。

 これが技術者系のサーヴァントや魔術師系のサーヴァントであればあるいは理解できたかも知れない。もしくは出身時代が近現代のサーヴァント、特にも現代武装を扱えるタイプの英霊なら破損の度合い程度なら把握できていただろう。

 しかし悲しいかな彼は古代イスラエルの王たる英霊。軍略戦略あるいは人心掌握なんかは専門分野であっても、科学と錬金術、それも異世界のそれを理解できるわけがない。

 

 結果として、やはりというべきか彼はめぼしい物品を見つけられないでいた。

 

「うーん……よし、戻ろう!」

 

 これ以上は無理だ、とダビデはさっぱりとした表情で踵を返す。流石の割り切りの早さであり、即断即決さは彼の合理主義性を表しているようだった。

 そしてキャロルの元へ戻る段になった彼だったが、ふと壊れた扉が目に入る……否、正確に言えば壊れた扉の罅割れの隙間が目に入るというべきか。

 

「……何か、いるのかな?」

 

 ダビデがその隙間を見た時、彼は直感的に「何かがいる」と思っていた。魔力はない、生命の痕跡もない。それが生物かどうかもわからない。

 ならばなぜそこに何かがいるのかと思ったのかといえば……暗がりに彼を見返すモノが在ったからに他ならなかった。

 

「……、これは……」

 

 隙間に近づいたダビデがそれを見た時、彼はまず最初に「手が込んでいる」という感想を抱いた。パッと見ただけでも、それは彼に理解できる価値観のもとで「有用そうである」という考に至るに十分だった。

 次いでこの場所の主を想起し──最終的に「使えるかも知れない」という判断を下した。

 ダビデは笑みを浮かべ、壊れた扉をこじ開ける。そしてそのまま部屋の内部へと手を伸ばした。

 

 

『……おい、何をやっている。こちらの準備は終わったぞ、そろそろ戻ってこい』

 

 シャトーの設備の残滓を使ったのか、通路に控えめな音量ながらキャロルの声が反響する。

 所々割れた音にダビデは若干顔をしかめるも、それもすぐに笑顔で上書きされる。

 

「それじゃ、戻らせてもらうか。なんとも面白そうなのを見つけたからね」

 

 聞こえているかはわからないが、ダビデはそう返答しつつ歩を進める。

 その肩には、最初の部屋を出たときには無かった大きな物体が掛かっていた。

 

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