SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
────────♪、──♪───
(……?きれいな……歌?)
少女は、旋律の中で意識を覚醒させた。
少女にとっては懐かしい都会の風景の中、彼女は今まで聞いたことのない、それでいて美しく胸を打つ歌を『夢の中で』聞いていた。
(──なんだ、また夢か。ああ、でも。いいなあ、こういう歌を聞いているとなんだか気持ちよくなってくる。誰かの夢、アマデウスあたり……でも、ないか。まさか監獄島みたいな……?)
少女にとって「夢」とは特別なものだ。少女は度々「誰か」の夢の中にいることがあるし、夢と現実の狭間にとらわれることもあった。夢に覚醒しているということは今回もその類だろうと少女は当たりをつけて周囲を見回す。
だがそこには誰もおらず、美しい歌が世界に満ちているだけ。最初は歌に関わる英霊の夢かとも考えたが、英霊の心象としてはあまりに現代的である都会の景色を前にその考えを否定する。
「……い、起きて……先輩……」
まあ歌がきれいだし、とりあえず状況が変化するまでは、と名目を付けて少女が歌に浸っていると、どこからともなく自身を呼ぶような声が聴こえる。少女はなんだろうと歌声に混じった呼びかけに耳を澄ませ──
「先輩起きて下さい!緊急事態です!」
「ぅおわぁ!な、何事なんですー!?」
大きな声が響き渡り、少女の意識は夢の世界から現実世界へと叩き出された。
標高6000m、一年を通して雪に覆われた山の地下。『人類の航海図を未来に至るまで保証する』と題目する人理継続保障機関フィニス・カルデアはその日、俄に騒がしくなった。
事の始まりはその日の早朝。活動している職員やサーヴァントもまばらなその時間に、カルデアの中央管制室に据え付けられていたカルデアスに新たな特異点の反応が確認されたのだ。
惑星の魂を複製・小規模再現した疑似地球環境モデル・カルデアスは惑星の過去・現在・未来を投影できるカルデアの発明の1つであり、人類の未来を保証するカルデアの役割の中枢を担うものである──本来なら。現在のカルデアスはしかし、人理焼却やそれにまつわる獣の残滓により可能性の坩堝と化していた。
カルデアス観測の専用機材である近未来観測レンズ・シバは、カルデアに発生した異常な歴史──特異点や、それに類する反応を観測できる。通常の歴史は当然のこと、人理定礎を揺らがす特異点やとある英霊による珍妙な
だからこそ、早朝に観測されたカルデアスの異常に対してカルデア職員は迅速な対応が可能だったわけで。それにやや遅れながら対応することとなった「人類最後のマスター」こと藤丸立香は、後輩にして彼女の最も信頼する「シールダー」クラスのデミ・サーヴァント、マシュ・キリエライトに連れられ、寝ぼけ眼で中央管制室へ向かっていた。
「先輩急いで下さい、職員やサーヴァントの皆さんはもう集まってます!」
「え、えっとマシュ。私まだ髪を結いきれてないというかなんというか……。あ、いや急ぐよ、急ぎますとも、うん」
可愛い後輩に急かされ、慌ただしげにその橙色の髪の左側をシュシュで結い上げる。このカルデアに居る人間の中で最も普通の人間である彼女は、こういった緊急的な厳戒態勢に対する耐性が(他の職員に比べれば)低い傾向にあった。
とはいえ、1年以上もの人理修復の旅路に身を投じていたこともあり。これでも当初に比べれば対応力も大きく底上げされている──何だかんだいって「慣れてきている」といったところであった。
彼女たちが小走りで中央管制室へと到着すると、カルデアスやシバと言った設備の担当者やコフィンの担当者である立香と似たような意匠の制服を着込んだカルデア職員の他に、時代背景から出身やらがバラバラとしか言えないような色彩華やかな服装・外見の存在が彼女たちを出迎える。
その中で、黄金比に富んだ豊かな体つきをした女性が笑顔を浮かべて2人に近寄る。その姿は人が正しく究極の美を体現せんとすればこのような見目になるのではないか、そう思わせるかのような美貌を誇っている。
「や、お揃いで到着かい?」
「すみませんダ・ヴィンチちゃん。その、先輩がまたレムレムしてまして……」
女性に声をかけられ、マシュが遅れた理由を説明する。立香は弱みを突かれたとばかりに「う゛っ」とうめき声を漏らす。
違うんだよ、起きようとしたんだけどなんか頭に聞いたことは無いけどきれいな歌が聞こえてついつい寝入っちゃただけなんだよ、等と言い訳にもならない言い訳を敢行する立香に女性……ダ・ヴィンチちゃんことレオナルド・ダ・ヴィンチが興味深げに反応する。
「歌、か。ふーむ、おそらくマシュは頑張って起こそうとしただろうに、夢で起きれなくなるというのは怪しいね。そもそも歌──音楽というのは、感情や情報、価値観を共有するための原初のコミュニケーション手段だ。必然、それらは種々の文化・民族に合わせて変化・発展するものだから、旋律や歌唱法なんかはそれ単体で歴史や文化を象徴すると言ってもいい。だというのに、君が夢で聞いたのは古今東西の英霊集うカルデアにいながら聞き覚えがない歌ときた。これはちょーっと気になるところかな?」
「────っ!」
「えっ。寝坊しただけだと思ってたのに、ダ・ヴィンチちゃんが結構真剣な反応……?」
思わぬところからの真面目な考察に、敬愛する先輩のために心を鬼にして苦言を呈そうとしていたマシュは表情を引き締める。大切な後輩からお説教を受けなくなった立香も、万能の天才からの真面目なフォローにそういえば、と思い返す。
ダ・ヴィンチの言うとおり、このカルデアには過去の神話伝承に語られる英雄や歴史に名を残した偉人たちが昇華した存在である英霊──正確には"座"に本体が存在する彼らの影法師、魔術用語としては
そしてそんな彼ら彼女らの奏でる楽曲についても当然立香はよく聞いているが、逆に「全く聞いたことのない音楽」が夢の中に聞こえてくるというのはよく考えればかなりの異常であるということが立香にもよくわかった。
「って、ダ・ヴィンチちゃんもしかして私の聞いた脳内ソングって今回の特異点と関係あるのかな!?どうしようマシュ、歌詞とかほとんど覚えてないよ!?」
「せ、先輩落ち着いて下さい!大丈夫です、先輩なら鼻歌でもなんとかなると思います!……ではなく、ダ・ヴィンチちゃん、今回の特異点についてなんですが……場所が日本で、時代が──不明、とは?」
自分が夢の中ですごくうろ覚えだった歌が重要かもしれないという情報に、立香は軽くパニックを起こす。そんな先輩を自分も慌てながらもどうにか落ち着かせながら、マシュは今回のカルデアスの観測座標を確認し、疑問の声を上げる。
通常、カルデアスの観測結果は該当特異点の発生年代とその場所を座標として取得する。人理保証機関であるカルデアはそのデータを元に、マスターやサポートとして選出されたサーヴァントを
もっとも、法則が現在と大きく異なる神代やそれに近しい過去へのレイシフト程エネルギーや時間を必要とすることや、現在のカルデアではなぜか未来にレイシフトすることができないといった諸事情があるため、レイシフトならいつのどこにでもすぐにいける、というほど万能ツールではない。そして今回の観測記録は、この特異点がそういった難事に近しいものであることを示していた。
「……まあ、そういうことだね。といっても、別に神代ってわけでも未来って程でもないんだ。時代が不明っていうのはね、マシュ。──単純に、対象の特異点における"西暦"の人類史における起点が私達の世界と異なっているところにある。
つまり、今回特異点として観測されたのは──"異世界"さ。文明の発展度でいうなら私達の今いる年代より未来的な感じだけど、惑星を基準とした年代ではほとんど変わらない、現時点から数ヶ月……そうだね、遠くて精々1年程度過去の時代だろう」
「す、すごい近い時代の話ですね……。ですが、西暦と言えばいわゆる『彼』の生誕を境に定めたものである以上、西暦の起点がずれているということは、よほど大きく人理定礎を揺るがすような事件が起きたとしか思えませんが……」
ダ・ヴィンチの答えに、マシュは疑問を呈する。
西暦の定義を考えればその疑問は当然であり、『もし西暦がずれているのなら、そもそも西暦前後に特異点が発生しなければおかしい』と考えてることがマシュの表情にありありと浮かんでいた。
そんなマシュの反応に、ダ・ヴィンチは今から説明するよと懐から取り出したメガネを掛けながら説明モードに入る。余談だが、メガネ・ダ・ヴィンチを見た立香は胸を抑えてときめきを抑えようとしていた。
「さて、マシュの疑問に答える前に、だ。文明が明らかに私達の世界より発展した世界でありながら、その世界がなぜ剪定事象として処断されずに今も存在し続けているのかというところについて話していこうかな」
「とはいってもこれは簡単な話でね。該当する特異点の基となった世界と私達のいる世界の分岐点が極めて古い、それこそ星造りとか人類創生とかそういったレベルで異なった可能性の世界であり──端的に言えば、世界法則が大きく異なる世界だということさ」
「こうなってしまうと、如何にカルデアスといえども観測することすら不可能に等しい。なにせ世界そのものの法則が異なっているんだからね。我々の言うところによる人理定礎は、今いる太陽系では大体100年単位で発生する"発展性のない可能性の排除"という事象を指すけど、向こうにはそもそもそういった法則が存在しない可能性すらある──というか、ほぼ間違いなく存在しない」
「だからこそ、西暦の起点が我々の世界とずれていても、それを"正常値からずれている"と規定するシステムが存在しないし、剪定事象として消滅するようなこともないというわけだ。と、いうわけでここまでで何か質問、あるかい?」
「ええと、その、ですね……。先輩起きて下さい、ダ・ヴィンチちゃんの説明終わっちゃいましたよ!?」
ダ・ヴィンチが一通り説明を締めたところで話を聞いていたであろう2人を向けば、まるで当然とでもいうかのように立香は立ったまま眠っていた。マシュはそんな立香を頑張って起こそうとしているが実っている様子は伺えず、どうにもダ・ヴィンチの説明が立香にとって意味不明過ぎるあまりに、意図的に意識を遮断することで理解不能な事象に対処しようという謎の生理的防衛機構が働いているようであった。
まあ、立香の知識量を考えればそうなるだろうことをダ・ヴィンチは想定していたので、気にしなかったように話をすすめる。
「簡潔に言えば、だ。今回観測された特異点が本来辿る歴史に"魔術"だとか"人理"だとか、そういった"我々の世界の基準となる編纂事象"に存在する法則がない。この宇宙と違う常識を持つ異世界だから、年号とか歴史が違ったとしても剪定事象にはなりえないということさ」
「な、なるほど……?」
簡潔なまとめに、ようやくなんとなく理解を示す立香。自分なりになんとかその内容を噛み砕いているうちに、立香の脳裏にふとした疑問がよぎった。
「……あれ?じゃあなんで今回はカルデアスが特異点を観測したの?っていうか、そもそもカルデアスは魔術とかがない世界を観測できるものなの?」
「良い質問だよ立香ちゃん、今回非常事態とされたのはそこにあってね。
……カルデアスはあくまで惑星の魂を複製した地球のコピーなわけだけど、それが今回観測された世界の"地球"の魂のコピーかと言えばノーだ。仮に魂があったとしても魔術を始めとした法則が存在しない以上、私達の技術で観測できる形にはなっていないと考えるのが自然だからね。にも関わらずこうやって観測できているとなれば──誰かがそこに、我々の世界法則
「──ダ・ヴィンチちゃん、今わかってる情報を教えて」
ダ・ヴィンチの説明に、異世界とはいえ状況が極めて悪いことを十二分に把握し表情を引き締める立香とマシュ。彼女たちの要望に、当然とばかりにダ・ヴィンチは資料を渡し、説明を再開する。
「先程言ったように、この世界は法則の改変により我々に観測できる状況になっている。であれば、その法則改変者がこの特異点の鍵を握っていることは十分に想像できる。でもね、当然だけどそこまで大規模な世界法則の改変、それも単に固有結界で世界を入れ替えるのではなく、世界そのものを作り変えるなんて能力はそうはない。できそうな候補は最強種や全盛期の神霊を始め幾つかあるけれど──可能性が高いのは、ビーストIの残滓……魔神だ」
そういって、ダ・ヴィンチは先程渡した資料を指差す。2人が資料の内、魔神に共通する性能・機能について記載されている項目を確認すると、御丁寧にダ・ヴィンチのポップな吹き出し付きデフォルメ自画像で『ココを要確認!』と書くほど念入りに強調している箇所が目に入る。
「私達がかつて戦った七十二柱の魔神は、存在そのものが魔術の基盤として成立している。それら自体が一種の法則としての側面を持っているわけだ。そしてビーストのスキル『単独顕現』がある以上、本来は存在が許容されない別世界でも、顕現の条件を満たせば存在しているものとして確定してしまう。それらを総括して考えれば、本来あり得ざる法則の世界にあって別の世界法則を捻じ込むなんて真似をするのは──」
「──魔神くらいしかいない、ということですね。ですがダ・ヴィンチちゃん、あの神殿より逃走したとされる反応のうち、現在までで観測されたのはバアルとフェニクスの2柱です。とすれば、次の特異点は残った魔神柱のどちらか、ということですか?」
マシュの問に、意を得たりと頷くダ・ヴィンチ。冠位時間神殿ソロモンより逃走したとされる4柱の魔神のうち、亜種特異点を形成した魔神は「立香を殺す」ために新宿を亜種特異点として成立させた魔神バアルと、「復活する限り死ぬ」ことを恐れて中央アジア地下を亜種特異点とした魔神フェニクスの2柱。それ以外にも逃走途中に死骸となって漂流した魔神アンドラスのような例外も存在するが、残存する魔神柱は残りの2柱しかいないだろう、というのがダ・ヴィンチを含めたカルデア司令部の見解である。
「な、なるほどお……」
なお、彼女らの知らない歴史の中でひっそりと消滅した魔神ゼパルのことを立香は(とある事情から)記憶していたが、ここで言う意味がなく混乱を助長させるだけなのは彼女にも容易に理解できたため相槌を打つにとどめていた。
「……と、言うわけで。今回のレイシフト先は異変の中心と思われる日本の新宿──なんか前も新宿だったよね。新宿呪われてないかな……いや、それは置いておこうか。新宿へレイシフトしてもらうわけなんだけど、ここでちょっと問題があってね……」
とりあえずの相槌を受け説明を再開したダ・ヴィンチだが、レイシフトの内容について話す段になって後ろを振り返る。釣られて立香とマシュがダ・ヴィンチの背後を覗き込むと、そこには先程より待機していた大勢のサーヴァント達が立香に顔を向けていた。
立香は居並ぶ顔ぶれを見て、この中央管制室にこれほど大量のサーヴァントが居ることについてそういえば、と疑問を感じていた。今まで亜種特異点でのサポートとして共に戦ったサーヴァントは多岐に渡るが、それでも精々数人が良いところである。まさか数十人ものサーヴァントがサポート要員として待機するなんてことは今までになかったため、立香は今更ながらに面食らった。
「……誰がついていくのか、レイシフトするまで確定しないんだ。何分、ついさっきようやく観測できるだけの共通法則をもった世界だからねー。観測難易度としては神代かそれ以上だろう……まあ、レイシフトさえしてしまえば法則の解明が一気に進むだろうから、レイシフト自体の危険性は神代より遥かに低い見込みだけどね。で、そんな不安定な世界だからこそなるべく相性がいいサーヴァントを連れていって欲しいところなんだけど……」
「えーっと、世界の詳細が不明だから、そもそも相性がいいサーヴァントが誰なのかレイシフトするまでわかんない。……ってことは、まさかまさかの縁召喚(世界)!?」
ダ・ヴィンチの今までの話を総合した立香は、話の結論に驚きを隠せていなかった。
そもそも特異点修復の際にカルデア側で存在証明できるのは立香とマシュくらいであり、サーヴァントはその対象にはない。それでも通常の特異点はもとより異世界であったとしても、法則が共通していればそこに"座"という概念があるため、時間を超えた信仰により英霊の写し身であるサーヴァントは存在を確立することが可能である。
だが今回の世界のようにそもそも"座"という概念がない場合、存在証明のためにはマスターという楔の他に、現地における法則に則ることが必要となるとカルデアでは結論づけたのだ。
つまり、サポート役のサーヴァントは特異点の世界・法則と相性が良く、ある程度存在を確立できるサーヴァントを順次召喚していくというのが今回のレイシフトにおけるカルデアの方針ということになる。
立香はなんとかそこまで理解はしたが、流石に初手ランダムは博打が過ぎないかなーと一瞬考え込む。しかし、別に誰が来ても立香的には問題なく一緒に人理修復の旅路に就ける。仮にマタ・ハリのような非武闘派サーヴァントだけがついてきてすぐにワイバーンとかに襲われれば、そこで立香の旅路にレッドアラートが点灯することは疑いようもない。が、だからといって特異点の観測データが安定するまで放置して、結果として世界消滅となったら悔やむに悔やみきれない。
そんなことになったら一生罪悪感と後悔に苛まれることが容易に想像できた立香は、無駄な考えは休むに似たりと考え込むことをやめ顔を上げる。
「……うん、よし。立香、いけます!」
立香の決意の表情と共に放った宣言を確認したダ・ヴィンチは、笑顔を深めてメインオペレーター席へと戻る。マシュは力強く宣言する立香に、申し訳無さそうな視線を向ける。
「……すみません、先輩。私が、まだ力を取り戻せていないばかりに先輩や他のサーヴァントさんにばかり無理を……っ!?」
立香は、そんなしおらしくするマシュの両手で頬を挟み込む。突然の立香の行動に頬を染め目を白黒させた後輩に、立香は心からの笑顔を向ける。
「だーいじょうぶっ!マシュがここにいてくれるから私は頑張れる!もちろん他の職員さんもそうだけどさ、なによりマシュがいるから、私はここに戻ってこようって思える。マシュが見てくれているから、私はかっこよく……は難しいけど、できるだけキリッとやってみせるから!……だから、大丈夫、ね?」
「──はい、ありがとうございます先輩!それでは不肖マシュ・キリエライト、ナビゲーターとして先輩のサポートに邁進します!」
にこやかな笑顔を浮かべた立香に、驚いた表情だったマシュは表情を緩め、同じように笑顔で応える。そしてそのままダ・ヴィンチのいるオペレーター席に移動し、ナビゲートの準備を始めていく。
「いやあ、さすがの手並みだったよマスター。マシュの鼓動もマスターの言葉一つで劇的な改善を見せて……『聞かせて』くれたよ」
せかせかと準備をすすめるマシュを見てホッとしたように息をついた立香は、不意に声をかけられたのでそちらに顔を向ける。
視線の先に立っていたのは、ド派手に飾り付けた姿の長身(英霊の中では別段長身でもないが)の男性。ステンドグラスのような豪奢なマントを身にまとい、意匠にこだわったその姿は1人で劇場を形作るかのようである。彼の名はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。神の寵児と称された稀代の音楽家たる「キャスター」クラスのサーヴァントである。
「あ、アマデウス!ちょうどよかった、聞きたいことがあったんだ!ねえ、今日の夢で聞いた歌なんだけど……」
「……?」
立香は今日の夢で聞いた聴き覚えの無い歌について、歴史に残る程の音楽家であるアマデウスなら何か知らないかと考え、相談を持ちかけた。拙いながらも記憶に残っていた旋律を再現した立香の鼻歌を聞いたアマデウスは少し考え込み、それから顔を上げた。
「うーん、そうだね。アレだよ、マスターの聞いた歌は、多分幾つかの旋律が混ざってるね。今の鼻歌を聞いた限りだと、マスターはいろんな旋律が一緒に流れてたのを1つの曲として記憶したんだろう。僕の知ってる曲目は無かったけど、乙女の心がそのまま歌になったようなリズムと、僕の作曲するような音楽がぶつかり、混ざりあった感じだ。普通の人が一聴する限りではあまり違和感を覚えないだろうけど、旋律同士がぶつかってるよ。まったく勿体無い……」
「えっ、そこまで理解るんだ!?私のうろ覚えな鼻歌なのに……アマデウス、すごい!でも乙女の心の歌ってなに!?」
そんなアマデウスの分析に、目を見開いて驚く立香。立香のうろ覚えという鼻歌は実際とてもあやふやな代物でり、そこから曲の内容をしっかりと把握するという英霊たりえる流石の才覚を示したアマデウスに立香は賞賛と驚愕の言葉を送る。
「そりゃあ、乙女の青春とか恋とか愛とかそういうのがにじみ出るような──というのはさておいて。実際、今の曲がマスターの記憶違いというわけでもなければ僕が今回レイシフトに付き添えるかもしれないね。さっき僕が言った曲は、所謂現代で言うクラシックというくくりじゃなく、文字通り"僕"が作曲した曲に近い……まあ、実際に作った曲ではなかったけど。ともすれば、僕の曲をパクろうとした某伯爵とか居るかもしれないよ?」
英霊になれるほどの人間かは知らないけどねー、と冗談交じりに告げるアマデウス。彼の言うことはさておき、アマデウスの情報はレイシフト先の特異点の状況を把握する可能性の1つ足り得るものだった。多少なりとも先の世界の情報を得られた立香は、少しだけ気を楽にしていた。同行するサーヴァントが誰になるのか、という可能性を把握できるだけでも彼女にとっては今後の大雑把な戦闘・解決方針を推測できるというものである。
「立香ちゃん?そろそろ準備できるから
そんな会話を続けてたところでダ・ヴィンチから
『アンサモンプログラム スタート。
霊子変換を 開始します。』
『レイシフト開始まで あと3、2、1……』
霊子筐体の蓋が閉じたところで、機械的な音声によるアナウンスが響く。それと同時に、立香という人間自体が魂のデータと変換され始める。
『全行程
『アナライズ・ロスト・オーダー。
検証を 開始 します。』
やがてその存在が擬似霊子へと完全に変換される。『人類最後のマスター』藤丸立香は、カルデアスの示す座標、歌の響く特異点へと投射された。