SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第7節 勝利の座I:魔都ネツァク(1)

『──聞こえるか?……ああ、聞こえているようだな?』

 

 組決めが終わり、お互いに思い思いの談笑をしていたところで各員の通信端末に音声が届く。

 幼さが強調されているようでいて、それでもあからさまにやさぐれたような気風を感じさせるその声音。キャロルの声に、全員が話を止め通信端末を耳に当てる。

 

「キャロルちゃん!S.O.N.G.の本部使えるようになったの?」

『ああ。何分手が足りんから雑にしか使えんが……貴様らの方では何か問題はあったか?』

「特に問題らしい問題はない。強いて言うならお互いを再確認できた、というところだ」

『……?』

 

 意図の掴めない翼の返答に、キャロルは困惑を含む沈黙を返す。

 恐らくカルデア側とS.O.N.G.側で何かあったのだろうが……と考えた辺りで、考えても埒が明かないと首を振る。

 

『まあ、仲違いしていないようだし深く聞く意味もあるまい。それで、こちらの"歌"の準備はできたが、そっちは出立に支障はないな?』

「ええ、それは勿論問題ない。……このジェム、叩きつけるだけで本当に使えるのよね?」

『使える……というか、オレが何度も使っているのを目の前で見ているだろうが』

 

 今更ながらに若干不安そうな声を出すマリア。

 さっきからさんざっぱらキャロルがアルカ・ノイズ召喚やら空間転移やらに使っているのに何を今更という話ではあるが、彼女らは一度も使ったことがないので不安に覚えるのはある意味当然であろう。

 尚、テレポートジェムは転送時に事故が発生して別位相空間の狭間に飛ばされることもある。修正が効くものではない以上、言っても始まらないということでキャロルは説明を放棄しているが。そういう意味ではマリアの心配も的外れというわけではない。

 

「とは言っても、使わなきゃ話になんねーだろ。んで、あたしらはアマデウスの歌が聞こえたら転移すれば良いんだよな?」

『そうとも。ああ、勿論転移前にギアを纏っておくことを忘れちゃダメだぜ?転移先にノイズがいましたーってなったらシャレにならないからね』

「ゾッとしねえな……。ま、言われずとも展開済みだけどよ」

 

 アマデウスの言葉に肩をすくめて答えるクリス。今更ノイズごときにとはよく言うが、それでも接触が死を招くのは変わらないというのを彼女らは誰よりも知っている。故にこそ、(他の対策はともかく)ギアを使用せずにノイズ前に立つ愚行は彼女らが何よりも避けることであった。

 その答えに満足したのか、アマデウスはうんうんと頷き(御丁寧にも口でもそう言っていた)、音調の確認とばかりにピアノで和音を奏でる。

 

『──♪─……うん、良いピアノだ。それじゃ、そろそろジェムを準備してくれよ……っと。──さあて、耳を澄ませよ……人を楽しませる、だからこその音楽。じっくりと味わってくれ』

 

 アマデウスの言葉とともに、魔力もフォニックゲインも持たない只の"音楽"が流れ始める。シンフォギアを纏う装者たちにはそのヘッドパーツから、そうでない者たちには保持する通信端末から聞こえるその曲は、何も特殊なことのない……だからこそ聞くだけで理解できる程の天上の調べ。

 ソレを聞いていたメンバーは適度に力を抜き、そして己を改めて自覚できる。そういう風になるようにヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが奏でている以上、そうなることが必然だった。

 

「……これが、モーツァルトさんの──」

「──モーツァルトの演奏能力。いつ聞いても流石、という陳腐な評しか浮かばないのが悔やまれるな」

 

 調と翼が思わずという風に言葉を漏らすが、それは聞いていた装者たちやS.O.N.G.職員の共通の思いだった。

 特にアマデウスの生演奏を聞いたことのなかったS.O.N.G.側での感動は結構なものであり、少なくない職員が歌に聴き入り一瞬手を止めるほどだった。

 

『……うむ、歴史に名を残すほどの音楽家とはこれほどなのか』

『只の技術のみで概念的干渉に対処できる……成程、これほどの技術があれば可能なのですね』

 

『ははは、もっと褒めてくれていいんだぜ?──こっからずっと弾きっぱなしって考えるだけで気が滅入るからね!』

 

 弦十郎とエルフナインの称賛の言葉に気を良くするアマデウス。

 普段はこうやって自分の音楽を全面に押した作戦が無いためあまり目立っていないが、本来彼は飽きっぽい性質である。なのでこうやって褒めそやされることでモチベーションを維持したいということなのだろう。この状況だと飽きたからと言って弾くのを止めるなんてことはないが、それでもやはり演奏へのモチベーションは重要なのである。

 

「むむ、シカらばさっさと魔都の制圧をするほうが良いということデスね!」

「私達はこっちで防衛だよ、切ちゃん」

 

 切歌と調の掛け合いを聞いてそれもそうだと思った魔都制圧チームは、各々のテレポートジェムを準備する。

 

「それでは、司令」

『ああ。作戦開始だッ!』

 

 

 

 

「──と、意気込んで来た、ものの……ッ!」

 

 天羽々斬のアームドギアが閃き、周囲のデモノイズ達を横一文字に両断する。

 行動不能になったデモノイズが黒炭のように散っていくも、その穴を埋めるように新たなデモノイズが後詰めのように出現する。その様子に苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 

「ええ、全く驚きです。よもや転移直後にこれとは……」

 

 新たに出現したデモノイズが密集し切る前に魔銀の槍で叩き潰し、後続が集まる前に原初のルーンを使い道を切り開くブリュンヒルデ。

 平時はあまり感情を表情に乗せない彼女だが、今はその顔に焦燥が見て取れる。普段の彼女なら滅多にありえないことに、その額には汗が浮かんでいる。

 

 S.O.N.G.とカルデアによってネツァク(勝利の座)と名称付けられた魔都。長野県皆神山に構築されている、魔神アムドゥシアスが何らかの計画の要として建造したその領域は現在──デモノイズの巣窟となっていた。

 元々皆神山は聖遺物が埋まっているとの情報から発掘作業が行われていた場所であったが、とある事件以降は特段の音沙汰なく作業も終わり、土地の崩落が起きない程度に補強された坑道が残る以外は只の山でしかなかった。

 魔都、と呼称するもののこの場所(深淵の竜宮もそうだが)は人の生活圏から遠く離れており、およそ座標だけを考えて魔都を作っていたことが如実に透けて見える配置であった。

 

 そして翼とブリュンヒルデの2人は、そんな山中の入り組んだ坑道に犇くデモノイズを押し破りながら内部を進撃していた。

 

「──しかし、この数、それに──ッ」

「ええ、全く美しく、それ故に不快が過ぎる歌。こんな場所では、尚更に不快です……」

 

 戦場ではデモノイズたちが吹弾機関から荘厳な演奏を鳴り響かせており、アマデウスの楽奏がギアから流れているおかげで精神的な干渉こそ無効化しているものの喧しいことには変わりない。

 ましてや翼たちがいるのは狭い坑道。反響する歌はただその音量だけで彼女らの気勢を削ぐに十分なものだった。

 

「──ですが、ええ。大丈夫です、剣の貴女。その道筋、その鋒。私も手伝わせてもらいますね」

「済まない、ブリュンヒルデ……」

 

 それでも尚彼女らが戦える理由として、ブリュンヒルデの助力が大きかった。

 別に翼はブリュンヒルデが弱いとかそういう事を思っていたわけではない。実力は自分らと同格か、純火力はともかく万能性やらを考慮すれば同格以上とすら考えていた。ただ、ブリュンヒルデの連携能力の高さは翼の想像を遥かに凌駕していたというだけの話である。

 

 『英雄の介添』、戦乙女の性質が嵌り象られたそのスキルは読んで字のごとく共に立つ英雄をサポートするためのスキルである。

 魔力を対象と同調させ、その相手の行動判定に補正をかけるとするそのスキルにより、翼は自分ひとりの十全以上の実力を発揮することが可能となっていた。

 そしてブリュンヒルデ自身も英雄の傍に立ち共に戦うことを得手とする戦乙女である以上、ブーストされた翼の行動すらも読み切り僅かな間隙を潰すように立ち回ることを可能としており──結果として、精々雑兵程度のデモノイズが群れている現状は彼女たちにとって物理的には障害足り得なかった。

 

 故に、現在彼女たちを苦しめているのは唯一つ。

 

「……ふぅ、どうにかデモノイズの補完領域から逃れたようだが……」

「そのよう、ですね。ですが、その起点となる指揮者デモノイズが、こちらに向かっていないとは言い切れません。我々がするべきこと、やるべきこと。それを、デモノイズの補完領域から逃れられている今のうちに見出さなくてはなりません」

 

 坑道を突き通り、デモノイズの存在しない発掘部屋に身を潜めた2人は互いに顔を向け合う。その表情は双方ともに厳しいと言わざるを得ず、如何にこの状況が彼女らを苦しめているのかがわかる。

 そう、デモノイズが厄介なのは偏にその補完能力にあった。滅んだと思えば何食わぬ顔で後から湧き出るその姿に、翼は辟易していた。

 どうしたものか、そう思いつつ翼が周りを見渡せば……そこには、多くの資材が散乱していた。土埃を被っている発掘機材、坑道を示す地図と思しきもの(かすれて彼女らには判読は難しいものとなっていたが)、壁には発掘に回る担当を決めるために使用したであろう入坑者一覧表が傾いている。そして──。

 

「……ここも、か」

 

 そうつぶやく翼の前にあるのは、黒い炭素の塵と戦闘用に作られれたであろう銃器やヘルメットなどの武装。傍に落ちている認識票には、所属と名前が記されている。

 壁の弾痕とばら撒かれている空薬莢を見れば、彼らが此処で戦い……そして炭素分解されたことを示していた。

 2人は先程より戦いの最中、同じものをいくつも見てきた。この世界の人々の抵抗の残滓、魔神の行った暴虐の証だった。

 

「装備を見るに自衛隊員か……。この世界のS.O.N.G.が消失した中でも、彼らは戦ってくれていたのだな」

「ええ……。名も知らぬ彼らですが、それでも勇者だったのでしょう」

「ああ、彼らこそ護国のために……何より人々を守るために立ち上がり立ち向かった防人だ」

 

 そう呟いた翼は瞼を閉じて黙祷をする。そんな場面ではないと言うことは出来るだろうが、それでも翼は最期の最期まで戦った彼らに祈りを捧げたかった。

 ブリュンヒルデもまた翼に倣う。現世において勇敢に戦った勇者を神の身許へと導くことこそ戦乙女の役割ならば、自身が祈ることで彼らもまた彼らの望む死後へと導かれることを望んだ。

 

 やがて、ごく僅かな黙祷を終えた翼は怒りを押し殺すような震えた声音でポツリと話し始める。

 

「──この魔都を開放する。防人たる彼らの遺志を継ぐことにこそ、防人の刃たる私のあるべき姿だ」

「ええ、そうですね。だからこそ──私と同じ、戦乙女たるサーヴァントを討ち果たす必要があります。指揮者デモノイズを守る守護天となっているのであれば、対峙は不可避でしょう」

 

 ブリュンヒルデの言葉に翼も頷く。

 守護天、それがこの皆神山のどこかにいるというアムドゥシアスの情報が真実である、というのがカルデアとS.O.N.G.の出した見解である。

 膨大なデモノイズの霊基反応が正確な座標の把握を阻害しているものの、この魔都に魔神以外のサーヴァントらしき反応は確認できていた。

 

 と、ブリュンヒルデの言葉にふと翼が気になったのか言いづらそうに口を開く。

 

「……その、今更だが貴女は問題無いのだろうか。姉妹なのだろう?戦乙女というのは」

「────」

 

 ブリュンヒルデが目を見開くのを見て、やはり何かしら思うところはあったのかと翼は目を伏せる。

 今更言っても詮無いことであるが、それでもやはり姉妹同士。血縁のある互いと切り結ぶということにどのような思いを抱くのか、兄弟姉妹として育ったものが居ない翼は想像もできない。

 やらなくてはいけないこととは判っているし、この惨状を思えば止めないという道は閉ざされている。それでも、姉妹での戦いを強いざるを得ないという現実に翼は忸怩たる思いを抱いていた。

 

 が。

 

「ええ……。ええ、そうですね、そう……。…………問題……?」

「……?」

 

 なんというか、思っていた反応とは違う。いや、苦しそうな反応ではないことは良かった(と言って良いのかはわからないが)のだが。

 翼がブリュンヒルデの様子になんと声をかけたものかと若干悩むも、その前にブリュンヒルデが翼に向き直る。

 

「──問題は、ありません。ええ、戦乙女ならお父様に、大神たるオーディンに仕えてこそですが、今の私達はサーヴァントですから。召喚した方に仕えてることが定めなら、主の意によって槍を結ぶこともええ、それは当然なのでしょう」

 

 などとのたまうブリュンヒルデの表情に悩みらしい悩みは一切浮かんでいない。翼は人間の鑑定眼に自信と呼べるほどのものは持っていないが、それでも彼女が本心からそう言っているであろうことが伝わってくる。

 

(……成程。出掛けに互いの言葉を交えたつもりであったが……こうも考え方が違うものなのか。彼女が戦乙女だからか、あるいは古代の、北欧の価値観によるものか……?)

 

 おそらくは両方だろうと当たりをつけつつ、翼は彼女の反応を飲み込む。

 彼女の考え方は職業戦士として割り切っている。翼の立場から見れば確かに異常な思考回路と呼べなくもないが、割り切りが過ぎている事を除けば例えば傭兵のような価値観を持っているのだと納得もつけられる。

 

「むしろ、私としては貴女が大丈夫なのか……気にかかります。ねえ、剣の貴女。なぜこちらへ、勝利の魔都へと訪れたのですか?」

 

 自分のことは良いとばかりに翼に語りかけるブリュンヒルデの目は真剣そのもの。

 チームを決める際に、翼は風鳴邸以外なら皆神山を選ぶと言っていたことをブリュンヒルデは憶えていた。風鳴邸は成程彼女の名字を考えれば是非もない。だが皆神山については聞く限りでは特段翼と関わりがある場所ではない。

 出会ったばかりの彼女たちなので、当然互いの事情は知らない部分が多い。だからこそ、もし翼が皆神山に何らかの思いがあるというなら──そうブリュンヒルデが考えるのも無理らしからぬことであった。

 

 翼はブリュンヒルデの言葉にむむ、と口を噤む。

 

「……そうだな。ああ、私もそれは言っておかねばならんことだろう」

 

 出立前、翼はブリュンヒルデのことを理解しようと考えていた。相手のことをよく知り、連携力を高めることの重要性は翼は十分に理解していた。だからこそ、翼がブリュンヒルデのことを知るのみでは片手落ちであるとも気付いていた。

 勿論、翼がブリュンヒルデに合わせるだけ……それで十全に力を発揮できるならそれでも問題はないかも知れないが、場面によっては翼がメインで戦うこともあるだろう。ならばこそ、互いのことを互いに知っておいたほうがいいだろうと翼は判断したのだ。

 

 翼は坑道を見回す。この皆神山で聖遺物の採掘が行われていたのは今は昔。彼女が幼少期の頃、戦場に立つ心構えすら出来ていない時の話である。

 

「──皆神山の発掘隊が、嘗てノイズの襲撃で壊滅する事件があった。関係者は軒並み炭に還され、生存者はたった1人だった」

 

 翼は訥々と語り始める。

 

「彼女──天羽奏はノイズに復讐するために二課を頼り、ノイズを殺すための力……シンフォギアを得るために文字通り血反吐を吐いた。やがて適正は最低ランクにも関わらずギアを手にした奏を見て、偶々適正があったから、という程度の考えしか持っていなかった己に比してなんという精神力だろうと当時の私は思ったものだ」

「カナデ、ですか。その方はギアの装者だったのですね。ですが、その方は今は……」

 

 ブリュンヒルデの言葉に黙って首を横に振る翼。そうだったか、とブリュンヒルデも目を伏せる。

 翼の様子を見れば、奏という人間が翼にどれほどの影響を与えたのか想像に難くない。

 今の翼は正に人、そして国のために戦うにふさわしい戦士としての精神性を間違いなく持っているが、それも奏の生き様を見たことで「偶々適正があった」という己を昇華させたのだろう。そう思える程に、翼の語り口と其処から漏れ出る感情はどこまでも純粋だった。

 

「立花が今使っているガングニールはマリアがかつて使っていたものだが、それ以前は奏の──というと語弊があるが、奏の形見とも呼べるガングニールを纏っていたんだ」

「……カナデも、お父様の槍を担っていたのですか。では、貴女が危惧していることは……」

 

 一体何を心配しているのか、その心情を理解したブリュンヒルデの言葉に翼も頷く。

 

「ああ。──皆神山、戦乙女。疑似サーヴァントとして呼び出されるのがワルキューレであるというのなら、奏こそがその依代に成りうるのではないか。そう思えてしまった時、私は此処を選ぶより他になかったということだ」

 

 ある意味、ベディヴィエールが先んじて風鳴邸を選んだことは良かったのかも知れない。ブリュンヒルデに己の危惧を語るために言葉にまとめ上げたことが、翼の心にそういった考えを抱かせてしまう。

 下手に風鳴邸と選択肢を与えられ、風鳴邸を選んだとしたら。あるいは翼は僅かな気後れを抱いたままに戦っていたかも知れない。戦場に迷いを抱いていては勝てるものも勝てない……翼はそれを肌で理解していた。

 

 が、それはあくまで翼の事情である。翼はそのことで、ブリュンヒルデに対し罪悪感も抱いていた。

 

「……感傷で選んでしまったことは、申し訳ないと思っている。前後衛の振り分けで言うなら間違いなく雪音のほうがバランスが良かっただろうが……」

「いいえ、気にしないで、剣の貴女。貴女達の歌には、想いが、祈りが、血が流れている。強い愛があればこそ、刃を向けるに足るものです」

 

 翼の言葉に首を振るブリュンヒルデ。抑揚に乏しいその声音からはしかし、翼の想いを尊いものとし、慈しむ感情が伝わってくる。

 シンフォギアは想いを、心を歌へと変えて力とする。たとえ実際はもう少し法則的な、あるいは科学的な変換作用の末にエネルギーを取り出しているとしても、その事自体は大きく間違っていることではない。

 そういった内容をS.O.N.G.から聞いた時、ブリュンヒルデはその力こそは素晴らしいものだと感動すらしていた。

 

 強い思い、強い願い、強い祈りこそが正しく力へと変わる。それはなんて──愛おしいものだろうと。

 

 愛に生き、愛に狂い、そして愛に死ぬことこそブリュンヒルデの生涯であった。英霊の象徴たる宝具すら、愛故に作用する概念武装となっている程だ。

 そんな彼女だからこそ、思いを歌に乗せ力を増すというシンフォギアを掛け値なしに素晴らしいものだとそう思えてやまなかったのだ。

 

「…………」

 

 ブリュンヒルデの絶賛になんとなく気恥ずかしくなったのか口を噤む翼。別に恥ずべきことでは無いのだが、此処まで真正面から愛があると言われればさしもの剣とて照れが入るのも仕方が無いというものだろう。

 だがいつまでも顔を赤くしてはいられないと頭を振って気持ちを切り替える翼。再び顔を上げればそこに照れ交じる乙女の相は無く、守護の遺志を継がんとする防人の顔が顕れていた。

 

「……ここからどちらに向かえば良いか、宛のようなものは?」

「行く宛、ですか。……私はこの山の構造を知りません。ですから、順当に考えて──」

 

 ブリュンヒルデは、その顔を彼女らが入ってきた通路へと向ける。デモノイズの補完領域から抜けてきた彼女らだが、それは逆に言えばデモノイズの密集地帯を回避するように移動していたということ。

 指揮者デモノイズはデモノイズたちを生み出している事を考えれば、どこにいるかは自明であった。

 

「──ああ。デモノイズの密集している所に向かうほかは無い。先程は無様にもこうして逃れてきたが……今度は全て、我が弌陣の剣風にて斬り捨てよう」

「ええ。そうしなくてはならないのなら、そういたしましょう。剣の貴女、その鋒には死したる戦士の、勇者の祈りがある──であるなら、貴女は全てを斬破できる」

 

 翼はアームドギアを、ブリュンヒルデは魔銀の槍を構える。

 

「……ブリュンヒルデ。貴女は炎に長けているとの話だったな」

「そうですね。燃え盛る茨も、情愛の熱も……殺意の炎すらも、全ては今、ここにいる私を做る断章です」

「……そうか」

 

 其処までは聞いていない、そう思いつつもそういうものなのだろうとブリュンヒルデを見やる。

 元の神話伝承から考えてもそういった愛憎の側面はあるのだろうと考えていた翼だが、堂々と殺意と情愛も己の炎であるとのたまうなどとは思っていなかったため額に冷や汗が浮かんでいる。

 勿論ここで引いても始まらないので、若干不安を抱きつつも言葉を続ける。

 

「であれば……その炎、私に貸してほしい」

「?ですが、私の炎は無尽の炎、燃え尽きぬ情念を形にしたもので……。いえ、ええ。そうですね、剣の貴女、その刃に私の熱を乗せることにいたしましょう」

 

 翼が何を考えているのかをブリュンヒルデは疑問に思ったが、しかし翼の真剣な眼差しにその疑問を捨てる。

 何も考えることを止めたというわけではない。ただ、どこまで行っても彼女は戦乙女であり、ならばこそ勇者たる翼の策に乗ることこそ己のポテンシャルを活かす道にもつながるだろうと考えてのことだ。

 誰かのために立ち上がり、我が身を顧みて尚も人のためにと命をかける翼のような勇者にこそ、英雄の介添たる己を役立てるのに最も適している。そう考えることは、ブリュンヒルデにとっては最早本能に近かった。

 

 

 

「……はぁッ!」

 

 数分後。2人は坑道内を疾風のように駆けていた。

 否、正確には駆けているとは言い難いだろう。脚部装甲からブレード状のウィングパーツを展開しジェット噴射の如き勢いでホバー移動しているその姿は、人が駆けるという表現が適さないというのは誰が見ても明らかだろう。

 ブリュンヒルデはそんな翼の肩に手をかけ、まるで重さもないかのように追随する。一体どうやっているのか翼には見当もつかないが、それを気にすることもなく只々坑道の先の暗がりを目指す。

 そんな勢いのまま坑道を突き進めば、先程抜け出したというデモノイズの補完領域に突っ込むのは当然であり、

 

「──間もなく、接敵です。剣の貴女、刃を立てて……ええ、よろしくお願いします」

「──承知ッ!征くぞ、何するものぞデモノイズッ!」

 

 高速下にあっても言葉を交わす2人の眼前には大量のデモノイズが出現し、彼女らを黒く散らせんと吹弾機関を鳴り響かせて迫りくる。

 狭い坑道にあっては、ただそれだけで人の生を拒まんとするほどの音の壁。それに翼は速度を緩めず、一切の躊躇なく飛び込んだ。

 

 そうなれば必然、彼女らは死ぬ……などということは勿論無く。

 

 

「さあ、聞くが良いッ!防人達の歌をッ!」

 

 

 翼の叫びに応じるようにアームドギアが巨大な両刃剣へと姿を変じ、彼女の持つ天羽々斬の柄頭と縁金から二振りの白刃が輝きを見せる。

 柄に1つの刃となるのが普通の剣だというのなら、それこそは尋常ならざる防人の剣であるのだと。それを証明するかのように、刃が灼熱の炎に包まれ始める。

 

「さあ……征きましょう、剣の貴女。私の情念、不尽の炎。そして死して尚尽きぬ勇者たちの願いを──その刃にて、振るいましょう」

 

 ブリュンヒルデの魔力が炎へと姿を変える。永劫に尽きぬという炎は妖しく揺らめきながら、翼のアームドギアを覆い隠していく。

 己の用いる火遁と比するも烏滸がましい神話の炎に煽られ翼は僅かに顔をしかめるも、ここで死したる防人達の無念を思えば直ぐに持ち直す。

 

「──♪────♪♪───♪──」

 

 デモノイズから流れる歌も、今の翼には届かない。神域の歌に守られ、戦乙女の介添がある。だが何よりも、今の翼は強い決意に心が満たされていた──生半な魔詠など届かぬほどに。

 戦乙女の炎は翼の強い思いに呼応するかのように燃え上がり、最早通路を埋め尽くさんばかり。デモノイズはその熱波の前に動きを鈍らせ、直接炙られているものはその姿を炭へと変えていく。

 

 それでも尚迫るでもノイズを前に、翼は炎を纏うアームドギアを大上段に構え回し始めた。場所が場所なら棍回しの演舞もかくやと見惚れてしまうようなような白刃は、纏っていた炎を巻き込み火災旋風へと姿を変えた。

 

「────これが、これこそがッ!貴様が砕かんとする人護の戦士の想いと知れッ!」

 

 

───風輪火斬・天陽───

 

 

 それはまさに太陽の如く。灼熱の刃風を前に、デモノイズは為す術無く焼滅していく。障害など無いも同然とばかりに減速無く吶喊した翼は勢いのままにデモノイズの軍勢をなぎ払い、巻き込み、そして斬り刻んでいく。

 ほんの数瞬の交錯の後、2人の駆けた後には炎と轍しか残っていなかった。

 当然デモノイズは消滅しても補完されるが、翼が纏っていたのはブリュンヒルデの不尽の火。炎々とした輝きは彼女を覆い塞いでいたというに相応しい不滅さを以て、再出現したデモノイズを瞬く間に焼き滅ぼしていく。

 

 その様子を一顧だにせず、翼とブリュンヒルデは未だ炎の灯らぬ暗黒を見据える。

 

「……この先に行くほどにデモノイズの数は増えています。こちらに向かえば、早晩──」

「ああ──行こう」

 

 言葉少なに頷きあった2人は、坑道を照らしあげながら尚見通せぬ最奥を目指して進撃を再開した。

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