SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
光の殆ど入らない、廃棄された坑道の最奥。
本来なら暗闇であろうその場所はしかし、現代の技術では不可能ではないかとも思えるような不思議な蛍光に照らされている。
恐らく主たる発掘場所だったということが想起されるその場所には、屹立する柱を背に1つの影が浮かび上がっていた。
「…………侵入者。排除、しなくては…………」
ポツリと影がつぶやく。静かだが張りのある声であり、静寂とは言えないその場所にあっても不思議とよく通る。
言葉少ない声使いであっても美しい音だと感じられる声音だったが、聞く人間によってはもっと活発な喋りでこそ魅力が生きる──そう考える人間もいるだろうと感じられるだろう、少女と女性の間に差し掛かったかのような声だった。
彼女の足元には北欧に由来するというルーン文字によって刻まれた結界陣が敷かれており、その術陣から情報を読み取っている様子が伺える。
「──♪────♪──♪──」
未だ鳴り響くのは、その名に反する様な雑音などとは到底呼べぬ荘厳な音色。それは何よりも声の主の背、坑道でなければそのまま天までも伸びているのではと錯覚するような柱から聞こえている。
柱──指揮者デモノイズの奏でる歌にわずかに耳を傾けるも、まるで興味も関心もないとでも言うかのような無表情でふい、と顔をそらす。
否、事実彼女はその音色に興味が無いのだろう。デモノイズの歌は人を無理矢理に感動させる歌であり──翻って、人外に対してはその効果を持ちえない。
「……いいえ。ここで待つ方が…………」
音色には興味がない。歌に関わりは無い。その精神には既に人の有り様が亡い。
だとしても彼女は戦いを知っている、戦場を知っている。勝利のために何を積み重ねるべきかを識っている。
己に何ら意味を成すことのないソレが来たる襲撃者に対して有用であり、また純粋な戦力としても極めて強力だということを教えられずとも理解している。
故に、この場────大きく開けた坑道の終着、音色が折り重なる無人のコンサート・ホールこそが何よりも彼女にとって有利となる戦場であることは彼女にとって明白だった。
「────♪♪──♪────♪──」
「…………」
未だに歌は鳴り響く。デモノイズがいる以上当然のことであり、魔神アムドゥシアスがフォニックゲイン伝導のためにとより効率的な音響効果を設計した決戦場では、ただの魔詠と比してなお形容できない程に美しい音楽として成立する。
結界を仕切る魔術、ルーンの陣は正しく領域内に作用し、その陣を起点とする魔力は光を伝い、風を伝い、土を伝うことで彼女が望む情報を持ち帰ってくる。
例えばそれは進撃してくる敵の位置情報であり、戦闘体系であり、それぞれのもつエネルギーであり、会話であり──。
「…………?」
ふと、彼女は伝い聞こえる情報にピクリと瞼を震えさせる。
音色は彼女には意味がない。だから、その音が──魔詠とは全く異なる、荘厳という形容とは程遠い苛烈な、だからこそ生の感情を叩きつけるような歌が己の精神に影響を与えたことに僅かなりとも違和感を抱いていた。
何故かは彼女は分からない。だが、それが自分のことであるのに、と言うよりも自分のことだからこそだろうと自答する。
自分が人形のような存在だ、というのは自覚しているし、そういうカタチを与えられたということは理解している。だからこそその性質に則り、召喚した人ならざる獣に従っていた。彼女は仕えるモノであればこそ、己を従えようとするモノに従うのは道理である。
その在り方は正しく人外のソレであり、だからこそ平常のカタチで呼ばれることは通常ならば有り得ない。
デモノイズの薄ぼんやりとした光に、彼女の姿が照らし出される。
独特な金属で構成された羽飾りのような部分鎧の下には、豊かな体躯に張り付くようなインナースーツ。腕甲や脚甲は部分鎧の意匠と大きく異なる機械的な形状をしており、甲冑と言うよりもむしろ装甲と呼べるような装いとなっている。
頭髪もまた豊かであり、長い部分は腰口にまで伸びている。独特な癖毛の赤橙色の髪は、炎とも翼ともとれる印象を相手に与える。
表情は穏やか、を通り越して静謐と形容できる無表情だが、橙の瞳の吊眼はその身体の持つ気質を示しているようだった。
「……そうか、やはり。わたしではなく、貴女か」
誰に聞かせるでもなく、ただ己に語りかけるように。事実彼女は己という他者に語りかけている。
歌は彼女に関わりが無く、その精神には既に人の有り様が亡い。
であれば、その歌に関わりがあり、人らしい感情のブレを導く原因としては。
「────翼」
最後にそう呟く。それこそは魔神に封された人間性の残滓であり、守護天たる彼女の依代として使われる少女の想いの発露であった。
「────だいぶ奥まで進んできたはずだが……一体どうなっている……?」
デモノイズを焼き払いながら進むこと暫し。如何に道中でデモノイズとの戦闘を繰り返しているとは言え、幾ら何でも時間が掛かり過ぎていることに焦りを覚える翼。
翼は皆神山に立ち入ったことはないが、明らかに彼女の知る採掘領域を逸脱した広さであることは理解していた。
デモノイズの敵影も濃くなり不安が増していたところで、ピピ、と通信が入る。信号音からしてカルデアだろうが、モニタリングしていたのだろうかと思いつつ翼は通信機をオンにした。
「こちら風鳴翼です、どうぞ」
『──良かった、まだ繋がりました。こちらマシュ・キリエライトです』
「キリエライト?藤丸の方は見ていなくて──いや、この状況について何かわかったのか?」
マシュ──実働要員でこちらに来ている藤丸立香の後輩という少女の姿がモニターに映ったことで、何らかの調査結果でも出たのかと期待を寄せる。
『はい。正確な術式は不明ですが、類似した魔力反応や術式パターンを検証した所、その領域が異界化の魔術が使用されていることが解りました。空間の拡張と迷宮化、でしょうか……皆神山の坑道データがないのでどれほどの規模で変化しているかはまだ……』
「空間の拡張、迷宮化か……。どうやって現実空間に手を加えるのかは魔道に不学な私には知り得ざるが、魔術はそこまで可能なものなのか……」
マシュの言葉に翼は改めて魔術の奥深さの一端を知り、このような状況でありながらも成程と感嘆していた。
『ですが、領域の核であろう極めて大きなデモノイズの反応に向かっていることは確実です。道の形成具合にもよるかとは思いますが、このままのペースで行けば10分程度で到着するものかと……』
「そうか……いや、踏み出す先が在るならば仔細無い。一振りの剣として──戦士として勇往邁進に努めてみせよう」
マシュの言葉に納得した翼は先程までの焦りの見えた表情を一転させ、暗闇の先を見据えるかのように鋭い目つきで先へと進む。
当然その最中も彼女はアームドギアと脚部ギアを休めることは無く、ブリュンヒルデの炎を纏う天羽々斬の剣閃は坑道のデモノイズを焼きこがしていく。
と、そんな翼の後ろで僅かも撃ち漏らさぬと言わんばかりに槍を振るっていたブリュンヒルデがふと口を開く。
「……ところで、マシュさん。我々のモニタリングをしていただいているようですが……他の魔都はよろしいのですか?」
「む、そういえば……。キリエライト、我々が真に接敵するまではあと10分かそこらはあるのだろう?であれば、その間は他の魔都の支援に回ったほうが良いのではないか?」
今のところ自分たちは問題ない、そう言っているも同然な翼の発言だがブリュンヒルデも同意見らしく首を縦に振っている。
実際、狭い坑道だと相手のデモノイズも性能に限りが出るのか小型種ばかりが出てきており、またその数も一度に対峙するのはそう多くはない。
不尽の炎を残すことで背後からの致命の一撃を回避しつつ、足を止めずに安定した進撃を見せている彼女らの状況認識は過信でも何でもなく、だからこそちゃんと接敵するまでは別チームを助けるべきだろうという意見は間違っているものではない。
翼のその疑問に対し、マシュはああ、と思い出したかのように……というよりも説明を後回しにしていたのだろう、ちょうどいいとばかりに説明を始める。
『はい、そのことについてですが……現在、後方支援の担当も魔都ごとに班分けしているんです。敵陣地にいるであろう魔神や疑似サーヴァント等の情報に詳しいカルデアが2つの魔都の担当として分かれて、S.O.N.G.は残る1つの魔都を担当しています』
「そうなのか?しかし、それでは互いの専門性から外れる類の相手が出現した時に危険ではないか?」
マシュの言葉に尤もな疑問を翼は抱く。
言葉通りに取るなら、その決定は実働組に先んじて後方支援組で決めていたことなのだろう。そしてそれはカルデア、S.O.N.G.双方が決めたことであることもわかる。
だがしかし、S.O.N.G.は異端技術や特異災害などの情報には詳しくとも、サーヴァントやら神秘やらについてはカルデア側の情報提供によるところが大きい。そして、カルデアはカルデアで異端技術や特異災害についてはS.O.N.G.のデータベースからの情報共有によって把握するしかないところである。
『確かにおっしゃるとおりです。ですが何分、指揮所が完全に別領域にあるのが問題なんです。仮に両組織双方から各魔都の後方支援班に人員を供出するとなると、班員の連携のためだけに各班ごとに回線を常時割く事になってしまい、却って現地情報の処理能率が落ちてしまいますので……』
「む……まあ確かにそれでは本末転倒だが」
各組織で並列指揮を行うには指揮系統の差から難しいものではあるのだろうことは感じていたが、そこまでとは思っていなかった翼は嘆息する。
そしてそれだけではないらしく、言いづらそうにマシュが言葉を続ける。
『あとは……お恥ずかしいことではありますが、風鳴邸の魔都が我々の技術では詳細な全容を把握できない状態になってしまったんです』
「ッ、なんだとッ!?では、立花やマリアは……」
無意識に鋭くなった目線がマシュを睨みつける。
マシュも自分の言葉が信用度を下げることは判っていたので、若干竦みながらも目線を受け止め話を続ける。
『は、はい!お2人についてはS.O.N.G.の観測機器で正確な測定ができていますから大丈夫です。ですので、風鳴邸の魔都の指揮についてはS.O.N.G.におまかせしまして、こちらからは適宜必要な情報を提供することで対処することにしたんです』
そう説明するマシュは若干焦ったような表情ではあるものの、語り口に乱れはない。
どうやらカルデア側の事情が込み入っているということは間違いないようであり、さらに言えばその結果としてカルデアの人員であるベディヴィエールについても観測が難しい状況であるだろうというのは容易に想像ができる。
その様な状況を推察しながら言葉を荒らげられるほどに翼は考えなしでもなければ、相手のことを思い遣れない人でなしでもなかった。
「……何故そのようなことになったのか、説明してもらってもいいか?」
カルデアにとっても想定外だろうに、素早く対応しているその柔軟性は褒められることであれ怒ることではない。
僅かな怒気も直ぐ様に鎮火した翼は、平素と変わらぬ落ち着いた表情でマシュへと問いかける。
『はい、というのも風鳴邸の魔都が神霊規模のサーヴァント、恐らくはヌァザがいるであろうことは想定していたのですが、どうやら相手方は何らかの手段で時代そのものを神代のそれに置き換えているであろうことが判明しました』
「?時代を、書き換える……?」
マシュの言葉の真意が掴めないのか、はたまた時代が置換されるということの重大さが不明なのか。
神秘という事象に対して未だ理解が浅い翼はその事をどうにも理解しがたく、ただ首を傾げて言葉を反芻する。
『ええと、ダ・ヴィンチちゃんの推測ではレンズ・シバは西暦以降の時代を主対象として観測するシステムであることから、風鳴邸の魔都が神霊級の存在によって時代ごと書き換えられているために精度が著しく低下しているとのことです。S.O.N.G.のシステムはそういった要素を排して、純粋に現地にある本部で観測したエネルギー情報を指揮所に伝達しているので問題ないそうですが……』
マシュはダ・ヴィンチがS.O.N.G.の観測データとカルデアの観測データを突っつき合わせた結果導いたであろう結論の、その要点を掻い摘んで説明する。
『似たような事象は別な特異点でも発生していますから、それ自体はまあ不思議な事ではないのですが……。しかし通常の特異点とは異なる、ただでさえ観測難易度の高いそちらの世界で更に限定領域下のみを神代に書き換えられてしまうとなると……』
そう呟くマシュが想起するのは、嘗て戦った第六特異点や第七特異点。中世に神代エジプトをまるごと持ってくるファラオや、神代にあって更に別地域の神代中南米を持ってくる女神といった相手を思えば、風鳴邸にて神代テクスチャを敷く相手もまた同規模の存在であることが想定できる。
そんな相手に、誰もがサーヴァント級、特にも戦闘に優れた面々とはいえたった3人で出向かせてしまったことにマシュは心配せずには居られなかった。
モニター向こうの翼たちには心配を掛けまいと努めて冷静な表情を保っている辺り、なんだかんだ専門家としての知識や経験を積んだだけのことはあるのだろうが。
「む……。いや、カルデアやS.O.N.G.で調査しても尚対応が不可能であったというならそれでかまわない。無理に聞いて済まなかった、キリエライト。」
もっとも、戦士として、歌女として、何より人間として濃密な時間を経験してきた翼はそんなマシュの心情をある程度は把握しており、不慣れな感じではあるが労るように声を掛ける。
「私は2人──否、3人を信じてここに来ている。立花たちは言うに及ばず、ベディヴィエールさんも見れば気骨のある方と見受けられた。であれば、私はまず己のすべきことからやらねばな……ッ!」
仲間を信じる。今までの戦いで信頼できる友を得て、またこの場で短い交流ながらも清廉な精神を持つ戦友と出会った──そうなれば、翼のやることは1つしかない。
眼前に出現したデモノイズを瞬く間に切り捨てる。先程までと比べてなおも分厚くなるデモノイズの壁に対し、その量に比例するかのように速度を上げて突き進む翼。
「……ええ、その意気です。大丈夫、彼女らは勝利の槍を担っているのですから」
意気込み駆ける翼に微笑みながら、ブリュンヒルデがそっと呟いた。
『聞こえますか?そろそろ魔都中枢に到着しますので注意してください!』
「ッ、そう、かッ!道理でデモノイズの補填速度が明らかに早くなっている訳だ……ッ!」
マシュの警告の言葉にそう返しつつ、進路上のデモノイズを薙ぎ払う翼。
ブリュンヒルデの間隙を縫う技量に任せ敢えて大振りの攻撃や範囲攻撃を繰り返していた翼は、若干の疲労を滲ませつつも眼光は鈍らずに進撃を続けていた。
「ええ、今は通路だから良いものの……。いえ、相手の壁が分厚くなるという意味では、広い場所のほうが良いかもしれませんが……」
そして隙を潰すように立ち回るブリュンヒルデも流石に現状に辟易しているのか、眉尻を下げ困ったかのような表情を浮かべていた。
「突破する、進撃するという意味では狭いほうが楽ではあったが……。だが、魔都の首魁と対峙するというなら広いほうが良いだろうな。この場所では宝刀を抜くのも無理がある」
翼もブリュンヒルデの言葉に(部分的に)同意しつつ、返す刀で先を焼き払う。その剣閃も、彼女の疲労を反映してか翳りが見えている。
原初のルーンと火遁による文字通りの焦土戦術は確かにデモノイズの阻害には有用だったのだが、剣に比して使い慣れない火術と魔力を食らう魔力放出を使用しての戦闘は、それ相応に彼女らの体力を奪っていた。
そして2人のバイタル(翼の分はS.O.N.G.の機器による観測データの転送で確認しているが)を確認していたマシュは、そんな状況に危機感を抱いていた。
(……お2人とも、いえ。翼さんがこのまま戦うのは……)
マシュのモニターに映る翼のバイタルは、各数値でブレこそあれど大なり小なり正常値を下回っていた。同様に戦っていたブリュンヒルデと違い、長時間の活動に比例するように減少値が積層していくことが確認できており、マシュもカルデアスタッフも苦渋の表情を浮かべている。
これはある意味、サーヴァントとマスターの戦いという従来までのレイシフトによる修復活動に慣れていたからこそ気づけなかったことだろう。
マスターは後方から指揮するだけ(というのも語弊があるが)であり、サーヴァントは魔力供給が十分であれば疲労らしい疲労を覚えることはない。移動に際しても極論サーヴァントがマスターを運ぶのでも問題はなかった。
事実ブリュンヒルデは魔力放出をしているから疲労しているのであり、戦闘前に少し控えてカルデアからの魔力供給を受ければそこそこ回復も見込めた。
しかし翼は違う。マシュからしてもとんでもないスタミナと剣術家としての技量、ギアによる戦闘技術や身体強化も相まって近接型サーヴァントと肩を並べて一線で戦えるだけの実力はあるだろう。
だがそれでも、翼はあくまで二十にも満たない人間の少女である。疲労すればその回復には相応の時間が必要だし、エネルギーの補給だって魔力でどうこう出来るものではないのだ。
『お2人とも、その状態で接敵するのは……』
「──いや、問題無い。どちらにせよ、これ以上は望めまい」
だが、そんな翼は心配の声を一蹴する。別に強がっているのではなく、単純に休めない現状を考えればなるべく体力が残っているうちに敵中枢に仕掛ける方が良いだろうと判断しただけである。
マシュは割り切った翼の様子に心配そうな表情を浮かべながらも、その言葉が正論であると認めざるを得ずに口を閉じた。
そしてそうこう言う間に、彼女たちは坑道の先に開けた領域を見出す。
煌々と輝る炎が背後にあって正に光が届かぬ闇の領域に空目する其処は、しかしその中央にこの世界のものとは思えない蛍光の柱が眼を開いて待ち構えていた。
「見えたッ!ならば手筈通りに……ッ!」
「ええ、わかりました」
翼はそう言い、よりいっそうの炎で盛大に道を切り開く。そして間髪入れずにアームドギアを平時の刀剣型に変換し、そのまま走る勢いのままに全力で投擲した。
「ブリュンヒルデッ!」
そして間の空かぬ内の翼の呼びかけを受け、ブリュンヒルデは待ってましたとばかりに翼の手を取り、その脚部ギアにも手を伸ばす。
「さあ、往きましょう。その名の通りに、空に、羽ばたいて……」
「臨む処ッ!」
翼の脚部に刻まれるソレは牡牛のルーン。勇ましさ、速度、前進を示す魔術の刻印。
刹那、2人は投擲した剣より尚も加速する。神代の神秘は現代の魔術では成し得ぬ奇跡を当然のように具現化し、その身を一気に剣の柄頭へと届かせる。
そのまま翼は空中で器用に体勢を変え、その柄頭を盛大に蹴り飛ばす。脚部ギアからはフォニックゲインが形を変えた噴進が炎の如き輝きを放ち、ルーンと合わさりさらなる加速を実現する。
投擲したアームドギアは翼の過剰な速度を抑えるためか将又攻撃に合わせるためか、刃を著しく肥大化させ、後方からは翼のギア同様に噴炎が走った。
「征くぞ……ッ!先手にて必殺させてもらうッ!」
風鳴翼の大技、龍鱗を想起させる巨大な両刃剣は坑道の壁を斬り抉りながらも加速を続け、指揮者デモノイズが佇む採掘場へと刃を届かせる。
そして遮るものが無くなったことで更に加速し、その刃は刹那の間に指揮者デモノイズを貫かんとし──。
「……防衛戦、開始」
極めて小さい、しかしその場の者全てに通るその声と共に、旋風を纏った槍が逆鱗を撃ち抜いた。
「────ッ!」
逆鱗と共に空を駆けていた翼は剣が砕けたことでバランスを崩し宙へと投げ出され、そのまま部屋の上部、壁面に立つ1人の少女が視界に入った。
その声と槍に僅かに動揺するも、想定していたことだと直ぐに己を取り戻す。即座にギア各部から噴炎が走り、中空でありながら器用に体勢を立て直し地面へと降り立った。
一瞬の交錯、その直後にマシュからの通信が入る。
『高魔力反応、確認しました!相手はサーヴァント、ですが、これは……ッ!』
「……フォニックゲインだ。そうか、いや、そうだろうとは思っていたが──」
翼の目線の先にある少女、過去の記憶……今の己より尚も若かりし頃の、誰よりも親しかった親友の姿。
その装備こそ彼女の知るそれではないが、それでも所々に過去の姿を想起させる機械的な武装が付いている。
風鳴翼の無二の親友、欠けてしまった片翼たるシンフォギア装者、天羽奏がそこに居た。
「……守護天、ですね。やはり、戦乙女のようですが……」
ブリュンヒルデが奏の姿をしたサーヴァントを見上げ呟く。
するとその微かな声を聞き取ったのか、あるいは魔力を感知したのか──彼女は、まさに今気づいたとでも言うかのようにブリュンヒルデへと顔を向ける。
「……霊基、ランサー。大神の娘……そう、輝く乙女、ブリュンヒルデ……御姉様……」
どうやらひと目見ただけでブリュンヒルデについて看破したらしく、無表情のまま視線を翼に戻す。
『彼女の霊基……疑似サーヴァントではあるようですが、紛れもない神霊級のサーヴァントです!クラスは……ランサー!』
「ええ。戦乙女であるなら、槍を振るうのは当然のこと。ですが、
大神の槍、即ち「
智慧と魔術の神、北欧の主神オーディンのもつ魔槍であり、伝承においてソレを担うのは当然オーディン当人である。
だが、仮にオーディンを疑似サーヴァントとするなら。こんな風に魔神に易々と従えられるということなど有り得ないとブリュンヒルデは識っている。
彼女が目の前の少女から感じる魔力は己の父のものではなく、自身と同じ戦乙女のソレに他ならない。であれば、欠片とは言え真なる大神の槍を担えるはずはない……のだが。ここで、神秘に属し、由来する彼女たちとこの世界における差異が牙を剥く。
「……あの疑似サーヴァントの依代はガングニールの装者。私達の考えていた通りだ──ならば、手に槍が有って当然だ」
翼はそう言いつつ疑似サーヴァントたる頭上の存在を睨む。
その見目は翼が奏を失ったちょうどその時の彼女の姿に瓜二つ。嘗て平行世界で出会った奏とは異なり、間違いなく「死んでしまった」天羽奏その人の肉体が霊基を成立させる依代となっている。
であれば、主神の槍がその手にあるのは至極当然……翼はそう言い切った。
「だとしても。大神の槍を担うのが肉体であるならば、ソレを適切に扱うのは霊基の役割。もし魔神が何も考えてない無思慮なら誰が来ていてもおかしくはありません……ですが」
勿論、ブリュンヒルデも翼の言うことは理解している。ここでブリュンヒルデが気にかけているのは、主神の槍を動かす身体を依代とするほどの戦乙女が誰なのか、ということだ。
魔神は決して無能ではない。無思慮でもない。無策など以ての外。
効率の良い手段を選ぶのが魔神の手口である以上、依代が折角持ってきたガングニールという属性を活かせる戦乙女を召喚するだろうという推測が成り立つのは至極当然である。
そして、大神の槍を扱う可能性が高いと推測できる戦乙女は絞られる。それは戦を司る者、あるいは槍を担う者。
だが、ブリュンヒルデは奏に憑依するサーヴァントについて、既に見当はついていた。
「ですが、ええ。従属させられた逸話を持ち、その瞳は遠く見透し、その加護は戦に勝利を齎す。……貴女でしょう、ヘルヴォル──ヘルヴォル・アルヴィト。全知の名を冠する、軍勢の庇護者。お父様に近い概念を持つ貴女こそ、お父様の槍を偽り無く振るうに足りましょう」
ブリュンヒルデの言葉に、対峙する少女は眉を僅かに動かし、目を細める。
表情の変化は微細ではあるものの、その反応を見極められればブリュンヒルデの言葉が的中したのだと誰もが理解出来ただろう。
「……肯定します。そして、それだけです」
ブリュンヒルデの言葉に、それだけ答えて同じ表情に戻る。実にあっさりとしたその対応に、さしものブリュンヒルデも多少眉を顰めた。
……他のサーヴァントと比べれば変化に乏しいブリュンヒルデの表情も、前に居る疑似サーヴァントと比較すれば実に豊かに見える。人に堕ちた戦乙女と、そうでなかった戦乙女の対峙は、戦乙女を人形であると言うブリュンヒルデの言葉を証明する事となっていた。
そして、この場にいるもうひとりの戦士にとって、ヘルヴォルであろうと推測されるサーヴァントの反応なぞ些細なことでもあった。
先程までの疲労は継続しているだろうに、翼は欄とした眼光を奏の姿をした疑似サーヴァントへと向ける。
その表情は冷静であるように見え──どうしようもないほどに怒りを感じさせる。
「貴女にとっては、理不尽だろう。だが……その依代は、我が友だ。ノイズにすべてを奪われ、血反吐を吐いて立ち上がり──人を守って散った、真の防人。それをデモノイズだの何だのと、こんな無体に使うなど──」
翼にだって判っている。依代を選んだのは魔神であり、指示を出したのだって魔神だ。目前の相手は召喚した者に従うという己の役割に準じているに過ぎない。
それでも言葉を紡げば紡ぐほど、翼の声が荒く、鋭くなっていく。一言ごとに感情が露見していき、そして。
「──怒髪、天を衝くとはこの事だッ!!」
カッ、と目を見開いた翼は叫ぶように言葉を叩きつけ、肥大化したアームドギアを両手で持ち、重さを感じないかのように正眼に構える。
その言葉を受けたネツァクのランサーはそれでも尚表情を変えず、ポツリと呟いた。
「……仮称名称、魔都ネツァク。召喚者との契約に則り、防衛する。──降伏は、認めない。その手の刃を振るえ、勇士よ」
翼の知る声で吐き出されたその言葉とともに、手にあるガングニールのアームドギアが魔力とフォニックゲインの嵐を纏う。それに呼応するように、翼はアームドギアを正眼に構える。
魔都ネツァクにて、今まさに戦いの火蓋が切って落とされた。