SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
「……お、終わったかな……って、あれが……!」
テレポートジェムによる転移の光が途切れ、恐る恐る目を開いた響の目に映るったのは、翼から事前に聞いていた風鳴邸と思しき構造物。
思しきと形容したのはそもそもの全体像を伝聞以上に知らないということもあるが、何より響の視力では現在地から見るには遠すぎた、という点に尽きる。
イェソドの攻略のために出撃した響、マリア、そしてベディヴィエールの3人が転移したのは、魔都の中心地であろう風鳴邸、そこから数km、あるいは十数kmは離れているであろう小高い丘だった。
辺りは木々が生い茂っているが、彼女らの居る斜面地帯は伐採されたのか栄養状態が悪いのか、ある程度視野が開けている。
テレポートジェムの座標は作成したキャロルが指定したものであり、曰く強襲制圧のために魔都外縁部にかなり近めの場所に転送する……という話を彼女らは聞いていた。
「ええ、全くとんでもない……。強化の魔術が使えれば中心部まで見通せるのでしょうが、生憎私は魔術師ではないので、アーチャーほどの視野は……」
「!いやいや、気にしなくても良いですよッ!この距離じゃあアフリカの狩猟部族でもないと見えませんからッ!多分ッ!」
ベディヴィエールの申し訳無さそうな言葉に響が慌ててフォローする。
そんな彼女たちの視線は風鳴邸に──彼女らからは見下ろすような場所、眼下に広がる地方都市……「だったもの」に向けられていた。
「……魔都、イェソドね。成程、魔都と言われるだけはあるわ」
マリアが呟く。
彼女の視界に映るその領域は、決して地方都市なんて呼べるようなものではない。
魔都の外縁部であろう箇所には、新宿の魔都には存在しなかった石造りの城壁が顕現しており、領域の内と外を物理的に、そして概念的に区切っている。
そも、壁とは元来世界を区切るもの。壁より内側と外側は別世界として扱われる……というのは魔術や哲学、神秘学等でも見られる考え方ではある。
……だが、彼女たちの目に映るのはそんな思想的なレベルのものでは断じてなかった。
その光景にどうしたものか、と作戦を考えようとした3人。そんな彼女らが渡されていたS.O.N.G.の通信端末に通信が入ったため、それぞれ端末を手に取り通信をオンにする。
『……通信が入ったということは転移に成功したか。聞こえるか、3人ともッ!』
「師匠ッ!」
通信端末から聞こえる声は、S.O.N.G.の発令所で指揮を執る弦十郎のもの。転移が終わったことの確認ということで通信を入れてきたようである。
無事に通信できることが確認できたことで、弦十郎は状況確認もそこそこに本題に入る。
『今、そちらの魔都についてカルデアから情報が入った……とはいっても、どうにも厄介そうでな。何でもカルデアの技術では、その魔都の内部を観測できないということだ』
「……成程。ええ、この目前の光景を見れば何らかの異常事態があるってのは嫌でもわかるけど……」
「ですよねー……」
マリアの言葉に響はうんうんと頷き賛意を示している。
一方のベディヴィエールはその言葉にやはり、と零す。魔術や神秘といった事象に縁深い英霊であるからこそ、装者2人と比べ魔都の異様さをより深く認知していた。
まして、彼はこの空気に覚えがある。いや、正確には彼自身ではなく──『今回限り』の特例で英霊となった彼の霊基そのものにこそ憶えがあったと言えるだろう。
「……ええ。相手が主神級のサーヴァントであるというのなら、あるいはこういったことがありうると覚悟してはいました。おふたりとも、気を緩めずにお願いします。此処から先は──」
風鳴邸を中心として構築された半球状の領域の内部は、城壁外の地方都市としての風景とは似ても似つかぬモノとなっていた。
視界に広がる石造りの城壁内は、日本の風景にはまずありえないであろう青々とした美しい草原が広がっている。そして外縁部から中心部の風鳴邸に向かうに従って石造りの建造物がポツポツと現れ始めている。
建築の様式はマリアや響には見覚えが無いものではあるが、ベディヴィエールにとっては薄らとだが覚えがある。
彼の居た時代には既に過去のものと成り果てていた古の遺跡、神々が覇を争っていたというケルトの過去を象徴する、生命の流転を示す渦模様の飾り石。
それだけではない。遠目には鳥のように見える生物は現代の鳥類と比してあからさまに巨大であり、牙と鱗、角に象られたその顔は今や幻想と化したはずの
遺跡の合間を抜け、青々とした草原を太い二足で闊歩するのはこの街に住んでいたであろう人間ではない。身体の各部位から小さな木を生やし、巨大な石の剣を持つ大地の石像というべき成りを見せるのは、遺跡を守護するという
装備があからさまに現代離れした人間のような姿のケルトの兵士は、デモノイズと共に徒党を組んで魔都内部の遺跡を巡回している。
一瞥しただけでソレだけの情報が見て取れる……見て取れてしまうほどに、その魔都は現実離れしすぎていた。
「──現代ではなく、神代。太古のケルト、神々の時代そのものを相手取っていかなくては無いのですから」
ベディヴィエールの言葉の意味は、彼らの常識を上辺しか知らない響とマリアにはよくわからない。だが、そんな彼女たちであっても、魔都の異様さにゴクリとつばを飲み込んだ。
神代。詰まるところ神の時代を指し示しているその言葉は、何も神話の舞台となった年代を指し示す言葉ではない。
神々の居た時代、ただそうあれかしと力を振るう彼らが当然のように世界に顕現していた時代というのは、そもそも現代とまるで異なる世界である。
大気に満つる真エーテルは現代のマナを遥かに凌駕するエネルギーを秘め、行使される業は空想にしか有り得ないような超常現象を当たり前のように発生させ、現代では当然とされる事象が神の指先1つで覆る。
つまり神代というのはそういった色々とあやふやな時代であり、物理法則の下に各種事象が発生する現代とは文字通り全く違う世界なのである。
「……ってことはベディヴィエールさんの説明でわかりましたけど……。あの~、師匠?私達そこに今から突っ込むんですよね?」
『ああ、そうなるな。何、安心しろ響君!現地にいる神様は今から対峙するであろう守護天以外には居ないとのカルデアからのお墨付きがある!』
響のそこはかとなく不安そうな言葉に、力強く弦十郎が答える。
カルデアのお墨付きとは言うが、要するにS.O.N.G.の観測した内部データを元に強大な霊基を探したところ、デモノイズと件の守護天、あとは種々の幻想種くらいしか居なかったという話である。
S.O.N.G.の観測システムは神秘に依らず物理法則、あるいは異端技術の産物によるシステム構築がされている。概念やらなんやらが全く関わらなずにエネルギーの大小を検出することが出来るので、一応同じ3次元空間上にある神代の魔都の内部もある程度は観測することが出来るのである。
また、S.O.N.G.による観測が有効なのは、実際の観測システムがこの世界のS.O.N.G.本部にあることも大きい。カルデアの場合はどうしてもレンズ・シバで観測しなくてはならない関係上、神代に対する精度が著しく悪いシバを調整する暇なく使っている現状では神代の魔都をまともに観測できないのである。
閑話休題。
「そもそもの問題だけど、その神代?っていうのは私達が入って平気なのかしら?」
「む──。確かに、私はサーヴァントですから兎も角、彼女たちは……」
マリアが呈した疑問に、ベディヴィエールも苦渋の表情を見せる。
カルデアの魔術師達曰く、大気に満ちているらしい真エーテルは猛毒であるらしい。
濃密な魔力はソレだけで人を蝕み、完全な幻想の領域ともなれば呼吸しただけで人が破裂するのだ……などと、とあるキャスターのサーヴァントが語っていたのだとか。
事実、カルデア最後のマスターこと立香は神代の時代にレイシフトする際は、特殊なマフラーやらを使って濃密な魔力を吸うことのないようにと調整していたりもした。
そんな事情もあってのベディヴィエールの表情であり、そして弦十郎も話を聞いて頭を悩ませたのだ。そして悩ませた末に、彼はダ・ヴィンチに相談を持ちかけたのだが。
『我々もダ・ヴィンチ氏からその話を聞いたときに、どのように対策を講じれば良いのかを確認したところ──』
『ああ、魔都が神代になってた場合?うーん、シンフォギアがどういった特性なのかによるけど……。対毒性とか、そういう奴ある?神代の空気は人には毒だから、そういうのを無効化出来るフィルターみたいなのがあれば良いんだけど……』
『一応あるんだ、それは良かった……え?そもそも単独で宇宙空間に行ける?じゃあ大丈夫じゃないかな、うん。大気のエーテルはそりゃ毒だけど、そもそも呼吸が必要ないなら問題ないよ』
『──ということだそうだ』
「ぶっちゃけるなあ……」
ダ・ヴィンチから伝え聞いた言葉を聞かされ、響やマリアは何となく気が抜けたような表情を浮かべる。
とは言え、ダ・ヴィンチの言うこと……というより、シンフォギアの特性上、周辺大気の質が使用者に影響を及ぼさないのは至極当然なのである。
確かに彼女たちは歌う。歌うのだが、別に周囲が海底だろうが真空だろうが宇宙だろうが、兎に角空気がなかろうとも普通に歌える。
さらに言えば、彼女たちの世界はそもそも大気中に魔力とやらが無いため、それらの質によって機能に変化することもない。魔力の種類が違うからといって、それでシステム上の問題が出ることも根本的にあり得ないのである。
「ってことは、私達は突入でいいのね?」
『ああ、問題はないッ!……っと、そうだ。魔術的な概念等の話に係るらしいが、なるべく城門のような箇所から侵入したほうが良いとのことだ』
「ええ?それはまたなんでですか師匠、こう、怪盗みたいに壁の上をバーって行ってサーチライトに照らされないようにするんじゃ駄目なんですか?」
弦十郎の言葉に、響が首を傾げる。
「……まあ、侵入時の振る舞いはともかく。概念的な問題というと……察するに、そもそも門以外を通るのが物理的に不可能とかかしら。城壁が世界を別つ壁であるというのなら、門は世界を繋げる穴ということ。新たに世界の間に穴を開けるのと、既に空いた穴に侵入するのだったら後者のほうが手間が少なそうだものね」
怪盗の下りで何となく煤けた表情を見せつつも、マリアが己の推測を口に出す。
元々聖遺物関係で世界の裏側について種々の情報を知識として知っていた上、エージェントとしての活動を熟してきたマリアは概念関係の話題についても比較的順応性が高かった。
「……?」
そして一方、順応性が低かったのが響である。この場合純粋に理解力が足りないだけとも言えるが。
「ええと、ですね。あの壁は見た目相応のものではありません。怪盗……でいうなら、壁の上に高圧電流の流れた有刺鉄線が張り巡らされているようなものです」
「あ、なるほど!そっかあ、それじゃ門から入ったほうが良いのかぁ」
彼女の先のたとえ話を思い出したベディヴィエールが噛み砕いて(序に言えばかなり語弊がある内容で)説明したことで、響もその理由を飲み込めたらしい。この会話を円卓の騎士が聞いていたら、ベディヴィエールが何処から怪盗の知識を得たのかをまず問いただされるところだろう。
会話を一通り聞いていた弦十郎が、問題がなさそうであると判断し口を開く。
『……納得してもらえたようで何よりだ。いいか、侵入前にギアを纏う、侵入は門からだッ!────それでは、健闘を祈るッ!』
「!わっかりましたあッ!」
「?……了解ッ!」
「ええ、了解しました」
弦十郎からの激励に、三者三様の答えが返る。
(さっきの言い方……どういうことかしら……。いえ、彼女は判っているようだし問題はない……のよね?)
……響に含めるような言い方をした弦十郎の言葉に、マリアは一抹の不安を抱いていた。
「やっぱりもう少し考えるべきだったッ!」
盛大に不安が的中したマリアは、盛大にこじ開けられた門の向こう側に見えるこの世ならざる幻想から向けられる殺意を前にどうしてもそう叫ぶ自分を止められなかった。
マリアの前には若干唖然とするベディヴィエールと、ドヤ顔で拳を突き出す響の姿。太古の歴史を思わせる巨大な城門は無残にひしゃげ、無理な力が掛かったのか蝶番が外れ、轟音を立てて倒れた。
時は僅かに遡り、彼女らが魔都を囲う城壁の一箇所、侵入経路として指示されていた城門に到着したときのことである。
遠目にはよく判らなかったが、近くに来てみれば城壁も城門もかなり巨大なものであり、どう侵入するかを3人はそれぞれ考えていた。
「……やはり、城門の一部に穴を開けて侵入というのが良いと思うのだけど」
「ですが、神代の城壁は見た目通りの防御力ではありません。門扉に沿うように斬撃を放ち、向こう側に存在するであろう閂もろとも両断するという手を取りたいところですが……」
「でも、それでは目立ちすぎるんじゃないかしら?閂が落ちても結構な音が鳴るでしょうし、この城門が開いたら遠目にも見つかりそうなものだけど……」
「確かにそうかも知れませんが、穴を開けるような手段を用いたらそれはそれで結構目立つことになるでしょうし、それなら簡便な手段の方が……」
あれやこれやと門前で話すマリアとベディヴィエール。
なるべくなら確実な手段を取りたい。そんな思いが一致していたため、2人はどうにか妥協点を模索していた。
で、その話し合いに口を出していなかったのが響である。
別に話から締め出されていたわけではなく、彼女はまず門がどんなもんかを確かめるために2人の元を離れて門に触れたり小さくノックしたりと確認作業をしていたのだ。
やがて門の強度やらが何となくわかったところで、響は2人がまだ話し合いをしていることに気づいて駆け寄った。
「マリアさん、ベディヴィエールさんッ!あの、思いついたことがあるのでやってみてもいいですかッ!」
「……思いついたこと?」
響の様子に眉根を寄せるマリア。
何となくだがろくなことじゃない気がするものの、かと言って2人がうまいこと案をまとめられるかと言うとなかなか難しい状況であった。
「良いのではないでしょうか?正直なところ、我々の話し合いも妥協点が見いだせないところでしたので……」
ベディヴィエールは響に賛意を示す。
結局双方の主張は別にどちらも間違っているわけではないので、あとはどちらが納得するか、に終始する状況であった。
だがそこに巡り合わせの悪さがあったか、マリアはこの世界にきて以降戦闘をして居ないことが災いして魔術界隈に対する実感を持てず、同時にベディヴィエールはマリアのギアの限界に対する実力を測りそこねていた。
詰まる所、マリアは神代の城壁の強度がどれほどのものかは知らないし、ベディヴィエールはマリアのギアの斬撃の鋭さを知らない。そんな認識の差は言葉で語っただけではどうにも埋めがたいのは致し方ないことではあるが、かといってそれで無闇に妥協することが出来ない程度にはお互い真剣に考えていたのである。
そんな状況で出たのが、響が城門突破の策がある、という発言である。
ベディヴィエールは響となら共闘しているので、その力について感覚的にも理論的にも理解できている。だからこそ賛意を示した。
対してマリアは、戦闘感に優れている響なら戦闘経験のある魔術やら神秘やらに対して一定の有効策を出せるだろうと踏んではいたものの、響に任せて大丈夫なのだろうかと僅かに口を閉じる。
「……そうね、頼めるかしら」
しかし、結果としてマリアは響の案に乗ることにした。不安はあるが、それでも彼女は見た目ほど考えなしではない。これ以上話し合いをして時間を消費するくらいならいっそ、という思いもあってのことだろうが。
彼女らの不幸は大別して3つ。
まず1つ目は、響は「門から侵入する」という話しか聞いていなかったこと。
響は2人の話し合いが始まる前に、先んじて門について調査に出向いてた。その行動力は褒めるべきであり、別に間違ったことではないが、結果として話し合いを聞いていなかったのである。
マリアとベディヴィエールは門からの侵入を隠密行動として捉えており、そしてそのことを当然響も知っているものと勘違いしていた。
2つ目は、ガングニールの突破力と響の力量、そして何より彼女が誰から教えを請うたのかを軽視していたことに尽きた。
平時ならマリアも見逃さなかっただろうが、そこそこ熱量入れて議論していた彼女は、その時点で問題に目を向けるだけの余裕がなかったのである。
そして最後、それら全てより致命的であろう3つ目は────響に教えを授けた誰かさんが、先程盛大に響に発破をかけていたということに他ならない。そういう意味の発破をかけたわけではないだろうが。
その結果──。
「はぁあああああ───ッ!」
立花響のアームドギア、なんて呼称されるシンフォギア・ガングニールのナックルパーツが肥大化し、内部シリンダーパーツが回転することで拳を極限まで安定させるであろう強力なジャイロ効果が発揮される。
拳から肘にかけて構成された推進機関はエネルギー噴出直前でチャージしてますと言わんばかりに煌々と輝き始め、響の構えと合わせまさしく一撃必倒と言わんばかりの気迫を感じさせる。
「今こそ必殺、師匠から教わった対・城門奥義ッ!」
丹田に溜まった気を爆発させるように、辺りに響く大声で叫ぶ。もうこの時点で隠密がどうという問題ではない。
「────って、ちょっと待ちなさいッ!」
そのセリフで漸くマリアが嫌な予感の正体に気づいて、慌てて声を掛けるも時既に遅く。
ヒールが無いベタ踏みの足から、大地を支えに剛拳を振るうその姿は正しく一本の槍のようであり──。
「我流・猛虎──硬爬山ッ!」
──力強い掛け声とともに、右拳の一打目にして盛大に城門を吹き飛ばす。連携の初打がそのまま必殺の一撃となったその業前は、正しく李氏八極の開祖を思わせる『无二打』と言えるものだった。
……以上が、彼女らの魔都侵入の顛末である。
「あ、あれ……私、もしかしてやっちゃいました?」
ドヤ顔していた響は、頭を抱えるマリアを見て今更ながらにポツリと呟く。その内心を一言で言うなら「やばい」としか表せまい。
「……シンフォギアは凄まじい膂力を発揮できるのですね。それに響さんの技量もかなりのものと見ました」
僅かに落ち着いたベディヴィエールがフォロー気味に呟くも、己がやらかしたことを自覚した響はあははと苦笑いするしか無い。
実際、古代の城壁──それも神代のソレを(正確には城壁ではなく城門相手とは言え)拳の一打でふっ飛ばすのは並大抵の宝具では不可能である。最低でも対軍、できれば対城くらいの武装が必要となる一種の到達点のようなものだ。
だがしかし、隙を晒してしまう程度にという前提こそあるものの、力を溜められるのであれば立花響の拳は山をも搗ち上げる。戦闘中には難しいが、今回の場面のように敵対者が出てこない状況では彼女の拳が貫けないものはほぼ存在しないのである。
自分たちが悩んでいたのは何だったのかと溜息を吐くマリアだったが、しかしそこは熟練の戦士。
即座に気を取り直してギアを構える。
「──よし。過ぎたことを嘆くより前を向きましょう。ええ、むしろ分かりやすくなったわッ!」
「?よくわかりませんけど、大丈夫なんですね!じゃあ──行きますッ!」
気合十分とばかりに、魔都の内部、神代の世界へとためらいなく身を投げ出す2人。
そんな彼女らの姿を見ていたベディヴィエールは僅かに瞠目し、ついで破顔する。
「……はは、なんとも頼もしい限りだ。──なら、私も騎士として、サーヴァントとしてやるべき使命を果たすまで!」
少女と呼べる年齢の彼女たちの勇壮な姿に負けじと、円卓の騎士たるベディヴィエールは流星のごとく敵陣深くへと切り込んだ。
「…………」
そんな3人を見据える視線が、ひとつ。
魔都に踏み込んだ3人は気づくことはなかったが、視線の主は彼女らが門を砕く前からその動向を伺っていた。
そう、門を砕く前──彼女らが転移し、魔都を一望したその時より、ソレは3人を観察していた。
「……雑兵での迎撃は悪手……ではないが、道理に悖る。迎撃せよ、守護石兵。兵はドルイドを護れ、必要なら雑音共を盾にせよ」
魔都の中央、周りの様式と著しく乖離した風合いの建物にソレはいた。
本来ならこの国にあっては風情あると評されたであろう美しい庭園も、上空に飛竜が居ては台無しとしか言えない。
そんな和風様式の庭園に不調法に設置された巨岩の上、そこにどかりと座り込み指示を出すその声は、口調とは裏腹に鈴の鳴るようななどと形容できる少女のソレであった。
一体どうやってから3人を見透しているのかは不明だが、姿見えぬほどの彼方にもかかわらず彼女は間違いなく状況を把握していた。
「……懐かしい、古き神秘だ。察するにあの騎士のものか。そして女戦士は……ああ、あれらも十分か、わざわざ銀腕を掲げるとはご苦労なものだ」
そう喋る声には自嘲しているかのような声音が混じっており、不愉快というわけではないだろうがどうにも不可解とでも思っているようであった。
彼女は3人への視線を切り、自身の腕を……まるで妖精であると言わんばかりの柔らかな曲線で形作られた銀の籠手をつけた少女の腕を見やる。
「まあ、そういう意味ではこれも、か。全く馬鹿らしい、この様な不具を今再び晒さなくてはならんとは」
その言葉もやはり苦笑交じりであり、どうやら本気で己の……否、己ならざる己の腕に呆れの感情を向けていた。
「…………。ああ、まあいい。どちらにせよ、私は見極めるだけのことだ」
僅かに沈黙した彼女は、それだけ呟き視線を屋敷を囲う塀の外の3人へと戻す。
遥か向こう側を見通すのは、瞼に仄光る軟膏を塗られたパチリとした紅眼である。
見えないものを見通すもの──本来ならば浄眼のような役割を擬似的に果たすドルイドの秘薬も、神代の神秘に浸ったソレからすれば僅かに構成を変えるだけで遠視魔術のための薬品へと変じさせることは容易だった。
視線の先に映る3人は、彼女の指示を受けて戦いに赴いた守護石兵を殴り倒し、デモノイズを切り裂き、ケルト兵を打ち払う。
少女2人はケルト兵を殺さぬように進んでいるらしく、騎士はその意向を汲んでいるのか光り輝く銀の腕を使わず剣の柄で昏倒させていた。
どうやら人を殺すことを好まぬらしく、昏倒したケルト兵は3人の攻撃射程外にいたドルイドの魔術で直ぐ様戦場へと復帰している。
そのままではジリ貧は確実だろうに戦い方を曲げない彼女たちを、ソレはただ見つめていた。
「ふ、ん……甘いか、優しいか。殺しに来る敵を殺さずに止めようとするのは、あるいは強さ故か。──だが、悪くはない。こうでなくては張り合いがあるまい」
そう呟くソレは可愛らしい顔を凶悪に歪ませ、犬歯を剥き出してニヤリと笑う。
目線は件の3人を捉えて離さず、口元さえ見なければ憧憬ともとれる表情を浮かべていた。
「……?ああ、まったく、独り言が増えてるのはどうかというものか。だが、それでも期待は抑えられないさ」
と、ふと我に返ったのかソレの表情が少女の顔へと戻る。誰かに答えているのか、あるいは自分に答えているのか、言い訳のような言葉が一人しか居ない空間に沁みる。
感情を隠すつもりはないらしく、その身体は上機嫌そうにリズムを刻んでいる。身体に合わせたスーツ状の軽鎧に付いた、ふわふわとした妖精の羽のような飾りもまた、彼女の刻むリズムに合わせゆらゆらと揺れている。
「早く来てもらわねばな、私がこの様な無様に耐えていることに報いてもらいたいものだ」
ふふふ、と呟く少女の声。誰が聞いているでもないだろうに、己しか居ない空間で一人飽きずに話し続ける。
その声音は先の言の通り、何かを心待ちにしていることを隠しもしていない。
「さあ、来るがいい。その不出来な銀腕で戦えるのか、精々眺めさせてもらうことにしよう」
そう呟く少女の姿をしたソレの右腕──幻想的な腕甲の下にある真に輝く銀の腕が、まるで主の言葉に呼応するかのようにキラリと輝いた。