SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第8節 基礎の座I:魔都イェソド(2)

「マリアさんッ!ス……スプ……、えっと、石の巨人きますッ!」

「スプリガンかッ!こ……のッ!」

 

 ベディヴィエールから教えてもらった名前もうろ覚えに、注意がマリアに飛ぶ。

 その声と共に己が身に降る陽光が翳ったことで、マリアは即座に至近に迫る岩の巨体へと向き直った。

 迫る岩の足は太さだけで彼女の身丈を上回っており、踏み潰されれば赤い押し花が出来るであろう。そんな巨躯を相手に、マリアは間髪入れずに逆手に握った銀剣で両断し、刃を返しついでとばかりに上空に迫る飛竜の翼を切り裂き地に落とす。

 

 大地に落ちた飛竜、その翼の切り落とされた前肢からは血が溢れ出し、大地を赤く染める。飛竜はもがき苦しむも、やがて息絶えたのか動きを止めた。

 

「……ッ!」

 

 そのあまりに生々しい「生命が失われる」光景に、「生命を奪った」自分に対し僅かに眉を顰めたマリアは、しかしやるべきことのために、と目線を戻し依然迫ってくる怪物共を迎撃していく。

 死して間も無く現実への軛を失い、大源(マナ)へと還りゆく幻想の獣たる彼らだからこそ、マリアも、そして響も己の成したことに対する罪悪感をあまり覚えなかったことが救いだったと言えるだろう。

 

「せい!はぁっ!」

 

 一方、そこら辺に頓着せずに普通に斬り殺し、打ち倒すのはベディヴィエールである。

 未だ幻想醒めやらぬ古きブリテンにて生を謳歌した彼にとって、幻想種といえどもぶっちゃけ害獣のようなもの。勝てるなら狩って殺すことになんの躊躇もなかった。

 

 とはいえ、そんな彼だとて気が鈍いというわけではなく、むしろ気遣いに優れる人格者であり。

 

「ふぅ、一息つけそうですが……。やはり、おふたりは厳しいですか?」

 

 城門をこじ開けて直ぐに始まった、近辺の怪物たちとの戦い。それに一段落ついたため、3人は現況のまとめも兼ねて一旦足を止めていた。

 

 ベディヴィエールは先の戦いでの彼女たちの挙動の僅かなぎこちなさを見抜いており、ためらいがちに、だがハッキリと2人に指摘した。

 彼女たちは言われるまでもなくその点は自覚していたようで、気まずそうに目を逸す。

 

「ベディヴィエールさん……。……出来ない、わけじゃないですけど、やっぱりちょっとためらっちゃって……」

「ええ、やはり慣れるものではないわ」

 

 2人の言葉に、でしょうねと苦笑するベディヴィエール。

 彼女たちは戦士だが、それ以前に少女である。女として扱われることを望まぬ戦士や騎士という古く居るであろう手合ならいざしらず、彼女たちはそうではない。

 少女として、この時代の若者として当然の価値観を持ちながら、それでも誰かを守らんとする善き意志を胸に戦場に身を投じたのが彼女たちシンフォギアの装者である。

 もちろんそれぞれで覚悟の程に差はあるだろうが、それでも生命を奪うことを良しとするような装者は誰ひとりとして居ないことはベディヴィエールとてよく知っていた。

 

『…………済まない。俺たちがそちらに向かえれば良かったのだろうが……』

「ぅえっ!?い、いえいえ、大丈夫ですよ師匠!平気、へっちゃらです!」

『……そうか、そうだな』

 

 グッと小さくガッツポーズを決め、大丈夫だとアピールする響。

 本心からそう言っているのかどうかまではともかく、響が吐いた言葉を信じるより他にないという現状に弦十郎は忸怩たる思いを抱えていた。

 

「……、大丈夫よ。生き物って言ってもあからさまに怪物なのだもの。やらなきゃやられるのはこっちだし、ネフィリム宜しくファンタジーに両足突っ込んだような生き物なら逆に罪悪感も薄れるわ」

 

 マリアが響の言葉を補強するように言葉を重ねる。

 たとえ血を出すとは言え、倒せばすぐに消滅する怪物だ。であれば手に掛ける嫌悪感だって無視できる、十分に戦えるのだとそう言い募る。

 

「……そうですか。いえ、それならばいいでしょう。ですが──」

 

 ベディヴィエールは言葉を途中で止め、前方を見据える。

 それを一瞬怪訝に思った2人だが、異様なほど美しい音色がその耳に届いた瞬間、弾かれるように顔を音の聞こえる方へと向けた。

 

「──デモノイズッ!っと、それに──」

「……あれは、いえ、彼らは……?」

 

 デモノイズ、指揮者デモノイズではなくそれが召喚する小型──楽団デモノイズとでも呼称すべきそれらが、隊列を組んでこちらへと向かってきている。

 そして、それを指揮しているのはおぞましい柱状の指揮者デモノイズではなく、どう見ても人間にしか見えない者たちであった。

 

 ベディヴィエールはその姿を確認し、露骨に顔を歪ませる。

 

「──ケルト兵。この統率の取れた動きから察するに──眷属の類か!」

 

 そう呟き、目前の人間らしき彼らに向けて刃を翳す。

 そんなベディヴィエールに慌てたのは響である。

 

「って、ベディヴィエールさんッ!?相手は人間ですよッ!?」

「っ、立花さん!彼らは人間ではありません──いえ、人間と同じ生命構造ではありますが──ッ!」

 

 言葉の途中で、ベディヴィエールが剣を振るう。唐突な行為に響が目を白黒させる間もなく、キィンという快音が辺りに響いた。

 

「これはッ!?──弓ッ!?」

 

 マリアが驚愕する。相手の(ベディヴィエール曰く)ケルト兵と呼ばれる彼らの武装は、弓、剣、そしてローブを着た者は杖と正しく古代や神話からそっくり抜け出てきたかのような出で立ちをしていた。

 そして彼女らが何らかの行動を起こす間もなく先手で攻撃を仕掛けてきたのだが、驚愕すべきはその攻撃速度。

 

 通常の弓なら、響が気づかない訳がない。彼女は正面を見据えれば戦車砲だって迎撃できるし、加速前なら噴進弾とて無手で投げ飛ばす。

 そんな彼女が(ベディヴィエールに注視していたとはいえ)気づかないとなれば、たかが矢がそれだけの速度を発揮していたということにほかならない。

 咄嗟に気づいたベディヴィエールが迎撃しなければ、ともすれば直撃し、当たりどころが悪ければ昏倒していたかもしれない。そう思えば、響は無意識に身を固くした。

 

「ッ、サーヴァント……?」

 

 恐る恐る呟く響に、しかしベディヴィエールは首を横に振って答える。

 

「そうではありません。女王メイヴの配下であればここまで統率は取れないでしょうから、恐らくは神霊規模の疑似サーヴァント、守護天の眷属です。弱いサーヴァント未満、兵士の概念を持った魔力構造体と考えていただければ」

 

 ベディヴィエールの言葉に響が改めて見直せば、確かに剣兵は剣兵の姿、弓兵は弓兵の姿と統一されている。個人差なんて欠片も見受けられないその姿を認識してしまえば、それらが人間であるとはとても思えない。思えないが──。

 

「────」

「……では、ケルト兵は昏倒させて回りましょう。そうですね……ドルイドを優先的に気絶させれば、覚醒の魔術を行使できない以上、進軍は遅くなるはずです。ああ、デモノイズは破壊したほうがいいでしょうが」

「すみません……」

 

 押し黙った響とマリアに、ベディヴィエールが代案を提示する。

 スプリガンやワイバーン、その他幻想種にデモノイズは撃破し、ケルト兵は気絶させる。彼女らの精神的な面を考えればその方がいいだろうというベディヴィエールの言葉に、2人は申し訳なさそうに頷いた。

 そんな2人に、ベディヴィエールは微笑む。

 

「……今を謳歌する貴女たちが、生命を奪えないというのは当然だ。それは何処までも、永遠と宝とすべき尊き考えです」

「ベディヴィエール卿……」

 

 古代を生きた騎士、生命の遥かに軽かった時代に武を揮った彼の意外な言葉に、マリアが感動とも困惑とも取れる声を漏らす。

 ベディヴィエールは全く本心を語っていた。当たり前だ、命を奪わずに済むならそれに越したことはない。それが出来なかった彼だからこそ、それが出来るはずである彼女たちの思いを尊重したかった。

 

「何より、そんな貴女達の当たり前を護れずに円卓を名乗るなどと──そんな恥知らずな真似、この私には到底出来ませんとも」

 

 ウィンク混じりに告げたその言葉。その中に一片の虚偽すらも含まれていないことは2人には容易に理解できた。

 彼は、円卓の騎士ベディヴィエールは。己の中に守護の誓約を打ち立てたのだ──共に戦う心優しき少女たちの、今を生きる誇りを失わせないのだと。

 

 ぽかん、とした表情を浮かべていた響だったが、すぐに顔に満面の笑みを浮かべた。

 

「──ありがとうございますッ!」

 

 大声でそう告げ、腕をブンブン振るって戦闘姿勢に入る響。

 その様子を見ながら、マリアも笑みを浮かべてベディヴィエールに向き直る。

 

「そうね、ありがとう。円卓の騎士様、頼りにさせてもらうわね」

「それは勿論。トリスタンやランスロット卿ではありませんが、婦女子に頼られるのは騎士の本懐ですから」

「……そ、そう、かしら」

 

 さらりとそう告げるベディヴィエールに驚くマリア。

 気障な台詞に気恥ずかしさから己の頬が赤くなるのを自覚したマリアは、接敵の間際だと言うのに何を言っているんだろうかと恥ずかしさを誤魔化すために正面に向き直る。と、そこでふと視界の端に入ったベディヴィエールの横顔を見て気づいた。

 

(って……彼も慣れてないのね、こういうことするの)

 

 どうやら彼も気恥ずかしかったのか、前を向くベディヴィエールの頬はほんのり赤く染まっており、それをみたマリアは小さく吹き出した。

 

 

 

 

 そんな騎士道的なやり取りがあった時から1時間。

 

 風鳴邸の魔都攻略に赴いた3人は、目的地である風鳴邸への道程のおよそ5割程度を踏破していた。

 

「……こうなると、クリスちゃんが居たほうが良かったかも……」

「ミサイル乗り?ワイバーンに撃墜されるか、でなくてもワイバーンに当たって空の藻屑に消えそうだわ」

 

 響とマリアがぼやきつつ、目前に現れたケルト兵を最低限だけ手早くノックアウトさせつつ、その間をすり抜けるように駆け抜ける。

 城門近辺と比較して明らかに石造りの建物が増えてきており、丘の上から眺めた地形図と大雑把に整合させることで、彼女たちはおおよその現在地を理解していた。

 ……つまり、時間の割に全然進んでいないという事実である。

 

「確かに結構広かったですけど、大体が原っぱだからまっすぐ行けばすぐだー!……なーんて思ってたんですけどね……」

 

 響の悲しげなつぶやきがだだっ広い草原に響く。

 シンフォギア装者たる響にマリア、サーヴァントであるベディヴィエールは常人を遥かに凌駕する巡航速度を持っている。

 瞬間的な速度ならみなそれぞれ得手不得手もあろうが、少なくともまっすぐ駆け続けるというだけなら総じて自動車なんて目じゃないスピードで走り抜けられる。

 

 平時なら戦場が市街地であることや疲労を考えて其処までの速度を出すことはないが、相手の領域である障害物の少ない草原であれば問題ないだろう……と考えていたのだが。

 結果として、彼女たちは想定にかなり足りない距離の移動しか出来ていなかった。

 

「……どうにも、敵の行動が的確に過ぎますね。散発的な襲撃をかけてくるワイバーンはともかく、スプリガンとケルト兵、そしてデモノイズの動きは明らかに組織的だ」

 

 ベディヴィエールの言う通り、この結果に陥った原因は明確。

 その外見とは裏腹に、正しく軍団と呼べるほどに秩序だった敵方の連携に手を焼いていたのである。

 

「……ベディヴィエール卿の言葉が真実なら、本来ここまでではない連中を統率している輩がいるってことね」

「それって、やっぱり守護天なんですよね?ってことは、えーっと……軍神?説が濃厚になってる感じでしょうか!?」

 

 マリアと響の言葉に、ベディヴィエールは頷く。響が理解度が浅そうなのは愛嬌であろう。

 

「ええ。スプリガンをも統率できるとなれば、やはり相応の神格である可能性が高い。……まあ、スプリガンが原義の意味でスプリガンであれば逆に従わないかもしれませんが……」

『原義的に……か。確かスプリガンというものは、戦いで殺されたというコーンウォールの巨人の亡霊であるというのが元の伝承だったか?』

 

 確かにそれなら、守護天がヌァザとするなら巨人とは敵対関係と言えるので従うことはないだろう。

 最も、そもそもここに出現するスプリガンは原義的な意味でのそれらではない。あくまで遺跡を守る精霊、妖精の守護者としての存在に類する霊的存在系のエネミーをカルデアが総称してスプリガンと命名しているだけである。

 

 と、そこら辺の話を聞いていたところで、響がなにか疑問が浮かんだのか首を傾げる。

 

「……今更なんですけど、ここって遺跡なんですか?というか、そもそもこの魔都の……えっと、神代で上書きしてるんでしたっけ。それってどういうことなんですか?」

『それについては、カルデアからの話を聞いています。空間領域の3次元的な書き換え──いえ、むしろマクロスケールで見た地表平面、二次元的な平面世界のテクスチャの上書きということでしょうか。時代に合わせて世界を再構築するとか、過去の時代の空間と領域を置換するのではなく……。そう、既存の世界を一枚平面と見た時にその世界をそのままに新たな世界を重ねて、そこにあるモノを生物非生物問わずにシフトさせて……』

「……言ってること、全然判んないよぅ……」

 

 カルデアから伝えられた神の時代による上書き。どういった原理で世界が変化しているのかをエルフナインは推測していたが、最初の当たりで響は白旗を挙げた。

 

「とりあえず、これって守護天を撃破すれば元に戻るのかしら?」

「こういった時代の顕現というのはサーヴァント自体が核となる場合もあれば、そのサーヴァントの持つ宝具などが核である場合もあります。どちらにせよ守護天を撃破すれば元に戻る公算は十分かと」

 

 ベディヴィエールが向かってくるワイバーンを切り捨てながらそう話す。

 当該事象のうちカルデアに記録されているものでは、前者には第6特異点で古代エジプトを領民ごと持ってきたファラオ・オジマンディアスが、後者には第7特異点で対峙した女神ケツァル・コアトルが該当する。

 両者ともに強大無比なサーヴァントであり、また時代や地域と極めて縁深い神秘を抱えた存在である。逆に言うなら、その規模のサーヴァントでなければ神代の顕現と言った無茶は出来ないのだが。

 

『それに、こういった時代の上書きはあくまで上から別世界を被せているようなものとのことですので、この状態さえ元に戻せれば本来の住人も元通りになるかと思われます』

「!ってことは、守護天を撃破すれば全部元通りってことでいいんだねッ!」

『はい、おそらくは』

 

 現状を端的に理解した響が、パッと笑顔を浮かべる。

 魔都の住人がどうなったのか、というのは彼女がここまで戦った中でどうしても気になっていたことであった。

 彼女の親友である小日向未来を始めとするリディアンの友人たちはシェルターへ避難を余儀なくされていたが、それでも彼女らは魔都の傍であり魔都の中ではない。新宿の魔都に住んでいたであろう人々は、そのすべてが炭に還されていた。

 

 そんな中でのこの魔都である。もしも、元の住人たちがそのままに神代の怪物たちが出現したのだとなれば、その被害は新宿のそれと同様──否、相手が生物であるが故の残酷さ、生々しさの残る惨劇が繰り広げられていた可能性すらあった。

 が、もしこの神代が魔都と同時に展開されたのであれば話が変わる。話を纏めれば、元の住人は神代の展開と同時に神代を被せた下(響の認識では、だが)に行ってしまっただけであり、死んだわけではない。魔都が開放され神代の領域が消滅すれば元通りになるとすれば、この魔都による犠牲が事実上ゼロとなるということだ。

 そこまでうまくいくかはわからないにしろ、響のやる気がグッと上昇するのも無理らしからぬことであろう。

 

 そんなテンションの上がった響だからだろう、次のようなことを口走ったのは。

 

「まるで、守護天さんが魔都のみんなを助けてくれたみたいだねッ!話せば分かってくれるかもッ!」

「────!」

 

 ベディヴィエールが驚きの表情を浮かべる。

 勿論、響がそんなことを信じていることに驚いたのではない。──現状を照らし合わせると、それも有り得るということに気づいたからだ。

 

(……確か、魔都の守護天のうち一人はウェルキンゲトリクスという男、もうひとりは戦乙女。そしてここにいる守護天はその2名以外であり、ウェルキンゲトリクスの言動を思い返せば──)

「ベディヴィエールさん?」

「どうしたの?……って、もしかして……」

 

 突然驚いたかと思えば黙り込んだベディヴィエールに響とマリアは怪訝な顔を浮かべたが、すぐにマリアも同じ事に気づいたのか同様に考え始める。

 

「──これは、確認しなければならないことが増えましたね」

「……そうね」

 

 ベディヴィエールはマリアと頷きあう。

 それを眺めていた響は、どうにも2人に取り残されてしまい、未だに頭上に疑問符を浮かべていた。

 

「えっと……その、どういうことなんです?」

「相手のスタンスのこと。案外貴女の言葉が的を得ているかもしれないってことよ」

「そうなんですかッ!?じゃあ最速ダッシュで行きましょうッ!」

 

 マリアが自分の考えに意外と肯定的であったことに驚きつつ、それならばと笑顔で走り出す。やる気増し増しな響の前に、スプリガンやらワイバーンやらは悉く撃破されていき、正に無人の野(厳密には敵は全部人外だが)を進むが如しであった。

 そんな彼女を苦笑しながら2人は追いかけ……その中で、ベディヴィエールは向かい来るケルト兵を器用に昏倒させつつ、響の言葉の通りに行くだろうかと考えを巡らせる。

 

(果たして、守護天は其処まで甘い存在だろうか。……いや、既に敵軍と戦闘状態にある以上、やはり戦闘が起こることを前提とすべきだ)

 

 ベディヴィエールは僅かな思考時間でそう断定する。

 そもそも敵対する気がないならここまで兵力をぶつけるわけがない。それも3人の進行方向に合わせてきっちり波状攻撃を仕掛ける徹底振りである。

 ここまで正確に攻撃してくる以上、相手方が3人に気づいていないなんてことはまずありえない。こちらが何者か理解して攻撃している──つまり、明確に敵対意思を示すものであるとベディヴィエールは判断していた。

 

(神霊の判断基準や感情表現は人間のそれとは全く異なる。相手が何を考えているにせよ、衝突は避けられないと見るしかないか)

 

 むしろぶつかることが確定していたほうがわかり易いまである、と口に出さず己の思考に区切りをつけるベディヴィエール。

 話し合えそうだと無邪気に喜ぶ響の背を見て、彼は小さく、しかし重い溜息を吐いた。

 

 

「……見えたッ、あれだッ!」

 

 それからなおも突き進んで暫し。

 入り組み始めた太古の町並みを抜けた彼女ら3人は魔都の中枢、風鳴邸が目視できる地点まで来ていた。

 

「うわあ、なんか周りとのミスマッチが酷いッ!」

 

 響が思わずとばかりにそう口に出す。残り2人は言葉にこそしなかったが、響の言葉に内心大いに同意していた。

 古代ケルトの石造りの簡素な建物に青々とした草原という如何にも神話らしい光景のど真ん中に、それはそれは立派な門構えの日本家屋が堂々と建っているのだ。響でなくとも突っ込みたくなるというものだろう。

 

「全く、そういうことは思っても言わないことよ。といっても、誰が聞くでもないでしょうけど」

 

 マリアは響を嗜めつつ、風鳴邸の門の前に立つ。

 そのまま取っ手に手をかけ、すぐに隣に並び立った2人にアイコンタクトで門を開けることを告げる。

 

「…………」

 

 その目線に2人が頷き返したことで、マリアは勢いよく門を押し開け──。

 

 

「……ほう、来たか。歓迎するぞ、来寇者共よ」

 

 

 鈴の鳴るような声が、3人の耳に届く。

 およそローティーン程度であろう少女の声、しかしその声音に反した尊大な口ぶりがアンバランスさを醸し出している。

 門を開けた正面から見て右手、嘗てはレイラインを整えるための要石を祀っていたそこに一人の少女が座り込んでいた。

 

「この、声は……」

 

 マリアはその声に聞き覚えがあった。まさか、という思いとやはり、という考えが思考に湧き出し、若干混乱しつつもそちらに向き直る。

 

 透き通った声に違わぬ、響たちと比較して尚も年若い姿。やや薄い褐色の髪は見ようによっては薄赤ともとれる色合いであり、その瞳は視線を合わせるマリアの碧眼とは異なる真紅を浮かべている。

 

「……どうした?そんな不出来の顕れの如き銀腕をわざわざ携えて、我が都へと押し入り。あまつさえ私を前に口を閉じることすらも忘れるとは」

 

 不審に思った……ということではあるまい。その少女は愉悦とも嘲りとも取れる笑みを浮かべ、マリアへと語りかける。

 

「あの姿……なんでッ!?」

「?あの依代の少女をご存知なのですか?」

「う、うん……あの子は……」

 

 目前の少女について見覚えがあった響は、唖然としたマリアに変わってというわけでもないが、彼女についてベディヴィエールに話していく。

 S.O.N.G.の資料などで目にした、既に亡き少女。とある平行世界では生存が確認されたりもしているが、しかし目前の彼女とは全く印象が異なること。

 

 そして──。

 

 

「──セレナッ!?」

 

 

 ──依代となった少女、その名前はセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。何より、マリア・カデンツァヴナ・イヴの妹である。

 

 

 マリアの狼狽ぶりに、さも今気づいたかのようにセレナを依代とする守護天が驚きの表情を見せる。

 

「ほう?ああ、そうか。成程、依代の関係者か。ふんふん、道理でな……」

 

 感心しているような素振りを見せつつも、その笑みは変わっていない。その態度は2人の間柄について既知であることを如実に示しており、もっと言えばあからさまにマリアを煽っていた。

 

「そうだな。であれば、妹思いであるらしい人の子に1つ真実を告げておこう。──この依代、セレナ・カデンツァヴナ・イヴか。私という高位霊体の媒介となっている以上、長くは持たんぞ?」

「────ッ!?」

 

 慈悲を示してやろう、そうわざとらしく態度に出した守護天が口にした言葉は、マリアの表情を強張らせた。

 セレナの名前を知っていることといいマリアの関係性を知っていることといい、先の発言が茶番であることを隠しもしないが、最早それもマリアの耳には入らない。

 

 そういった些事を吹き飛ばすだけの内容を守護天が告げたことに、言葉を失ったマリアの代わりに反駁したのは、疑似サーヴァントについても知識を持つベディヴィエールだった。

 

「何を……器を失えば消えるのは貴方自身だろう、神でありながら言を弄するか!」

「私が弄舌だと?ふん、依代に迎合する様に呼び出されている連中ならいざしらず、私は依代に頓着などしていない。魔神に召喚される際に、現世の器として用意されたものを乱雑に扱っているだけだ」

 

 ベディヴィエールの憤る声を受け、守護天は嘲りの表情を止め冷めた目線を向ける。

 

「──そも、私が魔神に反抗していたことは水底の守護天から聞いているだろうに。あれの思い通りに、いつまでも現世にしがみつくと思うか?この様な脆い器を蝶よ花よと扱うよりも、乱雑に扱い砕いたほうが早いと思わんか?」

 

 その右手に付く銀光きらめく義腕を物憂げに眺め、やれやれと呆れたようにため息を吐きながら続けられた言葉にマリアは激昂した

 

「貴様──貴様ッ!!妹を、セレナを──ッ!」

「落ち着いて、マリアさん……ッ!」

 

 普段のマリアの印象を全く狂わせるほどの激昂に、響が堪らず声を投げかける。

 マリアが怒るのも無理はない。マリアにとって、セレナ・カデンツァヴナ・イヴとはそれほどまでに大切な存在なのだ。

 

「逆さ鱗に触れたようだな、銀腕を継ぐ者よ。なればどうする、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。貴様がこの器を助けんと希うなら、どうするのだ?」

「あなたは……」

 

 マリアの様子に、今までの調子を一転させた守護天がただ問いかける。

 少女の姿の、神を名乗る者。今までの蛮性に満ちた姿はそこに見いだせず、その紅い瞳を見た響は、やはり彼女は何か事情があるのではと口を開く。

 

「──そんなの、決まっている。貴方を倒す。倒して、セレナを返してもらうッ!」

 

 だが、その言葉は繋がらない。マリアの怒りに満ちた声に、思わず響は口を噤んでしまった。

 

『落ち着けマリアくん、守護天を撃破してもセレナくんが戻ってくるとは──』

「ふふ、面白い事を言う。私を倒して、依代を取り返すときたか。軍神であり、神々の指導者たる私を倒してか?──く、ふ、ハハハハハッ!」

 

 弦十郎がマリアを諌めようとするも、守護天たる少女の姿の神──軍神を名乗る彼女の呵々大笑が弦十郎の言葉を遮る。

 先程のように煽り嘲る様子ではなく、心底可笑しそうに笑う姿は外見には楽しげな少女にしか見えないだろう。

 

 やがて笑い終えた守護天は、目尻に浮かぶ笑い涙を指で拭い、ふぅと一息つくとマリアへと向き直った。

 

「そうだ、精々足掻いてみせろ。そうすればあるいは、願いも叶うかもしれんな」

 

 そう鼻で笑う。そこには最初の頃の嘲る様子が蘇っており、実に小憎たらしい。その整った顔も、歪んだ笑みから伝わる悪意を増幅させるだけだ。

 ましてマリアからすれば、大切な妹の顔でそんなふざけた表情を晒すのだから怒りも一入だ。

 

「……言ったわね。上等、吐いた唾は飲み込ませないわよ……ッ!」

「~~ッ!マリアさん、私手伝いますッ!セレナちゃんを助けて、そして──」

 

 事ここに至って戦闘は不可避だ、ということを響は理解した。

 もはや戦わずに事を収めることは出来ない。そう知ってしまった。

 

 

「──そして、教えてくださいッ!貴方の事をッ!貴方の思いをッ!」

 

「!君は……」

 

 魔都の主、守護天に向けられた響の大声に、マリアは怒りの感情を僅かに忘れ横に立つ響を見る。その顔はマリアも過去幾度となく見てきた。敵として、味方として、互いに分かり合うという理想を妥協なく掲げる少女の決意がそこにあった。

 

 戦わなければ、どうにもならない。──だとしても。

 たとえ戦うとしても、理解を諦めない。何がしたいのかを聞きたいのだという思いの丈をぶつける。

 お互いに理解することだけは絶対に諦めないのだと、響は神に向かってそう叫ぶ。

 

 呆然とするマリア。その前で、今度はベディヴィエールが口を開いた。

 

「──マリアさん。どこまでも沈着冷静であってこそ、かの神に抗する目が出てきます。怒りを抱くのはいいですが、怒りに呑まれないようにしてください」

「ベディヴィエール卿……」

 

 マリアに語りかけるベディヴィエールの声も表情も何処までも穏やかで、冷静なそれを保っている。

 だが、マリアにはそこに彼の思い遣りが隠れていることを肌で感じていた。

 

 怒りが潮を引くように失われていくのを感じる。根本的にはやはり怒りを感じているが、それは正当な分の怒りだ。妹の姿で、妹を人質に取る神に対する怒り。

 ……そう、人質だ。頭が冷えればマリアにだって理解が出来る。相手がわざわざ自分を怒らせ、言葉を遮り、双方の退路を断ってまで──敢えて戦おうとしていることぐらいは。

 何を考えているのかはまだ細かくはわからない。だが、かの守護天──魔神に抗わんとして、この魔都に封ぜられた神威の主は何かを自分たちに求めている。

 

「2人とも……ありがとう。──ええ、頭も冷えたわ。行くわよ──ヌァザ・アガートラーム。貴方の時代、この神代最期のステージの幕を切って落としてやるわッ!」

 

 戦う道は変わらない。だが、その胸に身を焼くほどの怒りはない。

 真の名を告げられた守護天──ヌァザは、面白そうに、にんまりと笑う。

 

「……ふふ、さあ──神に抗うがいいッ!」

 

 笑顔で告げ、神威を解き放つ。

 暴威を纏い巨岩の上に座す守護天は、初めてその顔に相応の表情を浮かべていた。

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