SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
「ふ、フフフ……ハァーッハッハッハッ!ようこそ、僕の栄光を示すこの魔都へッ!君らが一人目のお客様だッ!」
盛大に高笑いする1人の男。メガネを掛け、身体はやや貧相気味、目には知性と狂気が同居するその男を前に、クリスはげんなりとした表情を浮かべていた。
クリスはここ──深淵の竜宮の魔都に来ることを選んでからこっち、色々がっくり来ることは多かったと自覚していた。していたが、その上で尚目前で高笑いする男はとびきりとしか言えなかった。
横を見れば、自分とともに付き添いに来た英雄……イスラエルの王ダビデが驚きと興味、有り体に言えば変なのを見る目で目前の男……守護天を繁々と眺めていた。
(──判っちゃいたけど、判っちゃいたけどよ……ッ!これはあたしへの罰ゲームかッ!?)
そもそもどうしてこんな事になっていたのだったか、クリスは思わず過去に記憶を飛ばしていた。
「っと、ここがウェルの野郎のいるっていう魔都か。……なんつーか、本当に深淵の竜宮が再建されてんだな」
テレポートジェムで転移した直後、クリスがまっさきに抱いた感想がそれであった。
深淵の竜宮は日本政府が主導となり危険な異端技術関係品を保管していた、いわば海底倉庫。収蔵物の危険性の高さと有用性の低さを考えれば倉庫というよりは廃棄所、隔離所の類だが。
ここに収蔵されている異端技術品はどれも面倒で扱いに困るものばかりだったため基本はアンタッチャブルな場所ではあるのだが、キャロルにとって有用な物があったためにキャロルの起こした魔法少女事変の最中にここでも戦闘があり、結果として崩壊、海の藻屑となった……筈なのだが。
「キャロルの言うことが本当なら、ここは一度崩れていたってことだったっけ?いやあ、きれいに再建されているね!このスキルを生かして土建屋にでもなればいいのにねぇ」
『はいはい、馬鹿なことは言わない言わない。魔神の土建屋って、ソロモン王が使役していたことを考えればエルサレム神殿建てちゃうかもよ?』
「おっと前言撤回、土建屋だけは駄目だね、かなーり駄目だ」
ははは、と笑いながら軽口を叩きあうダビデとダ・ヴィンチ。その様子を横目に見ながら、クリスは施設端末の電源を入れる。
そのままカタカタとキー入力し、モニターに求めていたデータを映し出した。
「おい、ダビデのオッサン。あとダ・ヴィンチ……さん」
『ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれてもいいんだぜ?』
「うっせえ、いいからこいつを見てみろ」
クリスの言葉にダビデがモニターを覗き込めば、そこに映っていたのは深淵の竜宮の平面地図だった。
かなり細かく施設の情報が記載されており、隔壁や監視カメラ端末のデータを容易に確認できるようなインターフェイスであることが見て取れる。
「へぇ、ここまで詳細な施設マップがあると攻略が捗りそうだ。……で、これがどうしたんだい?」
『あ、ちょっとまった。あー、成程ね』
ダビデが首を傾げたところで、データとして取得したマップを眺めていたダ・ヴィンチがあることに気づいてふんふんと頷く。
「うん?……あ、そういうことか。ははあ、こいつは驚いたね」
どういうことかとダビデが問いかけようとしたところで、モニターの情報を理解したらしく納得の表情を見せる。
同じ系統の世界出身のクリスやこういった技術に親しい技術系英霊のダ・ヴィンチとは違う筈なのだが、それでも即座に把握するところはダビデ王の面目躍如といったところだろう。
「……わかったか?ここ、ここ、そんでここに……。この部屋までの一本道、そこだけ御丁寧に隔壁を開いてやがるってことだ」
クリスがモニターを指差しそう吐き捨てる。
モニター上ではいくつかの隔壁のロックが既に解除されており、深淵の竜宮のとある一室まで向かう場合のみ障害がなくなっているということを示していた。
……有り体に言えば、ダビデとクリスを誘っていた。
「うーん、この露骨さ。あのウェル博士だっけか、かなりこう……自信家なのかな?いや、自己顕示欲が強いんだねこれは」
『だろうねぇ。いや、この露骨さはあれだよ、私も覚えがある。アレは自分の考えを──いや、自分の天才性を絶対的に信じてるタイプと見た』
ダビデとダ・ヴィンチの評にクリスは頷けるところしかなかったが、同時にウェルがここまで堂々と自身を危険に晒すのは、矛盾しているが自分が安全であることを確信している時であることをクリスは知っていた。
「……つまり、ウェルの野郎はあたしとダビデのオッサンと喧嘩して負ける気しないってあたしらに言ってるってことだ。あの野郎にそこまでナメられてるのがムカつくッ!」
苛立たしげに床に足を叩きつけるクリス。
先の会戦では確かに相手の力量が嘗てない程になっており、彼女が過去に戦った面々とも引けを取らないだろうことは判っていた。だが、それでも腹が立つものは腹が立つ、そういうことだろう。
そもそもクリスからすれば、ウェルという男は本人がひ弱だが、その貧弱さを種々の技術やその知性で補うことが面倒な手合という印象があった。
──それだけに、まさか堂々と自分への道を開いて挑発してくるという舐めきった態度を取られたことに、思いのほか頭にきていたのである。
「うーん、なんともはや。で、直接このルートを行くのかい?それとも罠を警戒して別ルートにする?」
「……ムカつくけど、あいつの誘ってるルートだな。わざわざ道開けてるのは腹立つが、これ見よがしに道作っておいて道中に罠を設置するようなやつじゃねーよ。罠を置くならそれらしく偽装ぐらいはする奴だからな」
そこまで悪辣ではない、というよりもそこまで馬鹿な手段を取るような相手ではない。クリスの主張に、相手を知るクリスがそう言うならばとダビデは納得した。
……そして隔壁を開き、相手の示したルートに足を踏み入れれば。──そこには大量のデモノイズが犇めいていた。
クリスは間髪入れずにギアを纏い、以前ここに来たときの反省から大型ミサイル以外のアームドギアを展開、一斉に薙ぎ払った。
「畜生ッ!あの野郎をちょっとでも信じたあたしが馬鹿だったッ!」
盛大に悪態をつくクリスだが、ダビデは状況を確認し首を振る。
「いやまあ、どうにも罠と言うにはお粗末だ。単純にさっきの隔壁が魔都の境界だったってことの気がするなあ。ほら、デモノイズもいっぱいいるけど、吹弾器官を展開すらしてなかったし」
ダビデの言葉に、クリスはそう言えばと思い返す。
即座に吹き飛ばしたとは言え、そもそもデモノイズは吹弾機関を展開していなければアルカ・ノイズ以下の雑魚、通常のノイズとそう変わらない。
待ち構えさせると言うなら、それこそ吹弾器官から即座に音楽を奏でられるように備えさせて然るべきだが、今のデモノイズはあの特徴的な金管楽器状の部位を表出させていなかった。
「……ってことは、魔都はどこもこんな感じってことか?」
『みたいだねー。他の魔都の報告も眺めてるけど、その行動の統率についての是非はともかく、どこもデモノイズはかなり密集してるみたいだ』
「そうかい。ウェルの野郎が統率も上手かって言えばそうでもないだろうが、かと言って全く動かせないわけでもないだろうし……」
ウェルは生化学者としての専門分野では天賦の叡智を持ち、そうでない分野でも頭を使うものであれば大抵のことに片を付けられる天才である。
だが根本的に自分本位が過ぎるため、多数を運用する組織行動の統率にはあまり向いていないところがある。ただ、一応ノイズなどの思考を持たない存在ならある程度の統率指揮はしてみせるため、それすらしていないあたりはダビデの言う通り「罠」ではなかったということだろうが。
「ま、いいや。再湧きしてねーってんならさっさと進むか」
「そうだね。……にしても、デモノイズって指揮型を討伐しない限りは概念的に再出現するものだと思ってたけど……」
撃破後に湧き出てこないデモノイズにダビデが疑問符を浮かべる。
デモノイズ達は魔神の因子が組み込まれていることから、カルデアではデモノイズの不滅性がそこに由来しているのだと考えていたのである。
どうにも当てが外れたかな?とダビデは呟くが、そこに待ったをかけたのはダ・ヴィンチだった。
『いや、不滅性は発揮されてるね。ただ再出現場所が……魔都内にランダムポップってとこかな。この魔都入り組んでるし、相手方が指揮をする気が無いみたいだからそうそう同じ場所まで戻ってこなさそう?』
観測されるエネルギー反応を反映したモニターを眺めていたダ・ヴィンチがそう漏らす。
魔都敷地内のデモノイズ密度自体は他の魔都と大差ないのだが、どうやらデモノイズの配分についてかなり適当に考えているらしく、結果的にデモノイズとの会戦可能性、再戦可能性は大いに減じていた。
「……さすがにそこまで雑に扱っていいものなのかな、デモノイズ。余程自信家か、あるいは他に考えがあるのか……当人に会ってみるほうが早そうだ」
便利な雑兵戦力だろうに……とダビデが苦笑する。国を率いるほどの軍政の才を持つダビデからすれば、ここまで雑な兵力管理は贅沢を通り越して無意味としか思えないのだろう。
『まあ、ウェル博士の考えはともかく、先へ進んだらどうだい?流石にほっとけばまた集まると思うよ?』
「それもそうだな。あいつについてアレコレ悩ましても埒開かねえし、行こうぜダビデのオッサン」
ダ・ヴィンチの言葉を契機に、ウェルに対する推測を放棄したクリスはダビデに声をかけつつ先へと急ぐ。
「今更だけどさ、アビシャグ。僕のことをオッサン呼びは酷くないかな」
「……あたしはアビシャグじゃねえ、雪音クリスだ」
「うーん、ねえクリス。この施設って一体何を保管してたかわかるかい?今までのルートにあった倉庫と思しき部屋、どこもかしこも扉開いているし空っぽだ」
「あん?いや、あたしもこの施設についてはよく知らないけど……。まあ、この施設が何のためのかって考えりゃ、どうせ聖遺物関係じゃねーのか?……っと、哲学兵装かもしれないけどな」
言いながら、クリスは目前に一体ぽつんと出現したデモノイズを手早く撃ち抜く。相変わらずの雑な扱いに、撃ち抜いたクリスは呆れ顔を浮かべていた。
最初にウェルが示していたであろうルートを進みつつ、散発的に遭遇するデモノイズを蹴散らすこと暫し。
彼女らはおおよそ順調に行動を進められていた。それこそ、ダビデが脇見をしながら余裕で考察できるくらいには、である。
『ふぅん……。で、その中身がないってのはおかしな話だね。
建物を修復した手筈にもよるだろうけど、聖遺物とかも建物と一緒に海に没してたんだろう?なら、修復に合わせて回収出来てもおかしくはないし、それが出来れば扱い次第では有利に立ち回れるだろうに』
「……確かに、何処も蛻ってるのはおかしいな。やばいブツとかもあったんだろうけど、それにしても……」
そもそも政府では扱いきれない物品を隔離するための建物である以上、使い途に困る器物もあった。だが十分以上に有用でありながら、そもそも技術不足で運用できないような聖遺物も当然存在していたのだ。であれば、その全てを散逸させたままにしておくというのは考えにくい。
ならば一体どうなったのか……ということを考え、自ずとクリスは見て見ぬ振りをしたかった1つの答えに辿り着いた。
「……十のうち十でウェルの野郎だ。あいつ、ネフィリムに食わせやがったな……ッ!」
『ネフィリムに?確かに聖遺物を捕食して進化するって話だったし、成程、間違いなさそうだね』
完全聖遺物ネフィリム。生前のウェルが己の目的を果たすためにと利用したソレは自律する完全聖遺物であり、その動力炉の動作・発達・拡大の為に聖遺物やそれに由来するエネルギーを取り込む性質がある。
本来なら人の手に余るソレを、ウェルは聖遺物との適合数値を向上させる薬剤「LiNKER」、それもネフィリム細胞から作った特別製のモノを己の身体に投与していた。
「……って話なんだっけか。余り物みたいに配された僕だけど、まあ比較的好相性なところに来れたようで良かったよ」
そう言って朗らかに笑うダビデ。相手が創世記の巨人であるというのにこの余裕である。
ウェルがネフィリムの細胞を取り込んでいるという情報の共有があった時から、疑似サーヴァントとしての霊基はネフィリムのソレだろうというのは既にカルデアとS.O.N.G.では推測していた。
そして、そのときの相性を考えればダビデをここに配するべきだろうというのは当然に案として提示されていた。
『だからチーム決めるときにそれとなく誘導するつもりだったんだけど、その前に他の2人が何処行くか決まっちゃったんだよね。まあ結果オーライってことで』
「……まあ、あたしも余り物みたいなもんだから別にいいけどよ」
ダ・ヴィンチは可愛らしく舌をぺろりと出し、テヘと笑う。中身を考えなければ素直に女性的な仕草だっただけに、クリスは微妙なものを見る目を向けた。
「しかしネフィリムか。改めて考えるとこう、ゴリアテよりよっぽどおっかない相手だ」
ダビデがそう漏らす。その顔に不安は浮かんでいないが、それでも思うところはあるらしい。
ゴリアテもネフィリムも、それぞれ旧約聖書に登場する巨人である。しかしそこに記載されている大きさは全く異なり、6キュビト半(≒2.9m)と記載されているゴリアテに対し、ネフィリムは3000キュビト(≒1350m)である。
ジャイアントキリングの原義とされるダビデだが、流石にそこまでの巨体を相手にしたことはなかった。
「あー、んー。確かにゴライアスよりはネフィリムのが厄介だったけどな」
そう呟くクリスは、嘗て他の平行世界で戦った完全聖遺物「ゴライアス」を思い返す。
日が出ているときのみフルパワーで戦えるというその聖遺物は完全聖遺物に恥じない強力さを持ち、万全なら装者が束になって返り討ちにされるレベルの強敵である。
しかし、万全なネフィリムの厄介さに比べればゴライアスはただ強いというだけであり、クリスからしてもどうにもネフィリムほどの驚異性を感じてはいなかった。
「……へえ、クリスもゴリアテ退治したことあるんだ?うーん、ここにゴリアテ退治の英雄が2人……やっぱりこれは運命だねアビシャグ!さあ、その柔らかそうな身体で僕を温めておくれ!」
「寝言抜かしてんなッ!おいやめろ寄るんじゃねえッ!?」
爽やかな笑みで文字通り言い寄るダビデ。クリスに押しのけられようともお構いなしである。
ふざけているように見えるダビデだが、内心では彼女らに称賛を覚えていた。
平行世界とは言え、ゴリアテに臆せず向かいその討伐を成し遂げた彼女らは、当時自分と共に戦っていたイスラエルの兵より遥かに勇敢である。ただの少女としての感性を持ちながら、(力を持つとは言え)兵士すら尻込む危難に立ち向かえる彼女らの心の強さにダビデは嘘偽り無く感心していたのだ。……その結果が先の発言なので、どうにも締まらないが。
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて」
「テメエがそうやってふざけなきゃあたしだってトーンダウンするってのッ!」
まったく、と頬を染めて憮然とした表情を見せるクリス。照れというより頭に血が上ってるようにしか見えず、そろそろやばいかなと思ったダビデはからかうのを止めて真面目な表情を作る。
「それで、ここにある聖遺物を取り込んだとして、君の記憶にあるネフィリムと比較してどれだけ厄介になってると思う?」
「…………」
「クリス?」
ダビデの質問に無言で返すクリス。不審に思ってダビデが聞き返せば、答えをまとめたのか僅かに口を開いた。
「……正直わかんねえ。ネフィリムは取り込んだ聖遺物によっちゃ変な能力獲得するからな。……だけど、あたしらが戦ったのだと、フロンティアを取り込んでおっそろしく強くなりやがった。ここの聖遺物がどれだけあったのかは知らないけど、取り込んだやつの中に大出力の聖遺物があれば……」
『君たちが戦ったっていう強かった形態になりうる、と?参考までにどれだけ強かったんだい?』
ダ・ヴィンチはクリスにそう問いかける。ネフィリムという聖遺物の特性は把握していても、それが引き起こした過去の戦いについてまではカルデアに情報が来ていなかった。
というよりも、双方の過去の事件についての情報まではカルデアもS.O.N.G.も共有していない。それらについての情報共有に意欲がなかったわけではないが、互いに過去事情が複雑に絡まっているため端的な説明が難しく、結果として共有できるだけの時間が彼らにはなかった。
そんな事情から、過去のネフィリムとの戦闘情報について把握していないダ・ヴィンチは、敵対するであろうネフィリムについての情報精度を上げておきたいと考えていた。
「そうだな……。新宿でぶつかったときの炎、あれより強力な火を吐いてきたし、通常状態のギアじゃ攻撃はまず通らねえってぐらいには強かった」
『あの炎よりも?成程、そいつは強敵だ』
新宿でウェル博士が使用した炎は、火に耐性を持つブリュンヒルデの防御陣を貫通していた。過去に装者たちが戦ったというネフィリムは、生半な英霊では防ぐことすらままならないあの熱量すらも上回るということである。
「まあ最初は限定解除したギア6人がかりでどうにか出来た。問題はその次に出てきた……確か、S.O.N.G.で記録している名前はノヴァだったか?ネフィリム・ノヴァはエクスドライブでもどうにもなんなかったからバビロニアの宝物庫に捨てて来たんだよ」
「あ、こっちの世界の宝物庫が焼けてる理由ってネフィリムが暴れたからなんだ」
ダビデが得心がいったと頷く。
さりげに明かされた、カルデア側からすればある意味衝撃の真実。この話を聞いていたダ・ヴィンチは、中継しながら聞いているであろう子ギルの反応が気になったが、気にしてもしょうがないかと頭を振る。
『で、そのノヴァって今はいないんだよね?流石に今も居たら豪胆で知られるかの王だって悠長にはしてないだろうし』
「いねえ。ってか、あたしらが戦ってた時点で暴走してて自爆間際で、自爆されたら地球がこんがりローストって状態だったからな」
『惑星レベルかぁ……』
暴走状態かつ自爆とはいえ、そこまでの出力をもつ例はカルデアにも殆ど記録がない。いわゆる人類悪、ビーストクラスに該当する存在の一部が火力で対等に並ぶくらいだろうか。
遠い目をしているダ・ヴィンチを気にせず、クリスは話を続けていく。
「で、その宝物庫を閉じるのに使ったのがソロモンの杖ってわけだ。こっちについてはもう結構話したよな」
「ソロモンの杖がバビロニアの宝物庫の開閉鍵なのかい?そこも驚きだね……。ああ、確かその杖も爆心地間際で焼失したって言ってたけど、閉じるときに宝物庫に置き去りにしたってことだったんだ」
そりゃ残ってるって思わないよなあ、とダビデは独りごちる。地球丸焼きな大火力の爆心地にあれば、普通なら消滅したと考えるのが妥当であるところだ。
何故残っているのかの真相については流石に現状で推測は出来ないので、魔神に聞くより他にはない……答えが帰ってくるかは不明だが。
「とにかくッ!あのウェルの野郎は新宿の時点だとまあ普通に強い完全聖遺物じみた力しかなかった……この時点で相手したくはねえけど。でも今はもっとやばいことになってる筈だ。……だから、これでも頼りにしてんだよ」
「勿論、そこは弁えているとも。今の僕はただの羊飼いとしての時分の僕だ。だから……巨人殺しは、何処までも僕の領分だ。たとえ相手が星を焼く怪物であっても……たとえ元が学者であっても、巨人であるなら殺してみせるさ」
ニヒルな笑みを浮かべたダビデは、気負うこと無くそう言い切る。
(殺してみせる……か。ウェルはムカつく野郎だ。でもあたしは、いざってときにウェルを殺してでも止められるのか……?)
相手が巨人なら、何であれ殺してみせる。その言葉に偽りを感じられなかったクリスは、己の心を振り返り、苦渋の表情を浮かべていた。
「おいおい、折角僕が歓迎の口上述べてやったのに、見るなりだんまりとは随分失礼じゃないかい?……でもまあ許してやろうかな、僕は寛大だからねえッ!」
からの、冒頭である。目前で騒いでいるウェル博士をみて、さっきまでの葛藤は何だったのかとクリスは思いたくなる。
ネフィリムについての情報共有をしてる間に魔都の中心に辿り着いたクリスとダビデが最後の隔壁を開けたところで、そこに待っていたのはウェル博士ことジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。深淵の竜宮の魔都、呼称名魔都ホドの守護天だろうと目される存在であった。
『うわー、ほんと濃いねえ。っと、そう言えば私ははじめましてかな?私はレオナルド・ダ・ヴィンチ、カルデアの技術顧問をしているよ。で、キミはなんでまたこんな守護天なんてやってるんだい?』
新宿で見たときと変わらぬキャラの濃さにいっそ感心していたダ・ヴィンチが、そう言えばとウェルに問いかける。
「はぁん?へぇ、アナタがあの有名な万能の天才か。会えたことは素直に嬉しいね。で、守護天やってる理由ぅ?そいつはとっくのとうに説明したと思うけどなあ?」
『いやあ、確かに暫定少女を助けるためと言っていたけどね。……ただ、どうにも信じられない。キミのような手合は己の目的に合致するなら禁忌にも平然と手を染めるだろうし、人道に悖ろうが気にしないだろう。でも、英雄らしく……なんて言う割に、今のキミはそうは見えない』
「…………」
唐突に切り込んだダ・ヴィンチに、ウェルは沈黙で答える。その表情は僅かな驚きが浮かんでいる。
沈黙を肯定と受け取ったのか、ダ・ヴィンチはそのまま言葉を続けていく。
『ぶっちゃけさ、魔神の使いっ走りになることを英雄らしいだなんて、自分でも思ってないだろう?』
「……さて、そこら辺については見解の相違がありますねえ。僕らとキミらは仲良しこよしのオトモダチ未満なんだ、話して聞かせてあげようって気にはなりませんねぇ……?」
顔にかけたメガネのブリッジをクイと押上げ、ニヤリと笑うウェル。その動き1つで鬱陶しさを表現しているので始末に負えない。
案の定、そのうざったい様子にクリスの怒髪が天を衝きかけていた。
「~~ッこっちだって、テメエにいちいちお伺い立ててやろうなんて蟻一匹分も思ったことねえってのッ!」
「ヒートアップしてるなあ。落ち着いてクリス、彼は素で人を苛立たせる珍しいタイプの人間みたいだし、本人も性質歪んでいるみたいだ。でも──」
ダビデは言葉を途中で切り、落ち着かせるように穏やかな口調で言葉を続ける。
「──アレはかなりの難物だよ。ダ・ヴィンチとの問答で確信したけど、彼は何かを隠している。武力的にも、それ以外でもね」
『ソレは私も感じた。だけど、彼は自己顕示欲が強いのと同じ位、自分の願いに誠実な質と見た。少なくとも精神的な余裕を保っている今の状態では、何を隠しているのかを看破できそうにないね』
「はぁッ!?何を……」
馬鹿な、と続けようとしたところで、その言葉が止まる。ダビデ達の言葉でウェルを見たクリスは、彼が一切慌てておらず、またその表情が興奮しているときに浮かべるような狂相では無いことに気づいたのだ。
彼女の知るウェルは、己の野望が成就せんとするときは興奮のあまり表情が狂ったように崩れており、逆に崩れていない表情のときは何らかの仮面を被っているときであった。
そんな己の記憶を鑑み、今のウェルが何かを隠しているというダビデ達の言葉に一理あると考え、昂ぶっていた自分の感情を鎮め、冷静にウェルを見定めようとする。
そんなクリスの様子に、ウェルは拍子抜けしたような顔を見せた。
「おやぁ?いつもどおり猪突猛進しないんですかあ?」
「何時もってほどテメエと直でやりあってねえだろうが」
挑発には乗らないと言わんばかりにそっけなく、しかし挙動の一挙手一投足を見逃さないように視線は外さない。
その様子に、つまらなそうにため息を吐くウェル。やれやれと首を振り、気を取り直したように顔を上げる。
「ま、いいや。それじゃあ……」
その顔には今度こそ、クリスの知る狂相そのものが浮かんでおり──。
「──精々頑張ってくださいねぇッ!」
ウェルの左腕が、瞬時に異形へと変じた。黒色のソレははちきれんばかりに膨れ上がり、まるで竜の息吹のごとく、クリスたちに向けて灼熱の波濤を解き放った。