SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第9節 栄光の座I:魔都ホド(2)

 深淵の竜宮──その名に反してとても楽園とは言えない海底の魔境。

 その一室に、尋常ならざる灼熱が溢れかえる。

 

「ハァーッハッハッハッ!いやあ、まったく気分が良いですねぇ~、僕が君らに対してここまで物理的に優位に立てるなんてねぇ?」

 

 そこに響く男の哄笑。ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは己に与えられた力に──否、己に与えられた役割に酔っていた。

 炎の満ちるその領域。常人なら炎は愚かその熱波だけでその身を焦がされるであろう空間にあって、その身に纏う白衣に焦げ目の1つもないその姿はまさに、彼が常人を逸脱したことを如実に示す。

 

「これもどれも、この僕が英雄であると世界に認められているからにほかならなぁいッ!やはり今季最もホットな英雄はこの僕に決まりだなぁッ!」

「──わっけわかんねー事、抜かしてんじゃねぇッ!」

 

 瞬間、陽炎に揺らめく部屋で悦に入っていたウェルに対し弾丸の嵐が放たれる。

 ガトリング系の銃砲に特有の銃身の回転音と発砲音が、ウェルが居る場所を含め部屋中を蹂躙する。

 

「ウヒィッ!?……って、なぜ生きているッ!?」

「あたしらがあんなんで死ぬものかよッ!」

 

 そう叫ぶのは、先程ウェルのもとまで辿り着いたシンフォギア装者の雪音クリス。

 ウェルの放つ豪炎を一身に受けたかに思われていた彼女だが、そこは熟練の装者。全身各所が煤けているものの、きっちりとくぐり抜けていたらしい。

 

「どんだけ熱かろうが炎は炎、このあたし様が捌けないわけ──ねえだろうがッ!」

 

 直撃すれば骨も残らないであろう爆炎を放たれても、逆に言えば直撃しなければ問題はない。

 先程炎を向けられたクリスは、咄嗟にアームドギアから巨大ミサイルを放つことで盾とすると同時に、引火・炸裂したときの爆風で己に来る炎を吹き散らしていた。彼女の鎧を焦がしたのはウェルの炎ではなく、自身のミサイルの炎によるものであった。

 

「ああ驚いた。ゴリアテもそうだけど、怪物とは真正面から戦うもんじゃないねホント」

 

 その爆風で守られたのはクリスだけではない。彼女の後ろでやれやれと額の汗を拭くダビデは自身の後方、流された炎が焼き払った施設の光景を見やる。

 壁面は融解し、床面は赤熱化している。生半な炎の魔術ではあり得ざる火力は、単なる熱放出でありながら対軍宝具に肩を並べるほどの威力を見せていた。

 

「ねえクリス。かっこいいこと言ってたけどさっきの炎は流石にまずくないかな」

『さっきの炎、摂氏で言うなら100万度ってところかな。周囲の融解範囲が小さい辺り、ネフィリムが自分を巻き込まないようにするためのエネルギーコントロール機能でもあるのかな。まあ、巻き込み範囲が少なかろうとそもそも純粋な熱量としてぶっ飛びすぎてるからね。気をつける必要大有りだ』

 

 摂氏100万度といえば、太陽表面で発生するコロナ現象に比肩する温度であり、漫画でしか聞かないような数値を聞いたクリスは、ちょっとだけ勝ち誇っていたその顔に渋面を浮かべた。

 

「……まあ、とばかりヤベえってのは認めてやる」

 

 渋々認めると言わんばかりの態度だったが、流石に直撃は危険であることぐらいはキッチリ理解していた。というよりかつて対峙した完全体ネフィリムの火炎もそうだが、クリスからすれば一撃で落とされることが判りきっている以上、そもそも最初から食らうことは慮外、戦闘における前提条件でしかなかった。

 その上でどう対処するのか、というところが問題と言えば問題なのだが──。

 

「でも、ソレだけだ。ダビデのオッサンだって判ってんだろ」

「ははは、まあね。ソレじゃ、僕が前衛に回ろうかな。クリスは援護頼むよ?」

 

 言うが早いが、ダビデは羊飼いの杖を構え一息に駆ける。その速度は瞬間的に音を置き去る程であり、傍目には瞬間移動も斯くやとばかり。

 だが、そもそもその突撃を読めない程にはウェルは凡蔵ではない。

 

「ハッ!この狭い環境で真っ直ぐ以外にぶつかってこれるわけがないッ!わけがないなら、防ぐのだってちょろいもんさッ!」

 

 ダビデが足に力を込めた瞬間を見逃さず、ウェルはネフィリムと同化した左腕を肥大化させ、己が身を覆い尽くす程の盾と変える。

 巨大な肉壁と化したその腕に杖を叩きつけるも、到底貫くには至らない。加護をフル稼働させた持ち前の豪腕で、どうにか相手をその肉壁ごと弾き飛ばすもそこで追撃の手が止まってしまっていた。

 

「これが説話に名高きネフィリムか、なんとも流石としか言えないねこれは。」

「ネフィリムだけの力じゃないさ。この僕という天才的な頭脳があってこそだともッ!むしろそっちこそ、かのダビデ王にしては随分謙虚なものだねえ?」

 

 ダビデが相手の耐久力の高さを呆れ半分に称賛したところに、ズケズケと自分のアピールを挟み込んでくるウェル。

 ドヤ顔で見下す様に高笑いする彼に、ダビデは苦笑する。

 

「おいおい、心外だなあ。僕はいつでも謙虚で理性的な、そう正に理想的なイケメン羊飼いだとも」

『ギャグかな?』

「おいおもんねーぞオッサン」

「君達ひどすぎやしないかい?」

 

 味方からも散々言われたダビデは若干傷ついた表情を見せつつも、弾き飛ばしたウェルに向き直る。

 

「それで……まあ、君のその天才的を自称する頭脳も厄介には違いないんだろうけどね。……ただそう、今は君がネフィリムの力だけに頼れない状況だってことは判ったさ」

「あぁん?」

 

 何か聞き捨てならない事を聞いた、とばかりに語尾を上げて聞き返すウェル。

 よく見ると額に薄らと青筋が浮かんでいる程度に沸点の低そうなその姿にも、ダビデはいつもどおりの爽やかな笑みで答える。

 

 

「いやいや、君だって判っているだろう?──そのネフィリムの霊核、どうやら不完全のようじゃないか」

 

 

 告げられたダビデの言葉に、苛立ちの色を浮かべていたウェルの表情が失われる。

 

『……守護天である君から感じられる魔力は、先程の新宿での戦闘時をも上回る。でもその割に火力が変わらないし、何より狙いが雑だなと思ってね。悪いけどこっちでも確認させてもらったよ』

「──その戦闘勘の無さを見りゃ、テメエの感覚に全戦闘を委ねてんだろ?いくらバ火力で聖遺物に強かろうと、その程度で負ける気はしねーよ」

 

 ダ・ヴィンチ、そしてクリスから言葉を重ねられ、ウェルは思わず面を下に向け、プルプルと振るえだす。

 

「……確かに、僕は戦闘の才能があるとは微塵も思っちゃいない。現代英雄であるこの僕が、わざわざ肉体労働に脳領域を割くなんて無駄なことはしたくないからね……」

 

 どうやら散々言われたことが堪えたらしく、その言葉の端々から怒りの感情が滲み出ている。

 図星かな、とダビデが思ったところで、ウェルはバッと顔を上げる。

 

「だけど、だけど──ふざけているにも程があるッ!」

 

 叫ぶように言葉を吐く、その表情は正に怒り一色。その顔が紅潮しているのも恥ではなく怒りによるものだろうことが見て取れる。

 平素の本性を晒したときの顔を狂相と呼ぶなら、こちらは素直に凶相と呼ぶべきだろう。

 

 そして、その口から放たれた言葉に思わず3人は硬直した。

 

 

「この僕を、この大英雄たるドクター・ウェルをッ!事もあろうにネフィリムと誤認するだってッ!?僕はウェルだッ!英霊ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスだッ!」

 

 

 その言葉は、彼と対峙していた面々にとっては青天の霹靂だった。

 

『嘘だろ!?カルデア式の霊基登録があったわけでもなし、何で現代人であろうウェル博士が英霊になるんだ!?いや、アムドゥシアスの召喚式に何か特殊な事情が……?』

 

 彼の言葉にダ・ヴィンチが取り乱しながらも霊基数値を調べれば、確かにそのステータスを見ても神霊、半神特有の霊基構造である「神性」も、怪物や魔に属する存在特有の「魔性」も確認できない。

 ネフィリムは伝承上は堕ちた天使と人間の混血である以上、疑似サーヴァントであるならばそのどちらかがあって然るべきである。にもかかわらずそういったパラメータが無いということは、驚くべきことだが、目前の男は純人間のサーヴァントであるということだ。

 

「おいおい、幾ら何でも驚きすぎだろう?だけどそれもまあしょうがないか、僕という男の英雄性を見抜けるだけの英雄認識力を君達が持っていないってことなんだからねえッ!」

 

 どうやらダ・ヴィンチの取り乱し様に溜飲が下がったのか、満足げに笑みを浮かべるウェル。戦場であるのにそんな隙だらけな態度をとる辺り、彼自身が英霊であるという主張の信用性が無闇に増していた。

 

「……ねえ、彼。そんなにも英霊になれる要素があったのかい?」

 

 ダビデは隙を晒すウェルに攻撃しようかを考えていたが、それよりもその特異性のタネを知りたくなったのかクリスにこっそりと近寄り小声で尋ねる。

 尋ねられたクリスは、その問いに首を振る。

 

「いや、あたしの知る限りはねえけど……。ってか、英霊になる条件をそもそも知らねえからなあ……」

「うーん。前に聞いた話だと、今どきは世界を救う程度じゃ英霊にはなれない、なんて話を聞いたけど……」

 

 ダビデの知る時代に比べ、今の世界は広大に過ぎ、神秘があまりにも薄れている。

 かつてのように力あるものでなくとも、武器を用いれば容易く……とまでは言わずともかつてより簡易に百人殺しを達成でき、神々の加護がなくともボタン1つで小国が滅ぶ。

 そんな世界において、世界を救うのはボタンを押すのを止める程度の偉業でしか無く。世界を救うことは日常の中、誰もがふと思いとどまることで果たしているというのだという。

 

「そう、その通りッ!だが僕は違う……ッ!人類を月の落下による大量絶滅から救わんとし、またキャロルの成そうとした世界解剖を水際で留めたッ!一度で駄目でも二度も偉業を成した僕だからこそ、世界に認められたわけだッ!」

 

 ウェルが耳ざとく聞いていたのか、堂々と自己アピールをする。大した自己顕示欲だと思いつつ、ダビデはそれでも……と疑問には思う。果たしてソレだけで認められるものだろうかと。

 が。その疑問も次のクリスの一言で氷解した。

 

「~~ッ、その前に月の落下を盛大に加速させたりキャロルに賛同してワールドデストラクターを動かした張本人だろうがッ!鴨ってんじゃねえよッ!」

 

 あんまりにも自分に都合のいいことしか言わないウェルにクリスが突っ込む。特に後者については、キャロルに加担しなければそこで話が終わっていたのに盛大にややこしくしたのがウェルである。その場に居合わせたクリスからすれば怒鳴りつけたくなるのも当然だろう。

 

『あー……。確かにそこまで世界の存亡に関われば、現代にあっても英霊足りうるか。英雄なのか反英雄なのかはさておくとしても』

 

 ウェルの言葉を総合すれば、彼にしか出来ない技術・知性・タイミング諸々の末に世界の存亡に盛大に関わり続け、その果てに世界を守って死んだということなのだろう。ダ・ヴィンチはそれならまあと納得の表情を見せる。

 

「……で、英霊の座の法則は?異変を起こしたのが今で、ウェル博士が死んだのは結構前だろう?いくら英霊の座が時間軸に跨る法則だとしても、そもそも法則が流入する前の世界の過去までどうにかなるものかな?」

「どうにかなっているのさ。だから僕が、ここに居るッ!」

「うーん、そっか。まあどうにかなってるのはそうみたいだし気にするのは後にしよう」

 

 己の疑問を一蹴するウェルの姿勢に、悩むのも馬鹿らしいとばかりに疑問をうっちゃるダビデ。そもそも一応現在は戦闘中なので、こんな悠長にすべきでもないなとダビデは構え直す。

 クリスも今が戦闘中であることを思い出したのか、ギアを構える。

 

「まあ、そうだな……いや、むしろウェルだった方が有り難いってもんだろ。例えば──」

 

 軽口を叩きながらも、その目線はウェルの本体……左腕以外の各部位を余さず射抜いている。

 

「──根本的に戦闘が向いてないってところとかなッ!」

 

 

───QUEEN's INFERNO───

 

 

 イチイバルのアームドギアがクロスボウ型へと変形し、大量に番えられたエネルギー矢が雨霰と降り注ぐ。唐突な戦闘の再開に身体が反応しなかったのか、ウェルは思わず頭を抱えてその場に蹲った。

 

「ひぃいッ!くそ、なんて暴力的なんだッ!?」

「どの口がッ!」

 

 先んじて炎をぶっ放してきておいての言い草に、思わず口から悪態が出るクリス。

 ウェルは先程のダビデの突撃時と同様に左腕を盾のように変形させてクリスの矢を防いでいたが、どうにもクリスの射撃についてウェル自身が警戒していなかったのか、明らかに慌てていた。

 その様子に、クリスは僅かに頬を吊り上げる。

 

(左腕でカバーリング……よし、予想通りだッ!ウェルが英霊ってのは間違っちゃいないみたいだけど、これならネフィリムにウェルの頭脳よりか大分マシだな)

 

 攻撃を防ぐ時に左腕を使うことといい、先程の当人の言といい、対峙するウェルの持つネフィリム要素はどうやら左腕だけらしい。それ以外の生身の部分は、生前よりはマシに動けるようではあるがそれでも戦闘型サーヴァントや装者にはまず及ばない。

 もしもこれがネフィリム本体であれば、その反応速度も戦闘機動も正しく獣の如くでありここまで容易ではない。さらに言えば、クリスのように聖遺物から生み出された飛び道具であれば、その進化の段階によってはエネルギーとして吸収してくる可能性すらある。そうなっていたら、クリスはひたすらダビデの援護に回るより他にはなかっただろう。

 

(最初の遭遇戦のときに炎で着飾ったんで、一体どんな塩梅かと思ったが……。苦労を取り越すこともなかったか?)

 

 ウェルを侮っているわけではないが、クリスにとって危険なのはあくまでネフィリム。そういう意味では、クリスの想定に比べて遥かに楽な戦いになりそうだと内心で安堵し……そこで自分の思考を思い返す。

 

(いや、待てよ?新宿では先輩の影縫いを抜くために、さっきと同じ炎を使ってた。ってことは、あいつは何らかの手段でそれを身にまとっても熱を受けなかったってことだ。でもどうやってだ?特殊なエネルギー制御機能なんてのがあれば、前にあたしらが戦ったネフィリムだって自爆するなんてことも無い筈だろ?)

「クリス?一体何を警戒して……」

 

 余裕の笑みを表情から失わせたクリスに、ダビデが不審を抱いて問いかける。

 と、その時ウェルが這々の体で左腕の影から顔を覗かせる。

 

「全く、野蛮人め……ッ!この僕の天才的頭脳が人類から二度も失われるという特大ファールを成し遂げようとはいい度胸だねえッ!」

「……ッ!」

 

 ブツブツと呟いていたかと思えば瞳孔の開いた目で睨み叫ぶ。その様は紛う方無き狂人のそれである。

 だが、ダビデもクリスもそんなウェルに言葉を返せない。異様な威圧感とも言うべきか、あるいはプレッシャーをかけられているとでも形容すべき感覚が2人を貫いていた。

 

『気をつけろ、ふたりとも!ドクター・ウェルの魔力反応が急激に上昇している!──何かはわからないけど何かしてくるぞ!』

 

 その様子の異常さは感覚的なものだけでは無いらしく、計器の異常を確認したダ・ヴィンチが慌てて通信を入れる。

 ウェルから計測される魔力量は尋常ではなく、他の魔都のから送られる守護天のデータに比肩するほどである。

 

 ダビデもクリスも、先程からの戦いの中で、無意識にウェルの戦闘的な意味での実力を低く見ていた。

 勿論、それ自体は真実であり、彼女たちの戦闘勘の確かさの証明ではあった。だがそれ故か、2人とも見過ごしていたのだ──彼もまた、魔神によって選ばれた守護天であり、それに見合う力を持っているという事実を。

 

「──宝具か?いや、だけど様子が……!」

「……ッ!こいつは……ッ!?」

 

 

(どいつもこいつも……この僕のことをバカにしているッ!英雄……そう、英雄だッ!今この時この場所に召喚されている僕こそ、人類を救う大英雄だと言うのに……ッ!)

 

 ウェルは怒りの感情のまま、膨大な魔力を身中に渦巻かせる。己の真価を曝け出さんとしている。

 

 ──「ウェル博士」こと、英霊ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。彼はこの世界にしか顕れない英霊と言える。

 彼が偉業・奇跡を成し遂げたのは、神秘も英霊も、座も人理も無い世界である。当然、そこで英霊となることはありえない。かの世界にあっては人の魂とは電気信号でしかなく、他者に語られる伝説は哲学として器物に示されることで精々だ。

 完全聖遺物ギャラルホルンが接続する凡そあらゆる平行世界にあっても、その事実は変わらない、変わるはずもない。世界の法則とは、普遍にして不変。そしてその法則を共有しているからこそ、異端技術による平行世界の観測や、場合によっては移動を可能としているのだ。

 だが、「この」世界にあっては話が別だ。魔術基盤であり、異世界の法則そのものたる「召喚式」──魔神アムドゥシアスによる神秘の流入は、「座」の概念の限定的な共有にまで至っている。だからこそ、己の才覚と幸運と努力の果てに人類を2度滅ぼしかけ、そして2度救った彼は英霊として認められるに至ったのだ。

 

 グニャリ、とウェルの左腕のネフィリムが変形していく。

 

 そう、本来なら彼と対峙した時点でおかしいとクリス達は気づくべきであったろう。

 ネフィリムは元来、生物型の完全聖遺物。聖遺物を喰らい、そのエネルギーを己の出力へと回すことでより巨大に、より強大に、より貪欲に変化していく聖遺物である。だが、出来て精々が肉体の肥大化あるいは縮小化であり、ダビデやクリスの攻撃を防いだように、己の腕を盾のように変形させる──そこまで自由に変形できる能力があるわけではない。

 

 では、そのタネが何なのか、といえば────。

 

 

 左腕がどんどん膨れ上がり、膨張に耐えきれなかったのか皮膚が裂け、体液が溢れ──すぐに塞がり、瘡蓋のように盛り上がることで更に不気味に膨らんでいく。

 まるで何かを生み出さんとしているソレは、傍目には卵とも、人造の胎盤とも取れるだろう。映画好きの弦十郎がこの光景を見ていれば、何某かのハリウッド映画、特にも宇宙生物モノで例えたであろう程度にはグロテスクな光景である。

 

「これ、ヤバそうじゃない?っていうかネフィリムにこんな能力あるなんて聞いてないんだけどなあ……!」

 

 ダビデの焦るような声。投石器を構えては居るものの、目前の肥大化しすぎた左腕が邪魔で到底狙える状況にはない。

 彼の宝具は狙うことで急所へと必中させる伝承宝具であり、いわゆる伝説上の必中の剣や槍のような自動補足機能は一切ない。狙えば必中とは言うものの、急所を狙うのはダビデの役割である以上、物理的に狙えなければただの投石でしかない。目前のネフィリムを貫いてウェルに当てられるかは未知数な状況であり、迂闊に手を出せないでいた。

 

「こいつは、まさか──ッ!そうか、くそッ!そういやこいつ、取り込んだブツ次第じゃ破茶滅茶やりやがるんだったッ!」

 

 一方のクリスはというと、以前話に聞いていたことを思い出していた。

 

『……もしかして、これはS.O.N.G.のデータにない範囲で起きた話なのかい?』

 

 どうやらクリスが何かを知っているということを察したのか、ダ・ヴィンチがクリスに確認を取る。

 その様子にこのネフィリムの力を知らないということを察したクリスは、記憶の底から情報を引っ張り出す。

 

「そうだ。ネフィリムは取り込んだ聖遺物によっちゃ、新たに能力を獲得するって話だ。

 カルデアとS.O.N.G.がどんな情報交換したかは聞いてねえ。けど、この能力は別な並行世界でしか確認してないからな、あたしらのところに数値上のデータも、映像記録だってねえ。精々が聞き取り情報ぐらいで……。くそ、炎とか自在に操ってたのも、それ用の聖遺物を取り込んだんだなッ!?」

『……時間がないとはいえ、もう少しちゃんとお互いにデータのやり取りをすべきだったかなあ……いやでも、それで間に合わないのも困るか……』

 

 以前、幾人かの装者たちがとある平行世界でネフィリムと対峙したことがあった。その時ネフィリムと共に居たのは目前のウェルではなく別な科学者だったが、彼はウェルが残した資料を元にネフィリムを制御し、己の手勢として扱うことで装者たちと渡り合ったというのである。

 ネフィリムを操っていたその科学者は、産み出すという性質を持つ聖遺物をネフィリムに食らわせることで、ネフィリム自身の増加・分裂といった機能を付与していたのである。それらの情報からS.O.N.G.は、ネフィリムは捕食した聖遺物の機能を自身に付与、あるいは捕食時に融合することによって機能を統合するという性質があるのではないか、ということを推測していた。

 が、そもそもの話として今この場にいる装者たちの世界のネフィリムは既に自爆・消失しているのでデータとしての価値は殆ど無い。まして平行世界のデータということもあって情報記録を共有できたわけもなく、そのデータは正式なものとして認可されず精々が文書として記録するに留め、データライブラリに記載されることはなかったのである。

 

 そういった裏事情についてまでは流石に把握できておらずブツブツと零すダ・ヴィンチを尻目に、クリスは目の前のネフィリム……ウェルの異常も、先程の炎のコントロール能力も、全ては捕食によるネフィリムの変質によるものだと確信していた。

 

 クリスの脳裏に、ここまでの道中が想起される。

 魔都の元となった深淵の竜宮には、かつて政府が扱いきれない、あるいは利用用途が無い異端技術の産物と思しきものが、さながら廃棄場のように節操なく保管されていた。それが空になっていたということで、クリス達はソレがウェルの仕業であり、ネフィリムの成長に使ったものだと認識していた。

 たられば論にはなるが、ここに来ているのがかつて特殊な能力を獲得したネフィリムと戦った装者であれば、この危険性にもすぐに感づいたかもしれない。しかしここに来たのは、通常のネフィリムとし戦った経験しかないクリスである。他の魔都との相性を考えた結果の戦力配分だったが、結果としてそれが裏目に出た形となっていた。

 

「散々言ってたねぇ、僕が戦う力に乏しいだって……ッ!当たり前さ、今どき流行りの英雄に必要なのは知性、勇気、努力に根性だッ!肉体労働が英雄の象徴だった時代も今は昔、そういうのは頭パーの指示待ち脳筋に差配してやればいいのさッ!」

 

 人が聞けば変な目を向けるであろうウェルの叫びとともに、その左腕に造られたおぞましい卵状構造体にヒビが入る。亀裂からは体液とも思しき不明液体が流出し、ウェルが撒き散らした炎に触れて気化することで異様な匂いを充満させていく。

 その匂いにクリスは思わず鼻を塞ぎたくもなったがしかし、目前に産み出された「ソレ」──膨大な威圧感を産み出す存在を前にしてはそうもいかない。目前の巨大な存在に対峙するにあたり、手にした武器を放す気はこれっぽちも起きなかった。

 

「……こいつは……ッ!?」

 

 その姿は──少なくともネフィリムではない。かつて分裂・増殖したという微妙に姿の違う個体とも全く異なる。

 

 その全身は金属に覆われた機械構造に近いものであり、赤と金に彩られた輝きはこの場に見合わぬ豪奢さを感じさせる。

 各部にはネフィリムの細胞と思しき生物的なモノがある以上、一応これもネフィリムとして区分されるのだろうが、それにしても見た目が違いすぎた。

 ずんぐりとした体躯に、頑強そうな黄金の胴。首は短く、その頭部はネフィリムよりも既存の生物……トカゲなどの爬虫類のような特徴を見せている。

 そして、前後肢共に鋭い鉤爪を備え、その背には雄々しく羽ばたく翼ががしりと付いている。

 

 クリスはその姿が一体何なのかを見たことはない。しかし、それでも似たような特徴をもつ敵と対峙したことはあった。

 彼女がかつて対峙したそれは、この世ならざる幻想の生命。かつて英雄が討伐することで多大なる勇名を戴き、そして様々な奇跡を与えたという伝説の存在。

 

「──ドラゴンッ!?」

「うわあ……機械のイノシシじゃなくて機械の竜種なんて聞いたことが無いね。というか、こういうのは竜殺しを呼ぶべきだと僕は思うんだけどな!僕みたいな一般イケメン羊飼いに相手させるには荷が勝ちすぎるんじゃないかな!?」

 

 目前の怪物の余りの異様さにたじろぐクリス。ダビデも今に至るまでに様々な竜種を見てきたが、流石に目前の異様な姿は見たことがないのか慌てた様子を見せる。 そんな2人の様子に、これまで以上に悦に入った表情で嘲笑を浮かべるウェル。

 

「言ったろう、物理的に優位に立つってッ!そもそも大量の聖遺物を取り込んだこの僕が、キミらの風下に立つわけがないだろうッ!?」

 

 かつて深淵の竜宮に封印されていた、異端技術によって産み出された禁忌の怪物。既に機能停止していたソレをネフィリムに吸収させた折に、ウェルはソレを利用する計画を考えていた。

 彼は最強でも無敵でもない──それは彼自身がよく知っている。如何に英雄狂であるとしても、その頭脳は明晰であり真実を認めない程には頑迷ではない。

 

 だからこそ、己が最強である必要はない。最強たる存在を、無敵たる兵器を十全に従えることが出来るのならそれは最強であることとなんら変わりはない。生前より一貫していたそのスタンスは、死後英霊と化した今このときも健在であり──。

 

 

「──さあ、蹂躙のときだグラウスヴァインッ!深淵の竜宮に封じられていたその力、僕に見せるときだッ!」

 

 

 ネフィリムによる完全支配を果たした怪物──機械魔竜グラウスヴァインの背に立ち、深淵の竜宮の守護天、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは、人類を救わんとする己に対峙するちっぽけな2人の悪を滅ぼさんと牙を剥いた。

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