SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
装者と英霊、それぞれが日本各地の魔都へと向かった頃。
今や無人となったS.O.N.G.本部である潜水艦、その発令所……ではなく、研究室に丈の違う2つの人影があった。
「……おぉう、ダ・ヴィンチちゃんのラボも大概だったけど、ここもよくわからん装置だらけだぁ……」
「それはそうだろう。違う世界で違う法則を扱う工房が同じ機材を使っている方が余程不気味だ。貴様らがわかる設備なんて、精々が物理的なデータ測定器具くらいだろう」
「ソウダネー私達がわかるのなんてそれくらいだよねー」
背が高い方の人影こと立香は、もう一方の背が低い方の人影ことキャロルの言葉にあははと諦念混じりの乾いた笑い声を上げる。キャロル達の世界はもとより、元の世界の専門知識にも基本疎い立香からすればキャロルの言うような「わかる設備」すら到底理解が及ばないのだが是非もない。
(にしても、本当に色々あるなあ……)
「おい、ジロジロと眺めているのはいいがオレの邪魔はするなよ。錬金術は機材の配置1つで成否が変わることもあるんだからな」
「あ、うん」
首を回しあたりをぐるりと伺って立香が最初に感じたことは、なんとも調度が不釣り合いであるという点である。
おそらく元々この場所にあったであろう機械的な、立香からすれば近未来的な設備の数々。診療台のような設備に頭に取り付けるためのヘッドギアのようなものがぶら下がっているのは、傍目に見れば洗脳装置か何かにしか見えない。
其処から少し視線をそらせば、おそらくキャロルが後付で配置したのであろう大量の不可思議な機材。パイプオルガンを縮小したようなよくわからない設備に、人形の残骸のようなもの。天体観測にでも使うのか天球儀ともみえるような物品もある。
眼の前で作業を開始しようとする小さな体を見て、立香は嘆息する。
(エレナもそうだけど、なんていうか、慣れないなあ……)
立香の眼の前に居る少女……を通り越して幼女にしか見えないようなキャロルだが、その実数百年を生きた錬金術師であるという。聞いた話から時代を逆換算すると、下手すればパラケルススとかと同年代ということになる。カルデアに居るキャスターのサーヴァント、エレナ・ブラヴァツキーもそうだが、年配らしいのに全くそう思わせない見目を維持されてしまうと、立香としても対応に困る部分があった。
眼の前の錬金術師は(どういった経緯なのかは不明だが)それだけ長い間、その力を復讐に費やしてきて……そして、それが破れて今に至るのだという。
(……復讐、かあ)
立香には、彼女の正確な気持ちなんてわからない。
復讐、という行為を望む存在は、彼女は当然知っている。立香が出会い、言葉を交わした「復讐者」──カルデアのアヴェンジャーのサーヴァントや、亜種特異点の1つだった新宿に顕れた魔神バアル。彼らの復讐心は、その正当性の是非(感情に正当性を当て嵌めること自体どうかという話ではあるが)はともかく、それが何の事象に端を発するのか、その思いの矛先が何処に向いているのかについてを立香は知った。
だが、その心中の強さ、殺意、復讐の感情……そしてその狂気は彼女が知り得るものではない。復讐心は復讐者のみが知るものだとまでは言わないにしろ、復讐という行為とはおよそ無縁であった立香が彼らの心中を理解できる……そんなことを軽々しく言葉にすべきではないと考えていた。
そして、新たに現れた……むしろ自分たちから姿を現したと言っていいのだろうが、ともあれ立香と交流する関係になった目前の少女。世界そのものへの復讐者として生き、そして復讐を諦めたらしい彼女は、一体どんな気持ちでこちらと協力して世界を守ろうとしているのだろうかと考えずには居られなかった。
「……ねえ、キャロル」
「……?どうした」
「あ、えっと、その……」
「何もないなら話しかけるな、オレは奴との決戦の為の仕込みをしているんだ」
どうして復讐することをやめたの、なんて言葉を口には出せない。幾ら何でも其処まで無神経なことを言えるわけがない。立香は自分の無意識下で声を掛けてしまったことを激しく後悔していた。
ぶっきらぼうに返されてしまい、なんて言い出そうかと悩んだ末。立香は意を決して口を開いた。
「こ、これからどうしようって考えてるのか、展望ってある?」
……その口から出たのは、とりあえず無難な言葉に置き換えた質問だったが。もっとも、無難と言っても今この状況で切り出すような話ではないのだが。
案の定というべきか、余りにも唐突な質問にキャロルは眉根を寄せ、胡乱な目線を立香に向ける。
「展望、だなどと……。そんなもの、先に決めた以上のことがあるとでも思っているのか?」
何に使うのか立香には到底理解できない種々の機材や素材をおいて、キャロルは呆れたように溜息を吐く。
「いいか、あの魔神は今でこそ休眠しているが、いつ目覚めるかがわからん。カルデアでもS.O.N.G.でも前例のない話だ、推測するにしてもばらつきが大きすぎてまるで使えん。だからこそ対症療法的な措置でしか無い魔都のローラー作戦を敢行しているのだろうが……」
「ち、違うよ!そうじゃなくて、ええっと……そう、みんなの方針って言うよりキャロルの方針?が気になるんだ。キャロルはこれから、どうしようって考えているのか。今の状況で聞くべきことかは微妙だけど……」
キャロルの呆れ果てたような説明を受けて、立香が慌てて抗弁する。
確かにそっちも重要な話ではあるが、立香が今聞きたかったのは「復讐」をやめた彼女が今後どうしようと考えていたのか、ということである。
これも本来的には立香が聞くべきことでも考えるべきことでもなければ、背負う必要もないことではあろう。
──だが、それでも立香は気になっていた。一度気になったから聞きたい、ということもあるが、それ以外にも大いに気になるところがあったのだ。
「ほ、ほら。響たちが言うには、あっちのキャロルはなんだかんだ最後まで戦ったって言ってたから……こっちのキャロルは戦いをやめたってことは、何か思うところがあったんだよね?何かやりたいこととかあったのかなーって……」
「何……?」
「あっいやほら、言いたくないならいいよ、うん、無神経でしたごめんなさい!」
どうにか言葉を選ぼうとはするものの、結局根掘り葉掘り聞き出そうとしている様にしか取れない言葉を吐いてしまった立香。盛大に取ってしまった不覚を誤魔化すように、即座に前言を翻し謝罪する。
言われたキャロルは最初キョトンとしていたが、言いたいことを理解したのか嘆息する。
「ああ、何が言いたかったのかと思えば……。別に、オレが戦いをやめたことに特段おかしなこともない。シャトーが砕け、オレの復讐が成らないなら、戦い続けることは無意味……だろう……?」
言葉を紡いでいくうちに、キャロルはふと疑問を感じたのか言葉の端々から自信が失われていく。
文字情報、あるいは言葉として再認識したことで、キャロルは改めて己の心情に対して不信感を覚え始めた。
「そうとも、復讐が成せないと知って尚戦う……その方が、おかしい……その筈だろう?」
「キャロル?」
キャロルがおかしな様子でブツブツと呟く様を見て、心配した立香は恐る恐る声を掛ける。
もしかして自分の言葉が何か琴線に触れたんだろうかと不安になる立香だが、そんな彼女の不安を余所にキャロルは不安を払うように首を振り、顔を上げる。
「……いや、今は考えても仕方がない。それで、オレが復讐をやめた理由は先程の答えで満足か?」
「う、うん……」
おずおずと頷く立香にそうか、と返したキャロルは、立香の言葉で止まっていた作業を再開する。
(……『復讐が成立しない』から、それで復讐をやめたって言うけど……。でも、数百年も恨みを抱えて、それで出来ないからやめたってなるものかな……?)
キャロルの言葉を反芻した立香は、おそらくキャロル本人より違和感を覚えていた。
立香が今まで見聞きしてきたキャロル像には、冷静であると同時に激情家としての側面があった。また、恨みを延々と……それこそ数百年も抱え続けて復讐の機会を伺うという、とても執念深い面もあると感じていた。
だからこそ、そこまでの復讐心を抱えていて……そこでやめるものだろうか。いや、そこで止まれるのだろうかという疑問が立香の頭の中を離れなかった。
立香のそんな葛藤を余所に、少なくとも今は納得している当人は作業をしながらも話を続ける。
「さて、アマデウスの音楽配信システムは構築が完了した。奴も長時間の演奏は辟易するようだが、まあどうにもならんから諦めてもらうほかないな」
「そりゃ、まあねえ」
アマデウスは飽き性だが、流石にこの場でまで飽きることを主張するつもりはないらしい。そのかわりと言うか、通信先にもっと褒めそやしてくれるようにとなんやかんや言っているようだが。
そんな彼の状況を無視して、キャロルは作業を続けていく。
「この施設はオレの手が入った錬金術の工房でもある。だからこそ、色々と手を打つことも出来るわけだが……まず差し当たって、S.O.N.G.が消えた原因を探ることからだな」
「!」
キャロルの言葉に立香は目を見開く。その言葉の意図することを噛み砕こうとしているのか、少し考えてから立香が口を開く。
「……S.O.N.G.の人たちって何で消えたのかって、錬金術で判るの?」
「確実にわかるようならもう少し早くそれらしい情報くらいは出している。だが、少なくともオレたちの技術で成したことなのかどうか……オレたちの知る異端技術、錬金術、哲学兵装でこれだけのことを引き起こせるのかどうかを検討しなくてはならん。」
そう呟くキャロルの手元にあるモニターには、この世界のS.O.N.G.職員が消えたその瞬間の映像が映し出されており、その映像に重なるように展開された小ウィンドウにはその時点でのエネルギー観測記録が記載されている。
「少なくともオレたちの知る技術で解明できない場合、逆説的にこの世界にある異端技術に由来する諸技術以外の何らかの力が使われている可能性が極めて高いということがわかるだろう。最も、オレたちが影も形も知らない異端技術……例えば神隠しに由来する聖遺物なんかによるものである可能性もあるが……」
もしそうなら考えるだけ無駄だ、と切って捨てるキャロル。聖遺物に関しては謎が多すぎるということなのだろうが、そのあまりのバッサリ具合に立香も思わず苦笑いが出る。
と、データを一通り眺めたキャロルは難しい表情を浮かべる。
「……やはり、空間の乱れが発生しているな。だが、錬金術による亜空間制御とも違う反応……オレたちの知る技術ではない、か。そうだな、カルデア側で何かわかったことは無いのか?これを認めるのは癪だが、オレの技術で当時何がおきたのかを解析できそうにない。そちらでどうにかわかるのであれば聞いておきたいんだが?」
「う、う~ん。どうなんだろう……。ほら、今カルデアでも攻略チームのサポートに回ってるし……」
言葉を濁す立香。どういうことかとキャロルが目線で先を促す。
「ダ・ヴィンチちゃんがフリーになってないと、情報解析速度に差が出るって前にムニエルさんが言ってたんだよね……。ダ・ヴィンチちゃんは今……ダビクリチームのサポート中でしょ?」
「……そうか。だがそうすると手詰まりだな。仕方ない、別のことについて……」
『ああいや、別のことをする必要はないとも。こちらでもある程度把握できたことがある……私が説明してもいいと考えられる事項がね』
と、2人が話している中に唐突に割り込む男の声。
立香は聞き覚えのある声が聞こえてきたことで、キャロルは知らぬ相手からの通信が入ったことでそれぞれに驚きを見せるが、そんなことは知らんとばかりにS.O.N.G.本部潜水艦のモニター、それこそ凡そ全てのモニターに、1人の人間の顔が映し出された。
「!貴様、一体……ッ、いや、カルデアの人間か!」
モニターに映し出された顔を食い入るように見つめたキャロルだが、その男の背後に映る設備からカルデア所属の人間であることを看破する。
看破された側の男は、その言葉ににこやかな笑顔を向けた。
『ははは、そうだとも。はじめましてだ、錬金術師キャロル・マールス・ディーンハイム。そして久しぶりだね、ミス藤丸……まあ実時間ではそれほどでもないが、忙しなさそうな現状を鑑みれば、君の体感としては久しぶりでいいんじゃないかな』
その男の顔を見て、立香は今更ながらに彼が居たことを思い出した。
このレイシフトの間中ずっと顔を見ていなかったから、てっきり居ないものかとぼんやり思考の外に置いていたのである。
「って、今までどうしてたのさ──ホームズ!」
モニターに映る優男──サーヴァント・ルーラー、シャーロック・ホームズは、立香の声に僅かに口角を上げた。
『さて、私の今までの動向について説明するのは吝かではない、が……その前に』
「ホームズ……ホームズだとッ!?」
ホームズが言葉を切ると殆ど同時に、明かされた事実にキャロルが目を剥いて叫ぶ。
「幾ら何でもおかしいだろうがッ!シャーロック・ホームズはアーサー・コナン・ドイルの創作上の人物、実在するはずか……ッ!」
『ない、とは言い切れないだろう?まあそちらでは言い切れるのかもしれないけれど、我々の世界においては、さてどうなのか。私がサー・アーサー・コナン・ドイルの創作存在であるのか、あるいは私が居たから彼が"シャーロック・ホームズ"を書いたのか……まあ、どちらにせよ私の主観では私は実在していた、ということにしておこうか』
あまり重要でもないからね、と切り捨てるホームズ。キャロルは納得がいかないと憮然とした表情を見せるが、確かに今この場で重要なことではないこともそうなので口をつぐむ。
……なお、この問題については立香も以前同様の問答をしたが、そのときも結局はぐらかされていた。立香は自分同様にホームズにはぐらかされたキャロルの肩をぽんと叩き、苛立たしげに睨む彼女に黙って首を振った。
『さて、ミス・ディーンハイムに納得してもらったところで。私の動向については順を追って話すことにしよう』
「核心部分から……はないですね、はい」
全く納得して無さそうなキャロルを見ながらさらりとのたまい、ホームズはモニターの前で手を組み替える。
立香はそんな彼に重要な部分だけ先に話してほしいと控えめに要求するも、笑顔で全く表情を変えないホームズに諦める。
『うんうん、我がマスターは流石私をよく理解している。では、何故私が今回ろくにサポートに回っていなかったのか……というところから話をしよう』
にこやかにそう告げる。長い語りが始まると察した立香は、はぁとため息を吐いて椅子に座り直す。キャロルもこの短時間で相手の精神性を何となく理解したのか、作業の手を緩めずにジトッとした目線だけをモニターに向ける。
『ミス藤丸は存じているだろうが、私は今回の特異点の際のサーヴァント招集をブッチしていた。ああ、誤解しないでもらいたいけれど、何も今回の異常がつまらなそうだとかそういう訳ではない』
「その言い訳はいらなかったね……」
無意味に疑惑を向けられるような言葉を吐くホームズだが、変な目線を向けられることに慣れているのかはははと流す。
『まあ何のことはない。ダ・ヴィンチがカルデアスの感知した異常を調査するように依頼されていたのさ。勿論魔術的な要素なら私の出番ではない……わけでもないが、私よりそれこそダ・ヴィンチがやるべきことだからね。私のやることは過去に発生した情報や種々の魔術・神秘事件から今回の異変と類似する点を探し、そこから今回の異変の謎を探っていたということだ』
「情報統計による真実の推理ということか。それならば確かに探偵の仕事だな。……だが、今ここでオレたちに話をするということは、何かわかったことがあるんだろう?」
キャロルがホームズの言葉に納得するように頷く。そしてそのまま話を続けるようにとの意思を込めて、キャロルは手を止めずにモニターをジロリと睨む。
『まあそうだね、ある程度重要な点は把握できた。そしてその先については情報統計だけでは難しそうだから、今回は中間報告のために回線を開いたというところだ』
「だろう?さあ、さっさと……」
『確かに核心部分というのは大事だが、まあ聞いてほしい。何、各魔都の攻略はまだまだ掛かりそうだからね、話す時間はそこそこあるとも』
「…………貴様……ッ!」
ホームズは急かそうとしたキャロルの言葉をぶった切る。その態度が痛く癇に障ったのだろう、キャロルの声は怒りに震るえている。今の状況理解できていないのかとでも言いたげだ。
立香はやっぱそうなるよなーと半ば投げやりな心境だったが、だからといって本当に投げる訳にはいかない。この状態のキャロルと一緒に待機するのは立香も嫌だった。
「ねえホームズ。貴方の性癖……じゃなくて性質は知ってるけど、なるべく端的にお願いしていい?っていうか、ホントお願い、ね?」
『仕方ない。それでは順繰りに、なるべく手短にまとめることにしよう。まず私が着目したのは、当然ながらセフィロトの様相を呈したこの世界の魔都と呼ばれるものだ。これに類似するものを、私は過去の特異点データから見つけた』
「……何?」
ホームズの言葉に、キャロルがどういうことだと立香を見る。睨まれた立香は慌てて回想するも、覚えがないのか首を傾げる。
『ああ、ミス藤丸は覚えていないかもしれない、いいやまず記憶に無いだろう。そもそも今回の魔都とは大分配置が違うし、構成の役割から異なるものだった。だが、それでも類似性はあったのさ──あの"時間神殿"とね』
「!?それって……」
疑問符を浮かべていた立香だったが、ホームズが言った内容に思わずガタリと席を立つ。
時間神殿とはかつて彼女が宿敵と戦い、そして失い、勝利した特異点。
──即ち、終局特異点。それこそが時間神殿……冠位時間神殿『ソロモン』と呼ばれる特異点だった。
『魔都は時間神殿における各末端部と同様。データによると、各末端部から中枢へと魔力を送り込むことで中枢部に膨大な魔力を蓄えていたということだけど、今回は中枢が新宿ということだ』
「で、でも今回の魔都と直接つながってるのは3箇所でしょ?それにまだエネルギーが流れているわけじゃないんだよね?」
『そうとも。だが考えてみたまえ、魔都の中枢は魔神柱をベースとしたデモノイズであり、まとめて吹き飛ばさない限り延々と再生する。これが純再生力なのか、あるいは嘗てのように七十二柱という概念を用いているのかについては今は確定ではないから置いておくとしても、ともかく嘗ての神殿同様に各末端を魔神柱が、そしてその中心部には首魁が居座っているという点で類似性が認められる』
「むむむ……」
言われてみれば……と立香は唸る。脇で聞いていたキャロルはといえば、そもそもその神殿を知らないためにイマイチピンときていない様子を見せていた。
そんな2人に畳み掛けるように、ホームズが言葉を紡いでいく。
『さて、当然ながらこれは仮定でしか無いため、本来私が語ることではない。確定しない推理はただの妄想のようなものだ、探偵は確実な内容のみを伝えるべきだからね。だからこの仮定が正しいか、あるいは間違っているかの裏付けを取るということで調査を続行した。
時間神殿の特徴とは何か、というと様々だろう。宇宙の極小再現モデル、魔神柱で構成された特異点、無尽蔵なエネルギー……。だが、今回の件で何より重要な点は、魔術王の遺体、さらに言えば魔術回路を用いた固有結界であるという点だ』
「固有結界……」
「固有結界……?」
ホームズの推論に異口同音で返す2人。キャロルはそもそも固有結界という用語を知らないために疑問形で返しているが。
『固有結界というのは個人の心象風景を具現化する異能、あるいは魔術の総称だ。正確にはもっと詳細な要件があるがここでは割愛するとして、だ。固有結界も千差万別だが、その中でも私が注目したのは、固有結界というのが世界卵の理論に基づいているという点だ。つまり、固有結界は心象世界と外界を隔てる殻を定義した上で、それを反転させる手法を取る。この場合、使用者及び結界に呑まれた対象者は外界……即ち現実世界から消失し、使用者の心象世界へとその座標を移すことになるが、重要なのは内と外を反転させるということであり……』
「……?、??」
「おい、藤丸の頭が熨されているから一旦止めろ」
ホームズの語りを聞いているだけで頭が湯だったのかオーバーヒートを起こす立香。脇で聞いていたキャロルは諸知識に詳しいこともあり普通についていけていたのだが、流石に立香の状況を鑑みて話を止めさせる。悲しいかな、事前の情報を知っていた立香と知らなかったキャロルだったが、地力と地頭、基礎知識に大きすぎる隔たりがあったようである。
「……しかし世界卵か。ミクロコスモスとマクロコスモスの逆転というのは興味深いが……。しかし、そうするとS.O.N.G.の職員が消えたのは……固有結界に囚われたから?いや、逆だな。固有結界に囚われなかったということか?」
今まで情報を聞いていたキャロルは、その話の内容から現在にどうつながるかを推測し、その上で1つの結論を導く。
ホームズは言いたいことを言われたことで若干眉を潜めたが、しかしだからといってふてくされるようなこともなく、キャロルを肯定するように頷く。
『先に言われてしまったか……言いたいこととしては、そうだ。しかし、厳密には実情とは異なる。先程も言ったが、固有結界とは1つの生命の内面世界をベースとするが、君達がいるその世界は生命の内面世界というわけではないからね』
「え、えっと……どういうこと?」
わからないなりに理解しようとしているのか、解説を希望する立香。
ホームズはそんな立香にどう噛み砕いて説明するか考え──諦めたような表情で口を開いた。
『ふむ……よし、まず説明を先にさせてもらおうか。ところでいわゆる英霊の宝具、あるいはスキルとしての固有結界は先程言ったように心象をベースとすることが多々あるが、高位の魔術師の場合は事情が異なることがある。というのも、魔術で固有結界を構築するということは、ある程度自分の願望に叶った性質の固有結界を作成できるということだからね。前者としては例えばエミヤの無限の剣製が、そして後者としてはそれこそ時間神殿が挙げられるだろう』
アーチャーのサーヴァントであるエミヤが使用する無限の剣製は、あらゆる剣になりうる要素が満たされた領域であり、種々の武装(特にも刀剣類)を見ただけで複製・貯蔵することの出来る固有結界である。これはエミヤの魔術属性である「剣」に特化した心象風景であり、魔術基盤や魔術式の積層により作成するようなものではない、文字通りの心象風景と呼べる魔術である。
逆に時間神殿は純粋な心象というよりも、複数の魔神たちが惑星魔術や召喚術、その他種々の術式を綿密に組み合わせて構築した大神殿と呼べる魔術であり、こちらは魔術師としての粋を尽くしたものと呼べるだろう。
「あの……分かりやすく!お願いします!」
立香は自分にわかるような解説を放棄したホームズに食って掛かる。キャロルはキャロルでエミヤって誰だよ、といいたげな様子を見せていたが、ホームズはそんな2人を流して連々と話し続けた。
『そして、固有結界に満たずとも同規模の異界……世界間の壁を1枚隔てた異界というのを世界に構築するということもある。以前ミス藤丸が訪れたという小川マンションがその類例であり、神代の魔術師であれば手順をふむことで特定者だけを招き入れいる異界を構築することも可能だろう。勿論、境界足りうるものが必要にはなる。小川マンションという建物がその内と外を隔てているようにね』
「小川マンション……あそこってそんなすごい場所だったんだ……」
立香は解説をもらうことを諦め、かつてレイシフトした小川マンションに思いを馳せる。確かに奇妙な建物であり、英霊たちの暗い側面が集められて悪意の坩堝と化していた其処を異界と呼ぶことに違和感はない。
しかし立香からすれば某アヴェンジャーの英霊が何かやっていた場所、という印象が強い。建物を建てたという魔術師については其処で出会った少女との話でしか出てこなかったため、そういうものであるという考えがまるで無かった。
「結界、という概念としてはまあ納得がいくというものではあるがな。ヒンドゥーの伝承なんかにもそういうのがあったと思うが……。しかしそうなると……まさか、世界そのものが?」
何となく推測がついたのか、嫌な予感を隠しきれないかのように表情を歪ませたキャロルに、ホームズが頷く。
『そうだ。魔神はそちらの世界にとって外なる領域から訪れた存在である、ということは逆説的にそちらの世界には概念的に外の世界があるということを後付けで証明してしまっている。であれば、その世界そのものを異界として作り変えることも出来る。世界に存在を許される対象も、世界の書き換えの過程で選別できる。
総じて、私はそちらの世界がどの様な原理で構築されているのかについてこう判断した。──世界そのものをベースに構築している途中の固有結界であると。S.O.N.G.以外の住人を招き入れた魔境。そして魔都を通じて世界中に網を張り巡らせ、世界殻を閉じることで固有結界として完成する異界である、とね』
『つまり、魔神は固有結界の完成を──ひいては、魔術王の神殿を再構築し、己のものとすることを目論んでいるということだ。無茶を言うようで悪いが気をつけてくれ。異なる世界の極点では、綺羅星の如き英霊たちもその姿を顕せない。もしも本当に完成してしまったら──どうにもならなくなってしまうだろうからね』
「────そんな……!」
シャーロック・ホームズ──名探偵の名を持つサーヴァントが告げた事実は、2人の心に大きな衝撃を叩き込んだ。