SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第10節 戦乙女の凱歌(1)

 開戦の狼煙を上げたのは、守護天たるランサーの暴風の如き槍撃だった。

 

「──くぅッ!?馬鹿な、これほどだとッ!?」

 

 旋風を纏うガングニールの一撃をどうにか受けたところで、翼は己の構えたアームドギアごと吹き飛ばされる。その膂力は翼の知る友人のものではなく、その力の差に翼はどうにも抵抗することができなかった。

 ならば、とその隙を狙ったブリュンヒルデの大槍も、即座に引き戻された魔槍によって容易に迎撃されてしまう。力いっぱい叩きつけた攻撃であるにも関わらず、相手が無理な体勢から引き戻した槍で弾き返されるといった不条理がブリュンヒルデを襲った。

 

『守護天、ヘルヴォル・アルヴィトの出力は通常のサーヴァントを遥かに凌駕しています!おふたりとも、気をつけてください!』

 

 マシュの通信に、いままさに身をもって体感していた2人は全くだとばかりに頷く。

 

「──守護天、というのはここまで通常のサーヴァントと違うものなのか?」

「いえ、ヘルヴォルにここまでの力はありません。これは一体……?」

 

 2人にとって、この状況は不可解なものであった。

 翼が今まで見た限り、サーヴァントという存在はギアのような肉体能力の向上を行う武装なしでそれと同等以上の規模の戦闘を可能としていたが、それは逆に言えばギアなら支えきれるレベルの戦闘力でしかなかった。しかし現実には、こちらの渾身の防御をあって無いようなものとばかりに吹き飛ばしてくる。

 またブリュンヒルデにしてみれば、ワルキューレ姉妹では基本的に長姉たる自身の能力が最高であるという認識があったことで、この状況が明らかにおかしいと感じていた。たとえ武装が偽ではない本来の大神宣言(グングニル)である(正確には別世界の欠片(ガングニール)であるが)としても、それでここまでの性能差が出るとはブリュンヒルデには考え難かった。

 

「私も、嘗ての私ではないのです、御姉様。──文字通り、器が違いますから」

「──そうです、か!」

 

 話しながらもその猛攻を止めることのないヘルヴォルに、魔力放出を使用してどうにか応戦するブリュンヒルデ。

 ブリュンヒルデが攻撃を捌く隙を見て、翼はアームドギアを刀に近い通常形態から身の丈に近い大型の片刃剣へと変化させる。そしてそのままヘルヴォルとブリュンヒルデの間に入り、武装自体の質量を利用して槍を受け払う。

 

 ヘルヴォルの攻撃を2人がかりで凌いだところで、ブリュンヒルデは相手の発言の意図を考え始める。もちろんその間も集中を切らすこと無く、翼と共にヘルヴォルの出方を伺い続けている。

 

(器が違う、とは──?確かに、天羽奏を依代とした疑似サーヴァント。器が違う、というのはそのとおり。ですが、半神である本来の肉体のほうがずっと強靭なはず……!?)

「────ッ!まさか……」

 

 ブリュンヒルデと同様の結論に思い至ったのか、翼とブリュンヒルデの目が合う。翼は自分たちをモニタリングしているマシュへと通信を開く。

 

「キリエライトッ!奴のもつエネルギー出力の内訳はわかるかッ!?」

『え?えっと……はい!情報を細分化及び解析してみます!』

 

 マシュは翼の要望に一瞬疑問符を浮かべたが、もしやと感づいたのか即座に作業を開始する。

 これで良いと通信を切り、集中し直すその刹那。翼の眼前にまるで瞬間移動のごとくヘルヴォルが迫っていた。

 

「隙を晒すとは、無謀に過ぎる──」

「ッ!」

 

 通信に意識の一部を割くというごく僅かな隙すら見逃さない橙の速攻に翼は絶句するも、しかしと瞳に力を入れ直す。

 主神の槍が振り下ろされんとする瞬間、当然に魔銀の槍がその軌道を逸す。

 

「すまない、助かったッ!」

 

 割って入った影の正体、ブリュンヒルデに翼は感謝を告げる。

 ブリュンヒルデは気にしなくともいいと首を振り、ヘルヴォルへと向き直りつつ翼に語りかける。

 

「剣の乙女、風鳴る翼。──貴女が晒さねばならないその間隙、私が塞ぎます。勇士たる貴女、私が介添を務めましょう」

「勇士、か……。戦乙女に認められるのはどうにも面映いが、勇士として、戦士として。何より防人としての務めを果たすとしよう」

 

 翼は相手に隙を見せないように……ブリュンヒルデと互いにカバーリングできるようにとジリジリ動きながらもそう零す。

 と、そこで解析が終わったのかマシュからの通信が入る。

 

『お2人とも、お待たせしました!相手の異常出力の原因は──高出力のフォニックゲインによる駆動兵器、シンフォギアです!常時発動型のスキル、あるいは宝具として使用している可能性が高いと思われます!』

「──ッ!」

 

 マシュの報告に、翼がやはりかとヘルヴォルを睨む。その目線は彼女の纏う鎧へと──彼女の依代たる天羽奏が、ワルキューレの鎧の下に纏うギアスーツへと向けられる。

 

 疑似サーヴァントは、その依代となった人間の縁を由来とするスキルを継承することがある。

 カルデアに居る疑似サーヴァントの場合、代表的なものとしては金星の女神イシュタルが依代の少女の宝石への縁を。山嶺の娘パールヴァティーは依代の少女の持つ虚数への縁をそれぞれに抱いている。

 これは依代と英霊・神霊側の割合、比率によって表に出てくる部分が異なるため一概にどの様な面が出てくると言えるものではない。

 

 だが、それはあくまで元の依代がただの人間である場合。

 

「──天羽奏は、諸事情あれどお父様の槍に担い手として認められた戦士。であれば、疑似サーヴァントとして顕現した時にその槍を持ってくることは想定していましたが……」

「奏が手に持つ槍は、あくまでシンフォギアの付随。シンフォギアの機能でアームドギアという武装が出現しているだけのこと。奏のガングニールとはあくまでその身に纏うシンフォギア、なればこそ──」

 

 真なる大神の槍が握られているということは、シンフォギアを纏っているということと等価である。

 これが依代本体が強靭であるなどという話であれば、依代の肉体か宿ったサーヴァントのステータスのどちらかが上限になるのだろう。だが今回のような場合、ギアという強化装備をサーヴァントが纏っているということになる。

 ただの年頃の少女が装者となれば、銃撃を見切り、砲撃を往なし、地を砕き山を割る。常時それだけの出力というわけでもないが、それでも尚シンフォギアは特級の強化武装であると言えるのだ。

 

 まして、ソレが素で装者と同様の振る舞いをこなせるサーヴァントが纏ったとなれば、その力が常軌を逸するのは至極当然な話であった。

 

 明るみとなった事実に、翼がため息を吐く。

 

「──最も、我々が知ったところで打てる布石があるわけではないが、なッ!」

「理解が早い。であれば、この戦いに勝利がないことは理解できているのでは?」

 

 ヘルヴォルから牽制のように放たれた必殺の槍撃を、刹那に見切り大剣の腹で受け流す。最初の剣戟で互いの出力差を知り、その裏事情を明かされた今となっては、翼に相手の槍を正面から受け止めるつもりは無くなっていた。

 対峙するヘルヴォルの言葉通り、この状況での勝率は限りなく低いと言えるだろう。攻撃が通らないわけではないからゼロではない、その程度の話である。

 ──そして、風鳴翼という少女は「その程度の話」さえあれば膝を折ろうなんて思いもしない、それ程には修羅場を潜ってきた歴戦の防人であった。

 

「ふ……。万に一つ、億に一つの先にしか勝機がないというのなら、億と一つの手立てを以て勝機を掴み取るまでのことッ!」

 

 痩せ我慢とも取れそうなその言葉を、全く本心から吐き出す翼。たとえ現実味がなかろうとも、気炎を上げ己を奮い立たせることがどれほど重要なのかというのを翼は経験で理解していた。

 そんな翼に、ふと何かに気づいたブリュンヒルデは僅かに黙り、そして翼に告げる。

 

「ええ、負けられません。ですが、勝つ必要もありません。私達の砕くべきはあくまでデモノイズ、あの恐るべき魔音の楔なのですから」

「む──それは……確かに、そうだな」

 

 ブリュンヒルデの言葉は今更という程度の話であったが、しかし事実である。相手が奏を依代としていたことで血が登っていたのか、そもそもの勝利条件を誤認していたことに翼は気づいた。

 一旦冷静になろうと、翼は本来の勝利目標であるデモノイズ──魔都の要であろう、巨大な指揮者デモノイズへと目線を向ける。

 

「──♪───♪───♪──♪♪──」

 

 歌をこれ以上無いほどの大音量で奏で続けるその柱は、その大量の眼球をあらぬ方向へと向けたまま、翼にもブリュンヒルデにも興味が無いとばかりに周囲のフォニックゲインを高めることへと終始している。その様子は不気味以外の何物でもない。

 

「──しかし、何故手を出してこない?」

 

 手を出してこないというのは彼女たちにとっても有り難いものではあった。しかしその意図が不明であれば流石に気を配らないわけにもいかない。

 

『──デモノイズ、フォニックゲインを増幅していきますが……。増幅分は魔都内の各所に分配しているようです。魔都の領域に広がるエネルギー増幅率を考えれば、凡そ1~2時間程度で……』

 

 マシュの通信が入り、2人に予断を許さないということを告げる。

 ……未だ危険域にないとは言え、最終目標という意味ではデモノイズにこそ気を配るべきなのだろうが、守護天の力量を考えればとても余力で相手できる存在ではない。結果として今まで守護天にばかり注意を向けていたのだが……。

 翼がデモノイズへと警戒を向けているということで、ブリュンヒルデはヘルヴォルから目線を一切そらさずに言葉だけを零す。

 

「魔都内へのフォニックゲインの充填を続けているということは、それ自体があのデモノイズの──ひいては、魔神にとってのこの魔都における達成目標なのでしょう。デモノイズは攻撃時に、フォニックゲインを大量に消費しますから、なるべくなら守護天だけで勝利するほうが良いということでは?」

「となると、守護天だけで我々に勝てるつもりである、ということか……。いや、2人がかりでこの体たらくともなればその自信も頷けるというものだが……」

 

 だが、と翼は目を細めてヘルヴォルへと目を向ける。

 

「逆に言えば、守護天を抑え込めさえすればいい、ということか。……二手に別れて戦えればいいが、流石に其処まで甘い相手でもない」

「ええ、まず守護天を行動不能にしましょう。私の原初のルーンによる幻視、あるいは束縛か……」

「あるいは、私の影縫い辺りだな。……よし、事前の取決めどおりに私が主体として矢面に立つ。ブリュンヒルデは援護、機を図って拘束術を使用してくれッ!」

 

 そういって、ヘルヴォルへと駆け出す翼。ギア脚部のスラスターを全開にしたその突撃は疾風のごとく、ヘルヴォルの喉元へと刃を運ぶ。

 

「…………甘い」

 

 ヘルヴォルはその瞬撃にも慌てること無く、魔槍でその刃を空へと弾き飛ばす。翼の手を離れたアームドギアは、坑道の天蓋へと突き刺さる。

 そのまま翼の軌道に合わせ魔槍を構え、その身を切り裂かんと大きく振るった。

 

「(やはり、弾いたかッ!)──甘い、のはそちらもだッ!」

 

 翼は魔槍の横薙ぎの一撃を、まるで身を崩すようにして躱す。まるで横薙ぎが来ることが判っていたかのようなその動きに、ヘルヴォルが僅かに目を細める。

 

 先の突撃の時点で、翼は自分の攻撃がほぼ意味をなさないであろうことを予測していた。相手のほうが動きも良く、また膂力に優れる以上、1人での正面からの攻撃には限界がある。

 本来ならば絡め手や面攻撃による制圧をすべきなのだろうが、翼はそうせずに敢えて回避できる攻撃を放ったのだ。それも、避ける方向によって大きくリターンが変化するようにと刃先の角度を調整した上で、である。

 

(──ヘルヴォルの攻撃を正面から受けきることは難しい。かと言って回避するとしても、相手の峻烈極まる刃運びを考慮に入れた場合半ば直感的に回避する必要がある。であれば──)

「成程、私の攻撃を限定するとは。その技量、見事というほかありません。しかし──」

 

 敢えて対処しやすい攻撃を放たせることを目的とした行動、それを為せるだけの力量を持っている翼にヘルヴォルは驚きと称賛を口にする。

 しかしそこで、無慈悲にも2人の能力による差が現れてしまう。ヘルヴォルは振り抜いた大槍をギアで強化された筋力で無理やり引き戻し、回避のために体勢を崩した翼へと即座に向き直る。先んじて回避したはずの翼が体制を整える前に行われた早業に、翼は瞠目する。

 これが「ただの」装者の限界だろう、ヘルヴォルはそう認識し槍を振り上げる。

 

「今の手管が出来るのは、体勢が万全な初撃のみでしょう。それでは勇士よ、せめてヴァルハラへと──」

「──ッ!生憎だが、この身はこの世界の人々を守るためにと捧げた身ッ!罷る先を貴様に定められる謂れはないッ!」

 

 ヘルヴォルの振り上げた槍が振り下ろされる瞬間に、翼は崩れた体勢を更に崩し手を地に着ける。そしてそのまま脚部ブレードを展開し、地についた腕に力を込めコマのようにその身を回転させる。

 

───逆羅刹───

 

 スラスター推力により加速した右脚ブレードは腕より尚強靭な脚力によって支えられ、ヘルヴォルの槍を過たず迎撃し、逸す。そして弐の刃たる左脚ブレードは、槍を逸らされたことで体勢の崩れたヘルヴォルへと迫る。

 だが、ヘルヴォルはその真紅の眼をぐるりと見回し、慌てること無く脚部ブレードの軌跡に合わせ手を掲げる。

 ギアスーツの上から籠手に覆われていようとも、アームドギアの斬撃を防ぐことは到底不可能。その細く美しい手が伐されんとするその瞬間──。

 

「──それも、もはや見えております」

『そんな……!?』

 

 驚愕に満たされたマシュの声が響く。

 翼の放った刃は、まるで吸い込まれるようにその手に収まった。守護天を斬獲せんとばかりに直前まで維持していたはずの勢いも、まるで最初からなかったかのように殺されている。

 その非現実的な光景に、逆立っていた翼も思わず言葉を失ってしまう。

 

「──ッ!ツバサ……!」

 

 流石にこの状況を放置して縛鎖の術を行使など出来ようはずもない。ブリュンヒルデはルーンの術式を破棄し、魔銀の槍でヘルヴォルを切り払う。

 ヘルヴォルは流石に直撃しないものの、翼を掴んだままでも居られないと手を離して距離を置く。

 離された側である翼は即座に転回し、足を地に着けヘルヴォルを睨む。先程翼を捉えたその手の平を、原初のルーンの淡い輝きが照らし出している。

 

「あれは──ブリュンヒルデも使用していた、原初?のルーンというやつか……」

「ええ、遅滞、縛鎖のルーン……。私が使おうとしていたものの規模縮小版です。──これは、まさか……」

 

 ブリュンヒルデは相手が何故その手にルーンの輝きを宿しているのかが気になっていた。が、間を置かずにその理由へと思い至る。

 

「──ヘルヴォル、貴女は……」

「……御姉様、気づかれましたか。ええ、今の私は生前とも違う。曲がりなりにも御父様の真品を担う素体、であれば、私に与えられた名がその体にも現れましょう」

 

 語るヘルヴォルの目が、妖しく輝く。真紅に輝くその瞳は、素体のソレとは全く違う。

 天羽奏の瞳は、その髪色と同じく橙色。であれば瞳の真紅は奏のそれでは無く、ヘルヴォルの眼の色であろうことは容易に理解に及ぶ。

 

「あの、瞳は──」

「──最初は、あの子の神性が眼に表出しているものだろうと考えましたが……。ソレだけではない。あれは、魔眼です」

 

 ブリュンヒルデの言葉に、翼は眉をひそめる。

 

「魔眼、邪視の類ということか?しかし私は幾度となく目を合わせてしまっているが、特にこれと言って異変はないが……」

「狭義の意味での魔眼、ではありません。この場合、特殊な効果を及ぼす眼球を起点とした異能、程度に思っていただければ」

『しかし、ヘルヴォル=アルヴィトの伝承に魔眼はありませんし、大神オーディンにもそのような伝説は……』

 

 神秘・伝承に詳しいマシュが、ブリュンヒルデの言葉に反論する。

 伝承に曰く、オーディンは片目を代償に巨人の泉から叡智を得たとされ、またルーンの叡智を知るときには己を吊り槍で刺されること9日9晩を掛けたという。

 その結果として様々な神秘・奇跡を担う大神として語られているのだが、その話の中には魔眼のたぐいは登場しない。むしろ目を失ってすら居るのである。

 マシュの言葉に、ブリュンヒルデは頷き答える。

 

「ええ、その言葉に嘘はありません。あくまで武装や概念が御父様に近づいたことで、後天的に概念の結晶として獲得したもの──違いますか?」

「──はい。この瞳は全知の瞳。私の視野が拓く限り、私の視座は御父様の視座。是成は魔眼、全知の視座(フリズスキャールヴ)と呼べましょう」

「ッ!」

 

 翼はその言葉に身をわずかに硬くする。ヘルヴォルがあっさり認めたのもそうだが、何より語った内容が内容である。

 その衝撃は翼のみが受けたわけではないらしく、モニター向こうのマシュが慌てた声を出す。

 

『全知──アルヴィトとは確かにその様な意味であるとは伺っていますが、しかしそれでは……!』

「勝機がない、ですか?最初からそう告げているのですから、貴女達はそれを承知で挑んでいるはずでは?」

『それは、でも……』

 

 通信越しのマシュの言葉に、ヘルヴォルはふいと興味を失う。

 ヘルヴォルは今挑んできている戦士たちを見逃すつもりはない。彼女たちは侵入者であり、己の敵であり──そして、勝てないと告げられ尚も億に一つの勝機を掴まんとする勇士である。

 事実、マシュの驚きとは裏腹にヘルヴォルの目の前の勇士は──己の依代に残された記憶とは異なる、不敵な笑みを浮かべている。もっと少女らしい笑顔だと思っていたが──と思考したところで、瞑目して記憶を払う。ヘルヴォルは己の依代たる少女、目の前の蒼い少女と共に不条理に抗った戦士の想い出を荒らす気はなかった。

 

「……ふ、どうあれタネが明かされたのであれば話は早いというもの。だろう、ブリュンヒルデ、キリエライト?」

 

 そんなヘルヴォルの心情を知らずや、翼はまだまだと笑みをうかべる。全知であるというヘルヴォルにはその心情も読まれているかもしれないが、今更だと翼は開き直っていた。

 

『え……?』

「ええ、そのとおりです。──ヘルヴォル、何故其処まで話すのかは問いませんが──。やはり、貴女は御父様とは違う。──たとえ全知であっても、全能ではない。……いいえ、今の貴女の魔眼では、まだまだ全知には遠い──」

「──!」

 

 そのブリュンヒルデの言葉と同時に、ヘルヴォルが眉根を寄せて空を視上げる。掘削のためにと広げられた坑道の天蓋間際に展開されているのは、今にも降り注がんとする青白い刃雨。

 

「言っていたな、視野が全知とッ!であれば、我が死角の刃を視るのは遅きに失したぞッ!」

 

 翼の刃──先程弾き飛ばされ天蓋に刺さったアームドギアは、刃の雨へと姿を変えていた。

 技の発動自体は全知の視野に居た翼の意思から読み取ったものの、やはり当の刃に目が向いていなかったタイミングでは行動に遅れが生じる。

 

 

───千ノ落涙───

 

 

 蒼の刃が群雨となり、まるで涙のごとく降り注ぐ。

 ヘルヴォルが何らかの対処をする前に発動した翼の殲撃は、瞬く間にヘルヴォルへと迫りくる。

 

 本来的な全知であれば、これらの技、たとえ視野外で発動した技であっても対処できただろう。しかし、ヘルヴォルの全知は後天的な魔眼に由来するものであり、正確に全知と呼べるような万能性がない。ならばこそ、常に周囲を眼で見回すなど全知の性質に合わせた振る舞いをすべきであったのだが、ヘルヴォルはそれが出来なかった。

 ──生前になく、英霊として発生したものでもない。疑似サーヴァントの依代が特定の存在であるがゆえに発生した全知の技能。それを十全に扱えるだけの経験値が、ヘルヴォルには足りなかった結果と言えよう。

 

「……ですが、この程度なら──」

 

 ヘルヴォルは頭上に槍を掲げ、ルーンによる防御陣を中空に描く。堅固な城塞のごとく展開された魔術は、ヘルヴォルへと降り注いだ刃の雨を容易に塞ぐ。

 千ノ落涙はそこまで威力の強い技ではないとはいえ、それでも即座の防御で十二分に対処されるとは思っていなかったのか翼の顔が僅かに歪む。

 

「いや、これで打ち倒せるなどと最初から考慮の外。元より布石、──ブリュンヒルデッ!」

「……わかりました。では──」

 

 ブリュンヒルデが指を動かす様を見たヘルヴォルはその行動の意味することを識り、その顔に焦燥の表情を浮かべる。だが、翼の落涙を防いでいる以上すぐには手を空けられず、結果としてヘルヴォルが対処する前にブリュンヒルデによってルーンが展開される。

 その指が描いたのは「太陽(ソル)」のルーン。炎と栄光、太陽の輝きを示す大神の刻印はその名の通り、薄闇の坑道をまばゆく照らしあげる。先程までかろうじて光源となっていたデモノイズの光も、太陽の輝きの前にかき消されていた。

 

「く──、後手を、踏みましたか……!」

 

 ヘルヴォルが苦しげな声を上げる。その目線は翼やブリュンヒルデにではなく、己の背後に向けられている。最も、顔を動かさず、瞳だけを動かしてどうにか後方を確認しているその姿を「目線を向ける」と言えるなら、だが。

 辛うじてヘルヴォルの視野に入ったのは、彼女の影に突き立った蒼い刃。降り注いでいた青白いエネルギー刃は、今はほぼ実体となってヘルヴォルの影を穿っている。

 

『あ、あの技は確か……!』

 

 マシュが驚きの声を上げる。それは以前、新宿でウェルに放った拘束技、風鳴翼が会得した忍術の1つ。

 即ち、影縫い。太陽のルーンによって色濃く映し出されたヘルヴォルの影を、翼は狙い過たず刺止めたのだ。

 影を縛られ動けなくなったヘルヴォルを前に、ブリュンヒルデがポツリと零す。

 

「──全知、と貴女はいいますが、その視座は御父様だからこそ。見えていても対処できねば意味はない、ならばこそ勇士の身体に合わせて戦うほうが幾らも利口──違いますか?」

「……っ!」

 

 呟くブリュンヒルデの眼には、僅かな憐憫が浮かんでいる。

 戦乙女、戦士の介添人たるヘルヴォルが戦うならば、最も効率がいいのは戦士の肉体の戦いやすい道を選び、戦乙女の技能は肉体の補助にすることだろうと彼女は嘆く。

 そんなブリュンヒルデの様子を見ていた翼だが、状況が切迫していることもあって、話を遮り声を掛ける。

 

「あー、そのだな。奏の戦士としてのあり方を褒めてくれるのは有り難いが、ブリュンヒルデ。ルーンと影縫いが持続するうちに本丸を叩かねば──」

「──そうですね。それでは、剣の乙女は──……?」

 

 ブリュンヒルデが翼の言葉に応じ、ふいと目を背けた時。ふと悪寒を感じ、また即座にヘルヴォルへと目を向ける。 

 

「……確かに、学ばせて頂きました。御姉様、そして蒼き刃の勇士」

 

 身体が固定されたヘルヴォルは、目を伏せてポツポツと語り始める。

 その身は僅かに震えており、ブリュンヒルデと翼は拘束が緩み始めているとの疑念を抱かせる。2人は僅かに目を見合わせ、デモノイズに向かうことを止め即座にヘルヴォルへと武器を構え直す。

 

「ええ、全知の眼を得たことで逆に前を見ていなかったとおっしゃるのであればそうかも知れません。ですから──」

 

 ヘルヴォルの依代、天羽奏の肉体が纏うガングニールの鎧の各所に光が灯る。

 

『魔力反応!?これは……術式推定、原初のルーン!?一体いつの間に……!?』

「──ッ!馬鹿な、ルーンを刻む暇は与えていない筈──ッ!?」

 

 翼はヘルヴォルの鎧に発生した異常を前に、浮かんだ疑問をそのまま吐き出すように叫ぶ。

 しかし現実はマシュの言う通り、鎧の光──雄牛、巨人、雷などの大神を示すルーンが全身へと映し出されている。その様は叫んだ翼にも確り見て取れるものであり、だからこそより混乱させた。

 

「──そうか、御父様の槍。私達の世界の大神宣言(グングニル)シンフォギア(ガングニール)が習合されているというのなら、槍身の原初のルーンは……最初から、刻まれている!」

 

 ブリュンヒルデもまた、ヘルヴォルの様子に目を見開く。その表情は、ヘルヴォルに何が起きたのか、何を見過ごしてしまったのかを理解できていないことを如実に示していた。

 

 ヘルヴォルの影を貫き拘束している落涙の刃から、ぴし、という音が届く。

 天羽々斬の一片、エネルギーの刃による拘束。煌々と輝く太陽のルーンによる影は消えていないにも関わらず、今にも拘束から抜け出ようとしている。

 

「ですから──御姉様の言う通り、此方も本身で当たらせて頂きますッ!」

 

 その言葉が言い放たれると同時に、遂にヘルヴォルを拘束していた刃が罅割れ、砕け散る。

 翼がシンフォギアを用いて放つ影縫いは、己より出力で上回る暴走状態の装者が相手であっても容易に拘束できる熟練の技であった。にもかかわらず、ヘルヴォルに破られた──それも、以前ウェルが新宿でやったように「影を消す」という変化球ではなく、正面から堂々、力押しで破砕されたのだ。

 

「ッ、来る……!?」

 

 その光景に驚きはあれど、しかし破られそうだという意識があったために翼は即座に構えた武器をヘルヴォルへと向け、万全の状態で迎撃姿勢を取る。

 だが──。

 

「……全知だけに頼ることは愚かである、というならば。全知と、私と、勇士の身体。それらがあってこその一撃を以て手向けとさせていただきましょう」

 

 ヘルヴォルの言葉に合わせ、その手に持つガングニールのアームドギアの刃が回転し、螺旋のエネルギーを纏う。それはさながら嵐のよう、ソレを構えるヘルヴォルはまさに大神オーディンが身を変えたとも言われる「嵐の王(ワイルドハント)」そのものであるかのように錯覚させる。

 その光景に、翼は言いようのない感情を抱く。嘗て共に戦った戦友にして、掛け替えの無い比翼たる天羽奏の技に酷似するその嵐の槍は、翼の感情を掻き乱す。

 だが、状況を思い出した翼は即座に意識を切り替える。逆鱗の巨大剣を複数に渡り展開し、戦場たる発掘現場を複数の部屋に分断する壁を作り出した。

 

「魔槍、展開。照準、固定──」

 

 その様子を見てもなお、意にも介さんとばかりにヘルヴォルは魔槍を構える。

 彼女の周囲には先程の翼のように槍状のアームドギアが並列展開されており、逆鱗の壁の向こうの翼が見れば友の業が縒り合わさった一撃であるとも感じるだろう光景である。

 

 これこそは、今のヘルヴォルが召喚されている状況であればこそ成立する宝具。シンフォギア・ガングニールを纏う天羽奏の心象武装たるアームドギアによる分裂・螺旋機構、大神オーディンの神秘たる大神宣言の必中の呪いを統合したことで構築された制圧砲撃。それを照準するのは、全知の魔眼を獲得した疑似サーヴァントたるヘルヴォル・アルヴィトであるならば。その全知の魔眼による照準は、壁も、盾も、刃であっても遮ることは不可能であり──。

 

 

「──個体名:風鳴翼、個体名:ブリュンヒルデへの必中の呪の転写を完了。

 真名開放、嵐をここに──『嵐槍・大神宣言(ガングニール・ワイルドハント)』ッ!」

 

 

 螺旋の槍、真なる大神の魔槍。強大なエネルギーを嵐と変え、逆鱗の障壁をまるで障子紙のように刳り捨て──その向こうに居た、装者と英霊を吹き飛ばした。

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