SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
(……あたし、は……)
彼女は、夢に揺蕩っていた。
その意識は心の内界に落ちており、外界からの情報を殆ど受け取ることのできない状況にある。
だからこそ、本来ならば夢という形だとしてもその意識が形を取ることは無かった──筈なのだが。
(……ガングニール?あたしのギアが……)
ガングニールのシンフォギア。彼女の死装束として最期の時まで纏い続けた戦士の外装。己の心象に合わせた形質を取る、日本の聖遺物研究の極限にして異端技術の結晶体。
あくまで第二種適合者である彼女の心象によって展開される武装であり、ワルキューレが纏うものではない。
依代たる肉体がそれを纏うことで、彼女の心は擬似的にだが外界へと触れ得ていた。
(……翼、それに……?)
先程から、自分の身体は何者かと戦っている。
最初にそれを知ったのは戦乙女の術によるものだが、直接対峙してからはギアが打ち合うごとに、その心象世界に断片的に相手のことが流れ込んでくる。
蒼き少女、風鳴翼。自分とともに戦ってくれたはずの彼女、己の最期まで共に居て、自分の死に際を看取ってくれた大切な人。心象の主たる少女の生の中で、全く忘れ得ないほどに大きなウェイトを占める片翼。
そんな彼女とともにいるのは、自分と同じように大槍を携えた長身の女戦士。打ち合うごとに響くその感情は、依代として召喚された彼女ではなく、その内に容れられた半神の魂へと向けられている。姉妹に対する愛情ともつかない感情が、しかしとても強いということをひしひしと感じる。
今、己の槍はその力を発揮し、対峙する2人をその防御ごと打ち砕いた。
少女が使用する故にロックが外れ、ガングニールの力の一端が嵐のように渦巻く。螺旋の激流に呑まれ、もうもうと立ち込める土煙の向こう側に消えた蒼い剣士と槍兵を、未だ夢見心地で見ている自分がいることを漠然と感じている。
己を揺り動かす感情が湧き上がらない。自身を突き動かす衝動が立ち昇らない。
まるで強く抑え込まれているのではないかとすら思わせるほど不自然に、己の心は平穏なまま。その心象を反映しているのか、夢に浮かぶ自分の身体は、まるで鎖で雁字搦めにされているよう。
(あたしは……)
知らない長身の槍使いを攻撃したことに、身体の主導権を握る英霊が僅かなりとも動じていることは同じ身体に居る彼女にはわかる。御姉様、と呼んでいたのだ、親しい間柄なのは心象の少女にも理解できる。
だが、自分がとても大切に思っていたはずの少女に攻撃したというのに、そこに衝動が現れない。まるで自分が自分で無いかのようであるが、それすらも尚疑うことも出来なかった。
(…………翼…………)
橙の髪、翼のように広がった癖のある長髪の少女──天羽奏の精神は、未だ覚醒せずに夢に浮かび続ける。
『強力なエネルギー反応……これが彼女の宝具……!おふたりとも、無事ですか!?翼さん、ブリュンヒルデさん!』
観測されたエネルギーは極めて強大。高ランクの対軍宝具として区分するに相応しいだけの大火力が薙ぎ払ったその領域は、暗がりと大嵐が巻き上げた砂塵とが相まって、全く先が見通せない状況を作り出していた。
それは観測しているカルデア側も同じであり、魔力とフォニックゲインが混じり合った暴風が閉所をかき回したことで、S.O.N.G.やカルデアの機器によるデータ取得状況に大きな乱れが発生していた。
モニタリングしていたマシュはその光景を乱れたモニター越しに確認しており、立ち込める砂埃の向こう側へと呼びかけを続けていた。
『おふたりとも……どうか返事を……』
「無事……とは、言い難い……ッ!が、戦闘に支障はないッ!」
『翼さん!──!』
何度目かのマシュの呼びかけに、ある程度通信が回復したらしい翼からの応答が届き、マシュは喜色を浮かべる。
が、モニターに映る翼の姿は凄惨なものであった。全身各部から血を流し、所々には盾として砕けたであろう天羽々斬のパーツが突き刺さっている。
その惨状に思わず絶句するマシュだが、翼は何するものぞとばかりにアームドギアを支えに立ち上がり、そのまま構え直した。息を荒げてこそいるものの、ブレなく構えている彼女の姿はまさに戦士と呼ぶに相応しいだけの勇姿であった。
「落ち着いて、剣の乙女。応急処置はしてありますが、それでもダメージは大きいのですから」
『ブリュンヒルデさんもひどい怪我を……』
そんな翼の脇には、同じく負傷が酷いブリュンヒルデの姿。その手は魔銀の槍の柄ではなく刃を握っており、肥大化した穂先を盾のように構えていたようである。マシュが心配の声を上げるが、ブリュンヒルデは静かに足元を指差す。
マシュがつられて足元を見れば、そこにはルーンを組み合わせた魔術陣が展開されていた。
「治癒の術式を刻んでいましたから、見た目ほどではありません。レプリカならともかく、真作に近い大神の槍をルーンで防ぐのは悪手だったので、天羽々斬に威力減衰を任せ、最終防御として私の宝具を使わせていただきました」
「……ブリュンヒルデの宝具が、見目に違わぬ強靭さを持っているようで助かった。──だが、聖遺物に特効する神獣鏡ならいざ知らず、ガングニールがここまでの威力になるとは……」
翼が呆れたように呟く。彼女の傷も徐々に修復されており、息も少しずつ整ってきている。
相手が英霊としての膂力にギアを上乗せることで接近戦能力が高まっていたのは理解していたが、しかしギアまで威力が上昇しているとは思っていなかったのである。
その疑問に答えたのは、ヘルヴォルと同じワルキューレであるブリュンヒルデだった。
「大神宣言は、神性の剥奪されていない姉妹に共通してレプリカが渡されています。おそらくですが、ヘルヴォルは私達の世界の
『成程……。いえ、おふたりがどうにか無事で良かったです』
とりあえず一撃は防げた、という事実にマシュはホッとする。
もちろん予断を許さない危機的状況が継続していることは事実ではあるが、それでも相手の一撃が致命となるほどのものではなかっただけでも、対サーヴァント戦としては朗報といえた。サーヴァントの秘中たる宝具には正に必殺、使用されたらほぼ即死確定なんて危険なものも多くあるため、それらに比べれば十分対処できるものであることは証明できたのだから。
最も、受けた側である彼女らからすればそう易いものではない。
「……だが、どうする。流石に2撃目を連続で放たれたら……」
「…………」
翼がポツリとつぶやき、ブリュンヒルデも無言で返す。
今の一撃を凌げた彼女たちだったが、それでもその負担は馬鹿になっていない。もう一発受けきれるのかといえば、先程の沈黙こそがその答えと言えるだろう。
だが、2人に危惧するような追撃は来ない。それどころか、ヘルヴォルはおかしなものを見たと言わんばかりに目を見開いていた。
なにがあったのかと訝しむ2人だが、追撃がないならばと肉体の快癒を優先することにして警戒を続けることにした。
やがて、ヘルヴォルは思考が纏まったのか静かに口を開く。
「……成程、そちらの勇士の力ですか。その槍でこの御父様の槍を防げたのは」
「…………?」
理解できたとばかりに頷きアームドギアを構え突撃姿勢を取るヘルヴォルの言葉に、ブリュンヒルデはふと疑問符を浮かべる。
言っている事自体は先程翼と2人でまとめた内容と相違ない。だが、そのことを殊の外驚いており、挙げ句納得までに時間を掛けていたことをブリュンヒルデは疑問に思った。
(何故?確かに私の魔銀の槍は、レプリカとはいえ御父様の槍とは比べ物にならない程度の武装……ですが、私の宝具ならその性能を大幅に強化できる。姉妹としての愛情では然程の出力向上は得られないにしても、それに疑問を差し挟む余地はない筈……)
「考え事ですか、御姉さ、ま!」
「──!くっ──」
ブリュンヒルデが思索を深める前に、ヘルヴォルが勢いよく突撃する。アームドギアは先程同様に螺旋するエネルギーを纏っており、ただ魔銀の槍で防いでも防御の上からガリガリと力を削られていくような嫌な圧迫感をブリュンヒルデに押し付けていく。
これは堪らずと大きく槍を弾くも、膂力や肉体の制動に関して相手が常軌を逸しているのは先程からわかりきった事実であり、弾いたブリュンヒルデが槍を戻すより遥かに早く、ヘルヴォルが槍を構え直して突き入れる。
咄嗟にルーンによる防壁を展開するも、大神の槍たる大神宣言は必中の概念を持ち、その刃に原初のルーンを刻む魔槍。ブリュンヒルデの咄嗟の防壁を貫き、そのまま大きく吹き飛ばした。
「ブリュンヒルデッ!?く──ッ!」
瞬間の攻防に己の刃を差し入れられなかった翼は僅かに悔やむも、ヘルヴォルに攻撃を加えるのではなく吹き飛ばされたブリュンヒルデのカバーリングに立つ。
ヘルヴォルは翼の反応にもブレること無く槍を振るい、最初の交叉同様に翼の防御ごとブリュンヒルデのもとまで吹き飛ばした。
『そんな──!ここまで、出力差が大きいなんて……!』
今の僅かな、しかし絶対的な差を見せた打ち合いを見て、マシュは思わず苦しげな声を上げる。
先程までの戦いを見ていたマシュであったが、翼やブリュンヒルデが上手に攻撃を当てたり回避していたりしていたために理解を誤っていた。
別に、出力差が先程から更に開いたというわけではない。
元々大きな差があったところを、戦巧者たる2人が綺麗に凌ぐ手筈を整えたが故に、僅かな拮抗を得ていたに過ぎなかったのだ。
故に、ヘルヴォルが依代の戦闘センスと全知の魔眼を上手く併用し、タイミングを見極めて攻撃すれば──否、それどころか僅かな……それこそ一瞬の思考分の隙があれば、容易く拮抗が崩れてしまうのも自明であった。
「さらばです、勇士。そして御姉様。──願わくば、ヴァルハラで再開できることを祈りましょう」
そして、戦ってきた相手の技量の高さ、戦士としての誇りを知るヘルヴォルは、たとえこの圧倒的優位からであっても油断するようなことはなかった。
その手にある槍が宙へと浮かぶ。ガングニールのアームドギアは先程同様に分裂し、その全てが嵐を纏う。嵐の王、大神オーディンの逸話の一端が再び世界へと顕現する。
「──さようなら。嵐よ、いま一度……『
絶対的な宣言、複合した武装から昇華された嵐の槍の銘が世界に告げられる。
吹き飛び、瓦礫に埋もれた2人に向かって、全てを砕き呑まんとする大嵐が放たれた。
『翼さん、ブリュンヒルデさん────』
マシュの悲痛な叫びも虚しく響く。直前に吹き飛ばされ、折り重なるように倒れた2人には、抵抗するすべもなく──。
──比類ないほどに巨大化した魔銀の槍が、飛来する嵐を薙ぎ払った。
『──え?』
モニター向こうで起きたとんでもない光景に、先程まで悲痛な表情を浮かべていたマシュはぽかんとする。
対してヘルヴォルは慌てず、やはりとでも言いたげに嵐を凪いだ大槍の根本を見やる。
そこには、2人掛かりで槍を支えるブリュンヒルデと翼の姿があった。
(……ヘルヴォルは、私達が何か出来るようになる前に殺すつもり、ですね)
僅かに考えを深めていたその隙を穿たれ槍に叩き伏せられたブリュンヒルデは、どうにか身を起こしたものの目前の大嵐から退避することが叶わずに居た。
その側には同様に槍で吹き飛ばされた翼の姿もあり、同様に嵐を前に口惜しそうな表情を浮かべている。
「このままでは……ッ!否、たとえ一寸先に闇があろうとも、我が眼前は照らしてみせる──ッ!」
「翼……」
翼は決意に満ちた表情で、とある歌を口ずさまんとした。それはシンフォギアの決戦機構、この場で使用したならば一度は嵐を迎撃出来るであろう大技のためにと武器を構え──ブリュンヒルデがその身体を支える。
「……貴女が何をしようとしているのか、話を聞いていたので想像は付きます。私の魔力を貴女に同調させて負荷を──?」
「どうした、何か──?待て、その槍……」
ブリュンヒルデと翼の目線の先、紫水晶のごとき魔銀の槍は、その輝きを大きく増していた。
「これは──」
ふと、ブリュンヒルデは先程抱いた疑問、ヘルヴォルの不可解な言葉を思い出す。
あの時、何故ヘルヴォルは異様なものを見る目で防御した自分たちを見ていたのか。どうして奇妙に納得したような態度を見せたのか。
(……決まっている。宝具を迎撃するときの攻防で、予想外の結果を生み出したから。──そう、それこそ全知の魔眼でも見えなかった結末を)
本来ならば有り得ない。全知の魔眼は文字通り全て知るからこその魔眼であり、その視界の万象を元にあらゆる情報を獲得するものだ。
……そして、有視界にないものの情報を獲得することは出来ない。少なくとも対峙するヘルヴォルの魔眼はそういう性質を抱えていた。
(あの魔眼に透視能力はない、つまり剣の乙女が防御の剣を用意したところまでの情報で、防ぐこと能わずと考えていたということ……)
嵐が今にも迫らんとする中、思い出せ、とブリュンヒルデは自己へと囁きかける。己が大神の槍を防御したとき、一体何が起きていたのか──。
思考が加速する。刹那の剣戟を戦う時のように、須臾が永遠と伸ばされていく。宝具を防いだ僅かな時にそこにあったものが、まるで走馬灯のようにブリュンヒルデの精神を駆け巡る。
(剣の城塞、魔銀の槍、嵐、防人、勇士、剣の乙女、歌────歌?)
歌、デモノイズが鳴らす荘厳な楽曲ではない。
戦う中、劣勢であっても力の限り歌い上げる心象の旋律。もしもそれが、魔力を同調させていた自分にも影響を与えていたのだとしたら?そして、己等が知らないそれを、ヘルヴォルが全知で知ったのだとしたら──?
ブリュンヒルデは、まるで天啓を得たかのように翼の手を強く握りしめる。
槍の輝きに刹那目を奪われていた翼も、ブリュンヒルデの勢いに思わず彼女の方を振り返った。
「一体、何を──ッ!?」
「──ただ、歌って!貴女の想いを、貴女の──アイを!」
最早賭けでしか無い。いや、この状況では賭けにすらならないかもしれない。ブリュンヒルデの閃きはその実、限界状況が生んだ妄想でしか無いかもしれない。
だとしても、ブリュンヒルデは──愛に生き、愛に死んだ戦乙女は、この想いに賭けることに躊躇しなかった。
「──な、何故其処で……いや」
事前にブリュンヒルデの宝具について聞いていた翼は、それに関わることかもしれないという考えが即座に浮かぶ。
だが、聞いていた限りではそれはブリュンヒルデの愛に呼応するものであり、己の……天羽奏への親愛に呼応するとは考えられなかった。考えられなかったが──。
シンフォギアの曲調が変わる。今までの歌が戦意旺盛な戦士としてのものであるならば、その曲目は切なげな想いを運ぶ歌。
目前に迫る嵐の前にあって儚さが際立つそれは、かつての双翼に向けた、何処までも真摯な──空へと羽ばたく歌。
もちろん、歌詞が実際に歌われるわけではない。その前に間違いなく嵐は2人を飲み込むだろう──だが、それも最早問題ではない。ギアの曲自体が翼の心象を示しているのであれば──それで戦乙女にとっては十分だった。
翼のアームドギアがその手を離れ、まるで意思を持つかのようにブリュンヒルデの槍を覆う。
確かに装者として熟達した翼であれば、たとえバイクであろうとも剣を纏わせることが出来る。まして況や魔力同調状態の戦乙女の魔銀の槍であればといったところだが、しかし実情としては違う。
その剣は装者である翼の意思を受けたものであり──同時に、その在り方に同調するブリュンヒルデの狂気を浴びるものである。
「ああ──ああ!そう、そう!これが、これこそが──」
頬を紅潮させ、この危機的状況が見えていないかのようにその瞳が狂愛に落ちる。
愛するものを殺す英霊。愛しき相手にこそ力を発揮する、その伝承を与えられた戦乙女ブリュンヒルデは、その愛の狂気に翼の歌を載せ、大槍を嵐に掲げる。
「く、ぅ──。これは、これがブリュンヒルデの──」
当然、その狂愛は介添を受ける翼にも及ぶ。唐突に発露した純然たる強い想い、余りにも力強すぎる一個人の感情を前に、しかし翼は臆せずにその槍の──剣の柄を握りしめる。
たとえブリュンヒルデが神話に語られるほどの愛の狂気を孕んでいたとしても、その感情に流されず、しかし拒絶せずに──心と心を重ね、魔力とフォニックゲインを共鳴させためにと歌う。
翼にとって幸いしたのは、ブリュンヒルデのソレがいっそ視野狭窄と言えるほどに一本道しか無い感情であったことだろう。それが狂気の伝承の果てとは言え、単調化された心象、愛の概念を持つ狂気は翼の歌に十分に共鳴せしめる。……感情の発露する方向性こそだいぶ違うが。
そしてブリュンヒルデにとって──彼女の宝具にとっては愛こそすべて。愛が深まれば深まるほどその槍は肥大化し、極重化し、強靭になる。
翼の親愛の歌に惹かれ、同調し、姉妹への愛が煮詰められ──その全てを受け容れ、槍は今こそ真価を発揮した。
「あ、ああ、ああ!好き、好き、好き好き────コロ、す──『
2人の感情を湛えた魔槍は、その刃を大蛇殺しの神剣で覆い、大神の槍へと振り下ろされる。大嵐を纏い放たれた幾多もの必中の槍は、比類ない質量に至った狂愛の大槍の前に、その分子結合ごと破砕され、ガラス細工のように砕け散った。
砕かれた刃に纏う燐光が反射し、キラキラと星空のような美しさを描く。刃をブリュンヒルデと共に支えていた翼は、その光景に僅かに目を奪われ、次いで渋面を浮かべる。
(威力は申し分ない。当てられるかは不明だが、これなら槍は防ぎきれる。だが──)
翼の目線は、未だ動じないヘルヴォルへと向けられる。
先程ブリュンヒルデが翼に向けて放った唐突な言葉も、ヘルヴォルの様子を見れば何となく想像がつく。最初の宝具の攻撃を防ぐための最終防壁として使用したこの宝具が、自分の歌と重なり想定以上の防御となったのだろう。それに気づいたブリュンヒルデが、咄嗟にだが今回のような奇跡を生んだということである。
しかし、それは逆に言えばヘルヴォルにはとっくに知られているということでもある。ただでさえ巨大化し、この閉鎖空間では取り回しが難しくなっているため、この槍でヘルヴォルの猛攻を凌げるのかと言われると難しい。
そして──不安要素はそれだけではない。
翼はちらりとブリュンヒルデを見れば、瞳孔が開いた状態でじっとヘルヴォルを見つめている。
ブリュンヒルデは現在、翼の歌の一部、奏へ向けられた想いに強く強く同調したことによってトランス状態に陥っていた。宝具を維持するために必要なことではあるのだが、槍を維持したまま戦うには2人で1本の武器を持ったまま戦う必要がある。せめて通常状態であればうまいこと動きを合わせられたかもしれないが、今のブリュンヒルデに合わせきれるかは未知数だった。
(……いや、私は彼女を信じよう)
翼は改めて決心し、ブリュンヒルデとヘルヴォルの挙動の一挙手一投足に気を配る。
せめてこの閉所空間がどうにかなれば、そう考えたところでふと、翼は己が抱える逆鱗の槍がガングニールをガラスのように砕いたことを思い出し1つの策を考える。
聞こえているかわからないが、一応ブリュンヒルデにも伝えようと口を開きかけたところで、先にブリュンヒルデが口を開いた。
「……ええ、いい考えだと思います、剣の乙女。気づかれても妨害がし辛い策であるというのが尚、良いかと」
「!そうか……。──ブリュンヒルデ、大丈夫なんだな?」
正気と狂気が混在する目線を向けられるが、言葉自体は意外と明瞭である。先程殺すとまで口走っていたのでどうかと思っていたが、想定より安定していそうで翼は小さくほっと安堵の息を吐き、そして本当に問題がないかと念を押すように意思確認を取る。
ブリュンヒルデはニコリと小さく微笑みかけ……大槍を振るい、突撃してきたヘルヴォルを間一髪で打ち払った。
即座の対応だが、突撃してきたヘルヴォルも、槍を共に持っていた翼も慌てること無く行動へと移る。ヘルヴォルの場合は追撃であり──翼とブリュンヒルデはそれにかまうこと無く、採掘場の天井へと駆け上がった。
「逃しません……!」
ヘルヴォルは2人を追うように壁を駆け上がり、その手の魔槍による連撃を放つ。
翼とブリュンヒルデは今、2人同時に行動せざるを得ない以上、その回避範囲にも限界がある。その限界を見切り、その上で2人が分断されるように放たれた槍撃の雨を、ブリュンヒルデが翼をかばうように位置を入れ替えてその身で受けた。
「……ブリュンヒルデッ!?」
「心臓と頭部が無事であれば、幾らでも対処は出来ます。……それより」
「あ、ああ、わかったッ!」
手足を魔槍で貫かれたというのに、それを意にも介さずブリュンヒルデは翼とともに駆け──天井付近、オーバーハングした壁面から飛び立った。
超重の槍を抱えているものの、その先端に纏われた逆鱗の根本のスラスターを全開とすることで重量を緩和し、ルーンによる飛行補助と脚部ギアのスラスターにより、2人は僅かな間完全に空中へと身を躍らせていた。
対してヘルヴォルは、その壁から跳ぶことはなかった。ルーンで足を壁に縛り付け、魔槍の投擲姿勢に入る。だが、壁面踏破の勢いを殺すような無理な制動はヘルヴォルの行動を一手遅らせてしまっていた。
魔槍が投擲される前に、翼とブリュンヒルデは槍を横薙ぎにする。逆鱗を纏い巨大化した槍頭は壁面へと突き刺さり、熱したナイフでバターを切るように岩肌を切り開いていく。
『おふたりとも、一体何を──!?』
「まずは広い場へと出るッ!いくぞ──雪音と立花がK2を搗ち上げたというのなら、ブリュンヒルデの介添を受けた私が、皆神山を切り開けない筈がないッ!!」
『え、ええっ!?それはどういう……というか、切り開くって──まさか!?』
とんでもない発言に混乱するマシュを置いてけぼりに、翼とブリュンヒルデは一切躊躇なく山を切り裂く。
わずかに遅れて真名開放すらなく魔槍が投擲されるも、その頃には2人の振るう槍の穂が正面に戻ってきており、その面積の暴力にあっけなく阻まれる。
そして最後まで振り切り、最初に突き刺したところまで槍が回転したところで──ずるり、と皆神山の山頂がズレた。
ずずず、と鈍い振動音と共に山頂は滑り──その隙間から、晴れ渡る太陽が薄暗がりだった坑道を照らし出した。
拓く、ではない。2人掛かりであるとは言え、翼とブリュンヒルデは宣言の通り皆神山を切り、開いたのだ。
2人の起こした圧倒的なまでの力業に、思わずマシュは度肝を抜かれる。
『すごい──なんて、出鱈目……。って、これならデモノイズも──!』
「……期待させてすまんが、僅かに傾けてデモノイズには当たらないように切り裂いたのでな。流石にここでデモノイズまで狙うとなれば、二正面を強いられる。
ヘルヴォルの槍が此方を狙っていた以上、流石にそこまで足を勇ませられなかった」
想像の埒外の光景に興奮していたマシュだが、翼に苦笑交じりに告げられた言葉に我に返りモニタをまじまじと視る。
山頂の斜めに切り裂かれた切断面を見れば、その軌跡が坑道の天井まで伸びていたデモノイズを切らないように綺麗にギリギリを狙っていたことは見て取れる。
ヘルヴォル1人に恐ろしく苦戦している状況を考えれば当然なのだが、それが見えていなかったマシュは慌てて謝罪する。
『あ……って、そ、それもそうですね、すいません!状況が読めていませんでした!』
「いや、構わない。……さて、大刀を振るうだけの舞台は整ったが……」
相手の宝具たる大神宣言に対抗するためにと土壇場で編み出した合体武装。これを用いなくては立ち行かない状況だったために、広間を確保する目的で坑道の外に出る……そこまでは考えていた翼だが、そこから先については未計画であった。
守護天であるヘルヴォルは魔都……というよりその核たるデモノイズの防衛を目的としているためなのか、2人が坑道の外に出ていったにもかかわらず、採掘場の底に両足をつけて2人を見上げているままである。てっきり追撃に来るものかと考えていただけに、この状況は想定していなかった。
ならばとこの隙に外からデモノイズを狙うことも考えたが、仕留めきれなかった場合はいよいよ詰みとも言っていい。ヘルヴォル1人にここまで苦戦している状態で、補足しきれず仕留められる保証のないデモノイズを狙うのは賭けに近い。
翼がむむ、と悩んでいたところに、大刀を抱えるもうひとりであるブリュンヒルデが口を開く。その傷は徐々に修復されているものの、マスターから離れすぎている事もあってか痛々しい様子は隠しきれない。
「……手立ては、ないわけではありません。いいですか……」
ブリュンヒルデが翼にボソボソと耳打ちする。
翼はブリュンヒルデの案を聞き、驚きの視線を向ける。
「……本当か?だが、もしそうなら──」
いけるかもしれない、そう考えた翼はブリュンヒルデの策に乗ることにした。
一方、坑道内から天井に出来た隙間を伺っているのは守護天たるヘルヴォルである。
「外に退避しました、か。……いいえ、いずれまた来る可能性が高い。この魔都が臨界を迎えるまでに、御姉様も勇士も間違いなく戻ってくる。であれば、無為に外に追撃は悪手でしょうか……」
彼女の担当たる魔都は、その領域を自然に定められた領域である皆神山に当てはめている。つまりブリュンヒルデたちが外に逃げたのであっても追いかけて問題ないのだが、その間は核たるデモノイズが無防備になることを懸念していた。
もちろん、魔都の中枢を担うほどのデモノイズである以上、そうそうやられるものではない。むしろ返り討ちにできてもおかしくはないのだが、しかし破壊されてしまう可能性も僅かだが存在する。
(それに……デモノイズが戦闘することになれば、魔都に溜め込んだフォニックゲインが消費される。いずれ補填が可能としても、召喚者の意向を考えれば……)
そもそもフォニックゲインの消費を嫌っていたからこそデモノイズを戦闘に参加させていなかったというのに、ここで無為に消費させたくはない。一種自動人形めいた性質を持つヘルヴォルは、魔神から与えられた指示に対し、己の機能限界の中の最善を求めてしまっていた。
これがヘルヴォルと2人の間の実力差がもう少しでも小さければ、あるいはもう少し個我が強ければヘルヴォルは逆に躊躇なくデモノイズを戦場に加えただろう。だが現実として、ヘルヴォルと翼・ブリュンヒルデペアの能力差は歴然であり、またヘルヴォルの非生物的性質が強かった。それが逆にデモノイズの介入の余地を奪っていた。
(まあいいでしょう。土台、魔都のフォニックゲインの蓄積量を考えれば、御姉様たちが行える大規模な攻撃行動は精々1回か2回程度。であれば、ここで凌ぐだけで事足りる──?)
魔都の下層、採掘場の底。慢心ではなく純然たる事実を元に襲撃を待っていたヘルヴォルは、そこでふと異音が耳に届く。
何かを削るような、砕くような。それも鑢や回転錐の様な軽い切削音ではない。もっと大規模、まるで山肌そのものを掘削するボーリングマシンのような轟音が彼方から響くような鈍く重い音。
「──まさか。いえ、だとしても──!」
その音に何かを察したのであろう、ヘルヴォルがズレた天井を見上げる。見れば僅かに振動しており、その音も揺れもどんどん大きく、そして近づいてくる。
この時点でヘルヴォルは何が起きるのか、何が山肌を貫き砕いているのかを理解していた。そして、それに対する対処も当然のように実現できる。
天井の岩盤に、魔槍による斬撃が放たれる。まるで岩盤を斬り飛ばさんばかりに放たれたかのようなその連撃は、しかしその勢いとは逆に表面を削り取るに留める──否、ヘルヴォルは過不足無く岩盤に刻んだ。
斬撃痕は、まるでそこに奇跡が起きたかのように輝きを放つ。直後、天井の岩盤何かが直撃したかのような轟音と共に大きく揺れる。
「……っ!まるで悪神が吼えたよう……ですが!」
ヘルヴォルがルーンの叡智の根源たる大神宣言で刻んだ渾身の原初のルーン──城塞を示す大神の奇跡は、一度だけならたとえ対軍宝具の一撃すらも防げるだけの代物である。
全てのルーンを組み合わせた防御陣に比べれば劣るだろうが、それでも己へ向けられた矛先くらいなら十分に逸すことが出来る。事実、山を掘り進んできた来たであろう岩盤の向こう側の存在は最後の防壁を砕けていない。
ルーンの輝きが消える。相手は未だ荷重をかけているようであり早晩貫通するだろうが、どちらにせよヘルヴォルの迎撃の準備は整っている。
魔槍が輝く。螺旋の力場を纏い、その数を倍々と増やしていく。先程のように防がれることの無いようにと、今にも穿たれんとする岩盤の一点を囲うように大神の槍が展開された。
「今度こそ──さようなら、御姉様。『
大神の魔槍が放たれる。絶対なる神の予言の象徴、ソレが岩盤を貫いてくるであろう2人へと放たれ──。
「──いいえ、最後の最後。貴女は私達を読み誤りました。見えないものはその魔眼であっても知りえない──そうでしょう、ヘルヴォル」
「────っ!?」
瞬間、岩盤に強化のルーンの輝きが奔る。それはヘルヴォルが刻んだものではなく、つまり逆説的にブリュンヒルデが岩盤の裏側からの刻印に他ならず。
それは、先程の焼き直しのよう。
原初のルーンによる防御壁は、対軍宝具の一撃すらも防ぎ切る──それは、ヘルヴォルが証明したことだ。
嵐のような魔槍の雨は、岩盤へとぶつかりその力を減衰させる。嵐を纏い貫かんとする魔槍の力に耐えきれなかったのか、ピシリ、という断裂音とともに岩盤にヒビが入る。そのヒビは一気に広がり、今にも砕けんとしていた。
ここで、先ほどとは違う点がある。強化された岩盤は、確かに対軍宝具に耐えれるだろう。ヘルヴォルが放った嵐の槍だけなら、岩盤は僅かな間盾として機能したに違いない。
──それはつまり、反対から突き刺さる魔銀の槍を受けて、その両者を防ぎ切れるほどではないということでもあり。
嵐が治まる前に、神剣を纏う魔銀の槍が岩盤を貫き──その槍を担う2人の少女の姿を克明にした。
必然、全知の魔眼は彼女たちの姿を捉える。嵐をその身に受けながら、それでも超重の魔銀の槍とともに、己へと真っ直ぐ降ってくる2人を。
だが、最早止められない。如何にヘルヴォルが膂力に優れていようとも、その手に神の槍がなければ迎撃すらままならず、逃避するには時間がない。
盾として機能しきらなかった岩盤では、その勢いの減衰も然程ではなく。大槍の担い手の2人すら最早これ以上のコントロールは不可能な程であった。
だから、ヘルヴォルは、向かってくる2人の刃を為す術無く受けるしか無かった。
「────御姉様──翼────」
だから、その言葉を2人が聞いたとしてもその刃は逸れるはずもなく────当然のように、ヘルヴォルの影にのみ突き刺さった。
「っ、これは──まさか!?」
「その、まさかだッ!」
ヘルヴォルは咄嗟に飛び退ろうとして……しかし、その身体は微塵も動かない。シンフォギアによる肉体強化、刃に刻まれたルーンが全身各部のギアで輝くも、それら全てを以てしてもなおピクリとも動くことはなかった。
空からは、2人が山頂を貫いたことで陽光が燦々と入ってくる。太陽の光という強力な光源によってできた影は、その光源に見合う黒くはっきりとした輪郭を映し出しており、神剣と魔銀の槍による拘束を一層強化していた。
それこそは、まさに不動明王の羂索がごとく。
翼の親愛、ブリュンヒルデの狂愛の刃は、遂に魔都の守護天──ヘルヴォル・アルヴィトを完全に捕縛せしめたのだった。