SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第10節 戦乙女の凱歌(3)

「──ふう、どうにか上手く行ったか」

 

 眼の前で指一本動かすことも出来ないままになっているヘルヴォルを見て、翼がポツリとこぼす。

 その額には冷や汗が浮かんでおり、彼女にとっても乾坤一擲の博打であっただろうことが見て取れた。

 

『拘束、確認しました。──このレベルの忍術、本当にすごいですね……』

「師が素晴らしい人だったからな。それに、これだけの拘束力を生む刃を作るに至ったのはブリュンヒルデのおかげだ」

 

 翼は謙遜するようにそうつぶやき、先程の最後の戦闘を思い出す。

 

 

 ブリュンヒルデの案は非常に単純なもので、全知の魔眼でも見えない場所からの攻撃による突撃、ただそれだけであった。

 

 最初は翼同様に武装を十全に取り回せる山の外での決着を考えて居たのだが、それはヘルヴォルが追撃しなかったことで画餅に帰していた。しかし逆に言えば、何故ヘルヴォルが追撃しに来なかったのかまでは把握していないまでも、兎に角追撃するつもりが無いということは確かだった。

 そこで、追撃されないなら思い切り準備して、妨害されない方向から攻撃しようという至極シンプルな策に至ったのである。

 ヘルヴォルの魔眼は視界内の要素全てを把握する──つまり、視界を塞ぐものの向こう側からの攻撃であれば魔眼による情報獲得の余地はない。あるいは物理攻撃のみであれば罅や振動から攻撃を想定することも可能だろうが、それでも予め準備していたルーンの予兆を獲得することはまず不可能だろうと考えたのだ。

 

 そこで2人は山頂上空へと跳び上がり、そのまま重力に沿って、逆鱗のスラスターと魔力放出を全開にして突撃したのだ。それこそが巨大な山頂をぶち抜いたカラクリであり、ヘルヴォルの想定しきれなかった攻撃の正体だった。

 

(……尤も、まさかルーンの岩盤強化とやらがああも強力だったとは思わなかったが……)

 

 翼は最後の最後、予想だにしない鍔迫り合いを演じてしまったことに苦い表情を浮かべる。

 元々強化のルーンは槍に付与することで、最後の貫通力強化を目論んでいたのだ。それが、最後の貫通強化の前にヘルヴォルの城塞のルーンのせいで勢いが大きく削がれてしまったため、相手の宝具の迎撃のためにやむなく岩盤にルーンの強化を付与したのである。もしも岩盤がヘルヴォルの槍を止めきれなければ、防御策をろくに取ってなかった自分たちはまとめて吹き飛ばされていただろう。

 上手く行ったから良かったものの、全く綱渡りだったとため息を吐いた。

 

「いいえ、貴女の愛情のおかげですよ、剣のヒト。ええ、本当によかった……。それで、次は──」

 

 そんな内心を知ってか知らずか、ブリュンヒルデはそこで言葉を切り、フイと視線を別の方へと向ける。

 皆神山の山頂を貫き砕いたその場には強い陽光が差し込んでおり、その目線の先の場所にあるものも必然として照らし出されていた。

 

 それは、戦場にあって只々歌を鳴らし続けていたもの。ヘルヴォル・アルヴィトの指示により戦いに参入すること無く、延々と歌い続けていた雑音ならざる魔の音色──魔都の中枢、指揮者と呼ばれるデモノイズである。

 眼球が大量に開いた蛍光色に光る捻れた肉の柱という、まるで異界の邪神を形容するかのようなその悍ましい姿を前に、翼は眉をひそめた。

 

「──改めて陽の光のもとで見ると。随分こう、巨大だな……」

『新宿の魔都で魔神アムドゥシアスが引き連れていた同型デモノイズと比較して、およそ倍程度……私達が以前より敵対していた魔神柱と同規模のものと思われます。……そして、エネルギー出力も魔神柱と遜色はありません。──ここからでは支援が出来ませんが、十分に気をつけてください』

「……ああ、当然だ。此の身は人を守るための剣、折れることなどありはしないとも」

 

 マシュの通信に対し、自身を自身を鼓舞するようにそう宣言した翼は、その柱体を高く高く伸ばすデモノイズを仰ぎ見る。

 先程までは閉暗所であり、それこそデモノイズの発光と戦闘時の閃光程度しか光源になるものがなかったのであまり大きさを類推できていなかった翼だが、こうやって照らし出されればその巨大さも理解が及ぶ。

 翼が今まで戦ってきた大型ノイズに並ぶその威容を前に、しかし翼は臆した様子もなく冷静に観察し──やがて一言呟いた。

 

「……攻撃してこない、な」

 

 守護天であるヘルヴォルが行動不能に陥ったにも関わらず、先程同様只々歌を垂れ流すデモノイズ。まるで工場か何かのようにフォニックゲインを増産するその姿に翼は何となくやるせない気持ちを抱いてしまう。

 

「おそらく、ヘルヴォルが行動不能とは言え意識を失っておらず、また命令の更新をしていないからでしょうね」

 

 そう話すブリュンヒルデの目線は再びヘルヴォルへと向けられる。影をきっちり縫い留められたヘルヴォルは、それこそ言葉のひとつも発していない。通常の影縫いなら喋るくらいは出来ることを考えれば、逆鱗と狂愛の楔がそれだけ高い拘束力を持つということの証左であると言えるだろう。

 天羽奏の姿をした少女──肉体面は真実、奏本人であることを考えれば「姿をした」と形容することもおかしいが──が拘束されている姿を見て、翼は何を思ったかヘルヴォルへと近づく。

 

「……翼?」

「すまない、ブリュンヒルデ──少しだけ、彼女と話しをさせてくれ」

 

 様子を不審に思ったブリュンヒルデだったが、翼の表情を見て、困ったような笑みを浮かべて小さく頷く。

 デモノイズとの戦闘が始まれば、最早彼女と話す余裕は無い。ならばこそ、翼がヘルヴォル──奏に話しかける機会は今しか無かった。

 

 

「…………」

 

 近づいてくる翼に、ヘルヴォルは眼球のみを動かしてその姿を捉える。その表情に変化する様子が見られないのは、影縫いによる拘束があるからだろうか。

 そんな身動きの取れないヘルヴォルの手に、翼はそっと手を重ねた。

 

「──貴女に言っても詮無きことかもしれない。気でも狂ったのかと思うかもしれない。でも、それでも話したかった事があったんだ」

 

 そう前置いて、僅かに間が空く。わずかに乾燥した唇を湿らせるように口を閉じ、そして決意の眼差しと共に口を開いた。

 

「奏……。私は、飛ぶ。あの日、奏を失って、どうにか我武者羅にもがいて、仲間ができて、後輩ができて──」

 

 翼はかつて、平行世界の奏と出会ったことがある。偶に交流を持つ彼女は間違いなく天羽奏本人であり、そう考えれば目前のヘルヴォルにこんなことを話す必要は無いかもしれない。

 疑似サーヴァントの依代として用いられる肉体は生者のそれであり、そう考えれば今目の前の奏は翼の知る奏とは違う可能性だってある。

 それでも、翼は話しておきたかった。自分の世界と極めて似た平行世界に現れた──今の自分よりも年下の肉体を持つ彼女が、誰かを守るために戦った掛け替えの無い片翼のように思えて仕方がなかったから。

 

「──だから、私は飛べる。あの怪物に、デモノイズと呼ばれるあの魔性にだって打ち克ってみせる」

 

 それは、嘗て泣き虫で弱虫と呼ばれた彼女に対しての宣言の意味合いもあったのかもしれない。

 成長した自分を見ること無く散ってしまった彼女に、自分は大丈夫だと。そう見栄を張りたかったのかもしれない。

 

 そこまで話したところで、苦笑するように表情を崩す翼。

 

「……なんて、本当に迷惑だな、私は。──ヘルヴォル・アルヴィト、拘束した私が言うのもどうかと思うが──そこで見て居てほしい」

「…………」

 

 相手が答えられないことを知っていながら、一方的に話すだけ話して踵を返す。当然ながら、翼の言葉にヘルヴォルは只々最初と変わらず視線を返すだけだった。

 

 

 ブリュンヒルデの元へと歩を進め、肩を並べるように隣に立つ。

 

「──もういいのですか?」

「ああ、もう十分だ。ただの自己満足のようなもので──そういう意味では、彼女も迷惑だったろう」

 

 翼は今になって、自分のやったことを笑わずにはいられない。だが、たとえどれほど馬鹿らしく思われようとも、それでもと思ってしまったのだ。

 自分を剣と定めておきながら女々しいことだと自嘲するが、ブリュンヒルデは首を振った。

 

「いえ、いいえ。彼女は貴女の友であることに変わりはありません。疑似サーヴァントであれば、その肉体は元よりその精神にも依代のそれが──」

 

 と、そこまで語ったところでブリュンヒルデが言葉を切る。

 不自然な言葉の区切りに、翼はなにかあったのかとブリュンヒルデを見る。その目線の先の彼女は、自身の言葉でなにかに気づいたのか目を見開いていた。

 

「──ブリュンヒルデ?」

「あ、は、はい。──そうですね、彼女はヘルヴォル・アルヴィトであると同時に、天羽奏でもあります。ですから、先程の言葉は少なからず彼女に届いていますよ」

「──そうか。であれば、あとは宣言したとおりに飛んで見せなくてはな」

 

 ブリュンヒルデの言葉に救われたのか、翼が肩の力を抜き、次いで眉尻をキリリと上げる。適度に力を抜き、その上で次の瞬間には全身のバネを開放させられるように出来るような、そんな姿勢をとったとき。ふと翼が思い出したように口を開いた。

 

「と、ブリュンヒルデは声をかけなくてもいいのか?彼女は貴女の妹だろう?」

 

 心配そうな声音に、ブリュンヒルデはわずかに思案し、やがて小さくうなずき返す。

 

「──ええ、では、一言だけ」

 

 そう言うと翼のようにヘルヴォルに歩み寄ることも無く、ブリュンヒルデはその場で振り返り、本当に一言だけ告げた。

 

「白鳥の翼を捨ててしまうのですね──ヘルヴォル・アルヴィト」

「────ッ!」

 

 ささやくような小さな声で告げられたその言葉が耳に届いたとき、ヘルヴォルの瞳孔が開く。

 その様子を気に求めること無く、ブリュンヒルデは前へと向き直った。

 

「おまたせしました、それでは──」

「もう良いのか?──いや、是非は語るまい」

 

 翼は先程の言葉の真意が聞きたかったが、聞くことではないと思い直し頭を振る。そして思考をクリアにしたところで、脚部ブレードを展開し、両足のギアから短刀を取り出し、1本を自分に、もう1本をブリュンヒルデへと手渡す。

 そして2人で頷きあい──デモノイズへと向き直った。

 

「──では、行くぞッ!」

 

 真打に比べ、全く心もとない刃を携え、2人は魔詠の主へと吶喊した。

 

 

 

(…………私は……)

 

 縛られたヘルヴォル・アルヴィトは、デモノイズとの戦いへと駆ける2人をぼんやりと眺めながら、ここまでの戦闘を思い返していた。

 

(私は、何をしているのだろう。召喚者の指示を護れないばかりか、デモノイズを指揮することもままならない。挙げ句、ああもいいように言われたまま、それでもこの為体)

 

 彼女はただただ己の現状を鑑みて、ワルキューレとしての本来からは有り得ないことだが、後悔をしていた。

 疑似サーヴァントとして召喚される際の、勇士たる己が依代の影響があるからだろうか。自動人形の如き機械的な性質しか持たないはずのヘルヴォルはしかし、悔いているとしか言えないような感情を抱いていた。

 

(私は……どうして、あそこに居ないのだろう。勇士の伴としてあるべき私が、召喚者の指示に従わなくてはならないはずの私が。なぜ、どちらにも立てずにこんなところに居るのだろう)

 

 ワルキューレは、勇士の伴として戦場を駆ける半神にしてオーディンの眷属。その立場を考えれば、あからさまに悪性であるデモノイズへと立ち向かう2人の傍にあるべきだ。

 ワルキューレは、召喚者の命に諾々と従うことを定められた境界記録体。その在り方を為さんとすらば、デモノイズと共に魔都を攻め来る敵へと立ち向かうべきだ。

 どちらであっても、彼女は彼女としての使命を全うすることにつながるだろう。そして、彼女は後者を選び、その在り方を貫かんとしたはずだ。

 その結果としてこの無様を晒してしまうのは、仮にも全知の眼を抱いたものとして、召喚者の意向を受け立場を与えられたものとして恥ずべきこと以外の何物ではなかった。ヘルヴォルにとっては、だが。

 

(……御姉様……)

 

 最後に言われた言葉を反芻する。白鳥の翼を捨てたのだと、大切な姉はそう告げてきた。

 ワルキューレが持つ共通礼装である、白鳥礼装。ワルキューレとしての神格を剥奪されたブリュンヒルデは持っていないが、ヘルヴォル・アルヴィトはそれを持っている。ヘルヴォル・アルヴィトという戦乙女の構成要素として、むしろ白鳥礼装は他のワルキューレよりも大きな比重を持つ物といっていい。

 

 彼女は己の逸話の中で、礼装を奪われたことがあった。水浴びをしていた時に脱いでいた白鳥の翼を、ヴェルンドという男が隠したのだ。

 彼はヘルヴォルを妻としたいと申し出て、ヘルヴォルはそれを承認した。白鳥礼装がなくば戦場に赴くことも出来ないし、隠した当人と共に居なければその礼装を取り戻すことは不可能だったからだ。

 伝説では、彼女がヴェルンドと結婚してから数年が経ったが、最終的には白鳥礼装を取り戻し飛び去ったのだと言う形で彼女にとっては終わっている。

 

 その時に何を思ったのかはさておき、ともあれヘルヴォルの伝説には白鳥礼装が欠かせないファクターなのだ。

 ──そして、ヘルヴォル・アルヴィトを従わせるためには、白鳥礼装の封印こそが何よりも手っ取り早い手段でもある。

 

 ヘルヴォル・アルヴィトはワルキューレである。自動人形のような性質を持つ彼女は、逆に言えば自我・自意識というものが通常の英霊たちに比べ薄い。故に、通常霊基で召喚したならば制御は通常のサーヴァントに比べ容易といってもいいだろう。

 ──だが、疑似サーヴァントとして召喚された場合は。少女としての脆さこそあれ、強く弛まぬ意志を持つ勇士が依代となったなら──ワルキューレとしての意思は、果たして依代に優越するだろうか。

 

 疑似サーヴァントにしない訳にはいかない。ただのワルキューレを呼んだところで、装者が相手では敗北の目が十分にあるからだ。魔神の視点で考えれば、強靭な依代にサーヴァントを載せることによる大出力を求めて然るべきだ。

 だから、ヘルヴォル・アルヴィトは必然、神の槍を担う少女を依代としなくてはならない。では、依代の意思を封じ、扱いやすいヘルヴォル・アルヴィトの意思を優越させるにはどうすればいいのか──封じられた依代の意思が表出しないためにはどうすればいいのか。

 

 

『──ッ!?ここは……?クソ、どうなってんだ……?あたしの中に、何か別な奴が……ッ!?』

『──召喚確認。やはり依代の意思が強いか。まあいい、想定内だ』

 

 記憶が蘇る。忘れていたわけではない──ただ、ヘルヴォルが振り返っていなかった記憶。

 自分が、天羽奏が擬似サーヴァントとして従わされた時の記憶。

 

『……そこのおチビさん、アンタの仕業か──なんて、聞くまでも無さそうだなッ!よくわからんから、いろいろ教えてもらうッ!』

『想定してたより、随分と荒々しい。だが、どちらにせよ無意味だ。術式、展開──』

 

 記憶にある魔神。幼い少女の姿をした人類にとっての敵。

 悍ましい気配を漂わせたそれを前に、天羽奏は間違いなく天性の戦闘勘で敵対を選んだ。勇士として、人を守らんとする強い意志を持つ戦士として、何よりも正しい選択をした。

 

『これは、何を──ッ、ぐ、あああ──……ッ!』

 

 ──そして、魔神の魔術の輝きを前に、膝を屈した。

 

『…………人格封印を確認しました。主意識の代替を実行──ヘルヴォル・アルヴィト、クラス・ランサー。此れより、召喚者の槍となります』

『そうか。では、最初の命令だ────白鳥礼装の使用を禁止する』

『…………了解しました』

 

 

 思い出す。ヘルヴォル・アルヴィトの持つ大切なもの、自由の象徴、飛行を司る白鳥礼装──それと共に、天羽奏という意識が封じられたことを。

 天羽奏という人間性を封じてしまえば、あとに残るのはヘルヴォル・アルヴィトという非人性の強い霊体だ。依代と意識が混在することで僅かに持っていた人間性も奏ごと封じられ、あとは召喚者たる魔神の意思をただ受け容れる人形となったワルキューレしか残らなかった。

 それでも、それで戦い抜けたならどれほど良かっただろうか、そうヘルヴォルは自嘲する。感情を封じられたはずの彼女は、しかしそれでも己の在り方故に──機械にすら成れなかったなんて、と失望せざるを得なかった。

 

 

"──だったら、結局どうするんだ?"

 

 ヘルヴォルの思考にノイズが走る。ノイズ、それは本当にノイズだろうか。

 

 雑音は目の前で勇士たちと戦っている。圧倒的なフォニックゲインの出力の前に勇士達は劣る得物で懸命に戦うが、それも時間の問題だろう。

 ヘルヴォルを封じるために、強力な武器を捨てたからああも苦戦しているのだろうか?いや、元々ヘルヴォルが居なくともデモノイズには勝てなかったかもしれない、そう思わせるだけの出力差がある。

 

"──あたしは飛んで見せる。ああも発破をかけられて、それで黙ってられる程殊勝なタマじゃないんだ"

 

 また、ノイズ。彼女は封じられている。聞こえる声もただの幻聴でしか無いだろう。

 でも、それでも──ヘルヴォルは何となく腹が立ってしまう。それは感情だ、ヘルヴォルは僅かな感情も封じられている筈だ。

 

 雑音の眼光は、全てを焼く炎として2人に襲いかかる。

 その火炎で影の向きが変わればと思わないでもなかったが、残念なことに太陽とデモノイズいる方角はだいたい同じ方角だった。

 

"──アンタにとっちゃ裏切りかもしれないね。でも、元々あたしとアンタは今は一心同体なんだろ?じゃ、最初にあたしらにとって迷惑なことしてたのはあっちじゃないか"

 

 説得の言葉だろうか、本心だろうか。ヘルヴォルに奔るノイズはだんだんと大きくなってくる。

 眼の前に居る雑音が、その歌をどんどん高めているからかもしれない。だから、自分の中の雑音まで大きくなるのかもしれない。ぼんやりとした思考の中、ヘルヴォルはそんなことまで考え始めていた。

 

"どうするんだ、ヘルヴォル・アルヴィト。今はあたしと共にいるアンタは。アンタも姉さんに煽られてたじゃないか、なにくそって感じに気概を見せられないのか?"

 

(──私は)

 

"アンタは、飛べないのか?──アンタは、あたしでもあるんだろッ!?"

 

 これ以上無いほどに、ヘルヴォルの思考の中のノイズが五月蝿さを増す。

 そんなこと判ってるといいたくもなる。だが、言えない。ヘルヴォルの五体は元より、口端の筋肉すらも影ごと縫い留められているのだから。

 

"本当か?アンタが喋れないのは──本当に影縫いのせいなのか?"

 

(──私は──)

 

 違う。そんなわけがない。そもそも口に出さずとも、少なくとも心中に置いてはその意志を形にできるはずなのだ。

 それが出来ないのは──自分に失望しているから、落胆しているから──何より、今も心の中で叫び続けている勇士に後ろめたさを持っているから。

 

 奏が言うことは至極最もなことだと、ヘルヴォルだって判っている。魔神は最初に召喚しておきながら、問答無用で人格の封印、礼装使用の禁止など、一方的に此方を縛り続けてきた。

 召喚した時点で奏が敵対していた、そういう意味では魔神の行為は正当なものと言えるかもしれないが、そもそも魔神の行動自体が奏に──そしてヘルヴォルにとっても悪と呼べるものでしかない。呼び出しておいて悪行に加担させようなんて時点で、魔神が彼女たちに敵対しているという奏の言葉もまた正当性がある。

 

 だが、だからといって自分に何が出来るだろう。

 奏は強い意志を持っている。魔神に封じられたはずの意識も、こうして縛られている自分とは裏腹に徐々に強まって来ていることからも明らかだ。

 翻って、いつまでもこうしている自分は何なのだろうかと思わずにはいられない。そんな思いがいつまでもループしている。

 

"いいや、アンタはとっくに抜け出せるはずだ。──こうして一体化したから、あたしはアンタの逸話を知ってる。だから、あの姉さんも言ってたんじゃないのか?アンタも、あたしも今はおんなじヘルヴォル・アルヴィトなんだ。あたしが飛べるってことは、アンタだって飛べるんだ"

 

 奏の声が──いいや、ヘルヴォル自身の声と言うべきだろう。己の声が、自分自身を鼓舞してくる。

 出来るだろうか、どうだろうか。──出来るかもしれない、魔神に封じられた自由意志であったはずの声は、今やノイズの混じらぬクリアな音として頭に響いている。

 だから、今なら、あるいは──。

 

 葛藤の中、轟音が響く。縛られているヘルヴォルのことなど構わぬように放たれた業火がうねり、狭い坑道を満たし拓けた空へと立ち昇った。

 己の身が焼けていくような感覚を受ける。如何な半神とはいえ、シンフォギアがなければ直ぐにも果てていたであろう。

 

 その光景を前に、ヘルヴォルは言いようのない焦燥を感じていた。戦闘が始まったときは全く感じなかった、どうとも言い表せない感覚。

 何故動かないのか、そんな焦りの中、デモノイズの炎による黒煙が晴れていく。

 

 そこには、炎に巻かれ力尽きた2人の姿。

 

 ヘルヴォルの瞳に彼女たちが写ったとき、まるで今までの葛藤を忘れてしまったかのようにただただ無心に──己の逸話の通り、奪われた白鳥の翼を取り戻した。

 

 

──強力な感情による、自由意志への干渉を確認しました。

──白鳥礼装、展開。人格の代替処理を終了します。

 

 

「──そうだ、私は、あたしは、飛べる──飛ぶッ!」

 

 

 

「──♪──♪♪─、ザtsu、お、ン。ハチョ、うとう合。展、開」

 

──焼却式 ネツァク──

 

 デモノイズの眼光と共に、天まで貫く業火が放たれる。魔神の因子により無尽蔵に作られるフォニックゲインを消費して作り出された極彩の火炎は、対峙していた2人の戦士を飲み込んだ。

 炎が晴れ、倒れていた2人はよろよろと身体を震わせながらもどうにか身を起こす。

 

『魔神が居ないのに、焼却式まで──!?おふたりとも、ご無事でしょうか!?』

「無事ではないが、仔細無い──だが、ブリュンヒルデの炎避けのルーンがあってこれとは……ッ!」

 

 翼は改めて眼前の脅威がどれほどのものか、まさに骨身に沁みるような思いだった。

 一度目の対峙では、同じ指揮者とはいえこれよりも大分小型であり、(キャロルの援護があったとはいえ)天の逆鱗を壁とすることで凌げるだけの火力でしか無かった。

 二度目の対峙では、今戦っているソレと同等の大きさではあったが、戦闘時は魔神の添え物のように支援に徹しており、翼たちの側も共に戦う仲間が多く、また凡そ十全の状態で戦うことが出来た。

 だからこそ、ある意味では魔都の中枢たるデモノイズを見誤っていた。英霊たちが複数騎で当たらねば対抗も難しいとまで言わしめた魔神柱、それと同規模のエネルギーを持つと先程マシュが言っていたというのに。

 

「ふ……。啖呵を切ってながらのこの無様とは、な。だが──まだだッ!」

「ええ、その意気です、剣の貴女。ですが────?」

「──?どうした、ブリュンヒルデ────なッ!?」

 

 なおも闘志を燃やす翼を支えんとしたブリュンヒルデは、ふと違和感を覚え後方へと目線を向けた。

 翼も釣られるように振り返り、そして絶句した。

 

 2人分のアイを込めた強力無比であるはずの拘束が、まるで羽毛を払うかのような仕草で振りほどかれる。

 ただ僅かに身体を震わせたヘルヴォルの動きひとつを前に、天羽々斬も魔銀の槍もまとめて払いのけられ床へと転がった。

 その背には光り輝く翼のような羽衣が展開されており、まるで重力のひとつも無いかのような軽やかさを見ただけで感じられるほどだった。

 

『──そんな!ここで守護天が戦いに加わったら……!おふたりとも、ここは一時退避して、どうにか各個撃破を……』

「いや、そうするにはもう遅い。それに──」

 

 翼は、嘗ての片翼が今まさに輝く銀翼をはためかせるその姿に一種の確信を得ていた。

 横をちらりと見れば、ブリュンヒルデはより強く確信しているようであり、全く警戒する様子がない。

 

 そんな2人の様子にマシュはモニター向こうで慌てるも、既にヘルヴォルは地面に転がった剣と槍を軽々と拾い上げ──。

 

 ──そのまま、持ち主の元へと投げ渡した。

 

『……えっ?』

 

 マシュが思わず驚きの声を上げる。

 そしてそれがどういうことかを把握しようとする前に、嵐のような槍がデモノイズに降り注ぎ、辺り一面ごと盛大に吹き飛ばした。

 

『ええっ!?』

「────よくもまあ、あたしをああも好き勝手働かせてくれたもんだ」

 

 唐突な攻撃に、そして全く異なる口調にマシュの混乱が加速する。

 その姿は間違いなく、魔都の守護天たるヘルヴォル・アルヴィトその人だったはずだ。だが、その表情も、蓮っ葉な口調もマシュが先程まで見ていた彼女とは全く異なっていた。

 

 そしてそんなマシュとは逆に、翼はその口ぶりに安心したかのように笑みを見せる。

 

「奏……」

「──違うぞ、翼。あたしは──」

 

 が、声をかけた瞬間にその言葉を否定され、翼も困惑したような表情を見せる。

 そこでブリュンヒルデは守護天の言葉を引き継ぐように声を掛ける。

 

「──やはり、貴女がヘルヴォル・アルヴィトなのですね?」

「……ああそうさ、少なくとも今はあたしがヘルヴォル・アルヴィトだ。実感はないが、姉さんとでも呼んだほうがいいか?」

 

 からかうような口調で、ニッと口端を上げ力強い笑みを見せられ、困ったような表情で小さく笑みを浮かべるブリュンヒルデ。

 翼はその様子に、どういうことがあったのか納得するように頷いた。

 

「そっか……ううん、それでもいい──おかえり」

「ああ、ただいま……って、言っていいのかわかんないけどね」

 

 そう答えたヘルヴォルは、翼の知る彼女そのものの笑顔で答えた。

 

 

『それにしても驚きました、まさかヘルヴォル・アルヴィトの依代の方がこんな性格だったなんて……って、これは──皆さん、デモノイズ及び周囲のフォニックゲイン量が増大しています!デモノイズはまだ──』

 

 状況をモニタリングしていたマシュから入った警告に、その場に居た面々は主神の槍が吹き飛ばした筈の方へと向き直る。

 砂埃が立ち籠める中、その向こう側で赤い眼光が輝く。その光を目にした瞬間、3人は即座に跳躍(ヘルヴォルは飛行)し、空へと開いた大穴から山肌へと退避した。

 

 瞬間、炎が妖しく煌めき、直前まで3人が立っていた地面は文字通り焼却された。壁と床の境すらわからないほどに融解した光景を前に、ヘルヴォルがへの字に曲げた口を開く。

 

「……ま、だろうな。あのくらいで殺しきれるなんて思っちゃいなかったが……」

「再生力が高い──いいえ、あれは一種の復元呪詛に近い。生半可な火力では即座に修復されてしまう……ということですね。以前は確か……槍乙女(ゲイルロル)の手を借りて……」

 

 彼女たちは新宿での戦いを思い出す。あのときは立花響のガングニールに原初のルーンをすべて載せるという暴挙を実施したことでデモノイズを撃破した。

 

「……だが、その手段は今回は使えないだろうな」

 

 翼の言葉に、ブリュンヒルデは同意するように頷く。

 確かにガングニールはあるし、ルーンの刻み手ならブリュンヒルデの他にもヘルヴォルがいる。条件という意味では以前と同じか、あるいはそれ以上とも言えるだろう。

 だが、立花響とヘルヴォル・アルヴィト──天羽奏とでは、ガングニールに対する適合係数が違いすぎる。適合係数が高く、また力を束ねるという特性を持つ響ですら攻撃の反動でかなりのダメージを負ったのだ。真作のガングニールの担い手があくまで依代である奏の肉体であることを考えれば、そもそも原初のルーン全てを刻む行為に耐えきれるかもわからない。

 というより、耐えきれるほど頑丈なら戦闘中に使用しているだろう。最初に影縫いで縛ったときも、そのギアに浮かんだルーンの数は18を大きく下回っていたということからも容易に想像がつく。

 かといって、先程のようなブリュンヒルデの宝具によるアイのブーストも不可能だ。いくらなんでもブリュンヒルデが目の前の悍ましい怪物の姿をした自動兵器に愛情を抱くことはない。どころか、下手しなくとも嫌悪感で火力が下がることすらあり得る。よって、この手も使えない。

 

 ──つまり、この状況はこれ以上無い限界状況だった。

 守護天たるヘルヴォルの大火力宝具すら耐えきったデモノイズ相手に、講じられる手立てはない。守護天がなくとも、デモノイズはただ魔都全域にあるフォニックゲインだけで無敵を誇っていた。

 

 

「でも、飛べる」

「ええ。私達なら──どこまでだって」

 

 

 だから、そんな状況にもかかわらず視線を交わし笑う2人──ヘルヴォルと翼に悲壮な様子は全く見られず。出来ないと疑うことすら想像の埒外と言わんばかりに、彼女たちは自然体でデモノイズへと向き直った。

 そんな2人の姿に、置いてかれたブリュンヒルデは困ったように口を開いた。

 

「もう……困った人。ですが、貴女たちは往くのでしょうね」

「あ……っと、すまない。私は──」

 

 翼が慌てて言い訳するような口ぶりになったことに、ブリュンヒルデはクスリと笑う。

 

「いいえ、いいえ。──私は翼を失った戦乙女、私の比翼は既に無い。だから──2人で、飛んでいって。私は勇士を助くモノ。2人の道程を、ここから祝福しましょう」

「……姉さん、あんたは──」

 

 どことなく達観するようなブリュンヒルデの言葉に何かを言いかけ、しかしヘルヴォルは口を閉じる。

 首を振って思考を切り替え、ヘルヴォルは獰猛な笑みを浮かべる。

 

「──いや、なんでもない。往くぞ、翼ッ!」

「うん、奏ッ!」

 

 ヘルヴォルは白鳥礼装を起動し、光の翼をその背に輝かせる。

 そして翼は彼女の横に立ち、その手のアームドギアを炎の翼へと転じさせた。

 

(……これが……今の、翼の……)

 

 ヘルヴォルは、その炎の翼を見たことがなかった。美しく、雄々しく、それこそ自分が居なくともどこまでも飛んでいけそうな翼。

 こんな時だと言うのに、自分の知る時代より後──年上になってしまった片翼の姿に、ヘルヴォルはセンチメンタルな感情を抱く。

 だが、それも僅かなこと。

 今、己がすべきこと──今度こそ間違えずにやり遂げるべきことのために。ヘルヴォル・アルヴィトは白鳥の翼を一層輝かせ、全てを振り切り空へと浮かぶ。

 

「──♪────♪♪─────」

「魔詠──焼却式かッ!だけど、今更その程度ッ!」

「はッ!あんな歌はこの魔都で一生分聞いたってのッ!だから、今度はアタシらの歌を聞いていけッ!」

 

 辺りに響く魔詠に負けじと、炎を吹き上げ翼を広げた剣の歌女。彼女の歌に合わせるように、全く違和感なくヘルヴォルも声を揃えて歌う。

 

 ヘルヴォルの歌は翼の歌と重なり、溶け合い、絆のユニゾンを展開していく。翼はそうなるだろうと漠然と感じていたのか、唐突に歌いだしたヘルヴォルに対し、全く慌てることなく歌を重ねていく。

 歌が一節、また一節と調和されるに合わせて、ヘルヴォルの纏うシンフォギアの出力がどんどんと向上していく。

 

 そもそも、天羽奏としての人格及びヘルヴォル・アルヴィトの人間性が封じられている間、ヘルヴォルは歌うことなく戦う道を選んでいた。

 武装としてのシンフォギアは、一度展開すれば最低限度の性能は発揮できるが──何よりも天羽奏という人格がなければヘルヴォルはフォニックゲインを発することが出来ない。つまり、そもそも歌わなかったわけではなく歌えなかったのだ。

 元来擬似サーヴァントであるヘルヴォルであれば、最低限度の出力上昇しか発揮できないシンフォギアでも十二分に力を行使できた。辺りにはフォニックゲインが満ちているため、聖遺物の特性上、一度起動すれば最低限度の動作が可能だったため、最初の起動以外で歌わなくともギアを扱うことは出来たのだ。

 

 だが、その制限はもはやない。ヘルヴォル・アルヴィトの──ツヴァイウィングの歌を止めんとするような無粋な縛りは、彼女の纏う光翼の前に霧散した。

 

 デモノイズの眼光が3度輝く。翼を広げ果敢に飛翔する矮小なものへ向けて、すべてを焼き滅ぼす炎が放たれる。

 だが、不思議なことにその炎は徐々に威力を減衰させ、2人に届く頃には彼女らの歌の前に為す術なく吹き散らされた。

 

「全く、無粋なことです、ね……」

 

 ぽつり、と。勇壮な歌を鳴らし続けるデモノイズには届かないであろう小さな声が響く。

 開けた天井の縁に立つブリュンヒルデの指先には、原初のルーンによる炎除けの刻印が輝いていた。大神オーディンの魔術刻印は、大神ならざるものが使っても尚、炎自体の在り方自体を弱めるだけの力を示したのだ。

 

「さあ──行って、何処までも遠くへ。翼を持つ、私の妹──」

 

 彼女の目線の先にあるのは、焼却の業火を踏破し、歌の壁を突破し、今まさにデモノイズに刃を突き立てんとする2人の勇士。

 その輝きは嵐を纏い、その翼は炎となる。

 

 

「これがッ!!あたし達の──ッ!」

「これがッ!!私達の──ッ!」

 

 

「──シンフォギアだッ!」

 

 

───双 星 ノ 極 光(DISASTER BLAZE)───

 

 

 2人の心象の象徴たるアームドギアから放たれたのは、全てを巻き込む炎嵐の波濤。

 心象を真に重ねた双翼の輝きは、魔都の中枢たるデモノイズを飲み込み、その全てを炭素へと変え──そして塵すら残さず蒸発させた。

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