SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第11節 勝利の槍:開放

「────終わった、のか?」

 

 かつての双翼と、戦乙女の先導によって放たれた炎の旋風は、間違いなく魔都の中枢たるデモノイズを打ち砕いた。

 その証拠に、彼女たちの視線の先──かつてデモノイズが陣取っていた箇所には影すら残さず、その後方──皆神山の採掘場だったそこは吹き飛び、その向こうには青空が広がっていた。

 

 ──ツヴァイウィング、戦乙女姉妹の力の全てを注いだ全霊の一撃は、見事デモノイズを──魔都であった皆神山ごと吹き飛ばしたのだ。

 

 それをようやく実感したかのような翼の気の抜けた声に、皆神山の魔都の守護天たるヘルヴォルが応えた。

 

「ああ。──っていっても、一時的なもんに過ぎないけどな」

「……えっ?」

 

 ヘルヴォルの言葉に、そのまま素で反応してしまう翼。とはいっても、ヘルヴォルの言葉はそう反応してもおかしくないような内容だったのでさもあらんといったところだが。

 流石にその言葉は看過できなかったのか、慌ててマシュから通信が入る。

 

『あ、あの!それは一体どういうことなんでしょうかヘルヴォルさんっ!?』

「うん?えっと……?ああ、あんたらが天文台(カルデア)の魔術師ってやつか。あー、あたしは魔術が専門じゃないからあんまり詳しくは話せないけど……」

 

 ヘルヴォルはマシュの必死な様子に頭を掻きながら、魔都の守護天としての事情を話し始める。

 

「そうだな、あたしは──ヘルヴォル・アルヴィトは戦乙女であり、本質としては人形的性質を持ってる。疑似サーヴァントであるあたしは天羽奏という依代の人格がメインだけど、それを運用上の問題とみなした魔神はさっきまでみたいに人間性を封じた状態にしてたわけでな……」

『えっと、つまり……?』

「ぶっちゃけ、ヘルヴォル(あたし)は言われた通りに動いちまうから、あまり裏事情を教えられてないんだ。魔都の運営に関する最低限くらいでさ。もちろん、知ってる限りは全部教えるつもりだけど……」

 

 なんともバツが悪そうな口調で語るヘルヴォル。言われてみれば当然なのだろうが、それでも若干の肩透かし感は否めない。

 

『いえ、私達の持っている情報はあまりにも少ないのが現状です。どんな些細なことでも構いません、知っていることを教えていただければ助かります!』

 

 だが、今までろくに情報がなかったことを考えればそれでも破格の進捗である。状況が切羽詰っているだけに、マシュはどんなことでもいいから知りたかった。

 

「そうか、ああ、わかった……。まず、あたしらが召喚されたのは、キャロルが日本の魔都を一回壊滅させたからだ」

「キャロルが……。そういえば、魔神もそんな事を言っていたな……」

 

 ヘルヴォルの言葉に、翼はふと新宿で魔神が去り際に残した言葉を思い出していた。

 翼たちが同行してからはそんな行動を取った様子がなかった事を考えれば、おそらく合流する前の話だろう。だが、今更だがそんな事をする暇がキャロルにあったのかとの疑問が先に立つ。

 その旨をヘルヴォルに伝えると、逆に彼女も驚いたような表情を見せた。

 

「へぇ、翼たちと合流したときには倒れてたんだ。ってーと、魔神が言っていたキャロルの攻撃タイミングはそのちょっと前くらいになるな……」

 

 ヘルヴォルが魔神から聞いたという話では、なんでも弾道ミサイルのような巨大なアルカ・ノイズが上空から飛来し、大量のアルカ・ノイズをばらまいて中枢デモノイズを襲撃、魔都のデモノイズを一掃してしまったらしい。

 

「待って、かな……ヘルヴォル。アルカ・ノイズってデモノイズに勝てるの?いえ、楽団型ならともかく、指揮者の中枢デモノイズは……」

 

 デモノイズとアルカ・ノイズ。能動的に相手を分解可能であり、また相手が人間だろうがそうでなかろうが一方的に解剖するアルカ・ノイズは攻撃面では確かにデモノイズより優れていると言える面はある。だが、それはあくまでデモノイズが雑兵──楽団デモノイズと呼称されているタイプのデモノイズの話である。

 いくら能動的に攻撃しないとはいえ、アルカ・ノイズの解剖器官の驚異にさらされて指揮者デモノイズが反撃せず、敗北することがあるだろうか……という翼の疑問を解消するように、ヘルヴォルが言葉を補足した。

 

「奏でいいよ、翼。それでえーと、指揮者デモノイズがアルカ・ノイズに負けたのは……デモノイズが反撃を指示されていなかったからだな」

「指示?ですが、デモノイズは兵器であると言うならその程度は自己判断するのでは?」

 

 それすらできないのは兵器として欠陥では……とブリュンヒルデが指摘する。だが、翼はヘルヴォルとブリュンヒルデの言葉からひとつの可能性について半ば確信を得ていた。

 

「いや……。奏、つまりデモノイズは特定の命令しか下されていなかったってことでしょう?それこそ、動作の一つに至るまで」

「ああ、そういうことだ。魔神はデモノイズの指示に手を抜くことはしなかった。予定外の行動が起きないようにと、様々な事象に対する行動をインプットしていたんだ」

 

 聞けば、守護天のデモノイズに対する指揮権も同様であり、守護天がデモノイズに一定の指示を与えることで対応する行動を取るようなものらしい──少なくとも自分はそう聞いたとヘルヴォルは語る。魔神からの説明の中で、ヘルヴォルは魔神からデモノイズの行動原理を聞いていたのだ。

 ……場違いではあるが、デモノイズ取扱手引みたいなのを想像したのか翼が微妙そうな顔をする。

 

『魔神は基本的に魔術式で構成された存在ですから、不確定要素になりうるものをなるべく排除しようとするのは分かりますが……』

「そうさ。んで、あたしの推測になるけど、最初に設定したデモノイズの動作指示の中に、アルカ・ノイズに関する指示が入っていなかった可能性が高い」

「む……。だが、いくらなんでも有り得るの?」

 

 アルカ・ノイズの驚異について、魔神はちゃんと理解している素振りを見せていた。エルフナインに取り憑いている以上、錬金術に対する一定の知識があって当然だろうことを考えれば、錬金術の産物であるアルカ・ノイズに対する対策を講じて然るべきだ。翼はそう考えていたのだが、どうやらヘルヴォルの視点だと違って見えているらしい。

 

「あー、んー……。なんて言えばいいんだろうな、あの魔神は──アルカ・ノイズの対策を意図的に落としている感じだったな」

「は────?」

 

 いきなり告げられたとんでもない内容に、翼も、ブリュンヒルデも、モニター越しに聞いていたマシュも思わず言葉を失う。はっきり言えば、ソレをする意味がわからないというのが3者に共通する感想である。というか、事実そんなことをする理由は全く無い。

 どういうことかを聞きたそうにしている3人に、ヘルヴォルが言葉を付け加える。

 

「ああ、どうにもあいつは──魔神は、錬金術……というより、錬金術師を嫌悪している節があった。意図的にアルカ・ノイズ対策を省くことでアルカ・ノイズによる攻撃を誘発させてたんじゃないかってあたしは思ってる」

「──そして、錬金術師を炙り出そうとしていたと?」

 

 ブリュンヒルデの言葉に、ヘルヴォルはコクリと頷く。

 

「錬金術師を嫌悪……。そういえば、確かキャロルも──」

 

 翼は、パヴァリア光明結社が起点となるバルベルデの魔都で暴れて、その鎮圧に魔神自らが向かっていたという話をキャロルがしていたことを思い出していた。

 当時はデモノイズでは勝てないからだと思っていたが、今の話を聞く限りだと、パヴァリア光明結社が錬金術師であったことも関係しているのかもしれないとも思えてくる。

 

(……いや、だが魔神はアルカ・ノイズが行動を妨げたと言っていた。それと今の話は──)

 

 矛盾している、そんな考えが翼の脳裏をよぎる。が、それも次の言葉に意識を取られ薄らいだ。

 

「話を戻すけど、魔神がデモノイズに指示を出すために使ったのが──ソロモンの杖だ。あたしの記憶にある通りの形とは言い難かったけどね」

「──ッ!やはり、残っていたのか……」

 

 その言葉がヘルヴォルの口から伝えられたことで、翼は先程の確信が正しかったと理解した。

 ソロモンの杖、それが残存している可能性が高いというのはS.O.N.G.とカルデアで導かれた共通認識であったが、同時に実存しているか不明なものであり、敵陣営の戦力の根幹とも言えるそれを仮定のままに作戦を進めていたのが現状だったのだ。

 そこに、敵陣営の1人であり、守護天という魔都の防衛の担当者であるヘルヴォルから事実確認が取れたということで、俄に場の空気が沸き立つ。

 

『ソロモンの杖……それが本当なら、デモノイズの制御や魔神の縁について確証を掴むための鍵になるかもしれませんね!』

 

 魔神がどうやってこの世界に来たのか、またどうやってデモノイズを制御しているのか。それらについての謎が明かされた、乃至手がかりが見つかったということは大きな進歩であり、その事実にマシュも興奮を隠せないようであった。

 が、その場で聞いていたブリュンヒルデはヘルヴォルの言葉に疑問を抱いたのか、探るように問いかける。

 

「……ですが、ヘルヴォル。形が違ったというのはどういうことですか?例えばそう、融け落ちていたようなものであったとか?」

「いや、違う。一応ちゃんと杖の体裁は保ててた、けどあたしが生前資料で見たやつとは大分形が違ってたんだ。左右非対称だったりとか、なんか不格好っていうか……」

「形が……」

 

 どうにも説明し難いことなのか、あー、ともうー、とも付かない曖昧な発音で言葉を濁すヘルヴォルに、翼はどういうことかと僅かに考え込む。

 

「そうすると、ソロモンの杖を何らかの手段で修復したのか?だが、魔神がそれほど詳しい聖遺物に関する知識を持っているのか……?」

『どうでしょうか……。魔神がそちらに出現してからどの程度経過しているのかについては、ある程度の推測は立っています。ですが、何分法則性が違いすぎる存在ですので……』

 

 ソロモンの杖自体は、形がちゃんと残っているなら比較的意匠がシンプルな杖状の聖遺物である。それが資料を見ただけの奏(の記憶と人格を持つヘルヴォル)にすら違うと認識できる程度に形状が違うとなれば、何らかの手を加えていることは想像に難くない。

 しかし、魔神はあくまで異世界の存在である。如何に知識と計算の権化であろうとも、その存在は元の世界の常識に拠るところが大きい──どころか、下手な生命体よりも法則そのものである魔神のほうが世界常識に対する依存度は大きいとすら言える。現代からすでに失われた異端技術の結晶をそうやすやすと修復できるのか、という点については懐疑的にならざるを得ないのがカルデア・S.O.N.G.の見解である。

 

 そんなわけでマシュは現在の後方組の考えについて明言を避けたわけだが、そこで翼が思い当たるフシがあったのか、ポツリとつぶやいた。

 

「……錬金術、はどうだろうか」

『錬金術、ですか?それはつまり、キャロルさんが使うような……?確かに障壁や陣地作成の際に使用する様子が確認できていましたが……』

「ああ。魔神はエルフナインの肉体に取り憑いているということは、エルフナインの知識──つまり、キャロルの知識が使えるということとほぼ同義だろう。エルフナインはシンフォギアの整備・改造に必要な知識を持っているし、キャロルは聖遺物のパッチワークでシャトーの建造をしていたと聞き及んでいる。錬金術なら、完全な復元は無理でも最低限までの修繕くらいなら……と思ったんだが」

 

 鸚鵡返しのように返事をしたマシュだが、続く翼の言葉に納得の表情を浮かべる。

 

『確かに、それなら可能かもしれません。聖遺物の破損と稼働限界の相関性がわからないので、明言は難しいですが……』

「いや、この場合はあまり重要ではないから構わない。錬金術でソロモンの杖を修復し、使用している可能性がある。それだけ判れば十分だろう」

 

 実際、実働要員である翼からすれば相手がソロモンの杖によってデモノイズを使役している事が判れば問題ない、というよりもソロモンの杖以外の何らかの手段でノイズを操っている訳ではないことが判れば問題ないと言うべきだろう。

 ソロモンの杖の機能については、翼も、そしてS.O.N.G.の発令所の面々もよく知っているし、その情報はカルデア側にも共有されている。少なくともデモノイズの操作にこちらの想定外のオプションが付いてこないことが判ったのは収穫だった。

 

 と、そこまで話が進んだところでヘルヴォルがん?と首をかしげる。

 

「って、違う違う!いやここらへんの情報も重要だけどそうじゃなくて、魔都の話だったな」

「……そう、でしたね。ヘルヴォル、この状態が一時的というのは結局どういうことだったのですか?」

 

 話の流れをやや強引に軌道修正したヘルヴォルに、ブリュンヒルデが改めて問いかける。

 

「ああ、えっと──この魔都のデモノイズは、厳密には魔神が召喚しているわけじゃないんだ」 

「……なんですって?でも奏、デモノイズを操っているのは魔神の持つソロモンの杖の力によるものって、さっき言ってたでしょう?」

 

 直前に言われたことと矛盾したような発言に、翼が困惑の眼差しを向ける。

 が、ヘルヴォルはその言葉に首を横に振る。

 

「確かにあたしはそう言ったけど、ソロモンの杖でデモノイズを召喚しているとは言ってないだろ?ほら、楽団型のデモノイズは指揮者デモノイズが召喚しているし……」

「そ、それはそうだけど……」

 

 ソロモンの杖はバビロニアの宝物庫にアクセスし、その内部のノイズを召喚・操作する聖遺物。だからこそ、デモノイズの召喚──特に、他のデモノイズから召喚されなさそうな指揮者デモノイズの召喚に使用しているものと翼は考えていた。だが、魔都の管理者として知識を与えられていたヘルヴォルが言うには、そういう訳ではないという。

 

「ココらへんは英霊としてのヘルヴォル・アルヴィトの知識と照らし合わせてのことだけど……。デモノイズを召喚してるのは魔神本体じゃなくて、魔神が設置した召喚式って術式だ」

「召喚、式?何かを呼び出す仕掛けということ?」

 

 耳慣れない言葉に、翼はよくわからないままに疑問を口に出す。

 

『召喚式!?それは、つまり魔術によるものということですか!?』

 

 一方、魔神がどのような存在かをきっちり把握しているマシュはその言葉に驚きの声を上げていた。

 召喚式とは魔術の用語であり、読んで字の如く何らかの霊的存在を現実へと召喚するための魔術式であり、魔神たちもその召喚式の一種である。

 魔神は本来魔術王に構築された召喚式であり、逆に言えば魔神たちは召喚式に関しての情報をその根本から刻み込まれたまさにエキスパートであるといえる。ならばこそ、魔神がデモノイズを召喚できるように召喚式を構築することは容易だろう。

 

「そういうこった。あたしはソレを全知の魔眼で読み取ったんだけど、何分元となる知識が足りなくてね……」

 

 ヘルヴォル・アルヴィトが持つ全知の魔眼は、ガングニールのギアの装者である奏を依代としたことによる後天的なもの。本来的に全知の視座を持つオーディンと異なり、世界の神秘を余すことなく理解できるような性質のものではなく、獲得した膨大な情報から必要なものだけを抜き出すには使用者の頭脳が関わってくる。

 魔術とは全く異なる世界の住人である奏と、オーディンより原初のルーンを与えられてはいるものの魔術師ではないヘルヴォル・アルヴィトではその術式についての詳細が理解できず、結果としてこの場で公開できる情報に限りが生まれてしまっていた。

 もちろん、原初のルーンを知っている時点で神代の魔術使いとしてのある程度の知識はある。如何に魔術王に由来する超抜的な魔術であろうとも、全知の魔眼と合わせてある程度の情報の獲得はしていたヘルヴォルは、分かる限りの情報について先程の言葉に付け足していった。

 

「……でも、少なくとも全部の魔都で似たような術式が起動しているのはあたしにもわかった。こっちの術式の魔力の流れや形式を考えれば、魔都の召喚式は相互にリンクしているみたいだ」

「相互にリンクしている、ですか。なるほど、それはつまり……」

「ああ。全部の魔都の召喚式が壊れない限り、他の魔都のデモノイズが消えても復活する。召喚式もおんなじで、どっかが壊れても他の魔都から修復が掛けられちまうってわけだ」

 

 心底面倒臭そうな表情でヘルヴォルが吐き捨てる。

 魔都の一つを潰す程度では大勢に影響はない。そう言外に告げられ、翼とブリュンヒルデ、マシュの3人も難しい顔で唸る。

 

『それは、なんというか……。ですが、それならヘルヴォルさん達守護天を配する意味が無いのではないでしょうか?現状の戦力では一度に魔都を制圧するのは事実上不可能ですし……』

 

 マシュが疑問に思ったのか、ヘルヴォルへと質問する。

 

「ホントのホントに即座に復旧するなら要らなかったろうね。ただ、実際は滅ぼしきれないってだけで今直ぐに復旧ッ!ってほどには再生能力はないんだ、楽団と違ってね。復旧に若干のタイムラグがある以上、タイミング次第では術式がトチる。だから代理で防衛するやつがいる。それだけさ、簡単だろ?」

『成程……って、すいません!あの、召喚されたヘルヴォルさんに失礼ななことを言ってしまって……』

 

 ヘルヴォルの返答に納得しつつ、今更ながらに被召喚者であるヘルヴォルに居る意味がない(意訳)とも取れるような事を言ってしまっていたことに気づいたマシュが慌てて謝罪した。

 

「いや、いいさ。あたしも今なら理解している。あたしらに課せられた役割は精々が時間稼ぎでしか無かったってことを……腹立つけど。むしろ、あたしらこそあんたらに迷惑をかけちまったんだ、謝らなきゃいけないのはこっちさ……済まなかったね」

 

 それでも恐縮そうに身を縮めるモニター向こうのマシュになんと言ったものかと額を掻きながら、ヘルヴォルはどこか清々したかのように吹っ切った様子を見せ、ついで申し訳なさそうに謝り返した。

 一頻り頭を下げあった後、ヘルヴォルは取り敢えず現状についての話を再開することにした。

 

「まあ、とりあえず指揮者デモノイズを潰したし、今んとこ魔神はグッスリだからな。とりあえず早々に干渉されることはない、けど……」

 

 と、そこで表情を引き締め3人へと向き直る。そのただならぬ様子に3人も居住まいを正した。

 

「……この際だからはっきり言おう。カルデアも、S.O.N.G.も、魔神の策を事前に止めることなんて絶対に出来やしない」

「────ッ!」

 

 ヘルヴォルのその言葉に、3人は思わず目を見開いた。

 

「悪い……。でも、この場で言っておかなくちゃいけないことだ。魔神の片棒担いだあたしだからこそ、これは伝えなくちゃいけないことだ」

『そんな、何故──!いえ、ではどうしたら──』

 

 思わずマシュが縋るような声を出したところで、それを制するように翼が口を開いた。

 

「──正しい対策はあるの、奏?」

「ある。というか、現状では翼たちのやってる対策が一番安牌だ。魔神の策にはどうやっても遅れを取る……けど、あたしがここを守る限り、この魔都のデモノイズは沸いた端から潰せる。他の2箇所、新宿の魔都につながる残りの魔都も同じように制圧できれば──そうすれば、最悪だけは避けられる」

 

 ヘルヴォルの言葉に、辺りが押し黙る。

 やがて、ブリュンヒルデがポツリと呟く。

 

「……つまり、ここのデモノイズを全て排除していても、完全な妨害は成しえないということでしょうか?」

「……ああ、そうだ。魔神の策には各魔都のフォニックゲインの相互干渉も視野に入れた術式が使われているから、新宿につながる3箇所を抑え込んでおけば最期のトリガーは弾かれない。後は魔神に決戦を挑んで──どうにかするしか無いな」

 

 どうやればいいのかは見当もつかないけどな、なんて半ば無責任気味につぶやくヘルヴォル。だが誰もその姿を責めることはしない。今まで接したのは僅かな間だったが、その中で彼女の義理堅さと正直さは全員が理解していた。

 だからだろう、翼は口端を挙げ不敵な笑みを浮かべた。

 

「──フッ。どうにかすれば、どうにかなるのでしょう?無理を通さなければ勝ちの目が無いというのなら、幾らでも無理を通してみせる──それこそが、防人のあるべき道だッ!」

「ええ、そうですね。剣の乙女、命の守り人。何処までもお供しましょう──堕ちたとはいえ、戦乙女の矜持に掛けて」

 

 ブリュンヒルデが翼の傍に立つ。凛としたその立ち姿は、どれほどの困難にあっても怯まず立ち向かうという力強さがあった。

 その2人の勇ましい表情に、ヘルヴォルは思わず顔を緩める。

 

「その意気だ、あんたたちなら出来るッ!なあに、あたしの槍は勝利の槍だッ!絶対に勝てるッ!」

 

 勝利の穂先を2人へと掲げ大輪の笑みを見せるヘルヴォルに、翼とブリュンヒルデも笑顔で応えた。

 

 

 

「──それじゃ、奏。私達は戻るけど……その……」

 

 ヘルヴォルからの激励を受けた後。

 取り敢えず魔都の制圧が完了したということで本部潜水艦へのテレポートジェムを取り出しながら、翼がヘルヴォルへおずおずと話を切り出す。

 

「ああ。……何だ、ついてきてほしいのか?」

「そうじゃないよ、そうじゃなくて……奏は、ここで守ってて大丈夫なんだよね?」

 

 先の戦いで消費しきれなかったフォニックゲインが周囲に残存する以上、指揮者デモノイズが再出現したときの強さは相当なものだろうことが見込まれる。デモノイズを沸き潰すなんて簡単なように言っているが、実際はそこまで簡単なものではないだろうという危惧を翼は抱いていた。

 そんな翼の思いを知ってか知らずか、奏は呵々大笑する。

 

「平気さ。あたしはギアをまとった疑似サーヴァントだぞ?単騎の能力ならあんたらよりぶっちぎって高いんだ──前と違って、な?だからあたしを信じろ、あんたの片翼であるこのあたしをさ?」

「……うん、そうだね。それじゃ、無茶だけはしないようにね、奏」

 

 ヘルヴォルの言葉の力強さに、翼も安心したように頷いてテレポートジェムを起動した。

 翼の足元に、赤い紋章陣が展開されていく。やがて錬金術によるテレポートジェムはその術式を適正に発揮し、翼とその隣に立つヘルヴォルを魔都から転送した。

 

 

 掻き消えるように居なくなった2人を見送るように、ヘルヴォルがぽつりと呟く。

 

「あんたもね、翼……って、無茶すんのが仕事みたいなもんだけどな。──さぁて、そんじゃあ……っと」

 

 ヘルヴォルはぐいと背伸びをして、デモノイズの再出現に備えて魔力を蓄えるべく、回復を兼ねた軽い瞑想(メディテーション)に入る。

 そうして意識を内に向けてすぐに、どこか無機質な声がヘルヴォルの意識に届いた。

 

(──有難うございます)

 

「……あんたか。ありがとうもなにもないだろ?あんたも、あたしも、結局今は一心同体じゃないか」

 

 やれやれとヘルヴォル・アルヴィトは──主人格たる天羽奏をベースとした人格は、己の声に肩をすくめる。

 パッと外から見たときは一人芝居にしか見えないそれも、今魔都にはヘルヴォルしかおらず、監視の目になりうるデモノイズも消失済みである以上気にする必要はなかった。だからこそ翼たちが去ってから主人格に話しかけてきたのだろうが。

 そして、己の声たる代替人格……ワルキューレの霊基を基準としたヘルヴォル・アルヴィトの人格が今話しかけてきた理由も、主人格には見当がついていた。

 

「ま、あたしのことだからわかるけどさ。──んで、魔神に勝ちの目はあるってのは、あたしの槍に関わることなんだな」

 

 主人格の言葉に、己の内側の代替人格が頷いたような気配を感じた。

 

(勝利の道筋は、か細く、脆い。──だけど、その槍なら。御父様の、大神の勝利の槍ならば。そのか細い道筋を何よりも強固なものに出来る。ただ──)

「──代償か?」

 

 また、頷き。心の中の、正しく自問自答しているだけの状況であるというのに頷くような気配というのもおかしな話だと、主人格は呆れて笑う。

 そんな主人格側の葛藤を気にすることなく、代替人格は言葉を続けた。

 

(──ええ。その時、必要な時間、必要な場所、必要な向きで──私達は、存在を破棄することになるでしょう)

「ああ、わかってる……最後まで粘って、足掻いてはみるけどな」

 

 聞き様によっては自殺しろと言わんばかりの言葉に、主人格は気負わぬ様子でそう答える。

 ヘルヴォルはそこで思考を打ち切り、くるりと身体の向きを変え誰ともなく言葉を零す。

 

「行け、翼──例え場所が離れていようとも、両翼揃ったツヴァイウィングなら、どこにだって飛んでいけるって──それを、見せてくれよ」

 

 最早、魔都の守護点たるヘルヴォル以外の誰も残っていない採掘場の底。

 受け取る人間の居ない、しかし確かに誰かに届くだろうという強さを持った言葉が、陽光の差し込む坑道へと響いていた。

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