SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
「くぅッ──!」
「これは──何とも、ですね!」
銀光が閃き、マリアとベディヴィエールがまとめて弾き飛ばされる。
セレナを依代とした神──ヌァザ・アガートラムはその場から動かぬまま、只の腕の一振りで己に向かう刃を羽虫が如く払っていた。
「マリアさん、ベディヴィエールさんッ!──こ、のぉッ!」
「突撃か、勢いだけが良くとも……な!」
追撃姿勢に入ろうとするヌァザを止めるべく、響は持ち前の突進力を活かし右拳打突を敢行するが、パシン、という軽い音と共に矛先を逸らされる。そして勢いそのままに軽くいなされるように放り投げられ──。
「ぅえッ!?うわったぁ────ふぎゅッ!?」
「いたッ!~~ッ、無駄に効いた…・ッ!」
「あわわ、ご、ごめんなさいッ!」
「って、それより──」
響は放物線を描いて綺麗にマリア・ベディヴィエールがダウンしているところに墜落し、体を起こしていたマリアに盛大に衝突した。
頭をしたたか打ち付けたマリアは僅かに目端に涙を浮かべつつ、平謝りしている響を軽く流してヌァザに焦点を合わせる。それに釣られるように響も顔を向ければ、優越の笑みを浮かべ値踏みするような無機質な眼差しのヌァザが目に入る。彼女たちが今まで知ってきたセレナのそれとは似ても似つかないその様子に、響は無意識に拳を握りしめた。
「……拍子抜けだな。我が世を切って落とすという大言壮語を吐いておきながら、まさかこれだけではあるまい?」
大岩に腰を下ろしたまま、やれやれとオーバーアクション気味に肩を竦める。全く似合っていないその動作はしかし、そこに浮かぶ表情と発露する神気からか妙に相応しく感じられてしまう。
風鳴邸の魔都の守護天であるヌァザ・アガートラムとの戦いが始まってまだほんの数分だというのに、そこには厳然とした力量差が現れていた。
「これが──立香達の世界における、神の力だというの……?」
その場を微動だにしない、己の妹の姿を借りたモノ。
神の力、といえばマリアにとっては嘗て戦った錬金術師たちが作り上げた怪物が脳裏に閃く。原罪を捨てた無垢なるモノに宿る輝きは、あるときは南米の神として、またあるときは歯車の女神として顕現した。
それらは顕現する依代によって力は異なったが、どれも超常の火力と、それすら上回る得意な防御性質──不死を備えたものだった。その力はたしかに神と呼ぶに相応しく、そういう意味では目前の少女よりある意味神らしいと言えたかもしれない。
しかし、それとは全く別ベクトルの「神」という存在性をマリアはヌァザから感じていた。
ただ強く、巧く、貴く、隔絶している。人が想起するであろう神話の神々とは斯く或るべきであると言わんばかりに、目前の存在は人外めいた在り方を良しとする。
ヌァザ・アガートラム。戦の神、ダーナ神族の王であったと言われる神は、その概念の示すままに只々その強さをその場に居た小さき人々へと示していた。
そして、ヌァザは軍神であるならば──その戦いは、孤軍のみにはあらぬものである。
「マリアさんッ!」
「──ッ、ち、ぃッ!隙を晒すとすぐにこうなんだからッ!」
響の声に、僅かに呆然としていた己に活を入れ即座に刃を振るう。その瞬間、今にもマリアの身体に穂先を突き入れようとした兵士の槍が弾き飛ばされた。
ケルトの意匠を纏う兵士は、軍神たるヌァザの配下。"ケルトの戦士"としての概念を抱く量産の兵士は、しかしその強さは余人のそれを遥かに上回る。事実、槍が弾かれた瞬間に即座に徒手空拳へと切り替え、冷静にマリアの頭部へと拳を向けてくる。今にも届かんとする拳に逆にヘッドギアを叩きつけて迎撃したマリアは、相手が僅かに手を痺れさせた隙をついて遠くへと蹴り飛ばした。そちらには幾人かで組まれたグループが迫っており、まるでボウリングのピンのように一斉に吹っ飛んだ。
「──っていうか、この兵士さん絶対道中にいた人たちより強いですよ!?エリート兵ってやつですよきっとッ!」
「訳解んないこと言ってないで、すぐに戻ってこれないように遠くにふっとばしてッ!」
喚く響に軽く指示を入れ、己に迫ってきた軍団を振り払ったことでフリーになったマリアは即座にヌァザへと向き直り、その手に握る銀の短剣を連節刃へと転換し、間髪入れずに岩の上に座るヌァザへと放たれた。
「近くからが駄目なら、ここから────ッ!」
───EMPRESS†REBELLION ───
変形したアームドギアに軽く驚きの表情を作ったヌァザは、しかしやはり動くことなくニヤニヤと笑みを浮かべている。その様子が一層癇に障ったのか、刃の鎖が平時より鋭い軌跡を描きヌァザへと迫る。
そしてその身体──より正確には、首元にあるギアのコアユニットに刃が届かんとしたその瞬間──マリアは納得と驚愕と煩悶をないまぜにしたような表情でその姿を見た。
「ふ、ん。銀碗の一閃で駄目だからと、遠くから削りに来るか?──しかし、何だな。お前たちは銀の腕を何だと思っているのやら……。よもや、こんな玩具と思っているまいな」
まあ、玩具といえば玩具だが。などと嘯くヌァザの銀の腕が、刃の先端を軽く摘んで止めていた。ぷらぷらと縄を揺らすかのように動かせば、その軽い動作だけで銀の剣が引きちぎられる。
『この力──疑似サーヴァントとシンフォギアによる肉体の大強化というやつかッ!気をつけろ、皆神山の魔都ネツァクからの報告だが、疑似サーヴァントはギアを纏うことでただでさえ強力な力をギア分だけ増強させているぞッ!』
「道理で、でも──」
弦十郎からの通信に膂力に対する納得はしたが、それでもやはり目の前の守護天の強さの根源はそこではない──マリアは漠然とだが、しかしそう確信していた。
そんなマリアに、ある一定の回答を示したのは共に戦うベディヴィエールだった。
「一種の地形効果、あるいは知名度による補正の類、でしょうか。ケルトの大地、エリンの草原はヌァザ・アガートラムの本陣と言っても差し支えありません。この魔都において、おそらくその出力は平時を上回ります。そして何より──」
「……何より?」
先を促すマリア。その会話のさなかも襲い来るケルト兵やドルイド、幻想種らをベディヴィエールと共に迎撃しており、2人がこじ開けた道を響が馬鹿正直に突撃している。どうやら先程よりも拳を安定させる為に腕部の形状が回転型へと変化しており、ヌァザは先ほどのように受け流すことをせずに受け止めている。
普段なら、響がその防御を突破して相手の顔面に一発入れる(マリアとしてはやや複雑な気持ちだが)ような場面であるとガッツリ信じられる光景だが、しかしベディヴィエールと話しながら戦っている今のマリアにとっては全くそう感じられない。むしろその余裕がいわゆる小手先のものではない、策によるものではないと言えるだけの力量差こそを疑いもなく信じてしまうほどに、今のマリアはヌァザの力を信用してしまっている。
そんなマリアの心情を理解しているのだろう、ベディヴィエールははっきりとそう信じてしまう理由を口にした。
「何より、彼の神は軍神、戦神としての権能を強く有している。ケルトの領域であればそれは尚の事──その環境下で、真正面からやりあって勝利し切るのには無理がある。だから──」
と、ベディヴィエールは今まさにヌァザに弾き飛ばされた響を見、即座にカバーリングするように着地点へと駆ける。
ワンテンポ遅れてついていくように走るマリアに、小さく、だがはっきりとベディヴィエールは告げた。
「──勝つには、貴女達の力が必要でしょう。私ではなく、他ならぬ貴女達の力が」
「私達の……?」
唐突に告げられた言葉に、マリアは走りながらぽかんとする。
必要と言うなら、自分たちだけじゃなくベディヴィエールの力だって不可欠だろうとマリアは考えていた。共闘期間こそ短いが、その僅かな間でベディヴィエールの実力が本物であるとマリアは理解しており、特にも敵のケルト兵等の軍団的な行動に対しては自分らの中で一番うまく対応できると確信していた。そういう意味では統率の取れた対軍戦闘が必要であるこの場では、むしろベディヴィエールこそが必須なのではないかという思いすらある。
そんなマリアの心情に答えることなく、ベディヴィエールは小さく笑みを浮かべてコクリと頷き、高みの見物を決めていたヌァザを見やる。
「さて、そのためにはまず──なぜ、彼の神が魔神の味方をしているのか、からですね」
響を助け起こしながら、ベディヴィエールはそうつぶやいた。
「確かに、最初はそれが知りたかったんですよね……。よぉし、こうなったら頑張って聞き出してみせますッ!一度や二度の」
「はは、ソレは心強いですね。……ヌァザ神は強大な神霊であり、ゲッシュの伝承があるケルトの神です。如何に魔神とはいえ、そう易々と契約させることが出来るかという疑問が残ります。況して召喚時点では縛れていなかったことを考えると……」
むん、とやる気の入った響を笑顔で本心から褒めるベディヴィエールだが、流石に相手に問わないことには相手の状況を類推できず、その表情もすぐに難しいものへと変わる。
そんな彼がポツリと零した言葉を聞いたマリアが、ん?と首を傾げる。
「それって──って、ああ、そういえば……」
どういうことかを聞こうとし、しかし事前に共有した情報を思い出したのか言葉を切る。
「ああ、マリアさん新宿でウェル博士の言葉を聞いてないんでしたっけ」
「ええ、というより新宿に出向いてすらいないけど……」
それは、去り際にウェル博士が残した言葉である。端的に言えば「召喚されてから反抗し続ける守護天がいた」というもの。ブリーフィングでは皆神山の魔都の守護天であるワルキューレはそういった性質を持っていないという話であったため、消去法で風鳴邸の守護天のことであると見做されていなのだ。
とはいっても、目前の守護天からはそういった反抗的要素はパっと見では確認できない。新宿の戦いから多少の時間経過を経て魔都攻略戦に乗り出した彼女たちだったが、その間に魔神とウェルがどうにか出来てしまったんだろうかとマリアは不安を覚える。
『そのことについてですが、あるいは、という仮説ならあります。あくまで仮説でしかありませんが、カルデアのダ・ヴィンチちゃんさんと推論を重ねた結果ですので、ある程度の信頼性はあると思います』
「そうなの?……いえ、今は仮説でもなんでも聞かせて頂戴」
そんな不安を抱えたマリアのもとに入ったエルフナインからの通信に、当初は僅かに困ったような反応をするも即座に意識を切り替え話すように伝える。
最初はその理由について相手から聞き出せればいいだろうと考えていたマリアだったが、この軍勢の波状攻撃のような状態に加えて相手が話すつもりが無さそうに石の上から動かない有様なのである。一応今も隙をついては響が突撃しており、今度はベディヴィエールが補佐に回ってもいるのだがやはり相手にもならず大きく吹き飛んでいる。そんな状況にあって、悠長に相手からの言葉を待っていられるわけもなかった。
『はい、ええと──』
「こそこそと、内緒話か?」
「────ッ!く、ぁあッ──!!」
エルフナインが話しだそうとした瞬間に、稚げながらよく透る声が耳に届く。
マリアは悪寒と共に、振り向き様に反射的に右手に握る短剣で攻撃を受け止め──直前に吹き飛んだ2人同様に高々と宙を舞った。
(何、が──、どう、して──ッ!?あの場所から動けないはずじゃ────いや、違うッ!?)
ヌァザと距離をとっていた筈のマリアは唐突に起きた事態に一瞬脳がついていかず、それでも状況を把握しようとどうにか視線を巡らせ言葉を失った。
先程自分が迎撃した攻撃は、連節剣と化したアガートラームの刃。驚いたことに、セレナの姿をする神はその身にまとうギアをまるで手足のように(義腕の聖遺物をそう形容するのも奇妙な感じではあるが)操るばかりか、先程自分がやった攻撃をそっくりそのままに模倣してきたのだ。
「なん、で──?セレナは、この技を使えない筈──」
「何故も何もあるまい。軍神である私が、ヌァザたる私が。剣を扱えない道理が何処にある」
混乱するマリアにそう告げるヌァザは、やはり大岩から坐して動かず、小器用に振るわれる刃はともすればマリア以上に自在に動かしている。元より宝剣の担い手としての勇名もあるヌァザにとって、その手に収まる銀の刃を扱うことは児戯なのだろうと確信させられる程にその動きは様になっていた。
(────これが、神。これが、戦いに特化した戦神──ッ!)
戦いが始まってすぐに抱いた感想を、マリアは今再び感じてしまわずには居られない。
力も、技も、自分が厳しい戦いの果てに身に着けた業すらも。眼の前に在る存在にとっては只の小細工にすぎないのか──思わず思考がマイナスに寄った、その時。マリアの肩に乗せられた、冷たく硬い感触。しかし何処か労るような雰囲気が感じられるその接触は、その手の──その義腕の主が誰なのかを如実に伝える。
「──ベディヴィエール卿?」
「落ち着いて。彼の神が隔絶している存在であることは事実ですが、だからといって負の方向へ考えを向けるのは良くありません。……貴女のギアも、そして神の依代たる貴女の妹御のギアも、元を辿れば彼の神の所有物です。であれば、その機能の全てを万全に扱えて当然とも言えます。ですが──」
その万能性には翳りがあります。そう小声で伝えるベディヴィエール。今の一合で彼は何かに気づいたらしいが、マリアがソレを問う前に再び鞭のような斬撃が奔った。
「くッ──!だが、二度も三度も同じ手は──?」
(同じ手?おかしい、アガートラームはギアの中でもかなり多機能な部類のはずなのに──何故、連節剣しか使わないの?)
ヌァザの攻撃を躱したとき、そんな思いがマリアの胸中に飛来する。
アガートラームが多機能である、というのはマリア自身がそれだけ多様な技を持っている自負から来る考えである。短剣を複数に増殖させた上で半自立させ、エネルギー熱線を放つ小規模な浮遊砲台。エネルギーを収束しより強力な熱光線を放つ砲撃形態、連節剣、増殖させた短剣による連撃、刃から放たれるエネルギー斬撃等々、遠距離の技に限定したとしても(特化型のイチイバルを除けば)装者の中でもトップクラスである。
翻ってみれば、確かに連節剣形態はその軌道が特殊である以上回避が難しいものではあるにせよ、二度も三度も使えば対応される可能性は大幅に増してしまう。それが本来の使用者であるマリアに対してならなおさらだ。にも関わらずその形態ばかりを使用するということは──。
「──ッ!そうか、そういうことかッ!」
「マリアさん、また来ますッ!今度はスプリガンと連携して──ッ!」
マリアが絡繰りに気づいたと同時に、響の警告が飛ぶ。
ハッとマリアが顔を上げれば、その頭上から岩の巨剣が降ってくる。その左右を塞ぐように放たれた剣刃の包囲は、マリアの逃げ場を失わせることを主軸においていることは明白だ。
とっさにマリアは大技を放とうとするも、しかし途中で手が止まる。
「~~ッ、ええいッ、ままよッ!」
僅かに逡巡したマリアは、首を一回だけ横に振り、自棄になったかのような勢いそのままにその手の短剣での迎撃を敢行した。
その刀身を一気に長剣レベルまで伸長させ、刃にエネルギーが収束する。マリアはスプリガンの巨剣に刃を合わせ、一気に振り抜いた。神秘に満ちた精霊といえども、戦神の刃は分が悪い。巨剣は銀の刃の前に真っ二つに切り裂かれた。
マリアは開けた頭上をすり抜け、そのままスプリガンを足場にヌァザへとその刃を向け先程同様に振り抜こうとし──同様に伸長した刃に受け止められた。その事実に、マリアは確信の笑みを浮かべた。
(やはり、私の剣を真似ているッ!──どういう理由かはともかく、アガートラームのギアを扱いきれていない……いえ、そもそもギアについて知らないということかしら)
マリアは相手の事情をなんとなく理解した。如何に軍神、如何に戦神であろうとも、全く法則の異なるギアに対する理解は完全には届いていないのだろうとあたりをつける。
これがギアの駆動に習熟している依代ならともかく、セレナはギアへの適合率はともかく戦闘に関しては実戦経験がほぼ皆無であり、そもそもシンフォギア自体を疎んでいる節すらあった。そう考えればアームドギアについて依代の経験値は期待できるものではないため、必然眼の前のマリアの技を利用する必要があるということだろう……少なくとも、マリアはそう考えた。
「──気づいたか、そうでなくてはな」
そして、それは実際正しかったのだろう。マリアの表情から己の不備に知られたことを理解したヌァザは、しかしそれを待っていたかのようにニヤリと笑った。
さも想定通りであると言わんばかりの笑みに、マリアの表情から笑みが消えその眉間に皺が寄った。
マリアは自分のカバーリングに来ていた響に足止めするよう伝えポジションを交代し、エルフナインと通信を開く。
「……ねえ、エルフナイン。さっきの話を聞かせて」
『は、はいッ!私達の推測では──』
マリアから小声で伝えられた言葉を受け、エルフナインの口からつらつらと情報が語られていく。内容を聞くにつれ、マリアの顔が考え込むような表情へと変化していき……やがて、納得の笑みを見せた。
「──どうした、銀腕を継ぐ戦士を排してきたか?」
「そういうわけじゃ、無いんですけどッ!」
少女の姿をした神から、死を招く一閃が首へと飛ぶ。
それを驚異的な動体視力で認識した響は、一刀に切り捨てんと己に迫る銀の拳閃に対し首元のマフラーを小器用に操り、まるで達人の布槍術の如き技でその一撃を逸す。そしてそのまま僅かに距離を取り、追撃にと放たれる連節剣を化勁で受け流す。
先程スイッチングした響は、今までのような突撃スタイルではなくあえて中途半端な距離を取るような戦い方を心掛けるようにしていた。
マリアに足止めするようにと指示されたこともそうだが、自分の得意分野である突撃からのインファイトを取るには相手の位置や姿勢がまずいという事実に気づいたということでもある。……先程からポンポンと吹っ飛ばされていれば嫌でも理解することではあるが。接近戦の技量があり、なんだかんだ装者として屈指のタフネスを持つ響であればこそめげずに戦えているという側面もあるだろう。
そして。
「彼女だけでは、ありませんよ!」
「ベディヴィエールさんッ!有難うございます!」
そんな響を周囲の幻想種やケルト兵たちから守っているのは、他でもないベディヴィエールである。ベディヴィエールは守護の誓約や軍略といった対多数防衛戦闘に優れたスキルを多く持つ──つまり、元来多数戦における防衛戦こそが彼の得手であればこそ、敵手の軍神には及ばずとも少女2人を守り通すだけの結果を導き出していた。
通信を聞く僅かな時間を稼ぐためにと即興でシフトを組んだ彼ら彼女らであったが、即興という割には驚くほどに上手く嵌っていた。
尤も、それを続けても何れ天秤は傾く状況ではあったが、そうなる前に通信内容を聞き届けたマリアが声を上げた。
「──2人とも、ありがとうッ!聞きたいことも出来たから、守護天との戦闘は私が請け負うわッ!」
「わっかりましたぁッ!」
「ええ、では今度は我々が軍勢を留める側にまわりましょう。……ご武運を」
ベディヴィエールの激励に無言で頷き、マリアはヌァザへと向き直る。先刻までとは違うその様子に、ヌァザは喜色を浮かべマリアへと声をかけた。
「ほう。ほうほう、何か私について掴んだことでもあったか?」
「ええ──だから、まずはじめに貴方の口から聞かせてもらおうかしら。……どうして、貴方はあの魔神に唯々諾々と従っているの?」
マリアの問いかけに、ヌァザは笑みを収め、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「何だ、そんなことか。……貴様に伝える義理はないな」
「本当に?もしかして──恥ずかしいんじゃないかしら、伝えるのが?」
挑発するような言葉を浴びせるマリアに、ヌァザは露骨に不愉快そうな表情を見せる。
「言う気がないなら、こっちから言ってあげましょうか?──負けたのでしょう、軍神なのに。ドクターウェルと魔神の手に掛かっては軍神も形無しって所でしょうしね?」
「────」
「あわわわわ……」
「……そこまではっきり挑発するとは……。確かに挑発すれば怒りで口が緩むかもしれませんが……」
いっそ清々しい程に煽るマリアに、傍で守りながら聞いている響はハラハラした表情を隠しきれない。ヌァザなんて挑発を受けて能面のような表情へと変化しており、よりいっそう響の不安を誘う。
ベディヴィエールはベディヴィエールで、マリアがエルフナインから聞いた内容について問い質すために何らかの言葉を弄することは想像してはいたが、神相手に神経をダイレクトに逆撫でするほどの直球度合いに冷や汗を流す。
(ご、ごめんなさい2人とも……。でも、こうなれば後には引けないッ!)
そんな2人に申し訳なく思いながらも、マリアは自発的に退路を断ったつもりでさらなる挑発に走る。
「ケルトの神ヌァザ──確かに主神級でしょうけど、それでも神話じゃあいわば前座みたいなもの。戦いに敗れ、フォモール族に隷属していたという伝承……貴方がここで魔都の防衛に就いているのは、つまりそういうことでしょう?」
そう告げるマリアの言葉には、末尾にふふん、とでも言いそうなほどに確固たる自信が備わっていた(ように見えた)。
ヌァザがわざわざ従っている理由について、結論から言えば伝承の再現によるものだろうというのが後方組の見解であった。
古代ケルトに存在した巨人にして神とも呼ばれた種族、フォモール。彼らの侵攻に対し、ヌァザは抗しきることが出来ずに国土を支配され、その下で隷属の憂き目にあったと言われている。
魔神はその伝承に目をつけ、魔術に長けた魔神と巨人ネフィリムたるドクターウェルの組み合わせにより反抗心の強いヌァザを支配下に置いた可能性が高い──そう結論づけたのだ。
(さあ──どうなのッ!?)
内心では若干腰が引けつつも、その心境をおくびにも出さないで堂々と目線を合わせてくるマリアに、ヌァザはうつむき、肩を震わせ──大口を開いて高笑った。
「く……くく……ハハハハハッ!」
「……何が可笑しいの?」
まさに大笑と呼ぶに相応しいその笑いに、マリアは眉根を寄せてヌァザを睨む。
もしかして間違いだったか……鎌首をもたげた不安を圧し殺すマリアに対し、ヌァザは一頻り笑ったところでマリアと目線を合わせる。
「いや、いや。合っているさ、あの魔神に負けたことも、巨人に組み伏せられたことも、な。──そうとも、ソレは合っているとも」
だが──と。守護天として隷属させられたことを明かすヌァザは、凄絶な笑みを浮かべた。
「──だがな、それで何が変わるわけではないぞ?確かに隷属は屈辱極まるが、だからといって憤死するわけにもいくまい」
その額には青筋が立っており、いびつな笑みの口端はヒク付いている。マリアの挑発も理由だろうが、ソレ以上に自分の現状に我慢がならないということを如実に示している歪んだ表情は、それほどの怒りを湛えながらも神が理性を以て其処に立っているのだと見る者に伝えてくる。
「……そう、ね。ええ、先程までの言い様だけは謝らせてもらおうかしら」
空間が歪んでいるとも錯覚させるだけの怒気を前に、それでもマリアは取り乱す素振りを見せず冷静に謝意を伝えるに留める。
マリアが最初に挑発めいた言い回しにしたのはヌァザが喋るのを拒否したからであり、煽れば喋るかもしれないという程度の目的ではあったが、流石にああも怒りを抑え込んでいたとまでは思っていなかった。いっそ殺意が形をなしているのかもしれないと思わせるほどの形相でありながら、未だ上位者としての傲岸に満ちた振る舞いを崩さないだけの精神力はさすが神だからというべきなのか……などという考えがマリアの脳内に浮かぶ。
「構わんさ、どちらにせよ貴様らが私と戦わなければ話にならんのだからな。貴様の挑発はそういう意味では意味は無かったと言えるだろうが、しかしまあ──」
マリアの謝罪を流し、ヌァザはその身に纏うシンフォギアへと手を当てる。
「──ソレはソレとして、私は非常に腹立たしい。勿論役割は忘れず全うするが──」
──加減はせん、精々足掻け。
その言葉が対峙する3人に届くと同時に、デモノイズの歌に合わせるようにヌァザが歌った。
『────歌、だと……ッ!?』
モニターで戦況を確認していた弦十郎は、その状況に思わず唸る。
他の守護天の戦況から推測される情報として、歌を歌っていないということが上げられた。
何故歌わないのか──これについて、てっきり依代と霊基が別の存在であるためかと推測されており、如何にギアを纏っていようと歌を歌うことはないと考えていた。
だが、それが覆された。モニターに映る神は、どういうわけかセレナの歌声でギアの出力を上昇させていく。
『ッ!司令、周囲の魔力体の出力がッ!』
『これは──まさかッ!?』
そして、異変はそれにとどまらない。ヌァザの歌が辺りに響き渡る度に、周囲の幻想種たちがより強力に、より俊敏になっていく。
数値的変化を見る限り、それはデモノイズたちのようなフォニックゲインによる強化ではない。S.O.N.G.の保持する機器による測定と、カルデアの機材による測定の結果を突っつき合わせた結果、判明したのはそれがシンフォギアの力によるよるものであるということ。
「──この歌、これは……!」
また、S.O.N.G.の発令所で観測されるそれとは別の事実にいち早く気づいたのはサーヴァントであるベディヴィエールであった。
歌の形をとっているが、その歌女は少女であると同時に戦の神。それがただの歌であるはずがない。
彼はこの現象に近い技術に覚えがあった。カルデアのサーヴァント達にも、類するスキルを持つ者たちがいた。
それは例えば、兵や民に従われるだけの魅惑、度量を示す王が持つものであり。
それは例えば、戦に優れる軍師や覇王が持つものであり。
それは例えば、共に戦場に立ち人々を鼓舞する鯨波であり。
──その全てが含まれるその歌は、まさに勝利そのものを与えんとする神の託宣そのものであった。
『アガートラームの……エネルギー分配能力かッ!』
「これは、軍神の権能──!」
奇しくも同時に発せられた2人の言葉は、どちらも正鵠を得ていたと言えるだろう。より正確を期すならば、2人の出した結論を併せることこそが正答だと言えた。
「まわりの、兵士さんたちが……ッ!」
兵の動きが見違える。幻想種たちが位階ごと引き上げられる。
ギアによるフォニックゲインのエネルギー転化・分配と戦神の力による軍勢強化は周囲の在り方も、そして使用者当人すらもその力のランクを向上させる。
「そう、まだまだこれからってことね……ッ!上等だわッ!怒らせてしまったことは悪いけど、2人とも付き合って頂戴ッ!」
「──はいッ!」
「ええ、勿論です!」
この状況にあって、マリアが怒らせたことを謝りつつ2人に協力を求めれば打てば響くように肯定の意志が返る。
戦端は悪化の一途をたどっているが、それでもマリアも、響も、当然ベディヴィエールも諦めるつもりは毛頭なかった。
(──エルフナインから聞いたことは、あと一つ……)
マリアが先程エルフナインから聞いた話、戦神ヌァザの栄光と落陽の逸話。
……巨人に従属したときの、ヌァザの味わった辛苦と逆転の伝承。ヌァザが魔神たちに従っている理由がそれに起因するというのなら。
「……いいわ、私達が光明になってやればいいってことでしょうッ!」
マリアは自分に気合を入れ直し、強化された敵軍へとその刃を向けた。