SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第13節 基礎の王権:光明

『……やりました、魔都中枢の指揮者デモノイズが消滅していきます!』

「そう……。やったのね、私達は」

 

 指揮者デモノイズを切り裂いたマリアは、エルフナインの通信を聞き安堵するようにほうと息を吐いた。

 先程の一撃で手応えは十分であると認識していたものの、デモノイズ達の補完能力の高さは十分に知っていたため、もしかしたらと考えているところもあったのである。

 しかしそれも杞憂であるとわかり、マリアはようやく肩の力を抜いた。

 

「……っとと、まだ終わってはいないのよね。残る魔都は……」

『先程翼さん達の班からも連絡がありました。魔都ネツァクの攻略も完了、現地守護天との協力関係が得られたこともあり、暫くは魔神の策を遅滞できるとのことです』

「翼たちが?良かった、無事だったのね。……それにしても、守護天と協力って……」

 

 魔都イェソドと名付けられたここの守護天たるヌァザも、言葉の端々から魔神に嫌々従っていることを仄めかすような言葉を溢していた。

 そして皆神山の魔都ネツァクの守護天もそうであったらしく、どうやら魔神の人望は薄いのかとどうでもいいことがマリアの脳裏を流れる。

 

「さて、と。それじゃあ私達も戻らないとだけど……ふたりとも、大丈夫かしら?」

 

 マリアを最後の瞬間まで守っていた2人、響とベディヴィエールは渾身の力で神の剣を弾いたことで力を使い果たしていた。

 2人を介抱しようとマリアは元の場所へと駆け寄る。

 

「あ……マリア、さん……。すいません、ちょっと力が出なくて……」

「もう、無茶しすぎよ。でも、ありがとう。貴女たちのおかげだわ、私達が勝てたのは。……ベディヴィエール卿は?」

「私は無事ですよ、マリアさん。霊核も異常なし、ただ楔であるマスターから物理的に遠いので少々回復に時間はかかりますが……」

 

 ぐったりとした響とは対象的に、ベディヴィエールはすでにある程度の回復を見せていた。

 装者である響は鍛えているといっても只の人間であり、疲労や負傷はそう簡単に癒えることはない。対しサーヴァントであるベディヴィエールは使役されている霊体である以上、使役者の魔力があれば文字通りに回復することが可能なのだ。

 とはいっても、それでもベディヴィエールとてそうそうに回復できるものではない。その表情は優れておらず、響は元より、ベディヴィエールも全快での決戦参加が出来るかどうかは半々と言えるだろう。

 

「……そういう意味でも、本部にすぐに戻ったほうがいいかしらね」

 

 ベディヴィエールのマスターとの距離もそうだが、そもそもS.O.N.G.からすれば現在ダウンしている響の方が深刻である。

 響はそのアームドギアの特性や人柄から、複数人による連携や限定解除のためのフォニックゲイン収束などなど、装者達による戦闘での中心的存在である。

 幸い?というかは不明だが、エルフナインに比べ熟達した錬金術師であるキャロルが種々の改造を施した本部設備がある。そこにキャロル当人がいるともなれば、この状況からでも一定の回復を見込めるのではないかという考えがマリアの胸中にあった。さらに言えば、神々の時代の魔術を使えるというブリュンヒルデという英霊が本部に戻っている可能性もあるということで、ファンタジックな回復魔術みたいなのもあれば……という希望的観測も抱いていた。

 

「それじゃ、このジェムを────?」

 

 懐からテレポートジェムを取り出したマリアは、それを地面にぶつけようと腕を振り上げ──ようとしたところで、その腕が掴まれ止められた。

 自分の腕を掴むか細く華奢な銀の指は、マリアの腕をピタリと固定してしまっており、マリアがどれほど力を入れようとも微動だにしない。

 

「……?ちょっと、一体誰、が……」

 

 

「──まあ、落ち着け。何もそうそうすぐに帰ることもあるまい?」

 

 

 一体何なのか、と憤り混じりに振り返ったマリアは、その銀の腕の持ち主を見て動きを止めた。

 

 それは先程、己自身がこの場の全員の力を結集して打ち倒したはずの魔都の守護者。銀の腕を持ち、光の剣を振るう戦の神──少女の依代を以て現界した守護天たる軍神ヌァザであった。

 

「な、なんで貴女が──というか、何故そこまでピンシャンしているッ!?」

「何故も何も、な。神が己の領域で死ぬわけにもいくまいよ。ここは神代の大地にしてダヌの土地であるならば、ダーナ神族の長たる私が少々のことで死ぬはずもあるまい」

 

 外部から来たお前たちはともかくな、と狼狽するマリアを見てドヤ顔で説明するヌァザ。その姿は確かにボロボロではあるが、よく見れば装いはともかく本体の負傷は然程でもない。

 どころか、彼女らが見ている前でどんどんその負傷も装備も修復されていっている。

 

「う、嘘ぉ……」

 

 呆然とその様子を眺めていた響が信じられないとばかりにポツリと零す。傍で彼女の体を支えているベディヴィエールも思わず苦い表情でその姿を見続ける。

 

 そんな3人の表情を見ていたのか、ヌァザはハハハと笑い首を振る。

 

「そう驚くな、怯えるな。この戦いは貴様らの勝利だ。私が守らんとしたデモノイズを撃滅し、私の光刃を打ち破った。お前たちはまさしく光明たる有り様を見せてくれたとも」

 

 だからこそ──と、ヌァザは腕を振るう。するとその手から唐突に流水が溢れ、3人を包み込んだ。

 突然のことに何を……と抵抗しかけたところで、なにかに気づいたのか3人は各々の身体を見つめた。

 

「って、ええッ!?き、傷が治ってくッ!?っていうか呼吸できるッ!?」

「うろたえるなッ!……確か、ケルトの神ヌァザは軍神、神々の指導者であると同時に、水の神としての側面もあるという話は聞いたことがあるわ」

 

 驚く響を一喝したマリアは、そう言ってヌァザを見つめる。その視線を受け、肯定するようにヌァザはうなずき語り始めた。

 

「如何にも。我が係累フィンは知恵の鮭の力を受け治癒の力を発現したというが、私は元来そういう神でな。水は癒やしと流転、豊穣へとつながる権能なればこそ、我が水は生命を癒やすものよ」

 

 五体が欠損するところまでなれば流石に直せんがな、などと呑気に呟くヌァザだが、その間にもマリアら3人は治癒が進んでいき、間もなく水牢がバシャンと消え、この魔都に来た当初、万全の状態へと回帰した。

 

「ほへー……。すごいですねッ!この力は素敵だと思いますッ!」

 

 快意した拳をニギニギと確かめていた響は、パッと顔を上げヌァザを褒める。その奇跡のような力が本当に気に入ったのか、満面の笑みを浮かべ、その目がキラキラと輝いている程である。元来人を傷つけることを好まず、守るための力だからこそとギアを振るう彼女からすれば、生命を癒やすという力はそれほどまでに魅力的に見えるということだろう。

 

「そうだろうそうだろう。……と、それだけではなかった。お前たちを癒やすこともそうだが、光明足り得たお前たちだからこそ伝えておかねばならんことがある」

「…………!そう、漸く聞かせてもらえるわけね、貴女の真意を」

 

 褒められたことで気を良くしたのか、ふふんと小さく笑うヌァザ。だが本題を思い出したのか、笑みを潜め真剣な表情で3人に向き直る。

 その様子に各々身体の癒え具合を確かめていた彼女らも居住まいを正し向かい合った。

 

 向き合う3人を前に僅かに瞑目したヌァザは、やがて口を開いた。

 

「さて、薄々どころではなく気づいているだろうが、私のこの状態は甚だ不本意極まりないものである」

「……それはそうでしょう。そういった語り継がれる概念に弱いのが我々サーヴァントとは言え、生前の伝承のために不自由を強いられるというのは……」

 

 ヌァザの言葉に納得するような表情を浮かべるベディヴィエール。

 彼の言う通り、英霊や神霊は語り継がれた概念に在り方を影響されやすい特性がある。それは彼らが厳密に生前の自分ではなく、嘗て発生した現象として人類史に紐づけされた英雄や神々といった記録を霊体として喚起しているからであるのだが、その性質上生前の生き様・死に様が強調されている事が往々にして発生するのだ。

 ヌァザの場合はそれがフォモールに敗北し、虜囚として圧政を強いられたという伝承を再現されたものである。当たり前だが、それで良い心地がするものなどいるわけもなく、ヌァザは全く怒り心頭であった。

 

「……だが、それでも私は堪えたわけだ。これも偏に貴様らのように光明を見出すためであった訳だが……」

「それで、私達は光明足り得たというのは聞いたわ。必要なのはその先よッ!」

 

 焦れったいと感じたマリアは、たまらず叫んだ。

 

「判っている。貴様らはこれから、他の魔都を制圧しに行くつもりか?」

 

 そんなマリアに対して、あくまで冷静な態度を崩さず、ヌァザは問いかける。

 何が聞きたいのだと思いつつも、マリアは当初の予定が魔都の全制圧であることを考え肯定する。

 

「……ええ。貴女が治してくれたおかげで、すぐにでも別の魔都に──」

「駄目だ」

「ッ、どうしてッ!」

 

 が、その考えを一刀両断され、マリアがまたも叫ぶ。

 

「マ、マリアさん落ち着いてください。えっと、なんで……って、理由は教えてもらえますよね?」

「ああ、単純だ。──間に合わん。労力の無駄であり、決戦で不利を強いられるからだ」

「間に合わない……?」

 

 今度はちゃんと理由を教えてもらえたことに安堵しながら、響はヌァザの言葉を疑問符をつけて鸚鵡返しにする。

 

「そうだ。はっきり言おう。お前たちがここから拠点に戻り、次の魔都に転送される間に魔神は再起する。その程度には魔神の回復能力は高い」

「そんな……!」

「だからこそ!だからこそ、私はお前たちを見定める必要があった。例え私がこの魔都を押し止めたとしても、それでも不完全ながらこの世界に施された魔術式は作動する。そのバックアップを得た魔神に勝つには、ただ強いだけでは意味がないのだ」

 

 ヌァザの言葉の端々から、そうせざるを得なかったのだという思いがひしひしと伝わってくる。

 戦神でありながら、魔神に隷属され使役されることの憤りを抑え、この世界を守るために足掻き続けていた。そんな思いが伝われば伝わるほどに、3人は神妙な表情を浮かべヌァザを見つめる。 

 

「知っているかもしれんが、この魔都を含む3箇所、新宿の魔都に接する全ての魔都を塞げば最悪を免れる。

 貴様らはあの魔神に勝ちの目がある……少なくとも私はそう判断できるだけの材料を貴様らに見出した。故に、この魔都は私が制圧し、デモノイズ共が湧き出ぬようにしておくとして……」

 

 そこでヌァザは言葉を切り、3人をじっと見つめる。改めて3人を見定めているとも取れるその目線を受け、俄に緊張が走る。

 が、最後にベディヴィエールに合わせていた目線を切り、1人納得するように頷き、言葉を続けた。

 

「……魔神を討ち果たすために必要なことは幾つかある。単純な実力は当然としても、それ以外にも達成すべき事項があるということだが……」

『!!すまん、ヌァザ神よ。どうにかそれを教えてはもらえないかッ!?』

 

 ヌァザの言葉は、全員の支援をしているバックアップ組には到底看過できることではない。その場にいる誰よりも先に、モニタリング担当であるS.O.N.G.発令所のトップである弦十郎が反応した。

 

「おお、全くいきなり割って入るとは。だが許す、そちらにとってもこの状況は火急だろうからな」

「……では、教えていただけるのですね?」

 

 唐突に割り込んだ言葉にも、ヌァザは鷹揚な態度でそれを認めた。

 神霊を知るベディヴィエールからすればその鷹揚さはある種驚くべきことではあったが、それだけ切迫していることの証左だろうと先を促した。

 

「ああ。ひとつ、この世界……否、魔神曰く"宮殿"を破壊することだ」

「"宮殿"……?」

 

 聞き覚えの無い単語に、ベディヴィエールが眉を顰める。

 魔神を知るベディヴィエールですら知らないということに、マリアと響は顔を見合わせた。

 

「明確に断言はなかったが、十中八九この結界のことだ。我らの守っていた10の魔都、その全てを用いた固有結界の完成形を指して、ヤツは"宮殿"と呼んでいた」

 

 どういうことかと問う前に、ヌァザが補足するようにそう言葉を続ける。

 

「神殿、ではなくですか?」

「そうだ。全く腹立たしいが……魔神めは『この世界に祀る神はいない。故に宮殿だ』などとほざいていたからな」

 

 神霊の疑似サーヴァントであるヌァザにとって、魔神の言葉はよほど癪に障ったらしい。可憐な少女がぷりぷりと怒っているように見えるが、その身体から発せられる怒気は比喩抜きに世界を震えさせていた。

 そんなヌァザをなだめながら、ベディヴィエールはふむ、と考えをまとめる。

 

「つまり、魔神にとっての神がいないから神殿ではない、と……。時間神殿の折には魔神たち自身が創星の神となる、と言及していましたが……」

『むう……。話に聞くソロモンの神殿をモデルとした宝具を再現する、という可能性には聞き及んでいたが……。しかし、その魔神の言葉が正しいと言うなら──』

「──かつての魔神が目論んだそれと着地点が違うということね。じゃあ具体的にどう違うのか、ということはわからないけど……」

 

 ベディヴィエールに次いで、弦十郎、マリアと言葉がつながっていく。だが、現状で判明しているのはそこまでであった。

 

「まあ、とまれそういうことだ。で、話を戻すが……こちらについては、正直に言えば目処は余り立っていない」

「うぇえッ!?さっき私達がなんとかできるって言ったじゃないですかッ!?」

 

 ヌァザのぶっちゃけた言葉に、響が涙目で食いつく。

 響のいうことも尤もだと思ったのか、ヌァザは慌てて言葉を付け足す。

 

「た、確かにそう言ったとも。何、その時が来れば縁は繋がれるだろう。その槍がある限りな……多分」

「絶妙に不安になるわね……」

 

 さっきまでとうって変わってふわふわした話ばかりが伝えられ、思わずマリアがぼやく。

 ヌァザはマリアの言葉をスルーしてコホン、と一つ咳払いをし強引に話を中断する。

 

「さて、私がお前たちを光明と言ったのはお前たちの実力、能力、連携、精神性……それらを総合してのことだ。だが、それだけではない。最も重要な条件を満たしていたからだ」

「!」

 

 ヌァザの言葉に、強引な話題転換に微妙な表情を浮かべていた全員が表情を改める。

 場に緊張が走る中、ヌァザは口を開き重々しく語り始めた。

 

 

「────それ即ち、魔神を殺す刃。あの哀れな魔術式を討ち果たすだけの奇跡は、およそこの世界にあってお前たちしか持ちえないからだ」

 

「────え……?」

 

 

 告げられた言葉に、誰が言ったかもわからないような小さな声が静かに響いた。

 

 

 

 

 一通りヌァザからの話が終わり、3人は出立の準備をしていた。

 当初カルデアとS.O.N.G.で考えていた全ての魔都の制圧は(半ば想定されていたとは言え)およそ不可能であることが明らかにされたため、現在はヌァザやネツァクの守護天であるというヘルヴォル=アルヴィトらの進言を受け入れ決戦の準備を着々と進めていた。

 

「……魔神を、殺す、かぁ……」

 

 そんな中、非常に重苦しい調子を隠せない響が居た。

 ヌァザは元より、直接話したことのないマリアや騎士であり英霊であるベディヴィエールはある程度の割り切りは出来ていたが、魔神と対面し、その心中になにか悲痛なものを抱えていると考えている響は未だに割り切れていない。

 

「嫌か?嫌だろうな、お前は我が配下の生命を奪うことすら躊躇していたものな」

「ヌァザさん……」

 

 慈しむような声を掛けたヌァザに、響は僅かに縋るような目線を向ける。

 本当にどうにもならないのか、そういいたげな目線を向けられたヌァザはしかし溜め息を吐いて肩を竦める。

 

「あのだな、私にお前の悩みを解けるかと言えば無理だぞ?我が依代は心優しいが……私はそうではない。ある程度の影響を受けているとは言え、本来的には歯向かうなら殺すとまで思うのが私だからな」

「…………」

 

 今更ながらに、目の前の少女が軍神であり、自分と遥かに違う思考形態を持っていることを響は否応なしに理解させられる。

 むしろ、ヌァザからすればだいぶ譲歩している部類なのだろう。言葉の端々から感じられる彼の神の本質を思えば、かなり人間よりな在り方を獲得しているとすら感じられる。

 

「だがな、私は私の国の民を見捨てることは認められない。……魔神の計画が成就してしまえば、私は庇護下の者達の生命を守り通せないだろう。それだけは避けたいのだ……お前たちとて、この世界の民草がこれ以上死ぬのは嫌だろう?」

「──それは」

 

 響が今の状況を苦痛に思えてしまうのは、ヌァザの言葉にも正当性があることに尽きる。

 そもそも世界にデモノイズを氾濫させ、あまつさえ魔都などというものを10も建造したのは魔神である。デモノイズが増殖しているこの世界にあって、何の過誤も持たずに生きていた人々が多く犠牲になっている。

 それを考えれば、ヌァザの言う通り魔神を殺害するという行為は少なくとも今を生きている人々にとって正義と呼んで差し支えないものである。

 

「……はい。これ以上誰かが死ぬことを認めたくなんてありません。──だから、本当なら魔神さんがこの結界を作る前に止めたいって思ってます」

「だが、それは不可能だ。シンフォギアの力をどれほどに開放したとしても、物理的に不可能だ」

「それも……わかってます。──だとしても」

 

 ──だとしても。響は少しでもよりよい結末を目指したかった。否、今もその思いは変わっていない。

 せめて戦う前に、戦ったとしても。それでも最後は手を取り合って──そんな有りえない夢想を、彼女はどうやって成し遂げられるだろうかと思わずにはいられない。

 

 だが、現在ではどうにもならないという事実は覆らない。

 

「……まあ、私は軍神だからおよそ選択肢は戦いに傾くが──お前たちが別な道を選べるならば止めはすまい。私はお前たちを光明と見定めた、ならば後はお前たち自身が為さんとすることが成就することを望むのみだ」

「!……ありがとうございます」

 

 賽は投げられたのだからな。そう言って、ヌァザはニコリと笑う。

 なんだかんだ自分の考えを肯定してくれているのだとその笑みで示され、響は有り難さと若干の申し訳無さがないまぜになった感謝を述べる。

 

「それより、お前たちがここを離れればそうそう会話の機会も訪れまい。今のうちになにか聞いておきたいことはあるか?」

「何か、ですか……」

 

 この話は終わりだとばかりの話題転換に一瞬面食らった響だが、しかし話す機会が無くなってしまうというヌァザの言葉にむむ、と考える。

 そしてふと、聞きたかったことがあったことを思い出して口を開いた。

 

「ヌァザさん……。ここの魔都の人、守ってくれているんですよね!ありがとうございますッ!」

「む……。ああ、まあ、そうだな」

 

 それは、先程ヌァザが響を元気づけよう(軍神基準)と発破をかけていたときに零した言葉。

 この世界の人、彼の国の、庇護下にある民。そこまで言われれば、響だってそれが誰を示しているのかくらいは判る。

 図らずとも、最初に響が考えていたとおりヌァザがこの魔都の人々を守っていたという想像はたしかに真実だったわけだ。

 

「……この魔都の地下は異界でな。ああ、人を害するようなものではない。私が存在し、あの宝具を維持できる間なら……ここの民は凡そ流血と死から無縁となる」

「そんな能力まであったのね、その戴冠石(リア・ファル)には」

 

 マリアが驚きと呆れの混じったような疲れた声で会話に加わる。その目線はヌァザが戦闘中にずっと腰掛けていた大岩へと注がれている。

 

 そう、それこそは王権と運命を示すエリンの4秘宝の1つ。ヌァザの持ち込んだ「神代のケルト」を象徴する宝具「運命の戴冠石(リア・ファル)」である。

 カルデアやS.O.N.G.側で推測していた神代形成の核、その候補としてあげられていた「核となる宝具」こそがこの宝具であった。

 かつて神々の時代に於いて王都タラにあったとされるその石は、神々の指導者たるヌァザと共にあることで「その場所を神々の時代における王都」へと置換する。

 そして同時に、神代ケルトにおける「地下」というのは、即ち「常若の国(ティル・ナ・ノーグ)」である。ヌァザがこの魔都を神代ケルトに置き換えた時点で、地下シェルターに退避していた人々は常若の国で保護されていた。

 

「はぁ~……よくわかんないんですけど、凄いですねッ!」

 

 ──という説明を受けた時の響の反応はまあ、多分に漏れないものであったが。

 

「……さっきから余り理解が進んでいないようだが……まあいい」

 

 どうにもこの凄さを理解していないようである響に、いい加減慣れたのかヌァザは呆れたように溜め息を吐いた。

 マリアも今更だと言わんばかりに肩をすくめ、ふと思い出したようにヌァザに向き直る。

 

「この際だから聞いておきたかったのだけれど……。貴女、さっき依代……ううん、セレナについて知っているかのような口ぶりだったわね。開戦のときにはこっちを挑発するためにセレナを出汁にさんざ煽り倒してきたけど……」

 

 そういえば、という体ではあったがどうしても聞きたかったことだったのか、マリアは目線をかっちりとヌァザに合わせて問い質す。

 

「ああ、依代に頓着してない、乱雑に扱っているという話か?いや、あれは嘘でも何でもないが……そもそも銀腕に高い適合性を持っているこの依代は、銀腕を持つ時代の霊基である私が多少乱雑に扱ったところでそうそう壊れやせんよ」

 

 そして真にそういえば、という表情でマリアに向き合ったヌァザは事情を暴露する。

 曰く、銀腕を持つということは神性に欠損が生じていることと等しく、力はともかく神性は全盛期を下回っているという。

 そのため、同じく銀腕を極めて高い適合率で維持しているセレナとの融和性は非常に高く、ちょっとやそっとでは到底負荷たり得ないのだと。

 

「そもそも、私がこの魔都を守ろうとしていたのもセレナのためだったからな。私は元来、この国の民のために憤懣を溜め込んでまで虜囚に甘んじるような神性ではない。こうやって光明を待っていたということ自体、セレナの影響が大きい面があるということだ」

「そういうことだったの……」

「そうとも。もし私が正しく神霊として喚ばれていたなら、自害することであの魔神に意趣返しをするくらいで終わっていただろうな」

 

 明かされた衝撃の事実に、マリアは今更ながらに驚きを隠せない。ヌァザの考え方と自分の妹のポテンシャルには、ただただ呆れるばかりであった。

 ──それとは別に、セレナが世界を守るための意思を以て神すらもその在り方に巻き込んだという話を聞き、マリアは妹のことながら誇らしくも感じるのだった。

 

 

『皆さん、そろそろ本部に合流する頃合いですので……』

「……あら、そうね」

 

 その後も幾つか他愛ない話をしていたところで、エルフナインから通信が来たことでマリアが話を切り上げる。

 

「──それじゃ、この魔都のことは頼むわね」

「よろしくお願いしますッ!」

 

「言われずとも、ここは今は私の国であるからな」

 

 マリアと響の言葉にも、それが当然であるとばかりに腕を組んで頷く。

 と、そこで先程から会話に参加していなかったベディヴィエールが口を開いた。

 

「──神ヌァザ」

「うん?どうした、古き騎士よ」

 

「"剣"のことを──どうか、お願いします」

「──それは、私がお前たちに言う台詞だな」

 

 ベディヴィエールが真摯な表情で告げた言葉に、ヌァザはややバツが悪そうにそう言って頭を掻く。

 

「……色々と葛藤はあるだろう、後悔もまた然り。だが、選び取れる道は多いほうがいい。魔神を殺す刃は鍛えておくが、後はお前達次第だ」

「……はいッ!とりあえず色々頑張って、最後まで手を伸ばしてみせますッ!」

 

 最後の言葉は3人に、特にも響に向けられており、それを自覚していた響は力強い応答を見せた。

 その瞳に強い意志が宿っていることを見て取ったヌァザは、小さく口端を上げたニヒルな笑みを浮かべる。

 

「ふ、それだけ強い返事ができるならば問題ない。何処までも己の望む道を掴んでみせろ──足掻け、"手を伸ばす者(ラヴァータ)"よ」

 

 その言葉が最後に告げられると同時に、3人はジェムの輝きに包まれ転移した。

 

 

「さて、と」

 

 最後まで見届けたヌァザは、踵を返し戴冠石のもとへと歩を進めた。

 その手には何も握られておらず、ただ銀色の腕が輝くだけだ。

 やがて石の前に立ったヌァザは──徐ろに己の銀腕を外し、残る一方の腕で銀腕を持ち上げた。

 

「──花の魔術師か。よもや彼の聖剣を、我が銀腕に擬えた神造兵装と仕立て上げるとはな。だが──」

 

 独り言を呟き続ける間にも、その手に握られた銀の腕は輝きを増し──その形状が徐々に作り変わっていく。

 

「──この世界にあって、アガートラームは剣の武装を持つ。人理の世界にあって、銀腕は聖剣の形が変化したモノとしての概念がある」

 

 その言葉に合わせるかのように、銀の腕はまるで剣のように姿を変えていく。本来の姿を取り戻さんとするような、神の言葉を受けて世界そのものに作り変えられているような。

 

「──ならば。我が銀腕が、聖剣たるとしても不思議はあるまいよ。ヌァザの剣は、聖剣であり、光剣である故な」

 

 そう言って、彼は戴冠石に剣と化した己の銀腕を突き立てる。

 

 

 正しき王の戴冠を宣言する、故にこそ戴冠石。勇壮たるその石体に突き立てられたその剣はさながら、伝説に語られる選定の剣の如き様相を見せていた。

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