SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第14節 暴食の狂想曲(2)

「僕の……グラウスヴァインが……」

 

 首を落とされ、動きを止めてしまったグラウスヴァインの上で、呆然とした様子を隠そうともしないウェル博士。

 目前の光景が信じられないと言わんばかりに顔を伏せふるふると震える様を見れば、事情を知っていてもあるいは哀れに思うものも居るかもしれない。

 

「驚きかい?でも戦いとはそういうものさ。さて、これで終わりならそこをどいてデモノイズを止めさせてもらえないかな?」

「つっても、どかねえってんなら無理やりどかしてやるけどなッ!」

 

 よいしょっと、とその手に握る剣──巨大な竜の爪を下におろし、いつもどおりの羊飼いの杖を構えたダビデは気楽そうな調子でそう告げる。

 隣に立つクリスは不敵に笑い、いつもどおりのクロスボウ型に戻ったアームドギアに光の矢を装填する。

 

 巨人殺しの伝承によって作用した概念の一撃、哲学の牙は過たず機竜の活動を問答無用で停止させた。ネフィリムの細胞、ネフィリムの動力によって可動する機竜は巨人であると、僅かなりともそういう概念を有しているのだと認められた。

 ──それはつまり、この世界におけるネフィリムはどれほど怪物めいた見た目であろうとも『巨人』であり、ダビデの逸話が適切に作動することを示していた。

 

 であればこそ、ダビデとクリスはある程度の精神的優位を確保していた。勿論、本家本元のネフィリムが相手だとどうなるかは不明である以上、予断は許さない。それでも、少なくとも効果がないわけではないという事実は、特に過去ネフィリムと対峙した事があるクリスにとって一種の福音でもあった。

 

「…………」

「おい、なんか言ったらどうなんだよ?」

 

 そんな2人の呼びかけに応えるでもなく、伏せた顔を上げることのないウェルに、業を煮やしたのかクリスが再度呼びかける。

 これで反応がなければ実力行使か──などという考えがクリスの脳裏によぎったところで、ウェルがのろのろと顔を上げた。

 

「ようやく退く気に──ッ!」

 

 面を上げたその表情は、戦っていたときの狂相ともグラウスヴァインを停止させられたときの自失したものとも違う、平時の冷静さを取り戻したようなものとなっていた。

 クリスやダビデの思う現況とその表情は一致していない。言い表すなら"見下す"という言葉こそが適切であろう面相で、ウェルは2人を物理的にも見下ろしていた。

 

「はぁ~……。全く理解に苦しむとはこのことですよ……。どうせ死ぬなら僕の手を煩わせることの許し難さこそを慮って欲しいものです」

「おおっと、言うね」

 

 戦力的にはともかく、相性的にはウェルが圧倒的に不利なこの状況での発言に、ダビデの言葉にも驚きが交じる。

 

「ってめえ、今の状況わかって言ってんのかッ!?」

「当ォ然、じゃあないですかッ!そもそもこの状況を読めていないのはそっちだろうッ!?」

「──ッ」

 

 その口から出た言葉にいきり立つクリスだが、その威勢すら押し流すような勢いでウェルが食って掛かった。

 力強い断言に思わず二の句が継げずに言葉が途切れたクリスを尻目に、ウェルはこれが真実とばかりに語り始めた。

 

「そもそも僕がやってること自体、英雄として当然のことッ!それを邪魔するばかりか、悪役臭が匂い立つ台詞回しで脅してくる君らのほうが悪党じゃないかッ!」

「んだとッ!?あたしが悪党ならてめえはド悪党だろうがッ!こんの──」

 

 いきなり悪党宣言され更にヒートアップしたクリスだが、そこでダビデがクリスを手で制した。

 

「何だよ、ダビデのおっさんッ!」

「まあまあ落ち着いて。……確かにさっきの言葉はちょっとだけ脅しに聞こえたかもしれないけど、それは勘違いだとも。僕はいつでも血の流れない解決法を望んでいるからね」

 

 爽やかな笑みで堂々とそう宣うダビデに、ウェルは僅かに拍子抜けしたような顔をする。

 が、即座に胡散臭いものを見る目へと変わった。

 

「流血が多すぎて神殿建築を認められなかった癖によくもいう、流石伝説に名高いダビデ王だねぇ」

「ははは、それは偏に相手が流血を望むからだよ」

 

 ウェルの口元こそ笑っているが、明らかにダビデの言葉を信用していない。ダビデもそれが判っているのだろう、軽くいなす。

 と、そこでダビデの顔に浮かんでいた爽やかな笑みが潜み、ウェルに対する眼差しも鋭いものとなった。

 

「……ところで、さっき英雄として当然なんて言ってたね。僕らの今ある情報だと、君の行為は全く英雄らしくないんだけどそこらへんはどうなんだい?」

「何……?」

 

 ダビデの問いかけに、ウェルも口元の笑みが消える。

 

「いやあ、ほら。客観的に見れば君は魔神が実行するとんでもない術式の基点を守ってるってことになるだろ?普通、英雄とか言うなら止める側に回るんじゃないかな」

「…………」

 

 ダビデの言葉に思うところがあったのか、無言で応じるウェル。その様子を見て問題ないと考え、ダビデは話を続ける。

 

「最初に出会った時、"暫定少女"のために云々言ってたけどさ。君、誰か特定個人のための英雄だっていうならともかく、強いて言うなら大衆的な、あるいは自分のための英雄だろう?なら──」

「──魔神に反旗を翻すべき、だと?」

「そうそう、そういうこと」

 

 どう?と首をかしげるダビデ。

 

「ふ、ん。確かにまあ、道理なんでしょうけどねぇ」

 

 相変わらず何処か人を小馬鹿にする様なイントネーションで喋るウェルは、明確には告げずとも否定よりの言葉を吐き目線をダビデに向ける。

 その目はダビデを見下すというよりむしろ、ダビデが何を言っているのか分からないと言わんばかりのものだった。

 

「僕とて最初の最初はそのことを考えないでもなかったんですけどねぇ……。ただ、そう。魔神からある話を聞いてしまいましてね」

「……話?話ってなんだよ、てめえの大好きな英雄ってのになれるチャンスだろーに、それを棒振ってまであの目ん玉オバケにへーこらするだけの理由があったのかよ?」

 

 クリスの明け透けな言い様に、ウェルははんと鼻で笑う。

 

「僕はもう英雄だッ!それに理由?理由だってッ!それは勿論あるともさッ!──なんと言っても、この特異点を修復したところで、死んだやつは戻ってこないからねッ!」

「──はあッ!?おい、どういうことだよそれッ!」

 

 ウェルのぶちまけた言葉はクリスにとって全く初耳の内容であり、思わず叫ぶように問い返す。

 

 亜種特異点の修復について、彼女たちS.O.N.G.はカルデアからある程度の概要について聞いていた。

 そもそも特異点とは、歴史のターニングポイントを示す座標『人理定礎』が何らかの事由により正常値を大幅に逸脱した『IF』の世界であり、人理の崩壊につながる起爆点。カルデアの言う人理修復とはつまり、特異点の発生要因である存在を排することで歴史を正常値へと戻すことである。

 

「だから、異常の原因さえなくなればもとに戻るって話じゃなかったのかよッ!」

 

 彼女の聞いていたイメージとしては、問題となる理由がなくなれば正しい歴史へ──教科書とかで語られる歴史に戻るのだろうと想像していた。それが死んだ人間が戻ってこないと言われれば、怒鳴りたくもなるというものだろう。

 絶叫のようなクリスの叫びに、ウェルはニヤリと笑う。

 

「そう、そうともッ!僕も最初はそう思ったさ、同情するよ。──だが、カルデアとやらの連中は黙っていたみたいだねぇ?」

「────ッ!」

 

 ウェルの言葉に、クリスは慌ててダビデの方へと目を向ける。

 目線が合ったダビデはいつものような飄々とした表情ではなく、申し訳無さと後ろ暗さが混じったような表情でじっとクリスに目線を返すだけであり、否定の言葉を一切吐かなかった。

 

「~~!おい、どうなんだよダ・ヴィンチッ!あれだろ、この特異点で何か問題があって、それを解決すれば……ッ!」

 

 その様子はクリスの心にますます不安を与え、否定の言葉が欲しかったのか、即座に己のギアの通信を入れる。一応付けていた筈の敬称が無くなっている辺り、当然ではあるがよほど気になっているのだろう。

 

『……いや、こればっかりはウェル博士の言うとおりだ。特異点は解決しても死者は戻らない。厳密に言えば、特異点成立時点での生死は元に戻るけど、特異点で死亡した人については、特異点と同じ時代で帳尻が合うように正常な歴史でも死亡する、と言い換えるべきかな』

 

 聞かないふりをするなんて出来ないと思ったのだろう、ダ・ヴィンチの応答がクリスの耳に届く。通信モニターこそ現れないが、通信音声には苦渋の色がにじみ出ている。

 

『黙っていたのは悪かった。だが現状、他の魔都の制圧は正直難しい。その中でこんな話を伝えれば、君達の士気に大きく関わってしまうからね。成功率を上げるためには、どうしても前線メンバーに伝えるわけにはいかなかった』

「……そう、かよ……チクショウ……」

 

 ダ・ヴィンチの言葉を聞き、クリスの言葉から、そして歌から力が失われていく。

 勿論、普段の活動の中で死んだ人間が生き返るなんて夢物語はクリスは考えたことはない。だが、特異点の修復については助けられるかもという意気込みでやっていたことだ。それが結局助けられていないということでは、流石にクリスも衝撃が大きかった。

 

(……やれやれ、全く。こんなことなら最初から言っておいたほうが良かったかもね。とはいっても、どうにもならない問題ではあるんだけど、さ)

 

 消沈するクリスに、人理修復の問題について知っていたダビデも流石に軽々に励ましを送ることが出来ず沈黙する。

 そう、これは結局(カルデアの出来る範囲では)どうしようとも回避のできない問題だった。だからこそカルデアがS.O.N.G.に内情を明かす時も、このことを装者たちに伝えないようにしてもらっていたのだ。

 

『ところで、私からも質問いいかなウェル博士?』

「幾らでも聞いてくれていいとも。なにせ、時間は僕の味方だからねぇ」

 

 そんな中、徐ろにダ・ヴィンチが口を開いた。改めて展開された通信モニターに映るダ・ヴィンチは、ウェル博士を確りと見据えている。

 ウェルも何か聞かれるだろうことは理解していたのだろう、あくどい笑みで応じる。言葉の末尾にいちいち悪意があるとも忠告しているとも取れるような言葉を付け足してくる辺りは性格だろう。

 

『ありがとう。でさ、結局さっきのって理由になってないだろ?人理精算のアレそれは確かに問題としても、それならせめて生存者を増やすために行動すべきじゃなかったのかい?』

「──は?」

 

 英雄の性根を画一的に図るのもどうかと思うけど、と付け加えたダ・ヴィンチの言葉。ウェルはそれに対して、何をバカなと言わんばかりの驚いた表情を隠しもしない。

 そんな表情をされるとは思っていなかったダ・ヴィンチは、うん?と首をかしげる。

 

『え、何だいその表情』

「──はぁ!?おいおい、天才なんだろうレオナルド・ダ・ヴィンチはッ!だったら、僕の考えくらい理解できないのかなぁッ!?」

『おおっとぉ。いやあ私は確かに天才だけど、何も君ほど自己顕示欲が強いわけじゃ……いや断言は出来ないな。……って、ああ、そういうことか』

 

 思わずというように大声でがなるウェルにダ・ヴィンチはおどけたように言い訳し、自分でしたその言い訳の言葉からなんとなくウェルの心情を察したらしくうんうんと頷く。

 通信モニターに映るダ・ヴィンチは漸く得心したと言わんばかりの表情を浮かべ、改めてウェルと目を合わせる。

 

『わかったぞ、君はあれだな……人理精算における人員勘定より、人理精算が起きたときの自分の立ち位置を考えているな』

「!へぇ、流石は歴史に語られる天才だ……よくもご存知だッ!」

 

「……どういうこったよ」

 

 なぜか通じ合っている2人に、未だ意気消沈しているクリスがじろりと視線を2人の間で往復させる。

 そんなクリスの目線を受け、ダ・ヴィンチがため息を吐く。クリスに対してというよりウェルに向けられたため息と表情からは、どう見ても呆れ以外の何でもなかった。

 

『単純な話さ。人理修復をすれば特異点はなかったことになり、それに合わせて人理の精算が起きて辻褄合わせが行われる。この場合、ウェル博士が得をする──金銭とかそういうのではなく、本人の満足感という意味でだけど、そうなる場合というのは──今この場で足掻くのではなく、なるべく被害が出てから魔神に勝つことさ』

「──はあッ!?」

 

 先程までのどんよりとした雰囲気を投げ捨て、クリスが驚きの声を上げる。

 言っているダ・ヴィンチもクリスに同意したいのだろう、言葉の端々から呆れの感情がにじみ出ている。

 

『どうやって魔神に勝つつもりかはともかく、大被害が出てから魔神に勝てば人理修復後に何らかの辻褄合わせがこの世界に起きる。特異点で召喚されたサーヴァントはその崩壊に合わせて消滅するはずだけど──』

「──そう、そこで君達が繋いでいるギャラルホルンを使わせてもらうのさッ!」

 

 ウェルがダ・ヴィンチの言葉に割り込んでドヤ顔を見せる。

 

「そもそも僕が英雄としてさらなる飛躍を遂げるためには英雄の恩恵を享受する民衆が必要ッ!だというのに、普通に人理修復してしまったら皆が皆僕のことを忘れちゃうんだろう?そんなの認められない、人の記憶に残ってこその英雄だともッ!」

「うわぁ、予想以上に碌でもなさそう」

 

 どんどんと自説を語り始めるウェルに、何故ダ・ヴィンチがああも嫌そうにしていたのかを理解したダビデがポツリと呟く。

 そんな彼は一応にと辺りの瓦礫を拾って宝具用の弾丸を補充しているが、ウェルは語るのに夢中で気づいている様子もない。

 

「……今のうちに不意打ちするんじゃ駄目なのか……?」

 

 ウェル特有の精神的な熱狂状態に入っている様子に、クリスがボソリとダビデに小声で話しかける。

 ダビデもそれは考えないでもなかったが、それでも不意打ちしないのには理由があった。

 

「……彼の語る内容はアレだけど、有用な情報も混じってるかもしれない。聞くだけは聞いておきたいね。……黙ってた僕らが言うのもアレだけど、知らない事実……それこそ、僕らも知らない事実が浮かび上がるかもしれないし」

「はあ?あいつのイカレ妄言の何処にそんな……」

 

「──ちょっとッ!そこ、僕の輝かしき未来の英雄譚を脳の裏表問わずに刻んでほしいんだけどッ!?」

 

 クリスがダビデに疑問を見せたところで、話を聞いてないことには目敏かったウェルの声が届く。

 その理不尽な文句に口を開きかけたクリスの前に、ダビデが先んじて話す。

 

「はは、勿論聞いているよ。それで、普通の人理修復に満足できないってなれば君はどうするんだい?」

「おっと、そうだった。あの魔神は最後の最後に大儀式を行使する筈だから、その隙に僕の最大火力でぶっ飛ばすッ!これで人理修復が成立したところでギャラルホルンで平行世界に移動、修復後の世界に舞い戻るのさッ!」

「うん?でも君サーヴァントなんだから、特異点修復と同時に消滅するってのは例え世界を移動しようともどうにもならないだろう?なにせマスターである魔神がいなくなるんだから」

 

 ダビデがわざとらしさを感じさせないなめらかな会話運びで疑問を呈する。

 それを聞いてほしかったのか、ウェルもふふんと自慢げな笑みを見せた。

 

「楔がなければ新しく突き刺せばいい──単純な話だろう?ネフィリムと紐付けられたこの僕なら、この世界に現存する大量の聖遺物を取り込んで居残りのための重りにすることだって可能ってことさッ!」

『ふぅむ……ははあ、成る程ね。ネフィリム自体が強力な、それこそ竜種に匹敵する強力無比な炉心。あとは現実に存在するためのマスター代わりになるものさえあればいいってことか。英霊の特性と聖遺物の能力を利用した、完全単独の擬似的な受肉ってことだね』

 

 ダ・ヴィンチが素直に感嘆する。というのも、ウェルのやっていることは通常のサーヴァントであればまず不可能な事例だったからだ。

 例えばダ・ヴィンチであれば、マスター代行の人形を用意した上で現実に居座っている。一種の詐欺契約みたいなものだが、ウェルの場合はそれを自分の内側に用意した上で、それを維持するための炉心も全部自分の力で賄っているということである。

 別世界、別法則に生きた存在でありながら、己の特性・英霊としての能力や在り方をきっちり把握した上で行動できるその知性は確かに優秀であると誰もが認めうるものであった。

 

「修復後の世界なら、何れ大災害でも何でも起きて人数の辻褄を合わせるッ!そのときに様々な聖遺物を取り込んだ超・英雄ドクター・ウェルの降臨ッ!素晴らしい、完璧な計画じゃないかッ!」

 

 その場の皆が知るとおり優とも秀ともつかない異常な感性ならではの考えを語りながら悦に入るウェル博士。

 彼女が知る限りいつもどおりの本性丸出しなウェルの様子に、クリスは辟易した様子を見せる。

 

「……おい、あれの何処に有用な情報があったんだよ」

「そうだねえ……。魔神の計画の最後に大儀式があって、そこには隙があるだろうこと。彼自身の大火力はあの音楽魔を打ち倒せること、あたりかなあ……」

 

 ダビデも思ったより収穫がなかったことで少々肩を落としている。

 別に有用な情報がゼロであったわけでもないのだろうが、その表情は「さっき不意打ちするべきだった」と如実に語っている。

 

「っていうか、てめえ本気でそうするつもりなのかよッ!?だってなら、やっぱりここでぶちのめして──」

 

 あんまりにも自分の都合と欲望を追求したウェルの言葉に、クリスは全く話にならないとばかりに己のアームドギアに装填した光矢を放たんと構えた。

 

「おっとぉ、でもこれ以上に君らは人を救えますかぁ?いいやぁ、出来るわけがないッ!……でしょう?」

「────ッ!」

 

 だが、クリスはウェルの一言で言葉を失ってしまう。

 先程ウェルから、そしてカルデアから告げられた人理精算の事実を飲み込みきれていないままにそう告げられれば、クリスは答えに窮せざるを得ない。

 

(そうだ、あたしらはウェル以上に人を救えるのか?いや、できるはずだッ!だって、魔神をあいつより早くぶっ飛ばしてやれば……ッ、でも、どうやって……)

 

 心中で己に対して鼓舞するも、しかし何処かでそれを疑う自分がいることに気づいてしまう。

 色々な情報を一気にぶつけられたことで、クリスは自分の立ち位置があやふやになったように感じてしまっていた。そこに突き刺さったウェルの言葉を認めてしまえば、あとは崩れ落ちてしまうだけだろう。

 

「~~たりめーだッ!やれなくてもやってやるんだよッ!」

(そうだ、アイツも、先輩も、マリア達だっている……。異世界の英霊とかも、S.O.N.G.のみんなも、カルデアの奴らだって居るんだッ!出来るに決まってるッ!)

 

 クリスはそんな己の状態を理解しながらも、意地でも認めてやらないとばかりに威勢よく口を開く。

 自分たちならできると。多くの仲間がいるこの状況なら成し遂げられるのだと言わんばかりの思いで心中を無理やり満たす。

 

 だが、そんなクリスの内面なんてお見通しであるかのように、ウェルがやれやれと肩を竦める。

 

「言っておきますがね、あの魔神が出張る頃には大体の方策は終わってる頃合いですよ?少なくとも世界の大半は死ぬし、僕の魔都には人が居ないから僕がどうこうしようともそれで死ぬ数が減るわけじゃない。……魔神が事を成就させたなら、あとはどのタイミングで殴っても一緒なんですよ」

 

 だから、無駄なのだと。そう言外に告げるウェルは、物分りの悪いやつだとクリスのことを見下していた。

 その目線はクリスへと容赦なく突き刺さり、彼女の身体から今度こそ力が失われていく。

 

「──ッ、それ、でも……ッ」

「でももストもないッ!これが事実だ、受け入れたほうが良いですよ……そのほうがお利口さんですからねぇッ!」

「────ッ、あたしは……」

 

 言い返そうとしても、何も言葉が見つからない。

 魔神という全く知らない異世界からの存在が現れた平行世界。ギャラルホルンのアラートが鳴ってからこっち、異様な方へと状況が進む中でもどうにか解決するためにと力を惜しまずやってきていた。

 

(だってのに、それは無駄だったのかよ……ッ!訳わかんない奴にエルフナインの肉体乗っ取られて、この世界もめちゃくちゃにされて、それをほっとくのが最適だって言うのかよ……ッ!)

 

 そんなことは認められない。同じく異世界の組織であるカルデアも、過去の偉人であるという英霊もこの異変を解決しようとしているのに、それが無駄な行為であるなんてクリスは思いたくなかった。

 

(……でも、ダ・ヴィンチは人理修復はそういうもんだって言ってた。あいつらはその解決法を最初から目的にやってたってことじゃないのか……?だとしたら、あたしは……どうすれば……)

 

 思考が狭まる。出口のない問答がひたすら頭のなかをぐるぐると巡る。

 いよいよ歌も消えていき、その手のアームドギアが解除されそうになる──その直前に、美しい竪琴の音色が響き渡った。

 

「……今の、歌は……?」

「心を落ち着ける曲だよ、クリス。サウル王も悪霊にとりつかれた時、今の君みたいにどんどん深みに嵌っていったものさ」

 

 ははは、と変わらない笑みを浮かべるダビデ。

 数日程度の付き合いしかないのに、その変わらぬ顔と竪琴に妙に安心感を得てしまう。……この竪琴の演奏にはそうなるだけの概念が込められているので、安心するのは当然ではあるのだが。

 クリスが落ち着いたあたりで、ダビデがウェルへと目線を向ける。

 

「さて、ウェル博士。確かに君の言う選択はベターなものだ。ギリギリまで反旗を翻さないのも、勝てるタイミング、勝てる状況で手札を突っ込むのは戦いの定石だしね。それに戦後のことを考えているのも悪くない」

「って、あいつを褒めるのかよッ!」

 

 まさかの褒めそやしにどういうことだとクリスが憤慨する。

 

「いや、そこはほら事実だしね。黙っていた僕らも僕らだけどさ、変えられないものは変えられないからね」

「~~ッ!じゃあ、やっぱり無駄だって言うのかよ……ッ!」

 

 ダビデの冷徹とも取れる言葉に、竪琴による精神平静状態を脱したクリスが怒りをダビデにも向けかける。

 一方珍しく真正面から、それも過去に英雄として語られたダビデに褒められたことでウェルは気を良くしていた。

 

「ははん、ソレ見たことかッ!このやり方こそ英雄のやり方、やはり英雄は英雄を知るゥッ!」

「てめえ……ッ!」

 

 調子づいたウェルにクリスがいよいよ激憤しかけたところで、ダビデがクリスを宥めるようにその肩に手をおいた。

 何のつもりかとクリスが見上げれば、目線の先のダビデはウェルに向かって首を横に振っていた。

 

「いやあ、悪いけどそうでもないかな。そもそも確かに人理精算は色々と受け入れがたいだろうけど、何もどんな状況であっても同じ様に人が死ぬわけではないんだ」

「……ッ、まあ、そうだろうねぇ」

 

 だからどうしたと言わんばかりのウェルだが、僅かに言葉を詰まらせた。

 その反応に訝しげな表情を見せるクリスにも説明するように、ダビデは人理精算について語り始める。

 

「ダ・ヴィンチも言っていたろう?特異点と同じ時代で辻褄合わせをするって。これが結構幅広くてね、どうやっても突然死しかない状況でもなければ元の時代でまあまあ長生きすることだってあるのさ」

「それって……つまり、さっき言ってた大災害みたいなのが起きるとかそういうのは……」

「余程でなければありえないさ。特に今の時代は……まあ、こっちの世界はどうかは知らないけど、通信網の発達とかが著しいからね。少なくとも僕らの世界ならターニングポイントが少ないだろうし、合わせて人理定礎の間隔も広いだろう。それでもダ・ヴィンチは言い訳みたいになるだろうから言わなかったんだろうけどね」

 

 僕は結構ズバズバ言うタイプなんだよね、と言ってわざとらしくキラリと白い歯を覗かせる。

 その顔を見て自分を落ち着かせようとしているのだと覚ったクリスは、余計なお世話だとばかりにおどけたダビデを軽く蹴る。

 

「……ありがとよ」

「いやいや、意外とクリスのためだけでもないんだこれが。──そうだろう、ウェル博士」

 

 ダビデがクリスから蹴られた部分を軽くさすりながら、敵であるウェル博士に対しても変わらぬ笑顔を見せる。

 しかしそれは先程までの穏やかさや苦笑といったものではなく、あからさまにウェルを嘲笑するものだった。

 

「……何がいいたいのかな、ダビデ王は?」

「おや、わからないかい?……少しでも死者を減らす努力は決して間違いじゃない。乾坤一擲は大いに結構だけど、ベターを求めるためにベストを投げ捨てるのは果たして英雄と言っていいのかどうか、ってことさ。英雄というのはね、勝てない不利を大きく覆してこその英雄だろう?」

 

 ここぞとばかりにやれやれと肩を竦める。その動きはいっそ小憎たらしいほどに先程のウェルの動きに似ており、それが彼を盛大に刺激したようだった。

 ウェルの額に青筋が走り、その身体がプルプルと震えだす。

 

「ふ、ふふ……まるで、この僕が英雄じゃないみたいな言い分だねぇ……ッ!」

「いやいや、生前の君は英雄だったかもしれないけどね。ただ今の君はそう、英雄として小粒に過ぎるんじゃないかなってね。ああ、勿論僕は君の策を評価はするとも、なにせ在り方に拘るほど僕は英雄に固執しちゃいないからね」

 

 暗に……というか、迂遠であっても堂々と「英雄として評価していない」とその語り口が告げる。

 ウェルは元来我慢強い質ではない。その言葉で遂に我慢の限界が来たのだろう、体の震えが止まり、憤怒の形相を浮かべて2人を睨みつけた。

 

「上等だ、この僕こそが真の英雄だってことを見せてやるッ!!」

「おおっと、ついつい怒らせすぎたかな?まあ、だけどしょうがない──せいぜいやろうか」

 

 激怒するウェルに相対しても、ダビデは泰然自若と揺るがない。戦う者として、上に立つものとして、英雄としての在り方の差異がそこに現れていた。

 そんなダビデが、徐ろに肩に手をおいていたクリスに視線を向けた。先程から見上げていたクリスは、唐突に視線が合ったことでビクリと肩を震わせる。

 

「──ところで、クリスの悩みは晴れたかな?」

「え──あ、ああ──……」

 

 ダビデの言葉に、ふと自分が先程までのように深々と思い悩んでいないことに気づいた。

 

「……いや、まだ吹っ切れちゃいないし、割り切るなんてあたしにゃ出来そうもねーよ」

 

 クリスの中には、今も変わらず自問する声は心の内にあり続けている。

 吹っ切れるわけがない。ダビデが言っていた内容だって、結局は犠牲を止められないということには違いがなかった。

 それでも────

 

「──でも、少しでも多くを助けたいって動けば、それだけ助けられる人数が増えるってのもそうなんだろ?」

「そこは勿論、当前だとも」

 

 であれば問題ない、そう不敵な笑みを浮かべる。そのクリスの姿からは、先程までの不安げな様子は感じ取れない。

 先程のように戦えないほどまでに追い込まれるような感覚はクリスの中から無くなっていた。

 悩む必要がないなんてことはない。それでも、詰まる所少しでも多くを助ければ少しでも多くが助かるという単純な話でしかないのだ。であれば、クリスが不要に抱え込むようなものは最早ありはしない。

 

 目前には、いよいよ左腕を異形へと変化させたウェルの姿。

 この魔都に巣食うデモノイズを倒し、少しでも犠牲を減らすために。クリスはダビデと共に、完全聖遺物と化したウェルへと意気揚々と対峙した。

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