SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第14節 暴食の狂想曲(3)

 ネフィリムと化した異形の腕を持つウェルが炎を撒き散らし、それに応対するクリスとダビデ。その戦いは、魔都に最初に到着した時を思い出させた。

 爆炎に対してミサイルを盾にした無効化策をクリスが取れば、その隙にダビデがウェルの意識を奪いに殴りかかるか投石する。

 あるいはウェル自身がその腕を更に肥大化させて範囲を広げた攻撃をしてくることもあるが、しかしその腕を振るうのはウェルであるためか、比較的容易に2人は躱している。

 

 ……詰まる所、状況的にはクリスとダビデが比較的優位に立ち回れている事も含めて、最初の戦いに類似した状況を作り出していたということである。

 

「ああ、もうッ!君達さっさと消えてくれないかなあッ!この僕の最後の逆転劇を見たくないのかッ!?」

「そんなに寝言が言いたいってんならあたしがオネンネさせてやらぁッ!」

 

 ウェルがたまりかねたかのように怒鳴った、余りにもいつもどおりの自分本位な文言にクリスはふざけるなとばかりに光矢を放つ。

 巨大な弓形のアームドギアから絶え間なく放たれるそれは、クリスの超人的な射撃能力も相まって、ウェルが炎を放とうとする瞬間をピンポイントで撃ち抜いて行動を阻害させる。

 

「──ちぃ、やっぱギアじゃ妨害が精々かよッ!」

「は、はははッ!そう、そうだともッ!ネフィリムの力を持つこのみんなの英雄に、そんなチャチな玩具が通じるわけがないッ!」

 

 が、それを為したクリスは不満顔でそう吐き捨てる。その眼の前に映るウェルはピンピンしており、クリスを盛大に煽っている。……その声が震えている辺り、やはり戦い慣れはしていないことは容易に推測できるだろうが。

 

 ウェルが扱う完全聖遺物ネフィリムは生きた増殖炉であり、聖遺物を糧として吸収する特性がある。

 それを理解していたクリスは、なるべく聖遺物が弾頭となる物理攻撃である銃撃やミサイルを控え、クロスボウやロングボウによる光の矢──エネルギー矢による攻撃をしていた。

 だが、ネフィリム自体再生能力に優れ、また炉心さえ可動していれば容易に復帰できるということもあり到底致命打に至らないでいるのが現状だった。

 これが生前のウェルであれば、本体に直撃すればそこで戦闘不能にできただろう。しかし今や彼自身もサーヴァントであり、霊核を砕かない限りは早々にダウンすることはないし、ダウンしなければ大量の聖遺物を取り込んだネフィリムからのエネルギー供給により即座に負傷を回復するのだ。

 

 そして、というべきか。真の英雄の姿を見せると息巻くウェルは最初の通りの戦い方だけに拘らなかった。

 

「ハーッハッハッハァッ!さあ、英雄の真骨頂を見せてやるともッ!」

 

 そう叫ぶウェルの左腕から剣のような武装が突き出し、そのままウェル自身が握りしめる。

 その見目は日本刀としか言いようのないものであり、見るからに妖しげな気配を漂わせるそれをウェルが握ると同時に、クリスとダビデに悪寒が奔った。

 

 そしてその直後、2人にとっては驚くべきことに、ウェルが堂に入った構えでその刃を構えた。

 全く隙の見せないようなその構えに、思わず2人は己を制動し──その一瞬の後、銀閃がクリスの前を過ぎていった。

 

「あ……っぶねえッ!てめえ、それは────ムラマサかッ!?なんでここにあるッ!?」

「なんでも何も、この竜宮は危険物を封印するための施設だと知っているだろうッ!?どこで知ったかは知らないけど、コイツも封印されていたのさッ!この刀も封印放置されてるくらいなら、英雄たる僕に使われて光栄だろうッ!?」

 

 ウェルがそうドヤ顔で再び刃を構え直す。

 

『ムラマサ……って、千子村正の打った、あの村正か!驚いた、ここでまさかの武装が出たね!』

「ああ、あたしはアレを見たことあるからな……。っていうか、それは聖遺物じゃねーだろーがッ!なんでネフィリムが取り込んで、ましてや使えてんだよッ!?」

 

 感嘆の声を上げるダ・ヴィンチに、クリスがボソリと返し、直後ウェルに文句でも言うように怒鳴る。

 クリスが叫ぶとおり、ムラマサは彼女の知る限り「千子村正」が打ったという妖刀村正……の概念を一身に背負わされた哲学兵装であり、その本質は呪いを受けただけの只の刀である。聖遺物を吸収するネフィリムの性質は知っていたが、哲学兵装を取り込むなんて話は聞いていなかった。

 狼狽するクリスに、ウェルはチ、チと人差し指を振って否定する。

 

「甘い甘い、甘すぎて嫌に──いや、甘いのは別にいいですけどねぇッ!ムラマサをネフィリムが取り込んでいるわけじゃない、ムラマサがネフィリムに融合しているだけのことッ!ムラマサが生きている以上、僕が振らなくともムラマサの動きに合わせればいいだけなのさッ!」

 

 そう堂々と宣言するウェルに、クリスが辟易したような表情を見せる。

 

「エラソーにしてんな、武器に振り回される英雄なんて笑わせるッ!」

「いやあ、全くそのとおりだ。自分の持ち物に振り回されるなんて英雄を自称するとはとても思えないね!」

 

 クリスに便乗するように囃し立てるダビデ。彼も自分の宝具にある意味振り回されているのだが、それは言わぬが花である。

 

「なんとでも言えッ!神話伝承で自動攻撃する武器なんて山ほどあるんだ、手に持って振ってるだけ僕のほうが真面目ってもんだろうッ!?」

『うーん、ある意味正論に聞こえなくもないのがすごい』

「言ってる場合かッ!っち、呪いが……ッ!っと、だいぶ面倒なことになりやがったぞ……」

 

 理論武装しながら斬りかかるウェルに対し、どこか間の抜けた感想を零すダ・ヴィンチ。

 迫る刃にクリスは不自然に崩れた体勢に舌打ちしながら間一髪で回避し、どうやって攻略したものかと頭を悩ませる。

 どうやらウェルはかつてクリスが対峙した武者ノイズ──ムラマサと融合し、剣術や体捌きに卓越したノイズと同様の状態になっているらしい。

 

「ってか、あいつは呪いをどうやって凌いでやがんだ……ッ!?」

 

 先程体制を崩した自身の足元を見れば、不幸にも床面がクリスの足元でひび割れ抜け落ちていた。

 ムラマサの呪い──近くの人間に不運が訪れるという呪詛は確かに作用しているはずである。にもかかわらず、ウェルがどう対処しているのかは不明だが影響を受けている様子が見られなかった。

 

『呪いっていうと、徳川に仇なすっていう呪いと周囲の人に災禍を呼ぶってのが有名だけど……君が見た村正はどんな呪いが発現してたんだい?』

「不運の方だッ!今はまだそんなんでもねーけど、いつやばくなるか──」

 

 ダ・ヴィンチがふむ、と考えるような呟きを通信に乗せる。そしてすぐ、ああ、となにか理解したのだろう声とともに通信口に解説が流れる。

 

『そちらの哲学兵装の記録は前に見させてもらったけど、そうだね。おそらく人に影響する呪いだから、英霊には影響しないんじゃないかな』

「んな頓知が許されるのかッ!?」

『まあ、概念ってのはそういうものだからね』

 

 クリスの常識からすればあまりにもあんまりなダ・ヴィンチのざっくばらんな答えに、彼女は思わず声を荒げた。

 しかし、往々にして哲学兵装とは頓知のごとく破られることが多い。かつて翼が対峙した哲学兵装「ソードブレイカー」も、翼がアームドギアを炎の翼に変えたからというだけで剣の聖遺物である筈の天羽々斬に破壊された程である。

 魔術師達における概念武装もそうだが、特化した概念ほどそれ以外に対しては無力なのであった。

 この場合、(ダ・ヴィンチ達の世界ではまた別だろうが)少なくともクリス達の世界におけるムラマサは対人に特化した概念を持っている以上、自己改造して聖遺物と融合した英霊というキメラめいた存在に対してその概念が働かないというのは十分に有りえる話であった。

 

「ははは、まあまあ。確かに太刀筋は鋭いけど、どちらにせよ巨人の戦い方じゃないからね。もしかすればさっきの炎のほうが厄介かもだ」

「って、言ってもな……。言いてえことは判るけどさ」

 

 遠距離戦で炎の発動を見切りやすいクリスからすれば、炎のほうが対処しやすい面も多い。しかし確かにダビデの言う通り、刃のほうがやりやすいところもあることはあるのだ。

 ネフィリムにおいて厄介なのは、その膂力と体力、そして大火力である。剣術が厄介ではないとは言えないが、しかしネフィリムの肥大化した腕部や本体の貧弱なウェルとはどうにも不釣り合いでもあった。

 有り体に言えば、ネフィリムとしての力を持て余す戦い方であるということだ。接近戦が不得手なクリスだからどちらにせよ厄介であるという感想を抱くが、逆に遠近両用な戦士であるダビデからすれば炎よりも対処しやすいのだろう。

 

「むしろあれだ、これ以上厄介な武器が出てくる前に今のタイミングでダウンさせたいね。呪いの剣を持っているという理解が彼には足りないという点を加味すれば尚の事だ」

「ふぅん……ああ、そういうことか。いいぜ、確かに今のほうがいいかもな」

 

 ダビデの言葉になにか理解したのだろう、クリスはニヤリと笑った。

 

 

(……なにか仕掛けてくるな。警戒するならやはり、あっちのダビデか。聖遺物の、それも人間であるシンフォギア装者なんて今の僕にとっては飾りも同然だけど、五体が武器の英霊は別だからね……)

 

 クリスとダビデの様子が変わったことに気づいたウェルが、警戒心の強い眼差しを2人に向ける。彼の注意は特にもダビデに向けられていた。

 それはネフィリムの対処能力に哲学兵装ムラマサの呪いという二重防御をもつウェルにとって、クリスはもはや敵ではないという自信があったからだ。

 

「ふん。だが、このムラマサに降り積った概念は僕に熟練の剣士ばりの技量を与えてくれる。ネフィリムの力と炎、そして技術に頭脳が揃っているこの僕が、高々ゴリアテ殺しの英雄なんかに負けるものか……ッ!」

 

 ムラマサの動かすとおりに合わせ、警戒は密に。ダビデの攻撃に特に警戒した体勢のまま、ジリジリと互いの立ち位置を変えていく。

 その動きを見ていたダビデは、ニコリと笑った。

 

「まあ、そうするだろうね、君は。相性の関係からクリスより僕を警戒するのは当然だし、村正に由来する武士の剣技があれば、古代の人間である僕に注力すれば倒せると考えることは的外れじゃないさ」

 

 技芸というものは後世になる程成熟するからね、とダビデは語る。

 その褒めるような語り口を聞いても、流石にことここに至ってただ漫然と自分を褒めそやしてるわけではないことにウェルは気づいていた。

 

「──何を考えているかは知らないけどね、いい加減黙って褒められるのには慣れてきちゃってるんだよねぇ……ッ!」

 

 ウェルはそう軽口で応えつつ、ダビデの考えが何処にあるのかを考える。

 何かに対する意識誘導か、あるいは──と、ふと己の手元の村正を見やる。

 

(……ムラマサは哲学兵装であり、ネフィリムと完全な融合はできない。刀自体はネフィリムじゃない以上、この刃でギアの攻撃は受けきれない。となれば──)

 

 即座に顔をあげ、凶相と共にその場から飛び退いた。

 

「ッ、何を──」

 

 ダビデの驚くような声を無視し、ウェルは一気に駆ける。その先にいるのは──大型の銃型アームドギアを構えたクリスの姿。

 彼女はいきなりウェルが自分に向かってきたことが想定外だったのか、一瞬呆けるような表情を浮かべ、次いで苦虫を噛み潰したような表情へと替わる。

 

「狙撃しようったって、そうは烏賊の……おっと上品にここで止めておこうッ!」

「まずい、クリス──」

 

 ダビデの声も、いまや遠い。ここから投石をするにしても、ダビデの行動よりウェルのほうが早いだろう。腐っても英霊と化し、その動きをムラマサにサポートされたウェルの動きはそれだけの機敏さを見せていた。

 一息にウェルが接近したとき、未だクリスは狙撃銃の如きアームドギアを接近専用のハンドガンに変えていないまま。

 

「これでェ、終わりだッ!」

「────ッ!」

 

 ムラマサの刃が高く掲げられる。

 辺りの残火の揺らめきを反射して妖しく揺らめくその刀身を、クリスは目を見開いたまま見上げ──。

 

「──掛かったなッ!」

 

 クリスが今までの表情を一変させた瞬間、一気に状況が動いた。

 その整った顔に似合う不敵な笑みを浮かべたクリスは、まるでウェルが来ることを理解していたかのように体を捻り振り下ろされる刃を躱す。

 避けられた事実に驚いたウェルは、しかしその身体をムラマサが動かすままに刃を逆袈裟に振り抜こうとし──長銃のアームドギアのフルスイングで胴体を打ち抜かれた。

 

───RED HOT BLAZE───

 

「ぐ、はああッ!?」

 

 ギアの銃床が腹部にめり込み、ウェルはたまらずたたらを踏む。

 よもやこんな一か八かと言わんばかりの反撃をしてくるとは思っていなかったのか、ウェルは咳き込みつつクリスを睨め上げる。

 クリスはようやくスッキリしたとばかりに清々しい笑みを浮かべていた。

 

「な、何故……ッ!?」

「こちとらムラマサの太刀筋は見慣れてんだよッ!ついでにガードが甘すぎだッ!」

 

(馬鹿な……ムラマサの技術があればこれくらい躱せる筈……ッ!?)

 

 クリスの勝ち誇ったような言葉に、ウェルは更に混乱する。

 彼の考える通り、本来ならムラマサと融合したことで優れた剣士としての技量を手に入れているウェルはクリスの攻撃を回避できて然るべきであった。

 

 その彼の予想が成立しなかった理由は2つ。

 

 1つは、クリスの言うように彼女がムラマサの剣に慣れていたことである。

 かつて平行世界でムラマサと融合した武者ノイズと戦い、仲間と共にではあるが華麗に討ち果たしたクリスからすれば、ウェルの振るう刃には既視感しかなかった。

 

 そしてもう1つ。それは──。

 

「──躱せる、と思うということは君はクリスのことを嘗めていたのさ。相性の差があることで無意識に慢心でもしていたのかな?だけど君がいまピンチに陥っているのは、勿論それだけじゃない」

 

 ダビデの言葉が竜宮に響く。

 ふらつくウェルがどうにかダビデの方へと振り向けば、彼の手には既に弾が装填された投石器が握られていた。

 

「君はムラマサを侮っていたのさ。人の想念が、意思が概念となった武装。連綿と語り継がれた『人を斬る』ための妖刀の動くままに身を任せてしまえば、防御と攻撃、どちらを優先するかなんて解りきっているだろう?」

「何だと……ッ!?」

 

 朗々と語り続けるダビデ。言葉を紡ぐその最中にもその手首と腕は小器用に動き、最小限の力で投石器を必要十分な速度へと加速させていく。

 そんなダビデを前にしても、ウェルは僅かに声を上げることしかできない。

 

 クリスの攻撃をムラマサで止められなかった──否、ムラマサが止めなかった理由。それは偏に、「妖刀村正」が後世になるほどに歪み、語られたことで成立した哲学兵装だからである。

 本来は良く切れる刀でしかない村正は、徳川幕府の人間に対して災いを与えたという風説の流布からその在り方が歪み始めた。

 やがてそれは徳川にとどまらず、所有者を不運にする、周囲の人間を不運にする──そして、『人を斬るまで止まらない』『人を斬る魔力を帯びている』などと語られるに至ったのだ。

 

 必然、そこまで歪められた概念を宿した哲学兵装「ムラマサ」は、担い手に頓着せず人に害を為すことに特化していた。それこそがウェルの誤算であった。

 

「っても、そもそもが武者ノイズより色々おざなりな感じはあったけどな。剣速は速いけど、まあそれだけだ」

「ぐ、ぐぅう……ッ!よくもそこまで言ってくれるな……ッ!」

 

 クリスがボソリと零した言葉に耳ざとく反応し、未だダメージから復帰しきれていないだろうに悔しげに唸る。

 そもそもかつてクリスが戦った武者ノイズの場合、今回の事情は問題足り得なかった。ノイズもまた人間を殺戮するためだけを存在意義として製造された無人兵器である以上、ムラマサとの相性は最高と言えるためだ。

 そして武者ノイズの場合、無人兵器である以上自律的に戦闘行動を行うだけのスペックがきっちり前提にあるため、ムラマサが攻撃に専念しても尚、与えられた剣術能力による回避や防御が可能ということでもある。

 

「はん、言ったじゃねーか……武器におんぶだっこで英雄名乗るたあ笑わせるってなッ!」

「こ、この弾かなくてもトリガーハッピーがッ!!」

 

 漸くある程度復帰したのだろう、ムラマサを引っ込め相性のいいネフィリムの腕を肥大化させてクリスへと殴りかかるウェル。

 だが、それを見てもクリスは欠片ほども動じなかった。

 

「だから……てめえは直情が過ぎるんだよッ!」

「────ッ!?」

 

 瞬間、冷静さを失ったウェルの足元に拳大の岩が着弾したことで大きく体勢を崩す。

 しまったと言わんばかりに目を見開いたウェルの視界の端には、既に2射目に十分な加速を得た投石器を構えたダビデの姿。

 

「それじゃ、たった一発だけど慈悲は与えたことにしようかな。──『五つの石(ハメシュ・アヴァニム)』!」

 

 そのスリングから必中の石が放たれる。こちらの世界における哲学兵装と同類の兵器、概念武装の極限たる貴き幻想(ノウブル・ファンタズム)の一撃は、巨腕を振るい巨人ネフィリムの在り方を示す英雄、その額へと吸い込まれていった。

 

 

 頭蓋に轟音が鳴り響く。ドクター・ウェルは一気に朦朧とする意識の中で、己がダビデの宝具を受けたことを理解した。

 

(ぐぅ……頭が、割れるように痛いぃぃ……ッ!否が応でも意識が落ちていく──これが、宝具、ダビデ王の伝承を形としたもの……ッ!)

 

 宝具──異なる法則の世界における哲学兵装の極北。英霊の武勇を形としたそれを受け、その能力に脳内で舌を巻く。

 そこまで強いダメージを受けたわけでも、ネフィリムの再生力・回復力が阻害されているわけでもないというのに。それでも、彼の意識はどんどん闇へと向かっていった。

 

(くそ、くそくそくそッ!宝具がここまでのものだってッ!?僕の宝具はあんなに使いづらいのにッ!こんなのずるいじゃないかッ!)

 

 朦朧とする意識の中、ダビデの宝具の利便性に悪態をつく。

 宝具の強い霊基を与えられたウェルは、それでも己の宝具を使用することはなかった。何のことはない、それは非常に使用が難しいものだったからだ。

 ドクター・ウェルの偉業や成果はこの星でもかなりのものであるが、その悉くは彼の両極端な在り方を反映したかのように振り切れたものばかりである。

 

(──使いづらい……いや、いいやッ!事ここに至って使いづらさは二の次三の次だッ!使う、使う、使ってみせる──ッ!)

 

 一瞬先は闇とも思える、明滅する意識の中でもウェルは己の意思を声高に叫ぶ。

 生前のウェルではありえないそれも、彼が英霊としての形を与えられたことによるもの。どの様な状況であっても尚己の夢を諦めない、不撓不屈の意思の体現。

 

 ウェルは意識を失うその間際、確かに己の宝具を使うことを決意した。そしてその意思は、確かに己の霊基に方向性を定めたのだ。

 

 

 ゆらり、とウェルが倒れ込む。

 ダビデの宝具、必中の投石はその矛先を過たず、敵手であるウェルの頭部を打ちのめしたのだ。

 

「やったかッ!」

 

 クリスの嬉しそうな声は、彼女が作戦の成功を確信したことをその場に示していた。

 

 伝承に曰く、ダビデの投石を頭部に受けた巨人はそのまま気絶し、ダビデに武器を奪われ首を落とされたという。

 ウェルの使い走りであったグラウスヴァインはその逸話のままに首を落とされ、そしてまた今、ダビデの前で巨人が音を立てて崩れ落ちようとし──。

 

「────ま、だ、だァッ!この僕が、ここで、終わるものかよッ!!」

「!?」

 

 ──雄叫びを上げ、倒れ込む寸前で無理やり踏ん張り跳ね起きた。

 その様子に、油断なく見つめていたつもりのダビデも思わず目を見開いた。

 

「そんな、これは──!不味い、脱出しようクリス、彼すっごいヤバそうだ!」

「はあ?いきなり何を──それに、脱出ったってどうやって──ッ!?」

 

 ダビデ同様驚いていたクリスだったが、だからといって今のウェルはフラフラとしており、どう見ても死に体である。

 そんな状況でダビデが何を警戒しているのかと首を傾げたところで、ウェルから得体の知れない迫力のようなものを感じて振り向き僅かに飛び退いた。

 

「……なんだ、こいつ。一体何のプレッシャーだよッ!?」

『ふたりとも、不味いぞ!キャロルがそっちの魔都の近くにS.O.N.G本部の潜水艦を動かしてるから、一端撤退するんだ──莫大な魔力反応、宝具が来るぞ!』

「魔力、これがッ!?っクソ、尻尾巻くしかねーのかよッ!」

 

 クリスの疑問に応えるように、ダ・ヴィンチの警告が飛ぶ。

 その言葉を受け悔しさを滲ませつつ、クリスはテレポートジェムを床に叩きつける。ウェルから感じる不吉な予感に加え、歴戦の王とバックアップしているカルデアからの指示に逆らってまで居座るつもりは流石のクリスにもなかった。

 

 瞬間、風景が歪み、己の立ち位置が無くなったような不安定さが体を包みこむ。この魔都に来たときと同じ空間転移の感覚に身を委ねる刹那、クリスは膨大な力を解き放たんとする言葉が紡がれたのを確かに聞いた。

 

 

「宝具、開放……全てを喰らえ────『堕ち来るもの(ネフィリム)』ッ!!」

 

 

 

 足場を感じ、クリスがはっと顔を上げる。

 視界に映るのは見慣れた潜水艦の内壁。S.O.N.G.本部潜水艦の発令所と呼ばれるエリアにクリスは立っていた。

 

「戻って、来たのか──って、そうだ、あのイカレトンチキは──ッ!」

「落ち着け、今浮上しているッ!」

 

 慌てるクリスの耳朶を打つのは、彼女がかつて戦った幼い少女のような声。

 現在本部潜水艦を運用しているのは3人だが、そのうちこの様な声を持つのは1人であり、また操船を担うのも実質その声の主のみ。

 

「キャロル……アイツは、ウェルはどうなってるッ!?」

「こ、ら待て、揺さぶる、んじゃないッ!」

 

 戦闘時の興奮を引きずっているのだろう、クリスはキャロルへと詰めより肩を揺さぶる。

 急に迫られたことに僅かに引いたのも束の間、ガクンガクンと揺らされたキャロルは止めさせようとするもその言葉すらとぎれとぎれになる始末である。 

 

「ええいやめろ鬱陶しいッ!──ああいい、モニターに映すぞッ!おい働け魔術師ッ!」

「りょ、了解!って、これどうやって動かせば──」

『立香ちゃーん、その赤いキーを押して、そう、次はコンソールの再生ボタンを──』

 

 いい加減にしろと言わんばかりに見た目に合わぬ力で振りほどき、そのまま同乗者である立香へと苛立ち半分に支持を出すキャロル。

 命令を受けた立香は普段のカルデアと勝手が違うのだろう(そもそもカルデアでも彼女が扱える設備は限られているが)、ダ・ヴィンチの指示に逐一従って恐る恐る操作する。

 

 幸いにも立香が操作手順を誤るようなことは無く、程なくして発令所の大型モニターが外部の状況を映し出した。

 やった、と映った画面を見上げた立香は、そこに映る影を見てそのまま表情を固まらせた。

 

「って、嘘ぉ……」

『うわぁ、ちょっとここまでとはなあ……』

 

 同じくモニターの映像を確認していたダ・ヴィンチも、画面に映るものに引くような声を上げる。

 クリスは何があったのかとモニターが映った瞬間にキャロルから目線をそらしモニターを確認し……そして、2人の反応がどういう理由かを理解した。

 

 モニターに映る影──黒々とした巨体は、浅瀬というわけでもあるまいにその腰から上が海面を突き出ている。

 その身体はところどころに発光器官のようなものを備えており、まるで警告灯のように赤々とした光でその黒肌を、そして海面を照らし出す。

 人体で言うなら頭部に該当するであろう部位は首との境目がほとんど無く、巨大な口が胴体部付近まで開いていた。

 撞木鮫のように突き出た頭部の突起部位は、まるで目があるかのように錯覚させる様に黄褐色の光を明滅させていた。

 

「あー、あれは巨人だね、うん。間違いない」

 

 何処か場違いなのんびりとしたダビデの声も、あるいは冷静さを保とうとするためあえてそんな声音を出しているかのようにクリスは感じてしまう。

 

 彼女はモニターの巨体に見覚えがあった。忘れようはずもない、命がけで宇宙まで出向いて戦った巨人の姿。

 それは、暴食の名で呼ばれたモノ。彼女たちの持つシンフォギアとは桁が違う、正しく完全と呼ばれるに相応しい聖遺物。

 

「────ネフィ、リム……ッ!」

 

 クリスのポツリと零した名に応えるかのように、堕天の巨人は猛々しい咆哮を上げた。

 

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