SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第14節 暴食の狂想曲(4)

「だ……大怪獣モノも斯くやと言うか、ティアマトみたいな大きさがあるんだけどッ!?」

『いやあ、大きさだけならソレ以上だろうね。なにせ下半身は海没してて、上半身だけでティアマト並みのようだからね』

 

 フリーズ状態から復帰した立香が信じられないとばかりにモニターに向かって悲鳴を上げ、ダ・ヴィンチがそんな立香の心身を更に疲弊させるような事実を突きつける。

 ティアマトはかつて立香らが対峙した大地母神であり、人と竜が入り混じったような外見を持つ。特徴的なのはその巨躯であり、スタイルこそ人のそれに近いが、頭部だけで人間の数倍はあろうかというその姿はまさに巨神と呼ぶに相応しい存在だった。

 だが、現在モニターに映るというネフィリム──ドクター・ウェルの変化した姿は、上半身だけでその規模を維持している。身体各部の怪物的な形状を考えれば、外見上の三次元的な体積はティアマトを容易に上回るだろう。

 

 そしてその余りにも異様な、一種非現実的な光景を信じられないのは立香たちカルデアの人間だけではない。

 かつて出現したというネフィリムの情報を有しているS.O.N.G.の人間とて、映し出されたその怪物の威容に呆然としている。

 

 ややあって、ふるふると震えながらクリスが口を開いた。

 

「────って、おかしいだろッ!!?アタシらが知ってるネフィリムと桁が違いすぎるぞッ!?」

「ああ、明らかに巨体に過ぎる。オレは詳細はデータベースでしか知らんが、本来のネフィリムはせいぜい十数メートルといったところのはずだが、アレは──」

 

 キャロルはちらり、とモニターを見やる。

 まだ上手く動けないのか棒立ちをしているその巨体は、この世界にかつて出現したネフィリムと比較して身長だけでも10倍を軽く超すだけのものとなっていた。

 

「──いくらなんでも巨大に過ぎる。おいダビデ王、貴様──アレをどうにか出来るか?」

「あー、うん。そうだなあ……正直、難しいね。僕の宝具はあくまで相手の急所に必中・昏倒させること、そしてその相手の武器を奪うという由来が骨子にあるからなあ。あのネフィリムは巨体過ぎて僕の投石が何処までダメージになるやらだ」

 

 せめてウェルを直接狙えれば良さそうだけどね……と難しい顔で呟くダビデ。その言葉に、周囲の人間も頭を悩ませる。

 そうやってここからどう行動するかをS.O.N.G.とカルデアが決め倦ねていた時、唐突にノイズ混じりの通信が届いた。

 

「通信ッ!?一体誰が……」

『ふ……ふふふ……』

「!この声……ウェルの野郎かッ!」

 

 急な通信の、そのスピーカーから聞こえた声にクリスが反応する。

 その声は紛れもなく、彼女とダビデが正面切ってやり合っていた守護天、ドクター・ウェルの声だった。嘲笑とも苦し紛れとも取れるような含み笑う声音は、その場の全員の注意を向けるに十分なものだった。

 

『み……たかッ!?これが……僕の、宝具!これが、僕の『堕ち来るもの(ネフィリム)』だッ!』 

「宝具?宝具ッ!?これがかッ!?」

 

 クリスは今まで見てきた他のサーヴァントの宝具を思い出し、その上で海上にそびえ立つ大巨人を見直す。彼女の知る宝具と比べ、その姿は全く宝具と呼べそうな見目ではない。

 何も清廉さとか、高貴さとかを求めたわけではない。が、それにしてもモニターに映る怪物は余りにも"宝"からかけ離れているようにクリスには感じられた。

 

「あー、まあでもそういうものじゃない?おっきくなってる理由はわかんないけど、宝具って言うほどかっこいいものばかりじゃないと言うか……」

『というか、そっちに居るブリュンヒルデの宝具も大概アレだしね』

「うん、まあね」

「……そうなのかッ!?」

 

 一方、種々様々な宝具を見てきた立香からすれば、発動して巨人になる宝具なんてのもあるだろうくらいに考えていた。

 それは他のカルデアの面々も同意らしく、ダ・ヴィンチが呟いた言葉にダビデがウンウンと同意する。

 神秘や英霊に慣れ親しんでいる彼ら彼女らからすれば、例えば愛するほどにその威力を増すという神話級のヤバイ恋心の宝具に比べればまだ目の前のネフィリムのほうが宝具らしいとすら思っていた。

 

 そんな内側でのワイワイとした話をぶった切るように、さらなる通信音声が届く。

 

『……そっちからの通信は届かないけど、攻撃がない辺りまあずいぶん驚いてもらえたようだねッ!この宝具は、発動時に取り込んでいたものが多ければ多いほどに肥大化するッ!僕がさっきまでに取り込んでいたのは聖遺物、哲学兵装、異端技術の産物──そして、魔都そのものだッ!』

 

 通信音声からは、してやったりと言わんばかりの感情に満ちている。

 

『判るかッ!?魔都に使われている指揮者デモノイズも、深淵の竜宮もッ!全部全部、この僕に取り込まれているのさッ!さっきの戦いも全て、この僕の体内で行われていた戦いに過ぎないということッ!』

「────ッ!」

 

 語りたくてしょうがなかったのだろう、連々と続くウェルの自慢話はしかし、確かに彼の意図通りそれを聞くものを戦慄させる程のものであった。

 詰まる所、彼は魔神が設営したという魔都と同化し、自分自身が魔都として存在していたのだということだ。

 

「って、じゃあなんで最初からその形態で迎え撃ってこなかったんだろう……」

 

 と、ふと立香がぽつりと零す。

 そもそも魔都と一体化し、その全てを取り込み肥大化する宝具を持っているなら最初から使っていれば今までウェルが苦戦する必要がなかっただろうという指摘に、その場に同意の空気が広がる。

 

『そこらへんは何らかの制限があるか、彼の目的に差し障るかというところじゃないかな。それより……』

「判ってるッ!とにかくぶっ飛ばしにいくぞダビデのおっさんッ!」

「それしか手はないかぁ……」

 

 発令所を飛び出したクリスを、ダビデはぼやきながら後を追う。

 

「……で、結局策はあるのか?」

『うーん、本人が通らないって言ってもダビデ王の攻撃を通すしかないんだよねえ……。どうにかウェル博士がいる場所を狙って、あの分厚い聖遺物の肉体を貫いて、宝具の担い手であるウェル博士を昏倒させられれば何とか、ってところかな』

「厳しいな。だが……」

『やってもらわないとね。せめてもう少しでも確率を高められればいいんだけど、今のところは手詰まりだ』

 

 まあ、私がそっちに干渉できそうなことなんて無いんだけどね!と若干自棄になったような笑みを見せるダ・ヴィンチに、キャロルは黙って首を横に振る。

 ややあって、キャロルが口を開く。

 

「……オレが命を賭ければ、通せるだろうが」

『それでは後が続かない。そっちの技術体系に長けてる技術者は君だけだからね』

 

 軽率な特攻はやめてくれよ?とダ・ヴィンチに釘を差されたキャロルは、判っているとだけ呟き口をつぐんだ。

 そんな2人の会話を聞いていた立香はやおらモニターを見上げる。艦上に出たダビデとクリスがネフィリムと対峙する姿を見て、彼女は手を出せずにただ見ていることしかできない。

 

「────絶対、負けない。そして、無事に帰ってくる。そうだよね、ダビデ、クリス……」

 

 だがその眼に不安も、そして不信もない。信じることしかできない立香は、己の信じるという想いだけは貫いてみせると言わんばかりの強い眼差しをモニターから逸らさず、出来ることをするためにキャロル達の元へと向かった。

 

 

 

『来たかい、僕に負ける用意ができたと見えるねぇッ!』

「だぁ、うっせえッ!どでかい声で叫ぶなッ!」

『え、何?聞こえないなぁ?』

 

 ダビデとクリスの2人が甲板に出た途端、それに気づいたネフィリムからとてつもなく大きな声が届く。

 思わずクリスは叫び返すが、距離が距離だからか耳をそば立てるようなややコミカルな仕草をするネフィリムの呼びかけにかき消される。

 そんな軽快な動きで立った波が艦を大きく揺らし、その上に立つ2人はややふらつくも器用にバランスを取った。

 

「うーん、あの図体の割に意外と細やかな仕草が取れるみたいだなあ」

「言ってる場合かッ!?」

 

 呑気に呟くダビデに叫ぶクリス。叱られたダビデは心外だと肩をすくめて首を横に振った。

 

「いやいや、これは結構深刻だぞう。相手がもうちょっと動きが鈍ければまだどうにかなったけど、アレだけ大きい割に意外と機敏みたいだからねー。やっぱりどうにか近寄って『五つの石』を叩き込むしかなさそうだ」

「近づく、か……。っても、この状況でやれることって言ったら……」

 

 クリスは己のギアをちらりと見る。アレ程の巨体に対し痛打を与えられる弱点に近づく、となれば手段は彼女にとって1つしか無い。

 一瞬逡巡するも、目前のネフィリムが動き出そうとしている様を見ればもはや躊躇っていられない状況なのは明らかである。

 クリスはブンブンと首を横に振り、その頬をぱちんと叩いて気合を入れる。

 

「~~ッ!しょーがねえ、やってやるから乗ってみせろッ!」

「おっとクリス、背中に展開したそのどでかいのは何だい?え、まさかそれに乗れっていうのかい!?」

 

 ダビデが地味に慌てた様子を見せるが、クリスはその目線で黙らせる。

 クリスが背負い、今まさに発射しようとしているのは彼女が大技を撃つ際に放たれるミサイル。クリスはダビデに、発射されるこれに飛び乗って制御しろとその眼で伝えていた。

 

 勿論、クリスはじめ奏者たちがこの世界に来てからも散々実演していることではあるが、果たしてダビデにそれが出来るのかは未知数である。だが、事ここに至ってクリスが手を選ぶ余裕はなかった。

 

「エクスドライブできねえ以上、これっきゃねえんだよッ!おら、いっけええええッ!」

 

 ミサイルがパイロンから切り離され、その推進力と揚力のままに直進を始める。

 懸架装置の軛から解き放たれた飛翔体は、数瞬後には英霊ですら容易に追いつけない速度へと加速するだろう。

 

「うわ、本当に撃ったかあ!だったら、流石にやらないわけにはいかないね……っと!」

 

 その様子を見ていたダビデは、覚悟を決めたようにその射線へと飛び出し、白と赤のミサイルへと乗り移った。

 色々器用な彼らしく、初経験であるにもかかわらず重心を巧みに操り、ミサイルをサーフボードのように動かしてみせた。

 

「お、おっとっと。いやあ、意外と動かすの難しいぞこれ」

「そりゃな。それより、出来る限りの露払いはあたしがするから、ダビデのおっさんは……!」

「判ってる判ってる。懐に潜って心臓部、あとは頭部……取り敢えず額かな?そこら辺を攻撃してみるよ!」

 

 クリスの言葉を受け、ダビデはミサイルの進路をネフィリムの中央、真紅の発光機関が妖しく輝く心臓部と思われる方へと向ける。

 

『おっとぉ、空に来たかぁッ!だけど、その貧弱な革紐でこのネフィリムを貫けるかなッ!?』

 

 大音声と共に、ネフィリムがその豪腕を振るう。

 巨体故に緩やかに見える動きだが、その実末端速度は音速を凌駕している。紙一重の回避ではその衝撃波だけで破壊されないと、ダビデはたまらず大きく進路を迂回させた。

 

「くぅ、やるなあ!でも、こっちには頼もしい味方がいるのさ!」

「言ってくれるッ!だったらあたしはその頼もしさをアピールしてやるよッ!」

 

 ダビデに頼もしい宣言されて僅かに頬を赤くしたクリスは、己の乗るミサイルを空へと向け──そこから徐ろに飛び降りた。

 宙に身を投げたその手には大弓が握られており、落下中であるにもかかわらず番えられた矢はネフィリムの額へピタリと狙いが定められていた。

 

『はあん?一体何のつもりか知らないけど、空中じゃあただの的だッ!』

 

 狙われているウェルはその様子を嘲笑し、同時にネフィリムの口腔部に膨大な熱量を収束させる。

 一気に蓄えられた熱量はその余剰分が光として放出され、溢れんばかりの赤光を以て周囲を照らし上げる。

 

『こんな名前がつくのもおかしな話だけど──喰らえ、『光を喰らい、輝きを齎せ(ガーフリート・ワー=エーシュ)』ッ!!!』

 

 ネフィリムから放たれるその輝きは、聖書に語られる火と硫黄を名乗る一撃。

 ウェルが疑問に思うのも当然だろう。悪徳と頽廃に塗れた世界を浄化するための裁きの雷火を、大洪水で滅ぼされるというネフィリムが持つ宝具として冠するのだから。

 

 しかし、そんな彼の疑問もその輝きを曇らせる様なものではない。デモノイズの焼却の炎を軽く上回る灼熱の輝きは今、中空のクリスめがけて放たれた。

 それが当たれば、シンフォギアとて如何様にもできずに蒸発する。それを判っていながら、クリスは身動きできないはずの宇宙で尚も落ち着いた様子で火球を見据えていた。

 

「的だあ?はん、あたしを的にするなんてトンチキ如きにゃ早すぎるってのッ!」

 

 全てを焼き滅ぼさんとする灼熱の輝きは中空に居るクリスに迫り──その瞬間、クリスの身体が一気に引き上げられ、射線から大きく外れた。

 

『何ぃッ!?』

「はん、図体ばっかでかくてトロいんだよッ!見えねえのかよ──あたしの矢がッ!」

 

 そう叫ぶ彼女の手に、先程まで番えられていた矢は既に無い。

 射手ごと炎にまかれる刹那、細く白い矢は狙いを即座に変えたクリスの手により空高くへと放たれていた。

 そして、噴進器による自力加速を行うその矢には光る糸のようなものが伸びており、その先に繋がっていたクリスを空へと引っ張り上げてみせたのだ。

 

『馬鹿な、矢に引っ張られての空中機動ッ!?この、よくもこの僕の見せ場をッ!』

「へっ、お前みたいなやつの攻撃に当たるもんかよ──ッ!?」

 

 クリスがウェルの気を引くように挑発したその時、クリスに当たらず遠く海上へと着弾した火球が、輝きとともに炸裂する。

 その炎はあるいは反応兵器すらも太刀打ちできないであろう灼熱を伴い海上を舐め、膨大な水蒸気による上昇気流がキノコ雲を生み出していた。

 

 閃光に遅れ届いた轟音と暴風に、クリスは思わず顔をしかめた。

 

『は、ははは……ッ!どうだ、この威力ッ!カス当たりでも燃え滓に出来るぞッ!』

「……当たりゃしねーけど、当たったら不味いな。位置取りも考えねーと……って、危ねえッ!」

 

 ウェルの自慢げな声を聞き流し次にどう捌くかに頭を悩ませていたクリスは、爆風に晒されたことで一気にバランスを崩した。

 見れば彼女を引く矢が風に煽られ大きく進路を乱しており、これ以上は無理と判断したクリスは糸を切断する。

 

「ちぃ、落ち……ねえ、よッ!今のあたしは二挺拳銃な竜騎兵(ダブルドラグナー)だッ!」

 

 糸を切ったことで先程までの矢による慣性と爆風により高々と宙を舞ったクリスは、弓だったアームドギアをハンドガンに切り替え何処に向けるでもなく銃撃する。しかし、何かを狙い撃ったわけではないにせよその行動には彼女なりの狙いがあった。

 彼女はふわりと浮いた体躯を器用にひねることで、銃撃の反動で空を駆ける。そしてその先には、先程彼女が乗り捨てたはずのミサイル。

 クリスはそのミサイルの進路に合わせて小刻みな銃撃を繰り返し、遂にはそのミサイルへの再着地に成功したのだった。

 

『嘘ぉ!え、さっきの全部狙い通りの動きなの?』

 

 まさかの曲芸に、モニタリングしていたダ・ヴィンチが驚く。

 クリスは内心では冷や汗モノではあったが、それを押し隠すようにあえてそっけない態度を見せた。

 

「よ、っとと……。いや、撃った弾が何処いくかくらいは判るからな、あとは結構その場でやってるってだけだ。……んで、次は──」

『ええい、無駄に映画みたいなことをするッ!銀幕に映りたいならまずは僕みたいな英雄に……』

 

 器用にバランスをとったクリスがネフィリムの方を見れば、彼女のダイナミックな動きに嫉妬したのかウェルの怒ったような声が届く。

 が、そこで彼も一つの事実に気づいたのだろう。

 

『……待てよ?ダビデは、あのイスラエル王は──』

「漸く気づいたのかよ、本当に目が見えてねえんじゃねえか?」

 

 狼狽したような声音のウェルに、クリスは呆れたように肩を竦める。

 そして一呼吸おいて、クリスは今までにない獰猛な笑みを見せた。

 

「──さあ、次はあんたの番だぞ、ダビデのおっさんッ!」

『何ッ!?』

 

 クリスの声にウェルが反応した刹那、クリスが乗るミサイルと同型のミサイルがネフィリムの頭部めがけて一直線に飛来する。そのミサイルに乗り、器用に手綱を捌くのは言わずもがな、アーチャーのサーヴァント・ダビデである。

 

「いやあ、銀幕に映りたいなら名を残すのは当然だよね!僕なんて名義だけなら何度銀幕デビューしたことか!」

『まさか、さっきのあの無駄に派手な動きは──』

 

 先程までクリスに引きつけられていたウェルは、対峙する2人の意図を察したかのように戦慄する。

 

「へ、もう少し牽制するつもりだったけどな。上手いこと釣られてくれてありがとよッ!」

『こ、のぉッ!』

 

 バカにされたことにウェルは怒りを見せつつも、己へと飛来するミサイルを迎撃するためにネフィリムの拳を振るう。

 その豪腕は過たずダビデの乗るミサイルを捉え、爆散すること無くネフィリムの能力で取り込んでいく。

 巨大なミサイルが溶けるように腕に呑まれていくさまはいっそ不気味なほどであるが、それに乗っていたダビデはすんでのところで跳躍しネフィリムの腕に着地していた。

 

『あ、こらッ!僕の身体から降りろッ!』

「いやあ、ゴリアテに比べて巨大だこと。だからこそ、こうやって表面を走る僕を追いきれないみたいだけどね!っと、ここらへんまでくればいいかな?」

 

 ウェルが己の前腕を駆けるダビデを捉えようともう片方の手を伸ばすも、巨体さ故の緩慢さはダビデを捉えることができない。

 遂には化物めいた口を開いた頭部へとダビデの到達を許してしまった。

 

「さあて、悪いけど牽制は無しだ。初手必中さ──『五つの石(ハメシュ・アヴァニム)』!」

 

 頭部に到着したダビデから、間髪入れずに宝具が放たれる。

 神の加護を受けた事による膂力を用い放たれた投石は、革紐の遠心力による加速も相まり、ウェルの反応を待つまでもなくその頭部へと突き刺さり──。

 

「──どうだッ!?」

「うーん、これはやっぱり……」

 

 遠方から叫ぶようにかけられたクリスの問いに、ダビデは頭をかいて踵を返す。

 その動きで察したクリスは、ミサイルをさらに一発放ってから距離をとった。

 

『……って、何も痛くないじゃないかッ!ははは、こんなものかいッ!』

「っくそ、やっぱりってやっぱりかよッ!」

 

 クリスから放たれたミサイルにダビデが飛び乗った刹那、ダメージがないことを自覚したウェルが高笑いと共に2人を睨む様に眼のない顔を向ける。

 ほぼゼロ距離の『五つの石(ハメシュ・アヴァニム)』も、弱点がレンジ外であればその力は発揮できない。

 あまりに巨体過ぎるネフィリムを前に、ダビデとクリスは解決の見えない難題に頭を悩ませることになった。

 

 

「やはり、通らんな。高くを望みすぎたか……」

 

 モニターを見ていたキャロルが唸る。

 弱点に必中するという概念を持つ宝具であればこそ、ネフィリムの内部に居るであろうウェルをピンポイントで撃ち抜いてくれれば……とキャロルは考えていたが、そううまくは行かないようである。

 

「今のってもしかして……途中で止まったの?」

「だろうな」

 

 モニターで観測していた立香も何故失敗したのかを理解しているのだろう。確信こそ持てないから一応ぼやかしているものの、その言葉は核心を突いていた。

 

『"ネフィリム"自体は十分に射程範囲だろう。ただ、ダビデ王の宝具における"レンジ"はあくまで投石の届く範囲であって、投石自体が自己推進力を持ってるわけじゃない。肉体を貫いてすぐに弱点がある人体とかちょっと大きいくらいの巨人や幻想種ならさしたる問題にならないんだろうけど、あそこまで大きいとなあ……』

「そのくせ弱点が小さいのもあるか。ウェルが弱点なのか、あるいは心臓が弱点なのかはわからんが……どちらにせよ、生物としては体躯に対して小さすぎる」

 

 ダ・ヴィンチとキャロルが難しい表情で言葉を交わす。

 

 そう、射程自体は問題ない。ダビデの宝具である『五つの石(ハメシュ・アヴァニム)』は射程だけなら聖剣と同程度の長距離攻撃を可能とする宝具である。

 立香の、そしてキャロルやダ・ヴィンチが問題しているのはネフィリムの身体の、特に肉の分厚さである。

 体躯自体が天を衝くほどに巨大であるにもかかわらず、弱点であると予想されるウェルは人間大。もしもネフィリムの心臓が弱点であるなら、その大きさは人間が片手で持てる程度しかない。それっぽっちの大きさの弱点を、分厚い肉の塊をかき分けて命中するだけの貫徹力が『五つの石(ハメシュ・アヴァニム)』にはなかったのだ。

 

「…………」

 

 その場に沈黙が落ちる。

 全員が全員策を考えているのだが、それでも根本的に威力が足りない以上どうしようもない。

 と、ふと立香がなにか思いついたように顔を上げる。

 

「ねえ、ダビデの宝具の威力を底上げできればいいんだよね?」

『うん?まあそうなるね。だけど立香ちゃんの魔術礼装くらいじゃ流石にどうにもならないぜ?』

「あ、いやそうじゃなくてね……」

『?』

 

 どうやら魔術礼装による強化を用いようとした訳ではないらしい立香に、ダ・ヴィンチは疑問符を浮かべる。

 立香はマスターとしての適性は高いが魔術師としての適性は無いよりマシ程度。マスターに貸与されている魔術礼装以上の支援でありうるとすれば令呪だろうが、この場でそれを切るつもりだろうかと僅かに眉根を寄せた。

 

「あのね……」

 

 そんなダ・ヴィンチの心情を露程も知らず、立香は自分の策を2人に披露した。

 立香の言葉を聞いた2人は最初は訝しげな表情を浮かべたが、話を聞いていく内に表情が変わっていった。その変化はまさに、彼女の話に可能性を見出したようなものであった。

 

 

 

『……というわけだ、出来るかい2人とも?』

 

 相も変わらずミサイルを足場のように使いながら、時には捨てて新しいミサイルに載りながらネフィリムの攻撃を躱していたダビデとクリス。そんな、終始守勢に抑え込まれていた2人の元にダ・ヴィンチから通信が届く。

 立香の提案をダ・ヴィンチとキャロルが詰めた作戦を伝えられ、2人の表情は何とも形容しがたいものとなっていた。

 

 やがて脳内で検討を終えたダビデが、静かに口を開く。

 

「うーん……そうだね。難しいけど不可能じゃない、かな?ただその場合、厳密には宝具と言うより……」

『判っている。正式な宝具と言うより伝承再現による概念攻撃──いわば、即席の哲学兵装になるだろう。使用者が伝承の当人だから不成立の可能性は低いとこちらでは結論が出たが……』

「まあ、そうだね。ただ、僕はともかく──クリス!聞こえるかい、君の方は問題ありそうかな!?」

 

 ミサイルでお互いネフィリムから付かず離れずを維持しつつ飛び回っているクリスに対し、ダビデは大声で呼びかけた。

 ダビデに水を向けられたクリスはうんうんと唸っていたが、ややあって口を開いた。

 

「……空中じゃない、どっか足場が──S.O.N.G.本部の甲板でやるしかねえぞッ!それに弾体も要る、イチイバルじゃ吸収されて無力化されちまうッ!」

 

 ダビデの大声に釣られたのか、自分も大声で返答するクリス。

 声こそ大きいが冷静に作戦の是非を検討したのだろう、彼女の言葉には言外に無理であることを告げていた。

 

『弾体はオレがどうにかしてやる。本部の甲板でやることについては……まあ、そこもオレがどうにかするしか無いだろうよ』

 

 そんなクリスの答えも予想できていたことなのだろう、キャロルもまた冷静にクリスの言った問題点への対策について(詳細はともかく)言及する。

 どうにかする、といったあやふやな回答しか返さないキャロルに、クリスは激昂すること無く口を開いた。

 

「……できんだな?」

『やってやるさ。吐いた唾を飲むつもりはない』

 

 通信機越しに届いたキャロルの声は悲壮感を微塵も含まず、たとえギリギリの賭けであろうとも勝つつもりしかないと言わんばかりの決意が満ちている。

 そこで、クリスの肚は決まった。

 

「だったら、あたしもやってやるッ!いくぞダビデのおっさん、これでアレとの幕引きだッ!」

「よぉし、ギリギリの戦いだ!いやあ、賭け事ならここで自分に賭けるところだ!」

 

 まあ僕が出る時点で賭けが成立しないけどね!などと嘯くダビデは、最後のミサイルを乗り捨ててS.O.N.G.の甲板に降り立つ。

 

『チョロチョロと逃げ回っていたみたいだけど、とうとう本丸諸共降参するつもりかい?尤も、今更降参なんてされても無意味だけどねぇッ!!』

 

 先程から器用に攻撃を避けられ続けていい加減頭にきたのだろう、ウェルがそう吐き捨て本部へ体ごと向き直る。

 固まってくれて好都合とばかりに、その口腔部には膨大なエネルギーが収束し始める。

 

「ちぃ、気が早すぎるッ!おいキャロル、何とかするって言ったからにはなんとかしろッ!」

『やかましい、判ってるッ!──あの魔神が几帳面で助かった、今のタイミングなら……ッ!』

 

 クリスの悲鳴に近い呼びかけに、キャロルも焦った様子を見せる。

 ウェルの行動の速さに舌を巻きつつも、それでも即座に錬金術の陣を構築する。

 

『無駄だよ、無駄ッ!今度こそお陀仏だ──『光を喰らい、輝きを齎せ(ガーフリート・ワー=エーシュ)』ッ!!!』

 

 中空に紋章陣が展開されると同時に、すべてを飲み込む灼熱の業火球が放たれる。

 その熱量に気圧されながら、それでもキャロルは怜悧に的確に己の磨いた術理の集大成を起動した。

 

『無駄なものかよ──"ヘルメス・トリスメギストス"ッ!』

 

 それは錬金術の伝説。神の名を冠する原初の錬金術師の名を冠した三重障壁。

 天体運用など錬金術以外の術理を組み込み、ごく限られたタイミングした展開できないその術式は、その使いづらさに見合っただけの防御能力を持つキャロルの最強の守り。

 本来なら運用が限られるそれも、魔神が結界として場を整えたこの世界でなら話は別。完全な形で起動した術式は、太陽の如き灼熱を受け止めた。

 

『そんなちゃちな盾で一体何が出来るッ!?いいや、何も──ッ!?』

 

 それを見ていたウェルは愉悦混じりに嘲笑し──その言葉が途切れる。

 

 確かにウェルの言うように、最強の守りと言っても術式としてはの話。ネフィリムの炎を受けきることなどできようはずもなく、事実炎に接触した時点でその障壁はひび割れ、瞬く間に崩壊しようとしてた。

 しかし同時に、紙のような防壁を瞬く間に償却せんとした火球は、彼の目の前で広がっていく。

 威力が弱まっているわけではない。しかし、広く展開された障壁の抵抗を避けるように、灼熱の塊は行き場を変えて受け流されていく。

 

『誰が馬鹿正直に受け止めるものかッ!そんなのは一度で懲りているッ!』

 

 キャロルが己の狙い通りに進んだことで声高らかに叫ぶ。

 そう、この障壁が高度な術式を用いていようとも。完全聖遺物にして大量の聖遺物を共食いしたネフィリムの炎を直接受けきれることは不可能であり──だが、その灼熱の広がる平面をコントロールし、炎の逃げ場を与え、受け流す程度の強度はあった。

 上空へと受け流された炎は本部の真上を進み、甲板を僅かに炙った程度ではるか後方へと去っていく。

 当然、灼熱の余波は甲板上の人間にある程度の影響を与えはしたが、到底致命傷にはなりえない。

 

『おのれ、一度ならず二度までも……ッ!』

「安心しろ、三度目はねえよッ!」

 

 外れた宝具を見送り歯噛みするウェルの耳に、猛々しい少女の声が届く。

 

『──何ぃッ!?』

 

 声につられてネフィリムの頭が甲板の方へと振り向けば、先程も立っていた2人。

 しかし、そこには宝具を放つ前の甲板には無かったはずの異様な物体が鎮座していた。

 

 巨大な2本の支軸に支えられた天秤のような形状のそれは、しかし片側だけが異様に伸びている。その先端部からは紐が支軸の根本にまで引かれ、結ばれている大籠には岩塊が搭載されていた。

 一方、支軸を挟んで天秤の反対側には紐がだらりと垂れ下がっており、地面にわずかに届かない程度まで伸びたそれをダビデがしっかりと握り込んでいる。

 

 赤と白のカラーリングを持つことから、ソレがクリスの持つイチイバルのアームドギアであることを示していたが、それにしても彼女が平時使用する各種武装とは趣を大きく異ならせている。

 あまりにも古臭い。あまりにも非効率が過ぎるソレは、ウェルの知識にこそ存在すれども実物なんていまこのときまで見たことがないもの。 

 

 映画か何かでしか今般見ないようなソレを前に、もともと我慢弱いウェルは叫んだ。

 

投石機(カタパルト)だとぉッ!?』

 

「いくぞ──その腕に力入れなッ!」

「勿論!かわいい声援を貰えれば百人力だとも!」

 

 クリスとダビデの勇ましい掛け声とともに、それは動き出した。

 

 本来なら数十人で引いてようやく動かせそうな巨大な梃子を、ダビデは持ち前の膂力で一気に引き絞る。

 その動作に応じ、クリスが半ば自棄で作り出したアームドギアがその設計構造に合わせ、「ダビデの力」により支持腕を大きく撓らせる。

 そして、キャロルが錬金術で作ったどこか結晶体のようにも見える岩塊が装填された籠が支持腕末端部にくくられた紐によって大きく引かれ、超巨大なスリングの様な軌道を描いた。

 

『まさか……まさかまさかッ!そんなのでこの僕を──ッ!?』

「コイツはおまけだッ!」

 

 ウェルの悲鳴のような叫びを更に助長させてやるとばかりに、籠に取り付けられた噴進機が投射物を急加速させ、そのままネフィリムへと撃ち放った。

 

 本来なら曲弾道を描くはずの弾体が直線を描く。ウェルも防御しようと腕を構えるも、その反応に肉体が応える前に弾体はその頭部へと迫っており──。

 

『せめて、顔は止め──ッ!』

 

 ──彼の言葉を最後まで言わせること無く、ネフィリムの頭部を吹き飛ばした。

 

 

 

 巨大な岩とソレを遥かに超える巨人の衝突に、辺りに轟音が鳴り響く。

 衝突時に発生した衝撃波が艦や大気を大きく揺らし、海面は細波立った。

 

 小さく発生した波しぶきを被ることを厭いもせず、クリスはネフィリムを見据える。

 

「……やった、か?」

『いや、まだだな』

 

 クリスが頭部が吹き飛んだネフィリムを見て呟いた一言に、キャロルが即座に反応する。

 その言葉が示すとおり、ネフィリムは未だに生きていた。今はゆらゆらと揺れているが、アレだけの一撃を受けて尚もネフィリムはその肉体を保ち続けている。

 頭部こそ失えど、ネフィリムの本体は心臓そのもの。逆に言えば、心臓を破壊しない限りネフィリムを破ることはできないということでもある。

 

『今もネフィリムが生きているということは、やっぱりウェル博士は心臓付近に居たんだろうね。なるべく弱点は増やしたくないってことかな?』

『だが、ウェルがどうあろうともネフィリムが機能不全に落ちていることは確実だろう』

「そういうもんかよ……ってか、こっからどうするんだ?」

 

 ダ・ヴィンチとキャロルの会話を聞いていたクリスが、投石作戦の先について2人に尋ねる。

 

『そうだな。ダビデ王の投石器……投石機だが、まあ些事だろう。それによる投石が頭部にヒットしたことで、巨人であるネフィリムは確実に行動不能になった。あとは復旧する前にウェルを引っこ抜いてこれれば……』

『……いや、難しいかもだ。予想より再生速度が速い、ゴリアテと違って頭部が弱点っていい切れないところがあるからかな……悪いけど、すっごく急いでもらわないと──』

 

 キャロルとダ・ヴィンチが口々に語る。

 確かに、とクリスは悩みながらもミサイルを展開する。今も彼女の見ている前で、ネフィリムは失った頭部を埋めるかのように周辺組織からにょきにょきと再生を始めている。

 

(遠目で見てるあたしにだって判るぐらいの速度だ。こりゃマジで急がないと──)

「まあまあ、ちょっとまってくれ」

 

 と、さあミサイルを発射しようとしたクリスの肩をダビデが叩く。

 

「な、何だよ、あんたも乗る準備を……?」

 

 急なボディタッチに若干慌てながらクリスが振り向いたとき、どこか神秘的な香りが彼女の鼻をくすぐる。

 その匂いにふとダビデの手元を見れば、そこには先程まで守っていなかった小さな、しかし高価そうな細やかな細工の香炉が彼の手のひらに置かれていた。

 何処か輪郭が揺らめくその香炉は、まるで蜃気楼のようにも見える。

 

『ダビデ王、それは……?』

「ああ、そういえば初お披露目かな?ほら、言ったろう?動きが鈍ければどうにでもなる、って」

「確かに言ってたな。って、ことはそれは……」

 

 クリスがまさか、と言わんばかりにダビデを凝視する。

 今の今まで、彼女はこの場でダビデが使える宝具を「五つの石」だと思っていた。正確に言えば、それだけだと考えていた。

 だが、英霊の宝具は1つだけではない。それはウェルが示していたことだし、カルデアからの情報にもあった。

 そしてダビデも複数の宝具を持つ英霊であるという情報があり、過去にもカルデアは「五つの石」と「契約の箱」を確認しているということは伝えられていたのである。

 「契約の箱」はその逸話上到底使用することができない危険物であるとのことから、この戦闘においては「五つの石」を拡大解釈するなどの手段を用いるのだとクリスは考えていたのだが。

 

「そう、宝具さ。今まで使う機会がなかったけど、こんな場面なら使いどころだ」

『えっ、ちょっと聞いてないよダビデ!他に宝具なんて持ってたっけ!?』

 

(カルデアも知らないのかよッ!?)

 

 マスターである立香からの慌てたような通信に、その宝具が今まで使用されないまま秘匿されていたという事実を知り驚愕する。

 危機管理とか大丈夫なんだろうか、とこの場にそぐわぬ変な心配すら脳裏に浮かぶ始末である。

 

「さて、と……主に叛きし堕天の裔、暴食に相果てるカナンの民よ」

 

 宝具仕様の手はずを整えたのだろう、ダビデがネフィリムを見据え言霊を紡ぐ。

 彼の手に握られた香炉から紫煙が立ち昇り、急速再生のために動くことのできないネフィリムを包むように広がっていく。

 辺りには霧が立ち込め、先程まで海を照らしていた陽光を遮るかのように暗雲と雷光が空を覆う。

 

 その異様さ、不可思議さはその場にいるものなら肌で感じる程であり、ダビデの側に立つクリスは肌が粟立つような感覚を覚えた。

 

 

「善なる者は既に離れた。巨人よ、ネフィリムよ。今こそ諸罪を濯ぐ時だ。……さあ、お披露目と行こうか!──『燔祭の火焔(サクリファイス)』!」

 

 

 宝具の真名がダビデの口から放たれると同時に、ひときわ大きな雷鳴と共に光り輝く業火が天より降る。

 神に命じられ灯された、明るく輝く最も熱い火焔は、神に反逆した堕天使の末裔たる巨人の肉片を一片も残さぬとばかりにその巨体を飲み込んだ。

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