SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第15節 栄光の英雄:革命

 燃える。燃える。

 聖遺物を取り込み、深淵の竜宮を取り込み、まさに神話に語られし巨人と化したネフィリムが今、巨大な松明となり海上を煌々と照らしあげる。

 天より来る罰の炎、生贄を余すこと無く舐めるように焼き払うシナイの炎によって、暴食の巨人ネフィリムは生贄としてその一片を残さぬよう焼却されていた。

 

「…………」

 

 普通にやったらまず勝つことのできない相手。やっと、どうにかという思いでダビデと共にネフィリムを撃破したクリスは、その光景をただ見続けていた。

 

(……やってるときは無我夢中だった。でも、あたしはあいつをやっちまったのか……)

 

 せめて今からでも止めたほうが、そう思いつつも口にだすことができない。

 ネフィリム、ドクター・ウェルは魔神の手先として立ちはだかった。彼は疑似サーヴァントではない純正の(この世界限定ではあるが)サーヴァントであり、仮初の生命である。この世界を救うためには倒さなければならない相手だった。

 

 だから許される、なんて思っているわけがない。雪音クリスは確かにドクター・ウェルの霊基を破壊……殺すための戦いに望んでいたのだ。

 

(あのバカなら、もしかしたら説得とかできたんじゃないか……?あたしは、あたしには……)

 

 そんなとき、彼女の脳裏に浮かぶのは自分を助けてくれた……自分と手を繋いでくれたガングニールの少女。

 シンフォギア装者でありながらアームドギアを持たず、他者と手を繋ぐことこそを己のアームドギアと定めた立花響なら、あるいはウェルとも和解できたのではないだろうかと思ってしまう。

 

「あー、その……後悔しているのかい?」

 

 戦いの結末に煩悶していたクリスに話しかけてきたのは、彼女と共に戦った弓兵、アーチャーのサーヴァントであるダビデだ。

 ダビデは彼女を気遣うような目線を向けてきており、その態度は逆に己の行動をある種割り切っているだろうことがクリスには理解できた。

 

「……しないわけないだろ。でも、これはあたしが背負わなきゃいけないことだ」

(そうだ、あたしは理由はどうあれウェルを撃つ道を選んだんだ。だったら、この業を背負わなきゃいけない)

 

 苦しむような声音で、だが毅然とダビデに答える。

 彼女の言う通りその声には後悔が滲み出ており、それでも尚、それを捨てること無く抱えて進むという意思が顕れていた。

 

「……あー、うん、そうかい」

 

 そんなクリスに、ダビデは何処か言いづらそうな様子で言葉を切り出しあぐねた様子を見せる。

 ぎこちなさを見せるダビデに、クリスは訝しげな様子を見せる。

 

「あたしに気を使ってんのか?……いいよ、そんなにあたしに遠慮しなくても……」

「ああ、いやあそうじゃないんだ。ただ、これを言うと流石に……」

「……?だったら一体……」

 

 クリスがぶっきらぼうに答えれば、ダビデは更に挙動の不審さを増していく。

 一体何なんだ、と気が沈んでいたクリスが少々声を荒げた時。

 

『2人共、気をつけろ!敵サーヴァント、まだ霊基が消滅していないぞ!』

「────何だとッ!?くそ、あれだけやってもまだ足りないってのかよッ!」

 

 未だ燃え続け、祭壇の如き姿へと変えた炎を見据え叫ぶクリス。

 最早炎の向こうに影も見えない有様だと言うのに、それでもまだとどめになっていないという事実にクリスは歯噛みする。

 

(くそ、だったら今度こそ──ッ!)

 

 いよいよ己の手で、と覚悟を決めかけたその時、ダビデがクリスを制するように前に出る。

 

「ダビデのおっさん……?」

「おっさんは止めてほしいなあ。それにクリス、君が手を下す必要はないよ?手を汚すのは英雄の仕事で、君達のようなかわいい女の子にやらせることじゃないからね」

「──それは……」

 

 そういって朗らかに笑うダビデ。

 自分を気遣っているのだろう、その言葉にクリスは一瞬安堵し、そんな自分に嫌悪感を抱いてしまう。

 

 だからこそ、クリスは安全圏にいようとする自分に活を入れるように強がりを口にした。

 

「……あんたひとりに背負わせる気はねえよ。あたしだってそれを選んでんだ、今更……」

 

 今更自分だけ責任から逃げようなんて思っていない。口にはしないものの、彼女はそう考えていた。

 そんなクリスの前で、ダビデは目線をわずかにそらし、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「んー、いやそうでもないんだ。そもそも僕は背負う気なんて無かったし、もっと言えば彼を殺すつもりなんて無かったし」

 

 

「……は?」

 

 その言葉に、クリスは言葉を失う。

 申し訳なさそうに頭をポリポリと掻く美青年の言葉は、クリス先程までのクリスの内心の葛藤を根こそぎ霧散させた。

 

「って、どういうことだよそれッ!?」

『ちょっと、こっちも聞いてないよダビデ王!?え、立香ちゃんは知ってた?』

『知らなかった!え、何々どういうことなの!?』

 

 わちゃわちゃとそれぞれにダビデを問い詰める面々。ダビデは飄々とした笑顔で受け流すが、流石に黙っていたことは悪いと思っているのだろう、無用に言葉を返すことはなかった。

 

「っていうか、あの炎でどうやって……ッ!?」

 

 クリスは先ほどダビデが使用した宝具を思い出し燃え上がっていたネフィリムの方を見る。

 実際に目の前でアレだけの大火炎をぶっ放しといてソレはないだろう……そう思ったところで、炎の祭壇が消滅し、霧や煙が霧散した。

 そこにネフィリムの姿はなく──しかし、海面にはウェルがぷかりと浮かんでいた。

 

「うーん、種明かしをするとだ。あの宝具は天罰の業火で神の意に沿わない存在を灼くものだ。で、ネフィリムは間違いなく神の意に叛く巨人だろう?だから『燔祭の火焔(サクリファイス)』はネフィリムにはまず通るだろうと踏んでいたんだ」

 

 ダビデはそう言って己の手中にある幻想の香炉を見る。

 神秘的なそれは既に紫煙を吐き出すのを止めており、ややもせず光の粒子となって消滅した。

 

「でも君達も知っている通り、こっちのネフィリムはエネルギーの収奪・転用能力を持っている。だから概念による干渉はともかく、熱エネルギーは通らないだろうとも思っていた」

 

 そう言われて、クリスは魔都での遭遇時の戦闘を思い返す。

 言われてみれば、ウェルは炎に満たされた竜宮の中でも本人はおろか白衣にすら焦げ目が無かった。

 サーヴァントには神秘によってのみ傷つくという性質もあれど、ウェル自身の炎である以上その性質による防御を行ったわけではないことは明白でもある。

 

「って、それはあくまで聖遺物由来のエネルギーの話だろ?あんたの宝具は別に聖遺物とかじゃ……」

「いやあ、まあそうだけども。だからここらへんは賭けだったね。ほら、聖遺物を取り込むのは聖遺物ネフィリムとしての機能だろうけど、今の彼は信仰に依るサーヴァントだ。"暴食"の概念、特にも共食いの性質をもつ"宝具"ネフィリムなら、宝具のエネルギーも吸収できるんじゃないかと思ったわけだ。それならほら……あれだよ、魔神の要素が入ったデモノイズあたりだけ概念焼却されて、本人は焼死しないかなって」

 

 まあ、駄目だったら燃え尽きる前に宝具を止めればよかったわけだし……などとすっとぼけた態度を見せるダビデに、良くも悪くも肩の力が抜けたクリスが膝をつく。

 

「そういうことは……先に言えよな……」

「悪い悪い。……で、君はなにか言いたいこととかあるかい?」

 

 クリスに軽く謝ったダビデはそう言って艦の舳先を見やる。

 それに釣られるようにクリスが目線を向ければ、そこには海からどうにか這い上がったのであろうウェルがフラフラと立ち上がっていた。

 

「はぁ、はぁ……よくもまあやってくれたな……ッ!こうなったら、僕の最強宝具で……ッ!」

「まあまあ、落ち着いて。今回君を生かしたのは偏に交渉したいことがあったからさ」

「交渉……?へぇ、言うだけ言ってみるといい。僕は文明人だからね、言葉のキャッチボールは望むところさ」

 

 どうやらダビデに戦意がないことを感じたのだろう、眼をギラつかせていたウェルはすっと理知的な表情へ戻る。

 

『ちょっとダビデ聞いてないよ!交渉ってどういうこと!?』

「いやあ、教えるタイミングがなかったからなあ。彼がどういう人間性と価値観のもとに行動しているか理解しないことには、まず交渉内容が決まらないし……。あ、悪巧みってわけじゃないんだ!そこは信じてもらえると嬉しい!」

『そこは信じるけどさ……。うーん、念話で相談する余裕もなかったししょうがないかな?』

 

 やいのやいのと通信で話し合う主従。

 最初は相談もなしに……ということで問い詰めもしたが、ダビデの言葉に一理あると考えた立香は素直に引き下がった。

 

『やれやれ。まあ、立香ちゃんがいいって言うならいいけどね。ただ、交渉と言っても勝算はあるのかい?』

「そこはまあ、ある程度は目算が立っているからね」

 

 勝算はある、というダビデの言を受け、マスターが引き下がったこともありダ・ヴィンチはこれ以上問いただそうとせず、肩をすくめ傍聴する態勢をとった。

 

「それで?ごたごた相談は終わったみたいだけど、僕にはどういう飴をくれるつもりかな?」

「……そうだね。まず、今回はこんな風にぶつかっちゃったけど、そもそも僕らは手を取り合えると思うんだ。そう、魔神による世界の危機を止めるためにね!」

 

 ダビデがそんなの当然だよね、と言わんばかりのイイ笑顔で堂々とのたまう。

 そのあまりにも自信満々の彼に、その場の空気が凍る。

 

「……いきなり正気かい?それに僕の計画は話したはずですけどねえ?」

 

 胡散臭いものを見る目を向けるウェル。

 口にこそしないがクリスも同じ様に思っているらしく、胡乱げな目線をダビデに向ける。

 さっきまで敵味方に別れていた2人から向けられる猜疑の目を受け止め、ダビデはなおも笑顔を崩さない。

 

「勿論聞いたよ?あ、あの時小粒がどうこう言ったのはあれだ、挑発するためだから許してくれ。それはさておきその作戦には欠点がある、違うかい?」

「欠点?そんなの……タイミング見極めて乾坤一擲しなきゃ駄目ってことぐらいじゃないか。そんなもん欠点なんて言わないよ」

 

 何を馬鹿な、と呆れたように鼻で笑うウェル。常人からすればかなりの欠点のはずだが、ウェルからすればそれは欠点ではないらしい。

 

「いや欠点だろ、どう考えても……」

「ああ、まあそれは欠点って言うほどじゃない……というか、彼1人だとそれくらいしか可能性がないからね。でも、僕が言いたいことはそうじゃないよ」

 

 呆れたようなクリスを嗜めつつ、チッチッと指を振るダビデ。

 その露骨に煽ってくる態度に苛ついたのか、ウェルの額に青筋が浮かぶ。

 

「……それじゃあ、一体何が問題だっていいたいんだい?」

 

「ああ、まあ簡単なことでね……君の作戦の欠点、それはひとえに僕らが居るってことに尽きるのさ」

「はぁん?正気じゃないと思ったら本当にトチ狂ったのかい?」

 

 己を棚に上げてダビデの精神状態を疑うウェルに、ダビデは更に笑みを深くした。

 

「そう思うかい?言っちゃアレだけど、今この世界を救おうとしている僕らは分断した戦力だけで君に勝てたわけだよ?」

「──ッ!それは……」

「本来的な実力で言うなら君のほうが上だとしても、僕らの作戦程度で上回られる君より僕らの全戦力のほうが強いと思わないかい?」

「ぐ、ぐぐぐ……」

 

 ウェルが言葉に詰まったと見るや畳み掛けるダビデ。

 実際はウェルが巨人殺しであるダビデに相性負けした(しかもギリギリ)のであり、他の戦力が居たから強いと言い切れるようなものではないのだが、そんなことを感じさせないようなダビデの振る舞いがウェルを抑え込むことに成功していた。

 

(……傍から見るとサギまがいだよな……。いや、別に騙してるわけじゃねえけどさ……)

 

 そんなギリギリの戦いをダビデと共に制したクリスの心情はなんとも複雑なもので、共に戦った人間が今まさに弄言の限りを尽くしているさまを一歩引いて眺めているしか無かった。

 

「……ええい、それで結局何が言いたいッ!もし、そうもしもそっちが言ってるみたいに僕が君らの全戦力より弱いからって、それがどうしたっていうんだッ!?それとさっきの手を取り合うとかいう戯言と何が関係するッ!?」

「おおっと、そうだったそうだった」

 

 ダビデのネチネチとした言葉に耐えきれなくなったウェルは、さっさと話を進めるためにと話題の核心に触れる。

 明らかに冷静さを失ったウェルを見たダビデは、流石にやりすぎたかなと全く悪びれずにすっとぼけた態度を取る。

 

「そうそう、つまりだ。──僕らなら、あの魔神に勝てる。君のように僅かな可能性に賭けるなんてことをせずともね」

「────」

 

 そう、さらりと言い切った。

 

(何を……いや、まさか本当にそうなのかッ!?)

 

 ダビデがあまりにも軽く言うものだから、ウェルはその言葉を真実であるかと疑ってしまう。

 彼の目に映るユダヤの王は、全く気負わない態度を崩さない。戦闘時に見せていた焦燥の様子などと比較して、ダビデは全くの自然体を成したままであるようにウェルには見えてしまっていた。

 

(────って、はあッ!?ウソだろッ!?いや、確かにあたしらはそう意気込んじゃいるが、ダビデのおっさんは勝つ見込みあんのかッ!?……いや、とりあえず顔に出すな、説得力が落ちちまうッ!)

 

 なお、言葉にされたダビデの考えについてクリスは何ら聞かされておらず脳内でパニックを起こしていた。

 幸い、冷静さを失っていたところでとんでもないことを言われたウェルはダビデに注視していたため、クリスの心情丸出しの表情は見られずに済んだ。ウェルが周りに確認するように視界を動かす頃には、クリスも表情を上手いこと取り繕い終わっていたで事なきを得ていた。

 

 そんな彼女たちの心情を露知らず、ウェルは周りも当然だと言わんばかりの表情を浮かべている様子を見て、成程確かな勝算を抱いているのだろうと考える。

 そして、ならばこそダビデの「手を取り合える」という言葉を発した意味についても理解が及んだ。

 

「……ふぅん。ということは、僕が君らに手を貸すことでより勝算を上昇させたいということか。成程、確かに最終的には魔神の排除をお互い掲げているものな、君らの理屈も通る」

「そうとも。そしてそこらへんは僕らの都合だけど、君にとっても都合がいいだろ?なにせ僕らが先に魔神を倒しちゃったら、出待ちしている君の活躍の機会は無いんだぜ?ほら、君も僕らと共に戦えば世界を救った英雄として武勇伝が増えるし良いこと尽くめじゃないかな?」

 

 自分たちの都合とウェルの都合、その双方の観点から利点があるのだとダビデが語る。

 

「…………」

 

 その言葉にすぐに反応せず、僅かに考えこむウェル。

 さんざんダビデに煽られてヒートアップしていた精神が冷えたことで、今のウェルはダビデに付け足された言葉を吟味する余裕ができていた。

 

(……別に僕はあいつらをほっといても問題はない。僕が既に英雄なのはそのとおりだし、魔神が倒れた時点で平行世界に渡り、人理精算後に戻ってくるという僕の計画を考えれば……極論、誰が魔神を倒しても問題はない)

 

 頭を冷やしたウェルは、ダビデの言うように彼らの戦線に参加する必要がないことは理解していた。

 最終的な目標を達成するに当たり、自分が体を張る必要は皆無である。そのことを、ウェルの冷静な部分──理性ではそう考えていた。

 

(だが……)

 

 ウェルは先程のダビデの言葉を思い返す。

 世界を救ったという武勇伝が増える、というのは自己顕示欲の強い彼にとってはそこそこに甘美な話ではある。もっとも、リスクとリターンが釣り合わない話でもあるためすぐに飛びつくなんて短絡的なことを考えるわけもない。

 

 やはり、勝手にやらせるべきか。そう考えたところで、ダビデが更に言葉を付け足す。

 

「それにさ。魔神が大儀式を完遂するまで君を生かすというのは結局、敵対者がいる場合の話じゃないかい?仮に君の計画を知らない可能性があるとしても、膨大な魔力リソースの塊であるサーヴァントを維持するコストを残しておくほど魔神は非合理的なものじゃないと思うよ?」

「それは……まあ、そうかもしれないね」

 

 渋々と認めるウェル。

 彼は「魔都を守っている」ことを対価に「魔神はウェルを自発的に害さない」という条件を付与した契約を結んではいたし、魔神はそういった契約ごとには厳格であるという性質を持っているものと考えてウェルは計画を立てていた。

 しかし、切り捨ての可能性があるというのは全く否定できるものではない。ダビデの言うように「魔都を守っている」というのは敵対者が居る前提だ。S.O.N.G.とカルデアの全戦力を打ち倒したらその時点で「守っている」という条件が成立しない、とされる可能性だってある。

 

(少なくとも僕が同じ立場ならさっさと切り捨てるってもんだ。だからわざわざ聖遺物を取り込んでこっちに居残る楔にしてるんだしねぇ)

 

 契約を遵守するのが悪魔なら、契約の穴をつくのもまた悪魔なのである。召喚のエキスパートである魔神にどれほど対策が取れるかは不明だが、ウェルは出来る限りの策を練った上で不意打ちに全力を注ぐ腹づもりであった。

 

「……確かに、そっちに乗るほうが色々都合が良さそうだね」

 

 そしてそんな彼だからこそ、遠回しな魔神への叛意を口に出すことに躊躇いはなかった。

 そもそも当初の「大儀式のタイミングで全力で不意打ちして魔神を撃破する」という計画はそもそも、魔神が正面からやり合うには色々と面倒な相手であるからそういう手段を選んだに過ぎない。

 戦後の自分の英雄化・神格化が進みそうだから……というのもそうだが、何よりそのタイミングが最も勝率が高くなる──つまり、ウェル1人で十全に勝ち目を見出だせるのがそのタイミングでしか無いということだ。

 

 だが、ここで魔神と真正面からやり合って勝てる勢力であるという自負を持ち、己を負かした勢力が盤面に居るとなれば話は変わるだろう。

 ウェル自身が言ったように、魔神が出てくるタイミングには大体の魔神の策は終わっているため、それ以降は何時戦ってもあまり変わらない。

 極端なことを言えば、たとえ不意打ちだろうと正面戦闘だろうと、魔神に勝ちさえすればウェル自身の願望である「人理精算後の世界で超英雄として君臨する」という目論見を達成することに何ら支障はないのだ。

 

 であれば、最も勝率が高くなるのがどのタイミングであるかは自明である。

 

「……いいとも。どっかの拳特化な装者の言葉じゃないけど、ここは一つ手を取り合おうじゃあないかッ!なあに、この僕が陣幕に加わったからには百人力だともッ!」

「おお、助かるよ!いやあ、強力な味方にいくらいてもいいからね!人間性はアレだけど、すくなくとも裏切らないだろうことはわかってるなら十分さ!」

 

 自分の中で納得がいったのだろう、実に清々しい笑顔で掌を返すウェルを大げさに歓迎するダビデ。

 

「……ま、いいか」

 

 大人の黒い取引の現場のような打算まみれのシェイクハンドに、傍に立っていたクリスはどうにでもなれとばかりに匙を投げた。

 

 

(……ところでダビデ、本当に勝てる見込みはあるの?)

(マスター、時には方便も大事だとも。なあに、火力だけならビーストクラスに引けを取らない彼が仲間になったからね、勝ちの目は今まさに十分に生えたところだよ)

(…………まあ、そんなことだろうと思ったけどね……)

 

 ──尚、交渉成立後に立香とダビデの間で念話が交わされていたが、その内容を知るのは2人だけであった。

 

 

 

『えー……というわけで、魔都ホドの守護天ことドクターウェルが仲間になったよ!皆、拍手ー!』

「ご紹介に預かり光栄の至りッ!さて、この僕が君らの仲間となったからには忙しくなるぞッ!」

 

「……戻ったと思ったら、一体どういうことなんだ……?」

「さ、さあ……?」

「ここまで来て、またもドクターに付き合わなきゃいけないのね……」

 

 ダ・ヴィンチの妙に脱力したような紹介に合わせ、大仰な身振りと共にウェルが一歩前に出る。

 途中から戦闘の場を移していたクリス達に次いでS.O.N.G.本部に戻った別動班を出迎えたのは、そんな光景だった。

 響と翼は困惑し、マリアは頭を抑えている。

 

「というか、一体何があったのだ?」

「あー、まあ色々あったんだよ、色々」

 

 肉体はもとより精神的疲労がひどいクリスは、もう口にするのもめんどくさいと思っているのか翼の言葉にも適当に返す。

 

「色々……でも味方になってくれるんだよね?」

「ああ、まあな」

「そっか……よしッ!」

 

 響がクリスの言葉にふんふんと頷いた響は、一言気合を入れてズンズンとウェルの前まで歩いていく。

 朗々と己の素晴らしさを語っているウェルが彼女に気づくかどうかというところで、響は大きく息を吸い込み口を開いた。

 

「ウェル博士ッ!」

「ヒィッ!?な、何だッ!?」

(あ、やっぱりトラウマは抱えているのね……)

 

 マリアはウェルの内心を知り、そこはかとなく安堵する。

 ウェルはかつて響に(自業自得とは言え)散々な目に合わされたため、力量差が以前よりはるかに傾いているにも関わらず苦手意識を通り越して怯えているようである。

 

「えっと……よろしくお願いしますッ!一緒に頑張りましょうッ!」

「え、あ、ああ。勿論だとも、一緒に頑張ろうじゃないか……」

 

 ウェルの内心を知ってか知らずや、彼のネフィリムじゃない方の腕を握ってブンブンと握手する響。

 めったに味わったことのない友好的リアクションに、ウェルは毒気を抜かれたのか呆然と言葉を返した。

 

「……って、そうだ。こんなもんじゃまだ僕の自己PRは満足できないけど、そうも言ってられない」

「これ以上話が伸びるようなら無理やり止めたが……端的に聞こう、魔神はもうすぐ回復するのだな?」

 

 ウェルの鬱陶しい自画自賛にうんざりしていた表情を見せていたキャロルは、真剣なものへと変えそうウェルに問う。

 質問の体を成してはいるものの実質断定しているその言葉に、ウェルは口元をニヤリと歪める。

 

「なあんだ、話が早いじゃないかッ!オツムが回る人間はきらいじゃないよ、たとえ僕の腹を突き刺したレディでもね」

「抜かせ狂言回し。……貴様、イチイバルとダビデ王との戦いの中で言っていたな?オレたちが魔神と戦えるようになる段では、世界の大半が死ぬ、と。──あれはどういう意味だ?」

「────なッ!?」

 

 キャロルの言葉に、その話を聞いていなかった前線組、ネツァクとイェソドの制圧に回っていた5人は各々驚愕の表情を見せる。

 

「ど、どういうことですかッ!?確かに完全な妨害はできないって聞いてましたけど……ッ!」

「お、おいやめろッ!揺らすんじゃないッ!君と違って僕の脳細胞はグラム千金なんだぞッ!!」

 

 特にも響はソレが顕著であり、目の前にいることもあってウェルの肩をガッと掴んでガクガクと揺さぶり問い詰める。

 今は英霊であるということでギアを纏っていない響に膂力で勝ることもあり、どうにか響を振り払ったウェルがずれた眼鏡を直しつつ口を開く。

 

「ええい全く……どういうことも何も、魔都を通した世界の焼却だよッ!魔都は所詮宮殿のためのもので、相互に干渉する魔術によって完成するッ!だからお前らは最後の完成のトリガーを潰すために新宿に──魔都マルクトに繋がる3箇所を制圧したんだろうッ!?」

「────ッ!」

 

 彼の言葉で、響はイェソドの守護天であるヌァザが言っていたことを思い出した。

 曰く、3箇所の魔都を堰き止めれば最悪は免れると。宮殿が完成すれば、たとえヌァザの宝具の力があっても人を守り通せないのだと。

 その言葉が告げていたことが何なのか、今まさに響ははっきりと理解させられた。

 

「って、世界の焼却って──まさか、人理焼却みたいな真似をするの!?」

「そうさッ!──そら、始まるぞッ!」

 

 立香が響と同様に詰め寄ろうとしたところで、ウェルが凶相を浮かべ高笑う。

 その目線は発令所のモニターに向けられており、全員がつられてモニターを……否、モニターが映し出したそれを見た。

 

 

 瞬間、閃光がモニターから迸る。その光に眩んだ目が回復する間もなく、S.O.N.G.本部が轟音と共に揺れる。

 

 

「……ッ、今のは──ッ!?」

「嘘、あれは──!?」

 

 轟音による耳鳴りが止み、一瞬の閃光で失われた視界を取り戻し。

 焼き付いたカメラに変わり非常用のカメラの映像を映すモニターを見て、響と立香の呆然としたような声が発令所に響く。

 いや、響や立香だけではない。モニターに映し出された光景を見た誰もが、声にならなくとも同様の感情を抱いただろう。

 

『──無事かッ!?何が起こったッ!?』

『立香ちゃん、今のエネルギー反応は……!』

 

 平行世界、響たちが元いた世界のS.O.N.G.からの通信と、異世界であるカルデアからの通信が入るが、しかし誰も反応しない。

 それも当然だろう、彼女たちが見ている光景がその二組織に送られたとき、彼らも同様に言葉を失ったからだ。

 

 

 はっきり言えば、モニターに映るのは異様な光景としか言えなかった。

 

 彼女たちの居る本部が漂う海が、途中から消失している。

 海の向こう側に見える星空を汚すように、指揮者デモノイズが連結された鎖状のラインが宇宙に網目のように張り巡らされている。

 

 響たち装者は、そこに亜空間を──バビロニアの宝物庫や、錬金術師の作った特殊空間を想起するだろう。

 立香たち魔術師は、それを嘗て経験した神殿と──そして何より、焼却された歴史に重ね合わせるだろう。

 まるでヘラクレスの柱のように、世界の断崖の先にはおぞましい異界が開いていた。

 

 あまりにも異常なその状況に、その場の人間は頭の中が真っ白になる。

 そんな中、いち早く復帰したキャロルの声が場に響いた。

 

「──観測データを見るに、日本の一部……深淵の竜宮、皆神山、風鳴邸で囲まれた範囲は焼け残っているようだな。だが、それ以外は星ごと燃やされたか──チッ、成程これは確かに世界の大半が死んだとしか言えんなッ!」

「そういうわけさ。だがこれは覚悟の上だろう?そもそも完全に止めることはまず不可能だったんだ、せいぜいさっさと切り替えるべきだね。それより、決戦の舞台は新宿の玉座(マルクト)だけど──ぼんやりしていていいのかい?」

『──不味い、あそこにはギャラルホルンのゲートがあるッ!守っている調くんに切歌くん、そしてギルガメッシュ王が危ないッ!』

「────ッ!」

 

 弦十郎の言葉に、全員が自失状態から復帰する。

 デモノイズ対策として配せる現状できる限りの人員を置いてはいたが、魔神が復帰し、かつ全戦力を傾けられるとなればまず保たないことはその場の誰もがわかった。

 だが、現在の本部はキャロルたちが動かしたことで深淵の竜宮近海まで来ている。今から新宿に戻る頃には、他の魔都すら狙われ潰される可能性さえあった。

 

「っちぃ、テレポートジェムを──行き先の書き換えが間に合うか?だがやるしか──ッ!?」

「まあ待ち給え。早速この僕が役立つ時が来たようだねッ!」

 

 人数分には間違いなく足りないジェムを前に陣を展開したキャロルの手を抑え、ウェルがドヤ顔を見せる。

 一体何を、とその場の全員が思った時。彼らの居る本部が再び揺れる。

 

「何──この揺れはッ!?艦底が何かにぶつかっているッ!?って、まさかこれは──ッ!?」

 

 最初の揺れと異なる、衝突による衝撃の伝播にマリアがまさかとウェルを見る。

 

「──そもそも、僕が英霊として呼ばれた時。生前の全盛期が何時なんだってなるじゃない?生まれた時?F.I.S.に居た時?あるいは死んだときか?いいや違うねッ!ネフィリムの力を持ち、そのうえさらなる力を持っていたときこそが僕の全盛期であることは疑いようもないッ!」

 

 独白のようなセリフと共に、本部はやがて船体全てを海上へ、そして中空へと浮かび上がらせられる。

 ──否、中空に浮かんでいるのはこの艦では無かった。

 

「これは……ッ!」

「ああ、あたしにも覚えがあるッ!この感じは──ッ!」

 

 波と海流による揺れが無くなっても尚、振動は変わらず続いている。それはまるで、この艦を乗せた何かが揺れているかのようであり──事実そのとおりであった。

 

「そう、僕のクラスはライダーッ!宝具の数と騎乗に長けるクラスッ!であれば、騎乗宝具があって当然ッ!」

 

 ウェルの言葉とともに、それは姿を表した。

 それは、まさに浮上する大地そのものであった。ガリヴァー旅行記に登場するラピュータ島かとも思わせる圧倒的な威容は、決して小さくないS.O.N.G.の本部が玩具の小舟か何かに見えてしまうほど。

 だが、それはただの大地ではない。頂点から半分に割った紡錘形に近く、その大きささえ除けば簡素な船を思わせるそれは、その中心部に巨大な遺跡を抱えて飛翔を始める。

 

 そう、それは正しく舟だった。それも海を行くような小さな船でも、空を行くような翼持つものでもない。

 

「さあ、起動しろ『天の方舟(フロンティア)』ッ!これこそ、世界を救う戦いだッ!」

 

 大気もなく、重力もなく、光もない無明の世界すらもひた走るそれは、正式に登録された名称である「鳥之石楠船神」ではなく、世界を救う方舟としてウェルが用いた「新天地(フロンティア)」。

 サーヴァント・ライダー、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスの持つ、あらゆる騎乗宝具を見ても尚最高位であろう宝具────「恒星間航行船」はこの世界を守る最後の戦力を乗せ、決戦の地へと飛翔した。

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