SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第16節 王冠より出て、王国に至る(1)

『驚いた、こんな宝具を隠し持っていたのか』

 

 方舟の内部、S.O.N.G.本部よりはるかに高性能な通信・解析・防衛設備が整ったそれを統括するコントロールルームに、通信越しに驚きの声が響く。

 フロンティアの快適な、そして高速な飛行性能に、外部から観測していたダ・ヴィンチは舌を巻いた。

 

「そうともッ!とはいっても、こんなもん規模が大きすぎて個人戦では役に立たないけどね。全く、本当に使いづらいったら無いッ!」

 

(……これ使われてたら、あたしら詰みだったよな)

(確かにね。いや全く、あの狭い魔都に押し込められれてくれて助かったよ)

 

 率直な賞賛に機嫌を良くし、次いで先の戦闘で使えなかったことに悪態をつくウェルを横目に、クリスとダビデは彼の置かれていた環境に安堵の溜め息を吐く。

 フロンティア──『天の方舟』と名付けられたこの宝具は、ウェルが秘策として持っていたものであると同時に、ある意味ではネフィリムすら超える超強力な攻撃宝具としての側面を持っている。だがその性質上、魔都の守護に使うには小回りが効かなすぎるという欠点もあった。

 巨大すぎるために魔都で出現させれば魔都を構成する竜宮が崩壊するため魔都の外に出現させなければならず、それでも使うと今度は魔都が無防備になってしまう。

 最後こそ魔都ごとネフィリムとなるという暴挙に出たものの、ウェルは魔都を守護するという守護天としての契約の上の役割を全うしようとしていた。それ故の紙一重の勝利……クリスとダビデはそれを改めて理解させられていた。

 

「……それにしても、外は一体何がどうなっているんだろう……」

 

 一方、窓もないのに見える外界の光景を見た響はポツリとそうポツリと零した。

 先程までは(魔都などがあったにせよ)普通だったはずの世界が、今や大きく削り取られ、星の形すら保てているか怪しい有様を見せている。フロンティアが比較的高空を飛翔していることもあり、コントロールルームの壁面に映しだされる光景はその非現実的さをより一層際立たせる。

 だというのに、先程の炎に削り取られなかった場所──彼女たちが制圧した魔都を含めた領域にある建物や地形はほとんど変化しておらず、それがより異常さを掻き立てていた。

 

「いや全く、まるで世界の終わりか何かだね!」

「あ、モーツァルトさん」

 

 演奏を一時中断していたアマデウスが全く同感とばかりに呆れたような声を上げた。

 現場での指示拠点をこの世界のS.O.N.G.本部潜水艦からフロンティアに移したことで、この場には本部に乗っていた面々が顔を連ねていた。

 

「それにしても疲れたなぁ、ホント。いくらマスターの指示だからって、あの戦闘の最中ずっとピアノの鍵盤叩いてることのしんどいことしんどいこと。もう二度とこんなことはやらないよ!」

「ごめん、ごめんって!よっ天才!まだ戦いあるからそこらへんの間だけお願い!」

「いや、そりゃやるけども。天才は事実すぎて褒め言葉にならないなあ」

 

 気合不十分なアマデウスをおだてて焚きつけようとする立香に、焚き付けられる側のアマデウスは苦笑する。

 が、その表情もすぐに引き締められ、マスターともども外の空間を注視する。

 

「……人理焼却された、特異点の外側みたい……」

『というか、文字通りそうなんだろうね。我々の時間稼ぎのおかげで全部全部が焼却されることは防げたけど、逆に言えばソレ以外の領域は全て焼却されたということだろう。……相違点も幾つかあるけれど、まあやってることは同じだね』

 

 そう告げるダ・ヴィンチの言葉には、久しぶりに見た終末的な光景になんともいい難い感情が籠もっている。

 

『相違点?参考までに教えてもらっても構わないか?』

『ああ、勿論いいとも。以前の人理焼却は文字通り人理を焼いてエネルギーを抽出する事業だったわけだけど、逆に言えば人類の歴史が存在しない領域までをわざわざ眼光で焼こうということにはならない。彼らが火を放つのはあくまで人類領域である地表なんだ』

 

 まあ、地表のテクスチャから何から焼かれるからどっちにしても世界が消滅したって言っていいんだけど、と付け加えるダ・ヴィンチ。

 

『にもかかわらず、先程の炎でこの世界は一部領域を除いてわざわざ星の中心部まで焼却されている。……おそらく熱量を少しでも多く抽出するためだろうけど、どちらにせよ人理焼却によって得られる熱量と比べれば雀の涙みたいなものの筈だからね、一体何を狙っているのか……』

『成程……こういう言い方はどうかと思いますが、コストパフォーマンスが釣り合っていないということですね。となると、以前言っていた固有結界の構築に際して星そのものが邪魔になったとか、でしょうか……』

 

 むむむ、とエルフナインが考え込む。魔神は合理の化身であり、たとえ感情を得ていたとしてもそれに付随しない点については合理的な判断を下す、というのが彼女がカルデアから聞いていた魔神像である。

 であれば、この行為にも何らかの意味があるのだろうと考えるも、しかし今すぐに答えが出せるものではなく煩悶するほかない。

 

『かもね。だけどそこらへんは今は──』

「──追求する時間もないってことさッ!さあ、そろそろ魔都マルクトだッ!」

 

 ダ・ヴィンチの言葉を引き継ぐようなウェルの言葉と共に、フロンティアは高度を大きく下げ始める。

 だが、上に乗っているだけのS.O.N.G.本部も、コントロールルームにいる面々もその影響を受けた様子はない。

 

「うわぁ……この船、まるでファラオの船か何かみたいな動きするぅ……」

『あるいは英雄王のヴィマーナかな。と、そろそろ地上が見えてくるんじゃないかな?』

 

 物理現象を無視したような挙動と共に、フロンティアは一気に高度を下げていく。

 そして遂に地表付近、ギャラルホルンゲートがモニターに映し出されたところで、誰とはなしに息を呑んだ。

 

「──あれはッ!?」

 

 ギャラルホルンゲートを守る2人の少女と1人の少年。3人が戦闘姿勢を取ったそこから僅かに離れた地点に、蛍光色の極彩の波濤が押し寄せている。ゲートまでわずか数百メートルまで迫りくるその大群は──。

 

「──デモノイズッ!それもあの数、まるで雲霞の如く……ッ!」

「くそ、あの数は不味いぞッ!先んじて吹き飛ばさねえとッ!」

 

 翼が瞠目し、クリスが唇を噛んで踵を返す。

 

「おいおい、まあ待ってくれよ。君らがいくら戦ってもあの数を一気に減らすのは難しいだろう?ソレこそ限定解除なら別だろうけどねぇ……?」

「だとしてもやんなきゃいけないときだろ、今はッ!」

 

 ウェルの嗜める声にクリスが反論する。

 そんなクリスに、やれやれと肩をすくめるウェル。

 

「わかってないなあ。──あんな雑魚ども、この僕なら一掃できるっていう話さ」

 

 そう言って、反論を聞かずウェルがフロンティアのコントロールパネルに手を翳す──その次の瞬間、地表のデモノイズの軍勢が見えない掌に押しつぶされたように拉げ、圧壊する。

 その様子を呆気にとられたかのように見るカルデアの面々。その隣では、過去を思い出した装者たちが顔を引き攣らせていた。

 

「相変わらず馬鹿げた力ね、フロンティアの重力操作は……」

 

 地表を一瞬で制圧した光景を見て、マリアがそう評する。

 これこそがフロンティアが攻撃宝具としても破格と言える力──この船体を星空の海ですら進ませることが可能なほどの「重力操作」機能である。

 

「これくらいならちょろいもんさ。まあ"ちょっとだけ"大雑把になるけどねぇ?」

「大雑把、ね……」

 

 自慢げなウェルの言葉に、嘗てウェルと共にフロンティアを起動させたマリアは呆れたような表情を見せる。

 大雑把といいつつ、ウェルはこのフロンティアで月を落としかけたことすらあるのだ。マリアからすれば大雑把も何もあったものではない。

 

『うぅむ、ここまで強力な宝具は今日日なかなか見ないなあ』

「当ぉ然ッ、だともッ!なにせこの僕は世界の純正英霊第1号(暫定)なのだからッ!さあ、ランディングするぞッ!」

 

 デモノイズが消滅しポッカリと空いた空間に、巨大な船体がゆっくりと着陸する。

 モニターには突如巨大な聖遺物が着陸した様に驚く切歌と調の顔がアップで映し出されていた。

 

「……それでは、事情を説明し行きましょうか」

「そう、ね。というか、あの子達からすればフロンティアが降ってきたってことすらわかんないかもしれないわ」

 

 むしろ攻撃か何かと思われてそうだ、とベディヴィエールの言葉に同意するマリア。

 

『……そうだな。それではこちらから説明しよう。君達も一旦降りて合流してくれ』

 

 微妙な表情をした弦十郎の言葉に逆らうものはおらず、キビキビと動き出した。

 

 

 

「デ、デ、デ、デースッ!?まさかあのトンチキがトンチキのまま仲間になったデスかッ!?」

「何を心外な。僕らはもともとF.I.S.の仲間だったじゃあないか」

「確かに所属はF.I.S.だったけど……仲間だったとはいいたくない……」

 

 ウェルとの遭遇から開口一番、切歌と調は相手が相手なら失礼な言葉を臆面もなく口に出す。

 いや、誰が相手でも本来失礼な台詞ではあるのだが、ウェルを知るものからすれば言って当然であり、当のウェルもさほど気にしていないようだったので黙認された。

 

「いやあ、デスが助かったデスよ。流石にアレだけのデモノイズとバトルするのは生命の危機を感じるデースッ!」

「うん……。今回についてはありがとう、ドクター」

 

 助けられたのは事実である、ということで2人とも素直に感謝を示す。

 そして、そんなウェルに謝意を向けるのは彼女らだけではない。

 

「ええ、僕も助かりました。その船はいい宝具ですね……世界が違うので、僕の宝物庫にないのが残念です」

「ほぉう、彼の英雄王にそう言われるとは……まあ、この僕の宝具なんだから当然ですけどねぇ」

「あはは……うーん、なかなか見どころがあるなあ」

 

 子ギルの褒め言葉を当たり前だと自慢気に胸を張るウェルに、褒めた子ギルは思わず苦笑する。

 

『どういった意味での見どころかは置いておくとしようか。ともかく、アレだけのデモノイズが攻めてきたってことを考えると……』

 

 ダ・ヴィンチはそう言葉を切り、ウェルの方を見る。

 かつて仲間だった彼ならなにか知っているかも、という期待の目線を受け、そう言えばとウェルが思い出したように口を開いた。

 

「おっと、そうそう。そろそろ顔を見せてくれてもいいんじゃないかなぁ、我が召喚者殿はッ!」

「!?」

 

 ウェルの唐突な言葉は、その場に居た面々を驚愕させるに十分な力があった。

 

「ッ!?まさかもう居たのかッ!?だが──」

 

 全く気配が感じ取れない。そう言おうとした翼だったが、その瞬間に中空に発生した魔方陣を目視し言葉が止まる。

 

『センサーに魔力反応ありッ!これは……目標、亜空間から転移してきますッ!』

『確認しました、魔力照合完了──間違いありません、魔神アムドゥシアスです!』

 

 S.O.N.G.オペレーターの藤尭の叫ぶような報告と、カルデアの機器から確認できた情報に焦燥の感情を浮かべたマシュの声が重なる。

 

 

「……ほう、私の転移を認識したのか?そういった機能は、貴様には備わっていなかったはずだがな」

 

 

 その言葉と共に、魔方陣から1人の少女が姿を現す。いや、それは少女の見目こそあれど、本質的には人間はおろか生命とすら呼べないモノ。──魔神アムドゥシアスが睥睨するようにその空間へとその身を晒した。

 

「直感半分、推測半分ってとこだね。重力操作をするフロンティアは、逆に言えば重力波を検出することも出来る……空間が歪めば、必然重力の流れも歪むってものだろう?ま、実際に君が出てくるのか、それともデモノイズが出てくるかまでは知らなかったけどね」

 

 そういいつつも、この場面ならアムドゥシアスが出てくると確信していたのだろう、ウェルは不敵にニヤリと笑う。

 やけに気安そうなウェルの様子は、彼がアムドゥシアスとそれなりの関わりを持っていたことを匂わせる。

 

「相変わらず馬鹿みたいな魔力量だね。それにというか、やはりというか傷も治っているみたいだし」

「当然だろう。仕切り直すなら十全にすべきだ」

 

 ダビデの指摘の示すとおり、アムドゥシアスの憑依する身体──エルフナインの肉体につけられていた傷は完治していた。

 げんなりしたようなダビデの声音を受け、魔神は目を向けることすらなく素っ気なく答える。

 

「ちっ、あんだけ手間隙かけたのに引き籠もるだけで回復たあな……」

 

 当時のS.O.N.G.及びカルデアの連合チームが諸々の手筋を用いて付けた傷だと言うのに、と不満げにぼやくクリス。

 

「ですが、その割には……かの魔神は不服なようです。どうやら、私達が成したことが気に召さない様子──なら、無駄な手間では無かったということでしょう?」

「そのようだな。我々の抵抗の甲斐もあったということだろう」

「わかってるよ。それにあんときより面子は増えてんだしな、今度こそぶっ飛ばしてやるッ!」

 

 ブリュンヒルデと翼からの言葉に、不満げな様子は消えないものの、戦意も顕にクリスは魔神を睨む。

 そんな彼女からの射殺すような目線を、魔神は不快そうに見返す。

 

「……まったく、面倒なことをしてくれたな。本当に、何故こうもこの世界に肩入れするというのか、気がしれないとはこのことだ」

「そんなこと──だって、困ってる人が居て、苦しんでいる人が居て──あなたが居て。そして私がここに居るッ!だったら、私は少しでも皆を助けたいって思いますッ!あなたのこともッ!」

 

 魔神の理解できないという言葉を真っ向から打ち返す響に、心底鬱陶しそうな、それでいてどこか憐れむような目線を向ける。

 

「──立花響か。最早問答の余地はないと言ったはずだが?」

「ありますッ!だって、今だって私に憐憫の目線を向けてくるあなたは──前と変わらない顔をしてるッ!」

 

 前と変わらない、悲しそうな顔をしているあなたを助けたいと響は叫ぶ。話をしたいと、手を取り合いたいと。

 この大破壊をした魔神に対しても、まず問答から響は入りたかった。何故こんなことをするのか──しなければならないのか。たとえ戦わなくてはならないのだとしても……むしろ、たとえこの状況であっても問いかけすらせずに戦うつもりはないと響はその行動で示していた。

 魔神にとって、ここまで執拗に対話を試みようとする人間は初めてなのだろう。その視線も先程までの憐憫の感情が宿るものから、理解しがたいものを見るものへと替わる。

 

「事ここに至って、またそれか。記憶力に乏しいのか、頭の中が幸せなのかは知らんが。であれば、今度こそ──」

「戦う、って言うのかい?おいおい、この僕がいて尚、この戦力比で戦えると思っている程、キミの頭の中が幸せなのかい?」

 

 魔神の言葉を遮るウェルに、忌々しげにウェルを睨むアムドゥシアス。

 

「……今は不備はない。貴様如きに負けるほど──」

「だが、他にも魔都の守護天で寝返ったのは2人居るぞ?そいつらを止めないと貴様の計画は完遂できず、万全と言っても今の貴様ではこちらの合算戦力を止められる程ではないと見たが?」

 

 キャロルがウェルに続いてアムドゥシアスを挑発する。

 当然というか、キャロルもウェルもわざわざ姿を見せた魔神が今の彼女らに劣る戦力であるとは思っては居ない。だが同時に、仮に魔神が以前と同程度の強さであれば今の戦力なら十分抑えられるということも事実である。

 となると、何らかの切り札を持っていると考えるのが妥当であり──そして、守護天であるヘルヴォルから得た情報から、切り札の正体についてもおおよその見当はついていた。

 

「──そら、出してみるがいい。ソロモンの杖をなッ!」

 

 キャロルの言葉と同時に、装者・サーヴァント達は戦闘姿勢に移る。

 結局答えが得られなかった響も、対話を諦めないという意思をその目に宿し拳を構える。対話する状態に持ち込むため己の力で相手を止める。響はそうした想いを胸に、戦う決意を固めた。

 

「…………確かに、な。イェソドの守護天は扱いやすい、ネツァクの守護天は概念的支配が通る。裏切るであろうウェルも、そいつ単体なら私のほうが上であることを鑑みれば特に問題はないと考えていたが、蓋を開ければ誰も彼もが裏切るこの為体。全く、人間とはどこまでも理解しがたい」

 

 ぽつり、と呟いたアムドゥシアスは、懐から杖状の器物を取り出す。

 それこそ、この世界でノイズという災害を支配する指揮杖、魔術の王の名を冠した聖遺物。

 

「あれが……ソロモンの、杖……」

 

 立香が思わずと言った風につぶやく。

 

『我々の知るものとは幾らか形状が異なっているな……。奏君の言っていたとおり、何らかの手段で修復したということか……?』

「それより、取り出した今がチャンスだッ!あいつが使おうとする隙をついて、どうにか奪えれば──」

 

 切り札であろう杖さえなくなれば、現状で把握できる限りの不確定要素がなくなる。クリスはそう考え、アームドギアを構え何時でも狙える姿勢を保つ。

 

「やれるものならやってみるがいい。とはいっても──」

 

 魔神の手にある杖が輝き、バビロニアの宝物庫をこじ開ける鍵として起動する。

 無論ソレを黙って見逃すクリスらでは無く、イチイバルの射撃やダビデの投石、キャロルの錬金術、そしてネフィリムの炎すらも同時に放たれる。

 閃光と轟音。種々の攻撃による爆轟はアムドゥシアスが杖を使う間もなく包み込む。

 

「やったか──ッ!?」

「いや、まだだッ!」

 

 クリスの希望的観測を否定するキャロルの鋭い声。

 煙が晴れれば、そこにいたのは無傷のアムドゥシアスだった。

 

「無傷だとぅッ!?この僕のネフィリムの力を受けて無傷だなんて──ッ!」

「……ひとつ、勘違いを訂正してやろう。私がここに来た理由は最後の忠告の為でしか無い。戦いたくないなどとほざく歌女と、無用なエネルギーの損失を望まない私。であれば、お前たちが戦わずに帰ってくれれば互いに利があるとは思わんか?」

「そんなこと本気で──って、言ってるわけないか」

 

 魔神の冷めた瞳をしっかりと睨み返す立香。

 

「本気には違いないとも。そうなってくれれば面倒が減る、程度のものだがな。──それに、最早貴様らなぞ物の数ではない。居ても居なくても変わらんものをわざわざ殺すために私自身の熱量を込めることこそ、正しく無意味というものだ」

「……!マスター、下がって!」

 

 魔神の言葉が終わるか終わらないかというところで、ダビデが慌てて立香の首根っこを引っ掴んで大きく後ろに下がる。

 

「ダビデ!?って、これは──ッ!」

 

 急に引っ張られたことに文句を言おうとした立香が瞠目する。

 彼女が先程まで居た場所には、肉の柱の如き姿の怪異が屹立していた。蛍光色に染められたその姿は、数多のデモノイズを統括するための指揮者個体。

 

「そりゃまあ、無傷だったわけだしねえ。さっきの煙に紛れて召喚したのかな?」

「そのための杖だ。そら、せいぜい貴様らはそれらと遊んでいるがいい」

 

 アムドゥシアスの言葉に合わせ、ソロモンの杖から緑の光条が走る。

 その光から出現したのは、先程出現したものと同じ指揮者デモノイズ。魔都を指揮していた個体に比べて小型ではあるが、アムドゥシアスが"それら"と指したその言葉通り、今まででは考えられない数が出現していた。

 

「デースッ!?さっきよりグロいデースッ!?」

「気持ち悪い……」

「言ってる場合かッ!ってか、マジでやべえぞ……ッ!」

 

 指揮者デモノイズを初めて生で見た切歌と調の率直な感想を嗜めたクリスは、目の前の惨状に危機感を抱く。

 その強力さから今まで単体でも普通に手を焼いていた指揮者デモノイズである。小型であることから魔都の指揮者ほどの強さではないだろうが、それでもこう大量に湧き出た光景は彼女たちを戦慄させるに十分な威力を持っていた。

 

「それでは私にもやることがあるのでな、これで失礼しよう。──せいぜい気が済んだら帰ることだな」

 

 アムドゥシアスが嘲るようにそう告げ、デモノイズの壁の向こうへと消えていく。

 転移ではなく飛行の術式で離れていく魔神は、新宿の中心──というより、この星の霊的中枢であるレイラインの基点たる都庁へと姿を消した。

 

「あっ、てめえ待ちやがれッ!……くそッ!行っちまったぞあの野郎ッ!」

「止めないと────って言っても、どうやってここを突破すれば……ッ!」

 

 クリスと響の悔しげな声。

 デモノイズ達は既に吹弾器官を展開しており、耳障りだけは最高な魔詠の旋律が流れ始める。

 

「一刻の猶予もなさそうだが──おい、そこの狂人。その大層な船でどうにか出来ないのか?」

「僕はライダーであってバーサーカーじゃないんだけどねえ。えーと、デモノイズの処理は難しいね、流石に距離が近すぎて自分も巻き込んじゃいそうだ」

「ちっ、肝心なときに……」

 

 ウェルの素気ない答えに悪態をつくキャロル。

 流石に理不尽な文句を言われたことでウェルは不快げに眉を顰めるが、だからとこの状況で反駁するほど楽観視をしているわけではないらしく、キャロルに合わせていた視線をデモノイズへと向ける。

 

「……それで、早めに策を練らないと不味いと思うけど、そこんとこどうなんだい?カルデアの魔術師さん?」

『それはわかってる……というか、流石にその数が揃ってると不味いなんてもんじゃない。火耐性の高いウェル以外はデモノイズの焼却指揮を受けきれないぞ!』

『キャロルの対称属性の防壁やブリュンヒルデさんのルーンによる防御率も算出してますが……それでも、相手の魔詠から発生するフォニックゲインの総量を考えると、早期に叩かなければ一帯が吹き飛ばされますッ!』

 

 ダ・ヴィンチも流石に焦っているらしく、忙しなくデータを確認して少しでも可能性の高い道を探る。その一方でエルフナインは魔詠によるフォニックゲインの推移から、遠からず危険域に達することを告げる。

 

『となると、やむを得ないか……ッ!仕方ない、まずは一致団結してその場を制圧することから──』

 

 その場の状況がいかに危険かを十分に把握した弦十郎は、半ば強権的に策を伝えようとし──。

 

 

「うーん、これは仕方ない状況ですかね。危険ですが、賭けることにしましょうか」

 

 

 そんなどこかのんびりした言葉とともに、膨大な量の武装が雨のごとく降り注いだ。

 驟雨を作るその武器は、素人目に見ても超級としか呼べないであろう神器や宝剣。一振り一振りが奇跡の象徴であり、それらひとつでも担えたならば英雄として認められるだろうそれが湯水のように撃ち放たれる様は、正しく財の全てを持つものにしか出来ぬ所業。

 

「これは────?」

「これは────!」

 

 そんな見たことのない所業に戦慄する翼と、その光景を知っている立香の声が重なる。

 

「『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』!ギル君、戦えるの!?」

「あんまり戦いたくはなかったんですけどね。前も言いましたが、今はうまく宝物庫に戻せないので……」

 

 そうつぶやく子ギルの目線は、地面に大量に突き刺さった数多の宝物に向けられている。

 幾つかは宝物庫に戻されているようだが、平時と異なり残存する武装が多い。子ギルの言うように、宝物庫に戻すことが出来ない状態で残っているようであった。

 

「これではいずれジリ貧になってしまいます。ただ、デモノイズが軟らかいこともあって少々の間ならこの壁に穴を開けられます。ので、皆さんはお先に行ってください。──ボクは、ここで殿を務めます」

「ギル君!?」

 

 子ギルの言葉に、立香は何を言っているんだと驚くような目を向ける。

 

「言ったとおりですよ。先刻の天変地異が起きるまで、デモノイズも散発的な襲撃だけでボクは碌に動いていませんでしたから──宝物庫に財宝は十分にあります。デモノイズとかいう無粋なモノに遅れは取りません」

「そうはいっても、流石にあの数は……」

「大丈夫ですよ。ボクは貴女のサーヴァントですから、勝手に散ったりしませんって。……信じてもらってもいいですよ?」

「それは……もちろん信じるけども……」

 

「──だったら、アタシたちも残るデスッ!」

 

 子ギルの言葉に詰まる立香に、後ろから声が掛けられる。

 

「いいデスよね、調!」

「うん、もちろんだよ切ちゃん。私達もさっきまであんまり働けてなかったし、ギル君だけに押し付ける訳にはいかないよ」

 

 2人まで何を言い出すのかと立香が顔を向ければ、決意とやる気に満ちた2人の目線とぶつかり口をつぐむ。

 

「あなた達……いいのね?」

「当然デースッ!ココらへんでアタシらも役に立つところを見せるデス!」

 

 マリアの問いに威勢良く答える切歌。その様子に気負いはないと感じたのか、マリアが嘆息する。

 

「……行きましょう。大丈夫、2人……じゃなかった、3人ならやれるわ」

「む、むむ…………」

 

 2人の保護者的な存在であるマリアにそう言われ、立香も腹を決める。

 

「……よし!行こう!ギル君切歌ちゃん調ちゃんあとは任せた!ウェル博士!宝具宝具!」

「ハぁん?良いとも、この僕を舐めた魔神に痛い目を食らわしてやろうじゃあないかッ!」

 

 立香のテンションの乱高下に一瞬面食らうウェルだったが、先程の魔神の発言を思い返したのか一瞬で立香以上にテンションを跳ね上げる。

 そして彼の言葉に呼応するように、地面に半ば埋まっていた微細な揺れと共にフロンティアが再び起動した。

 

 その様子に慌て始めたのは、その場にいる立香とウェル、マリア以外の全員である。

 このまま悠長に問答をしていたらそれこそ3人だけで先行しかねない……皆が皆そう思わずにはいられない勢いに、それぞれ顔を見合わせ頷く。

 

「────ッ、この状況では拙速を尊ばねばならんということか。立花、雪音ッ!我々も行くぞッ!」

「ああもう、いくらなんでも急すぎだ、って言ってられる状況でもねえってことかッ!おい後輩共、絶対無事でいろよッ!」

「切歌ちゃん、調ちゃん──無茶しないでねッ!」

 

 装者たちはこんな急展開にも慣れていると言わんばかりに即座に行動に移る。

 終末の瀬戸際にあっては辛いことになろうとも尚、親しい友を信じて前へと行動することがより良い結果へと繋がる。それが彼女たちが今まで戦って得た経験則であった。

 

「うーん、マスターってここまで一直線だったかな?ああいや、一直線だったね」

「ええ。大切なものを当たり前のように信じ、恐怖を前にしても決意を鎧として進む。何処までも普通に、ただ誠実に」

「……それでこそ、ええ。私はマスターのサーヴァントですから」

 

 ダビデを始めとした、魔神との戦いにて召喚されたサーヴァント達。彼らもまた、己のマスターである立香が進むと決めた時点で道を定めた。

 彼らはサーヴァント、であればマスターの剣たらんとすることに躊躇はなかった。

 

「……ええいッ!どいつもこいつも、どうにも勢いに任せすぎるッ!」

「あっはっはっは!良いじゃないか、そういう勢い任せ僕は好きだぜ?」

 

 一気に流れ始めた状況に悪態をつくキャロルに、アマデウスは快笑で答える。

 苛ついている己の傍で大笑するアマデウスをキャロルは睨むが、睨まれた側のアマデウスは何処吹く風と歩を進める。

 

「さってと、僕もマスターに、そして彼女たちについていくけど……君はどうする?なんて、言うまでもないか」

「そんなもの……行かいでかッ!この世界の最後の戦力であるオレが立ち会わんでなんとするッ!」

「ははは、だよねー」

 

 ふん、と鼻息荒く足を速めるキャロル。

 ズンズンと歩くキャロルに追い抜かれたアマデウスは肩をすくめ、己の背後へと目線を投げかける。

 

「……そんなわけで任せたぜ、英雄王?」

「それはもちろん。そちらも、精々過去と対峙してきてくださいね?」

 

 子ギルから届けられた言葉に、アマデウスは声には出さずに苦笑する。

 そしてそのまま返答せず、フロンティアへと乗り込んでいった。

 

 

『あーあー、勝手に行動しちゃうかあ……。とはいっても、ここで出来ることなんて最低限の殿を残すか一気呵成の二択だったからしょうがないかな』

『ああ。こうなっては我々に出来ることは、彼らを信じて魔神との戦いをバックアップすることだろう。……殿を任せてしまうことについては、済まないと思っているが』

 

(……別に気にしてもらわなくても良いんですけどね。名乗りあげたのはボク自身なわけですし)

 

 通信機による会話。ギャラルホルンゲートによる通信神殿を担当する子ギルにも聞こえていたその会話に、子ギルは苦笑する。

 既に魔神を追って飛び立ったフロンティアは視界になく、彼の目に映っているのはうぞうぞとしたデモノイズの軍勢である。

 

「デデデース……。流石にデモノイズがああも並んでると無茶震いがとまんないデース」

「それを言うなら武者震いだよ、切ちゃん」

「ムチャクチャ震えるから無茶震いであってるデスよ……」

 

 そんな子ギルの傍でギアを構えるのは、他組の魔都攻略の間も共に居た2人の少女。

 先程フロンティア着陸時に叩き潰された軍勢より数こそ少ないが、それでも軍勢としか呼べないほどの指揮者デモノイズを前にしては緊張を隠しきれていないらしい。

 

「まあまあ。お2人ともザババの刃を担っているんでしょう?戦神の力があれば、この戦いだって勝てますよ」

「さいデスか。……でも同じ時代の王様が勝てるって言うなら勝てるに決まってるデースッ!」

 

 お墨付きデースッ!と(やや空元気のようだが)楽しそうに腕を突き上げる切歌に、子ギルはあははと軽く笑う。

 

 そんな談笑を遮るように、ズズ、とデモノイズが進軍を始める。吹弾器官から鳴り響く魔詠は、まるで最高峰のオーケストラの如き旋律で装者である2人の心を揺さんと耳に響く。

 だが、無理やり人を感動させようとする概念効果もヘッドギアから流れるアマデウスの曲──フロンティアで演奏を始めたのだろう──によって相殺されている。

 

 子ギルは迫りくるデモノイズを改めて見据え、さて、と前置いて口を開いた。

 

「それじゃあ2人とも……宝物庫に巣食っていたとかいうあの無様な雑音を、精々間引くことにしましょうか」

「あいサーッ!」

「伐採なら、任せて……ッ!」

 

 子ギルの号令と共に剣が再び降り注ぐ。バビロニアの戦神の刃を持つ2人は、バビロニアの王が放つ刃の雨の最中を意気揚々と駆け出した。

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