SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第16節 王冠より出て、王国に至る(2)

 魔神が飛翔した先、この世界におけるレイラインの中枢──新宿。

 追跡していたフロンティアがその中心……崩壊した新宿都庁、その上に鎮座した落城後のチフォージュ・シャトーを視界に収める。

 

「──どこだ、どこに……ッ!いた、ぶっ壊れたシャトーの上だッ!」

 

 モニターに映し出された映像、シャトーの尖塔に立つ影を見つけ気炎を上げる。

 フードを深くかぶった少女の姿をした魔神は、その足元や背中、周囲一帯に複雑怪奇な魔方陣を展開している。

 

「錬金術……の紋章陣ではないな。であれば、あれは魔術か」

『そのようだ。今解析をかけるから、手を出したいだろうけど少しだけ待っててくれたまえ』

 

 そう言って、モニター越しに術式の解析を始めるダ・ヴィンチ。

 

「手を出すなって……今のうちに攻撃したほうがいいんじゃないか?」

『その、魔神の魔術は神代の術式を使っていますから。下手に手を出すと解呪できない呪いが返される可能性もありますので……』

「……そういうもんか。なんてーか、あたしらの知ってる錬金術より多彩だな」

 

 まだ何もしていない今がチャンスだと考えていたクリスは攻撃を主張するが、マシュの言葉に不服そうながらも納得を見せる。

 そんなクリスの今更ながらな感想に、当の錬金術師であるキャロルはふんと鼻を鳴らす。

 

「貴様ら相手に多彩な錬金術を使う意味がないからな。呪詛や呪縛の類とて錬金術には──」

『よし、解析完了!今まで見てきた魔神の術式と照応したけど、アレに反撃用の術式はない!術式は未起動状態みたいだし今ならまだ止められる!』

「──後にするか。作戦は忘れていないな?──ではゆくぞ、歌女に英霊共ッ!」

 

 キャロルはダ・ヴィンチの言葉を聞いて反論を打ち切り、己の術式を展開する。

 彼女たちがこの世界に来てから幾度も世話になったテレポートジェムの赤い光がその場の面々を包み込み、魔神の魔力渦巻く決戦場へと転移させた。

 

 

「……しつこいな、本当に」

 

 魔神の懐、輝く魔力の光る魔方陣の上。

 現存の魔術師では困難な高速詠唱を噤み、魔神は空に浮かぶ巨舟を、そして己の目の前へと堂々転移してきた存在に呆れた声を出す。

 

「そう抜かす割には妨害の術式を使用していないようだがな?本当に振り切るならそれこそ罠のひとつふたつを用意して然るべきだろうに」

 

 身の程知らずへ向ける哀れみの目線を真っ向から受け止め、キャロルは嘲るような笑みで切返す。

 そんな嘲笑としかとれないキャロルの言葉を受けても、魔神は顔を向けることすらしない。

 

「……さて、ここまで追ってきたからには私と戦うつもりなのだろうが」

「理由によるけど、まあそうだね」

 

 どこか今まで戦ってきた相手と異なる、なるべく対立しないようにと誘導してくる魔神アムドゥシアス。

 その行動の如何については未だ全容が全く不明なままであるため、立香達としても譲れぬままに戦うしか無い。さんざん響が魔神に対話を求めていたが、その思いの強さの大小こそあれ立香も同様な感情を持っていたことは否定できない。

 

(って言っても、ここまでのことになると流石に和解は……なあ)

 

 尤も、立香は響ほど切実な対話の意思があるわけではない。特に魔神がここまでの被害を齎している以上、内心では対峙が不可避であろうことも理解していた。

 それこそ、魔神の現状に余程切実な何かあるというのならまだ理解の1つも浮かぶかもしれないが、全く理由を話さない魔神を相手にしてはそれもない。事ここに至ってしまえば、今の立香にとって目の前の魔神は(心情的にはともかく)自己の願望に沿って暴虐を振るう大敵でしか無いのだ。

 

「……まあいい。どうであれ、この場で術式を完成させるためには私は貴様らの相手をしなくてはならないわけだ」

 

 立香の複雑な内心をよそに、魔神はその膨大な魔力を即興で組み上げた魔術式に循環させる。

 そのエネルギーは膨大であり、エルフナインという脆弱な殻をどんどん強固なものへと転化していく。

 

『対象のエネルギー、尚も増加中ッ!これは──周囲のフォニックゲインを取り込んで──ッ!』

『どうして……ッ!?僕の身体ではあんな無茶は出来ないはず……一体何が原因で……』

 

 測定されている事象を前に、エルフナインが何が起きているのかと目を皿にして原因を探す。

 そんな彼女へと答えを示したのは、彼女たちと違う世界の住人。

 

「……魔術、ですね。単純な術式ですが……成程、十全にする、といったのはその適正についてもですか」

「慧眼だ、戦乙女。この世界にあり得ざる歪な可能性だが、私ならこの体にその機能を付加する程度造作もない」

 

 褒めるような魔神の言葉と同時にその体表に光が走り、一瞬だが電子回路のような文様をその身に現していた。

 その光景に驚いたのは他でもない、魔術師としても一流であるダ・ヴィンチである。

 

『そんな馬鹿な!如何に魔神が魔術の原型だからって、こっちの世界秩序に染まっているはずのエルフナインに途中から回路を生やすなんて出来るわけが──』

「そうだな、普通は不可能だ。……如何に魔神たる私と言えど、根本として別世界の秩序が満ちている世界で、その秩序に依って在る存在を作り変えるのは手間が過ぎる」

 

 叫ぶようなダ・ヴィンチの言葉に、あくまで冷静にそう回答する魔神。

 

「だが、それはあくまで現行の法則があってこそ。例えば私という魔術法則が満ちた領域にこの肉体があれば、肉体を作り直すのは容易というものだろう?」

『──まさか、この世界はッ!?』

 

 魔神の言葉に戦慄を見せるダ・ヴィンチ。その問答を聞いて理解できた面々もまた、ダ・ヴィンチ同様の表情を浮かべていた。

 

「え、えっと……どういう事?」

「……オレたちが今いるこの世界は──」

 

 問答を聞いて何があったか判っていない勢筆頭の響に、キャロルは言葉を切って空を──星空に浮かぶデモノイズの半透明の身体を睨む。

 通常の世界では全くあり得ざる風景。地球が抉れ、デモノイズが宇宙を鎖のように繋ぐ世界。

 

 キャロルはその風景を見て、立香と共に居たときにあったホームズとの会話を思い出す。

 

(そうだ、そもそもこの世界が完成途中の固有結界ということは、逆に言えば完成に近づいていったということッ!であれば──)

「──この世界は、今やオレたちの世界ではなかった。奴に法則ごと作り変えられた世界だということだッ!」

「!!」

 

 キャロルの言葉は己の世界を失ったためか慟哭のように辺りに響き、状況を理解できていなかった立香も遅れて理解する。

 

「まさか、さっきの光で!?」

「どちらが先かは判らんがな。光が最後のトドメなのか、あるいは十全な環境が整ったから先の光が奔ったのか──どちらにせよ、この世界は既にやつの腹の中ということか……ッ!」

『通信できていることを考えればまだそこまでだけど、いずれはってところだね……これはヤバイぞ』

 

「えっと……?」

 

 ホームズの話を聞いていなかった響はまだ何がどうなっているのか理解出来ず(固有結界に関する情報自体をそもそも知らないのだが)、どういうことかと目線を向ける。

 

「オレたちが魔都の攻略に勤しむ間、ヤツは肉体の治癒・改造と並行してこの世界に対する法則の侵食を進めていたということだッ!」

「ほ、ほうそくのしんしょく……ッ!?」

「エルフナインの肉体に魔術回路が付与できたのも、この世界の基本法則に魔術やその素養に関する部分が十全に染み込んだからだろうな。魔術や神秘の法則が世界にはっきり染み付いている状況でなら、魔神が取り付く肉体に魔術回路が無い方が不自然だ、改造するのも容易だろうさッ!」

 

 よく判ってなさそうな響を盛大に置いてけぼりにしたキャロルは語調も荒く魔神を睨む。

 

「理解できたようだな?それでは──今から私がやることを、精々眺めているがいい」

 

 キャロルの刺すような目線に魔神が愉悦の笑みを浮かべた、その次の瞬間。暴風が巻き起こり装者やサーヴァントたちを吹き飛ばした。

 

「~~ッ、今のは、魔術かッ!?」

「くそ、こんなもんで……って、身体が動かねえッ!?」

 

 紋章陣も魔方陣も浮かばなかったことで全く不意を討たれた面々だが、それでも即座に体勢を立て直そうとする。

 だがそこで、またも動き1つもなしに放たれた魔神の魔術によって彼らは空間に縛り付けられた。

 

「ちぃ、だけどこんなもの、どっかの忍者の苦無に比べれば……ッ!」

 

 そう言ってウェルは、己に掛けられた拘束を振りほどこうと力を込めれば、対魔力もあってかすぐに動きが強まっていく。

 実際、魔術にとって重要な要素である詠唱や身振り、術陣を全省略した魔術による拘束はさしたる力もないようで、各々で差があれど少しずつ彼ら彼女らはその身を起こそうとしている。

 

 ──だが、拘束できた時点で魔神にとっては十分であった。

 

「──魔都による循環機構はやはり完全ではない……が、デモノイズの宙鎖があれば最低限の循環は可能だ。始めるか──」

 

──四方の門は閉じ、王冠より出で、王国へと至る三叉路は循環の理を示す──

 

「呪文詠唱!?あれ、でもこれって……!」

 

 魔神が唱え始めた文言を聞いて、立香は驚く。

 その文言は、彼女がおよそ唯一諳んじられる呪文詠唱。ただの一般人でありながら適正が在るということで、世界を救うために、何より生きるために必死で覚えた基礎の術式。

 

「……英霊召喚!?」

 

 細かな文節は異なるにせよ、それは彼女の知る詠唱に近い単語が幾つも並んでいた。

 それは藤丸立香が世界の危機に立ち向かったとき、彼女と共に戦ってくれるものを座より召喚する儀式。

 ──即ち、英霊召還。高次の存在である英霊を使い魔たるサーヴァントとして顕現させる術式である。

 

 と、ひとしきり驚いたところで立香はあれ、と首を傾げる。

 

「でも、なんで今更……?」

『油断しないように!余程とんでもないものを喚ぶつもりなのかもしれないからね』

 

 ダ・ヴィンチにそう嗜められ、僅かに出来た気の緩みを引き締める。

 とはいえ、立香を始めその場にいるカルデア勢はやはり疑問を抱いていた──サーヴァントの召喚のためにここまで大儀式をする必要が果たしてあったのか、という疑問を。

 そしてそれは当然、ある程度カルデアからの知識を得ているS.O.N.G.の面々も同じ思いであった。

 

「っても、さっきまで守護天とやらでサーヴァント喚んでたんだろッ!?それも強いやつを……だってのに、一体──」

「惑わされないッ!あの魔神が何をするつもりかは不明だけど、私達のやることはひとつ──拘束を解き、奴の行動を止めることッ!」

 

 困惑するクリスを一喝し、マリアはアームドギアを握る力をよりいっそう強める。

 その様子に同調するように、更に声が響く。

 

「そのとおりです──『剣を摂れ、銀色の腕(スイッチオン・アガートラム)』!」

 

 裂帛の掛け声とともに、銀の腕が励起する。銀光は騎士の思いを汲むかのように輝き、その身を縛る魔術を一閃の元に切り捨てる。

 銀腕の騎士ベディヴィエールは縛鎖を振り払い、流星の如き光軌を残し一気に魔神へと肉薄した。

 

 否、彼だけではない。ベディヴィエールが動けるようになったと共に、同様に高い対魔力を持つサーヴァント達は魔術による拘束を突破しそれぞれに行動していた。

 ウェルはネフィリムの、ブリュンヒルデはルーン投射による炎を放ち、ダビデはそこらの瓦礫を宝具として投擲する。

 

──満たされる刻は破却される──

 

──告げる。我が殻は我が下へ、我が臓腑は我が杖に──

 

 だが、それらの攻撃に見を晒されて尚魔神は見向きもしない。火に炙られようと、石に穿たれようと魔神は朗々と言霊を紡ぐ。

 

「以前と違い、エルフナインの身体を守りもしないか。──いや、守る必要もないということか?」

「舐めてんのかは知らねーけど、あたしらももうぞろ──ッ!よし、行けるッ!……嫌でもなんでも、無理矢理にでも止めさせろッ!」

 

───QUEEN'S INFERNO───

 

 己を縛る魔術を解いたクリスは、他の装者たちにも発破をかけつつ構えたアームドギアから光矢を放つ。

 魔神は魔術により肉体を強化しているが、先程よりサーヴァント達の攻撃を黙って受けている以上限界がある。そう考えたクリスは躊躇を胸中に押し込める道を選んだ。

 

「言葉で止まってくれないとしても……ッ!」

「この剣で止めるッ!」

「その身体から──出ていきなさいッ!」

 

───蒼ノ一閃───

───NEMESIS†HAMMER───

 

 クリスの叫びに応じるように、翼は蒼雷の刃を魔神へと放ち、マリアは複数展開した短剣からエネルギーを収束させた光芒を一閃する。

 そして響はベディヴィエールに並走し、魔神の懐へと一気に踏み込んだ。

 

「──ああ、やってやるともッ!その身体は既に喪われたものだ、今更弄んでくれるなッ!」

 

 そして、傷ついていくエルフナインの身体への哀れみと、未だ詠唱を止めようとしない魔神への隠しようもない敵意が乗るキャロルの慟哭のような声と共に、四大元素を束ねたエレメンタルの輝きが辺りを覆った。

 

 

──来たれ、天秤の守り手よ。来たれ──

 

「──我が身にッ!」

 

「『一閃せよ、銀色の腕(デッドエンド・アガートラム)』!!」

「止、ま、れぇー────ッ!!」

 

 万物を構成する元素の波動の中。魔神の最後の詠唱と同時に、ベディヴィエールの絆の聖剣が魔方陣の輝きに包まれた魔神へと刃を立て、立花響の絆の拳が雑音混じりの異界の魔へと突き刺さった。

 今までにさんざんと攻撃を受けていたその軽い身体はいよいよ耐えきれなかったとばかりに大きく吹き飛び、シャトーから遥か下方の大地に叩きつけられた。

 

「……どうなった?」

 

 クリスは最後の攻撃をした2人──響に問うのは憚られたのか、ベディヴィエールにそう尋ねる。

 魔神の術式を止められたのか。魔神の行動を止められたのか。あるいは──。

 

 様々な意味が籠もったクリスの問いかけに、ベディヴィエールは静かに口を開いた。

 

 

「──失敗、しました」

 

 

 小さく、だがはっきりと辺りに沁みたその言葉の示す真実など、声に含まれる苦味を考えれば改めて問うまでもない。

 

 ベディヴィエールの言葉に誰かが反応するよりも先に、未だ消えていない魔方陣はこれまでにないほどの輝きを見せた。

 溢れんばかりの輝きの中、見通せぬ先からはっきりと声が響いた。

 

「……一手、足りなかったな」

「何……?」

 

 そう歌うように告げる声音は、先程まで戦っていた少女のソレ。

 だが、その声には確かな喜の感情が滲んでいる。己の願いが叶ったことを喜ぶような無邪気な響きは、相手の正体を思えばむしろ空恐ろしい。

 

 展開されていた魔方陣は肥大化と拡張を繰り返し、デモノイズが天空に象る鎖はより一層美しい音色を奏でる。

 まるで何かが誕生したことを祝うかのようなその光景は、まさに異界と呼ぶにふさわしいモノ。

 

「く、くくく。既存の世界とは全く異なる世界であれば、とは考えていた」

 

 言葉とともに、魔神が徐々に姿を見せる。

 先程まで来ていたボロボロのローブは既に無く、幼気な姿は全く異なる意匠に覆われている。──いや、今の状態では幼気と呼ぶのも難しいだろう。

 

「例え今は無きモノであっても、概念自体は残っている。であれば、喪われたとされていない世界であれば、あるいは……とな」

 

「魔神の、あの体は──」

「成長……してる……?まるで……」

 

 響が評するとおり、魔神の宿る肉体は以前までの幼い姿から一変、彼女たちと同年代程度にまで急成長を遂げている。

 スラリとした肢体に、伸びた髪の毛はキャロル同様に三編みになっている。

 まるで、のあとに言葉こそ続かなかったが、その姿は装者たちにかつて魔法少女事変で戦ったキャロルを想起させた。

 

「オレの猿真似……というわけでもあるまいが。だが、エルフナインの身体を覆うそれは……」

 

 当のキャロルは魔神のその姿を油断なく見つめており、その目線が改めた装いへと向くと共に冷や汗を流す。

 彼女はかつて、魔法少女事変で装者たちと戦うにあたって己の肉体を成長させた。そこには様々な目的があったが、そう"出来た"理由は至極単純。即ち──。

 

「──ファウストローブッ!貴様、ソロモンの杖をファウストローブにしたかッ!」

「ッ!!」

 

 その言葉に答えず、ただニヤリと笑った魔神を見て。錬金術師との幾度の戦いを経験してきた装者達は目を見開き、即座に警戒を強める。

 

 ファウストローブ、ソレは錬金術師の秘奥たる真理の鎧。その性質はシンフォギアに近く、聖遺物や異端技術のエネルギーを己の力へと転化する武装である。

 シンフォギアとの違いは歌が不要であること、そして素材次第ではシンフォギアを大きく上回る力を発揮することも不可能ではないということである。

 

「ってことを考えれば、ソロモンの杖だってファウストローブになるってことかよ……」

 

 クリスが忌々しげに鎧を睨む。ヘルヴォル・アルヴィトの報告によれば、一度融解したソロモンの杖も(おそらく)錬金術の力で修復していたという話であった。

 彼女らがその話を聞いたときは、動かなくなった杖を動くようにしたということだという想定をしていたが、どうやらソレだけには飽き足りなかったようである。

 

『気をつけてくださいッ!ソロモンの杖の損傷度合い等は不明でしたが、魔神自身の強さや魔術などを考えればその出力はとても低いとは──ッ!』

「それはわかってるけど……ッ!」

 

 響は苦虫を噛み潰したような表情で魔神を見る。

 どうやらエルフナインの身体の動きを確認しているらしく、今はまだ手を出そうとはしてこない。だが、その場に満ちるエネルギーは膨大であり、闇雲な突撃などとても出来る状況ではない。

 

「とはいえ、このままでは埒が明かないわね。サーヴァントの皆ともタイミングを合わせて──?」

 

 と、ふとマリアは先程からカルデアの面々が何の反応も見せていないことに気づいた。

 失敗した、というベディヴィエールの言葉を最後に、先程まで一斉に攻撃を仕掛けていたサーヴァントたちも、マスターである立香も。まして魔術方面のオペレートを務めていたダ・ヴィンチやマシュの声もない。

 

(何かあったの?いえ、そういえば最後に魔神が使用していた術式はサーヴァントを呼び出す英霊召喚という話だった。──だというのに、魔神の周りにサーヴァントの姿はない。何か関係が?それとも何か、アサシンとかいう暗殺者の英霊でも──?)

 

 曰く、気配を絶ち、人を無慈悲に殺す死神の如きクラスの英霊も居るという。そういったサーヴァントであれば姿が見えず、故にカルデアは警戒しているのではないか。

 そう考えたマリアは、警戒するように周囲を見回し──呆然と目を剥き、魔神を凝視する立香を視界に捉えた。

 

「……立香?」

「……そんな……。嘘、だって、その姿は!」

 

 どうしたのかと問うマリアに答えず、考えがそのまま溢れているかのように呆然とつぶやく立香。

 言葉の最後の方は悲鳴のようになっており、その尋常ならざる様子にマリアはハッと魔神の姿を再度見やる。

 

「姿──あの姿に覚えがあるということッ!?」

(迂闊だったッ!セレナの例もある、あの魔神の姿の変化はファウストローブのためだけでなく、何か英霊か……あるいは神霊をその身に降ろしたということでは──ッ!)

 

 どういった英霊が召喚されたのか、マリアにその知識はない。

 余り参考にならないにせよ、せめて見目から推測は出来ないか──そう思うが、しかし対峙する魔神の姿は歴史の人物とはどうにも被り得ないもの。

 白いローブに金の腕輪。どこか静謐さを感じさせるその姿はまるで神に仕える神官を思わせる。

 

『……あり得ません。ですが、あの霊基、あの姿は──』

 

 だが。その姿から目を離せていないのは立香だけではない。

 カルデアから通信越しに聞こえるマシュの声や、この場にいるサーヴァント達の目線を辿れば。魔神の今の姿が如何に「カルデアにとって」ありえない姿なのかがわかる。

 

『ああ、全くありえないとも。一体どういったインチキを使ったのか──答えてもらおう、一体何をした!?』

「見ればわかるだろう──英霊召喚だ。ああ、厳密に言えばそこの英霊召喚第二号と同一の召喚法であり、疑似サーヴァントではないがね」

 

 明らかに冷静さを欠いたダ・ヴィンチに、端々に嘲りを混ぜた言葉で魔神は応じる。

 英霊召喚第二号──マシュと同様に、デミサーヴァントであると魔神は嘯く。だが、人理を砕く魔神との戦いを踏破した彼らカルデアにとって、そんなことなどどうでもよかった。

 

『白を切ってくれる──感知される反応は、その霊基は──その英霊は……存在しない英霊だ!』

(──ッ!そういうことね……)

 

 珍しく強い怒りが籠もったダ・ヴィンチの怒鳴るような叫びに、装者たちは先程からのカルデアの反応に得心した。

 確かに、カルデアの立場からすれば本来なら存在しない、そう断言できる英霊を召喚したとすれば心穏やかではないだろう。

 まして──。

 

「……もしかして、その英霊って……」

「──うん。もういないけど、何にも代えがたい大切な仲間で……。それでも、私達を守るために存在を投げ出して──」

(やっぱり……きっと大切な人だったんだ。それこそ、私にとっての未来みたいな……)

 

 カルデアの人々の反応から、その姿がどういった英霊のものなのか察したのだろう。

 気遣うような感情の含まれる響の言葉に、魔神から目を離さず立香は答える。その声には誇らしさ、寂しさといった様々な感情が含まれていたが、何よりも悲しさが強く残るもの。

 

 そして、そんな彼女たちを嘲笑するように──そして、ソレだけではない感情を含んだ声が2人の、そしてそこに居た人々の耳に届いた。

 

「──消滅した、か?あの愚かな王がその選択を採ったということが何より私には驚きだ──その様な、己を賭けることが出来るなどとはな」

「?何を──」

 

 どこからしくないその呟きに、立香は刹那警戒を忘れ、呆然と魔神を見る。

 

「──確かに座からは消えたろう。その霊基が関わる全てのタスクは満了し、現し世に梯が降りることはない──それは事実だ、認めよう。だが──」

 

 向けられる目線に気づかないかのように、魔神は己が指を──そこに嵌まる指輪を掲げる。

 すべての指に等しく嵌められた金色に輝くソレは、伝説に語られた天使と悪魔を縛る奇跡。

 

「だが、概念は残っている。哲学は残っている。そして他ならぬこの世界であれば、王が消滅したという記録は残っていない──法則を異とするこの世界でアレばこそ、魔術王の概念が在る」

 

 魔神が身につけるファウストローブは錬金術の秘奥であり──聖遺物・ソロモンの杖を鎧としたもの。この世界に氾濫したノイズを縛り従える異端技術の頂点のひとつ。

 特にも、魔神が介入したこの平行世界にあっては。その肉体に纏うファウストローブこそ、魔神柱と融合したデモノイズを──否、ノイズと融合した魔神を従える奇跡の宝物であり──。

 

「……であれば。召喚式を組み、使い魔たる魔神を携え、十の指輪を嵌めるものを貴様らはこう呼ぶのだろう──」

 

 

「──『魔術王』と」

 

 

 ギシリ、と歯を剥き出して嗤う、魔術王を名乗る魔性。

 見開かれた瞳孔は魔神柱のソレに等しく、肉食魚のような乱杭歯はその肉体が完全に魔と融合したことを見るものに伝えてくる。

 

『そうか!さっきの英霊召喚は実際に召喚するのではなく──』

「──召喚術を使う、それ自体が鍵ッ!己の構成要素を詰めることで、自身を──エルフナインの身体を"魔術王"の哲学兵装としたのかッ!」

 

 下ひた笑みを浮かべた魔神を前に、事ここに至って何が起きたのかを理解したキャロルは、もっと早く気づいていればと己の痛恨を悔いる。

 だが、最早彼女らにはどうしようもない。否、気づいていたところでどうにもならなかったろう──だからこそ、魔神を知る守護天達はその計画を止められないと断じていたのだから。

 

「聞くがいい、我が名を。純真無垢、罪過のない肉体を以て世界に君臨する王の名を」

 

 三編みの髪の毛から、全天を見透さんとするような悍ましい魔神の眼球が瞼を開く。

 額から屹立する一本の柱は、まるで獣の冠を戴いたよう。

 

「──我が名は、ソロモン。魔術王──魔神ソロモンである」

 

 アムドゥシアス──否、魔神ソロモンを名乗るソレは、魔術王の概念を持つ魔神は、己の存在を世界に向けて高らかに謳い上げた。

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