SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第16節 王冠より出て、王国に至る(3)

「魔神ソロモン……だとぉッ!」

 

 その姿に、その名乗りに。

 後方支援中のS.O.N.G.の発令所に司令である弦十郎の絞り出すような驚愕の声が響く。

 

「カルデアからの計測データ確認……今までに類を見ない、膨大な魔力が感知されていますッ!先程の防御魔術を使用した時と比較しても圧倒的ですッ!」

「特に攻撃行動を取ることすらしていないというのにか……ッ!」

 

 藤尭の言葉に、弦十郎は唸る。

 ただ出現しただけ、魔術や錬金術の類は見たところ武装などでしか確認できない。にもかかわらず、計測数値は魔都の戦いを含めた現在までの魔力反応の中で最大値を叩き出していた。

 

「司令、このままでは……」

「……ああ、だが切り札であるS2CAをこの場で使用させるかはまだ判断できん。フォニックゲインは満ちているが、それを生み出したのは歌そのものを司る魔神だったものだ。フォニックゲインの挙動自体を完全に解明できていない現状、フォニックゲインを自在に操る魔神と対峙している現状で使わせて問題ない、とは言い切れん」

 

 渋面を浮かべ、弦十郎はそう告げる。

 女性オペレータの友里あおいが不安そうな感情を滲ませる。

 弦十郎は現状に明確な解決を齎せずにいたが、それでも冷静さを崩さず、発令所の面々が不安を覚えることが無いようにどっしりと構えモニターを見据えた。

 

(……魔神ソロモン、か。カルデアが対峙した魔神たちの目的は時代を焼却し、エネルギーへと変化・利用することだというが……)

 

 しかし、その計画の大本たる獣は既に打倒されたのだと弦十郎は聞いていた。そして、それ以降に戦った魔神はそれぞれ別な目的を持っていたとも。

 それが正しいとすれば、態々エルフナインの身体を乗っ取ったことを含め、魔神ソロモンを名乗る存在にはエネルギー化ではない別の目的があるはずだと睨んでいた。

 

(とは言え……それを知るには、結局相手方から引き出すほかには無い。魔神が元々居た世界にあるカルデアなら何か判るかもしれないが──)

 

 しかし、カルデアからの情報提供は特にない。

 魔神ソロモンの出現に衝撃を受けていることもそうだろうが、それを差っ引いても魔神の目的が依然判明していないということだろうと容易に想像できた。

 

「となると、あとは──」

 

 現場に期待するしかないのか、と弦十郎は暗澹たる感情を抱く。

 普段なら後方からでも相手の情報の解析も出来るが、現状ではそれも困難。いくら平行世界で起きている事件とは言え、その凡そ全てを現場の少女たちのか細い両肩に載せなくてはならない己等を思い、弦十郎は口端から細く血が流れるほどに奥歯を噛みしめた。

 

 

 

「ソロモン、って……」

 

 その単語に響が反応する。

 名前自体は知っている。ここに来るまでにさんざん説明を受けたし、何よりそれは響ら装者たちが今回の事件の肝であると説明を受けた杖の名前……というより、由来となった人物の名前である。

 曰く、古代イスラエルの王。神に叡智を望み、魔術を編み出した魔術王。

 

 そして、先程の立香達の反応で明らかになった────既に存在しない、召喚が不可能である英霊。

 

「エルフナインをソロモンの哲学兵装にした、ってどういうことだよッ!人間が哲学兵装だなんて、んなこと──」

 

 クリスが魔神から目を離さずにキャロルに言葉の意味を問いただす。

 地頭のいいクリスは薄々気づいていたのだろう、彼女の言葉には真実を否定したいという思いが溢れていた。

 

「──みなまで言わずとも判るだろう。あれは"魔術王"という概念を背負って立つ程度には、それに等しい要素を得たということだ」

 

 そんなクリスに対し、キャロルはただただ冷静に語る。

 

「剣を砕くソード・ブレイカーが炎の翼を穿てぬように、物質にはそれ相応の概念が──人類が築き上げた哲学が宿る。剣は刃を持つ剛直と認識し、ラピスはその輝きで呪巣を解すというように。魔神がやったのはそれの逆順だ」

「……つまり、"ソロモン王の扱ったという祭器"を持って、"ソロモン王の使役した魔神"を侍らせ、この世界全土に広がるほどの"召喚式"を組み上げられる存在となることで──ソロモン王であると定義した?」

 

 そこまで来て、マリアがキャロルの言いたいことを察する。

 先程の例えで言うなら、"長い刃""短い柄"を持つから剣であるとし、"呪いの浄化""物質編成の促進"機能を持つからラピス・フィロソフィカスであると定義するということ。

 

「って、流石にそんなんでどうにかなるかよッ!?それが成立するんなら、神様の武器使ってるあたしらは神様かッ!?」

「なるわけないだろうが。ギアが欠片なのもそうだが、例え完全聖遺物を使ったとしてもそうはならん──なるとすれば、ドクター・ウェルがソロモン王になるぞ。────だが」

 

 と、キャロルは魔神が先程まで展開していた召喚式の残滓を睨む。

 

「──魔術王しか呼び出せないように布陣を整えた召喚式で、ソロモン王が座に存在しない場合──おそらく、その世界で最も魔術王の定義に近い存在が"魔術王ソロモン"として呼び出される。違うか──魔神ソロモンとやら」

 

 キャロルの言葉に、魔神はふっと笑みを浮かべる。

 

「存外に慧眼だ、錬金術師。いいだろう、末期の土産ともなる。既に事が成った今、真実をくれてやることも吝かではない」

「──驚いた、存外に有情だな」

 

 多少煽るような、というか答え合わせをさせたくなるような言い回しをしてはいたキャロルだったが、まさか本当に答えが来るとは思っておらず困惑する。

 そんなキャロルの様子を魔神はつまらなそうに鼻で笑う。

 

「召喚者に不都合がない限りは問われたことには答えるものだ。我ら魔神というモノはな」

「~~ッ!それは……有り難いな」

 

 真実を告げることに不都合はない──ここから覆す術はないと言外に告げられ、キャロルはつい反駁したくなる己をぐっと飲み込む。

 そんな様子をどうでもいいとでも言うように、魔神は誰にともなく口を開いた。

 

「先程のキャロル・マールス・ディーンハイムの言葉は凡そ適当だ。この世界で最も"ソロモン王"に近いのが私である以上、ソロモン王の触媒以外に反応しない先程の召喚式であれば──私が"魔術王ソロモン"として世界に定義される、という点はな」

『──確かにそういう場合は往々にしてあるとも。カルデアなら佐々木小次郎やアンリ・マユなんかはその類だけど──でも、少なくともその肉体の場合はあり得ない。エルフナインというちゃんとした名前がある以上、彼女は例え死んだとしてもエルフナインであるはずだ』

 

 魔神の言葉に、聞いていたダ・ヴィンチが即座に反論する。

 

 カルデアに存在するサーヴァントの佐々木小次郎やアンリ・マユは、厳密には神話伝説の彼ら当人ではない。

 前者は無銘の人間が"燕返し"を放てるからと佐々木小次郎であるとされ、後者は生前の内に"この世全ての悪(アンリ・マユ)"であるとして、人々の心を救うための生贄の羊とされた青年である(らしい。流石にカルデアでも生前の詳細データは存在しないため、マスターがアンリ・マユ当人から聴取した内容でしかない)。

 

 そういった"構成される概念"から、近似的な存在として英霊の枠に押し込められるサーヴァントも無いではない。だが、それはあくまで召喚される存在が、召喚される時代において明確な定義を持たない──無銘の存在であればこそだ。

 これが名前の残らぬ程に時が経っているなら、あるいは名前が生前の内に削られたりしていれば"無銘の誰か"として、合致した代理存在として召喚される可能性はあった。

 だが今、この時代において彼女はあくまで"エルフナイン"である。例えどれほどに近似したとしても、"エルフナインである"という概念を超えてまで魔術王として定義され得ないとダ・ヴィンチは論を述べる。

 

「そうだな、それは間違いではない。だからこそ凡そ、ということだ」

 

 だが、魔神はその反論も織り込み済みであったらしくただ肯定する。

 どういうことかと訝しげな目線を向ける面々をちらりと流し見、魔神は言葉を続ける。

 

「詰まる所、この体をエルフナインとして認識するものが誰なのか、ということだ。有り体に言えば、この世界の知性体がこの体をエルフナインであると認識しなければ──この体の名称を"エルフナイン"ではないと規定すれば、この体はエルフナインではなくなる」

「そんなッ!……ううん、少なくとも私達はそう思ってるッ!私達だけじゃない、他の皆、も……」

 

 魔神の言葉に思わず反論した響だったが、他の皆と言ったところでその声がどんどん尻すぼみになる。

 魔神によって大半が崩壊した今のこの世界を取り巻く状況に気づいたのだ。

 響が感づいた様子に、魔神はわずかに口端を上げ。

 

「……概念は、哲学とは得てしてその世界における知性体の思考の総体──特に、霊長と呼ばれる霊的に最も発達した種族が決定するものと思って間違いはない。であれば、エルフナインと貴様らの呼ぶこの体の定義は──この世界の霊長が決定するものだ」

『……まさかッ!貴方は──そんな方法でッ!?』

 

 核心を突かず、迂遠に展開される魔神の論の結びに気づいたエルフナインは、思わずと言った風に叫ぶ。

 そんなエルフナインの声を無視するように、魔神は決定的な一言を口にした。

 

「……ところで、群体生命であり、今やこの世界中に根を張り巡らせた"私"と、この列島の中心部を除いて絶滅した人類。──一体どちらが、この世界の霊長だと思う?」

「────ッ!!!」

 

 その言葉は、聞いたものを慄然とさせた。

 ソロモン召喚のそのためだけにこの世界を滅ぼしたと、魔神はそうこともなげに言ってのけたのだ。

 

「そんな……そうしなきゃだめだったのッ!?そこまでして、どうして……ッ!?」

 

 唇を震わせながらどうにか絞り出すような響の問いに、魔神はふむ、とひとつ頷く。

 

「確かに召喚するだけなら他にも方法はあったが、仮に別な手段を講じたとしても、この世界を滅ぼすことには変わりない。であれば、一石を投じるだけで二鳥が穫れるならそれに越したことはあるまい」

「そんな……ッ」

 

『どちらにせよ滅ぼすつもりだったからついでに、ってことか。ということは、その身体に漲る魔力がその"滅ぼすつもりだった"理由かな?』

 

 これ以上この話を続けても恐らく効率の話か出てこないだろうと見切りをつけたダ・ヴィンチは、響ほかのメンタル面も踏まえ話題をそらす。

 ──逸れた先も大概な題目ではあるが、せめてこの状況を攻略するために少しでも情報を知りたいと考えていた。

 魔神はそれについても隠し立てするほどのことでもなかったのだろう、鷹揚に頷き言葉を続ける。

 

「そうとも。既に理解できていよう、この世界はかつての神殿の再現であると」

「……まさか、本当に……?」

 

 魔神の言葉を聞いた立香は、未だにありえないと思う反面やはり、という感情を同時に抱く。

 キャロルと共に本部待機していたときにホームズから聞いていたが、本当にそれを実現してくるとは考えていなかったのだ。

 

「うん?だけどおかしいな。この結界──冠位時間神殿はソロモンの身体があってこそだろう?あいつの肉体は大いなる主に捧げられたモノ、そうおいそれと代用できるとは思えないけどね」

「!」

 

 ソロモンの神殿に一家言あるダビデの言葉に、立香は思わず魔神に問うような視線を向ける。

 

「私の目を見返すとは、相も変わらず不用心だな。……魔術王の肉体は確かに重要だ。至高の魔術回路を持っている奴の肉体あってこそ、神殿は()()()()として成立していたのは間違いない」

 

 凝りもせずに己に目線を合わせてくる立香を嘲りつつ、一方でダビデの言葉を認める魔神。

 ダビデはソロモンの父親であり、また主に捧げた張本人でもある。ソロモンに関わる情報について、ダビデは当人のパーソナリティ以外はおおよそ把握していた。

 

「……情報を確定しようという腹積もりだろうが。まあいい、貴様の考えに乗ってやろう」

「お、助かるよ」

 

 ははは、とこんな時でも平常通りに笑うダビデ。だが見る者が見ればその額にはわずかながら冷や汗が浮かんでおり、目は全く笑っていない。

 冷徹な王であるダビデと言えど、流石に魔神がソロモンの名を被り、剰え全く関係ない異世界を蹂躙していることには思うところがあった。

 

「神殿は地球環境モデル「カルデアス」に近いものだ。カルデアスが星のミクロモデルであるとするなら、冠位時間神殿は宇宙のミクロモデル。星々の運行、天球の配列、錬金術……数多の魔術理論の集大成であり、同時に人体というミクロスケールを世界というマクロスケールと照応させたものだ」

『ミクロコスモスとマクロコスモスの照応……それは、まるで……』

「そう、この世界における錬金術の秘奥と同じ。……この世界においては、ある意味私が編み上げられた世界より尚"一と全"の対比構造による相似性が意味をもつ」

 

 そう語られる内容に、装者たち──そしてS.O.N.G.で聞いていた後方組は覚えがあった。

 

「賢者の石に対する愚者の石と同じということか……」

 

 翼が納得したようにつぶやく。

 立花響というたった1人の命から生み出された全く無意味な塵である愚者の石が、多くの命を捧げられて造られた完全なる輝きたる賢者の石に対するものとして機能するように。

 小さな"一"と大きな"全"、その対比と相関こそが錬金術の秘奥であり、錬金術師達がその技術を用いて大掛かりな仕掛けを運用していたことは彼女らの記憶に新しい。

 

 そして、魔神が語った内容を踏まえれば先程の"神殿の再現"が別の意味を持つ。

 

「……ホームズが言ってた、『世界ベースとした固有結界として神殿を構築している』って……」

「そこまで調べはついていたか。ならば理解できただろう?この平行世界におけるデモノイズの経絡、魔都の配列……その全てがかつての大神殿を模倣構築したもの。

 魔術王の魔術回路が無いエルフナインの肉体という小宇宙に神殿を構築できないならば、この世界そのものに神殿を直接構築するまでのこと。魔術王の魔術回路は極小宇宙の再現すら可能だが、逆に言えば通常宇宙に同規模の神殿が築ければ問題ないということだ」

 

 そう語る魔神の言葉は出来て当然、と言わんばかりの自負に満たされている。

 事実、彼が言う通りそれが成立しているのだ。あるいは彼が本来存在していた常識では不可能な偉業であっても、歌が、想いが強い力を持つこの世界において、人の想いすら左右する"歌"の概念を持つ音楽魔にとって不可能なことではなかったということであった。

 だが、当然というかそれに異を唱える声が上がる。

 

「……確かにそれならこの世界に魔力は満たせるでしょう。座に存在しない、魔術王に最も親しいものとして"ソロモン"の霊基を獲得したというのはそのとおり。ですが、本来のソロモン王はその全てが放棄されている。魔術王の魔術回路が無いという事実が変わらない以上、その魔力が身体を満たせるかは、また別の筈」

「ブリュンヒルデ……」

 

 ブリュンヒルデはこの中で唯一、魔術王を祖に持たない神代の魔術師としての力を持つ。

 魔術の神としての側面すら持つ大神の智慧を授かった大神の娘は、魔神の言繰りの矛盾点を指摘した。

 そして、そのような考えに至るのは天賦の叡智を持つ万能の天才とて同じ。

 

『彼女の言うとおりだね。神殿の再現なんてのはまあ、見れば判るさ。だけど、君はあくまでソロモンの名札を付けただけであり、その本質は変わらない。仮に座に本来の霊基が欠片でも残っていれば、そこに記載された記録が君に対して適用されることもあるだろうが……』

「そんなことか。それに対する答えは実に単純だ」

 

 ダ・ヴィンチの言葉を遮り、魔神は肩をすくめる。

 

『何──?』

「……この世界における神殿の建立も、ソロモンの杖を加工して十の指輪を作り出したのも、魔術王のように魔神を守護霊体として従えているのも。──その全ては私が為した"功績"だ。ならば、この世界に在る結界は私が敷設したものであると同時に、私自身の"宝具"に他ならないだろう?」

『────ッ!』

 

 何を言い出すのかと問い質そうとしたダ・ヴィンチが、魔神の言葉に絶句する。

 

「英霊の宝具とは、その英雄が生前に為した偉業が、その身に宿る力が形となったものだ。オリュンポスの英雄が十二の難行を踏破したように、西アジアの弓兵が大地を割り戦を平定したように──かつてのソロモンが、エルサレム神殿を建立したように」

 

 それはあまりにも当たり前と言えば当たり前の話。

 "英霊ソロモン"が召喚される場合、その召喚される存在には魔術王の宝具が付随する。だが実際の魔術王の記録が残っていないとなれば──その宝具は、魔術王に最も近しいものが生前に為した、魔術王が為した偉業に最も近しい"功績"が宝具となるのが道理である。

 

「──そして、宝具はときに"生前では不可能だった事象"が実際に使用できるものとして登録される。この結界は"定義上"私自身に力を注ぐ前提で魔術式を組んだもの、例え本来は使用できないとしても──」

「さっきの疑似的な英霊召喚の折に、宝具として使用できるように変質したということですか……」

 

 ベディヴィエールの言葉に満足げな笑みを浮かべる魔神。

 ソロモンとして疑似召喚された魔神を抱く肉体は、サーヴァントとして"結界の力を万全に汲み取れる"性質を獲得した。

 それは本来なら魔術王たるソロモンの魔術回路がなくては成立しない奇跡、魔神はその奇跡を強引に手繰り寄せることに成功していた。

 

『よもやそこまでの手間を、といったところだね。生前に不可能だった逸話を元にした宝具は大抵、現実空間で組み上げて初めて使用できるようになる。だが君の場合既に組み上がっているから、その点も問題ないわけだ』

 

 吐き捨てるようなダ・ヴィンチの言葉には、呆れと賞賛の響きが微かに混じっている。

 魔術という分野であっても天才としての名を恣にしてきたダ・ヴィンチだが、そんな彼女であっても魔神がここまで迂遠な手段を取るとは思っていなかった。

 

『うーん、僕からすればあの魔神がここまでして魔術王の霊基を自分に組み込みに来るとは思わなかったな。ああいや、魔神そのものというよりエルフナインの身体に、か』

「?どういうことだよアマデウス。よくわかんねーけど今の魔神は魔力とやらがあふれんばかりなんだろ?それを狙ってるとかじゃないのか?」

 

 フロンティアから演奏とともに届いたアマデウスの呟きに、クリスが耳聡く聞き返す。

 ソロモンの霊基を得てからはまだ戦ってないが、それでも目前の存在が強大な力を持っていることは十分に伝わってくる。それだけの力を得るためになら、ここまで大掛かりな仕掛けも──と、そこでふとクリスも疑問に当たる。

 

「……待てよ、そもそもあいつの目的って結局判ってねーんだよな?」

『ああ、だけど魔術王に関わるなにかって事はわかる。だってそうだろう、あいつ半ば片手間でこの世界の大半をぶっ壊せるんだろ?フォニックゲインという法則とここまで噛み合った概念を持つアムドゥシアスが、何の目的もなしに何で今更魔術王に立ち返る必要があるっていうんだ』

 

 アマデウスの言葉は的を得ていた。

 現状のままでも、魔神アムドゥシアスは十二分な偉業を達成している。初戦の戦闘時こそ数の利などで押し切ったものの、個体としての力量の差は著しいものだ。

 

「確かに……では、魔神の目的にとりあの姿──魔術王の概念こそが大事であるということか」

『だろうね。まあ今はそれが何なのかは判んないけど。ねえ魔神ソロモン、なんかすごくなった記念に教えてくれたりしないかい?』

 

 翼の出した結論にアマデウスは頷き、ふざけた調子で魔神に頼み込む。

 

「さて。教えてやる道理はないな?」

『おいおい、隠しごとか?ってことは、知られると困ることか──知られたくないことなわけだ』

 

 魔神の白を切るような言葉尻を捉え、アマデウスが訳知り顔でうんうんと頷く。

 露骨に挑発してくるようなアマデウスの語調に、魔神の眉間にわずかながら皺が寄る。

 

「……ふん、忌々しい。絶対尊厳を遵守しないばかりか、ここまで戯けた人格に至るとはな……。だがまあ、それも最早問題ではない」

 

 そう告げると同時に、暗天の星空がにわかに輝き出す。

 何が起きたのかと宇宙を見れば、先程までは薄らとしか姿を晒さなかったデモノイズの連鎖が、結界に蓄積される魔力を、そしてデモノイズ自体が放つフォニックゲインを取り込みその色を増している。

 

『まずいぞ、デモノイズは霊基としては魔神柱と同じだ。アレの存在が結界内のエネルギーを循環させている以上、稼働している限り魔神を傷つけても無意味だ!』

「何だとッ!?」

 

 ダ・ヴィンチの言葉に、翼の目線が宇宙をなぞる。

 凡そこの場からかけ離れた高空に在るであろうデモノイズは、地上から見てもはっきり見えるほどにその蛍光色を克明としていく。

 それはまるで星空に光の網が掛けられたような、どこか幻想的で悍ましい風景。だが、異変はそれにとどまらない。

 

 光の網が形を変える。地上からは糸のようにしか見えないデモノイズの網が、一本、また一本と縒り合わされていく。

 魔都を繋いでいる鎖以外のデモノイズ達は、上空で徐々に束ねられて太い光条へと姿を変えていく。

 一点を中心に放射状に広がり、また隣どうして束ねられる光の網は、さながら光る蜘蛛の巣のよう。

 

 そして、その放射状の素の最外円から放たれる光は、今や夜空を照らす太陽の如き光を見せ始めていた。

 夜の星を昼の如く照らし出すソレが放つ熱量は、地表に居る人間にとっても容易に感じ取れるほどにまで膨れ上がっていた。

 

『高エネルギー反応検出ッ!魔神の纏うエネルギー……魔力及びフォニックゲインとは別の、単純な熱エネルギーですが──こちらの機器では測定しきれませんッ!』

「馬鹿なッ!?S.O.N.G.の測定器は水爆規模のエネルギーですら捉えられるはずだッ!」

 

 通信機越しに聞こえる藤尭の悲痛な叫びに、キャロルが耳を疑う。

 彼らの扱えない、扱ったことのない別法則のエネルギーならいざ知らず、完全聖遺物のエネルギーすら推定しきる技術を以て尚純粋な熱量を測定できないというのは前代未聞であった。

 

 混乱するキャロルや装者たちであったが、カルデアの面々も到底穏やかではいられない。

 

「あれは……!?」

 

 空を見上げた立香の目に映るそれは、到底忘れ得ない災厄の記憶。

 魔術王を名乗る獣が為した偉業、人類を最も効率よく運用する大災害の輝き。

 

『くそ、迂闊だった!この世界を時代から切り離した固有結界とする……なんてことをやってのけるからには、この"宝具"があって当然と思うべきだった!』

 

 悔恨を漏らすダ・ヴィンチの声も、空を見上げる立香の耳には入らない。

 空に束ねられた熱量は今や完全な円環となり、その膨大なエネルギーを宙に輝かせている。

 

「嘗てのように、遍く過去を焼き滅ぼす必要はない──この世界にはソレを実現できる技術がある。見るがいい。この星を中心核に至るまで、その46億年の歴史(想い出)のすべてを焼却・錬成した新たなる光を」

「……あれは、『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)』──」

 

 魔神の厳かな、それでいて興奮と喜悦が混じった声が響く。

 立香の絶望するような声がポツリと溢れる。

 

 それは、遍く天を照らすモノ。人理を元に作り上げられた、人類終了を告げる光帯。

 カルデアが人理を救う戦いの中、特異点の空に在った原罪のIであり、魔術王の第三宝具。

 星の過去の記録を「想い出」として焼却し、錬金術と魔術を組み合わせて構築されたこの特異点にのみ存在しうる智慧の輝き。

 

「──覚醒の時は来たれり。今この時を以て、この世界を構成する要素が揃った。循環する魔力とフォニックゲイン、光帯──そして指輪を持つ王」

 

 魔神は朗々と語る。敵対するカルデアに、S.O.N.G.にその行為の愚かしさを伝えるように。

 

王冠(ケテル)より流出せし偽の冠位は、今この時を以て"宮殿"を建立し、真なる王国(マルクト)へと至った」

 

 時既に遅かったということを、魔神に対峙する者たちは肌で感じていた。

 そう、魔神が異空間から再び現れた時点でこの状況は決まっていたようなものだった。

 

「──第二宝具『戴冠の時きたれり、其は全てを始めるもの(アルス・パウリナ)』の再演にして、歌と頽廃に満ちた偽りの神殿」

 

 だからこそ、突きつけられる魔神の言葉を黙って受け取るほかにない。

 この世界に、彼女たちが勝てる法則は存在しないという魔神の宣告を刻まれるしか無い。

 

 

「これこそが我が願望の最初にして最後の足がかり──『偽冠魔詠宮殿(プセウドモナルキア)』である」

 

 

 宝具の真名を魔神が口にすると共に、結界の歌が完全な調和を成す。

 この世界における真なる王の誕生を祝うかのような、荘厳にして麗美たる天上の調べが空々しく世界に鳴り渡る。

 

偽王国(プセウドモナルキア)……ふん、全てが偽の王国とは笑わせるッ!」

「そうとも。だが、真作が既に無い以上、これこそが真作である。──さあ、大願成就の刻だ。僅かな不備はあれど、それも修正は容易というもの。歌女に魔術師共は早々に尻尾を巻いて去るがいい、一時的とは言え消耗は手間だからな」

「…………ッ!」

 

 それは勝利宣言だったのか。それとも魔神の最後の慈悲だったのか。

 どちらにせよ、嘲りを見せる魔神が全く勝利を疑っていないことは明々白々である。彼女らの儚い抵抗などほんの微かな延命に過ぎないのだと、その態度が示している。

 

 

「──だとしてもッ!」

 

 

 だが、そんな魔神の言葉に従う余地は彼女たちの胸にはない。

 

「私達はアナタを──止める、止めてみせるッ!私はS.O.N.G.の装者で──何より、アナタを理解したいからッ!」

 

 世界を満たす魔性の歌に負けないような大声で、立花響は己の偽りなき心中を謳う。

 その隣には、その周りには装者たちが思いを同じく魔神に真っ向から立っている。

 

「私達は歴史を、想いを、世界を──何より、この世界に生きる人達が当たり前のように生きる権利を守るために戦う!──私は、人理継続保証機関カルデアのマスターなんだ!」

 

 魔神の悪意を跳ね返すように、藤丸立香が決意を高らかに宣う。

 その背後に付き従うように、その前に護り立つように、彼女の剣であり盾である英霊たちが刃を構える。

 

 この世界は大半が滅ぼされ、その全ては燃料と変えられた。輝く光帯は星を貫く光条であり、霊長の座はおぞましき魔神によって奪われた。

 今や彼女たちの居るこの特異点は、歌の力を信じて戦えた嘗ての世界ではない。構成する何もかもが魔神に味方する神殿と成った。

 

 ──だとしても。それでも諦めるつもりは毛頭なかった。絶望する気なんてサラサラ無かった。

 既に滅ぼされた世界であっても。それでも、残る僅かな大地に、世界に未だ人は残っている。であれば、彼女たちが戦いを辞める理由にはならなかった。

 

 その様子に、魔神は呆れと不愉快さを滲ませる。

 

「──面白くもない。よかろう、精々足掻け。この世界の寿命を一刹那伸ばすために、残る年月を使い潰すがいい!」

 

 魔神の死刑宣告と同時に、膨大な魔方陣が空に、地上に展開される。高まるフォニックゲインが、渦巻く魔力が世界を侵す現象として顕現する。

 瞬間的に展開された絶死の嵐を前に、ちっぽけな彼女たちは前へと駆け出した。

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