SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第17節 偽冠魔詠宮殿プセウドモナルキア(1)

「──小手調べだ、焼け落ちよ」

 

 魔神の魔方陣が輝き、光の柱が降り注ぐ。

 対魔力では減衰出来ない純魔力の砲撃は、フォニックゲインから変換された熱エネルギーにより更に膨張、全てを焼き払わんとばかりに放たれた。

 

「くそ、初対面のときの眼光みたいなのをバカスカ降らせやがってッ!──だけど、ビームならなあッ!」

 

 禍々しい光条を前に、間髪入れずにクリスが盾のように立ちふさがる。

 本来なら無謀な熱量に対し、彼女は腰のリボン状のアーマーからリフレクターを散布することで砲撃を偏光してみせた。

 

「熱線を逸らすか。であれば──」

 

 だが、魔神にとってはそれも片手間の攻撃でしか無い。

 魔神の細い指がつつ、と動くと同時に、熱線の代わりに悪性情報を具象化した呪詛の波濤が押し寄せる。

 黒く染まった凝集された呪いは、クリスのリフレクターを容易く貫通する。

 

「ッ!まず……」

「おっと、これは僕がどうにかしようか」

 

 が、ソレに対して今度はダビデは竪琴を奏でる。

 呪詛を祓う竪琴の演奏は、魔神の呪いへと強く作用する。

 

 そして薄れた呪詛の中、その身が傷つくことを厭わぬように3人の影が魔神めがけて突撃した。

 

「どぉ──りゃああああああ──ッ!」

「はあああああ──ッ!」

「我が魂、喰らいて走れ──銀の流星!」

 

 響の拳が、マリアの短剣が、ベディヴィエールの手刀が同時に奔り、一息に魔神へと迫る。

 魔神の呪いをダビデが軽減したその瞬間を狙い、既に戦場を共に駆けた3人は以心伝心とばかりに同時攻撃を仕掛けた。

 

「呪詛の壁を厚くしすぎたな。視界が晴れないかどうかという瞬間を狙ってきたか──足止めも同時に、とは器用なことだ」

 

 己が眼前に迫る拳を、刃を前に、しかし魔神は揺らがない。否、揺らげない。

 自分で放った大火の光で出来た影に、いつの間にか鋭い短刀が突き立っている。

 

───影縫い───

 

「僅かな隙だが、作らせてもらうッ!」

 

 本来なら呪詛の壁を踏破できるはずもない小さな刃は、大地に深々と突き立っている。

 投げ放ったであろう翼の傍に立っているブリュンヒルデが細工したのだろう天羽々斬の刃は、僅かに地表に覗く刀身に頑健のルーンが刻まれていることが見て取れた。

 

「ふん……無意味と知らぬ事こそが無知ということか」

 

 影に立つ刃を見ても、しかし魔神は動じず鼻で笑う。

 それもその筈だろう。棒立ちしていた魔神に届きかけた槍と剣はその肉体に当たる直前で押し止められているのだから。

 

「──だけどッ!私の拳は──ッ!」

 

 だが、それでも3人は──否、立花響は、ガングニールは止まらない。

 魔神の体表に展開されている防壁を破り、その肉体へと突き刺さり──。

 

「必中の概念、いやこちらではそれが機能として付随しているものか。だが、今の私には無意味。その槍は勝利の為にあるもの、殺すためのものではないということだ」

 

 ──そこから、魔神を揺らがせない。いや、わずかにダメージはあったらしく体表に擦過傷が出来ている。だが、そこまでだった。

 

 ガングニールは必中の魔槍。たとえ中途にどれ程の障害があろうとも、それらを貫き相手へとその手を届かせる。

 そういう意味では、その拳は確かに魔神に届いたのだ。問題だったのは、魔神自体の肉体強度が跳ね上がっていたというだけで。

 

「──どうしてッ!?」

 

 己の拳が確かに相手の体に届き、手応えがあり、その上で殆ど痛痒を与えられない。その事実に響は愕然とする。

 今まで、彼女の拳が撃ち抜けないものはおよそ無かったと言っていい。完全聖遺物を纏うフィーネも、聖遺物を喰らうネフィリムも、破滅の歌を纏ったキャロルだってそうだ。

 拳が届かないことこそありはしたが、逆に言えば彼女の手は確かに相手に届きさえすれば、その歌を響かせられたのだ。

 

 それが、届かない。拳だけ届いても、歌が相手に、魔神の心に響かない。その事実に、響はわずかに動揺した。

 

 瞬間、数多の魔方陣が響を囲う。灼熱を吐き出さんとする炎熱魔術が、数瞬の隙を晒した響きを逃さんとその輝きを見せる。

 

「ほら、ぼさっとしないッ!」

「──マリアさんッ!ベディヴィエールさんッ!」

 

 爆炎に呑まれる瞬間、共に駆けていたマリアとベディヴィエールが響の腕を引っ掴んで一気に後退する。

 2人は響と違い貫通しないことも十分に考慮していたため、実際に刃が届かなかった時点で転進出来るように心構えていた。

 とはいえ、と間一髪で炎から逃れたマリアは先程動揺を見せた響の顔をちらりと覗き込む。

 

(しょうがないところはある、のかしら。──まさか防ぐ素振りすら無く直撃して無傷……でもないけど、ほぼ無傷とは思わなかったわ)

 

 届けば多少は仰け反らせられるかともマリアは考えていた。仮にダメージが無くとも吹き飛ぶくらいはあるだろうと。

 だが実際はその場から微動だにしないばかりかその体に僅かな傷程度。初戦ではルーンによる強化もあるとはいえ一撃で戦闘不能に追い込めていたというのに、いくら何でも今までの魔神と違いすぎていた。

 それはベディヴィエールも同意だったらしく、魔神を見て眉根を寄せている。

 

「これは──固有結界の影響でしょうか、ダ・ヴィンチさん」

『ちょっとまって、あと少し──うん、どうやらそうみたいだ。普通の固有結界とちょっと違うとでも言うのかな、あるいは神話伝承における防御伝承を概念的に重ねた可能性もあるけど、どちらにせよその影響だろう』

 

 いつの間にか調査していたらしいダ・ヴィンチの言葉に、やはりかとマリアは思う。

 以前戦った魔神と今対峙している魔神でどこが違うのか、と問われれば間違いなく固有結界の有無である。ソロモンという名前を冠したことやファウストローブを纏っているといった点も確かに違うが、それくらいではあの防御力に説明がつかない。となれば、彼女らの知り得ぬ固有結界という法則に何か仕掛けがあると見るのが当然だった。

 

『本来の魔術王の神殿は末端から中心を強化することで玉座を難攻不落化し、末端を強力な力を持つ魔神柱で守護するというモノだったけど……。うん、どうやらそちらのは各魔都に存在する魔術式が相互に保全することで永劫性を保つものらしい。どこか一箇所でも残っていれば他の箇所の魔術式の修復を行うことで延々と持続する修復機構だ』

「そんなこと出来るの!?インチキじゃん!」

 

 魔術王の神殿も大概だったが、今回のもひどいと憤慨する立香。

 ペーペー魔術師である彼女からすれば、どっちがどれだけすごいかもわからないが単純に反則じみた手段をとっているということは理解できた。

 

『世界全体でやってるから厄介ってだけで、本来の神殿に比べれば術式自体は簡素なものさ。神代ほどのトンデモがなくても、限定範囲で良質な霊脈があって神域レベルの術者の腕があれば西暦の魔術で構築できる範囲だ。ただ、それであの無敵性は説明が難しいからなあ……』

『それについてですけど……』

 

 と、疑問を浮かべているダ・ヴィンチに、同じく相手の状態を解析していたエルフナインが恐る恐る仮定を挙げる。

 

『その世界は魔神の宝具であると同時に、実世界を魔神が魔術で再構築するという偉業の結果そのものが残る、いわば"現存する宝具"ということでした。そしてかつての魔術王の宝具は魔術王の遺体そのものであるとも』

『ああ、そう言ったけど……って、まさか』

 

 改めて列挙された情報から何かを推察したのか、モニターに映るダ・ヴィンチの顔が引きつる。

 なお、傍から聞いていた面々は正直意味がわからない。精々意味が判っていそうなのは神秘に縁深いサーヴァントたちや、その手の話に造詣深いキャロル、今はフロンティアで援護中のウェル博士くらいだろう。

 

「あの、一体どういう……」

『同じ遺体をベースとした固有結界であるとしても、ボクの身体には魔術回路などのような機能がありません。だからこそ魔神はそちらの世界そのものを取り込むという道を選んだ──ということであれば』

 

 一応魔術側の代表、かつ直接戦闘には参加できないために通信する余裕がある(というべきかはともかく)立香が恐る恐る問いかけるも、エルフナインは後回すように話を進める。

 黙殺されてそれ以上問うことも出来ない立香を置いてけぼりに、ダ・ヴィンチは額に冷や汗をかいて口を開いた。

 

『固有結界として再構築された平行世界そのものが、魔神の肉体と同一のものとして扱われるってことか……。心象世界を実世界と入れ替える普通の固有結界と違って、実世界をそのまま加工して固有結界であると断じることで成立する宝具領域……。ミクロコスモスとマクロコスモスの照応というそちらの錬金術における基本法則を応用して、マクロコスモスの強度を自身に付与してしまうわけだ』

「世界そのものの強度だと……ッ!?ヒンドゥーのクリシュナじゃあるまいしッ!」

 

 ダ・ヴィンチが出した魔神の防御性に対する結論に、キャロルが心底忌々しげに吐き捨てる。

 

『文句言いたいのはこっちだよ。こっちの世界法則だけじゃ無理な事象をそっちの法則とうまく絡めて成立させるなんてペテンもいいとこだ』

「……それで、解決法ってあるんですかッ!?」

 

 魔神から放たれる閃光を逸らすクリスの傍ら、脚部ジャッキを展開し駆け出す体制を整えていた響が叫ぶ。

 悲鳴のようなそれに、ダ・ヴィンチが努めて希望があるような軽い口ぶりで答える。

 

『さっき響ちゃんの攻撃で僅かに傷がついていただろう?本来の世界並みの強度だっていうなら、あのかすり傷だって大きすぎる。察するに、我々の妨害で完全な状態で起動させられなかったのが響いているんだろうね。だったら対処法は簡単、この不完全な固有結界をさらに不完全にすればいい。──つまり、この固有結界を壊す!それで万事解決だ!』

「って、出来るわけねーだろがッ!」

 

 ミサイルの雨を魔神に叩きつけたクリスが怒鳴る。

 その間も逸れていない目線の先では、一切の痛痒を受けていない魔神が砂埃ひとつ無い姿を晒している。

 

『そりゃそうだ、だから霊的な構造を破壊する。魔神とその固有結界が繋がっているのは、あくまで"魔術としての"固有結界だからだ。つまり、どうにかして固有結界の魔術構造を破壊するしかない』

 

 世界そのものの強度をもつ相手を倒すため、その根源たる世界を壊す──なんてことは全く不可能な話であり、クリスが怒鳴るのも当然である。ついでに言えばクリスを始めその場の全員にとって心情的にもNGであった。

 ダ・ヴィンチもそれは理解しており、ある程度現実的な方向性を提示した。

 

「……しかしダ・ヴィンチ女史、魔術構造の破壊は我々には馴染みがありませんが、どうやってやれば────……?」

『どうやって、か。それは今から……って、どうしたんだい翼ちゃん?』

 

 戦闘中で声が途切れたのかとダ・ヴィンチの疑問の声が上がるが、翼はその疑問の声に答えず眉をひそめる。

 まるで耳を澄ませているようであり、その様子になにか思い至ったのかダ・ヴィンチはS.O.N.G.と通信を開く。

 

『ねえ、そっちに何か通信波が来てないかい?翼ちゃんのギアに』

『ああ、そちらとの通信中に別端末から通信があったことを確認している。こちらの世界の機器じゃないから特定できるか──何だとッ!?』

 

 ダ・ヴィンチの確認に調査している旨を話す弦十郎の言葉が俄に驚愕に染まる。

 その通信は当然というか装者たちにも届いており、前衛を一時響とベディヴィエール、ブリュンヒルデに任せたマリアが翼の元へ駆け寄る。

 

「ちょっと、翼ッ!今は通信に足を止めている場合じゃ……」

 

「……奏ッ!?」

『通信先は……ガングニール、だと……ッ!?』

 

「……無いわよって、ええッ!?」

 

 翼の言葉と本部からの解析結果に、マリアは思わず驚きの声を上げた。

 

「奏……天羽奏ッ!?って、まさか魔都の──」

 

 一瞬戸惑ったものの、すぐにどんな存在から連絡が来たのかに感づいたマリア。彼女は他の魔都の戦いの詳細までは聞いていないが、それでも翼たちが戦う相手が天羽奏である可能性が高いということは開戦前に聞いていた。

 急な通信に翼が少々驚きながらも普通に対応しているあたり、守護天となった奏と和解できているらしいとマリアは密かに安堵する。とはいえ、今この場で通信でやり取りするほどとまでは流石に思っていなかったようでもあるが。

 

「奏、一体どうし──え?う、うん。……藤尭さん、すいませんが通信を全体に届けてもらえますか?」

『!ああ、わかった。──よし、全体化しますッ!』

 

 やがて奏から何か言伝られたらしい翼の依頼に、藤尭が即座にマニピュレータを操作し通信範囲を調整する。

 ややもしない内に、藤尭が調整を終え通信システムの接続を更新する。

 

『お、っと。よしよし、あたしの通信はちゃんと繋がってるみたいだ。悪いねダンナ、ちょっと翼のギア以外の通信先が軒並み通らなくて、さッ!』

 

 その通信から届いたのは、間違いなく天羽奏の声。座標は皆神山となっており、守護天であった奏──ランサー、ヘルヴォル・アルヴィトのものだった。

 どうやら戦闘中らしく、通信先からもかすかにデモノイズの歌と、それを薙ぎ払うような轟音が聞こえてくる。

 

『我々も本部をリディアンにあった頃から一新したからな。ところで、戦闘音がするということは──』

『ああ、魔神がこっちの制圧にいくらかデモノイズを回してるのさ。つっても戦力配分は今んとこお粗末さ。あたしがここを張ってなきゃいけないようにしてる程度だから気にしないでくれ』

 

 直接魔神をぶっ飛ばしに行けないのは悔しいけどね、と苦笑交じりに愚痴をこぼす奏。

 そんな軽口ひとつにすら闊達とした気風があり、守護天となっても自分らしさを失っていないようだと聞いていた面々は内心でホッとする。

 

『──と、こっちはともかくそっちは忙しいんだったな?話は聞いちゃいないが、この世界の状況はあたし(ヘルヴォル)()()()から、それの解決策についてちょっと提案があるんだ』

『提案だと?』

 

 前線組はともかく、後方支援している面々はそれぞれのモニタリング情報をしっかり共有している。だからこそヘルヴォルが全知を用いて世界の状況を理解できることについて、弦十郎に疑問はない。

 だが、その解決策については話が別である。

 

『──疑うのも無理はない。私は知ることは出来ても、その先の解を求められる全能性を保持していませんから』

「ッ今の声……。今のがヘルヴォルっていう守護天か……」

 

 通信先から伝う声音が全く唐突に切り替わり、それを聞いていたものに大きな違和感を与える。

 クリスの呟きの通り、守護天たるランサーを構築する霊基の一つ、ヘルヴォル・アルヴィトに人格が変わったのだ。

 

「うう……声がおんなじはずなのにぜんぜん違う人に聞こえる……って、危なッ!?」

「もう、気をつけなさいッ!かすっただけでも危険な熱量なのよッ!?」

 

 先ほどと主が同じ声であることは十分に理解できるのだが、それをして尚も違和感しか感じさせない程の変化に響が戸惑い、危うく炎に焼かれかける。

 辛うじてマリアの銀剣から放たれる光条でインターセプトすることが出来たが、下手をすれば戦闘から脱落していただろう。

 

(とはいえ、ここまでとは……セレナとヌァザもそうだけど、中身の人格が違いすぎるでしょう……?)

 

 平行世界を介してある程度交流があったマリアも、流石に奏が丁寧語、かつほとんど感情がないかのような口ぶりで話されれば違和感しか覚えなかった。

 

『……何か問題がありましたか』

『いや、進めてくれ』

 

 通信先のゴタゴタに気を取られかけたヘルヴォルに、弦十郎は先を話すよう促す。

 今の状況は魔神が本気を出していない──というより、恐らく天に輝く光帯の調整に力の大部分を割いているということは傍目にも明らかであった。でなければ、ここまで互角なように持ち込めるはずもないというのが全員の共通認識である。だが、たとえそうだとしても今が策を練る数少ない機会に違いはなかった。

 

『そうですか。では、端的に言えばこの槍の真なる開放による勝利を提案しますが、如何でしょうか』

「……えーっと……?」

 

 軍勢の護り手たるヘルヴォルもそれを理解してるのだろう、すっぱりと本題に切り込んだ。

 とはいえ、その内容がすっぱりしすぎて真意が理解できないような文言であり、大なり小なり皆困惑の表情を浮かべる。

 そんな中、策と呼ぶにはあまりに途中経過が端折られた彼女の言葉にパッと理解を示したのは、当然というか長姉であるブリュンヒルデであった。

 

「ガングニール……大神宣言(グングニル)の持つ機能、"穂先に指された者が勝利する"という因果の固定ですか」

『はい、御姉様。全知の権能、大神宣言(グングニル)の真作の一部たるシンフォギア、そして聖遺物の力を十全以上に引き出す御業を以てすれば実現が可能です』

 

 ブリュンヒルデの言葉をやや嬉しそうに肯定するヘルヴォル。

 

「因果の固定だと?そんな事が出来るのか……いや、出来るからこその宝具ということか?」

『それは……はい、御父様の槍ですので……」

 

 因果──原因と結果を示す言葉だが、それを固定と言われてもどうにもピンとこないらしい翼がうむむと首を傾げる。

 ヘルヴォルも概念的なものであるためか、主神の槍であるからと説明しづらそうに言葉を濁す。そしてそれだけではないと言葉を続けた。

 

『とはいえ、この宝具の場合言葉通り勝利を確約しますが、途中の内容がどうなるかまでは判明しないので、利用の是非は委ねることになります。ですが、確実に魔神に勝利することは可能かと……』

「……って、それってもしかして例えば隕石が落っこちてきて皆纏めて宇宙の藻屑エンドとか無いよね!?」

 

 とりあえず最後には勝てる、という雑な話に流石に立香がぶんぶん首を振って拒否する。

 主神の槍、大神オーディンの魔槍には、確かに指された対象(及びその軍勢)が勝利するという逸話がある。

 しかし、例えばラグナロクではオーディンを含むほぼ全ての神と巨人が絶滅し、それでも神々と人類が僅かに生き残ったからオーディンの勝利などという結末を迎えている。因果を固定する宝具というのはつまり、原因と結果以外は固定されない宝具であるということ。勝利以外の結果で固定できない以上勝利はしよう、だが勝利の定義にもよるがその結末が必ずしも良い結末となるかは実際にことが運ぶまではわからないのだ。

 

 そして、それ以外にも問題はある。

 

『うーん……最後の手段でしかない、かな。勿論途中経過が凄惨となる可能性があるのもそうだけど、何より魔神──というより今はデモノイズだね。アレは残滓とはいえビーストIIの霊基を持ってる。因果律に影響されない単独顕現を持ちうる以上、下手にそういう宝具を使っても自分達の首を絞めるだけに終わるかもしれない』

『それは確かにそうです。ですが、そうならないかもしれません。勝利の定義次第、になりますが』

 

 ダ・ヴィンチが難しい顔で告げた内容に、ヘルヴォルも眉根に僅かにシワを寄せて頷く。

 人類史に出現する自滅要因、獣の災害たるビースト達は特殊スキルとして"単独顕現"と呼ばれるスキルを有している。

 端的に言えば文字通り"単独で在れる"というものであり、呪殺などの即死効果や、時間遡行による発生の妨害などと言った因果律干渉を無効とする能力である。

 今や残滓と化したものだが、それでも対抗できる可能性がある以上、無駄撃ちで済むならともかく、魔槍の効果が変に作用することで想定外を引き起こす可能性がある以上、観測により立香達の存在証明をしているダ・ヴィンチらカルデアにとっては余り歓迎できる内容ではなかった。

 

『それに、だ。聖遺物の力を引き出す御業というが、それが絶唱を指すのだとしたら、無駄撃ちした場合はそちらの消費が大きすぎるのではないか?』

『……はい。私の霊基があるので、奏の負担もだいぶ軽減されるとは思いますが、それでも十全に戦うには一回が限度でしょう』

『それも織り込み済みか……』

 

 弦十郎の言葉にも、隠さずに肯定するヘルヴォル。

 絶唱は装者がもつ切り札であるが、同時に諸刃の剣。特に適合率が低い装者たちにとっては、使用時のバックファイアだけでもかなりの負担となる。一応ヘルヴォルは生前に主神からレプリカとはいえ大神宣言を預けられている以上、奏より大神宣言に対する適正は高い。だがそれでも、絶唱の負担を二度は受けられないだろうことは当人らが誰よりも理解していた。

 

「なる、ほど!確かに策に使える札が増えたことは歓迎できます、が!」

「それが強力なジョーカーなら尚の事だね。ただ、ちょっとどうするか悩ましいぞう」

 

 絆の聖剣を閃かせ魔神の炎を両断するベディヴィエールの横で、うんうんと納得を見せるダビデ。

 

 ダビデの言う通り、今の通信の目的は詰まる所、それらのデメリットを踏まえた上で一発限りの勝利の魔槍という手札があることを伝えるためなのだろう。

 その考え自体は全く有り難いものであり、有効であろう手札が増えたことについては事実でもある。

 

(だが……どこで使う?いや、どう使うべきか……)

 

 その手札の存在を知ったダ・ヴィンチや弦十郎は頭を悩ませる。

 はっきりいえば時間はない。魔神が光帯の調整が完了した時点で、彼らの敗北が確定するも同義なのだ。

 光帯が放たれるかどうかはもとより、調整に割いていたエネルギーが彼女らに向くだけでも現状では敗色が極めて濃厚になる現状、あまり用途に頭を悩ませられるものではない。

 

「……何も思いつかないなら、僕の案に乗ってみないかい?これなら上手くいくかもだ」

 

 そんな2人の耳に、ダビデの声が届いた。

 彼の手には現地の本部で手に入れたらしい通信機が握られており、あえて全体通信ではなく個別の通信を入れているようである。

 更にどうやら小声で話しているらしく、装者たちにその声が聞こえている様子はない。

 

『……何か策があるのだろうか?』

「勿論、これでも僕はダビデだからね」

 

 おそらく現場の面々には中身を話したくないことを察した弦十郎は秘匿回線を繋ぎ、装者たちへの通信に内容が漏れないようにする。

 ダ・ヴィンチも同様に通信を秘したらしく、立香が気づいた様子はない。

 

「お、助かるよ。ああそうだ、マスターとアビシャグたちには内緒で頼むよ?」

 

 そんな2人に満足げな表情を浮かべ、ふと思い出したかのように言葉を付け加える。

 

『それはどういう……?』

「あー、彼女たちに害があるものではないけど。ただちょっとショッキングな映像になりかねないかなって」

 

 ちょっと外見はひどい作戦だからね、という言葉の後に作戦概要を語るダビデ。

 ひどい作戦、という文言に眼を顰めた弦十郎やダ・ヴィンチらバックアップ組だったが、内容が進むに連れて目が見開かれていく。

 

「……というわけさ」

『それは……そんな事が可能なのか?』

『理論上は出来るだろうけど……でも、それはかなり運賦天賦じゃないかい?』

 

 策の全てを告げられたとき、2人の表情はまさかと言わんばかりのものであった。

 上手くいきさえすれば、確かに勝率が高くなるであろう作戦。魔神の無敵性も、力量差も。その全てを同じ土俵……とまでは言わないにせよ、十分に勝利できる範囲に落とし込める計画、ダビデの語ったものはそういう類であった。

 

「まあ、この手のは7割上手く行けばそこそこ勝ちの目が見えてくるからね。それで、どうする?乗るかい?」

『……』

 

 僅かに黙り込む2人。だが、現状を打破するのに最も……かはともかく、間違いなく有効であるというのは十分に理解できていた。そして、上手く行けば犠牲を最小限に抑え、死者を出さずに済むということも。

 

『だが、彼女は了承しているのか?』

「そこは当然さ。魔都攻略前に可能性の話はしておいたからね、それ用の絡繰についても組み上げてもらってたよ」

 

 弦十郎が唯一引っ掛かった点について確認をとったところ、ダビデは問題ないと笑顔で太鼓判を押す。

 その答えを受け、2人の腹は決まった。

 

『そこまで見越していたのかぁ……。うん、私はダビデ案に乗ろうと思う。S.O.N.G.はどうするんだい、風鳴司令?』

『……乗ろう。ダビデ王が出来ると言うなら、俺はそれを信じよう』

 

 作戦指揮を執る後方からの承認を得られたことで、ダビデはニコリと涼やかに笑う。

 

「ようし、それじゃあ……一丁、世界を救いに行こうか!」

 

 気負いのない自然な姿で、ダビデは今一度戦場へと身を投じた。

 

 

 

「どうした、私を止めるのだろう?先程の通信は察するに戦乙女だろう、槍の力を使って勝とうとは思わないのか?」

「くぅっ……」

 

 嘲るような声に合わせ放たれる嵐の如き魔術を前に、響は吹き飛ばされないように踏ん張るばかりで反論を打つことすらままならない。

 先程より戦いは一方的に推移していた。

 明確に押しつぶされんとされているわけではない、だが魔神に対して全く有効打を出せずにいる現状は、事実上魔神に対して手も足も出ない事と同義であった。

 

 魔神の指が指揮杖の如く揺らめくたびに魔方陣が現れては消失し、また即座に別な陣を再構築する。そこから放たれるのは炎や呪詛、魔力の光芒。場合によっては氷結や雷鳴の魔術など、凡そあらゆる術式が装者を、英霊を全く寄せ付けない。

 謳われし魔術の王の使い魔にして原初の魔術、魔神の力を歌と結界で極限まで高められたその力は強大無比としか言い表せなかった。

 

『おいおい、どうにかならないのかッ!?君らねえ、僕をこんな場面に立ち会わせたんならもっとこう劇的に立ち回ってほしいもんだよねぇッ!?』

「うるせえな、いまやってんだよ色々ッ!」

 

 観戦気分なウェルから飛ばされる野次にクリスが怒鳴り返す。とはいえ、そんなウェルがフロンティアに陣取っているからこそ魔神も下手にここを離れようとしないことは彼女も理解しているためか、普段よりその語調はおとなしい。

 

「……ドクターがフロンティアで重力結界を作ってるから、魔神が億に一つの隙を晒すことのないようにとのらりくらりとしている、のは判るけど……」

「ああ、このままではジリ貧だろう。魔神が手を抜いているのは手応えで判るが、それにすら刃が届かんとは……」

 

 マリアと翼もこの現状に思うところがある……というか、思うところしかないのだろう、会話の最中も苦渋をその顔に浮かべている。

 

「とはいえ、魔神がああも自信満々に槍について挑発している当たり……」

「ああ、やはりダ・ヴィンチ女史の言うような耐性があるのだろう」

 

(埒を開けるには……いや、まだ使うタイミングではない、が……)

 

 先程奏ことヘルヴォルから伝えられた手札の1つも、魔神の警戒度合いが低い以上あまり期待が持てるものではない。

 

 吹けば飛ぶような今の小康をどうやって進めたものか、と2人が小声で相談していたとき。

 遠くの空に、魔神の極彩色とは異なる鮮烈な閃光が輝いた。

 

「あれは──?いや、あの方角、まさか──ッ!」

 

 

(ああ、この歌をまた歌うことになっちまうなんてね。だけど、ヘルヴォル(あたし)が言い出したことで、天羽奏(わたし)が認めたことだ)

 

「──Gatrandis──babel──ziggurat──edenal──」

 

 朗々と、歌が響く。

 

 山頂が切り落とされた皆神山、その断面がまるで舞台のように立ち振る舞うは戦乙女にして魔都の守護天たる英霊──疑似サーヴァント、ヘルヴォルである。

 彼女が口にするそれは、装者が命を賭して輝くための歌。

 止めようとデモノイズが殺到するも、その歌から放たれる波動に、そして魔槍より放たれる魔力によって接近すら出来ずに砕かれていく。

 

 その様子を気にも止めず、ヘルヴォルは歌う。カルデアの、S.O.N.G.の指揮者たちが求めたとおりに──そして何より、神に祝福された英雄の望むとおりに。

 やがて辺りのデモノイズが粗方片付いたところで、再び湧出するまでの僅かな時も惜しいというように白鳥の翼を広げて飛翔する。

 

 伝承に曰く。全能の神オーディンは、世界で最も高い玉座(フリズスキャールヴ)より世界のすべてを見通したという。

 であれば、全知を意味する彼女が世界の遠くを知らんとするならば、まずは何よりも高く、高く飛ばなくてはならない。

 

(──ああ、高いな。こんなところまで飛ぶとは思わなかったけど……でも、翼はもっと高く、それこそ星空までも飛んだんだろ?)

 

 魔都で戦ったときに、その瞳により微かに捉えた友の過去を、今に至る旅路に思いを馳せる。

 

 その瞳は全知、その視野に映る全てを捉える神の視座の欠片。

 ヘルヴォル・アルヴィトは、全知たる軍勢の守護者は雲を抜け、山を超え、遙かなる高みより今この世界にのこる僅かな大地の中心を見据える。

 

「……く、ぅッ!」

 

 瞬間、その視野に映るすべての情報が濁流のように彼女の脳内に押し寄せる。

 結界、英霊、ギャラルホルン、フロンティア、魔神、装者──そして、彼女の友たる翼の少女。

 その姿を捉えたことで、奏は額に流れる冷や汗をぐいと拭って獰猛に笑う。

 

「……だったら、あたしだってこれくらいは飛んで見せなきゃなッ!行くぜ──王サマッ!」

 

 絶唱により蓄積された膨大なエネルギー、その全てがアームドギアへと装填される。

 その身を覆うギアのプロテクターが分離し、その全てを魔槍が纏う。

 

「──原初のルーン、正常展開。勝利条件、定義完了」

 

 絶唱の負荷か、または氾濫する情報を処理した弊害か、あるいは原初のルーンの多重展開によるものか。

 その口端からはつつと血が流れて落ちる。だが、そこに浮かぶ笑みは勝利を確信したもの。

 

「勝利の穂先は、常勝の王へ。栄光をここに、勝利を彼の手に。

 ────真名、絶唱起動。『絶唱・大神宣言(スパーブソング・ガングニール)』ッ!」

 

 それこそは神への祈り。神の成した叡智へ捧げる歌。

 そして何より、勇姿に捧げる勝利の導きたる奇跡。

 

 魔都の守護天として顕現したヘルヴォル・アルヴィトの、天羽奏とともにあることで成立したこの世界のみの輝きが、遠く彼方へと放たれた。

 

 

 

『宝具起動を確認、新宿の魔都に到達しますッ!』

 

 煌輝が、王国に落ちる。それはまるで流星のように、勝利の奇跡が注がれる。

 あまりの眩さに、瞬間、世界が白く染め上げられる。

 

「う、今のは……」

「今のが奏の──ヘルヴォルの宝具?でもなぜ……」

 

 刹那の輝きはすでに収まっており、思わず目を閉じていた翼は何が変わったのかとあたりを見回す。

 だが、そこに変化は見られない。何も変わっていない──そう思ったところで、翼はふと違和感を覚えた。

 違和感の原因を探ろうともう一度見回したところで、直ぐにその理由に思い至った。先程までと比べ人数が足りないのだ。

 

「……いない?だが一体どこへ──ッ!?」

 

 瞬間、魔神の居る方向から轟音が響く。ガングニールの突撃すらも上回るような衝突音とともに、遠くにあったビルが何かを叩きつけられたかのようにへし折れ、倒壊する。

 そして、先程まで魔神が居たところに立つのは1つの人影。その正体が誰なのか気づいたのは、視力に優れ、またその人影とともに行動していたクリスだった。

 

「──ダビデのおっさん、だよな?」

「勿論、そうだとも」

 

 (ケイン)を持ち、涼やかに立つその姿が誰なのか。ひと目見れば誰であるかを理解できるはずなのだが、しかし誰もがその姿に戸惑ってしまう。

 今の彼はそれほどまでに、同じ姿でありながら先ほどとは違うということが認識できてしまうほどに変わっていた。

 

 ガラリ、と小さく瓦礫の崩れる音が届く。

 音の方へと目を向ければ、崩れたビルを押しのけ魔神が姿を表していた。

 

「──貴様が相手ということか、イスラエルの先代王」

 

 魔神が喋る間にも、みるみるその傷が癒えていく。逆に言えば、その身体に遠目にも修復状況がわかるほどの傷を付けられたということだ。

 そして、それがどうやってついたかなんて、見て、聞いていた彼女らには考える必要もなかった。先程の衝突音、そして魔神が居たところにダビデが立っていた事実。即ち──ダビデ王が、魔神を殴り飛ばしたのだ。

 

「世界をその身に取り込んで、世界と同じ強度を得た。なんて大きな脅威だろう。なんて巨いなる災害だろう」

 

 まるで詩吟のように、ダビデが言葉を紡ぐ。

 その手にある竪琴がその詩に合わせて掻き鳴らされ、魔神の編み上げていた魔方陣が悉く消失していく。それが邪悪なる呪いであると、祓われて然るべきだと世界に定められているかのように。

 

「世界を踏み荒らし、飲み込もうとするオマエは。──そう。君は、巨人だな?」

 

 それこそが真実だと告げるように詩うダビデに、魔神は余裕気な表情を僅かに歪める。

 

「──巨人殺しか、馬鹿の一つ覚えのように」

「そうとも、馬鹿の一つ覚えさ。だが、世界に、人々に僕はそういう英雄だと思われているらしくてね?」

 

 巨人殺し、ジャイアントキリングの語源たるダビデ王はニヤリと笑う。

 

「さあ、僕が相手だ。精々油断してくれ、僕は油断している巨人を殺すことにかけてはプロなんだ」

「ほざけ、愚王が──ッ!」

 

 魔神の魔術が放たれ、ダビデに与えられた大いなる主の、そして異教の大神の加護がその全てを逸らす。

 

 それが合図とでも言うかのように。ソロモン王を名乗る魔神を正眼に、ソロモン王の父親たる古代イスラエル王ダビデは、伝説のとおりに、人々に求められる通りに常勝を重ねるために駆け出した。

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